平穏な日々は遥か遠く   作:石門 希望

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第18話 ペーパーシャッフル(後編)

 神崎隆二はBクラスの参謀的存在である。

 基本的にはクラスのリーダーの一之瀬帆波を支える立場にあり、彼女と行動を共にすることも多い。

 しかしそんな彼はいまただ一人で、人目をやや気にしながら人気も監視カメラもない特別棟へと赴いていた。

 

「俺に何の要件があって呼び出した」

 

 彼がたどり着いた先には待ち合わせをしていた人物がいた。

 その人物は彼に対して────

 

 

 ***************

 

 

「これから小テストを行うが、その前に1つ報告しておく。

 今回お前たちが希望してきた期末試験でのCクラスへの指名だが────他クラスと被ることがなかったため承認された」

 

 隣で堀北がふぅと息をつきわずかに安堵を見せる。

 DクラスはただでさえAクラスとBクラスとは学力に大きな開きがある。その上2人少ないハンデを背負っているためクラスで勝つならそれを補って余りある得点を残ったメンバーでとる必要がある。となるとCクラス以外のクラスを相手にするのはどうしても避けたいものだと思うのも無理はない。

 

「そしてDクラスに問題を出すことになったクラスだが────Bクラスで決定した。こちらも指名が被ることはなかった結果によるものだ」

 

 つまりDクラスはCクラスに『攻撃』を仕掛け、Bクラスから『防衛』を果たす必要があるわけだ。

 

「ということは、CクラスはAクラスに『攻撃』をしてAクラスはBクラスに『攻撃』をするということでいいのかしら」

「そうだな」

 

 AクラスがAクラスに『攻撃』するなんてことはありえない。

 となるとDクラスからCクラスへの『攻撃』とBクラスからDクラスへの『攻撃』が確定した時点で、Cクラスが『攻撃』するのはAクラスになりAクラスが『攻撃』するのはBクラスになる。

 

「さて、それでは小テストを行っていく。くれぐれもカンニングはやってくれるな」

 

 今回の小テスト、Dクラスの方針はある程度法則を意識しつつも基本は実力通りに問題を解いていくこととなった。理由は退学者というノイズがあるためだ。

 これが誰ひとり欠けることがなかったならば成績上位者と下位の生徒をバランスよく組ませることもできただろう。しかし、退学者という存在がどのように作用するのかを把握しきれなかった現状ではその作戦をとるリスクはあまりにも高い。

 例えば成績下位10名に名前を記入させるだけで0点を取らせて、成績上位10名には一定以上の得点を取らせる。同様に残りの18名も下位9名は1点、上位9名は上限を意識した点数を取らせるとする。組分けが在学生徒38名で行われるとはっきりしているのならばこれも有効だろう。しかし0点の生徒はともかく退学した他の2名は小テスト、中間テストでも0点ということはなかったらしい。もしもそいつらの存在がこの小テストから介在するとしたら、その作戦をとってしまえば成績が真ん中あたりの生徒と架空の退学者のペアが生まれてしまうかもしれない。そうなれば必然的に待っているのは最悪の結末。成績中位の生徒が退学してしまうという結果になりかねない。

 だから下手な小細工をうつよりはこのテストでの真っ当な実力順で振り分けられた方がマシだという結論になった。

 高円寺の不確定要素具合が少々増してしまったがそれも仕方がない事だろう。

 

 

 ***************

 

 

「それではこれより、期末テストに向けたペアの発表を行う」

 

 返ってきた小テストの結果が張り出されていく。

 堀北鈴音と仲谷恭介。平田洋介と井の頭心。櫛田桔梗と佐倉愛理。

 オレのペアはというと────

 

 綾小路清隆……佐藤麻耶。

 

 この結果を見るに架空の退学者とペアを組まされるというのは杞憂だったようだ。現在残っているメンバーのみで期末試験のペアをバランスよく組み合わせられたらしい。残りのメンバーが奇数だった場合は少々気になるがそれは気にしても仕方がない事だろう。

