更新速度が遅いせいで、恐ろしいことに蓮花が歌野達を四国に連れて来た回からリアルタイムで約2年が経過しました。
昼食を終え、食堂から出て自室に向かう。
午後は何をして過ごそうか。部屋でゲームをしていようか。それとも談話室に行くか。おそらく誰かいるだろう。
寮に戻る途中、屋外に出たところで久美子さんが立っていた。どこか遠くを眺めているようだ。
「そんなところに突っ立って何をしているの?」
「千景か。あれを見てみろ」
「どれ?」
久美子さんが指をさす方へ目をやり、息を呑む。そこには生まれて初めて見る光景があった。遠くの空が赤黒く染まり、禍々しさに満ちていた。
「何、あれ……」
「おそらく、あそこで戦っているんだろうな」
「……れんちゃん…………」
「……しっかし暑いな、千景の部屋で涼むか。ほら、行くぞ」
「どうして私の部屋なのよ……」
私の手を引いて歩き出す久美子さん。私の午後は部屋で過ごすことに決まったようだ。
握られた手から伝わる小さな震えについては、言わないでおいてあげることにした。
きっと、私と同じ気持ちなのだろう。
──────────
赤く禍々しい空の下、まだ離れた場所にいる獅子座から、巨大な火球がこちらへ向けて放たれる。
流石に獅子座の火球は当たれば無傷とはいかないだろう。
後方へ飛び退き火球を躱すと、着地した地点に燃え盛る星屑が降り注ぐ。
「ふっっ」
距離を詰め、逆手に握った天羽々斬で全ての星屑を斬り刻んでいく。
本来僕が一番得意なのは、一対の短剣を逆手に持ち拳と刃で攻める格闘スタイルだ。
直線方向に動く火球と違い、星屑は躱しても追いかけ続けてくるため、放置するわけにはいかない。
その最中に視界の端で強い光を放ち、再び獅子座が火球をこちらに放つ。今度は大量の小さな火球だ。
大きく旋回して火球を躱しながら、迫り来る星屑を斬る。
獅子座はその位置から動かない。固定砲台なのか。
周囲を見回せば、あちこちからバーテックスが集まってきている。地上の戦力全てを集めているのだろうか。どのみち向こうはここで僕を倒さなければ戦力を残す意味が無い。
どうせ最後には地上に残る全てのバーテックスを殲滅するのだ。ここに集まったものも全て倒そう。
まずは獅子座からだ。
地面が抉れる程強く踏み込み飛び出す。敵の攻撃を捌きながら数km先の巨体へ一気に距離を詰め、上へ飛び上がると同時に斬り上げる。
「……硬いな。御霊持ちか」
攻撃は問題無く通るが、明らかに手応えが違う。
この時代に御霊持ちのレオ・バーテックスか。脅威でしかない。
しかし御霊持ちは、御霊さえ破壊すれば倒せる故一長一短かもしれない。
「そういえばレオの御霊って見たことないな」
勇者部が戦った時は、レオ・バーテックスの御霊を露出させる前に他のバーテックスと合体していた。
レオの巨体を足場にして駆け上がりながら斬り刻んでいくが、周囲から迫る星屑に対応する為に一旦離れ、大きな黒い翼で空を舞いながら星屑を墜としていく。
上空に現れる天の神に攻撃を当てるには翼が必要だと思い、大天狗を借りられるよう事前に神樹に頼んでいた。
ついでに、もしもの時の為にもう一つ切り札を借りてはいる。使わないに越したことはないが。
翼を宿したはいいものの、僕は翼で空を飛んだ経験などあるわけがない。
極力足場を探すべきかと考えていると、無数の針のような小さい矢が降り注ぐ。
一度地面に降りて矢を捌いていると、すぐ傍で獅子座が火球を放つ。
すぐさま飛び退き火球を躱すと同時に、風を切る音が聞こえた。
なんとか躱し、元いた場所は天の神が放った射手座の巨大な矢が大きな音を立てて抉った。
それにより、もう一つの風を切る音を聞き逃した。
