花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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夕日好きすぎる気がする。


第9話 支える努力

「おはようございますっ」

 

「おはよう」

 

 土曜日の9時過ぎ、上里家玄関前。私達はひなたと若葉を迎えに来ていた。今日は私達の家に遊びに来てもらう日である。

 乃木家と上里家のインターホンを押し、先に出てきたのは上里母娘だった。

 

 すぐ後に楓さんが出てくる。しかし若葉はいない。

 

「おはよう、若葉は今稽古中でな。もう少ししたら終わるから、すまないが中で待っていてもらえるか」

 

「そうなんだ、わかった」

 

 楓さんにそう言われ、私達4人は乃木家の玄関を通る。

 

「わたし、若葉のおけいこを見てみたい」

 

「僕も見たい。いいかな?」

 

「ああ、別に構わないが。こっちだ」

 

 案内されて連れてこられたのは敷地内の道場。なぜ家の敷地内に道場があるのか。どこかの魔術師の家だろうか。

 中を覗けば、道着を着た若葉が静かに佇んでいた。

 

 次の瞬間、瞬く間に鞘から抜き放たれる刃。

 一つ年下とは思えない女の子がそこにいた。

 

「ん?」

 

 こちらに気づいた若葉が歩み寄ってくる。

 

「おはよう若葉、かっこいいね」

 

「うん、かっこいい」

 

 別に驚きはしないけど、楓さんも居合をやっていたのか。

 

「楓さんも居合やってたの?」

 

「ええ、かっこいいんですよ楓ちゃん!」

 

 れんちゃんの問いになぜか琴音さんが意気揚々と答える。

 

「わかばちゃん、おけいこはもう終わりですか?」

 

「ああ、今日は終わりだ」

 

 ひなたがどこからか取り出したタオルで若葉の汗を拭く。鞄は持っていないのに、本当にどこから取り出したのか、いつの間にか手に持っていた。

 

「れんかさん」

 

「ん、どうした?」

 

「ちょっとあれを切ってみてくれないか?」

 

 そう言いながら巻藁を指差し、自分が手に持っていた練習刀を差し出す若葉。

 

「いいけどどうしたの?」

 

「その筋肉で振ったらどんな感じか見たい」

 

「筋肉関係あるのかな…まぁいいか」

 

 練習刀を受け取り、巻藁の前に立つれんちゃん。

 

「…大丈夫かな」

 

「蓮花は武道の経験はあるのか?」

 

「知らない」

 

 れんちゃんが練習刀を構え、静かに集中し始めたのを見て黙る私達。

 普段の柔らかい雰囲気はそこには無かった。

 

 

 

 

「」

 

 いつの間にか、刀は音も無く振り抜かれていた。

 

「…え?」

 

 瞬きを忘れて見守っていたはずなのに、私の目は刃が放たれた瞬間を捉えることは無かった。

 綺麗な断面を残して落ちる巻藁。そっと納刀するれんちゃん。

 

「見えなかったし、あまり切れない練習刀でこんなに切れるとは……これが筋肉か!!」

 

「若葉、違うと思うぞ」

 

 これがれんちゃんが前に言っていた『天然』だろうか。

 

「れんちゃんかっこいいです!」

 

「ありがと~」

 

 興奮した様子のひなたに礼を言いながら頭を撫でるれんちゃん。ひなたの手にはいつの間にか、今度はカメラが握られていた。ひなたは四次元ポケットでも持っているのだろうか。

 

「居合経験者か?」

 

「居合は初めてだけど、こういうのを握ってた時期もある」

 

「そうなのか」

 

 

 私は断面を見ようと、切断された巻藁に近づく。

 そして気づく。気づいてしまった。

 

「…そこの壁、切れてる」

 

「「「え!?」」」

 

 巻藁の後ろ、少し離れた道場の壁が細く裂けていた。

 今度はれんちゃんまで驚いていた。…いや、毎日一緒に暮らしている私にはわかる。この驚いた顔は『驚愕』ではなく『やっちまった』顔だ。

 

「……弁償します」

 

「いや…別に構わないが…」

 

 ──────────

 

 れんちゃんがやらかして少しした後、着替えた若葉も連れて我が家に向かっていた。

 そしてなぜか楓さんと琴音さんもついてきていた。

 

「私は昨日楓ちゃんに若葉ちゃんのことを頼まれたんだけど…」

 

「やっぱり私もハンバーグが食べたくなってな」

 

「母さんが来たらわたしたちが食べる分が減ってしまう」

 

「いっぱい作るから大丈夫だよ」

 

