DQ5 花、ふりしきり   作:越路遼介

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 最終回です。


最終回 花、ふりしきり

 ラインハット騎士ゲイツの先導の元、グランバニア一行はレンの母国、ラインハットに到着した。

 城門には国王デール、宰相ヘンリー、その妻マリア、王太子コリンズ。そしてレンの母メル、王国騎士団の全員と城下の多くの領民たちが喪服を着てレンの帰還を待っていた。伝書鳩で前もってレンの死は知らされていたのだ。

 

 レンの棺を見るや、メルは棺にすがり号泣した。

「レン…レン! どうしてお母さんより先に死んじゃうの!!」

 メルの悲痛な叫びが参列していた人々の涙を誘う。レンは若い娘たちの憧れの的だっただけではなく、老若男女に慕われた騎士だった。病気で働けず生活に困った老人にサイフごと与え、同僚で仲間はずれやいじめに遭っている者には必ず救いの手を差し伸べた。

 

 徳に富み、智勇兼備の彼をデールやヘンリーも大いに期待し、次代コリンズの治世になった時には騎士団幹部に、とまで考えていた。ゆえに今回の旅もレンをさらに成長させる意味合いも含め、ヘンリーとデールはグランバニア一行に彼を加えたのだ。

 しかしそのレンは母国に無言の帰還をした。自然と参列者たちは共に旅をしていたグランバニア一行に憎悪の視線を向けた。

 (それだけの人数と強そうなモンスターを揃えて何をしていた。お前たちはレン様を見殺しにしたのか。お前たちが殺したのも同然だ)

 言葉に発せずとも領民の視線はそれを語っていた。サンチョやピピンは何も言い訳をしなかった。ティミーとポピーはいまだレンの死のショックから立ち直れず馬車の中で泣いていた。

 ヘンリーとデールは悲痛な思いで泣いているメルを見つめ、マリアはその光景から目を背け肩を震わせていた。

 

 棺にもたれ泣き崩れるメルに対し、サンチョとピピンは平伏した。しかし言葉は出ない。「お許しください」なんて言えるわけも無い。ただ、ただサンチョとピピンはメルに平伏した。

 メルが悲しみと怒りに任せ自分たちを殴打しようとも甘んじて受けるつもりであった。むしろそうして欲しかったほどだ。だが、メルはサンチョに意外なことを聞いた。

 涙を拭わぬままにメルはサンチョに

「この子は…立派でしたか?」

 この言葉でサンチョは堪えていた涙がドッと溢れてきた。

「ハイ…それは見事で…立派な最期でございました…!」

「そうですか…」

 メルは棺の中で眠るレンの顔を見た。不思議と満ち足りた顔をしているのが分かる。息子の頬を優しく撫でる母のメル。

「そういえば…私この子を久しく褒めてあげなかった…。騎士になって以来どんどん私から離れていって…」

 メルの目にはすでに涙は無かった。そして優しく微笑みながら息子に言った。

「よくやったわレン…。貴方はお母さんの誇りよ…。安らかにお休み…」

 

 レンはラインハットの国葬で弔われた。ラインハットの歴史上最も若い人物の国葬であった。

 サンチョの『立派な最期でした』の言葉からラインハット領民からすでにグランバニア一行への憎悪は消えた。レンが死んだのは誰の責任でもない。彼も自立している一人前の男である。自分の意思で生き、そして死んでいったのだ。

 ヘンリーやデール、レンと同僚の騎士たち、そして領民はゲイツやサンチョからレンの最期の模様を聞き、涙した。そしてその勇気と使命感を讃えた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 国葬から数日経った、ある日、メルは城の庭園に建てられたレンの墓に祈りを捧げていた。その姿を背中から呼ぶものがいた。

 

「メル」

 

「……!」

 背中から呼ばれたが、メルには声の主がすぐに分かった。あの時から一日たりとも忘れたことはない声。愛してやまない声である。

「リュカ様…」

 二人の間に心地よい沈黙が流れる。庭園の桜が風に揺られ舞い散った。そしてメルはリュカの胸に飛び込み、泣いた。国葬の時には涙を見せずに堪えていた涙が一斉に溢れ出した。

