変更点は兄さんの存在ぐらいなものなので、原作にはないその動きに注目しながら読んでいただければと思います。
では、どうぞ。
「んん?」
妙な経緯からニル・ヴァーナに一時的に身を寄せることになった一人と一匹。その対象がエレベーターのドアが開いた途端に思わず呟いたのが今の一言だった。しかし、それも仕方のないことだろう。目の前のお出迎えの面々はほぼ全て女。それだけなら喜ぶべき環境かもしれないが、そのうちのほぼ全員が自分に銃口を向けているからである。だが男はそんなアウェイの空気も全く気にした様子はない。
「ほーう…こらまた、綺麗なお嬢さんばっかりで」
それどころか、顎を一撫ですると楽し気な口調で感想を述べてエレベーターから降りてきた。そして、
「俺は、ラバットって言うんだ。よろしくな」
挨拶をし、笑みを浮かべながら一人一人に近づいた。女性陣はメジェールの人間なので警戒し、嫌悪感を浮かべてはいるのだが男…ラバットはそれを気にする様子もなく一人一人距離を詰め、よろしくな、よろしくな、と何かを渡している。お近づきのご挨拶と言ったところだろうか。と、
「ふん、情けねぇ」
横からそんな態度を揶揄するようなセリフが聞こえてきた。
「女にベタベタ媚びやがって、ったく、男の恥だぜ」
発信元は当然ヒビキ。先ほどのミッションでの一件で敵認定しているのだろう。非常に辛辣である。が、
「お、あんた、サーベルのお姉ちゃんじゃないの。さ、お近づきのしるしに」
「いらないわよ」
ラバットはまるでヒビキなど相手にせずにジュラに話しかけていた。とはいえ、振られたようだが。が、ラバットもそう言わず…と、更にコンタクトを取ろうとする。そうなると、面白くないのはヒビキである。嫌味、揶揄を言ったのに全く相手にされずに無視されたのである。人によっては流すこともできるのだろうが、根が猪なヒビキにはそれは無理だった。
「話聞いてんのか!?」
噛みつく。と、
「何だよ、うるせえガキだなぁ」
鬱陶しそうにラバットがヒビキに視線を向けた。
「男はそう容易く歯は見せねえもんだろうが」
更に噛みつく。だがラバットは何言ってんだこのガキ? とでも言いたげな白けた表情でヒビキを見ていた。そして、
「こうか? んん?」
そんなヒビキを挑発するかのように、バカにするかのように満面のスマイルを浮かべる。勿論、歯はしっかりと見せている。その返しに一瞬面食らったヒビキだが、
「! この野郎!」
怒りにワナワナ震え、安い挑発に乗って殴りかかろうとした。が、その震える肩に横から手が置かれる。
「止めておけ」
そう言ってヒビキを制止したのはシュバルツだった。
「止めんな! こいつ一発ぶん殴ってやる!」
己の行動を邪魔されて憤懣やるかたないヒビキがシュバルツを見上げる。と、シュバルツは無言で顎をクイッと動かしてある方向を示した。ヒビキがカッカしながらもその方向に頭を動かすと、そこにはリングガンを構えているメイアの姿があった。
「っ!」
それを見たヒビキが悔しそうに唇を嚙み締めながら乱暴に自分の肩に置かれたシュバルツの手を跳ね除けた。が、制止は効いているのかラバットに殴りかかるようなことはしない。もっとも、表情は実に面白くなさそうだったが。
(やれやれ…)
そのヒビキの様子にシュバルツは内心で溜め息をついた。
(相変わらずの猪っぷりだな。時々ではあるがどうにもドモンと被って仕方ない)
散々手を焼かされた弟の姿をシュバルツは思い浮かべた。そして、
「すまなかった」
ヒビキの代わりでもないが、ラバットに詫びる。
「んん?」
「ウチの若いのが失礼をしたな、客人」
「なあに、良いってことよ」
ラバットが崩した表情を収めた。どうやらシュバルツはラバットのお眼鏡にかかったらしい。もっとも、比較対象がヒビキであればほとんどの人間がお眼鏡にかなうだろうが。対照的に、当て馬にされたヒビキは引き続き忌々し気にラバットを睨みつけている。
「どうやらあんたとは話が合いそうだな、旦那」
自然とラバットが手を差し出してきた。その手を、シュバルツが当然のように握る。