 愚痴を零す若葉の頭を撫でる笑顔のれんちゃん。

 ちょっと軽率に人の頭を撫ですぎだと思う。撫でられている時の若葉やひなたが可愛いのはわかるけれど。

 

「我が家は6人で過ごすには少し狭いかもしれないけど、まぁゆっくりしていってね」

 

 元々距離が近いのもあるけれど、話しながら歩いていればあっという間に到着した。

 

 

 

 

「昼ご飯にはちょっと早いけど、ゆっくり作ろうか」

 

 そう言いながらハンバーグの材料や調理器具をリビングのテーブルに運ぶれんちゃん。材料は既に全部切ってある。

 

「こんなものも入れるのか」

 

 テーブルの上には私が知らないような調味料もあった。我が家にこんなのあったのか。

 

「今からやることは、これを混ぜて練って形を整えて焼きます」

 

「はーい」

 

 れんちゃんが材料を混ぜて練り、私と若葉とひなたも加わって形を整えていく。

 琴音さんは横で微笑みながらカメラを構えている。

 

「まんまるですっ」

 

 いくつか形を整えてから、れんちゃんがテーブルの上に電磁調理器とフライパンを用意する。

 

「順番に焼いていこうか」

 

 フライパンに肉を並べていく。入るだけ並べてから蓋をする。

 部屋中に香ばしい匂いが立ち込め、舌がハンバーグを求める。

 

「若葉、涎が出ているぞ」

 

「え?あっ」

 

「そういう楓ちゃんも出てますよ」

 

「え?あっ本当だ」

 

 親子だなぁと、れんちゃんと一緒に微笑ましく眺める。

 

「れんちゃんとちーちゃんが同じ顔してます」

 

「「え?」」

 

「そっくりだ、親子だな」

 

 ひなたの言葉に若葉が共感する。言われた私達はお互いの顔を見合わせる。そしてクスっと笑みが零れる。

 きっと見合わせた顔も同じような表情をしているのだろう。

 

「そろそろいいかな」

 

 れんちゃんがフライパンの蓋を取り、皿にハンバーグを盛り付ける。その皿には、いつの間にか作られたサラダも盛り付けられていた。

 

 若葉達の視線はハンバーグに釘付けである。そんなに見つめてはハンバーグが照れてしまう。

 

「先に食べていいよ。僕はまだまだ焼いていくから」

 

「いただきます!」

 

 私も食べ始めよう。箸でハンバーグを切ればいつかのように溢れ出る肉汁が、これ以上ないほど食欲を掻き立てる。

 隣を見れば、既にハンバーグを口に入れた若葉が固まっていた。

 

「…うまい……なんだこれは…」

 

「ハンバーグよ」

 

 どうやらハンバーグが美味しすぎて感動を噛み締めているようだ。

 

「すごくおいしいですっ!!」

 

「これはびっくりですね」

 

「それはよかった」

 

 ひなたは若葉とは対照的に激しくびっくりしている。

 そして楓さんはというと。

 

「……ぅんまい…」

 

 見たことないとても綻んだ顔になっていた。とても幸せそうで何よりである。

 

「母さんのこんな顔は初めて見た」

 

「レア顔楓ちゃんです」

 

 楓さんの顔に驚く若葉と、すかさずカメラを構える琴音さん。

 

「ちかげは毎日こんなにうまい料理を食べているのか。うらやましいな」

 

「じゃあうちの子になる?」

 

 毎度突然何を言い出すのかれんちゃんは。

 

「いくら料理が美味かろうと若葉はやらんぞ」

 

「冗談だよ、千景で十分」

 

 そう言って後ろから抱き締めて髪を撫でてくるれんちゃん。皆の前でされるのは少し恥ずかしい。

 

「大好きだな」

 

「大好きだよ」

 

 そんなはっきり言われては照れてしまう。

 気を紛らわすように抱き締められたまま食べ続ける。

 

「ちーちゃんのお顔真っ赤でかわいいです!お母さん、カメラかしてください!」

 

「ちゃんとちーちゃんに写真を撮っていいか聞いてから撮るんですよ」

 

 琴音さんが持っていたカメラをひなたに渡す。道場でひなたが持っていたカメラやタオルは琴音さんが渡したのだろうか。

 

「ちーちゃん、お写真とっていいですか?」

 

「今はダメ」

 

「ダメって言われちゃいました」

 

「じゃあダメです」

 

 普通の写真を撮るのはまあ良しとしても、こんな照れて他人からもわかるほど真っ赤になった顔なんて撮られたくはないのだ。

 

 

 

