恐れ谷に吹く風   作:がじゅ丸     

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砂歌町へ向かう三人の隊士たち…その時、怪異が起こる。


赤月

予言の恐ろしさを包み隠そうと

鳥の美しい顔は愛に燃えている

だが恐ろしい予言を告げ続けるそのくちばしは

血に染まるのだ

(アレクサンドル・ブローク『予言の鳥ガマユーン』)

 

 

 

 三人の隊士が、隧道を抜けた岩場を歩いている。これから崖に沿って左に降りる道へ進むところだ。

 

 「チッ!」

 

 風隊士の紫万(しもん)が、腹立たしげに霧を旋風ではらっている。明るい茶髪で毛先が跳ねており、やんちゃ風。榛色のいたずらっぽい猫目が特徴的だ。

 

 「ンだよここはァ!霧はうぜェし、そこら中くせェし、最悪だわ!オエエエ」

 

 「紫万。お前のそのはしたない物言いはどうにかならないのか」

 

 水隊士の樹が辟易している。肩にかかる程度の灰青色の髪で、切長の涼やかな目元。品のある美丈夫だ。おまけに声も口調も優雅ときている。

 

 「ンン?ガキ?」

 

 頭上の岩場が気になるのか、紫万が首を傾げて見上げる。

 

 「目を合わせるな。魂を持っていかれるぞ」

 

 眉間に皺を寄せる樹。霊感体質の彼は、霊の本質を見分けることができた。既に朧げな像が周りをうろついていることに気づいており、自分は惑わされない自信があるものの、他の二人が危なっかしくて気が気でない。

 

 「おぉい、愛生(うい)。袖掴んでちゃ俺霧はらえねェじゃん」

 

 「ご、ごめん・・・」

 

 紫万の背後から愛生がおずおずと顔を出した。怖がりの彼は、さっきからずっと紫万にしがみついている。癖が強い、もさっとした臙脂色の髪の毛。長めの前髪で片目が隠れており、目は銀灰色の垂れ目。声が小さく、とても内向的な感じだ。

 

 カァッ!!!

 

 爽籟がけたたましく鳴く。ビクッとしてまた紫万にしがみつく愛生。数秒置いて、少し離れた先から松衛門の応答がくる。

 

 「近いぞ!」ーー三人は一気に走り出した。

 

 

 

 

 向こうから松衛門に続き、四つの影が見えてきた。駆け寄ると、四人とも顔が真っ青。命からがら逃げてきたと言わんばかりだ。二人は重症、そのうちの鬼の娘は意識が混濁している。

 

 「君が竈門君?」

 

 樹が尋ねる。

 

 「・・・はい。俺の妹が重症なんです。不死川さんが・・・谷に一人残って闘っています」

 

 炭治郎がやっとのことで答える。声は弱々しく、かすれ気味。

 

 「何だって・・・」

 

 紫万の顔色が変わる。

 

 「俺たちを庇って・・・先に逃げろ、と」

 

 そこまで言うと炭治郎は涙目になり、項垂れてしまった。

 

 「俺、加勢しに行くわ」

 

 すぐさま紫万は、炭治郎たちの来た方向にトトッと駆け出そうとする。そこへ松衛門のまったがかかった。

 

 「ダメダ、イクナ!『ダレモコサセルナ』トイワレタ。オマエタチハケガニンヲツレテハヤクヤマヲクダレ!」

 

 「でも一人残るなんて・・・一緒に逃げるか、俺たちが共闘するかがいいに決まってんだろ!」

 

 「紫万くん」

 

 愛生が紫万に駆け寄る。

 

 「あ、あの人に『逃げる』という選択肢はないよ。鬼がいたらその場で抹殺しなきゃ気が済まない人、なんだから」

 

 「俺たちは、俺たちにできることをするしかない。ここで単独行動は危険だぞ、紫万」

 

 樹も落ち着いた口調で説得する。だが、紫万はなおも渋顔だ。

 

 「シンパイスルナ、アヤツハヤワデハナイ。ハシラノチカラヲナメルナ!」

 

 爽籟が紫万の頭に留まり、豪快に叫んだ。

 

 ようやく納得したのか、紫万は黙ったまま視線を上げる。負傷者たちのもとに行き、屈んで炭治郎に背中を差し出した。愛生と樹もそれぞれ禰豆子と少女をおぶる。まだ体力の残っていた少年は自ら遠慮して歩き出した。岩場を隔てた向こうの谷で、凄まじい轟音が鳴り響いている。

 

 「急ごう」

 

 風柱の武運を祈りつつ、一行は足早に山を下りていった。

 

 

 

 山道入口では、後から来た隠が二人オロオロしながら待っていた。他の隠は別件での対応に追われていて、すぐには来れない、とのことだ。

 

