平穏な日々は遥か遠く   作:石門 希望

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第11話 さりとて安息に潜む分岐点Ⅰ

「綾小路くん、一緒に占いに行きませんか?」

 

 無人島、そして船上での特別試験を終えてオレは束の間の休息を過ごしていた。

 編入した初日からいじめの標的にされたり、荒れ果てたクラスを立て直すためにいろいろ手を回したり、他にも坂柳との契約を果たすために葛城派を潰して坂柳派を盤石にする戦略を練ったりとオレはこの学校に来てから落ち着いた日々を過ごせることがなかった。

 平穏な日常というものを学びたくて入学したのにいまのところその目的は碌に果たせていない。

 それを学ぶための計画は進めているが果たしてその末に目的は果たせるのやら。

 

 ともかく、ようやく訪れた安息の日々を過ごしているときに突然坂柳から連絡がきた。

 それが先ほどの内容で、オレを占いに誘うというもの。

 理知的な坂柳からそんな提案をされるのは意外で思わず聞き返してしまう。

 

「占い? 本気か?」

「ええ、もちろんです。そんなに意外ですか?」

「まぁ……正直言えばな……」

 

 占いなんかが何かの当てになるとは思えない。

 てっきり坂柳もオレと同じでそう思うものだと考えたが、それを伝えると坂柳からはまたもや意外な答えが返ってくる。

 

「そう決めつけるものではありませんよ。

 本当に力がある人は当てられるものです」

「いやいや、当てられるってエスパーか何かかよ」

 

 坂柳がそんなものを信じているとは思わなかった。

 人の顔や手相、生年月日から未来を予知できる。そんな非現実的なことが可能だとはオレは思わない。

 

「占い師は膨大な過去のデータからなる人間のパターンに基づいて占いを行います。

 それに加えてコールドリーディングを行えば、占いを受けた本人自信すら気が付いていなかった部分を見つけ出し結果として残すことも可能でしょう」

「なるほど……」

 

 単純に夢見る少女というわけではない……のか? 

 坂柳のいまの口ぶりは坂柳自身の理論を語っているというよりオレに興味を持たせるために理論を持ち出したようにも思える。だが、日頃のあいつを知っていると語ったような理論に基づいて占いに興味を持っているほうが納得できる。いや、そうでもないか? 日頃はともかく、俺と出会った当初の会話を思い出すと意外と坂柳にはそういう乙女チックな部分があるようにも思える。

 真意は電話越しなのもあって正確には図れないか……。

 

「夏休みの間だけケヤキモールに来ているらしいので、ご一緒にどうでしょう? 

 どうやら占いは2人1組でないと受けられないようなのです。

 お引き受けいただけないと、私も占ってもらえません」

 

 なんだそのルールは……。

 

「オレじゃなくてもよくないか?」

「あら。折角誘うなら好意を持っている異性の方がいいではありませんか。

 それとも、綾小路くんは私のことはお嫌いですか?」

 

 どこまで本気なのやら……。

 まぁ、坂柳の狙い通りなのかもしれないがオレも少しだけ占いに興味が出てきた。

 誘いに乗ってみるのもありかもな。

 だが、一つだけ懸念がある。

 

「どれくらいポイントがかかるんだ?」

「その心配はご不要ですよ。

 私からお誘いしたのですからポイントは私がお支払いします。

 綾小路くんにはこれまで十分に働いてもらいましたからね。

 そのお礼とでも思ってください」

「オレはただ契約を果たしただけなんだが……」

「それでもです」

 

 遠慮してみたが折れる様子もなさそうだし、得なのでありがたく受け入れることにしよう。

 

 それから待ち合わせの場所と時間を決めてこの日は終わりを迎えた。

 

 

 ******************

 

 

 翌日。

 

「ごきげんよう、綾小路くん」

 

 ベルが鳴ったので玄関扉を開けると早速というべきか坂柳がそこにいた。

 

「早いな。まだ待ち合わせまで時間はあったはずだが……」

「フフフ。少々気がはやってしまいました。

 折角なので、お部屋にお邪魔しても?」

 

 ここで断ったところで仕方がないので、オレは潔く坂柳を部屋へと招き入れる。

 坂柳の存在を気に留めずにオレは外出の準備を整える。

 坂柳は特に声をかけることもなく、オレの様子を観察している様子だ。

 準備を整え終えたので声をかける。

 

「行くか」

「はい」

 

 

 ******************

 

 

「暑いな……」

 

 8月中旬の朝はとても暑い。

 オレたちは直射日光を避けてなんとか占い師の場所へと向かう。

 占いの営業が始まるのは10時からだ。坂柳の身体のことを慮って、営業開始前のかなり早めの待ち合わせと出発をしている。

 

「あまり暑さはお得意でないので?」

「誰だってこれだけの暑さは苦手だと思うが」

「確かにそうですね。ですが、どうやら綾小路くんは人よりその傾向が強いようにも思えます」

 

