グランバニア一行はアルカパに到着した。双子の母親であるビアンカ、彼女の両親が以前に経営していた宿に泊まった。ティミーとポピーは母親が生まれた家に訪れることが出来て嬉しそうだった。
そして翌朝、町で準備を整えたあとレヌール城に向かった。
「レヌール城。ここは陛下や王妃にも因縁がございましてな。まだお二人がティミー様やポピー様と歳が同じ頃ここで冒険をなさったのです」
レヌール城に向かう馬車の中、サンチョは一同に語りだした。特に双子は興味深く聞いていた。
「いじめっ子からプックルを助けるために、ここを根城に悪いことをしていたゴーストをお二人で退治なさって、我々大人もその勇気と行動力には舌を巻いたものでした」
ウットリとリュカとビアンカの武勇伝を話すサンチョ。彼は本当にリュカとビアンカが好きなようだ。
その時、馬車が止まった。
御者をしていたのはレンだが、レヌール城の前に来るとラインハットの鎧を着た兵士が馬車に歩み寄ってきたのである。
「レン!」
彼を呼ぶ兵士はレンよりは年長だが騎士になったのは同期であり親しい友人でもある若者であった。
名はゲイツと云った。彼はデールにリュカ捜索救出の命令を受けた騎士の一人であった。彼も情報収集の末、このレヌール城地下深くに封印されていると云う『ストロスの杖』にたどり着いたのである。
「ゲイツ。君もここにたどり着いたのか。さすがだな。で、杖は?」
ゲイツは両手を広げながら首を振った。
「強力なバリアの中に封印されちまっている。手も足も出ねえよ」
「そうか…」
レンは肩を落とした。グランバニア一行はすでに馬車を降りていた。ゲイツはティミーとポピーを見ると急ぎひざまずいた。他国の王子王女とは云え礼を執るのはラインハット騎士のたしなみである。
サンチョはゲイツの手を取った。
「ゲイツさん…でしたね。詳しく状況を説明していただけませんか」
「見ていただいたほうが早いでしょう。私がご案内いたします。モンスターも少し棲みついているようですが、脆弱な連中ばかり。私とレンが露払いいたしますれば、安心してついてきて下さい」
ゲイツの案内のもと、レヌール城の地下深くに一行は進んでいった。モンスターも出るには出るが、ドラキーや首長イタチ、おおねずみ等のザコモンスターでありレンやゲイツの敵ではなかった。
「レヌール城にそれほど深い地下室があるとは知りませんでしたね…」
薄暗い城の中を歩きながらサンチョがつぶやいた。かつて、この城を探検したリュカとビアンカも地下階があることは知らないことだろう。
「まあ、私も見つけたのは偶然でしたが…」
ゲイツもストロスの杖がレヌール城にあることは掴んでいた。しかし手に入れたレヌール城の図面には地下一階から地上八階までしか記されておらず、くまなく城内を探しても杖は見つからなかった。だが幸運にも一階の教会跡にあった神父の机の下。ここに隠し階段があるのを見つけたという。ここからさらに深い地下室へと直通で行ける。
「階段が急ですから気をつけてください」
たいまつをかざしながらゲイツは一行に注意を促した。やがて最下層にたどり着いた一行は奥の方に神々しい光を見つけた。
「これがストロスの杖…」
ポピーは感慨深く言った。しかし一行がストロスの杖が置いてある室内に踏み入れたその瞬間、紫色の光のバリアが床一面から放たれ一行を塞いだ。まるで業火のように一行に立ち塞がるバリアに一行は歯ぎしりをした。
「わずか3メートル先に杖はあるのに!」
ゲイツは服の一部を破り、バリアの中に放った。ジュッ! と一瞬で燃え尽きてしまった。
またゲイツは自分の持っている鉄の長槍で杖をひっかけて取る仕草を一行に見せるが、長槍が紫のバリアに入った途端にストロスの杖の前にカベができてしまった。要はズルをせずに自分の足で取りに来いと杖は言っている。
「これでお分かりでしょう。私がストロスの杖を取れなかった理由が」
