平穏な日々は遥か遠く   作:石門 希望

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第14話 体育祭Ⅱ

「綾小路くん。この特別試験に勝つにはどんな方法があると思う?」

 

 放課後、平田によって集められたオレと堀北は体育祭の方針について話し合っていた。

 オレを見つめて問いかけてくる堀北。

 とりあえず堀北自身がどう思っているのか聞き返すことにする。

 

「今回は体育祭だ。運動神経の有無だけが学校に問われている……とは思わないのか」

「……あなたなら気づいているでしょう。基本的にはもちろんその通り。能力で順位を競いあうものだと解釈しているわ。

 ……それだけに、人数の少ない私たちには非常に厳しい」

「他クラスよりももらえる可能性のあるポイント総数自体が少ないわけだからな」

「……っ」

「……ここにきて退学者を出してしまったことを後悔することになるとは正直思っていなかったわ…………」

「今更どうしようもないことを悔やんでもしょうがない。

 オレたちはいまできることを考えるだけだ」

「……そうね。ごめんなさい、話が逸れてしまったわね」

 

 堀北はオレの発言で切り替えられた様子だが、平田はまだ厳しそうだ。3つの過去が相まって、拭いきれない後悔に苛まれている。

 

「運動神経や人数差以外に結果に響くものがあるとすれば、それは運。

 勉強と違ってランダムに競い合う相手が選ばれるもの。要素としては非常に大きい。

 ……普通ならそう考えるだけで済んだ。

 けれど────」

「櫛田が裏切るかもしれないな」

「ええ。だから最低限、それを未然に防ぐ作戦を立てる必要があるわ。

 そのうえで不利を覆せるような方法。無人島や船上の特別試験にあったような無限の可能性を探したい、そう思うの」

 

 船上での特別試験での敗北からか、堀北からは勝利への強い執念が見て取れた。

 

「なぁ、今回無人島や船上の試験とは違うのはなんだと思う?」

「……違い? 私には同じ特別試験に思えてしまうのだけれど……」

「確かに似てることは否定しない。だが学校側は絶対に同じだとは認めないだろうな」

「やっぱりあなたには何か見えているのね」

 

 堀北はどこか憧憬を抱くように感心を呟く。

 

「この体育祭に関して学校側は『特別試験』だとは一言も言っていない。

 オレたち1年は勝手にそう口にしている節があるが、茶柱先生を含めて先生は全て体育祭としか言ってないんだよ。3年の藤巻も渡されたプリントにも『特別試験』の言葉はなかった」

「……それが何だというのかしら? ポイントの増減や仕組みは特別試験とほぼ同じよ」

「おまえの言う通り確かに内容は相違ない。けど本質は違う。

 筆記試験は原則として学力が大いに試されるだろ。それと同じでこの体育祭も基本的に体力やセンスを求めていると見るべきだ。下手な小細工を打ったところで大勢に影響が出ないようにできている」

「それは……ますます絶望的な気がするのだけれど」

「まぁな。今回の体育祭の肝は本番前にしっかり準備すること。そして本番で結果を残すこと、ただそれだけだ」

「……本番前の準備に何かできないのかしら?」

「誰がどの順番で競技に参加するか、他クラスの誰の運動神経が良くて悪いか把握する。どんな順番で出てくるか見極める。

 そしてなにより──―情報を漏らさないようにする」

「でも……櫛田さんがまたクラスを裏切るかもしれないわよね」

「ああ。だから裏切りの効果が薄い状況をつくる」

「組分けを複数用意して準備する、とかかしら?」

「そのとおりだ。複数の参加表のパターンをクラスに公表して準備する。当日に実際に使う参加表をみんなに伝える。こうすれば少なくとも確実な情報が漏れることはなくなる」

 

 堀北はオレの意見を聞いて一層深く考え込む。

 まぁ、期待していた答えではなかったんだろうな。

 

「その……あなたが無人島試験で考えてくれたような勝ちにつながるような作戦は本当にないの?」

「ないとは言わない。だがさっきも言ったように原則として実力が試されるこの体育祭では厳しいだろうな。

 少しは自分で考えてみたらどうだ?」

「……そうね」

 

 露骨に落ち込む堀北。平田はとりあえずこの場に関してはまとめることにしたようだ。

 

「とりあえず、複数の参加パターンを作ったほうがよさそうだね。

 明日からの準備でみんなの能力を見極めていくことにしようか。

 それとみんなの参加したい競技も確認してみるよ」

 

 

 ******************

 

 

 体育祭の準備期間。

 

