新しく評価と感想、誤字報告してくださった方々ありがとうございます
とても嬉しいしありがたいです
「────それでは、これより本年度体育祭における勝敗の結果を伝える」
全13種目のトータル獲得点数で勝ったのは赤組だった。
「続いて、クラス別総合得点を発表する」
1位 1年Cクラス
2位 1年Bクラス
3位 1年Aクラス
4位 1年Dクラス
結局平田を欠いて高円寺も不参加なのには変わりない。退学者も含めて他クラスよりも4人少ないという状況を覆せるほど現実は甘くなかった。午後からは多少モチベーションが上がったとはいえ、ようやく勝負の土俵に立っただけ。他クラスは勝負の前から当たり前にできていたことを途中からできるようになったところで結果が変わることはない。
とはいえ、それはこれまでの話だ。これからは違う。
「今回は仕方がない事よ。──次で、いいえ、これからで取り戻しましょう」
リレー直後に掛けた言葉が効いたのか、堀北は彼女らしくもないDクラスのメンバーを励ますような言葉をかけた。
堀北が予想を超えた変化を見せたことにより、Dクラスは今日を機に体勢を大きく変えていくことができる。いずれ必要な変化を大きく前倒しできたのは期待以上の成果だった。
「それでは最後に、学年別最優秀選手を発表する」
電光掲示板に各学年の最優秀選手が表示される。
1年最優秀賞はCクラス・山田アルベルト
トンッ
脇腹に軽い衝撃がきたので振り返ると、何故かジト目の堀北がオレを睨んでいた。
「あなたが借り物競争で最下位なんていう無様をさらさなければ、あそこにあるのはあなたの名前だったかもしれないわね」
「別にそんなことはなかったと思うぞ。オレが最優秀賞になるよりも、お前が選ばれる可能性の方が高かったはずだ」
堀北はより一層不満げな、それでいてどこか不安げな表情を作る。
「どうして手を抜いていたの?
最後のリレー、明らかに他の競技の時よりも速かった。
下手なごまかしはしないで答えなさい」
「徒競走に関しては確かに力をセーブしていた。
だがそれは最後のリレーで勝つための戦術だ。
それまでの競技でも徒競走では1位を取れてはいたが、どれもギリギリの勝負だったかのように演出した。
そのおかげで最後のリレーでは他クラスの意表を突くことができただろ」
「そうね。あなたの前を走っていた生徒は可哀そうにあなたの小細工によって転倒してしまった」
「なんで言い方に棘があるんだ?」
「自分で考えなさい」
ぶっきらぼうに顔を背けられてしまう。
「堀北。平田はオレが説得するとしてこれからはお前がクラスを引っ張っていく。
だから……」
「そんなに信用がないのかしら。わざわざ言われなくてもわかっているわ。
1人では戦わずに周りに協力を求めればいいんでしょう」
やはり堀北は期待以上の成長を遂げていた。
オレは素直に喜びと関心を覚える。
「そのためには誰よりもあなたの力が必要よ、綾小路くん。
当然、これからはAクラスに上がるために私に全力を貸してくれるのでしょうね」
「そのつもりだ」
ドスッ
「さっきから痛いぞ」
「仕方がないでしょう。いままで手を抜いていたって白状したのだから。
正直現状はクラス単位でAクラスに上がる目標を叶えるのはとても厳しいわ。
この先にある特別試験でたった一度の負けすら許されないと思った方がいい」
「そうだな」
体育祭を終えたいま、1年生の各クラスのクラスポイントはAクラスが-50ポイント、Bクラスは-100ポイント、Cクラスは-50ポイント、Dクラスは-100ポイント変化した。
よって、各クラスがこれから所有するクラスポイントはこうなる。
Aクラス…………1164cl
Bクラス…………613cl
Cクラス…………568cl
Dクラス………… 32cl
Dクラスのクラスポイントは再び極貧に戻ってしまったわけだ。
「あなたが手を抜いた理由に関しては……聞かないであげるわ。けれど、ここまで厳しい状況になるのは出来れば避けてほしかったわ」
「確かに厳しい状況に追い込まれたが、これでようやく上を目指す材料がそろった。
平田はそもそもAクラスに上がることにあまり執着がない。
上を目指すなら堀北、おまえが先頭に立ってクラスを引っ張るのが一番だ。
おまえがクラスのリーダーになることにはそれだけの価値がある」
「…………。1つ、きいていいかしら」
やや踏み込むのに躊躇いを覚えるように堀北が尋ねてきた。
「あなたはどうしてこの学校に編入してきたの?
