DQ5 花、ふりしきり   作:越路遼介

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第三話 双子

 ラインハットはあれから平和であった。凡庸であった国王のデールも兄ヘンリーの補佐を得て、徐々に名君として変貌しつつあった。

 また、デールは妻を娶らなかった。かつて兄ヘンリーと弟である自分が王位継承問題の修羅場に巻き込まれた辛い経験。これを兄の息子、デールにとっては甥にあたるコリンズに味わわせたくは無かったのだろう。

 とはいえ、彼も男盛りを迎えている人の子。何人かの愛妾は側に置いていたようだ。しかし決して子を成そうとはしなかったらしい。

 

 メルは献身的にマリアとヘンリーに仕えた。マリアも彼女を重用し、公私ともに悩みができた時は相談した。まるで本当の姉妹のようだと、横で見ているヘンリーはよく思っている。

 レンは十六歳となっていた。今ではラインハット三指に入るほどの槍の名手であり、王立学院も優秀な成績で卒業した。

 現在は王国騎士団の騎士となり国中の若い娘のあこがれの的でもある。彼は母親自慢の息子となった。

 

 そんな平和な日常が続いているある秋の日、国王デールと宰相ヘンリーに目通りを願う四人の主従が来た。一人は緑色の鎧を纏う若き騎士、もう一人は全身に皮の鎧を纏う太目の男。残る二人はまだ十歳にも満たない男の子と女の子の双子である。

 目通りを願う者は多々いるが、この日に訪れたこの旅人たちは事情が違った。ヘンリーが男の子の背負っていた剣を見た途端に顔色を変えたのだ。当初は謁見の間にての目通りだったが、急きょ、応接間に通されマリアも呼び出された。

 目通りの儀でヘンリーが妻マリアを呼び出すのは異例な事であるからマリアもその四人に何か秘密があると直感した。

 自室でメルと談笑していたマリアは呼び出しの知らせを伝えに来た者に答えた。

「わかりました。すぐに伺いますわ。メル、しばらくしたらお茶をお持ちして」

「かしこまりました」

 マリアはスタスタと応接間に向かい歩いていった。

「大切なお客様のようね。良いお茶とお菓子を選ばなくちゃ」

 

「お初にお目にかかります。私はサンチョ。グランバニア王に仕えし者です」

「同じくグランバニア騎士団にて騎士団小隊長を務めておりますピピンと申します」

「王女のポピレアです」

「王子のティムアルです」

 ヘンリーはこの日初めて知った。親友リュカもまた王であったこと。あの日サラボナで結ばれたビアンカと云う女性と双子を成したと云うこと。そして何より衝撃的なことはリュカが愛妻ビアンカと共に行方不明と云うことであった。

「では…もう七年も?」

「左様でございます、宰相閣下。我らも国を上げて捜索したのですが手がかり一つ得られずの有様でございます」

 サンチョはヘンリーに答えた。サンチョは正直に言うとラインハットにあまり良い印象は持っていなかった。かつて主人パパスとリュカの帰りを待つべくサンタローズにいた時、ラインハットの軍がパパスをヘンリー王子誘拐の犯人と決めつけ町に攻め、罪の無い人々を殺して町を廃墟にしたからである。命からがら逃げた彼は、それ以来、ラインハットを毛嫌いしていた。

 しかし、ヘンリー帰還後のラインハットは様相を変え、今では国内外に善政を敷いている。サンチョは過去の経緯は忘れ、主君の友に協力を仰ごうと思ったのである。

 

「いいでしょう。他ならぬリュカ殿のこと。我が国も総力を上げて捜索を開始いたします」

 快くデールは了承した。しかしヘンリーは弟を諌めた。

「陛下、この問題はリュカ、いやリュカ殿個人を探せば済む問題ではございません。ビアンカ殿を拉致したのは聞けばあのゲマ一党。あの光の教団が絡んでいるのは明白です。ラインハット全軍を上げてリュカ殿、ビアンカ殿の捜索救出に動けば我が国も光の教団と敵対関係となるのは必定。おいそれと引き受けられませぬ」

 

 この諌言はデールにとって意外であった。リュカはヘンリーの親友。共に奴隷となっていた時代には刎頚の友として誓い合った仲なのだ。それがリュカを探し出すことに反対意見を述べたのだ。

「何を言うのですか宰相! 他の人物ならいざ知らず、リュカ殿を捜索救出するのですぞ。この国はリュカ殿に救われた国。何の手も打たないのは忘恩の徒の所業でしょう」

 ヘンリーは目をつぶり、無念そうに言葉を吐いた。

「…陛下はあの教団の恐ろしさをご存じないから言えるのです。教祖イブールはもとより、幹部であるゲマやラマダも人智の及ばない強さなのです。戦えば必ず負けます。せっかくここまで復興した我が国を再び戦火にさらすことは臣として賛同できません」

「し、しかし…!!」

 デール、そしてマリアも分かっていた。本当はヘンリーこそが一番に友を探しに行き、助けたいと願っていることを。だが母国ラインハットのことを第一に考えるとそれは許されない。サンチョもピピンもそれは理解できることであった。応接間に沈黙が流れた。

 

「おじさん…」

 ティムアルがヘンリーに話し掛けた。

「な、何かね?」

(おじさん…?)

