その晩のこと、城下の自宅でレンは母のメルと共に食事をしていた。しかしレンのフォークは進んでいなかった。メルはレンに訊ねた。
「どうしたの? 今日の料理、口に合わないかしら」
「いや違うんだ…。ちょっと今日城で気になることを聞いて…」
「気になること?」
レンはフォークを置いた。
「かあさん…。リュカ様が行方不明って本当かい?」
内緒にしておこうと周りが思えば思うほど、その本人の耳に入ってしまうものだ。メルも少なからず恐れていたことが、あまりにも早く来てしまった。
「俺、聞いたんだ…。リュカ様が実はグランバニアの王様だってこと…。そして数年前、光の教団の賊徒、馬魔ジャミとの戦いから行方が知れないってことをさ…」
「レン…」
ここまで知られているからにはもう隠しことはできない。メルはヘンリーの逆鱗に触れることを覚悟して今日、応接間で話されていた内容を息子に話した。
「かあさん…俺、捜索に志願しようと思う。きっとリュカ様は光の教団の悪辣な奸計によってどこかに監禁されているのだと思う。必ず探し出し助けたい。今度は僕たちがリュカ様を助ける番じゃないか」
できることならメルは反対したかった。捜索の旅に行かせたくなかった。しかし自分が止めることによってレンが思うことを曲げることはもっと嫌であった。母親の心配ごときで息子の決意を邪魔してはいけない。そう思った。
「行きなさい。そう、今度は私たちがリュカ様を助けなくちゃね」
母親が賛成してくれてレンは嬉しかった。胸の支えが取れたのだろう。レンは母の料理を美味しそうに食べ出した。
翌日の早朝、騎士団の点呼のあとにレンはヘンリーに目通りを申し出た。ヘンリーはそれを許可し、自分の執務室に来るように伝えた。ドアの前で敬礼の姿勢を執りながらレンは堂々と名乗る。
「第三騎士団第二小隊所属レン、入ります!!」
「入れ」
「ハッ!」
レンがヘンリーの執務室に入ってきた。机に向かっていたヘンリーはレンをジロリと見て、今まで走らせていた羽ペンを筆立てに刺した。
「何の用だ?」
「ハッ、グランバニア王の捜索救出活動の担当者に私の名を入れてもらいたく思い参上いたしました」
「……」
ヘンリーの顔色をレンは読み取り、とっさに言った。
「は、母は私に何も言ってはおりません! 私は地獄耳なのです!!」
思わずヘンリーは吹き出した。
「そうか。ならメルは咎めまい」
ホッとした顔のレンを見つめ、ヘンリーは訊ねた。
「レン、お前いくつになった?」
「はい、今年で十六になります」
「…俺とリュカが革命をやらかした当時とほぼ同じ歳になったわけか。あのヨゴレが立派にもなるわな。ふふ、俺も歳を取るわけだ」
そういうとヘンリーはさっきまで自分が書いていた書簡を取った。
「レン、お前には別の仕事がある。捜索活動は認められないな」
「そ、そんな! お願いします閣下! 私や母はリュカ様に大恩が!」
「最後まで聞け!ったく…。俺はまだ朝飯食ってねえんだからスキっ腹に響くようなデケェ声出すな」
そしてラインハットの紋章の入った書簡をレンに見せた。
「レンよ、ラインハット宰相のヘンリーが命じる。グランバニア一行に俺の名代として共に行動せよ。そしてグランバニアの王子と王女を守れ。俺の親友の子供たちを守るのだ!」
たちまちレンの顔がパァと明るくなった。ヘンリーがこれほど自分を信頼してくれていることも、リュカの子供たちと共に旅ができることもレンの胸を熱くさせた。
感極まって涙が出てくるほどレンは嬉しく、かしずいてヘンリーから書簡を受け取った。
「ありがたき幸せにございます」
レンが目通りを願ってきたことで、ヘンリーは彼が事の詳細を知ってしまったことを察した。ヘンリーはレンの身を案じ、当初は彼の願いを突っぱねるつもりであったが、突っぱねたら突っぱねたで彼は無断で行ってしまうかもしれない。主君の命に背いてでも彼は城を出て行くかもしれない。
いや確実にそうするだろう。それほどにレンがリュカを敬愛する気持ちは強い。結果が同じなら快く送り出してやろうとヘンリーは腹を括った。すぐさまサンチョにレンの随伴を願い出た。ただ捜索するのではなく、リュカの王子と王女と行動を共にした方が双方にとっても良いことだとヘンリーは考えたのだ。
「グランバニア一行にお前のことは話しておいた。これからはリュカの子供たちがお前の主君だ。頼んだぞ」
