花は少女の幸福を願う   作:カフェラテ

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大変遅くなりました。
ただでさえ時間が無いのに大事な回なので時間をかけました。(言い訳)


第81話 真実と記憶

「荷物はこんなもんで大丈夫かな」

 

 昼下がり、僕は持っていく荷物をリビングの床に広げて確認していた。

 明日から、僕は日本全域のバーテックス残党の掃討に出発する。

 持っていく荷物のほとんどは食料だ。他の物は特に必要ないだろうから、できるだけ食料を多めに持っていく。

 

「数ヶ月かかるんだろう? これで足りるのか?」

 

「足りなかったら野生動物を狩ったり魚を釣ったりするよ」

 

「お前本当に多芸だな」

 

「まあね」

 

 サバイバルもお手の物である。

 本土から人がいなくなった結果野生化した動物をよく見かけるため、食料には困らないと思われる。

 

「茉莉、明日からしばらく家を空けるけど、久美子をよろしくね」

 

「……」

 

「茉莉? どうかした?」

 

「え、ああ…………うん」

 

「逆だろ。あと間が長いわ」

 

 これこそが苦笑いといった表情を浮かべる茉莉。まあ、大丈夫だろう。多分。おそらく。

 

「さて、じゃあ僕は丸亀城に遊びに行ってこようかな」

 

「……ボクも行こうかな」

 

 荷物をバックパックに詰めて部屋の端に置く。

 スマホはどこかと探そうとした瞬間、通知音が鳴り探す手間が省けた。

 

「なんだろ……ひな?」

 

「どうした?」

 

「直接会って聞きたいことがあるってさ」

 

「ふーん」

 

 ささっと家を出る準備をし、軽い気持ちで家を出て丸亀城へ向かった。

 その時は唐突に訪れた。

 全てを話す覚悟など、まだ何もできていなかったというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 談話室の扉を開けると、数人の少女達が自由気ままに過ごしていた。

 いや、一人自由とは言えないかもしれない。

 

「あ、こんにちはぁ」

 

「こんにちは」

 

「……どういう状況だ?」

 

 ソファにて、雪花と杏に左右から拘束された球子がコントローラーを握っている。テレビ画面を見る限り、プレイしているのは恋愛シュミレーションゲームのようだ。

 

「助けてくれ!! 杏と雪花がタマに無理やり恋愛ゲームをやらせるんだ!!」

 

「拷問現場?」

 

「タマっちが私が貸した本を枕にしていたので」

 

「それは球子が悪いな」

 

「おとなしくゲームをクリアしなさい」

 

 喚く球子を尻目に、談話室を見回す。拷問中の三人の他に、千景と友奈もいる。歌野は先程畑から帰ってきて部屋に戻っていくのを見た。

 

「ひなは部屋かな?」

 

「多分そうね。どうかしたの?」

 

「ちょっと呼ばれてね。行ってくる」

 

 談話室を出てひなたの部屋へ。扉をノックすると、部屋の主が現れた。

 

「こんにちは、ひな」

 

「あ、こんにちはれんちゃん。お待ちしていました。中へどうぞ」

 

 ひなたに促されて部屋に入ると、そこには水都もいた。そういえば歌野と一緒にいなかったなと思い出す。

 

「水都もいるとなると、神託に関することかな?」

 

「はい」

 

「なんで僕を呼んだの?」

 

「れんちゃんに関することだからです」

 

「ほう?」

 

 何故神樹が僕に関することを神託で巫女に伝えたのだろうか。

 二人の真剣な表情を見る限り、軽い話ではないのだろう。

 

「つい先程のことでした。私が神託を受けてすぐ、水都さんが慌てた様子でここに来て、同じ神託を受けたのだと理解しました」

 

「私達にはよくわからない内容だったけど、複数人が同じ神託受けたということは大事なことなんだろうって、蓮花さんなら知ってるかもしれないと思って聞くことにしました」

 

「なるほど。内容は?」

 