 しかしこうなるとクラスで勝利するのは余計に困難になったと思っていいだろう。どれだけ得点が低くとも数点あるかないかは総合点に大きく関わってくる。欠員2名分の差はクラスでの戦いにより大きく響いてくるはずだ。

 

「いままで通りクラスの平均点を高めるために期末テストまでの間勉強会を開くわ。

 部活にも配慮して1日2部制にしようと思っているから必ずどちらか参加しなさい」

 

 

 いよいよ本格的にテストへ向けた対策が始まる。

 オレは携帯を取り出して文面を打ち込みメールを送った。

 

 

 ***************

 

 

「綾小路くんって図書館にはよくいくの?」

「まぁそこそこ」

「やっぱり勉強とかしてる感じ?」

「勉強よりは本を読みにいくことの方が多いな。

 それよりも佐藤、そこ間違ってるぞ」

「え! うそっ?!」

 

 放課後。場所は教室。

 オレは教師役として勉強会で勉強を教えていた。オレが教えるメンバーは平田が暴君だった頃と変わっていない。あの時強制的に開かれた勉強会同様、佐藤や篠原、松下といった女子中心のメンバーだ。偶にクラス全体の面倒を見たり、全員が解く練習用の問題を配ったりもする予定だ。

 佐藤の扱いにもだいぶ慣れたものだった。当初はどう接していいか戸惑ったものだったがいまは適度に相手する術が身についている。

 

「あなたたち。あまり関係のない話をしないで」

 

 すぐに話の軌道を修正したのに堀北から注意を受けたことに納得がいかない。

 若干の抗議のつもりで視線を送るとより強い視線で睨み返された。

 

 

 ***************

 

 

「邪魔する」

「ええ」

 

 期末試験対策も始まって数日が経つ。

 勉強会が終わり、この日一日の教師役としての仕事を終えたオレは堀北の部屋に招かれていた。

 その理由はオレが作成中のテストを確認するため。

 約束もしたしそれを断る理由もなかったのでオレもそれを受け入れた格好だ。

 

 オレは作成中のテストを取り出して堀北へ渡す。

 堀北は問題に目を通していくが、徐々に目つきを険しいものに変えていく。

 

「……なかなかね」

「だろ」

 

 素直に高評価……とまではいかないがこいつが納得のいく出来で作れたようだ。

 

「……この問題、解いてみてもいいかしら」

「ああ」

 

 問題を解き始める堀北を横目にオレも期末試験の問題作りを装う。適当に携帯をスワイプしながら紙に問題を書き出していく。

 しばらくしてペンを置く音がきこえたので振り向くと、何故かジト目でオレを疑うような視線を向けている堀北がいた。

 

「解けたわよ」

「そうか。流石だな」

 

 満足そうな表情を浮かべたのも一瞬、再びオレにジト目を向けて堀北は問う。

 

「あなた、この問題は何?」

「何と言われても」

「惚けないで。はっきり言って異常な難易度よ。

 必要な知識は確かにテスト範囲内。けれどこれを解くとなれば相当に柔軟な思考を求められる。

 一体どうやってこんな問題を思いついたのかしら。

 もしかして、いままでの試験手を抜いていたわけじゃないでしょうね」

 

 どうやら少し難しく作りすぎてしまっていたらしい。

 堀北に見せる問題はもう少し難易度を下げたものの方がよかったようだ。

 とはいえいくらでも言い訳はきくはずだ。

 

「言ったろ。問題を練るのには自信があったんだ。

 それに何を見てもいいし考える時間の制約もなかった。

 だからこそこんな問題を作ることができたんだ」

 

 どこか不満げな様子を見せながらも一応は納得してくれたらしい。

 

「はあ……大口をたたいただけのことはあるようね。

 力を貸してあげようと思ったのに馬鹿を見た気分よ」

 

 なるほどな。それも不満の一因だったわけか。

 

「力を貸してもらえるなら貸してもらいたいな。

 お前は頼りになるからな」

「…………そう」

 