一行は嫌でも納得するしかない。
「一度城を出ましょう。何とかこの封印を解く術を考えなければ…」
ゲイツは一行に引き返すことを勧めたが、目の前に父親の石化を解く道具があるのに簡単にあきらめるわけにもいかない双子は言うことを聞かない。
「私がキメラの翼でオラクルベリーに行き、占いババにストロスの封印を解く術を聞いてきましょう。だからとりあえず今は城を出ましょう」
レンが双子を諌める。双子はしぶしぶレンの言葉に従い城を出てアルカパへと引き返した。双子とサンチョたちが宿に入るのを見届けたあとレンはキメラの翼を使い、すぐにオラクルベリーへと飛んでいった。
そしてその夜、レンは何やら買出しでもしたのか荷物一杯にして帰ってきた。サンチョは驚いてレンに訊ねた。
「どうなれたのです。その荷物は?」
「いえ、ちょっと…ところで王子様たちは?」
「もうお休みになられた」
ピピンと一緒にカードゲームに興じていたゲイツが短く答えた。ピピンは劣勢だったのかこれ幸いとカードを放りレンに訊ねた。
「で、レン殿。占いで何か分かりましたか?」
レンは床に荷物を置き、そして首を振った。
「ビアンカ王妃と同じ現象が水晶玉に出ました。よほど強い封印なのでしょう。さすがの占いババもお手上げでした」
「そうですか…」
ピピンはガックリと肩を落とし、ゲイツもカードを放りため息をついた。
「しかし手をこまねいているわけにも行きますまい。あの杖が無ければ陛下は助けられないのですから。レヌール城の四階と五階には本棚がありました。その中の書籍に封印を解く方法が記されているかもしれません。結構な本の数でしたが明日みんなで調べましょう」
サンチョの言葉に一同はうなずいた。
「私は細かい字を読んでいると眠くなるのですが…」
ピピンは一同に聞こえない程度の小声でグチをこぼした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夜もふけ、日付が変わったころであった。
「サンチョ殿、サンチョ殿!!」
ピピンがサンチョをゆすり起こした。
「う~ん…どうされたのです?」
「レン殿がおりません」
「え?」
その声でゲイツも起きてきた。
「レンが?」
ピピン、ゲイツ、サンチョは宿の中を探し終えたあとに外に出てみると馬車につなげておいた馬がいない。
「レンのヤツ、馬で……ハッ!?」
「どうされたゲイツ殿?」
引きつった顔でゲイツはサンチョを見た。
「あいつ…レヌール城に行ったんだ!」
そういえば彼がオラクルベリーから帰ってきたときに持ち帰った荷物袋も無くなっていた。
「ひ、ひとりでレヌール城に?」
ピピンが驚きの声を上げたころ、双子も宿から出てきた。
「どうしたの?」
ティミーは眠そうな顔をしながら一同に聞いた。ポピーもまだ眠そうに目をこすっている。
「ティミー様、ポピー様、レン殿がお一人でレヌール城に!」
サンチョは慌てた様子でティミーに報告した。
「ええ!?」
双子は眠気が一気にとれた。
「こうしちゃおれん。我々も行こう。走っていけば夜明けには着く。急ぎましょう!」
ゲイツの意見にみな同意して急ぎ支度を整え、レヌール城へと走った。仲間であるモンスターたちも続く。
息を切らせながらポピーはサンチョに聞いた。
「どうして兄さまはお一人で!?」
「ハアフウ…お、おそらくは占いババからわずかながら封印を解く手がかりを聞いたのでしょう」
ピピンはサンチョを押しながら走っている。心の中で(少しは痩せろよこのオヤジ…)とカゲ口を叩いていた。
「ではどうして我らにそのことを」
ピピンもゼイゼイ言いながらサンチョに聞いた。その質問にはゲイツが答えた。
「おそらく…かなり危険な手段なのでしょう…。皆の前で実行すれば止められてしまう。だからアイツは一人で行ったのだと思います」
明け方近くとなり、空が白み始めたころ、一行はレヌール城に到着した。ゲイツ以外の人間は走った疲れでゼイゼイ言っていた。そしてゲイツは発見した。
