平穏な日々は遥か遠く   作:石門 希望

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第6話 無人島試験(前編)

「あなたたち、いったいどういう関係なのかしら?」

 

 船上での暇つぶしに坂柳とチェスをしていると、いつの間にかその場にいた堀北から剣呑な目つきと口調でそう聞かれる。

 

「ふふ。彼と私は恋仲です」

「嘘を言うな。ただの幼馴染だ」

 

 何が気に障ったのか堀北は一層視線を険しくし、オレと堀北の間にいる佐倉からは不安げな目で見つめられてしまう。

 

「はぁ…………」

「なにを溜息ついているのかしら?」

「そんなに気になるなら、おまえもチェス初めてみるか?」

「仕方がないわね」

 

 堀北はほんの少し満足そうな顔をのぞかせる。

 

「あら、私との勝負はどうなさるのですか?」

「おまえとはもう十分指してるだろ…………」

 

 今度は坂柳の機嫌が悪くなってしまう。

 

「そんなに気に入らないならおまえとも同時に指してやる。

 それかおまえが堀北の相手をしたらどうだ?」

「ふむ……ではこうしましょう。

 私とあなたで勝負をするんです。

 あなたは堀北さんと、私は橋本くんと二面指ししてそれぞれ鍛えます。

 鍛え終わった後、堀北さんと橋本くんに勝負してもらって私とあなたの勝敗をつけます」

「正直そんなに気は進まないが…………まぁ、退屈しのぎにはなるか……」

 

 そうして二週間の旅行最終日までの間、オレは坂柳とチェスを指しながら、堀北のチェスの腕を鍛えることになってしまった。

 一応、佐倉にも挑戦してみるか尋ねてみたが佐倉は見ているだけでいいと遠慮した。

 

「片手間に私を相手にするなんて気に入らないわね」

「それはオレに勝ってから言え」

 

 ******************************

 

 ある時。

 

『生徒の皆様にお知らせします。

 お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。

 しばらくの間、非常に意義ある景色をご覧になって頂けるでしょう』

 

 そんな放送が流れてきた。

 

「綾小路くん、これって…………」

「ふふ。どうやら面白いことが起きそうですね。

 綾小路くん、行ってもらって構いませんよ。

 残念ながら私は今回の催しには参加できそうにありませんから」

 

 堀北が反応し、坂柳が催促してくる。

 こちらとしてもありがたい提案なので素直に堀北と佐倉を伴って船のデッキへと移動する。

 神室は坂柳とともに部屋に残されたようだが、橋本はオレたちとともにデッキへと向かうようだ。

 

 その際橋本から興味深い眼差しで観察されたが、特にそれに触れることなくオレたちはデッキへと到着する。

 

 ***********************

 

「やぁ、綾小路くん。それに堀北さんに佐倉さん。君たちも来たんだね」

「まぁな。平田もさっきの放送で来たのか?」

「まぁね」

 

 デッキにつくとオレ達は既にその場にいた平田と合流する。

 デッキから見える島の様子を観察していると人もだいぶ集まってきた。

 人ごみに流されて橋本との距離も離れたことだし、オレは船上でのDクラス生徒の様子を尋ねることにする。ほとんどを坂柳と堀北とチェスを指して過ごしていたこともあり、オレはDクラスの様子はほとんど把握していないからな。

 平田の側には抜け殻のようになった軽井沢がいるが、オレは特に気にせず平田と話すことにする。

 

「Dクラスの生徒の様子はどんな感じだ?」

「みんな落ち着いてるよ。

 バカンスだからといって過剰に騒ぐ様子もない。

 ポイントの制約がないからはめを外しすぎないか少し心配だったけど杞憂だったよ」

 

 やはり平田の存在が大きいのだろう。

 編入当初のDクラスの生徒だったら何人かは確実にこの環境にはめをはずしてしまっていたはずだ。だが、平田が暴君としてクラスを統制するようになったことによりこの環境でも不用意にはしゃぐ生徒はほとんどいないのだろう。

 