 「血鬼術にやられたらしい。急いで蝶屋敷に連れて行ってやってくれ」

 

 炭治郎と禰豆子を隠に預ける。二人ともとうにどす黒い顔になっており、危うい状態だ。

 

 「俺たちは砂歌町に行く。この子らを親元に帰さないといけない」

 

 隠は頷いて走り去っていった。三人の隊士は町へと急ぐ。

 

 

 

 谷ではとんでもない事が起こっているというのに、山を下ると何も変わらぬ日常が続いている。不思議な気分だ。虫の音だけが聴こえる田圃道を走りながら、やがてこれも変わってしまうのだろうかと各々思いを馳せる。

 

 

 

 町が見えてきた。

 

 「しょぼ!」

 

 紫万があまりの廃れ具合に、どストレートな印象を口にする。

 

 「過疎化が進んでいるからな・・・」

 

 呟く樹。隣町の任務に赴く前に、砂歌町のことも少し下調べしていたようだ。

 

 「ここは以前、豊かな水源がある美しい町だった。避暑地としても有名だったらしい。でもある時を境に、水が涸れた・・・おそらく、谷のせいだ」

 

 「な、なんでそんなことが分かるの・・・」

 

 愛生がぎょっとする。

 

 「俺は母方が霊媒師の家系なんだ。多少なりとも第六感というものを受け継いでいる。岩場を歩いている時、谷の鬼が水源を呪ったと感じた」

 

 「そんな鬼いるの?」

 

 「ごく稀にいると聞いたことがある。あれは・・・確かに子供の鬼だった。この世に生まれたことを心底呪い、この世の全てを憎んでいる子だ」

 

 紫万と愛生は不安な面持ちで顔を見合わせる。

 

 

 

 

 既に零時を回っていたが、町は子供が二人行方不明になったことで騒ぎになっていた。紫万たちが現れると、少年と少女のそれぞれの親が群衆の中から抜け出し、大声を張り上げながらすっ飛んできた。

 

 「どこ行ってたの!?バカ!!!心配したんだよ!!」

 

 「皆探し回ってたんだぞ!!」

 

 安心したのか、子供たちは泣き出す。

 

 

 「あんたたち一体何者なんだ。ええッ!?子供をこんな時間まで連れ回して!」

 

 町長らしき人物が随分とご立腹な様子で近づいてくる。

 

 「ええっと・・・俺たちは」

 

 そこまで言いかけて、紫万は面倒になった。鬼殺隊です、と言ったところで信用してもらえそうもない。樹の肩にポンと手を置いて、「樹くん、あとは頼んだ(キリッ)」とわざと低い声で言う。樹は「何をおおおう!」と小声で紫万を睨みつける。下手な小細工をしても話がややこしくなりそうなので、ここは正直に言うしかない。

 

 「私どもは、鬼狩りをしている鬼殺隊と申します」

 

 「は。鬼狩り!?」

 

 「お子さんたちが露深の谷で鬼に襲われていたので、救助し、こちらに連れて参りいました」

 

 ところどころ脚色できるのが、樹の持ち味でもある。

 

 「露深・・・」

 

 町長の顔色が変わった。樹はそれを見逃さない。

 

 「ご存知なのですか。谷のことを」

 

 「・・・」

 

 黙り込んでしまう。そこへ、無造作に長髪と髭を生やした男性が、それこそ鬼の形相で割り込んでくる。見たところ八十五以上で、仙人のような風貌だ。

 

 「お前たち、恐れ谷に入ったというのか!!」

 

 「はい、まぁ・・・」

 

 樹は狼狽える。

 

 「この罰当たりめ!!!なんということをしてくれたんじゃ!!」

 

 頭の後ろで手を組みながら、紫万が口を尖らせる。

 

 「こちとら、あんたらの子供助けてやったんだ。有難く思えっつーの」

 

 そもそも礼儀とか上下関係、敬老精神などというものは、彼の辞書にはない。愛生は紫万の背中に隠れ、顔だけひょっこり覗かせている。

 

 「あれは忌子によって呪われた谷じゃ!誰も近づいてはならん!口に出すのも憚られる!それに手を出すなどとは・・・この愚かな童ども!!」

 

 どうやら元集落の住民のようだ。谷から逃れ、長い間沈黙を守りつつ、平穏な暮らしを続けてきたというのに、禁忌を犯され激昂している。だがこの緊迫した事態を、紫万は全く意に介していない様子だ。

 

 「おい、愛生。何とか言ってやれ。めんどくせーわこのジジイ」

 

 (「ジジイ」発言に凍りつく樹)

 

 「何でボクが出てくるの」

 

 「社会勉強よ、社会勉強」

 

