花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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大変遅くなりました。
年内に更新したかったけど、想像以上に年末年始が忙しかったです。
大事な場面を書く時、書いた後に本当にこれでいいのかと何回も読み返していつまでも投稿できない悩み。


第77話 伝えたい想い

 目を覚ます。カーテンの隙間から差す朝日が少し眩しく感じる。

 時計を確認すると、既にいつも起きる時間だ。二度寝はしていられない。

 茉莉は夏休み中だから構わないが、久美子はいつも通り仕事がある。起きて朝食の準備をしなければならない。

 

 腕の中で眠る久美子の額にキスをして、起こさないようにそっと起き上がる。

 別に起こしても構わないのだが、この寝顔を見ると少しでも寝かせてあげたくなるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久美子を見送った後、僕も出掛ける準備をする。先日、完成したと連絡が届いた天羽々斬を受け取りに行く為だ。

 

「蓮花さん、どこかに行くの?」

 

「ああ、ちょっと出掛けてくるね。ついでにスーパーにも寄って、昼前には帰ってくるよ」

 

「わかった、行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

 茉莉は午前中は大抵宿題を進めている。学生時代の僕のように溜め込んだりはしない、しっかりした子だ。帰りにデザートでも買ってきてあげようか。

 家を出て、何がいいかと考えながら大社へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらが、完成した天羽々斬でございます。いかがでしょう?」

 

 大社を訪れた僕の前には、要望通り一対の双刀となった天羽々斬が用意された。

 折れた一本の刀を双刀に仕上げた故、少し短いが僕はこの方が扱いやすい。

 それぞれを左右の手に取り、感触を確かめる。

 満ちる神性も、その刃の輝きも万全の神器と大差無い。見事なものだ。

 

「いいね……上出来だ」

 

「ご満足頂けたようでなによりです」

 

 ついでに用意してくれた鞘に納刀し、鞘袋に入れて肩に掛ける。

 

「決戦にはいつ頃向かわれるのですかな?」

 

「そうだな……明後日辺りかな。早い方がいいだろう?」

 

「ええ」

 

「それじゃあ、天羽々斬をありがとう」

 

「もうお帰りに?」

 

「ああ。この後スーパーで卵のタイムサービスがあるのでね」

 

「さ、さようでございますか」

 

 普段なら卵1パック198円だが、タイムサービスなら158円で買えるのだ。逃す手はない。

 

「……あ、忘れるところだった。神樹にいくつか頼みがあるんだった」

 

 いつも案内等をしてくれる初老の男に見送られながら、僕は神樹のところへ向かった。

 その後スーパーに向かったが、主婦達の勢いに負け卵の獲得に失敗したのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寝室の明かりを消して布団に入り、くっついてくる久美子の腰に手を回す。

 クーラーはつけているが、電気代のことを考えてタイマーはセットしている。大抵朝は暑さで目が覚めるのだ。

 

「くっついていて暑くないの?」

 

「蓮花だって抱き寄せてくれているじゃないか」

 

「この体勢が納まりがいいというか、落ち着くというか」

 

「私もそうだ。お前の腕の中が、一番落ち着く」

 

「起きたら汗でベタベタするけどね」

 

「ムードもへったくれもないな」

 

 久美子の髪を撫でながら、この距離感が心地良いと感じる。特に遠慮することもなく、言いたい事は言い合えるこの距離感が。

 

「……そういえば、完成したのか?この前持って帰ってきた神器」

 

「ああ、明後日にでも戦いに出向くよ。明日は千景達にこの事を話しておく。前に千景と約束したから」

 

「そうか……」

 

 

「心配しなくても、すぐ帰ってくるよ」

 

「神と戦いに行くというのに心配せずにはいられないだろう、バーテックスとは訳が違うんだから」

 

 それはそうかもしれない。

 

「どれくらいで帰ってくる?」

 

「んー、1日くらい?」

 

「……わかった」

 