(何でぇ、面白くねえなぁ…)
その光景に、ヒビキはますますイラついていた。だが、ここで癇癪を起こしても適当にあしらわれる結果になるのが流石にわかったのか、ムカつきながらもジッとしていた。
「さて…」
少し後、握手を解いたシュバルツが口を開く。
「あん?」
「……」
頭上に?を浮かべたラバットにシュバルツが再度クイッと首を動かした。そこには、リングガンを構えたままのメイアの姿がそのままあった。
「おおっと」
思い出したのか、いけねえいけねえといった表情でラバットが後頭部に手を当てる。
「お頭に引き合わせる。着いてこい」
「へいへい、仰せの通りに」
ラバットが抵抗の意思を見せないためか両手を挙げてメイアに向かって歩き出した。
「すまんな、少し時間を取らせてしまった」
その後ろから、シュバルツが今度はメイアに詫びる。
「いや、いい」
それに対し、メイアがそう返した。砂の惑星で生命を救ってもらい、そしてあの暗闇の夢を見てからというものメイアの心境にも確実な変化があったのだろう、シュバルツに対する態度が以前とは比べ物にならないほど軟化している。もっとも、まだ親しいとまでは言えないが。
と、急に歩を進めていたラバットがシュバルツに振り返った。
「また後でな、旦那」
「ああ」
そんなことを言われるとは思っていなかったシュバルツだったが、驚きは億尾にも出さずに無難な返事を返した。その返事に満足したのか、ラバットが首を返すとそのままメイアの許へ歩いていく。その後ろには当然ウータンが着いていくのだが、
「ちょっと、ピョロ君返してよ!」
未だピョロをしっかりと抱えたままのウータンをパルフェが捕まえようとする。だが、ウータンはそれに反抗するかのようにパルフェから逃げ出した。
「あ、こら、待ちなさいってば! 返しなさい!」
「パルフェ!」
ジュラを支点にその周りをグルグルと追いかけっこし始めたウータンとパルフェ。だが、それもすぐ終わることになった。
「ウ、ウキ?」
パルフェを馬鹿にするかのように口元を押さえたウータンの腕の中から、突然ピョロがいなくなったからだ。
「あれ?」
「ウキ?」
何処に行ったとばかりにピョロの姿を探すパルフェとウータン。と、
「すまんな」
シュバルツがそう言ったのだった。視線を向けるとそこには、いつの間に奪い取ったのだろうかピョロが小脇に抱えられていた。もっとも、当のピョロはまだ目を回したままだったが。
「随分とお気に入りのようだが、これでも一応ここの一員でな。返してもらうぞ」
「わ♪」
さっすがという感じに表情を綻ばせるパルフェ。対して、
「ウッ…キー!」
ウータンはお気に入りのピョロを奪われたことに腹を立て、突然シュバルツに飛び掛かった。が、
「甘い」
その言葉通りシュバルツはその場から瞬時に移動する。結果、ウータンの攻撃は空を切り、逆にオーバーオールの背中部分を掴まれることになった。そしてそのまま、シュバルツがウータンを無造作にラバットに投げる。
「おっと!」
突然のことにビックリしたが、何とかラバットは飛んできた相棒を受け止めることに成功したのだった。そして、
(見えなかった…)
今の目の前で起こったこと…正確に言えば起こったはずのことについて呆然としていた。
(あのヤロー、いつ動いたんだ? 全然見えなかったぜ。それに、ウータンの攻撃を何の苦労もなくかわすとは…)
表には出さないものの、その事実にラバットは内心で冷や汗を掻く。そこに、
「文句はあるまいな」
当のシュバルツからそう言われ、ラバットは心臓を鷲掴みにされたかのような感覚に陥った。だが、そこは持ち前の強靭な精神力とこれまで数多くの修羅場を乗り越えてきた経験から、
「ああ?」
と、何とか返したのだった。それに対し、
「コイツのことだ」
シュバルツがシステムダウンしてだらーんと力なく四肢を投げ出しているピョロを突き出す。
「元々コイツはこちらの所属だ。客人の相棒は甚く気に入っているようだが、返してもらうぞ」
「ああ…」
