平穏な日々は遥か遠く   作:石門 希望

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 なかなかえぐい展開になってしまいました。
 少し覚悟を決めてご覧になることを推奨します。




第3話 Dクラスの暴君

 話は一ヶ月前に遡る。

 6月のある日。

 

 ──―坂柳との契約、そしてなによりオレ自身の平穏のために

 

 オレはこの常に混沌としたDクラスを立て直す策を検討していた。

 そろそろ常に教科書の入ったバッグを持ち歩く日々に嫌気がさしてきたところだ。

 オレはここ数日クラスを観察してこの状況を打開する鍵を握る人物に話しかける。

 

「平田、ちょっといいか?」

「………………」

 

 話しかけても平田は反応してくれない。

 何度か声をかけ体を揺さぶると、ようやく反応を見せてくれた。平田はうつろな瞳でオレのほうを見るも、焦点はどこにもどこまでも定まっていない。正直、オレのことを見えているのかも怪しい。まともな会話など期待できないだろう。

 それでもオレは、いまのDクラスを変える人物として平田洋介に目を付けた。

 

 

 #############################

 

 

 Dクラスを立て直す。

 そのためにいま最も必要なのはバラバラなクラスの足並みを1つにまとめ上げる強力な統率者の存在だ。最低でも全体にわたる指揮系統を1つは確保しておきたい。

 しかし当然だがそんな存在はいま、このクラスにはいない。いればこんなことになっていない。

 オレ自身が能力を見せつければ強引にクラスをまとめ上げるのはできないことはない。

 だがそんなことをするつもりは一切ない。一度そんなことをすれば最後、オレに与えられたわずか3年から平穏を学ぶ機会は消滅する。それは生涯平穏を知ることなくオレの人生が終わってしまうことを意味する。

 そんなのはごめんだ。

 

 だからオレはクラスをまとめ上げる代理を探していた。

 観察して見つけた候補は4人。

 一人は高円寺六助。能力的には申し分ない。どのような方法でもクラスをまとめ上げることが可能だろう。だがこいつの場合行動の予測がつかない。駒にするにはこれ以上不適格な人物もそういない。オレと同じであんなクラスのリーダーをやりたがる性格でもないだろう。

 一人は堀北鈴音。学業、運動能力ともに高く課題は多いもののポテンシャルには期待できるものがある。だが、いまは立場が悪すぎる。はっきり言って論外だ。

 そして一人は櫛田桔梗。容姿端麗で愛想がよく、あんなクラスでも誰からも好かれている稀有な存在。だが、ここ数日彼女を観察してオレには疑念が生まれていた。

 

「堀北、櫛田についてどう思う?」

 

 昼休憩、オレは堀北と昼食をとっているときにそう尋ねた。

 最初の内は突っぱねられていたが、オレが何度か誘っているといつの間にか彼女と教室外で昼食を共にするのが恒例になっていた。彼女自身、オレに対して負い目があるのが大きいのだろう。

 

「櫛田、さん…………」

 

 堀北はほんの少し、おびえた顔をのぞかせる。

 堀北はオレが想定していたよりもずっと事の本質を見抜いているのかもしれない。

 

「その様子だとどうやら気づいているようだな。

 おまえのイジメの主犯は一見篠原や軽井沢に見える。実際、ほとんどの奴らはそう認識しているはずだ。

 だが、実際はあの2人含む女子や男子がそうするように仕向けている奴がいる。

 それが櫛田だ」

 

 薄々気づいてはいたようだが、改めて人から言われると認識が変わったのだろう。堀北は表情をさらにこわばらせていた。

 

「オレにはどうしてあいつがそんなことしているのかわからない。

 堀北、何か心当たりはあるか?」

 

 堀北は深く記憶を探るように目を閉じる。

 しばらく沈黙が続くが、催促はせずにオレは彼女の言葉をじっと待つ。

 

「…………ないわ」

 

 じっくり考えた堀北から得られた言葉は結局心当たりがないという言葉。

 ここまでくると、本当に櫛田の狙いがわからなくなる。

 

「……けど」

 

 続く言葉に耳を澄ます。

 

「どうやら私と彼女は同じ中学に通っていたようなの。

 同じ中学といっても私が通っていたのは全校生徒が1000人を超えるマンモス校だったし、櫛田さんとは一度も同じクラスになったこともなかった」

 

 一つ一つ、過去の事実を探るように堀北は言葉を紡ぐ。

 

「それで中学時代の櫛田は? どんな生徒だった」

「さぁ。さっきも言ったように私とは接点がなかったから。

 ただ、櫛田さんが今この学校で得ている評価以上に評価を受けていたことだけは間違いないわ。思い返せば様々な行事で、同級生たちの中心にいる彼女の姿を見かけていたもの。誰にでも優しく人当たりが良くて人気者だった。生徒会なんかには入っていなかったみたいだけれど、求心力は相当あったはずよ」

 

 いまだ何故櫛田がこんなにも執拗に堀北を狙うのか謎が解けない。

 この話の続きにその秘密が隠されているのだろうか? 