 久美子の手に込められた力が少し強くなるのを感じ、僕も少し強く抱き寄せる。

 背中に回された久美子の両腕の力が、放したくないと言わんばかりに強くなる。

 心臓の鼓動が伝わってくる。私はここにいるのだと主張するかのように強く。

 

「ちゃんと帰ってこいよ……」

 

 僕の鎖骨辺りに擦り付けてくる久美子の頭をそっと撫でる。

 

「ああ。ここに帰ってくるよ」

 

「ん……」

 

 ずっと撫でていると久美子は微睡んできたのか、だんだん瞼を閉じていき口数も減ってくる。

 最後に一度だけ唇を重ね、僕等は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 鍛錬と昼食を終えた後、私達は談話室でれんちゃんから話を聞いた。明日、天の神との戦いに出向くと。

 今初めて聞いた訳ではなく、歌野達の避難が済んだ後は神と戦うと以前から少しだけ聞いていた。

 

「……蓮花さん。私も連れて行ってくれないか?」

 

「若葉ちゃん?」

 

「駄目だ。誰も連れていかない」

 

 キッパリと言い切るれんちゃんからは強い意志を感じた。提案、相談の余地など感じられない。一人で全て終わらせるつもりなのだろう。

 そして、私達にそれを分担できる力はない。

 

「……大丈夫なの?」

 

 自分達がついて行ったところで邪魔にしかならないと分かっていながら、そんな言葉を口にしてしまう。仮にれんちゃんが助けを求めたとしても何もできないというのに。

 

「問題ない。すぐ帰ってくるさ」

 

「一日くらいかかるのはどうしてですか?そんなに何時間も戦うんですか?」

 

「いや、時間がかかるのは主に移動かな。相手の規模を考えて、周りに被害を出さないように関東の方まで行こうと思う」

 

「相手の規模……?」

 

 顎に手を当てて聞いていた雪花が手を挙げた。

 

「はい質問!なんで相手の規模がわかるんですか!?」

 

「想定だよ。関東まで離れたらさすがにどんな広範囲の攻撃でも四国に流れ弾は当たらないだろうし」

 

「なーんだ」

 

 ……気のせいだろうか、嘘をついたような気がする。

 れんちゃんは嘘をつく時、表情も声色も全く変えない。何の違和感も見せない自然を装う。そして少し真実を交えて話す。

 ほとんどの人は気づかないけれど、ずっと一緒にいた私はそれを自然過ぎると少し引っかかるようになった。

 

「ちーちゃん?」

 

「……なんでもないわ」

 

 

 神と戦うと言われても、それがどんなものなのか私達には想像できない。

 私達が実体を見たことがある神といえば地の神の集合体である神樹だが、あれに直接的な戦闘能力があるかというと無いだろう。だから勇者に力を与えて戦わせる。

 大木ではあるが、わざわざ数百キロメートルも離れる必要があるほど大規模な戦闘をするイメージが湧かない。

 天の神は違うのだろうか。

 どういう程度の危険性なのかも想定しづらい。漠然とした不安に苛まれる。

 

「千景」

 

 顔を上げると、いつの間にかれんちゃんが私の両手を握っていた。

 

「大丈夫だよ」

 

「……ええ」

 

 れんちゃんの口から出る『大丈夫』ほど安心できる言葉が他にあるだろうか。

 不安は拭えない。けれどそれを上回るだけの安心感がある。

 私達は、ただこの人を信じて帰りを待つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方、部屋でゲームをしていると唐突に扉がノックされた。

 そして、私が立ち上がり向かうのを待たずして扉は開かれた。

 

「邪魔するぞ」

 

「邪魔するなら帰って」

 

「あいよー」

 

 ……一度入ってきた久美子さんはそのまま外へ出て行った。

 まさかこれをやるためだけに来たの?暇なの?