シュバルツが何を言いたいのか分かったラバットがやれやれと言った感じでふぅっと息を吐いた。
「まあ、そうだな。旦那の言う通りだ」
その発言内容にウータンは納得いかないようだったが、
「諦めろ、ウータン」
とラバットに諭され、不承不承ではあるが了承したのだった。
「理解いただいて助かる…パルフェ」
ラバットたちをそのまま見据えながら、シュバルツはパルフェの名前を呼んだ。そして、ピョロを差し出す。
「はいはい、ありがと」
差し出されたピョロをパルフェがしっかりと受け取ると、大丈夫? ピョロくん…と、各部をチェックし始めたのだった。
「さて、では改めてついてきてもらおうか」
メイアが再度促し、ようやくラバットたちはこの場を後にすることになったのだった。
「ちっ!」
ラバットがメイアに連れられて格納庫を出た直後、ヒビキが面白くなさそうに左手の平で右拳を受け止めた。
「あいつと何かあったのか?」
ドゥエロが尋ねる。今まで口を開くことはなかったが、しっかりドゥエロもこの場にいたのだ。
「何でもねえよ!」
ヒビキがそう答えるものの、どう考えても何でもない…何もなかったようには見えない。だが、それを指摘したところで素直に口を割ることはないだろう。
(まあ、相性が悪いのは見てて手に取るようにわかったがな)
そのやり取りを見ていたシュバルツがそう考える。直情径行型のヒビキと、人を喰ったようなラバット。先程の短いやり取りだけでも合うようにはとても思えない。何よりヒビキは『流す』ということができないので、ああやって適当にあしらわれると余計に頭にくるのだろう。
(だが、いきなりここまでの険悪さにはなるまい。やはりミッション内で何かあったか)
さっきラバットがジュラに声をかけたときに『サーベルのお姉ちゃん』と言っていた。そんな言い方をするということはそう言わせるだけの何かがあったということに他ならない。となれば、ミッション内で小競り合いがあったか…。シュバルツはそう考えていた。
(どちらにせよ、あの客人がいる間に何が起こることやら…)
楽しみのような恐ろしいような気持ちで、シュバルツはラバットの去った扉の方に目を向けていたのだった。
「あいつらは捕虜なんだ。あたしらはメジェール。男どもはタラークの出でね」
「あー…道理で」
(まあ、それ以外に一人ほど正体不明はいるがね)
ブリッジ。メイアに引き連れられてきたラバットがマグノと情報交換をしている。しながらも、違う艦の艦内ということが珍しいのだろうか、周囲にキョロキョロと視線を走らせながらラバットがとあるコンソールをいじった。と、思いがけず操縦システムに繋がってしまう。
「いっ!?」
思わず覗かれる形になったシステム内のバートが困ったような表情になった。何せ、理由はわからないがこのシステムと一体化している間は全裸になってしまうのだ。つまり、丸裸を見られることになるわけで。
「へへ…兄ちゃん、風邪ひくなよ」
励ましなのかおちょくりなのかわからない言葉を浴びせられ、バートが滂沱の涙を流した。その言葉をかけたラバットはさっさと接続を切断する。男の裸をまじまじと見る趣味はないのだろう。
「で? あんたの望みはなんだい?」
システムを覗き込んでいた顔を上げたラバットにマグノが尋ねる。
「いや何、エンジンにダメージを負っちまったんで、修理する間係留させてほしいのさ。で、商売もちょこっとな」
ラバットが右手の親指と人差し指で丸を作りながらマグノを覗き込んだ。少し考えていたマグノだったが、
「いいだろう」
と、その申し出を許可した。同刻、ヒビキたちの自室では、
「くそっ!」
ヒビキが積んであった資材に蹴りを入れて荒れていた。ドゥエロやバートならともかく、ヒビキゆえにラバットに対するイライラ、ムカつきはこの短時間で当然収まるはずもない。
「ムカつくぜ、あの野郎!」
「確かに。だが少し気になるな」
ヒビキの傍で長椅子に腰掛けていたドゥエロがそんなことを口にした。荒れてるヒビキとは対照的に、ドゥエロはいつも通り冷静だった。
「先に行くぞ、あいつの話をしてると胸糞悪くなる」
