ここすきはモチベーションに直結するのでよければお願いします。
千景の部屋に上がり、冷たい麦茶の入ったコップを受け取り口をつける。
少し飲むつもりが、思っていた以上に喉が渇いていたのか一気に飲み干してしまった。
「……遠くの空が赤くなっていたのを見たわ。とても怖かった」
「大丈夫だよ。もう何も怖いことは無い」
「本当に天の神を倒したの?」
「ああ。これでもう、皆が戦うことは無いよ」
「二年も訓練してきたのに、結局一度しか戦闘が無かったわね」
「その一度を生き延びられたんだから、充分価値はあったよ」
千景のベッドの上で既に寝息を立てている友奈の頭を撫でる。
時計を見ると23時を過ぎている。千景もそろそろ寝ようとしていたようだし、僕も帰るとしよう。
「じゃあ、そろそろ帰るね。おやすみ、また明日」
「ええ、おやすみなさい」
満足するまで千景を抱き締める。服が汚れているが、先に抱き締めてくれたのは千景だ。気にしないだろう。
そして部屋を出る。また明日、一緒にのんびり過ごすとしよう。
他の部屋からは人が起きている気配は無い。皆夜更かしせずに眠っているようだ。
起きていたら顔を見ていこうかと思っていたが、眠っているならわざわざ起こさなくてもいいだろう。ただいまは明日にしよう。
大抵の家は消灯し、月明かりと街灯だけが道を照らす。
久美子と茉莉はもう眠っているだろうか。予定より早く帰ってきたことに驚くだろうか。
今日はさすがに疲れた。帰ってから夕食を用意するのは面倒だ。コンビニに寄っていこう。
家に帰り着き、玄関の扉を開ける。
リビングの明かりは消してある。もう少しで日が変わるし、さすがに寝ているのだろう。
リビングのテーブルにコンビニで買ってきた弁当を置き、洗面所で手を洗う。
キッチンでコップに麦茶を入れ、リビングに戻り腰を下ろし、弁当を食べ始める。
自分の咀嚼音とは別に、扉が開く音と足音を耳が拾った。
それに気がついた瞬間、背後から伸びてきた細い腕に抱き締められた。
「ごめんね、起こしちゃったか。頑張ったから思っていたより早く帰ってこれたよ」
「ああ……おかえり」
「……ただいま、久美子。……今の僕の服、砂埃とかで汚れたままだけど大丈夫?」
「どうでもいい。後で着替えればいい」
「ん」
一旦箸を置き、後ろに向き直り久美子を抱き締め返した。
温めた弁当が冷めてしまうのも気に留めず、この身に触れる彼女の存在を感じていた。
意識が覚醒する。
瞼を開くと、隣で寝ていたはずの人がいない。
寝室の外、動く人の気配がある。
時計で時間を確認すると、既に昼前であった。帰ってきた時間が遅かったというものあるが、随分と眠っていたようだ。どうやら僕は自覚していた以上に疲れていたらしい。
身を起こし、立ち上がる。洗面所で顔を洗って歯を磨き、リビングの扉を開ける。
「あ、おはよう蓮花さん。最後なの珍しいね」
「そうだな、疲れていたんだろう」
「おはよう、二人とも」
リビングのソファには茉莉、キッチンに目を向けると久美子がいた。
キッチンに向かい、久美子を後ろから抱き締める。
「お腹空いた」
「私を食うか?」
「うん」
「……冗談のつもりで言ったんだが」
「僕も冗談だよ」
久美子にムスッとした目を向けられる。可愛いが、こういう冗談はやめておくべきだろうか。
「……少し早いが昼飯の準備をしているところだ。もう少し待て」
「わかった、ありがとう」
豚肉や粗く刻んだキャベツが用意されている。お好み焼きのようだ。
フライパンに油を引く久美子から腕を放し、ソファに腰を下ろして待つ。
「食ったら丸亀城に行くぞ。千景から何度も『れんちゃん起きてる?もしかしてまだ寝ているの?』と通知がうるさい」
「はは……あ、僕のほうにも来てる」
一度僕にメッセージを送ったが既読がつかなかったため、久美子に確認したのだろう。
『さっき起きたよ』と一応返信しておく。
「茉莉、夏休みの宿題は順調?」
「順調だよ。8割くらいは終わったかな」
「おお……さすが」
まだ8月頭だが。学生時代の僕とは大違いだ。