 なんて考えていると再び扉が開いた。

 

「じゃなくて、蓮花はまだ来ていないのか?今夜はここに泊まるんだろう?」

 

「まだよ。……さっきのは何?」

 

「やりたかっただけだ。気にするな」

 

 やりたかったのか。

 久美子さんは無遠慮に私の部屋を見回すと、床に腰を下ろしベッドの縁にもたれかかった。

 

「顔を見てから帰ろうかと思ったんだが。どうせもうすぐ来るだろうし待つか」

 

「えぇぇ……」

 

「夏休みの宿題は順調か?」

 

「まあ、特に問題ないわ」

 

「さすがだな」

 

「……」

 

「……」

 

「……気まずい」

 

「そのまま口から出す奴があるか。何か話題を捻り出せ」

 

「無茶言わないでちょうだい」

 

 私にコミュニケーション能力を求めないでもらいたい。

 仕方ないので話題を捻り出そうと考えを巡らせていると、窓に水滴がついたことに気がついた。

 

「あら、雨だわ。洗濯物を取り入れないと」

 

「急だな。仕方ない、手伝ってやろう」

 

「じゃあ任せたわ」

 

「おい」

 

 雨は降っているが、空は曇っていない。こういう天気を天泣と言うのだったか。

 天気予報の降水確率は高くはなかったが、まあ外れることもあるだろう。ただの予報なのだ。

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 一度家に帰って洗濯や茉莉達の夕食の準備をし、夕方に再び丸亀城へ向かう。今夜は千景の部屋に泊まるのだ。

 しかし直接千景の部屋には向かわず、先にひなたの部屋に向かう。少し部屋に来てほしいとRINEの通知が届いていた。この時代にはまだNARUKOは無い。

 

 扉をノックすると、すぐに扉が開きひなたが笑顔を見せてくれた。

 

「来たよ、ひな」

 

「お待ちしていました」

 

 ひなたの部屋に入るのは地味に久々な気がするが、中は特に変わっていないように思う。少し写真が増えたくらいか。

 

「それで、どうかした?」

 

「いえ、特に何か用事があってお呼びしたわけではないんですが、耳かきをしてあげたくなりまして」

 

「そっか」

 

 ひなたはカーペットに正座をすると、ふとももをぽんぽんと叩く。いつの間にか右手には竹耳かきが握られていた。

 

「頭を乗せてくださいな」

 

「あ、ああ」

 

 言われた通り、横になってひなたのふとももに頭を乗せる。

 15歳下の女の子に膝枕をされるのは何度やっても落ち着かない。重くないかとか、逆じゃないかとか考えてしまう。

 

「はい、では入れていきますね」

 

 慣れた手つきで耳かき棒が左耳に入ってくる。優しくかりかりと耳の中を掻かれ、どんどん眠くなってくる。流石のテクニックだ。

 

 

「寝てしまっても構いませんよ?」

 

 

「んん……」

 

 

 時折変化するリズムや強弱に耳が喜んでいる。

 優しい声と耳の快感で寝落ちてしまうかもしれない。

 耳かきに集中しているのか、やがてひなたは手だけを動かし口を閉じていった。

 

 

 

 

「……はい、ではそろそろ左右交代しましょう。反対を向いてください」

 

「ああ、うん」

 

 かなり蕩けた意識を少し覚まし、体の向きを変えてひなたの方を向く。ひなたの匂いに包まれているようで心が安らぐ。

 右耳にゆっくりと耳かき棒が入ってくる。耳から与えられる快楽に身を任せる。

 

 

 

「……私達、出会ってからもう五年も経ったんですよ」

 

「そうだねぇ。本当に大きくなったね。健やかに成長してくれて嬉しいよ」

 

「ふふっ、親みたいなことを言うんですね」

 

 ひなたも若葉も、ここにいる皆も千景と同じように大切な子供のように思っている。自分の命よりも大切だと断言できる。

 別に自分の命を軽んじているわけではない。それ以上に大事なモノだというだけだ。

 

「れんちゃんは何度も私を助けてくれましたね」

 

「大切だからね……」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 耳かき棒の動きが止まった。そして右耳から抜かれていく。