「ッ!!」
咄嗟に勘で身体を捻ると、巨大な矢が脇腹をほんの少し抉った。
この矢は溜めが必要で連射はできないはずだ。
それが飛んできた方向に目を向けると、かなり離れた位置に射手座が見えた。
「……久々に血が出たな」
痛みには慣れている。この程度で動きが鈍ることはない。
大きく距離を取り、できるだけ敵を視界に収める。
獅子座と、射手座と、視界を埋め尽くす無数の星屑。そして空には天の神。
「想像していたより大変だな」
獅子座の火球を躱す度、地上は焼け野原と化していく。四国から離れた土地を選んでよかった。この地の復興はより厳しくなるかもしれないが。
降り注ぐ猛攻を凌ぎながら、射手座が再び溜めに入ったのを視界の端で確認する。
────抵抗をやめ、大人しく其の命と力を捧げよ。
「────闘神舐めんな」
再び放たれた射手座の巨大な矢。左手は星屑を斬りながら、右手は逆手に持つ刀身の棟を右腕に添えて構える。
僕の胴を貫かんとする矢がリーチに迫った瞬間、右腕で支えた刀身の刃で矢を受けた。
甲高い音を立てながら刃と擦れる矢を、そのまま右腕を斜め後ろへ振り抜き、引っ張るように受け流した。
翼の扱いに少し慣れてきた。小さく翼を畳んで地上を走り、無数の矢と星屑を置き去りにする。
獅子座に近づいて跳躍し、再びその巨体を駆け上がる。目指すは頂点。
御魂の位置はおそらく、真ん中の牙のような部位の間だろうか。
小さな矢や星屑が僕を追いかけて獅子座に命中していくが、ダメージが通っている様子は無い。
獅子座の背負う輪、そのトゲの頂点まで辿り着き、そこから翼を広げ更に上空へ。
上昇を止め、逆さを向く。
自由落下に翼で更に勢いを乗せる。
「せぇぇぇい!!」
両手を組み、力の限り獅子座の中心へ叩きつけた。
轟音と共に木っ端微塵となる獅子座。そこから光の粒子が空へ昇って行く。御霊ごと破壊できたようだ。
「次だ」
星屑に囲まれて射手座が視認できない。
止まらずに真っ直ぐ飛び続け、目の前の星屑を斬り捨てながら包囲網を抜ける。
視界が広がった瞬間、前方からこちらに飛来する卵型の爆弾がそこにあった。
即座に近くの星屑を掴み、爆弾へ投げつけ誘爆させる。
爆弾が飛んできた先には乙女座、ヴァルゴ・バーテックスが見えた。
しかしその体表は少し透けており、中で蠢く星屑が見えている。急造したのだろう。
「纏まってくれて助かるよッ!」
大天狗の炎を天羽々斬に纏わせ、斬撃の嵐を浴びせて切断し焼き尽くす。
一本だけ残しておいた布のような触手を引きちぎり、それで周囲の星屑達を叩き落とす。広範囲の攻撃により大きく殲滅が進む。
しかし燃える星屑を蠅叩きのように落とし続けていると、やがて炎が触手に燃え移った。まあ、そこそこ役に立っただろう。
大きく視界がひらけると、空中に蟹座の反射板が多数設置されていた。
天と射手座から放たれた針がさらに様々な方向から降り注ぐ。
躱した先にいた星屑を斬り捨てる。瞬きする間もなくまた躱し、周囲にいた星屑を叩き潰す。
脚を止めるな。躱せ。走り続けろ。脚を止めた瞬間血を流すことになる。
凄まじい密度の攻撃を回避し続けながら、数km離れた射手座の元へ進み続ける。
「捕まえた」
射手座に取り付き、その巨体を壁にして周囲からの攻撃を防ぐ。
当然射手座からの攻撃は当たらなくなる。中遠距離固定砲台の弱点だ。
「天の神って、射手座と蠍座ばっかり作ってるイメージあるよなぁ」
強く握り締めた右拳を掲げる。
「まあわからなくもないよ。毒とか高威力の遠距離狙撃とか、便利だもんなぁ!!」
拳を振り下ろす。一撃でその巨体が粉砕する。
その脆さから、この個体は御霊が無いのだと感じた。