「レン!!」
一行はその言葉で呼吸を止め、ゲイツの視線の先を見た。
「兄さま!!」
ポピーの顔から血の気が一斉に引いた。城の入口前でレンは倒れていた。全身に火傷と凍傷を負っていた。そして右手にはストロスの杖がしっかりと握られていた。
「レン殿!!」
「レン!!」
全員がレンの下に駆け寄った。ゲイツがレンの首元をかるくつまんだ。
「よかった…。息がある!」
「兄さま、兄さま…」
ポピーの悲痛な叫びがレンに届いたのか、レンはうっすらと目を開けた。
「ポ…ポピー様…」
「どうして? どうしてこんな無茶を!?」
レンはニコリと笑った。
「この方法しか…なかったのです…」
レンは占いババより聞かされた。ストロスの杖の封印を解く術は無い。できるのはレヌールの正当な血筋を持ったものでなければダメであると。
しかし、それは今の世に存在しない。だがどうしても手に入れなければならない。それでは自分の足でバリアの中を歩くしかない。ちゃんと歩いて杖の元まで行けば杖の前にカベが立ちはだかることは絶対に無いと云う。
レンの決意を見た老婆は彼に贈った。大量の薬草と秘蔵の世界樹のしずく。自分が調合した回復薬。そして神秘の鎧をレンに与えた。
一歩進むごとに言語に絶するダメージがレンを襲う。行きも帰りも回復しながら進むしかないのだ。
そしてレンの立ち去った後に水晶玉で彼のその後を見た。その時には年老いた目からポロポロと涙を落としていたのである。
「これでリュカ様を…」
レンは死ぬ思いで手に入れたストロスの杖をポピーに託した。
「兄さま…兄さま…」
ポピーは杖を抱きしめながらレンの胸に顔をうずめて泣きじゃくる。
「短い間でしたが…可愛い妹ができて幸せでした…」
「そんなのイヤ! ポピー大きくなったら兄さまのお嫁さんになると決めていたのに! ピエール何しているのベホイミを!!」
スライムナイトのピエールは首を無念そうに振る。回復魔法は受ける側にある程度の生命力が無いと役に立たない。レンのようにあまりに深いダメージを負ってしまうと逆に回復魔法がとどめとなってしまう可能性もあるのだ。ピエールはそれを知っていた。
「嘘よ! お願いピエール! 兄さまを…兄さまを…」
もう「治して」と云う言葉が出てこない。ポピーはレンの胸にすがりつき、泣いていた。その声は静かなレヌール城に悲しく響いた。レンはそんなポピーの頭を愛しそうに撫で、優しく微笑んでいた。かつてリュカが同じ顔で自分の頭を優しく撫でてくれたように。そしてティミーに顔を向けた。
「ティミー様…」
ポピーと同じように泣いているティミーにレンは語った。
「ティミー様…強き勇者となられませ。ただ強いのではなく…力無き者…弱き者に救いの手を差し伸べる…。そんな強き勇者に…。お父上のように…強く…優しい男に…それがレンの願い…」
「うん! 分かったよ。絶対に強くて優しい勇者になるよ!!」
ティミーはレンの腕にすがりつき大粒の涙をポロポロと流していた。ティミーの言葉に安心したのかレンは夜明けの空を見上げて、最後に静かにつぶやいた。
「お母さん…」
ポピーの頭を優しく撫でていたレンの手が大地に落ちた。ラインハット騎士レンはここに短い生涯を閉じた。享年十七歳。奇しくも、この日はレン十七歳の誕生日。あまりにも、あまりにも早すぎる死であった。
「兄さま――――――!!」
一層大きな泣き声をあげるポピー。ティミーもレンにすがりついて号泣した。
ゲイツは肩を震わせ仲間の死に涙を流し、サンチョ、ピピンも泣いていた。仲間であるモンスターもレンの死が分かるのであろう。プックルは悲痛に吼えた。
この時、メルの自宅では彼女の目の前でレンの愛用していたティーカップが何の前ぶれも無くひび割れた。メルは全てをこの時に悟った。そして滝のように目から涙を溢れさせた。
「レン……!!」
次回、最終回です。