「僕としては、少しくらいは楽しんでもらってもいいと思ってるんだけどね」

「まぁな。だが悪い事じゃない。

 はめをはずしすぎればこのバカンスが終わった後が大変だ。

 それに最悪、あのころの空気感を思い出す生徒が出てくるかもしれない。

 おまえのやってることは間違いじゃないさ」

 

 そんな会話で平田から知りうる限りのDクラス生徒のそれぞれの行動や様子を聞き出していると二度目の放送が流れる。

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸致します。

 生徒の皆様は三十分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合して下さい。またしばらく御手洗に行けない可能性がありますので、きちんと済ませておいて下さい。

 繰り返します…………』

 

「行くか」

「そうだね」

 

 そうしてオレと平田はアナウンス通りの準備をするため部屋へと戻る。

 オレと平田は同室なのでその間も先ほどの会話の続きをしてより詳細にクラスの状況を知ることができた。

 

 ***********************

 

 

「それではこれより──―本年度最初の特別試験を行う」

 

 船から降りて点呼が終わると、Aクラスの担任であり学年主任でもある真嶋先生からそう告げられる。

 それに少なくない生徒が動揺する。

 

 先生はそんな動揺を気に留めることなく今回の特別試験のルールの説明を始める。

 

 テーマは『自由』。

 一週間の無人島での生活を通して生徒たちの対応力や柔軟性をみるらしい。

 

 個人としての持ち物は筆記用具と着替えのジャージ及び下着類が許されていて、その他にも支給品として八人用テントと懐中電灯が2つずつ。マニュアルとマッチと簡易トイレが1クラス1つずつ。歯ブラシと腕時計が1人1つずつ。日焼け止めと生理用品(女子のみ)が無限に与えられる。

 

 具体的な規定には以下のようなものがある。

 

 ・最初に全クラスに300ポイント与えられ、ポイントの消費によって道具や食材と交換できる。マニュアル外の物との交換は担任に確認すれば場合によって認められる。

 

 ・特別試験終了時点での残存ポイントは9月1日からクラスポイントとして振り込まれる。

 

 ・支給された腕時計は試験終了まで外せず、許可なく外した場合はペナルティがある。腕時計には体温や脈拍、人の動きを察知するセンサーやGPS機能が備わっている。

 

 ・各クラスは最初にベースキャンプを決める必要がある。

 

 ・体調不良や大怪我をした者は強制的にリタイア。マイナス30ポイントのペナルティが与えられる。

 

 ・環境汚染行為を発見された場合マイナス20ポイント。

 

 ・点呼不在によるペナルティは一人につきマイナス5ポイント。

 

 ・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損は加害生徒所属クラスの即失格と加害生徒のプライベートポイントの全没収。

 

 ・各クラスでリーダーを一人選出する必要がある

 

 ・島のスポットは占有して使用できる。スポットの占有は8時間ごとに効力を失う。

 

 ・スポットを占有するごとに1ポイントのボーナスを得られる。ただしこのポイントは試験中に使用することはできない

 

 ・スポットの占有にはリーダーのキーカードが必要。

 

 ・正当な理由なくリーダーは変更できない

 

 ・スポットに占有上限はない

 

 ・最終日の朝の点呼で他クラスのリーダーを当てることができる

 

 ・リーダーの指名に成功したらプラス50ポイント。失敗した場合はマイナス50ポイント。また、他クラスからリーダーを当てられた場合はマイナス50ポイントとスポット占有によるボーナスポイントも消失する

 

 ・リーダーを当てるか否かは自由

 

 ・最終日の朝の点呼後に全生徒が浜辺へ集合。リタイアした生徒は客船内の一室に集まり待機する

 

 ・最終日の集合時に試験の結果発表を行う。発表する内容はクラス順位と試験で得たクラスポイントのみである

 

 ***********************

 

「まずはベースキャンプになる場所を探さないとね。

 そのほかのことはそのあとに決めよう」

 

 平田の発言に何人かの生徒は不服そうな表情を浮かべるも誰も逆らわずに大人しく従う。

 とりあえず日陰になる場所へと移動し、そこを暫定的なベースキャンプにする。

 