「ハッ」
レンは書簡を大事そうに握った。またヘンリーは破邪の剣をレンに贈った。ヘンリーがレンに寄せる期待が十分に知れる。
メルは人づてにこのことを聞いた。聞かせた本人はメルが喜ぶと思い話を聞かせたのだが、メルの態度は違った。泣き崩れたのだ。そして心の底から彼女は言った。
「ああ…あの子は…レンはもう生きて戻らない…」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
レンがグランバニアのパーティーに加わり、早や半年が経とうとしていた。このころになるとレンは王子ティムアルをティミー様、王女ポピレアをポピー様と双子が国で呼ばれている愛称を親しみ込めて呼んでいた。
レンは双子に色々なことを教えた。野宿の仕方、馬の乗り方、剣に頼らぬ組打ち術、そして学問と様々である。双子は王子王女と崇められ少し我が儘に育ち、世の中や大人を甘く見ている節があった。サンチョやピピンにしてもまるで蝶よ花よと双子に接する部分が多かった。
リュカと共に旅をしていたスライムナイトのピエールはティミーの剣の師で、魔法使いのマーリンはポピーの魔法の師である。今も彼らはパーティーに加わりレンと共に旅をしているが、すでに双子は彼らを越え、もはや二人の教えでは双子にこれ以上の上達はありえない。双子もそれを知っているのだろう。年長の仲間を軽視する傾向があった。
しかし現時点ではレンはキラーパンサーのプックルを除けば双子より格段に強い。
だからレンは双子に物事を教えるときは厳しかった。
食事においてもフォークの持ち方がダメなら怒鳴りつけ、食べ物を粗末に扱うとゲンコツを飛ばした。主君と見ていてもダメなものはダメと時にはサンチョが戸惑うほどに双子に厳しく接した。そしていざ戦闘が始まると双子を命がけで守った。
これはレンが『自分はヘンリー様の名代なのだ』と云う意思を強く持っていたからであろう。
パーティーに加わった当時には双子や他の仲間たちに疎まれたレンだが、やがて命を賭けて双子を守ろうとしている彼の姿勢は徐々に仲間たちにも伝わり、今ではパーティーに欠かせない若者となっていた。
そして今日も、ある町で宿泊したレンは双子に兵法の講義を開いていた。サンチョやピピンは情報収集に町を歩き回っていて留守である。
「彼を知り、己を知らば、百戦して殆うからず、と云います。まず敵を十分に知ってから戦うことができれば百戦しても負けないと云う意味ですが、百戦して百勝するのもあまり褒められたものではありません。それは少なからずこちらも損害を受け敵方にも憎悪を残すからです。最大の良策は戦わぬこと。味方につけること。これこそがお父上リュカ様の執ってこられた方法ではないでしょうか」
「でもレン兄さま、敵をよく知らなくても、どうしても戦わなければならない時はどうするの?」
ポピーの質問にレンは微笑む。
「それはヘンリー様が言ったとおりにすれば良いのです。有利と思えば戦い、不利と思えば逃げる。しかしそれでも戦わなければならない時は決して勝手な行動は取らず作戦を定め、法則にのっとり戦うことです」
「法則?」
「そう、戦いは千変万化しようとも一定の規律を保つものです。直接攻撃、特技攻撃、攻撃呪文、補助呪文、回復呪文これが一つの和になって敵に当たるのです。だから日ごろから自分の力量と役割を掴んでおくことが大事なのです。バラバラでは勝てません。この和の法則に従って戦うことが敵に当たる基本です」
「レン兄さまのお話は勉強になります。…て、ティミー、アンタ分かったの?」
ティミーには少し難しい話だったようだ。頭を抱えている。レンは苦笑いした。
「まあ、強い敵とどうしても戦わなければならない時は、みんなで力を合わせなきゃダメってことですよ」
「ああ! それなら分かるよ!!」
三人は一斉に吹き出した。
昼間の旅と夜のレンの講義による頭の運動で疲れたのか、双子はサンチョとピピンが戻る頃には眠っていた。その寝顔をサンチョは嬉しそうに見つめていた。
「ああ、この寝顔を見ると疲れなど飛んでいってしまいます」
そして起こさないよう寝室を出た。部屋の居間にはソファーに座り剣の手入れをしているレンとグランバニアにいる母に手紙を書いているピピンがいる。