前回四国を襲撃した個体と同じくらいの強度か。あの後に急造したのなら御霊の生成が間に合わないのも仕方がないか。
「さて」
空を見上げる。獅子座を倒してから燃える星屑の数は大きく減少した。固定砲台ももう存在しない。
────汝のその神性、地の神々から借り受けたものではないな。元より汝の力か。
「今更か」
────異界より訪れし神が、何故人類の味方をするのか。
「僕の大切な存在が人だから。……なにより、僕とて未だ人のつもりだ」
────人に有るまじき力を振るっておいて何を言う。
「人に有るまじき力か……違うな。神になったからこの力を得たんじゃない。この力があったから神になったんだ。だから、これは人としての力だ」
神への昇華。それは僕が望んだことではなかったから、はじめはとても困惑した。望む望まざるに関わらず、ある日突然己の存在が変質したのだから。
けれどそれに対して悪感情を抱いてはいない。そのお陰で巡り逢えた大切な存在が幾つもある。
「この世界には、ハッピーエンド以外は要らない」
────ならば、その望みごと葬ろう。
「まだ減らず口を叩くか。天津神って結構お喋りなんだな」
もう話すことは無いと言いたいのか、天から沢山の蠍の尾が現れこちらへ迫る。
それらを切断しながら、数が減ったと言えどまだまだ襲い来る星屑の群れを踏み台にし、空へ上っていく。
天の神に攻撃を当てる為に近づくということは、それ即ち機関銃に対して正面から近づくようなものだ。
射手座の矢や蠍座の尾、山羊座のドリルに牡羊座の電撃等、あらゆるバーテックスの攻撃が頭上から迫る。
星屑から離れ、黒翼をはためかせ天へ迫る。
降り注ぐ矢や電撃、火球を回避し、針やドリルを斬り捨て、止まることなく肉薄し続ける。
「まずは表面のバリアッ!!」
出来る限りの勢いを乗せ、右手の刀を握り締め、鏡面を守る薄い層に向け全力で振り抜いた。
「せぇぇぇいッッ!!」
ほんの少しだけ耐えたがバリアは砕け散り、刃はそのまま鏡面を襲う。
しかし、ただでさえ足場の無い場所で上に向けて腕を振り上げているから力を込めづらい上、バリアで軽減された威力では鏡面にヒビも入らなかった。
「チッ、さすがに硬いな……ッ!!」
その静止した瞬間、横から蠍座の尾を叩きつけられた。
ギリギリで防御態勢をとり、ダメージを最小限に抑える。
そのまま衝撃に身を任せて落下し、一度地上へ降りて息を整える。
至近距離からの猛攻を耐え抜いて攻撃を当てに行くのはかなり消耗する。向こうは消耗しているのかよく分からない故、長引く程不利になるだろう。
可能ならば、次で決めてしまいたい。
「……早く終わらせて帰ってやらないと、心配させるしな」
天羽々斬を鞘に戻し、深呼吸して集中する。
借りてきたもう一つの切り札の使い所だ。
「 ──── 来い、酒呑童子」
鬼の王をこの身に降ろしたその瞬間、全身に溢れんばかりの力が漲る。まさに力の権化と呼ぶに相応しき精霊。
友奈が使用すると手甲が大型化したり装束が変化したりするが、今の僕は装束も無ければ手甲も無い故、姿にはほとんど変化は無い。
しかし肉体は違う。
元より強靭なこの肉体ならば、酒呑童子の力の反動にも問題無く耐えられる。故に酒呑童子の力を余すこと無く引き出せるのだ。
なんという全能感か。
「最強の切り札二つの同時使用。ロマンがあるだろう?」
指を弾いたり、軽く腕を振り抜いてみる。ただそれだけで周囲の星屑が圧力で歪み潰れていく。
これならやれる。一撃だ。
─────もはや汝こそ天災と呼ぶに相応しい。
「行くぞ。これで最後だ」
全身に漲る酒呑童子の力は、当然脚力も強化する。
大地を踏み締め、跳躍する。大天狗の黒翼で更に勢いを乗せ、弾丸のように天へ迫る。