ヒビキが憤懣やるかたないままバケツとモップを持って自室を出ていった。その後ろ姿を見送ったドゥエロが考え事をするために顎に置いていた手を離した。そして、
「あいつ、男と女というものを知っている」
そう、口にしたのだった。
「さあ、手に取って見てくれ!」
場所は変わってどこかの一室にて。ラバットが大仰にそう言いながら大きめのトランクを開けた。そこには、所狭しと多くの宝飾品が収められていた。それを見たお客…マグノ一家のクルーたちが黄色い声を上げる。
「ないものがないのが俺の自慢でな」
続けてそう喧伝する。啖呵売を彷彿とさせる謡い文句だが、商売をやる以上はそれなりの誇張や口八丁は当然のことかもしれない。と、
(商人か)
その様子を少し離れた場所で壁に寄りかかりながらシュバルツが見ていた。マグノとブザムからラバットの監視を依頼されてのいたのだ。それにシュバルツ自身もラバットが何者かということに興味があった。
(もっとも、本職が商人なのか、それとも商人がついでなのかはわからんがな。だが、どちらにせよ商人の看板を掲げているのであれば好都合だ)
後で自分にもあるものを用立ててもらおうと思ったシュバルツ。と、
「あんた、これ使うの?」
ジュラがそのうちの一つを手に取りながら怪訝な表情になってラバットを見た。
「俺が?」
そう聞かれたラバットはゲンナリした表情になって自分を指差す。そして、
「冗談言いなさんな。宇宙って言うのは男と女で出来てんだよ」
と、少し大袈裟に否定したのだった。
「男と女? 宇宙人さん、何星人なの?」
その言葉に、ディータが興味本位で尋ねた。と、ラバットが少し屈んでディータに視線を合わせ、そして、
「お前さんと同じだ」
と言って指を指したのだった。
「へ?」
意味がわからず呟いたディータの横から、
「あー、これいいじゃない!」
パルフェがあるものを見つけて飛びついた。
「姉さん、お目が高いねぇ! そいつをシステムに付けてみな、性能アップなんてものじゃないぜ!」
「本当!? ペークシスプラグマに組み込んでみようかしら」
メカニックの血が騒ぐのか、良さげなパーツを見つけてパルフェはウッキウキである。
「そう。ペークシスには最適だね」
「よし、買った!」
「毎度! あんた初っ端の客だ! タダでいいぜ!」
『タダ!?』
ラバットのその言葉にお客として集まったクルーが全員声を合わせる。
「おうよ、持ってけ泥棒! もっと女を磨け! そうすりゃ黙ってても男が寄ってくるぜ!」
(上手いものだな)
ラバットの商売口上を感心して聞くシュバルツ。と同時に、クルーたちが一気に商品に飛びついた。
「うおおっ!?」
そのあまりの勢い、がっつきっぷりに流石のラバットもたじろぐ。だが、そんなラバットにはお構いなしにクルー各員が商品を物色し、取り合っている。
(タダなのはパルフェのあの商品だけで、他は相応の値段がつくと思うが…)
群がるクルーたちの姿を見ながら、シュバルツは冷静にそんなことを考えていた。ラバットの先ほどの売り文句から考えればそう判断できるはずだが、タダという一言につられた彼女たちにはその事実が見えていないのだろう。
(まあいい。後で現実を知るのは自分たちだからな。しかし、タダより高いものはないとも言うが…)
それをエサにして購買意欲を煽ろうというのであればなかなかの商売上手である。このあたりは年季の賜だろうか。ラバットに視線を向けたシュバルツは思わず感心していた。
(しかしまあ、こういう場面での女性の行動は何処も変わらんものだな。エサに群がる動物、砂糖に群がる蟻のようだ)
とても口には出せない感想を抱きながらシュバルツがクルーの様子を見ていた。デパートでのバーゲン品の売り場を思い出す。と、
「ねえ」
彼女たちの勢いに唖然としているラバットに、話しかけてくる者がいた。
「あん?」
「あたし、綺麗?」