「蓮花さん、いつ帰ってきたの?早くても明日とか言ってなかった?」
「日が替わる頃だよ。皆のところに帰りたくて頑張ったら、想定より早く済んだ」
「そっか。お疲れ様」
「できたぞ、食え」
焼きたてのお好み焼きが乗った皿がテーブルに置かれた。美味しそうな匂いが空腹を刺激する。僕はすぐに箸を手に取った。
「いただきます」
「ボクの分は?」
「今から焼く。というか手伝え」
「はぁい」
キッチンに連行されていく茉莉を見送りながら、僕はお好み焼きを頬張った。
食後、楓さんと琴音さんも連れて丸亀城に向かい、全員に談話室に集まってもらった。
来る途中で買ってきたドーナツを皆で頬張りながら、天の神を倒したこと、もう四国に襲撃は無いことを話した。
「じゃあ、私達の丸亀城生活も終わるのか?」
「今すぐって訳じゃないけどね。僕が日本に残ってるバーテックスを掃討し終わったら、皆も普通の生活に戻ることになる」
「そっかぁ」
「あのぉ……」
「どうしたの杏?」
どこか晴れない表情の杏が手を挙げる。
「もしかして、私とタマっちは愛媛に帰ることになりますか?」
「あ」
うっかり頭から抜けていた。家族のいない歌野達はともかく、杏と球子には愛媛在住の家族がいる。
今の生活が終われば、家族の元に帰るのが普通だろう。
「タマも皆と一緒の学校に行きたい!」
「できれば私も……」
「ふむ……これは二人のご両親と相談だな」
家族皆で香川に引っ越してもらうか、この子達だけこちらで面倒を見るか。
歌野達がこれから住む場所もどうにかする必要があるため、そこで一緒に生活してもらうのもありか。さすがに全員我が家に迎え入れるのは無理がある。
「できたら、真鈴さんも一緒がいいです」
「そうだな」
「……なぜ私を見る」
杏と球子が久美子に真顔を向ける。
「確かに私もその辺りの手続きはするが、そもそもどうするかはあいつと家族が決めることだろう」
とりあえず、後で大社に行ったら真鈴に杏達の意思は伝えておいてあげよう。
「久美子さんはどうするの?大社で働き続けるの?」
「とりあえずはな。これから忙しくなるから、すぐにはどうこうできないさ」
「大社が落ち着いたら、久美子さんも大社を辞めて普通に教師になるのはどうですか?」
「転入した学校でも担任が久美子さんだったら笑うしかないな」
「そうだな……そういう道もあるのか」
ソファにもたれかかり天井を見上げる久美子。いや、もっと遠くを見ているように感じる。少し先の自分の様々な可能性を思い浮かべているのだろうか。
「大社はデカい。世が平和になってもしばらくはその権威が衰えることは無いだろう。安定した生活が保証されているだろうな」
「まあ確かに」
「いい事じゃない」
「……安定なんか、私は求めていない。つまらん」
「いや生活は安定していてほしいんだが。一緒に暮らしているこの子達の為にも」
「それはそうだが……」
急に何を言い出すのか。最近落ち着いていたから忘れかけていた。久美子はこういう人だった。
「……まあ何にせよ、私も今後の事を考えておいた方がいいか」
「待て球子!そのキノコは私にくれ!もう残機があまり無い!!」
「悪いな若葉……このキノコはタマのものだ。タマの代わりに死んでくれ」
「た、球子ぉぉぉ!!」
球子の無慈悲なプレイにより奈落へ落ちていく配管工若葉を見守りながら、隣に座る千景が小さく呟いた。
「……ねぇ、れんちゃん」
「ん?」
「残りのバーテックスの掃討って、どれくらいかかるの?」
「どうだろうな……どれくらい残ってるかわからないからなんとも言えない。まあ、くまなく捜して日本一周するから、月単位でかかるかも」
一県一日終わらせても一ヶ月半。そんなに早く進むとも思えない。
二、三ヶ月はかかるだろうか。
「私も一緒に手伝うのは」
「だめ。四国の外を見せたくない」
「雪花達はここに来るまでに見てるじゃない」
「それは仕方ないじゃん」
「やめといた方がいいよ千景。私は耐性あったけど、移動中のバスで気分悪くなって吐いてる人もいたし」
「それバス酔いの可能性は無いの?」
