12月も半ばが経過したある日の昼休み。
「あなた先週、私が読んでいたこれを読んでみたいと言ってなかった?」
「『さらば愛しき女よ』か。もしかして貸してくれるのか」
「あなたが望むならそのつもりよ。
今から返却しに行くから、手続きが終わればすぐに借りてくれればいいわ」
以前から興味があったがこの学校では妙な人気があるせいで借りられなかった本だ。
購入すら検討してところにこの提案は渡りに船だった。
「ぜひ頼む」
二つ返事でその提案を受け入れることにする。
だがそこでふと思いついたのだが────
「返却の手続きもオレがしてもいいぞ。
そうすればわざわざお前が図書館に行く面倒が減る」
「……返却ついでに何か借りられるものを探そうかと思っていたのよ」
そんなこんなで早速堀北に一緒に図書館に向かうことにする。
こうしてこいつと一緒に過ごすのも随分と馴染んだものだった。
***************
昼休みになったばかりの図書館は人が少ない。数名の利用者しか見当たらないので返却手続きはスムーズにできそうだ。
「どうせなら先に何があるかを見ていかないか?」
「そうね。構わないわよ」
返却と貸出の手続きの前に借りる本を探しに巡ることにする。
「『誰がために鐘は鳴る』は前に紹介したわね。あなたは知っていたようだけど……
ならこの本は読んだことあるかしら?」
「『老人と海』か。前に読んだな」
「そう……」
「オレからはこれだな」
「……また私の知らない本……」
「そうか。まぁ読んでみてくれ」
「そうね。折角おすすめしてくれたのだししょうがないから読んであげる」
「さいですか。オレはミステリーコーナーにいってくる」
「なら私もついていってあげる。オススメの本を紹介してあげるわ」
そしてオレたちはミステリーコーナーへと向かう。
堀北は紹介する本を探すためなのかひとまずオレとは反対側のミステリーコーナーの本棚から本を探すらしい。そのためあいつとは一旦別れたわけだが、オレがたどり着いた先には1人の女子生徒がいた。
女子生徒は自分の背よりも高い位置にある本に懸命に手を伸ばしているが、絶妙な位置にある本に届きそうで届かない。
エミリー・ブロンテの『嵐が丘』か。ジャンルがミステリーじゃなくて恋愛な気がする。
「余計なことかもしれないけど」
オレは『嵐が丘』を手に取って女子生徒に手渡す。
「ありがとうございます」
「好きなのか? ブロンテ」
「個人的には好きでも嫌いでもありません。
ただジャンルの違う本が置かれていたので正しい位置に戻そうと思ったんです」
「なるほど……」
すると女子生徒はオレを観察するように手元を見る。
「その本……『さらば愛しき女よ』ですね。名作ですよね」
「ああ。友人から借りることに成功した」
手元の本は手続きを一度にまとめてしまえるからとオレが堀北から事前に預かっていた『さらば愛しき女よ』だった。
女子生徒はわずかに瞳に輝きを覗かせる。
「よかったですね。
どうも2年生の間でレイモンド・チャンドラーのブームがあったらしく、争奪戦が続いているみたいなんです。
私も読み返したいと思ってたんですけど、今日も見つけられなくて……」
「それは悪いことをしてしまったな。又貸しのような真似は控えたほうがよかったか」
「構いません。
以前読んでいますし、その本を探す間に別の本にも巡り合えましたから」
貴重な昼休みに昼食よりも優先してこの場所にきているくらいだし、見知らぬ他人との雑談で時間を取られるのは不本意だろう。
反対にいる堀北の様子でも伺いに行くかと「邪魔したな」と声をかけてこの場は立ち去ることを決める。
「あの。何か他にも本を探しにきたんじゃないですか?