仲間のモンスターたちは別の部屋でもう眠っているようだ。耳をすませばプックルのいびきが聞こえてくる。
「サンチョ殿、失礼ですが細君は?」
剣をさやに収めながらレンはサンチョに訊ねた。
「いえ、私は独り者ですよ。王家三代に仕えるのに夢中でいつの間にか妻も娶らないままこの歳になってしまいましたよ」
苦笑するサンチョだが、今までの付き合いでサンチョはとても人間味が豊かな人物とレンは思っていた。その気になれば美人な嫁さんだってもらえそうな感じがした。
「ところで町でいい情報は?」
「だめだね。陛下と王妃がジャミによって石像にされてしまったと分かったところまでは良いが、その石像がどこにあり、かつ石化を解くのはどうしたら良いかと云う肝心かなめの情報はこの町にはなかったよ…」
ピピンが肩を落としながらレンに言った。
「…今まで言うのを少し迷っていたのですが…」
レンが何やら意味ありげな発言をするとピピンは手紙を書く筆を止め、サンチョもレンを見た。
「オラクルベリーに行ってみませんか?」
「オラクルベリー? 確かラインハットのはるか南方に位置する町ですね?」
サンチョは地名と場所を確認するかのようにレンに聞いた。レンはうなずいた。
「オラクルベリーはカジノや娼館もあって子供たちに少し教育上良くないのですが、会う価値のある人物がいます」
「人物?」
「はい、占いババです。冒険者の指針を占わせればおそらくは世界一の老婆です」
サンチョとピピンの顔がパアと明るくなった。そんな人物がいたとは知らなかったからだ。主君にたどり着く光が二人に差したようだった。
「そ、そんな良い情報をどうして今まで黙っていたのです?」
サンチョは膨れた顔をさらに膨らませて言った。
「いや…はたして占いでリュカ様の居所が判明するか分かりませんし、偽情報をつかまされて時間を消費したら本末転倒ですから…」
「ううむ…」
サンチョとピピンは顔を見合わせた。レンの危惧はもっともである。
「しかし、国の友人に手紙を書いて占いババの人となりを調べてもらいました。占いの的中率は八割強。決していいかげんな占いを出す人ではないと云うことです。占いババの人物が分かるまではお二人に提言はできなかったのです。あとちょっとお金を取られますが…」
「何の、お金で貴重な情報を得られるのなら安いものです。さっそく翌日に発ちましょう」
サンチョが言うとピピンもうなずいた。
翌日の夕方、グランバニア一行はオラクルベリーに着いた。宿に荷物を置くとその足で占いババが店を構えている路地裏へと行った。
占いババはもう九十歳は越えていそうな老婆である。しかし眼光の鋭さたるやプックルにも劣らない。老婆は双子をジロリと見ると低く笑い出した。
「ふぉっふぉっ そうかお前たちはあのリュカ坊の子供だね?」
名乗らないうちから老婆は双子の正体を見抜いた。一同に改めて老婆の凄さが伝わった。
「で? 私に何を占って欲しいのだね?」
サンチョは老婆の前にズイッと歩み寄った。
「我が主君は今、石像にされてしまっているのです。その石像の場所と石化を解く方法を教えて下さい」
「ほお、リュカ坊は石になっておるのか。どうりでしばらく見えんと思ったわい」
そういうと老婆は目の前の水晶玉に祈りだした。
「ほんにゃらほんにゅらほんにょら~、ふんぎゃらぴい~」
ティミーはあまりに滑稽な祈りの呪文に吹き出した。ポピーに肘鉄を食らい笑いを止めたが口元はピクピクしている。ポピーも何か笑いを堪えているようだ。
「よし…わかったぞ。リュカ坊は小さい孤島におるね。羽振りの良い商人の邸宅前に立たされているよ」
グランバニア一行に歓喜にも似た声が湧いた。だがレンは冷静に老婆に訊ねた。
「孤島と云うとどのあたりでしょうか」
「そこまでは分からんが、この世界には孤島は三つしかない。グランバニア南東、山奥の村の真北、テルパドールの北東。そのいずれかではないかの…」
レンは一行に振り返りガッツポーズにも似た格好を取った。やはりここに来たのは正解だった。サンチョとピピンはレンと彼を派遣してくれたヘンリーに心の底から感謝した。
「おばあさま! そしてお父さんの石化を解く方法は!?」
「まあそう急くでない。今見てやるからの…」
そういうと老婆はまたユニークな呪文をつぶやき…
「ううむ…」