「……否定はできないけど」
実際、水都は四国に向かう途中バス酔いしていた。
「大丈夫、後は消化試合さ」
「……わかったわ」
「お、おい若葉。なんでタマを持ち上げて敵の方を向いてるんだ?」
「ちょうど残機に余裕のある武器があったものでな」
「タマは武器じゃないぞ!?ァ、アア!!」
「あ、すまん。普通にタイミングを間違えてしまった」
「命がもったいない!!」
若葉に投げられた球子の操るキャラクターは歩いてきた敵を倒すでもなく、ただただ敵に衝突されて一つの命を失うこととなった。
「大社に行ったら、既に神官達は天の神を倒したことを神託で知ってたよ」
「そうか。確かに、そんな大事なことを神樹が知らせないわけがないか」
「それから神官達と相談した結果、歌野達はこのマンションの空いてる部屋で暮らしてもらうことになりそう。家賃とかは大社が出してくれるらしい」
「ほう。なら後は愛媛組をどうするか、か」
湯船に浸かり、脱力しながら今後のことを久美子と話す。
数年前と比べ、考えないといけないことがだいぶ片付いたため、少し気が楽になったように思う。一番の山場を乗り越えたことが大きいか。
「親御さん達との相談は久美子に任せてもいい?」
「何故だ?」
「皆を早く普通の生活に戻してあげたいから、僕は準備が整い次第、早めに出発しようと思ってる。早ければ年内には可能だろう。僕が帰るまでの二、三ヶ月の間にその辺の話を済ませておいてもらえると助かる。どうするか考える時間も必要だろうし」
ある日突然「あなた達の娘はこう言っているが、これからどうするか決めろ」と言われても困るだろう。まだ猶予がある内に話をして、ゆっくり考えておいてもらいたい。
「わかった、話しておこう」
「ありがとう。頼りになるよ」
「……またすぐに行ってしまうのか?途中で帰ってきたりしないのか?」
「一度片付けた土地に別の土地から再びバーテックスが入ってきたら困るからね。一気にやってしまいたいんだ」
「それもそうか……」
暫しの沈黙。シャワーヘッドから水滴がホースを伝い滴り落ちる音を耳が拾う。
「……なぁ、蓮花」
「ん?」
「聞くだけ無駄だろうし帰ってくる答えもわかっているが、何故アイツらを連れていかない?人手は多い方がいいだろうし、以前程危険でもないんだろう?」
「まあ、確かにね」
勇者八人、連れていく方が確実に早く済むだろう。
「でもね、僕は後悔したくないんだ。もし外で戦闘をして、大怪我を負ったり命を落としたりしたら、確実に過去の自分の選択を悔やむだろう。どうして危険な場所へ連れてきてしまったんだと。そうなる可能性は低くても、ゼロじゃない」
「……」
「それに、僕にとってあの子達は護る対象であって、共に戦う仲間ではないんだ」
「……だろうな」
何がなんでも、全員が平穏に生きられるようにする。その為に、ほんの小さな可能性の芽も摘まなければならない。
「ここに置いていくのが、きっと一番安全だ。時間さえかければ、誰も失わずに済む」
「蓮花が帰ってこないというのもやめてくれよ?私は、お前を失いたくない」
「大丈夫だよ久美子。これで最後だ。これが終われば、もう何も心配させずに済む」
「ああ……」
僕の胸に預けられた久美子の肩を抱く。
僕がここを離れる度、久美子には心配だけでなくいろいろな負担もかけてしまっている。全て終わったら、何か労ってあげなければ。
「……のぼせないうちにそろそろ出ようか」
「上がったら一緒に飲まないか?たまにはいいだろう?」
「わかったわかった」
たまには、いいだろう。小さなことでも、望むのなら叶えてあげよう。あと何度できるかもわからないのだから。
酔った久美子が茉莉の部屋に突撃するのを見送り、僕は千景に電話をかける。
やがてスピーカーから聞こえてくる声に小さな幸福を感じ、自然と顔が綻ぶのに気がつく。
『もしもし、れんちゃん?どうしたの?』
「急にごめんね。特に用は無いんだけど、声を聞きたくなって」
電話の向こうから騒がしい声が聞こえる。若葉と球子だろうか。歌野の声も聞こえる気がする。