 そんな他愛のない会話をしながらゆっくりと坂柳のペースに合わせて目的地へと歩いていくと、徐々にその様子が見えてくる。占い師がいるのはケヤキモールの5階だ。そのためエレベーターで昇る必要があるのだが、エレベーター前には6人ほどの生徒が待ち並んでいた。

 

「どうする? 面倒だが反対側のエレベーターならここより空いてると思うが」

「ここで乗ってしまいましょう」

 

 あまり混むと坂柳に負担がかかるかと思って確認してみたが坂柳はここで乗ることを選んだようだ。迂回する負担と面倒よりも集団に乗り込むことを選んだらしい。

 その後、落ち着かない気持ちで過ごしたエレベーターを降りてから占い師がいると思われるエリアを目指す。そこの様子を見てオレはやや呆れを感じる。

 

「2人1組じゃないと占ってもらえないって本当だったのか……」

「あら。疑っていたのですか?」

「まぁ……正直信じ切れてはいなかったな」

 

 あまりにも突飛なルールだったからオレを誘い出すための適当な方便か、あるいは冗談かとも少しだけ疑っていた。だが、列の様子を見るとその疑いも薄れた。というのも並んでいるのはカップルばかり。女子生徒2人組ならそれなりにいるが、男子グループなんてのはほぼ見当たらない。もしもオレ一人で来た場合、気まずさの果てに徒労を味わっていたことだろう。まぁ、坂柳に誘われなければ占いに興味をもつことはなかったし、それはないか。

 

 眺めているだけだと列に並ぶ時間が長くなるので、早速オレと坂柳は案内に従って列の最後尾に並ぶことにする。その間も先ほど交わしていたような他愛もない会話の続きだったりくだらない世間話をしたりで適当に時間を潰す。面白かったのは天中殺についての話だった。坂柳から解説されるのをきくと、なるほど、意外と奥が深い。占いを目前に期待感が高まる。

 

「では次の方どうぞ」

 

 そしてようやく、営業時間を超えてから徐々に近づいていた順番が回ってきて、オレと坂柳が占ってもらう機会が訪れた。1組当たり15分はかかっていたためそれなりに待たされた。坂柳との会話もあったため退屈はしなかったが、ずっと立って並んでいるという状況は坂柳の身体への負担が懸念された。途中からオレに体重を預ける坂柳を支える形となっていたため、周囲からはオレたちのことをカップルに見ている人間も少なからずいたのではないかと思う。それでは坂柳に悪いし、なんとなくオレの居心地も悪かった。

 順番が訪れたことに内心ほっと一息をつく。

 

 布をくぐり占い師が待つ部屋の中へ。

 

「まずは──―料金の支払いを」

 

 テレビでよく見る光景は雰囲気だけは一級品だ。

 椅子に座るとフードを被って表情を窺わせない老婆の占い師は薄く笑い料金の支払いを催促する。

 

「何を占ってもらいましょうか」

「学業、仕事、恋愛、好きなものを」

 

 細かくいくつかに分類されている料金表。占い師が言った3つは基本プランに含まれているらしい。そこにセットがいくつかあり、天中殺や人生の最後まで見ることができるコース。ペアでの占いが前提のため恋愛に関するものも多い。

 

「にしても……高いな」

 

 特別試験でポイントを得たと言ってもそれが反映されるのは夏休み明け。同様にAクラスと結んだ契約によりポイントが手に入るようになるのもその以降だ。極貧生活をおくるDクラス所属のオレには基本プランですら厳しかった。

 

「折角なので、いろいろと占ってもらいましょうか。

 綾小路くんはさきほど天中殺に興味を示されていましたね。

 そちらも占っていただきますか?」

「いや、遠慮しておく」

 

 今回の占いは料金を坂柳におごってもらえるから、それに甘えればポイントに悩む必要はない。だが、さすがにそれは気が引ける。

 オレは基本プランさえ占ってもらえれば構わないことを伝え、坂柳に内容を託すことにする。坂柳はさすがというべきかポイントには全く困っていない様子で、基本プランに加えセットでコースをポイントに困らず選べるようだ。坂柳が選んだコースはペアで相性と運勢を占うものだった。

 オレがポイントを支払えない遠慮に気付いて気を使わせてしまったのかもしれない。ペアで占うコースならどちらか片方だけ占われるということにもならないから、自然に2人ともが占いの結果を享受することができる。

 坂柳がオレの分も合わせて料金を支払う。ピッ、という音とともに残高が引き落とされる。

 

「まずはそれぞれの占いから。

 そっちのお嬢さん、名前は?」

「坂柳有栖です」

 

 いつも通りの丁寧な口調で坂柳は答える。

 

「私の占いは相手の顔、手、そして心を見る。その中で見られたくないものも見えることがあるが?」

「かまいません」

 

 占い師は坂柳に鋭い眼光を向けて顔を、次に手相を観察する。

 

「まずは手相。生命線は────」

 

 何ともよく聞きそうな話が始まる。先入観でオレはどうしても否定的になってしまっているようだ。疾患を抱えていることが明らかな坂柳の様子を利用して、顔色をうかがいながら応えているようにしか思えない。