天からのあらゆる攻撃が迫る瞬間、既にそこに僕はいない。
右手で力を込めず拳の形を作る。
右腕を振りかぶる。
「砕け散れぇぇッッ!!!」
リーチに入った瞬間、拳を握りながら右腕を押し出す。
衝突の瞬間、全力で握り締めた拳で鏡面を撃ち抜いた。
天を穿つ衝撃の発生点、そこからヒビが一瞬で広がり、鏡体全体が無数の破片へと化していく。
達成感からか、ただ気が抜けたからか。酒呑童子は解除して大天狗の翼だけ残し、脱力して天の破片と共にゆっくりと地上に降り立った。
強い神性も、巨大な視線も、頭に直接伝わる声も今は感じない。完全に終わったようだ。
「疲れた……」
大天狗も解除し、その場に座り込み空を見上げる。もう赤くはない、真夏の晴天だ。
「後は、こいつらを片付けて終わりだ」
近くの星屑が巨大な口を開けて僕に迫る。左手で天羽々斬を抜き、一太刀の元斬り伏せる。
司令塔を失い統率を執れなくなった星屑達だが、人を襲うという本能とも言うべき最初に与えられた指令の元、ただひたすらに僕に襲い来る。
数は大体百体前後か。さっさと片付けて帰るとしよう。
急いで帰れば、今日中には間に合うかもしれない。
──────────
食堂での夕食を終え、なんとなく壁に掛かった時計に目を向ける。
19時を過ぎたところだ。
早ければ明日の朝には帰ってくるとれんちゃんは言っていた。早ければ、ということは今日中には帰ってこれないだろう。
「……はぁぁ…………」
「デジャヴだな」
「デジャヴですね」
正面に座る私の親友達は、逆にどうしてそんなにいつも通りなのか。
「ちーちゃん、元気出して?そうだ!今夜はちーちゃんの部屋に泊まるよ!」
「ありがとうゆうちゃん。ちょっと夜更かししてゲームしましょう」
ゆうちゃんは天使だ。こんな良い子が親友にして妹的存在だなんて、私は幸せ者だ。
それでも、今夜の私は気が晴れないだろう。どうしても落ち着かない。拭い切れない不安がある。
「デジャヴということは、前にもあったの?」
「ああ。蓮花さんが諏訪に出発した日の千景と久美子さんもこんな感じだった」
「なるほどねぇ」
「そういえば久美子さんは?」
「少し前に帰りましたよ」
きっと今頃、久美子さんもこんな感じなのだろう。
いつからか、どうして久美子さんのことを容易に想像できるようになったのだろうか。……同じ人に惹かれたからだろうか。
少し談笑した後、私達はそれぞれの自室に戻った。
そして着替えを持って私の部屋に来たゆうちゃんと共に入浴した後、気の済むまで二人でゲームに没頭した。
「ふあぁぁ〜……」
「あら、もう眠そうね」
「うぅん……」
電子時計に表示されるのは23時。私は慣れている時間だが、健康優良児のゆうちゃんには充分夜更かしかもしれない。
「そろそろ寝ましょうか」
「うん……」
ゲームの電源を切り、ベッドを軽く整える。
寝る前に冷たい麦茶を飲もうと思い、キッチンに向かい冷蔵庫から麦茶を取り出す。
その時、部屋の扉がノックされた音が聞こえた。
こんな時間に来る子といえば、ひなたか杏だろうか。
一旦麦茶を置いて扉に向かい、鍵を開けて扉を開いた。
「あ、よかった。まだ起きてた。頑張ったから想定していたより早く帰ってこれたよ」
「ぇ……れんちゃん……?」
扉の前にいたのは、一番可能性が無いと思っていた人、けれど一番そうであってほしいと願っていた人だった。
心に纏わりついていた不安は、一瞬にして消え失せた。
「ただいま、千景」
「おかえりなさい……蓮花さん……!!」
意識するよりも早く、私は彼の胸に飛び込んでいた。
そんな私を、れんちゃんはいつものように抱き締めてくれた。