 リュカは抱き寄せず、ただメルが気の済むまで胸を貸していた。そしてうっすらと彼の目にも涙が浮かんできた。

 どのくらいの時間が経ったろうか。メルはようやくリュカの胸を離れた。

「ご無事…だったのですね…」

「レンのおかげだよ…。彼が命を賭してストロスの杖を手に入れてくれなければ僕は永遠に石のままだった…」

 そういうとリュカは無念の涙を流し始めた。

「しかしそのためにレンはわずか十七歳で…! こんな結果になるのならあの時…」

「おやめ下さい!」

 リュカが最後まで言い終わるのを待たずにメルは遮った。彼が申し訳なさのあまり思わず口走りそうになる言葉が分かったからである。

「お願いですから…私たち親子を助けたことを後悔なさらないで下さい」

「メル…」

「私はいつもこの子に言っていました。私たちが今幸せに生きていけるのもリュカ様のおかげ。私たちは決してこの恩を忘れてはいけない…。そうこの子に言っていました」

 レンの墓を見つめ、メルはリュカに語った。

「褒めてあげてくれませんか…息子を。この子もそれを望んでいます」

 リュカはレンの墓の前に跪き、頭を垂れた。

「ありがとうレン…。僕がこうして無事なのも君のおかげだ。子供たちにも色々なことを教えてくれたそうだね、感謝する。本当に、本当にありがとう。僕は君を誇りに思う」

「よかったね。レン。リュカ様に褒めてもらえて。きっと私の褒め言葉なんかより何倍も嬉しいでしょう。あなたの喜ぶ顔、目に浮かぶわ」

 二人の空には桜が舞っている。花がふりしきる。きっとこれはレンが褒められた喜びを二人に返しているのかもしれない。

 

 リュカがラインハットに訪れたこの日、ヘンリーやデールと共にささやかながら宴が催された。リュカは酒が飲めないものの、ヘンリーの気遣いが嬉しかった。

 その夜のことだった。リュカは来客用の寝室で眠れぬ夜を過ごしていた。レンのこと、メルのこと、そしてこれからの旅のこと。妻のビアンカのこと。様々なものが脳裏をかすめリュカから眠りを奪った。

 

 真っ暗な天井を見つめてどのくらいの時間が経ったろうか。寝室のドアをノックする音がその静寂を破った。

「どなたですか?」

「…メルです…」

「…開いている。どうぞ」

 上半身裸で寝ていたリュカはガウンを羽織った。メルがリュカの寝室に入ると月明かりでメルの姿が見えた。メルはガウンの下に何も身につけてはいないようだった。

「…メル…?」

「身分いやしい私がこんなことを望むのははしたないとお思いでしょうが…この気持ち、抑えることができません…」

「……」

「私は三十路の坂も越え、女としての華はとうに失っております。しかし、お情けあれば…せめて、せめて一夜の夢を…」

 暗闇で分からないが、おそらくメルは顔を真っ赤にしてリュカに思いのたけを言っている。

「どこかの国のお話で、人は死ぬともっとも愛した人の子として生まれ変わると聞きました…。ですから…ですから…レンを…あの子をもう一度私にお与え下さい…」

 最愛の息子を失い胸にポッカリ穴の開いた女、先行きが見えない未知の冒険に不安を抱く男。お互いを求めても不思議ではなかった。

 メルとリュカは一夜、一夜だけ結ばれた。メルはリュカが奴隷時代に負った体の傷跡一つ一つに優しく口づけをした。奇縁にも彼の妻ビアンカも初めてリュカと抱き合った時に同じことをした。リュカの傷跡を初めて見た時にビアンカは号泣した。そして泣きながらリュカを抱きしめて言った。

『あなたにこんな傷跡をつけたヤツを私は絶対に許さない。絶対に絶対に許さない!』

 メルもまた同じだった。リュカの傷跡を見たとき、泣いた。そして一つ一つの傷跡が消えるのを祈るように口づけをした。

 リュカが奴隷として過ごしたことがあることはヘンリーやマリアから聞いてメルも知っている。彼女もまた、ビアンカと同じように、リュカに傷跡をつけた者に怒りを覚えたのかもしれない。