「いまからここに待機する組と島を探索する組に分けようと思う。

 探索組は女子より体力のある男子に任せたい。

 これに関しては強制はしない。

 探索にはそれなりの危険があるからね。最悪下手に動いて遭難することだってあり得る。

 それを理解したうえでやってくれる人は手をあげてほしい。

 無理をして手をあげることは許さないよ」

 

 まぁ、当然手を上げにくい状況が出来上がる。

 最後の一言がなければ違ったのかもしれないが、平田としては自分を恐れて無理に探索させた結果、遭難者が出てしまうなんて事態は絶対に避けたいのだろう。

 こうなるのも仕方がないな。

 

「平田、オレから提案がある」

「何かな? 綾小路くん」

「その前に。平田、この中にアウトドアの経験がある奴がいるかきいてくれないか?」

「そうだね。みんな、どうかな?」

 

 誰からも手は上がらない。

 これで確認すべきことは確認し終えた。

 

 特別試験のルールを聞いた時からオレはいまのDクラスでどう試験を乗り切るかの方策を練っていた。

 正直、この試験を正攻法で乗り切るのはこのクラスにとっては微妙なところだ。

 平田が暴君体制を敷いている以上、ほとんどの生徒は平田に従い、平田の指示によって動く。そのためこの試験中、この未知の環境で平田はかなりの数の判断を迫られる。

 これではさすがに平田に負担がかかりすぎる。

 

 それに加えて、この試験は5月以来ずっと0ポイントで過ごしてきたDクラスにとって数少ないポイントを得る機会だ。

 この試験で平田が失態を犯せば、辛く息苦しく慣れない環境で不便な生活を強いられた挙句に何も得られなかったと爆発的に不満が高まりうる。

 そうなると何よりも危険なのは櫛田の存在だ。

 現在、平田の暴政により強引にそれまで保持していたクラスの主導権を奪われた彼女にはかなりの不満がたまっているはずだ。そんな彼女が平田の失策によりたまった不満を利用しない可能性は考えにくい。巧みに不満を操り平田の暴力による恐怖を平田の圧政による不満や怒りで塗り替えることも考えられる。それは確実に反乱の芽を生み、徒党を組むまでの巨大な集団をも形成しうる。

 さすがの平田も圧倒的な数の前には押し切られる可能性が高い。

 平田の体制が崩れると再び櫛田が権勢を握る。

 そうなるとあいつが何をしでかすのかはさすがに読み切れない。

 

 だからこそのいまから行う作戦だ。

 

 それにこの作戦には体制崩壊のリスクを回避するとともに副次的な効果を付与することが可能だ。

 むしろ、その効果にこそこの無人島での試験を突破する肝、さらには今後のDクラスを左右する要があるとも言っていいくらいだ。

 

 

 ────オレはこの試験でDクラスの体制を第2段階にすることを決めた

 

 

 ***********************

 

 

「話って何かな? 龍園君」

「ククク。そう警戒するなよ一之瀬」

「君たちが私たちBクラスに何をしたのか忘れてないよ。

 それに、戸塚くんにしたことも。

 警戒するなってほうが無理だよね」

「その通りだ、龍園」

「ククク。随分嫌われちまってるようだなぁ。

 だが、一之瀬。

 おまえには俺の話を嫌でもきいてもらうぜ」

 

 そう言って龍園翔は一枚の紙を見せつける。

 それを警戒し訝しむように見る一之瀬穂波と神崎隆二。

 

「これに契約しろ。

 俺はこの試験、最後までまともにこんな島で過ごそうなんざ馬鹿馬鹿しいと思ってるからな。

 思いっきり自由を満喫した後に俺に従順な奴らはリタイアさせてやるつもりだ。

 ただ、折角のポイントだからな。使わないままリタイアしてなくすのももったいないだろ。

 だからこれは契約だ。

 俺からおまえらBクラスに200ポイント分の物資を渡してやる。その上他クラスのリーダーの情報も教えてやるよ。

 そのかわり、おまえらは来月から俺にクラスポイント200ポイント分のプライベートポイントをよこせ。

 どうだ? これで対等だろ?」

 

 薄気味悪く笑みを浮かべながら龍園翔はそう説明する。

 

「う~ん、怪しいなぁ」

「確かにな。龍園、おまえがそんなにこちらに都合のいい話を持ち掛けてくるとは思えない。

 何か裏があると思わざるを得ないだろう。

 例えば、意図的に間違ったリーダーの情報を教えて俺たちに外させるとかな」

「ククク。安心しろ。

 そんなに心配ならキーカードの写真でも撮って見せてやるよ」

「う~ん、それでも信用できないかな? 