 放課後の話し合いの翌日に平田はDクラス生徒に参加を希望する競技をきいた。そして準備期間冒頭にDクラス生徒の握力や走力を記録して能力を測る。各生徒が希望した競技と能力を加味して参加表のパターンを3つほど作るつもりだ。パターンを4つも5つも作らないのはさすがに碌に練習もできなくなってしまうからだ。逆に2つだと少なすぎるし、精々3つが的確だろう。

 なぜ1つに絞らないのか幸村辺りは懐疑的な様子だった。

 ちなみにオレの記録は平田とほとんど変わらないものに調整した。その結果クラスの男子で2・3番目くらいには運動能力が秀でた生徒になってしまったがまぁ仕方ない。

 

 ホームルームに体育祭本番に向けての自主練を行うとき、BクラスとCクラスからは偵察されていた。どうやら向こうはこちらよりかうまくクラス間の協力体制を築けているらしい。

 Cクラスから偵察が来ているのは少々気になる。

 単純にオレを相手に勝てる戦略を思いついていない可能性もあるが、そうでない可能性は捨てきれない。龍園が何を仕掛けてくるのかは警戒しておく必要があるだろう。

 

 練習中、平田は忙しくクラスメイトの指導を行っている。その教え方は優しく丁寧で、平田から指導を受けている生徒はそろって複雑そうな表情を浮かべている。

 流石に平田に負担をかけすぎるのもあれなので、男子で2位の記録を取ってしまったオレも生憎と勉強同様教える側に回らざるを得ない。

 

「ねえ堀北さん。もう少しこっちにあわせてほしいな?」

「確かにリズムはあってないわ。けどそれは私が悪いわけではなくあなたが遅いからよ」

「な……」

「速いほうのリズムに合わせるのは当たり前でしょう? 

 わざわざタイムを落として妥協するのはおかしいもの」

 

 どうやら堀北はペアを組んでいる佐藤と揉めているらしい。

 平田では堀北を威圧感で合わせるように強制できるが、それは望ましくない。仕方がないからオレが対処することにする。

 

「どうしたんだ?」

「……っ綾小路くん。なんでもないわ、あなたは他の人の指導に回って」

「明らかに揉めているのを放置できないだろ」

 

 そういうとオレに迷惑をかけてしまったことに気が咎めるのか堀北は途端に申し訳なさを噛み潰すかのように下を向く。

 

「もう少し譲歩を覚えたほうがいいと思うぞ、ちょっと足出せ」

「…………」

 

 オレはしゃがみ込んで自分の足と堀北の足に紐を結ぶ。堀北は素直に紐が結ばれるのを待っていた。結び終えたので声をかける。

 

「おまえのタイミングで始めていいぞ」

「わかったわ。それじゃあ行くわよ──」

 

 最初の一歩、二歩だけは堀北の感覚にあわせて踏み出す。だが足を速めていくに連れて堀北から主導権を奪うように自分のペースに引き込んでいく。

 

「ちょ、ちょっと?」

 

 慌てる堀北を無視して容赦なくオレのペースで加速する。懸命に追いつこうとする堀北だが、オレを相手に主導権を握ることはできない。

 

「おまえが言うには相手に合わせることは難しくないんだろ?」

「…………っ!」

 

 強情な堀北は根を挙げずに必死についてくるが、オレは更にギアを上げて追いつかせない。

 

「っ!?」

 

 とうとうオレのペースについてこれなくなった堀北が転びそうになったので、肩をつかみ転倒を阻止し立ち止まる。堀北は激しい息をつく。

 

「早いとか遅い以前におまえは相手を見ていない。だからこうなってしまうんだ。

 大切なことは相手を見ること。相手に主導権を与えることなんじゃないか?」

 

 しゃがみ込んで何も言えずにいる堀北の足から紐を解きながらそう言った。

 

「……ごめんなさい」

「オレに謝る必要はない。謝るなら佐藤に謝ってくれ」

「…………」

 

 堀北は俯きがちになりながらも素直に佐藤の方へと向かって行った。

 

「……佐藤さん、さっきはごめんなさい」

「い、いいよ。わかってくれたならっ」

 

 佐藤は少し緊張しつつもそう返した。

 これで一先ず話は落ち着いたはずだ。

 

「堀北、後は自分で考えるといい」

 

 そう言い残して去ることにする。

 用は済んだし他の指導に回るとするか。そう思っていると……

 

「ちょ、ちょっと待って!」

「どうしたんだ? 佐藤」

「あ……綾小路くんさっ、その……私ともペア組んでくれない?」

 

 突然の佐藤からの申し出。見回したところ直ちにヘルプが必要なところもなさそうだ。だから別に断る理由もないので引き受けることにする。

 

「いいぞ」

「やったっ。じゃなくて、ありがと」

「早速やるか?」

「うんっ」

 