 一瞬満足気な表情を覗かせるもまだ不満は抜けきらない様子だ。どうしたものかと思案しているとそれに気づいた堀北は解答を教えてくれた。

 

「……あなたは私に他人の力を借りることの重要性を教えてくれた。

 そのあなたが私から言いだすまで頼ってくれなかったことが不満だっただけよ。

 この問題を見るとそれも納得せざるをえなかったわけだけれど」

 

 ……その指摘は少し想定外だった。

 確かにオレ1人でどうとでもできることだったとはいえ、最初から堀北辺りに助言を求めるなどした方が自然だったなと思いなおす。

 

「悪かった。これからはもっと頼ることにする」

 

 この言葉に返答はなかったがきっと受け入れてもらえたことだろう。

 

「そういえば、あなた普段はコンビニのお弁当を食べていると言っていたわね。

 今日もそうするつもりかしら?」

「ああ……そのつもりだが……」

 

 唐突な話題の転換にやや困惑する。

 

「ご飯……食べていかないかしら……」

「いいのか?」

「ええ」

「じゃあそうするわ。何つくるんだ?」

「カレーよ」

 

 その後、問題をつくりながら待っていたらカレーが出来上がる。

 出来上がったカレーを一口食べてみると……

 

「美味いな……」

「そう……」

 

 そしてカレーを全て食べ終わる。

 と思っていたら、今度は机の上に1ピースの──―

 

「ケーキ?」

「……誕生日」

 

 コンビニで売られているような小さめのケーキがお出しされた理由を、視線を背けて堀北が答える。

 

「あなた、今日が誕生日だって言っていたじゃない」

 

 ……まさかこいつから祝ってもらえるとは思っていなかった。

 誕生日を祝ってくれたのはこれで2人目。

 人生初の外で過ごした誕生日は悪くないものに思えた。

 

 堀北の誕生日……一応覚えておくか。

 

 

 ***************

 

 

「これがDクラスで提出する問題文ということでいいんだな。

 しかし、お前が持ってくるというのは少し意外だな──―櫛田」

 

 

 ***************

 

 

 今日から期末テストが始まる。ペアで取るべき総合点は688点だった。

 

「あ、綾小路くん。お、おはようございまひゅ」

「佐倉か。おはよう」

 

 挨拶してきたのは同じクラスの佐倉愛理だった。

 

「あ、あ……」

「綾小路くん!」

 

 振り絞ろうとしていた佐倉の声をかき消したのは佐藤の声だった。

 佐藤は即座にオレの側へとより回り込むようにオレの顔を見上げた。

 

「おはよ。もうすぐテストだね」

「ああ。昨日はよく眠れたか?」

「一応1時くらいまで勉強してから寝たんだけど、ちょっと緊張してきた」

 

 佐藤は胸元辺りを抑えて深呼吸を始める。

 

「気楽にとは言わないが、お前はベストを尽くせば大丈夫だ。

 勉強してきたことをそのまま発揮すれば上手くできる。

 それにオレもある程度は補ってやれるはずだ」

 

 オレは佐藤に向けていた視線を今度は佐倉へと移す。

 

「佐倉もベストを尽くしてくれ。

 いまのおまえなら乗り切れない試練じゃないはずだ」

 

 その後教室について二人と別れる。

 そして自分の席に着くと、隣から声がかかってきた。

 

「朝から女子2人を侍らせていい身分ね」

「開口一番にそれか……」

 

 読書しながら一瞥もくれずにそんなことを言ってくる堀北。

 

「試験前に何を読んでいるんだ」

「そして誰もいなくなった」

「アガサ・クリスティーか。本当に誰かいなくなったりしてな」

「白々しいわね」

 

 

 ***************

 

 

「これより期末テストを行う」

 

 茶柱先生は注意事項を述べながら1人1人に問題用紙を配っていく。

 

「では始めっ」

「「「「…………っ」」」」

 

 テスト用紙をひっくり返した直後、問題を確認したと思われる数人あるいは数十人が息をのむのが伝わる。

 それも仕方がない事なのかもしれない。

 何せこの問題は勉強会で何度となく解いたことがあるものだ。

 その上昨日、堀北から暗記してでも解けるようにしておけと言い渡された問題文と寸分違わぬ文面なのだから。

 