「……れんちゃんが、とても、とても遠いところに行ってしまって、帰ってこなくなる。そんな感じでした」

 

「私も同じです」

 

「……」

 

 神樹め。何故わざわざそんなことを巫女達に伝えたのか。神の癖に人情があるとでもいうつもりか。

 ……待てよ、巫女といえば……。

 

 その時、ひなたの部屋の扉が軽く叩かれた。

 

「若葉ちゃんでしょうか? 見てきます」

 

 ひなたが立ち上がり扉へ向かう。開くと、そこにいたのは茉莉だった。共に生活している、もう一人の巫女だ。

 

「あら、茉莉さん?」

 

「ボクも入っていいかな?」

 

「……ええ、どうぞ」

 

 ひなたの部屋に入ってきた茉莉は、僕と水都を見て確信を得たような表情をした。

 

「水都ちゃんと蓮花さんもいるってことはやっぱり……」

 

「茉莉さんも神託を受けたんですね……?」

 

「うん。凄く久しぶりでちょっと困惑しちゃった」

 

 

 家で一瞬ぼーっとしていたのは、ちょうどその時に神託を受けていたからだったのか。

 聞けば、茉莉も同じ内容の神託だったという。

 ……何も言わずに去ることは許さないとでも言うつもりか、神樹め。

 こうなってしまっては仕方がない。

 

「……皆を談話室に集めてくれ。大事な話をする」

 

「……わかりました」

 

 不安そうな三人の表情に胸が痛む。

 これから話すことは、その表情を晴らすどころかより曇らせてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急に皆を集めてどうしたの?」

 

「実は今日、私と水都さん、茉莉さんが同じ神託を受けたんです。それをれんちゃんに話したところ、大事な話をすると言って……」

 

「皆集まったね」

 

「母さん達はいいのか?」

 

「……うん。お母さん達には話さなくていい。あくまでここにいる子達だけの秘密ってことで」

 

「わかった」

 

 談話室に集合した少女達を見回し、何から話そうかと考えを整理する。

 

 

 

「突拍子も無くて何を言ってるかわからないことも多いと思うけど、質問は後で纏めて受け付けるね」

 

 頷く皆を見て僕は覚悟を決め、少しずつ話し始めた。

 

 

 

「……僕は、この世界で生まれた存在でなければ、人ですらないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 蓮花が一通り話し終え、私は頭の中で情報を整理する。

 蓮花は別の世界から来た神だということ。

 この世界に来た大まかな経緯。

 話す言葉は理解できるが、本人が言った通り確かに突拍子も無い。

 

「杏辺りは気づいてたんじゃないかな?」

 

「……神様なんじゃないかとは薄々思っていました。異世界から来たのは想像できませんでしたけど」

 

「確かに、バーテックスを倒せることや何年も老化していないこと、異常なまでに高い身体能力も、神なら説明がつくか」

 

「身体能力は人だった頃から変わってないよ」

 

「は?」

 

 元々アレだったのか。もっと意味がわからない。

 

「その話と神託がどう繋がるんですか……?」

 

「……」

 

 ひなたの問いに対し少しの間を置き、蓮花が口を開く。

 

「これから僕は地上に残るバーテックスを掃討するわけだが、それが終わったら……元いた世界に帰ることになる」

 

「ぇ……?」

 

「帰る……?」

 

 理解すると同時に、形容し難い小さな絶望が心の底から渦巻き始める。

 言葉の通りなら、全てが終わった後……蓮花とは二度と会えなるなるのではないか。

 

「とても遠いところに行って帰ってこなくなる……本当に神託の……」

 

「元々の計画では、僕がこの世界から離れると同時に、神樹にこの世界から僕に関する記憶を消してもらうつもりだった。世界は平和で、この世界に郡蓮花という存在は最初からいなかったということにする」

 

 

「何を言っているの……?」

 

「……写真とか、記録に残っているものはどうなるんだ? 消えるのか?」

 

