「よく来てくれたね。綾小路君」
6月1日。
オレは東京都立高度育成学校で、この学校の理事長である坂柳さんに迎え入れられていた。
「こんな時期だというのに受け入れてもらえて感謝してます」
オレはずっとホワイトルームという施設のなかで生活してきた。起きてから寝るまでずっと訓練でスコアをだす。何一つ自由のない窮屈な日常。
だが永遠に続くかとも思われた日々も突然途絶えた。
ホワイトルームが停止し、オレはあの不自由な場所から抜け出す機会を得たのだ。
しかし抜け出せたといってもほんの一時。日本にいる限りあの男の手の届かない場所なんてほとんどない。並みの場所ならすぐに連れ戻されてしまうだろう。
そこで、オレをあそこから抜け出す手配をしてくれた松尾が一計を案じてくれた。
坂柳さんにコンタクトをとって、日本で唯一とも言っていいあの男の手の届かない場所であるこの高校に編入させてくれた。
「さっそくだが、編入してもらうにあたっていくつか君に説明しておきたいことがある」
坂柳さんはいまからオレが編入するこの学校についての説明をしてくれた。
どうやらこの学校は普通の高校とはかなり違うらしい。
生活の一切は学校の敷地内で行わなければならず、外部との連絡も一切禁止。ただし学校の敷地内には生活に必要な施設以外にもカラオケやゲームセンターなどの娯楽施設まで完備されているらしい。
オレからすれば好都合、むしろありがたいくらいで不満はない。
次に、この学校にはSシステムという評価システムがあるそうだ。
学校の敷地内では通貨は円ではなくプライベートポイントというポイントを使うらしい。プライベートポイントを使えばこの学校のどんなものでも買えるらしい。
どうせしばらく過ごせばわかるだろうということでポイントは実力を測ってクラス単位で毎月支給されることやクラス間で唯一卒業後の特典が付くAクラスの地位をめぐってポイントを競争している事まで教えてくれた。なんでも、ポイントを増やす機会として特別試験なるものが実施されるそうだ。また、赤点を一つでもとると退学してしまうなど、退学の基準もかなり低いようだ。
まぁ、ポイントはともかくAクラスなんてのはオレには関係ないことだ。あまり気にしないでいいだろう。
あらかた説明を聞き終えそう思っていると、坂柳理事長はなぜか威厳のある佇まいに少し陰りを見せ、申し訳なさそうに話を切り出した。
「君に一つ、頼みがあるんだ」
「頼みですか?」
「君にはDクラスに入ってもらいたい」
「Dクラス? さっきの説明によると学年で一番能力のアベレージが低くて所属してる生徒は何らかの問題を抱えているクラスですよね? まぁ、オレ自身、自分が不良品であることに自覚はあるのでそれで構いません」
「すまない。頼みというのはDクラスの状況を少しでもいいから改善してもらいたいんだ。もちろん強要はしない。無理だと思ったらあきらめてくれて構わない」
「別にいいですよ。理事長には強引に俺を受け入れてもらった恩がありますから」
「すまない。本当に、いざとなったらあきらめてくれて構わないからね。
あくまで君自身の判断に任せるよ」
コンコン
理事長室の扉をたたく音が聞こえる。
「入り給え」
「失礼します」
「よく来たね、茶柱君。この子が今日編入する綾小路君だ」
「綾小路清隆です」
「そうか。お前が綾小路か。Dクラスの担任の茶柱紗枝だ。
早速だが教室に案内する。
ついてきてくれ」
オレは茶柱先生に続いて理事長室を後にする。
教室へ向かう最中、茶柱先生の様子を観察する。見た目からの印象はしっかりとした、規律を大事にしそうな先生。年のころは30に届いているかいないか微妙なところだ。それなりに長そうな髪は後頭部でポニーテール調にまとめられている。
若干やつれている気がするのは気のせいだろうか?
「綾小路、理事長は何か言っていたか?」
「…………できればDクラスを改善してほしいと」
「お前はどうするつもりだ?」
「まぁ、理事長には恩があるので、それなりに頑張るつもりですよ。
もっとも、オレなんかにできることがあるか知りませんけどね」
「そうか」
徐々に教室に近づいてくると、まだ距離があるというのに声が聞こえる。
ずいぶんと騒がしいなと思っていると、茶柱先生がオレのほうに視線を向けていた。
やつれているのは気のせいではなさそうだ。
果てしなく嫌な予感を感じていると、扉を開く直前に茶柱先生はオレに問いかけるように言葉を放つ。
「覚悟しておけ」
「え?」
あけ放たれた教室の扉。
その先に広がっていたのは崩壊したDクラスだった。