 これで終わりだろうかと少し名残惜しく思っていると、ひなたは無言で僕の髪を少し撫でた後、声を発した。

 

 

 

「……ねぇ、れんちゃん」

 

 

「ん……?なに……」

 

 

 

 名前を呼ばれ、ひなたの顔を見る為に体を仰向けにする。

 その瞬間、視界はひなたで埋まり唇に柔らかい感触がした。

 

 突然のことで困惑し、数秒かけて状況を理解した頃、僕の唇からひなたの唇が離された。

 頬を赤く染めたひなたの目を見ると、ひなたは言葉を紡いだ。

 

 

 

「──あなたが好きです」

 

 

 

 恥ずかしそうにしながら、けれど真っ直ぐに続けた。

 

 

 

「ずっと前から、お慕いしていました。気づいていましたか?」

 

 

「……そういう感情だとは思ってなかったな」

 

 

「ああ、やっぱり」

 

 

 唐突に告げられた言葉に心が落ち着かなくなる。顔に出ているだろうか。

 体を起こし、座り直してひなたと向き合う。

 

 

「本当は、伝えないまま終わりにしようと思っていたんですけど……やっぱりちゃんと伝えて綺麗に終わらせたいって、最後に欲を出してしまいました」

 

「最後……?終わり……?」

 

「はい」

 

 窓から差し込む夕陽に照らされながら、ひなたは少し悲しげに微笑んだ。

 

 

「私の初恋は……これで、終わりにします」

 

 

 震えた声でひなたはそう言った。

 今にも泣き出してしまいそうな少女を、僕は抱き締めた。他にできることが思いつかなかったから。

 

「ぇ……?」

 

「ひな、前に言ったよね。感情を我慢せず、全部吐き出してほしいって。……今のお前は、溢れ出しそうな感情を必死で抑えているように見えるよ」

 

「……そうでしたね」

 

 この子にこんな顔をさせている原因が自分であるという事実に胸が苦しくなる。

 震える吐息を首元に感じる。やがて、ひなたはゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

 

 

「……はっきりと自覚したのは、誘拐から助けてくれた時だったと思います。私を背負って帰ってくれたあなたの背中に、何よりも安心したのを憶えています」

 

 

「……」

 

 

「でも、たぶんもっと前から好きだったんだと思います……。……ちーちゃんが修学旅行でいなかった時、お母さんがれんちゃんを晩ご飯に誘ったのを憶えていますか……?」

 

 

「うん。そんなこともあったね」

 

 

「私がれんちゃんと会う時はいつもちーちゃんの付き添いとかでしたけど、あの時はちーちゃん関係無く会いに来てくれたことがとても嬉しかったんです」

 

 

「そっか……」

 

 

「丸亀城で暮らし始めたばかりの頃……泣いた私を眠るまで抱き締めていてくれたことも、嬉しかったです……。あの頃にはもう、私の中のあなたの存在は、他の何かでは埋められないほど大きなものになっていました……あなたに触れる度、名前を呼んでくれる度、私は幸せを感じていました……」

 

 

 

 

「でも……」とひなたは言葉を区切る。僕は静かに続きの言葉を待つ。

 

 首元に湿り気を感じた。視線を下ろすと、ひなたが肩を震わせて涙を流していた。

 

 

 

「私の大事な人達にも、幸せになってほしい。そして……私では、あなたの一番にはなれないから……だから、この気持ちに区切りをつけようって……決めたんです…………」

 

 

「……そうか…………」

 

 

 嗚咽混じりの声で少しずつ紡がれる想いを、全て受け止める。

 

 

 

「……蓮花さん……好きです…………ずっと、……ずっと…………大好きでした……」

 

 

 

「……ありがとう、ひなた……」

 

 

 

「こちらこそ……私と出会ってくれて、ありがとうございました……」

 

 

 

 悔いの残らないように、全て伝えてくれただろうか。

 少女は顔を涙で濡らしたまま、いつものように微笑んでくれた。

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