「僕だけが消えるはずだ。それでも違和感が無いように、僕は写真にメインでは写らないようにしてきた」

 

 千景のアルバムに蓮花と一緒に写った写真が一枚も無かったのは、そういうことか。前に一通り見たことがあるが、どこにも蓮花はいなかった。

 

「ここに残ることはできないんですか……?」

 

「無理だろう。それは神樹が許さない」

 

「どういうことだ?」

 

「今までは共通の敵がいたから協力してきたけれど、全てが終わればそれも無くなる。僕はやろうと思えば神樹を、それを構成する神々を殺せる力がある。だから事が済んだら、神樹が僕をこの世界から排斥するだろう。自分を殺せる奴を用もないのに近くに置いておくのも怖いだろうからね」

 

「……なるほど」

 

 

 少しの沈黙、そして口を閉じていた千景が顔を上げる。

 今にも零れ落ちそうなほど、その瞳は涙に潤んでいた。

 

 

 

「……ずっと……傍にいてくれるんじゃなかったの……?」

 

 

 

「ごめんね……」

 

 

 

「五年前……どうして私を迎えに来たのよ……」

 

 堪えきれなくなった千景の涙がとめどなく流れ出す。

 

 

「こんな思いをするくらいなら……出会わなければよかった……!!」

 

「千景!!」

 

 その言葉を最後に千景は立ち上がり、談話室から出て行ってしまった。

 本心からの言葉なのかはわからない。衝動的に出てしまった言葉かもしれないが。

 

 

「はぁ……やっぱり泣かせちゃったな。こうなることがわかってたから、最後まで隠していようと思ってたのに。ハハッ……」

 

 

 蓮花が目元を覆うように右手を顔に当てる。

 隠した目元から、水滴が頬を伝い流れ落ちた。

 私達は、初めて蓮花の涙を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、寝室ではいつもよりほんの少しだけ私達の口数は少なかった。

 蓮花に言いたいこと、聞きたいことはいろいろあったが、頭がパンクしていた昼間ではちゃんと話せなかっただろう。

 だが時間を置いたことで、話したいことは大体整理できた。

 

「なぁ蓮花。いろいろと話したいことがある」

 

「うん」

 

 一枚の布団に二つの枕を並べ、隣で横になっている蓮花。今までずっと、これだけのことを優しい微笑みの裏に隠し続けていたのか。

 

「まさかとは思うが、今まで私を抱いてくれなかったのは責任を取れないとわかっていたからか?」

 

「……そうだよ」

 

「クソ真面目か。最近の若者はもっと勢いでヤるだろ」

 

「処女がなんか言ってる」

 

「今卒業してやろうか」

 

「駄目。……大切な人だから、そんな無責任なヤり捨てみたいなことしたくなかったんだよ」

 

「……ずるいな」

 

 どうして、そんな言葉を真っ直ぐに伝えられる。

 大切な人だから。その言葉に嘘偽りが無いとはっきりわかるくらいには同じ時間を過ごしてきた。

 ここからは、真面目な話をしよう。

 

「お前がいなくなった後、私達の記憶はどうなる?」

 

「どうするかは神樹次第だからわからないけど、辻褄の合うように書き換えられるだろう。例えば、千景は両親と共にここに引っ越してきたけど天災で両親を亡くした。そして四国に避難してきた久美子達に偶然出会い、一緒に暮らし始めた。とか?」

 

「……もしかして私が千景達の保護者ということになるのか?」

 

「そうだ。そうなってもらう為にこの家に連れてきた」

 

 私があいつらの保護者になる。……まあいいか。今とあまり変わらないだろう。

 

 

「お前はなぜこの世界に来ようと思ったんだ?」

 

「……昼間にも軽く話したけど、平行世界ってのがどの世界にも存在するんだ。似ているけど、どこか少しずつ異なる世界。細かいところはいろいろ違うけど、共通する元となる運命がある」

 