 夢一夜…。リュカの最初で最後のビアンカ以外の夜はこうしてふけていった。

 

 そしてメルはしばらくして知るのである。リュカに抱かれる前に願ったこと。自分の中に新しい命の息吹が芽生えるのを。

 

 

 

 月日は流れていった。そしてラインハットにもこの上ない嬉しい知らせが届いた。天空の勇者ティミーとその家族と仲間たちが悪の権化、大魔王ミルドラースを倒したことを。

 ラインハットを含めた世界中の国々や町や村で平和を喜ぶ祭りが催された。

そんな祭りの夜であった。祭りの楽しそうな声が窓の外から聞こえる城内の自室で、男の子の赤ちゃんをあやすメルの元に客が訪れた。

 

「あなたは…?」

 初対面の美女にメルは戸惑う。鮮やかな金髪に美しい面持ち。均整の取れた体。女のメルから見ても惚れ惚れするほどの美しい女性であった。そして彼女は名乗った。

「私はグランバニア王妃、ビアンカ」

「え!?」

「貴方がメルさんですね」

 メルは困惑した。いま自分が抱いている赤子のことをリュカは知っているがその妻であるビアンカは知らないはずである。

 ヘンリーからの又聞きだがグランバニア王リュカの妻、ビアンカ王妃は美しいのみならず、とても気が強いと云う。自分の夫が他の女性と子を成したと云うことを聞けばリュカ様は責められ、私は処刑されるのではないかと一瞬考えてしまった。

「え、いや、あの、その…ハ、ハイ私がメルです」

「お話があるのです。入ってもよろしいですか?」

 

 メルは不安に思いながらもビアンカへ出すお茶を用意しだした。赤子を抱きながらやっているため、どうも要領を得ない。

「私が抱いています」

 ビアンカはそういうとメルから赤子を寄せた。愛しそうに赤子を抱くビアンカは言った。

「かわいい。さすがはリュカとあなたの子供ね」

 メルはティーポッドのお湯をこぼした。

「ち、違います。その子は…その子は…」

 適当な言い訳が思いつかず、メルは言葉に詰まった。

「いいのです。ミルドラースに挑む前日、すべて夫から聞きました。もちろん最初は腹も立ちましたが、詳しく事情を聞いて怒りはもう消えています」

「ビアンカ様…」

「でも、許すのはこれだけ。以後、夫と関係を持つことは許しませんよ」

 ビアンカはニコリと笑い、メルに言った。無論、言われるまでも無くメルもあの夜だけで満足であった。リュカもメルを求めなかった。ましてやメルは子宝まで得られたのだから不服を言うつもりなど毛頭なかった。

「心得ております。王妃殿下」

 ビアンカは我が子をあやすように赤子をあやしている。かつて自分の産んだティミーとポピーにできなかったせいだろうか。本当に嬉しそうに赤子を抱いている。

「この子の名前、教えていただけませんか?」

「はい、リュカ様より名づけてもらいましたその子の名前は…」

 感慨深くメルは言った。

「ケイ」

「それは…」

「はい、リュカ様のお名前『リュケイロム』から文字をいただき、リュカ様ご自身で名付けて下さいました」

「きっとお兄さまのように強い男の子になります」

 赤子にビアンカの言葉が分かるはずもないが、その言葉の後にレンは天使の笑顔を浮かべている。

「あらあら、ケイ今日はすごいご機嫌。やっぱり綺麗な女の人に抱かれるのは嬉しいのかしら」

 メルの部屋にすがすがしい女性の笑い声が二人分響いた。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 ここはラインハット城の庭園。騎士レンの墓が桜の樹の下で美しく映えていた。その墓を微笑みながら見つめるグランバニア国王リュカ。今日は彼に取りめでたい日なのだ。