「いかがなされました?」
サンチョに一瞬不安がよぎった。
「リュカ坊の石化を解くには杖がいるね…その杖の名前は…」
老婆はさらに水晶玉に向かい念じ続けた。
「…ス…ト…ロス…ストロスの杖と云うのが必要のようだね。幸いにそこのお嬢ちゃんが使えるようじゃ」
「私に? やったあ!!」
「『邪悪な石の封印を解け』こう言いながらリュカ坊にかざせばええ」
「わかりました!!」
ポピーとティミーは飛び上がるほどの嬉しがりようだ。町のはずれの裏路地なのに中央のカジノの方まで双子の歓喜の叫びは聞こえるのではなかろうか。
「で、そのストロスの杖のありかは?」
再びレンが肝心なことを訊ねた。サンチョやピピンも双子と一緒で喜びのあまりにそれどころでは無いらしい。
「まあ待て。今やっておる…」
またまた老婆はキテレツな呪詛を吐いた。
「…レ…ヌー……ル」
「レヌール?」
「アルカパの北にあるかつての王国じゃ。その城の地下深くに封印されておるようじゃな」
冷静を取り戻したサンチョがレンの肩を叩いた。
「レン殿、レヌール城なら私が存じております。大丈夫です」
幼き日のリュカがビアンカと共に幽霊退治に赴いた古城だ。サンチョはリュカとビアンカ両方から、その時のドキドキワクワクとの大冒険の様を聞かされている。
一通り望みのことは聞き終え、そして満足な結果を得られ一行は喜びに震えていた。すべてが一つの線で繋がったのだ。
だが残念なことにビアンカの情報は得られなかった。ビアンカのことをどれだけ水晶玉で探っても彼女が何がしの結界で塞がられているのか、水晶玉に答えは出なかった。
しかし、今はリュカを救出する方法が得られただけでも上々である。一同は満足であった。
「ありがとうございます。助かりました。で占い料はいかほどでしょう?」
「ふぉっふぉっ いらぬよ」
「いや、そんなわけには」
老婆は人差し指を立ててサンチョの鼻っ先に向けた。
「リュカ坊を助けたらここに連れてくるのじゃ」
サンチョはキョトンとした顔をした。
「へ、陛下をここに?」
老婆は顔をポッと赤くした。
「じ、実はわしゃあリュカ坊に惚れておるのでのう…」
「「はあ?」」
グランバニア一行は老婆の言葉を聞き違えたのかと思った。
「わしの若い頃にもあれだけの男はおらなんだ。今わしが若かったらきっとリュカ坊と燃えるような恋をしていたじゃろう。何せ若い頃のわしゃあビアンカとか云う小娘より百倍は美しかった。分かるじゃろ?」
分からないと一同はとても言えなかった。
「…何じゃ疑っておるな?」
サンチョが慌てて取り繕った。
「いいえ! 分かりますよ! 若き頃は我が国の王妃よりも美しいお方だったともうすぐに分かりましたよ! ねえみなさん!!」
急にふられた他の一同は引きつった笑顔でうなずいた。
「証拠を見せてやるわい! 見ろ! これがわしの若い頃の絵姿じゃ!!」
老婆の若い頃の絵姿は水晶玉を持っている姿勢で、顔立ちも美しかった。鮮やかな水色の髪が腰まで伸び、オレンジ色の法衣を身にまとう姿は神秘的にさえ思えた。
「お美しい方だったのですね…」
レンはボソリとつぶやいた。その言葉を聞くと老婆はレンをジッと見つめた。
「お前も中々の美形じゃのう。きっとわしの若い頃に会っていたら恋に落ちたじゃろうて。何せわしゃあビアンカとか云う小娘より二百倍は美しかったからのう」
「数が増えているね…」
シッとピピンはティミーに向かい人差し指を口に当てた。
「とにかく、リュカ坊を助けたらわしの元に連れてくるのじゃ。それが占い料じゃぞ。忘れたら針千本飲ますぞ。ふぉっふぉっ」
裏路地を出てきた一行は少し疲れ気味となっていた。しばらく占いババの若い頃の恋物語を延々に聞かされたからだ。
「ふう、やっと解放されましたね…」
双子はさきほどのはしゃぎ疲れと退屈な話の連続でよほど参ったのだろう。あくびをしている。サンチョもホッとした顔だった。レンは苦笑した。
「しかしリュカ様は女性におモテになられますね…それも年上の人に…」
「まあ王妃も陛下より二つ年上だからな」
ピピンはレンがビアンカを指して言ったのかと思ったようだが、レンの言葉は違う女性を指していた。自分の母、メルのことを言っていたのである。
レンは知っていた。母のメルが今でもリュカに恋心を抱いていることを。