 こうして佐藤とも二人三脚の練習をすることになった。

 初日から虐められはしたがそれも謝ってもらったし、勉強会での交流もあって佐藤とは良好な関係が築けている。

 堀北の時とは違ってオレは佐藤のペースに合わせて走る。

 

「走りやすいっ!」

 

 そこまで大袈裟に反応することもないと思うんだがな。

 その後に何度か佐藤と二人三脚の練習を重ねた。ヘルプが来たのでそれに向かうのを最後にその日の佐藤との練習は終えた。

 佐藤との練習中、その様子をじっと見つめる堀北の視線が少し気になった。

 

 

 ******************

 

 ******************

 

 

 それは体育祭の参加表の提出を終え、本番の日を間近に迎えた日のことだった。

 特別棟に1人赴いた平田洋介は1人の生徒と相対する。

 

「Cクラスの石崎君だよね。僕に何の用かな?」

 

 人のいない特別棟。いまこの場所には平田洋介と石崎大地の2人しかいない。

 

 

 *****************

 

 

 この日、高度育成学校で二度目の暴力事件が起こった。

 

 明らかな怪我を負いながら暴行を振るわれたと訴える生徒。

 体育祭の直前だが、否、だからこそ学校側はこれを無視することはできない。

 二度目の暴力事件。体育祭の直前にして起こった不祥事。

 その審議の決着まで学校は原告と被告は体育祭への参加は認めない。

 そして、証拠を集める期間も鑑みてなのか暴力事件の審議は体育祭の後日に決まる。すなわち、学校行事への参加は原告──石崎大地、被告──平田洋介の両名とも認められない。

 

 

 ***************

 

 

 この場に居るのはオレと平田と堀北のみ。他にDクラスのクラスメイトはいない。

 

「それで? どういうことなのか説明してもらうわよ、平田くん」

 

 堀北の機嫌は最悪だった。

 それもそうだろう。何せ平田のせいでただでさえ体育祭の勝率の低いDクラスがさらに苦境に立たされたのだから。

 暴力に頼った強引な恐怖統治ではあるが体育祭当日はクラスのまとめ役が欠如する。ただでさえまとまりが欠けていて連携の覚束ないDクラスには致命的になるだろう。

 平田の欠場と引き換えにCクラスからも石崎が体育祭の出場禁止を言い渡されたが当然あちらに大したダメージはない。推薦競技の参加表に石崎の名前はないことは容易に予想がつく。

 

 それにしても龍園は随分と思い切った策を実行したものだ。

 この暴力事件、平田は暴力を振るっていない。完全に冤罪。だが、それで構わないのだろう。

 

 平田曰く、確かに特別棟に呼び出されて石崎と対面したそうだが、ただそれだけ。

 

 その証言は事実なのだろう。

 だから平田にとってみればこの暴力事件は青天の霹靂だったに違いない。全く身に覚えのない訴訟なのだから。

 

 龍園の狙いは審議に掛けることによる互いの拘束期間だ。

 訴えを起こした石崎は見るからに怪我を負っていたらしいが、それは平田がつけたものではない。龍園が実行したのだろう。

 戸塚が起こした暴力事件で把握した訴訟から審議までにかかる期間。

 そして、体育祭の参加表提出締切日から当日までの一週間。

 この2つを見計らった絶妙なタイミングで龍園は平田に嘘の訴訟を起こした。

 

 仮にこの暴力事件の審議が体育祭の直前で決められるとしても証拠を集める時間も碌にないし、厳しい状況に変わりない。

 

 石崎が平田を呼び出したのはアリバイ作り。

 当然ながら暴力事件を起こした疑惑のかかった生徒は体育祭に参加できない。審議が決着するまで原告も被告も体育祭の参加は学校に認められない。

 

 平田は龍園から100万プライベートポイント支払う契約を交わすのなら訴えは取り下げてやってもいいとも突き付けられたそうだ。

 

 平田が暴君として振る舞っていたからこそ可能だった作戦だ。

 

 審議を最速で終わらせるだけなら訴えを認めてしまうという手もあるが、それは当たり前だが何の得にもならない。

 もしもCクラスの訴えが通れば戸塚の時と同様に停学とクラスポイントのマイナスが見込まれる。

 そうなれば石崎だけが参加を認められ、結局平田は参加できない。

 百害とまではいわないが損するだけで一利もない。

 

 嘘でも学校に訴えが通った時点で龍園の目的はある程度果たせているわけだ。

 結局、推薦競技の欠場を補填する額も上回るし龍園の要求は飲まないとの結論に至る。

 

 そうして────明日の体育祭に平田は参加しないことが決まった。

 

 

 

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