「ここにいらしたのですか…」

 息子の墓を見つめるリュカに声をかけるメル。探していた様子だが、彼女もリュカがここにいることは少なからず読んでいたようだ。

「メル」

「もうすぐ、お生まれのようですよ」

「そうか…」

 そう、今日はラインハットのコリンズ王子に嫁いだ愛娘ポピーが出産を迎えた日なのだ。

 リュカも初孫の誕生に立ち会うべく妻のビアンカと王子ティミーを伴いラインハットまで訪れていた。待ち望んでいた日であるのに、どうにもリュカは落ち着かない。

「男親はこういう時、何の役にも立たないな」

 リュカは照れくさそうに笑った。

 

 あれから時は過ぎた。リュカも中年を迎えた歳となり、メルは中年の歳を少し越した齢となっていた。

 しかしリュカは若い時には無かった渋みや円熟味を増し、今なおグランバニアのご婦人たちからは熱烈な支持を受けている。

 メルは歳を取るにつれ色気が増してきたような気さえする。女盛りと言って良い。彼女の再婚相手として名乗りを上げる御仁も少なくは無い。

「どうですか、お爺さんになる感想は?」

 リュカは苦笑した。

「まさか四十前で爺さんになるとは思わなかったよ」

「まあ…」

 クスクスと少女のように笑うメルをリュカは優しく見つめる。と、その時メルを呼ぶ声が聞こえた。

 

「お母さーん」

「こっちよ。いらっしゃい」

 ケイが庭園にやってきた。今までどこかで遊んできたのか泥だらけである。

「あらあら、こんなに泥だらけで」

 メルは懐から手拭いを取り出して、優しくケイの顔についている汚れを落とした。ケイはリュカに気づいた。

「ほらケイ、ご挨拶なさい」

「あ、グランバニア王陛下こんにちは!」

 少し照れながらもケイはリュカに挨拶をした。

「やあケイ、元気だったかい?」

「はいっ!」

 ケイは自分の父親がリュカであることは知らない。リュカは言ってもかまわないとメルに言ったが、この子がもう少し大人になったら話すとメルは決めており、まだ彼は自分の父を知らない。気の毒だが『亡くなった』と言っているようだ。

 甘えたい盛りのケイは顔の泥を落としてもらったあともメルにピッタリとくっついている。

 

「まだまだ甘えん坊で…」

 庭園に春風がそよぐ。子供を脇に抱きながら苦笑するメルの黒髪が舞い散る桜と共に流れて美しさすら感じさせる。

「そういえば…あの日もこんな風に桜が舞い散る日でした…」

「ん?」

「あの革命前日の日…です」

 空に舞い散る桜を愛でながらリュカも感慨深く言った。

「ああ…。つい昨日のようだ」

「またこうして…泉下のあの子が見守るこの庭園でリュカ様と桜を愛でたいです」

 リュカはメルを見つめた。ストロスの杖で石の呪縛が解けた後、メルと再会したのもこの場所で今日のような桜が舞い散る季節であった。

 リュカはメルの手を優しく握った。たとえ手とは云え、メルに触れるのはあの夜以来である。メルも優しく握り返した。

「また来年も、その次も、君と一緒にこの桜を見に来るよ…」

 メルは顔を赤く染めながら微笑み、嬉しそうにうなずいた。その時、野暮にも彼らを呼ぶ声が庭園に届いた。肥えた腹を苦しそうにゆすりながら、満面の笑みを浮かべたサンチョである。

 

「へ、陛下! お生まれになられましたぞ!!」

 その言葉にリュカとメルは互いの笑顔を見つめた。

「そうか! 生まれたか!!」

「リュカ様、参りましょう! ポピー様を褒めてあげなくては!」

「うん、行こう!」

 リュカはメルの手を取ったまま走り出した。メルも嬉しそうに引かれていっている。置いてけぼりを食ったケイは急ぎ二人を追いかけた。

「あ、待ってよう! お母さん、王様―――!!」

 

 

 庭園を走るリュカとメルの二人には鮮やかなまでの自然の芸術、桜吹雪が静かに降り注いだ。花は…ふりしきる。




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