最初はこの学校を卒業できたときの特権が目的だと思っていた。けれど、あなたはAクラスそのものには興味がない。Aクラスで卒業しないと特権は使えないのに、あなたは特別試験での勝利に固執しない。
だとしたら、わざわざこの学校を選んだ理由は何?」
さてどう答えたものやら、と思案するのは一瞬だった。
「オレの目的はこの学校に入学できた時点である程度叶っていたんだ。
1人暮らしっていうものを体験してみたくてな。
生活費まで含めた学費が0なのはオレにとって都合が良かったんだ」
「それだけなの?」
「まぁな」
堀北は呆れたように溜息を吐いた。それとどこか納得した様子も見せている。
「確かにあなたには妙なところで世間知らずものね。
遅めの反抗期といったところかしら」
「そんなところだ」
「思いのほか子どもっぽい理由ね」
らしくもない、穏やかな微笑みを浮かべる堀北にやや驚く。
こいつにこんな顔が出来たなんて意外だった。
「そろそろ帰るか」
「そうね…………それと、着替えた後に少し付き合ってもらってもいいかしら」
「ん? まぁいいぞ」
***************
「それで? わざわざこんなところに何の用だ」
着替えた後に堀北に連れていかれた先は、どうにも人気がない場所だった。そのうえ監視カメラもない。
「すこし待って。ここで待ち合わせてる人がいるの」
堀北はどこか緊張している様子だ。体育祭が始まってから時々見るようになった不自然な挙動で、こいつが誰に合わせようとしているのかは検討がついた。
「ここに来る奴とおまえはどんなつながりなんだ?」
「…………それは」
「早速来たようだな」
堀北が質問に答える前に件の人物が姿を現した。
「兄さん……」
「鈴音。そいつがおまえの言っていた男か」
「はい……」
なるほど。この人物は堀北の兄らしい。
まぁ、いまの様子を見ていると兄弟仲が良好というわけではなさそうだが。
「生徒会長の堀北学だ。とは言っても、もうすぐ辞める身だがな」
「現生徒会長が妹を使ってオレを呼び出して、いったい何の用ですか?」
「そう時間を取らせるつもりはない。だがその前に──―鈴音、おまえは先に帰っていろ」
すると生徒会長の堀北兄は妹に一瞥もくれずに発言した。
「…………わかりました。兄さん、失礼します。
……綾小路くんもさようなら」
どこか後ろ髪を引かれる思いを隠し切れずにいるも、兄の命令通りに堀北はこの場を後にした。
「実の妹に少し冷たすぎるんじゃないか」
「あいつにはあれでいい。すこしは変わったようだが、まだ俺が関わるべきときじゃない」
きっぱりと断言するさまにはどこか威厳を感じる。
これがこの学校の生徒会長か。まさか向こうから接触してくれるのは予想外だった。
「早速だが本題に入ろう。
────2年の南雲雅についてだ」
***************
堀北兄との話し合いを終え、寮に帰っている最中。
帰路に見覚えのある少女がベンチに座っていたので話しかけることにする。
「まだ帰ってなかったのか」
「ええ……」
ここまで露骨に気落ちしている堀北は初めて見た。
それほどまでに、こいつが兄に向ける感情は特別大きいものなのだろう。
「弱みを話すのは勇気がいるかもしれないが、何を悩んでいるのか話してみればどうだ?
少しは悩みが晴れるかもしれないぞ」
隣に腰かけてそう呟く。だがなおも堀北が口を開く様子はない。
「なんとなくお前たち兄妹が複雑な関係にあるのはわかるが、詳細を知らないオレは口を挟めることがない。
オレはお前の兄がどんな奴かもほとんど知らないし、お前が兄とどんな関係で過ごしてきて何を望んでいるのかもわからない。
だが、そんなオレにも1つだけ言えることがある」
あえて言葉を区切って間を開ける。
「お前は初めて会ったときから確実に変化している。
他人を見くびらないことを覚えたし、人の力を借りることも学んだ。
そしてこれからDクラスを導こうとしている。
それが1人でできないことも、今のおまえならわかるはずだ。
だから──―もっとオレを頼ってくれないか」
あえて隣に視線はやらずに言葉を投げかける。
「オレはお前ほど優秀じゃないし頼りないかもしれない。
だが、悩みをきいてやることくらいはできるはずだ。
お前が悩みを話してくれれば、一緒に解決するために頭を悩ませてやることもできる。しかし何も話してくれないことにはオレはお前に何もしてやれない」
こいつが『孤高』に憧れを持っているのは知っている。
「オレにお前の悩みをきかせてくれ。
お前がそう落ち込んでばかりいるのはオレの方が居心地が悪い。
頼むからオレにお前の悩みを解決する手助けをさせてくれ」
プライドの高い堀北に対してオレは自分が願い乞うように問いかけた。
「本当にあなたは卑怯だわ」
堀北が口を開いた今もなお、オレはそちらに視線をよこさない。
「ねぇ、綾小路くん。
あなたがこの学校に来た理由を答えてくれたから、私も答えてあげる」
ぽつり、と堀北はようやく悩みをこぼし始めた。