 

「いまから話すのはあくまで噂で聞いた範疇でしかないことなのだけれど……」

 

 少し間をおいて覚悟を決めたかのように堀北は再度口を開く。

 

「私が卒業を間近に控えた中学3年生の2月も終わりかけのある日、1つのクラスが集団で欠席する出来事があったの」

「インフルエンザが蔓延した、ってわけでもないよな?」

「ええ。情報は私の耳にもすぐに回ってきたわ。ある女子生徒が引き金となって、クラスが崩壊するほどの事件が起きた、と。そしてそのクラスは卒業するまでの間、原状回復することはなかった」

 

 ずいぶんと見覚えのある光景が浮かぶ。

 

「その女子生徒ってのは、この場合考えるまでもないんだよな?」

「櫛田さんよ。

 でもどうして学級崩壊にまで追い込まれたのか、その詳細は分からない。

 おそらく学校側が徹底して情報を伏せたんじゃないかしら。明るみに出た場合、学校の信頼度が落ちて、多くの生徒の進学や就職にも大きな影響を与えかねないし。

 それでも臭いものに蓋は出来ない。生徒間では色んな憶測も踏まえて噂がたっていたわ」

「断片的にも聞こえてきたことはないのか?」

 

 どんな事件だったのか概要が知りたい。

 

「事件が明るみになった直後に、その話をしている同じクラスの生徒がいたわ。

 何でも教室は滅茶苦茶にされて、黒板や机は誹謗中傷の落書きだらけだったとか」

「誹謗中傷の落書きだらけ。見覚えしかない光景だな」

「そうね。当時は本当に幾つも噂が飛び交っていたわ。

 クラス内の誰かが虐められていたとか、逆に虐めたとか。ひどい暴力行為をふるったなんて話もあったかしら。でも曖昧だった」

 

 無数の噂話で真相が覆い隠されているようだ。

 

「でも、そんな噂話も瞬く間に聞かなくなった。誰もそのことについて話をしなくなったの。クラスが一つ崩壊に追い込まれたのに最初から、全て無かったかのようにされてしまった」

 

 どこかで圧力がかかった、ということだろうか。

 

「何にせよ情報統制がされているのに加えて櫛田の手口だ。櫛田がクラス崩壊の原因だとおまえが知らなくても無理ないわけか」

 

 オレが想定していた以上に櫛田は厄介な存在なようだ。

 堀北に異様な執着を見せているようだから、堀北との間に何らかの原因があるのかと最初は疑った。オレへの虐めの黙認も堀北の精神をさらに追い詰めるもの。あるいは堀北を排除すれば櫛田の行動も止むかもしれないと思っていたが、そうでない線も濃くなった。

 堀北の話が本当なら、櫛田は過去にいまと同様の行為をして意図的にクラス崩壊させた可能性がある。しかも、その目的は全くの不明だ。

 あるいは愉快犯、そんな線も考えられる。

 一つ気にかかるのはいまよりも手口が杜撰なことだ。噂といえど櫛田の名前が原因として挙げられるなら、いまのような誰も櫛田が主犯だといっても信じないどころか反感を買う状況には持っていけていないということだ。もしかしたら今と違って中学時代のクラス崩壊は櫛田としても想定外、アクシデントがあったが故のものなのかもしれない。その場合は当初の予想通り堀北のみが攻撃対象なのだという想定もできる。だがあくまでも可能性だ。それも比較的楽観的な見積もりである以上、これを念頭に行動するつもりはない。

 なんにせよ、櫛田を駒にするのは危険すぎるな。

 

 だとするならば、残された候補は一人しかしない。

 

 ──―平田洋介。

 

 オレはこの男を自らの駒にすることに決めた。

 

 

 #############################

 

 

 放課後、夢遊病者のように力なく歩く平田が人影のないところにきたタイミングで引っ張り連れ出す。サッカー部に所属しているらしい彼だが、いまはまともに通っている様子もない。別に問題ないだろう。

 譫言をつぶやくのみの人形と化したこの男が、入学当初は明るく誰からも好かれる人望のあった男だというのは正直信じられない。いまだって人気のない場所に連れ出すために手を引いたが、とても高校生男子を引っ張っているとは思えなかった。