 

 ***************

 

 

 オレは自室でこの試験について振り返る。

 

 そもそもこの試験、オレは坂柳と裏で結託して各クラスが『攻撃』するクラスを指名する段階から手を回していた。

 龍園の性格を読めばこの試験でCクラスがDクラスを指名することは否定できる。オレという存在への警戒心や、死に体のDクラスをこれ以上痛めつけることへの面白みのなさ。何よりDクラスを指名せずとも勝つ方法を見つけている。Bクラスに用意した裏切り者を使う方法を。

 だからこそBクラスにDクラスを『攻撃』させることで全クラスの『攻防』を狙い通りのものにすることができた。DクラスはCクラスを、AクラスはBクラスを指名することでDからCへの『攻撃』、BからDへの『攻撃』を先に確定させる。そうすることでCクラスの『攻撃』先をBクラスかAクラスの2つに絞って、さらにCクラスがAクラスに『攻撃』しなければこの試験はAクラスがAクラスに問題を出題しなければならなくなるが当然それは認められないため必然的にCクラスの相手はAクラスになる。

 別クラスと『攻撃』を希望するクラスが被っていなかった場合はそのまま確定する。このルールを利用させてもらった。

 

 BクラスにDクラスを指名させたのはほとんどが坂柳の手によるものだ。

 いまのBクラスはCクラスに関しては過度な恐怖心を抱いているため積極的にCに『攻撃』を仕掛けることは元々考えにくい。

 そのうえでAクラスという選択肢を削るために日頃から仲良く会話する中で劣等感を植え付け保身的な行動に走りやすく誘導したり、一之瀬の腹心である神崎をAクラスを出汁にした契約で抱き込んだり、Bクラス内の裏切り者を把握していることを匂わせてクラスを崩壊させる手段があることを示唆したりとありとあらゆる手管で可能性を削ったそうだ。

 それでもAクラスを指名する可能性は十分あったが、その時はその時で状況に合わせた別の策を用意していた。

 

 DクラスがBクラスの出題するテストを手に入れるのはこの状況を作り上げると決めたときから算段が付いていたため容易だった。BクラスにいるCクラスの裏切り者である白波千尋に匿名でさらに脅しをかけてオレが用意したそれらしい難易度のテストを真っ先に提出させて受理させたうえで、坂柳を通じて神崎から受諾されたテスト問題をリークさせることができたのは予定通りだった。

 Dクラスではオレが用意した問題は確定するまでは勉強会で全員に解けるように教えたうえで、前日に再配布してBクラスから出題される問題であったことを明かした。そうすることで作戦が失敗したときのための地力をあげつつ、答えを記憶に定着しやすくする下地を作り上げた。こうすることで前日からでも暗記して高得点を取りやすくしたつもりだ。

 また、対策期間中に一之瀬に関するある噂を流すことによってBクラスの生徒にストレスを与え続けた。これは正直大した効果を見込んでいなかったがこの試験の結果を見れば効果はあったのかもしれない。

 

 

 Aクラス 『攻撃』成功

      『防御』成功 +100

 

 Bクラス 『攻撃』失敗

      『防御』失敗 ―100

 

 Cクラス 『攻撃』失敗

      『防御』失敗 ―100

 

 Dクラス 『攻撃』成功

      『防御』成功 +100

 

 

 Cクラスはともかく僅差でBクラスにも勝てたのは大きな収穫だ。全員が問題の事前入手により高得点を取れたからこその結果だ。

 堀北をリーダーに据えた最初の試験で躓きたくなかったため上々の成果と言えるだろう。

 堀北がリーダーとして認められたその先にオレの平穏がある。

 

 ちなみにCクラスへの問題流出は事前にテスト提出の権限はオレにあることを茶柱先生に確認することで対処した。

 櫛田を退学させるのはまだ早い。あいつを退学させるのはもっと準備が整ってからだ。





 
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