ラバットが視線を向けると、そこには化粧をしてポーズを決めているパイウェイの姿があった。だがパイウェイ自体は化粧の経験などなかったからかその姿は白塗りの厚化粧にルージュといったコントのような姿になってしまっており、とてもではないが綺麗と言える代物ではなかった。そして、それを目の当たりにすることになったラバットは、たはぁ…とばかりに屈んでがっくりと頭を押さえた。
「あのねぇ…俺は嬢ちゃんが他のお姉さんと同じぐらいボヨヨンにならないとグッと来ないわけよ。わかる?」
「ケロケロ、つまんないの」
正直なラバットの感想に唇を尖らせながら、パイウェイがいつもの如くカエルのぬいぐるみを使った腹話術で返した。いつも持っているこのカエルのぬいぐるみなのだが、実はそういうデザインのバッグだったのはちょっとした豆知識。と、
「五年経ったら、名刺の周波数に通信してくれよ」
そう言いながら、ラバットがそのカエル型のバッグの口に己の名刺を突っ込んだ。そして、
「それより、ちょっくら聞きてえんだけどよ」
パイウェイの肩を抱き寄せ、ラバットが声を抑えるためか顔を寄せた。
「何?」
「あの合体する兵器、何なんだ?」
ニヤリと含み笑いしながら、ラバットはパイウェイにそう尋ねたのだった。この場でそんな騒動があったのと同時刻、レジルーム。
「なーんか静かだと思ったらさあ、ディータが来てないんだよねぇ」
いつものようにどかっと椅子に腰を下ろしながら楊枝を咥えているガスコーニュがからかうようにそう呟いた。当然すぐ側ではヒビキが先ほど持ったモップで床にモップ掛けしている。
「そりゃあ来ないでしょう、店長。第五の宇宙人出現ですもの」
「最近の若い娘ときたら、移り気なんだねぇ」
意図しているのかいないのかはわからないが、その話に乗る二人のレジクルー。
「今までと全然違う男なんだって。女にはすっごく優しいらしいよ!」
直後、何かをひっくり返したかのような大きな音がレジルームに響き渡った。
『!?』
驚いたガスコーニュとレジクルーが音の発信源に顔を向けると、そこには注意力散漫だったからか資材を崩して下敷きになっているヒビキの姿があった。
「こりゃ重症だわ」
そんなヒビキの醜態に、ガスコーニュが思わずそう呟いたのだった。
騒動から少し後、ドックにて。
「……」
ドアの開閉音と共に一つの人影が現れ、中に入ってきた。現れた人影はブザム。そのまま中に歩を進め、目的のものへと近づいていく。その視線の先にはラバットの艦があった。
「……」
ブザムはそのまま近づくと、手近にあったコンソールを操作してラバットの艦の状態を調べ始めた。と、再びドアの開閉音と共に、ドック内に光が射す。
「!」
ブザムが無言のまま振り返ると、そこには腕を組んでいるラバットの姿があった。
「何かお探しで?」
直後にドアが閉まる。
「ダメージを受けているようには、見えないが」
「思ったよりも、早く修理が終わってなぁ」
「…何が目的だ?」
軽い腹の探り合いだったがすぐにそれも終わり、ブザムが直球をぶつけた。それに対し、
「とんがるなよ」
ラバットは意に介さず受け流す。
「ただ、商売してるだけさ。それより…」
ブザムとの距離を詰め、指呼の距離となったところでラバットが手を伸ばして顔を自分に向けさせ、
「どうだい? もう少し、お近づきになろうじゃないか」
そう、誘いをかけた。それに対しブザムは明確な返答を返さず、薄く口元で笑みを浮かべる。直後、
「んん?」
ラバットの表情が変わった。
「臭うな…。火薬の臭いだ」
それに気付いたラバットがブザムの顔に伸ばしていた手を引いた。そして、両手を上げながら後退る。
「どうやら、あんたはヤバそうだ…」
苦笑しながら離れるラバットに、ブザムはいつも通りの怜悧な視線を向けるだけだった。ドッグでこんな緊迫した空気が流れる一方で、正反対な空気が流れる場面もある。
「パイ、チェ~ック!」
いつものお決まりのセリフと共にパイウェイが今回チェックしたのは、化粧室でルージュを引き、鏡に映ったその自分の姿を確認しているディータだった。
「やれやれ…」
ドッグから出てきたラバットが後頭部を掻きながら廊下を歩いている。
(肝が冷えたぜ。まあ、この辺が潮時かね。最後に、土産でももらってずらかるか)