返却と貸出のつ手続きだけなら受付で済むことですし、別の本も借りていこうとされたんですよね」
この場を去ろうとしたところでなぜか呼び止められる。女子生徒の方へと視線をやると当の彼女の視線はミステリーコーナーに向いていた。
「ドロシー・L・セイヤーズのシリーズはもう読まれましたか?」
女子生徒からの質問にとりあえず返答することにする。
「クリスティは読んだんだが、ドロシーは手を付けていないな」
「であれば────是非、『誰の死体?』をオススメします。ピーター今日シリーズの一作目で、一度読めばシリーズを読みたくなること必至です」
そう言って本棚から本を抜き出し、該当の本をオレに手渡してきた。
謎の展開にどうしたものかと困惑していると────。
「勝手に話を進めようとして、迷惑だったでしょうか?」
「いや、戸惑ったのは事実だけど。折角だから借りてみる」
「それがよろしいかと」
それに対して女子生徒は物凄く嬉しそうな顔をしてから目を細めてきいてくる。
「おそらく昼食はまだですよね。
もしよろしければご一緒しませんか?」
「ちょっといいかしら」
そう声をかけてこの場面に乱入してきたのは堀北だった。堀北はオレが勧めた本ともう一冊の本を両手で抱えて気づけばオレのすぐ側にいた。
「あなたは?」
「この男のツレよ。
それよりもあなた、何が目的で彼に近づいているのかしら?
もしかして偵察かしら?
とりあえず学年とクラスを答えなさい」
女子生徒の謎の勢いに押されてききたくてもきけなかったことを堀北がズバリときいてくれた。女子生徒はそれに対してハッとしたような表情を一瞬だけ浮かべる。
「そういえば自己紹介もしていませんでしたね。
1年Cクラスの椎名ひよりです
Cクラスには小説を好む人が少なくて、話し相手が欲しくてつい強引にお誘いしてしましました」
「Cクラス……」
堀北は女子生徒──椎名ひよりの学年とクラスに思うところがあるようだ。
向こうが素性を明かしてくれた以上、こちらも名乗る必要があるだろう。
「1年Dクラスの綾小路清隆だ。
こっちは──―」
「Dクラスの堀北鈴音よ」
こうして互いに簡単な自己紹介を終えた。
堀北は同学年のCクラスである椎名に対して警戒心を持っている様子だが、対する椎名は先ほどオレに見せたときと同様の輝いた瞳を堀北の方にも向けていた。
「あの。もしかして堀北さんも読書を好まれるんですか?」
ずいっと覗き込むように堀北と距離を詰める椎名。彼女の表情にはわかりやすく期待が浮かんでいた。堀北はややたじろいで反射的に「ええ」と短く肯定する。
「それならお二人の昼食に是非ご一緒させていただけませんか?
いくつかオススメの本があるので是非紹介させてください」
その後、オレは『さらば愛しき女よ』と『誰の死体?』、堀北がオススメしてきた本を、堀北はオレが薦めた本を借りてからオレ、堀北、椎名の3人で学食に向かうことになった。
学食では椎名からさらに私物の本を紹介されてオレが1冊、堀北が2冊借りることになった。
オレも堀北も後日返すことを約束してその日の昼休みは過ぎていった。
***************
「……綾小路」
翌日の放課後。珍しくオレに茶柱先生が声を掛けてきた。
朝から視線が気になってはいたがやはり何かあるようだ。
「あなた、なにをやったの?」
堀北から訝し気に問われるが本当に思い当たる出来事はない。
「生憎と心当たりはないな。それよりも茶柱先生。オレに何か用ですか」
「ああ。私についてこい。話がある」
普段以上に弱気が隠し切れない表情を見せる茶柱先生。
正直いい予感がしないからあまりついていきたくはないが、あまりこの先生を困らせるのも悪い気がするし大人しく「わかりました」と従うことにする。
堀北には先に1人で帰ってもらうことにしてオレは茶柱先生についていく。
「応接室?」
「校長先生、綾小路清隆くんをお連れしました」
「入ってください」
入室して見る校長と見られる60前後の男性は額に汗を浮かべて余裕のない表情だ。そしてこの部屋にいるのはもう一人。オレはここに呼ばれたのは校長の向かいに座るこの男が原因なのだと確信する。
「では、後はお二人でお話していただく、とうことで────」
徹頭徹尾物腰低く校長が退室して、それに続いて茶柱先生も退室した。
オレは無言で男と向かい合う。
「まずは座ったらどうだ。わざわざ俺から出向いてやったんだぞ」
この声をきくのも数カ月ぶりか。思いのほか早かったなとは思うがそれに対して特に感慨を抱くことはない。
「座るほど長話する予定はない。この後友人と約束があるんだ」
「友人だと? 笑わせるな。
お前にそんな存在ができるはずがないだろう」
「ここでのオレとあんたの会話なんて何の意味も感じないな」
「なら俺の望む答えが返ってくると思っていいのか?