 それからも学業や金運においてもありきたりと思えるような内容しか言ってないように思える。

 唯一興味を引かれたのは会話といえばこれだ。

 

「お主は今、ずっと待ち望んでいた願いの成就に幸せを感じているな?」

「はい。そうかもしれませんね」

「その願いとは、そこにいる坊やに関することか」

「ええ、お見事。その通りです」

 

 上機嫌に反応する坂柳。

 確かにあの場所で育成されたオレとの再会を幼少から待ち望んでいた坂柳にしてみれば的を射た答えなのかもしれない。しかしオレからすれば、「ずっと」と期間をぼやかしていたり、願いの内容を最初に指摘せずに反応を見てから言及してきたりで、どうにも胡散臭い。

 

「ありがとうございました」

 

 結局胡散臭いという疑念を払えぬまま、占いを理解する前にオレの番になる。

 占い師は先ほどの坂柳に対するのと同様の手順で占いを始める。

 解答は坂柳の時とは本質においては大差ないように思えた。基本的にはいいことを言い、時には厄災に気をつけること。その時の心構えなどを説かれる。

 

「……なるほど。お主は幼少期なかなか過酷な生活を送っていたらしい」

 

 そんなアバウトに言われても。

 坂柳は心当たりがある故にオレと占い師の様子を興味深く観察しているようだが、大抵の子どもは幼少期に過酷と感じることの1つや2つは経験している。できればもっと具体的に答えてほしいものだ。

 占いとはこんなものなのか? 

 大抵の人間に当てはまりそうなことを言い、今後起こりうるそれらしい現象を予言とする。占いの影響は関係ないにもかかわらず、人間の都合のいい習性を利用してそれらしいことが起きたときに占いの通りだと誤認させる。誰しも人生に大なり小なり幸も不幸も訪れるのだから、当てはまるのはそう凄い事ではない。

 

 まぁ、こんなものか……

 

 そんな風に内心思っていると、占い師の手が止まる。

 

「これは……」

 

 仰々しくタメをつくって──―

 

「お主は宿命天中殺の持ち主だ」

「おやおや」

「……どういう意味だ?」

「簡単に言ってしまえば、生まれてからずっと運の悪い人生を送りがちだということです」

「それはまた見事だな……」

 

 当たってはいるな。それでも曖昧ではあるが。

 しかし珍しい天中殺をわざわざ指摘するとは、占い師にとってもリスキーだったはずだろうによく言ったものだ。

 

「ちなみに宿命天中殺ってのはこれからも続くのか?」

「今そこのお嬢さんが運の悪い人生を送りがちと言ったが、それはニュアンスの通り必ずしもそうなるというわけではない」

「その通りですね」

「宿命天中殺は確かに稀。だからといって一生不運が定められているわけではない。確かに流れが悪く、家系、親の恩恵を受けられないなどの弊害はあるが、あくまでも個性。何を成すか成せるかはこれからの自分自身が決めること。

 悲観する必要もなければ喜劇の主役のように振る舞う必要もない」

 

 正面の占い師と、隣で椅子に腰かける坂柳からそろって慈悲の籠った瞳を向けられる。

 それにオレはなんとなく居心地の悪さを覚えて、目線をそらして指で頬を掻いてごまかした。

 

「さて、お主らの相性だが────」

 

 それぞれの基本プランの占いが終わり、セットで料金を支払ったペアの占いが始まる。

 それに関しても正直当たり障りのないことを言っているようにしか思えなかったが、相性は良いほうだと言われて悪い気はしなかった。坂柳も概ね満足している様子だ。

 

 支払った料金分の占いも終わったので席を立つ。

 去り際に占い師からオレたちに声をかけられる。

 

「お主らに1つ助言じゃ。

 自分の心に正直に生きること。願いというのは縛られるものじゃない。1つの願いを追い求め続けていても、ふとした瞬間に違う願いが生まれるかもしれない。そんな時はいま一度己を見つめ直し立ち返りなさい。

 なにか少しでも心残りがあるのなら、諦めずに探し、追い求め続けなさい」

 

 

 ******************

 

 

「占いはいかがでしたか? 綾小路くん」

「まぁ正直、信じ切れてないな」

「結構当たっていたようにも思えますよ」

「それでも曖昧にそれっぽいことを言っていたようにしか思えない」

「そうですか」

 

 坂柳は別にオレに占いを信じるよう強要するつもりはないようだ。

 だが、オレの瞳を見て「ですが──」と付け加える。

 

「今日の占いを信じてもらう必要はありません。

 それでも、全てを戯言と捨て去らないでほしいとは思います。

 占いは何も当たるか当たらないかがすべてではありません。

 占い師さんがおっしゃった言葉のなかに何か少しでも感じるものがあったのなら、私はあなたにその言葉を心の片隅にでも留めておいてほしいと思います」

 

 再び、坂柳からあの時と同様に手を握られて慈愛の籠った瞳を向けられる。

 オレはその視線を受けて────

 

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