 惜しいとは思うけど、その話は見送らせてもらうね」

 

 一之瀬穂波はそう告げると神崎隆二を伴ってその場から去ろうとする。

 だが、そんな彼女に…………

 

「おい、一之瀬。

 おまえ、何か勘違いしてねぇか?」

 

 先ほどまでの嘲笑するような態度を消して龍園翔は呼び止める。

 

「勘違い?」

「俺とおまえの立場は対等じゃねぇってことだ」

「…………さっきは対等って言ったよね?」

「それは契約の内容の話だ。

 だが、俺とおまえの立場なら話は別だ。

 おまえはこの話、受けざるを得ないんだよ」

 

 とてつもなく嫌な雰囲気が3人を取り巻く。

 一之瀬穂波も彼女に付き従う神崎隆二も龍園翔への警戒心を最大限にまで引きあげる。

 

「どういうことかな?」

「おまえがこの契約を結ばなかったら、俺はどうするか想像してみろ?」

「……他クラスに同じ話を持ち掛けるとかかな?」

「いいや。それはねぇ。

 Aクラスは俺が戸塚にちょっかいをかけたと葛城の野郎は勘違いしてやがるからな。

 坂柳が船で休んでいる以上、この無人島でAクラスを取り仕切っているのは葛城だ。

 葛城は慎重な男だ。

 互いに利益があろうと俺を相手には絶対に契約しやがらねぇだろうさ」

「戸塚くんのこと、勘違いじゃないと思うけどね」

「ククク。いーや、勘違いだ。

 審議会で結論は出ただろ? 

 戸塚は俺のCクラスのクラスメイトを殴った加害者で、俺たちCクラスは戸塚に殴られた被害者だ。

 話がそれたな。

 次にDクラスだ。だが、あいつらが論外なことは何も言わずともわかるだろ?」

 

 煽るように、嘲るように龍園翔は持論を展開する。

 

「でも、私たちは君と契約を結ぶ気はないよ?」

「ククク。それがわかってねぇって言ってんだ。

 いいか。俺はおまえらとしか契約を結ぶ気はねぇ。

 だが、おまえらはそんな俺を相手に契約は結ばないと断りやがる。

 当然、俺は腹に据えかねるわけだ。

 さて、俺はどうすると思う」

 

 2人そろって息をのむ。

 一之瀬は恐れるように、神崎は苦虫を潰すように唇を引き結ぶ。

 

「報復するに決まってるよなぁ。

 もしかしたら、おまえの大切なクラスメイトが誰かに殴られたり、トラウマになるような大怪我を負わされるかもしれんねぇな」

「…………そんなことすれば、今度こそ君たちは処分されるよ」

「ククク。笑わせんなよ一之瀬。

 戸塚の一件で暴力のペナルティがたったのクラスポイント50とたかだか1カ月の停学だってことがわかったんだ。

 俺がこの程度を恐れると思うか?」

「…………プライベートポイントも没収されるよ」

「ククク。おまえならわざわざ言ってやらなくてもわかってるはずだ一之瀬。

 不思議なことに、暴力を振るった生徒は直前に俺にプレゼントを贈ってくれるかもしれねぇな」

 

 一切の悪びれを見せずに最悪の未来予想図を思い描かせる龍園。

 そんな龍園に対し一之瀬穂波は悔しそうに俯いて

 

「…………ごめん、神崎くん」

 

 そう言葉をこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでは今から、特別試験の結果発表を行いたいと思う』

 

 

『最下位──―Aクラス、0ポイント』

 

『3位──―Cクラス、126ポイント』

 

『2位──―Dクラス、132ポイント』

 

『1位──―Bクラス、200ポイント』

 

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