「今なにしてるの?」
『騒がしいのが聞こえたみたいね……今は談話室で、若葉と球子が昼間の続きをしているの。そこに歌野と雪花も加わっているわ』
「そっかぁ」
『もしかして酔ってる?』
「ちょっとだけね」
どうしてわかったのだろう。自分で気がついていないだけで、案外声でわかるのだろうか。
『……なんか今、遠くで茉莉さんの悲鳴が聞こえなかった?』
「酔った久美子が部屋に籠ってる茉莉のところに突撃してるんだ。ちょっと助けてくるね」
『え、ええ』
ソファから立ち上がり、和室の襖を開ける。
様子を見るに、茉莉が布団に横になって小説を読んでいたところ、久美子が布団に潜り込んで面倒くさい絡み方をしているようだ。
「蓮花、茉莉がちょっとエロい小説を読んでいる」
「違うよ!普通の恋愛小説だよ!ちょっとそういうシーンがあっただけだよ!」
「やめなさい久美子、茉莉の邪魔しないの」
「実は構ってもらえて喜んでいたりしないか?」
「この様子だと本気で嫌がってるよ。ほら、リビングに戻るよ」
僕が家にいない時はいつもこんな感じなのだろうか。これから数ヶ月家を空けることになるが、茉莉は大丈夫だろうか。かなり心配である。
久美子の手を掴み、茉莉の布団から引き抜く。
「邪魔してごめんね茉莉」
「う、うん。大丈夫」
久美子を抱きかかえてリビングに戻り、ソファに下ろす。
テーブルの上に置いていた僕のスマートフォンが通話中であることに気がついた久美子が手に取る。
「もしもーし」
『あら、担任の先生のような声がするわね』
「皆大好き烏丸先生だぞ」
『だいぶ酔っているようね。妄想を現実と勘違いしているみたい』
「道徳の授業をしてやった方がいいようだな」
僕のスマートフォンが帰ってこない。しかし仲良く話しているようなので、もう少しそのままにしておこう。
『久美子さんこんばんはー!』
「私のことが大好きな友奈は夜でも元気だな」
『意味のわからないライトノベルのタイトルみたいですね』
「私のことが大好きな杏もいるのか」
向こうで何人か集まってきたようだ。
『ちーちゃん、久美子さんと電話しているんですか?』
『いえ、れんちゃんとしていたのに途中で久美子さんに変わってしまったのよ』
「しまったとはなんだ。私の声が聞けて嬉しいだろ、喜べ」
『は?』
『わーい!』
「友奈はいい子だな……明日抱き締めてやろう」
『少し酒臭い可能性があるけれど』
『え、それはちょっと……』
「おい」
『雪花!ボス戦だぞ!笑い転げている場合じゃない!』
『雪花さん、浅い笑いのツボにハマってしまったようね』
遠くでヒーヒー言っていたのは雪花の笑い声だったか。楽しそうでなによりだ。
誰も欠けることなくここまで来れた。
ここから先は、こんな気楽で平穏が日々が続いていく。
一向にスマートフォンが帰って来ず、僕は残りの酒を傾けながら物思いにふけた。
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数日後の昼下がり。
本を手に持ったままうたた寝をしてしまっていた私は、唐突に頭の中に流れた映像により瞬く間に睡魔は消し飛んだ。
夢を見たのではない。神託だ。
突如、部屋の扉を誰かが叩いた。強い焦りが伝わる音だ。
栞も挟まず本を閉じ、急いで立ち上がり扉へ向かった。
予想通りというべきか、そこにいたのは水都さんだった。
「ひなたさん!!い、今さっき神託が!!」
「水都さんもですか……」
「えっ、ひなたさんにも同じ神託が!?」
水都さんの焦り具合とタイミングから考えて、おそらく同じ内容の神託なのだろう。
何故、神樹様がこのようなことを私達に伝えたのか。神樹様が私達巫女に意味の無いことを伝えたりはしないだろう。
内容からして、おそらくこの世界の命運に関わることではない。
ただ、私達にとっては、とても重要な事かもしれない。
聞かなければ。
「れんちゃん……」
彼がとても遠いところへ行ってしまい、二度と帰ってこなくなる。そう伝えようとしているような神託の意味を。