「おじさんはお父さんと親友なんでしょ? お父さんてどんな人なの?」

「ん? そうだなあ…とにかく強い男だよ。そしてとても優しい男だ」

 嬉しそうにヘンリーは親友の息子にその父親のことを語った。

「そうか…やっぱりお父さんも強いんだ!」

「それはそうよ! 私たちのパパなんだもの!!」

 ヘンリーの言葉を聞くと双子は歓喜した。以前から王家の者でない人間に父のことを一度聞いてみたかったのだ。どうやら双子も幼いながら、かなり腕に覚えがあるようだ。だがヘンリーはここで心を鬼にして双子に釘を刺した。

「しかし…その強さを持っても敵の術中にハマッてしまった…」

「え?」

 厳しい目をしているヘンリーに一同はとまどった。

「君たちのお母さん。ビアンカ殿も火炎呪文を自由に操り、剣術や鞭術も長けていたと云う。でも負けてしまった」

「おじさん…どうしてそんなこと言うの…」

 ティムアルとポピレアは泣きそうになっていた。サンチョとピピンは少し慌てている。デールとマリアもヘンリーを止めようとするが、彼は聞かない。

「ティムアル君、君は天空の剣を抜けるそうだね。これから君は勇者として、いずれ父や母を越えるほどの力を持つだろう。ポピレアお嬢さんにもその資質はあるように見られる。だが決して自分の力に驕り、間違った選択はしてはならない。敵わない敵と出会ったら迷わず逃げなさい」

 まるでリュカがヘンリーの口を借りて双子を諭しているようだった。ヘンリーはさらに続けた。

「昔から『可を見て進み、難きを知りて退く』とある。有利と見たら進み、不利と見たら退くと云う、ごく当たり前のことだが、勝算もなくやみくもに突っ込んでいくのが勇気であるとみなし、撤退することをもって臆病とそしるのは大間違いなのだ。『可を見て進み、難きを知りて退く』を知る者こそが本当の勇者なのだ。それを決して忘れてはいけない。いいね」

 ヘンリーのこの気持ちは双子に真っ直ぐに伝わった。

「ありがとうございます、おじさま…。何かパパに言われているみたい…」

「そうか…光栄だ…」

 優しい顔のヘンリーに戻った。マリアは何か惚れ直したように自分の主人を見ていた。また先ほどとは違う沈黙が応接間に流れた。

「…コホン、しかし宰相。グランバニアとは友好を結びたいと以前から考えておりました。ですから今回のサンチョ殿の願いを全く聞き入れないのはあまりにも薄情と云うもの。少数、しかも精鋭を教団に悟られない程度に探索に当たらせましょう」

 ヘンリーはうなずいた。

「それならば良いでしょう。いかがかなサンチョ殿」

「ハイ、ありがとうございます」

 と、話がまとまったころだった。

 

 コンコン。

 

 ドアをノックする音がした。

「失礼いたします」

 メルがお茶と菓子を持って応接間に来た。目が少し潤んでおりお茶を乗せていたトレイには涙とも思えるしずくが落ちていた。ヘンリーだけがそれに気づいた。お茶を各々に出しているメルにヘンリーは小声で言った。

「メル、今のこと決してレンには言ってはならん。捜索活動にはヤツは入れない。どういう意味か分かるな」

 メルはギクリとしたように肩を震わせた。ヘンリーの危惧していることはメルにも理解できた。大恩があり、今なおリュカを尊敬してやまないレンが行方不明となったリュカを探す旅に出たら、きっと命も顧みずに捜索に当たる。時には勝手な行動も取るだろう。リュカを思慕しているからこそ、レンが優秀な騎士とは云えこの任は危険だとヘンリーは考えたのだ。

「宰相閣下のお言葉のままに…」

(そうだ…。あの子がこのことを知ったら命がけでリュカ様を…)

 

一通りお茶を配るとメルは応接間を出て行った。そして深いため息をつく。

「リュカ様が行方不明だなんて…私には何も出来ないのだろうか…。それにしてもティムアルと云う王子様。リュカ様と目が似ておられるわ」

 

「秘密裏に事を起こさなくてはならぬゆえ、申し訳ないことに歓迎の宴は見送らせていただきます。とはいえ今日はお疲れでしょう。本日は城でゆっくりと休まれるが良いでしょう」

 そういうとデールはマリアの方を見た。マリアもうなずいた。

「ではお部屋にご案内いたします。どうぞこちらに」

 グランバニアの一同はマリアに促され応接間を後にした。後にはヘンリーとデールの兄弟が残り、少し冷めかけた茶をデールは一気に飲み干した。

 

「兄上…あんな辛いことを言わせてしまい申し訳ございません…。私も少し思慮が足らなかったようです」

「いや、あれでいい。俺たち二人が反対したら救われないだろう」

 微笑みながらソファーからヘンリーは立ち上がった。

「しかし…行方不明とはな…。あんな可愛い双子を置いたままで…」

「でもまさか…リュカ殿が探してやまなかった勇者が自分の息子だなんて皮肉な話です」

 窓から城下町の風景を眺めているヘンリーは苦笑いを浮かべた。

「パパス殿にも見せてやりたかったな…。あの頼もしい孫を…。パパス殿、リュカ、そしてティムアルの三代が歩を揃えて戦えていればイブールなど一蹴であろうに…」

 ヘンリーは自分の目の前で死んでいった親友の父の最期を思い出し、涙を浮かべていた。かつてパパスに叩かれた左頬を撫でる。

「パパス殿…。必ずリュカを救い出します」

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