「……ふむ。私達のこの世界にも、運命というものが存在するのか?」

 

「ああ。ここを含めた並行世界の本来の運命では、天地の神々の戦いは天災から始まり300年後に決着する。そして、初代勇者である若葉達は、若葉と雪花、棗を除いて戦死する」

 

「なんだと?」

 

 今のこの世界の状況とはあまりにもかけ離れている。勇者は全員生きていて、戦いはもう終わろうとしている。それが蓮花が介入した影響か。

 

「僕は、大人になった皆が見たかった。皆が生き延びて大人になり、幸せに暮らしている。そんな世界が少しくらいあってもいいんじゃないかと思った。だから、僕のエゴでこの世界の運命を捻じ曲げた」

 

「エゴ、か……」

 

 今日聞いた話の規模が大き過ぎたが故に混乱し、蓮花の本心すらも隠していたのかと昼間は疑った。

 しかし、この人の行動原理は私の知る郡蓮花と変わらない。常にあの少女達の為を思って行動する。ずっと、ありのままの本心で接していたのだ。

 自分がそうしたいからしているのかもしれないが、それは『エゴ』と呼ぶのだろうか。

 それとも、『愛』と呼ぶのだろうか。

 

「だが……千景の幸せに蓮花は必要だろう。蓮花がいない世界で千景が笑えると本気で思っているのか?」

 

「その為に皆の記憶を消すんだ。最初から知らなければ、寂しく思うこともないだろう」

 

 

 

「お前だけが、それを憶えているのか」

 

「そうだ」

 

 

「……お前だけが、寂しさを抱えて生きていくのか」

 

「……そうだ」

 

 

「どうして……」

 

「僕は、ずっと憶えていたいから」

 

「私だって、お前の事を忘れたくはない……ッ!!」

 

 不意に蓮花に抱き締められる。幾度となく身を預けたこの胸と腕に抱かれると、昂った思いも少し落ち着いてしまう。

 

「お前がそんな顔をするくらいなら、やっぱり忘れてもらった方がいい」

 

「……そんなに酷い顔をしているのか、私は」

 

「ああ。美人が台無しだ。……ごめんね」

 

 強く抱き締められていて蓮花の表情は見えないが、腕に籠った力強さが蓮花の心を伝えてくる。離れたくないと、放したくないと言っているようだ。

 応えるように、私も両腕で蓮花を抱き締める。

 

「……この温もりも、この想いも、忘れてしまうのか」

 

「……ああ、おそらく。僕に関係することは全て」

 

 

 

 

 

「明日は、予定通り出発するのか?」

 

「うん」

 

「千景をあのままにして行くのか」

 

「こうなった以上、早く終わらせてこの世界を去る。全て忘れてしまえば、何を悲しんでいたのかもわからなくなる」

 

「……無責任だ」

 

「ごめん……千景を頼む」

 

『頼む』。その言葉を聞くのも何度目だろうか。今思えば、千景達を私に託したい気持ちの表れだったのだろうか。

 

「あ、そうだ。最後に、皆のお願いを何でも一つ聞いてあげようと思うんだ。考えておくように伝えておいてほしい。もちろん久美子もね」

 

「……わかった」

 

 きっと、それも最後に忘れてしまうのだろう。

 なら、あいつらは何を願う? 私は、何を願えばいい? 

 

 

 

 

 

 

 ──────────

 

 

 

 

 

 

 四国を囲う壁の上に立ち、周囲を見渡して深呼吸をする。

 ここまで来たら、もう少女達の未来が失われることはないだろう。僕の計画も揺らがない。

 あとは最後のひと仕事を終えて、この世界を去る。

 

「……帰ったら千景に謝らないと」

 

 おそらく、もう何を話しても悲しませてしまうだろう。

 それでも、何も言わずに去るのはきっと後悔する。

 

「出発だ」

 

 壁を飛び降り、端から片付ける為に北の地へ走り出す。

 帰るまでに、どう謝るか考えておこう。

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