 だが、平田について話す生徒は一様に入学当初はそうであったというし、立ち直ってもらいたいとも思っている様子だ。それが意味するのは少なくともこんな状態になっても残るほどの人望を中間テストまでのそう長くない期間に獲得していたということだ。

 ならばバラバラのこのクラスをまとめ上げる素質は十分にある。

 

「平田」

「………………」

 

 名前を呼び掛けても反応すら見せてくれない。

 このまま応答を期待して呼び掛け続けてもきっと無駄だろう。

 オレはそのまま話続けることにした。

 

「おまえがそうなったのは3人の退学者が出た時からだと聞いている」

 

 いまだ沈黙を続ける平田だが、退学者というワードに反応を見せる。

 

「いまのクラスははっきり言って異常だ。

 授業中の私語は当たり前、それどころか当然のように虐めが横行している」

「…………僕は、僕は」

 

 虐めという言葉に先ほど以上の反応を見せる。

 そこから先は簡単だった。

「虐め」と「退学」の言葉をちらつかせながらコールドリーディングを使って平田の過去を、そして理想としていたものを聞き出すことに成功した。精神的に廃人に近かったのも過去という人に話しにくいことをほとんど初対面のオレに打ち明けさせるのに役立った。

 平田から聞き出した過去はいまの様子からも、人伝に知った入学当初の明るい性格にも当てはまらないものだった。友達を見捨てた過去、そして暴君として恐怖で学校を支配した過去。

 予想外の収穫だった。

 

 安直且つ安易だが、最も早く効果的なクラスの立て直し方。

 オレはそれを実行に移すことにする。

 

「平田、須藤たちが退学したのはお前が悪い」

 

 硬直する平田を気に留めずに言葉を続ける。

 

「おまえの綺麗ごとは誰も幸せにはしない。

 その事実として須藤たち3人は退学し、いまDクラスは荒れ放題だ。

 授業をサボってる奴や聞いてない奴にはちゃんと注意すればよかった。誘っても勉強会に参加しない奴は強引にでも参加させればよかった。

 だが、平和主義を理想とするおまえはそれをしなかった。輪を乱すことを恐れた結果、いま誰一人として幸せにはなっていない。それどころか多くの不幸を生んでいる」

 

 ただひたすらに、過剰につらい現実をぶつけ続ける。

 

「僕は、僕は、…………」

「おまえの平和主義はただの臆病だ。

 本気で須藤たちの退学を阻止したいなら力を用いてでも説得すべきだった。

 本気で虐めを止めたいなら今すぐにでも強引に阻止すべきだ。

 それ以外に、おまえがおまえの理想をかなえる手段は果たしてあるのか?」

 

 ひたすらに平田の平和主義を破壊して、暴君への道へと暗にいざなう。

 

「おまえならできるはずだ。

 おまえが本気だというのなら、今すぐにでもDクラスから虐めも退学者もなくなるはずだ」

「違う。僕は、僕は、僕は、…………」

 

 震える平田にもう一度最初の言葉を投げかける。

 

「須藤たちが退学したのはおまえが悪い」

 

 止めの言葉を最後に放る。

 

「その責任を取りたいなら、この先は手段に構わず虐めも退学者もなくすことだ。

 それがおまえにできる唯一の贖罪だ」

「うぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

 

 眼前に迫りくる拳をあえて無抵抗に受け入れる。

 何度も振り下ろされるそれに抵抗する振りをして、それでも次第に抵抗できなくなる振りをする。

 倒れ伏すオレを目にして平田は絶望したような表情を浮かべる。

 

 

 

 ──―これがDクラスの暴君が生まれた瞬間だった。

 

 

 




 綾小路君の機械化が凄まじいことになってしまいました。

 綾小路君視点からの櫛田さんがかなりヤバい奴になってしまいました。
 綾小路君からすると目的がわからない以上、櫛田と協力ないし駒にするには交渉の段階でリスクが高すぎるとの判断です。一見イジメを止めているように見せてイジメへ誘導、過去に学級崩壊を起こしたことから同じことをした可能性があり、その目的もはっきりしないともなれば櫛田がヤバい奴にしか見えないはずです。過去に学級崩壊起こしたという情報はかえって堀北だけがターゲットなのか疑念を持たせる情報になりました。
 あと、堀北が精神的にまずい状態なのは把握しているので、万が一にも自殺させないことも考慮しています。自殺者が出た場合学校に介入の余地が生まれてしまうのは綾小路君としても避けたいところでした。

 平田君に関しては本当にかわいそうなことになってしまいました。
 ここから何とか立て直していきたいところ

 内容が内容だけに批判も甘んじて受け入れます。


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