 「こ、こんなところで社会勉強とかしたくないよ」

 

 「何言ってんだオンメ。ジジイ一人説得できねェで男が廃るぞ」

 

 「そそ、そういう紫万くんだって全然説得してないじゃん・・・」

 

 風隊士の幼稚園児のような小競り合いが始まり、樹は頭を抱えてしまう。おい、お前らこんなことをしている場合じゃない。鬼殺隊の恥だぞ。

 

 

 「・・・谷をご存知ということは、元集落の方ですね」

 

 気を取り直して、冷静に尋く。

 

 「・・・そうじゃが?」

 

 「なるほど。ではあなた方は、谷の呪いからご自分の身を守るためなら、子供の命はどうなっても良いと言うのですか」

 

 今度は「ジジイ」が狼狽える。

 

 「・・・多少の犠牲は仕方なかろう」

 

 「『生贄』ですか」

 

 「・・・」

 

 本心を聞いたところで、樹はため息をつき、目を閉じる。

 

 「呪われるわけだ」

 

 辺りが静まり返る。

 

 「何だと!?」

 

 「・・・いいですか。あなた方が以前露深でなさっていた間引き、それが諸悪の根源なんだ。谷に捨てられた子供の魂が、この町の子供を呼び寄せている。このままでは、この町は集落と同じ道を辿ることになります」

 

 樹の視線が、今しがた一緒に谷から逃げてきた少年と少女に向けられる。

 

 「山を下り、ここでひっそりと生活されてきたようだが・・・過去から目を背けていられるのも限界かも知れない。放置された谷では呪いが成長しています。ゆくゆくはこの町を呑み込むでしょう」

 

 「では、どうしろと?」

 

 樹は後ろの槍嶽山を振り返る。

 

 「・・・私にもわかりません。でも今、鬼殺隊の精鋭がたった一人で谷の鬼と対峙している。あなた方の代わりに・・・露深の過去と向き合っているんだ」

 

 そこまで言うと、急に異変を感じて樹の表情が固まる。キーン・・・という金属音のような耳鳴りがし出し、琥珀色の目が空のある一点に釘付けとなった。

 

 槍嶽山の近くで煌々と照っていた青白い月が、突如血のごとく真っ赤に染まり出したのだ。月光によって照らし出された全てが、一瞬にして緋色と化す。町人たちは我を失った。その場で動けなくなる者、逃げ出す者、叫ぶ者。辺りは騒然となる。

 

 「祟りじゃ!忌子の祟りが起きるぞ!!」

 

 先ほどの元集落出身の老人が狂ったように喚き出す。あまりの突然の異変に、紫万と愛生は茫然自失となり、立ち尽くした。

 

 「樹!!」

 

 樹が頭を抱えて座り込む。強烈な頭痛が彼を襲ったのだ。誰かが自分を引き裂いて中に入ってくるかのごとく、耐え難い痛みに呻く。血流の音とともに、激しく脈打つ心音が頭に響いている。

 

 「おい、どうした!!」

 

 駆け寄ると、痙攣しながら肩で呼吸をしている。樹自身こんなことは今までになかっただけに動揺していた。目の奥がズキズキと痛み、手で両目を覆うと、映像が頭になだれ込んでくる。大きく見開いた子供の目だ。その映像が二度脳内で点滅した後、今度は暗闇となり、中から白い着物を着た老女らしき人が朧げに現れた。顔はよく見えないが、樹は何故かそれが母方の曾祖母だとすぐにわかった。

 

 「どうして、今・・・」

 

 何故自分の脳内に曾祖母が現れるのか分からず、混乱して呼びかける。

 

 「樹!どうしたってんだよ!」

 

 もはや意識が白濁しかけた次の瞬間、曾祖母の口元が見えた。何かを伝えようとしているが・・・

 

 ーーなんて言っているんだ、ひいおばあちゃんーー

 

 読唇術を試みるうちに、今度はその口元の動きにつられて自分の口が勝手に動き出す。息が詰まって声が出ず、苦しくて死にそうだ。

 

 「タ、カ・・・アッ」

 

 「樹くん!?」

 

 言葉ならぬ言葉が口から出ようとしている。紫万と愛生が必死に呼びかけ、自分を揺さぶっているが、そんな感覚すらもうない。次第に彼らの声が遠のいていく・・・。

 

 バタッ!