「兄さんは完璧なの。勉強も、運動も、どれをとっても完璧。
私の前にはそんな兄さんがずっといた」
「何をやるにしても全部兄が先にやり遂げていた。
劣等感を抱えずにはいられなかったわ。
あの人の視界に私は入っていないことを知ってしまったから」
「だから私を見てほしい。認めてほしい。
あの人の……兄の見ている先を私も見てみたい」
「これがこの学校に来た理由よ。
そしてあなたが来てから自分に足りないものを知って、自分が成長できたと思った。
けれど──―兄さんは私を見てくれなかった。
私は……兄さんに認めてもらうことはできないのかしら」
これは堀北鈴音という少女の心に奥底に留めてあった不安だった。きっとその不安をかき消すように一心不乱に盲目に努力した結果が彼女の孤独を加速させていた。
「お前の兄はお前が変わったことを認めていたぞ。
それにお前が帰った後に『まだ俺が関わるべきときじゃない』ともいっていた」
驚いたように横顔を見つめてくる気配がする。
「嘘じゃないでしょうね。いくらあなたでも兄さんを騙るのは許さないわよ」
「誓って嘘じゃないさ。間違いなくそう言っていた」
黙り込む堀北になお言葉を続ける。
「お前が歩み始めようとしている道は決して間違っていない。
まだ認めてもらうには早いだけだ。
めげずに成長を続ければ、必ずお前を見てくれる日は来るはずだ。
その日までお前はこれまで通り頑張り続ければいい。
お前が成長をしているのはオレが知っている。
だからその日がいずれ来ることはオレが保証する」
「………………」
「そのためにも明日からもAクラスを目指すための手助けをする。
まだお前に足りないところはオレや、クラスのみんなで補っていく。
だからいまは悩まず、前を進み続けろ」
***************
今日は長い一日だったとオレは体育祭を振り返る。
オレがこの体育祭でとった戦略の目的は概ね達成されたと思っていい。
今回の体育祭、オレがとった戦略は裏切りを疑われない程度に助言して基本は傍観することだった。
そして──―この体育祭の敗北によってリーダーとしての平田に傷をつけ、Dクラスのまとめ役から降ろすきっかけを作るつもりだった。
今回の組分けを3パターン用意するという作戦には欠点があった。
そもそも体育祭そのものに参加させなければ意味をなさないという至極単純な話だ。だがそれをやり遂げるのは普通簡単ではない。
しかし赤組には弱点があった。それこそが平田洋介だ。
平田は暴君というクラスを強引にまとめる立場であり、尚且つ運動能力にも優れているが故に3つ用意したどの参加表でも基本は推薦競技に名前を連ねる必要があった。いや、狙い目としての価値が上げるためそうするように仕向けた。
さらに平田は暴君という立場である以上、例え冤罪だろうと他クラスとの暴力事件というのは否定しにくい問題だ。学校も事実無根と判断するのは難しい。
龍園は正攻法で勝てる状況であろうとも必ず謀略を使ってより勝利を確実にしようとする男だ。
もし何か仕掛けるなら平田以上の狙い目はない。
結果あいつはオレの思惑通りに動いてくれた。平田にこれ以上ない失態を作ってくれた。
もしかしたらあいつはわかっていてあえてオレの思惑に乗ったのかもしれないがな。
それにBクラスにも何か仕掛けた様子だったのは貪欲だなと感心した。
最終的に堀北が想像以上の成長を遂げていたことによってより早く円滑にリーダーのシフトができる状況が完成した。本当は堀北がまだ成長し切らないのを想定して別のプランを用意していたが、前倒ししてリーダーに据えることが出来そうないまの状況は当初思い描いていたものよりも好ましい。
とはいっても急な暴君体制の崩壊に求心力の薄い堀北が先頭を取るのでは、これからしばらくクラスの統制が乱れるのは避けられないだろう。
だが、それもオレからすれば都合がいい。
オレのオレ個人のための暗躍をより闇に潜ませることができる。
平田をリーダーから降ろしたのはあいつには限界が目に見えているのと、それ以上にあいつの根本がオレの計画の邪魔になるからだ。
いまの平田の精神は諸刃の剣と言っていい。この先避けては通れなくなるであろう出来事をきっかけに壊れて障害になる可能性は捨てきれない。
ならばまとめ役なんて言う強力な立場にいつまでも置いておくのは面倒だ。
クラスに平田を説得するとも宣言したことだし、すぐ近いうちに平田の心を折っておこうと行動を決意する。
オレは目的にまた一歩近づいた。
坂柳クラスに行く前に――――櫛田桔梗という
あいつの存在はこの学校にあの男が付け入る隙を作る危険すぎるものだ。
これまでの虐めを闇に葬れたとしてもこの先何度もあれを起こされては、いずれはこの学校と言えども隠蔽しきれずボロが出る。
そうなればオレは有無も言えずにあの場所へ送り返される。
だから櫛田という癌がこれ以上転移しないようにオレは櫛田を退学させる。
最低限、自分で選択肢くらいは選びたい。
それがオレの切実な願いだった。