それならば話し合う必要もない。こちらも忙しい合間を縫ってきている」
「あんたの望む答えなんか知らないな」
男はこちらに目を向けることもなく口火を切る。
「既に退学届けは用意している。校長とも先ほど話がついた。
後はお前がイエスと言えばそれで終わりだ」
──退学か。
この学校に残るか残らないかを考えた時、不思議とオレの脳裏に浮かんだのは2人の少女だった。
1人はオレに平穏を教えると約束してくれた少女。
もう1人はオレの予想を上回る成長を続けようとしている少女。
あるいは、編入当初の失望だけ抱えてこの場に居たなら答えは違ったのかもしれない。
だがオレは既にこの選択に対する結論を出している。
「退学する理由はどこにもない」
***************
「では、これで失礼します」
「うん。頑張って」
その後もあの男との無意味な問答がしばらく続いたが坂柳理事長が登場してそれも終わった。あの男は見送りも拒否してさっさと1人で帰って今に至る。
あの男が護衛もつけずに現れたことから薄々感じていたが、どうやらこの学校は堀北に行われていた虐めの数々を完全に隠蔽しきれたようだ。あれをあの男から隠しきる手腕には妙な感心を抱いてしまう。
坂柳理事長と別れの挨拶を済ませて応接室を出ると少し離れたところに茶柱先生の姿が見える。
「父親との対面はどうだった」
「別に何もありませんでした。
先生にはオレのことで余計な心配をかけてしまって悪いと思っています」
「気にする必要はない。……それよりも、お前は今後どうするつもりだ」
茶柱先生はどうにもオレに何かないか心配してくれているらしい。
当初のクラスの状況にやつれてオレの心配もしてくれているこの先生は悪い人ではないだろう。この学校の方針を思えば虐めに何もできなかったことも責められない。それだけにいまだに火薬が燻っているあのクラスを受け持つ心労と不憫には同情する。
「とりあえずこれからもこの学校で過ごしていくつもりです」
「……そうか」
すると茶柱先生は意を決したような目つきに変わって──―
「おまえはこのクラスを離れるつもりか?」
そう聞いてきた。
この問いにはどう答えるべきかと思案する。茶柱先生がなぜこんな質問をしてきたかははっきりしないが、おそらく担任として把握しておきたいのだろう。教師相手に正直に言ったところでまともなら妨害されることもない。
「考えてないといったら嘘になりますね。
まぁそれが叶うポイントなんて持っていないのでこれからも先生のお世話になると思います」
とりあえずそう答える。
オレの返答をきいた茶柱先生は不思議とどこか遠い目をして────
「そうか………………」
とただ小声でつぶやいた。
この物語のオチはだいぶ前から思いついてはいるのですが、それを文字として出力するのに時間が取れなかったリ単純に難しかったりで苦戦してしまっています。ですが一応意地でも本作本編を完結させるつもりではあるので長い目で付き合ってもらえると幸いです。
それと今更ですがずっと前に投稿したよう実とダンガンロンパのクロスオーバーの実質設定だけ書き記した短編1話小説を紹介させていただきます。その名もようこそ絶望至上主義の教室へ。気が向いたら是非読んでみてください。青いタイトル押してもらえれば跳べますので。