 

 突然、全身脱力したように樹が両手を膝に下ろした。そして天を仰ぎ見る。長めの前髪から見えた半開きの目はひどく虚で、口が開ききっていた。口内を噛み切っているのか、唇に血が滲んでいる。

 

 「タカキ・・カタへニ・・ゲヨ」

 

 発せられたのは、樹の声ではない。老女の声だった。樹を間に挟む紫万と愛生は、ただただ目を丸くし固まる。自分達も樹につられて口が全開になっていることに気づいていない。樹は硬直したまま、後ろに倒れた。

 

 「樹!!!」

 

 抱き止めるが、彼はもはや気を失っている。いくらゆすっても起きる気配なし。

 

 「どうなってんだチキショー」

 

 紫万は頭が真っ白になった。

 

 「おい、今なんつった!?今の樹じゃなかったよな!?」

 

 愛生は紫万の顔をじっと見つめて答える。

 

 「『高き方へ逃げよ』」

 

 「なにっ」

 

 「高いところへ逃げろってことじゃないか!?」

 

 「そうか・・・!」

 

 紫万はそばに立っている町長に呼びかける。

 

 「おい、おっさん!!この近辺で高台はあるか!?」

 

 「は?」

 

 「よく知ンねーけど、お告げがあったんだよ。こいつにババアがのりうつったんだ!」

 

 「高台ならあそこの千泉観音堂しかない」

 

 町長が東の方角の高みを指差す。畝る急な坂をいくつも経て、二百の石段を上がった先にある、古びた観音堂。参拝するには決して行きやすい場所ではないために、いつしか町人たちの足は遠のいていた。

 

 「よし、そこに逃げンぞ!住民に呼びかけろ!」

 

 その場にいた町人が大声で避難を呼びかけにいく。紫万と愛生も、樹を両手搬送しながら後に続いた。

 

 「ッたく・・・やってらんねーよクソが」

 

 ひとりゴチる紫万。自分たちが逃げようとしているなかで、一人谷に残してきた実弥が心配でならなくなった。あの時振り切ってでも駆けつけ、共闘すれば良かった。今頃どうしているだろう。もしや既に鬼に喰われているのではないか!?考え出したらきりがない。

 

 「無事でいてくれ・・・頼む」

 

 祈るしかなかった。




[三人の隊士のプロフィール]

玖波樹(くば いつき)
水の呼吸の隊士 牡羊座のAB型
母方が霊能力者の家系、青森県むつ市を起源とする。先祖代々イタコとして活躍。特に曾祖母の霊能力はずば抜けていた。
名前の由来はイタコの語源がイツキであることによる。 第六感の持ち主。大抵は相手の考えていることを瞬時に見抜き、先々の危険もいち早く察知する。冷静沈着な策士。将来を有望されている水呼吸のホープ。
長身で灰青のセミロング、涼しげな琥珀色に輝く瞳を持つ。気品のある顔立ちでエレガントな佇まい。

箕星紫万(みのぼし しもん)
風の呼吸の隊士 射手座のB型
鬼殺隊史上最悪の問題児と言われる。所謂不良。遅刻魔、サボり魔、口悪いテキトー人間。喧嘩に滅法強い。鬼殺隊に入隊後もかなり荒れ、除名寸前までいく。根は優しい。別称「アホ隊士」、「縦社会の破壊者」。
複雑な家庭事情により家出をし、街で何人もボコっていたところを鬼殺隊にスカウトされる。
趣味は料理、釣り、道草、悪戯など。実は女子力高かったりして。
既成概念にとらわれない自由人。常識、約束事は破るためにある。
信じた人、心を許した人にはとことんついていく。
あどけない少年のような顔立ちだが、初々しさがなく、ギラついた目で野生的。はしっこく、相手を振り回すのが大好き。
ちょっぴりビビりな面も。 特にオバケは嫌い。
ワケあって風柱邸に住み込み修行中。プライベートでは風柱のことを親しみを込めて「さーやん」と呼んでいる。

城ノ上愛生(じょうのうえ うい)
風の呼吸の隊士 山羊座のO型
内向的で人付き合いが苦手。ぼそぼそした喋り方で何をするにもおっかなびっくり。気弱で鬱病気質。
しかし一度決めたことは一心不乱にやり遂げようとするド根性の持ち主。また観察眼が鋭く、本質をよく見抜く。ピンチの時に持ち前の集中力と忍耐力を発揮。
科学的知識や技術に通暁し、手先も器用。特に薬学に興味あり。任務にはコンパクトな救急バックを携帯。(彼の懐は四次元ポケットで色々なものが出てくるらしい)
情報収集や分析が得意。図鑑とか読むの好き。
鬼殺隊に入隊後も人と目を合わせることができず、いじめっ子に絡まれていたところを紫万に助けられる。以後彼と信頼関係を築き、互いに切磋琢磨。紫万の背中に隠れると落ち着く。
陰鬱な外見だが、長めの前髪から覗く目は優しく、ナイーブで穏やか。
ワケあって風柱邸に住み込み修行中。風柱のことを「さーやんさん」、「さーやん」と呼び、次第に心を開いていく。
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