 

 昼食を食べ終えて少しした後、今度はカップケーキを作ろうとしていた。

 

「まずは砂糖と牛乳を混ぜます」

 

「はーい」

 

 ひなたが返事をしてボウルに入れた砂糖と牛乳を混ぜ始める。カップケーキの生地を作るのはよく混ぜるらしいので、疲れてきたら交代する予定だ。

 

「次は、ここに薄力粉とベーキングパウダーと溶いた卵と溶かしたバターを入れて混ぜます」

 

「はい」

 

 返事をした若葉が色々入ったボウルを混ぜる。ひなたは既に疲れて交代していた。しかし若葉は体力があるだろうから、私に回ってくるかはわからない。

 

「あとはこれをカップに入れて焼きます」

 

「まぜるの終わり?」

 

「終わり」

 

 結局私に回ってくることはなかった。

 れんちゃんが生地をカップに分けて入れ、キッチンにあるオーブンに入れた。

 

「焼けるまで20分弱待ってね」

 

「もう完成?」

 

「そうだよ」

 

 お菓子作りはこんなに簡単なのか。これなら、レシピを見ながら私でも作れるだろう。

 

 

 十数分後。

 

「焼けたよ」

 

 れんちゃんが焼き上がったカップケーキが乗ったトレーをリビングに持ってくる。

 

「まだ焼きたてで熱いから気をつけてね」

 

「ああ」

 

 最初に若葉がカップケーキを手に取り、息を吹きかけ少し冷まして齧る。

 

「普通にうまい」

 

「そうだな」

 

 乃木母娘が満足気にカップケーキを頬張っている。

 

「こんなにかんたんに作れて、こんなにおいしいんですね」

 

 若葉に続いて私とひなたもカップケーキを食べる。ホクホクした出来立てのカップケーキはとても美味しく、無意識に頬が緩んでいることに後から気づく。

 

「まだまだあるから、お父さん達にお土産で持って帰ってもいいよ」

 

「もったいない気もするが、ちょっとだけ持って帰ってあげよう」

 

「お父さんきっとよろこびます!」

 

 小さな包みにカップケーキを少し分けるれんちゃんの姿は、ケーキ屋さんの店員さんみたいだと思った。

 

 

 

 

 

 

 日も暮れてきた頃、乃木母娘と上里母娘は帰り支度を済ませ、玄関に立っていた。

 

「今日はご馳走様でした」

 

「おいしかったです」

 

「食べてばかりだったけど、満足してもらえたようでなにより」

 

「それはもう」

 

 乃木母娘がとても頷く。それを見る上里母娘は微笑んでいる。

 美味しい料理は食べた人を笑顔にするのだ。

 

「また遊びに来たいです」

 

「うん、いつでもおいで。パーティーゲームでも買っておこうか」

 

「また来てね」

 

「ああ、またな」

 

 手を振り順番に出ていく若葉達。部屋には私とれんちゃんだけになり、とても静かになった。

 そして玄関からキッチンに向かうれんちゃん。

 

「そろそろ晩ご飯の準備しようかね」

 

「…ねえ、れんちゃん」

 

「ん?どうしたの?」

 

 ついて行って声をかける。私が声をかける時、れんちゃんはいつも優しい瞳を向けてくれる。

 

「あの…わたしに、家事を教えてほしくて…料理とか洗濯とか」

 

「いいけど、どうして?」

 

「わたしが家事をできるようになったら、れんちゃんが楽になるかと思って…」

 

 ずっと思っていた。れんちゃんは毎日一人で家事を全部やってくれている。平日なんてお仕事もあるのに、私より早く起きて朝食を作ってくれて洗濯物を干して、帰ってきてからは夕食を作って洗濯物を取り入れて、風呂掃除やトイレ掃除もやってくれている。しかし私に手伝いをするようには一切言わない。

 これではれんちゃんに支えられるばかりで、私は支えてあげられていない。

 

「…そっか。ありがとね、千景。ほんとにいい子だなぁぁ!」

 

 れんちゃんに抱き締められてひたすらに頭をわしゃわしゃと撫でられる。髪はぐちゃぐちゃになるけれど、なんだか心地良いので構わない。

 

「わかった、家事教えてあげる」

 

「…うん!」

 

「とりあえず、今から一緒に晩ご飯作ろうか」

 

 れんちゃんと並んでキッチンに立つ。

 これから私は、一緒に暮らすこの人の為に努力するのだ。

 窓から差し込む夕日が優しく、私達の未来を照らしている気がした。




カップケーキはこの通りに作ればできるはず。
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