そんなことを考えながら廊下を歩いているラバットに、
「いい商売はできたか?」
不意に、声がかけられた。
「!」
声をかけられるまで全く人の気配を感じなかったラバットが硬直する。だが、その声色で誰かがわかったため、すぐに硬直を解いた。
「旦那…」
その方向に顔を向けると、そこには腕を組んでいるシュバルツの姿があった。
(コイツ、いつの間に…)
神出鬼没っぷりにウータンをあしらったのを見たときと同じく、ラバットは内心で冷や汗を掻いた。が、今回も何とかしのぎ、表面上はそうは見せずに肩を竦める。
「いやあ、赤字さ」
「ほう?」
意外だなとばかりにシュバルツが返した。
「あのお姉ちゃんたち、平気で値切ってきやがるもんだからな。値切り自体は珍しくないが、あそこまで図々しく値切ってきやがる連中はなかなかいないぜ」
「腐っても海賊だからな。それに最初が悪かった。購買意欲を誘うためだとは思うが、タダにしてしまってはな。向こうがタダなんだから、こっちもタダにしろ…とは言わずとも、ガンガン値段交渉してくるのはある意味当然だ」
「違えねえ」
そこでお互いにフッと息を吐いて微笑んだ。
「ところで、何か用かい?」
「ああ。先ほどの商売で、客人はないものがないと言っていたな?」
「確かにな。…何だよ、旦那も何か欲しいものがあるのか?」
「ああ、用立ててほしいものがある」
ラバットのその質問にシュバルツが頷いた。そして、その手に持っていたものをラバットに向けて投げる。
「おっと!」
条件反射的に手を出す。ラバットが受け取ったそれは酒のボトルだった。
「金がなくてな。そいつで手を打ってくれるとありがたいんだが」
「ふーん…ま、モノにもよるぜ?」
繁々とボトルを見つめながら、ラバットがそう返す。
「重々承知。それに実際のところ、客人が用立てができるかどうかはわからんからな」
「言ってくれるじゃないの。…で、何が欲しいんだ?」
「うむ。だが実のところ、用立ててほしいものがあると言ったが、実際に欲しいのは物質的な『物』じゃない」
「あん?」
ラバットが首を捻った。だが、そんなラバットに構わずシュバルツは先を続ける。
「私が欲しいのは情報だ。客人は商人なのだろう?」
「ああ。まあ、な」
「ならば色々と顔は広いのではないか? また、買い付けや取り引きで色々なところに回っていると思う。その情報網を見込みたい」
「成る程ねぇ。それで、欲しい情報ってのは?」
「地球」
「!!!」
シュバルツの発した一言に、今度こそラバットは心臓が止まるかと思った。心拍が上昇し、冷や汗が実際に背中を伝う。
(コイツ!?)
シュバルツの手札に驚いて思わず地を出し、ラバットの雰囲気が変わる。だがそれも一瞬、慌ててその地を引っ込めた。しかし、
(やはり、訳アリのようだな)
その一瞬でもシュバルツにとっては十分だった。地球の情報が得られるかどうかはわからないが、収穫はあった。互いにそんな表面に出さない一瞬の攻防を繰り広げた後、口を開いたのはシュバルツ。
「この星について、何か知っていることはないか?」
「…いやぁ、知らねえなぁ」
ラバットが左右に首を振る。やっている当人も、それを見ている相手方も白々しいとは思っているものの、それを表に出すことはしない。二人とも『話』のできる大人であり、老獪な狸なのだ。直情径行な猪とは違うのである。また、実力行使に出たところでお互いがお互いの腹の内を曝け出す保証もない。
「その星がどうかしたのかい?」
ラバットが白々しく芝居を続けた。それに対し、シュバルツも同じスタンスをとる。
「ああ。少し、知りたいことがあってな。もし客人が情報を持っているなら、分けてもらいたかっただけだ」
「そうかい。だが残念ながら、今言ったように何も知らなくてよ。すまねえな」
「いや、いい。その可能性も十分あり得たことだしな。邪魔したな」
もう十分に収穫のあったシュバルツがラバットに背を向けた。
「ああ、旦那、コイツは…」
その背中に、ラバットが先ほどの酒のボトルを軽く持ち上げながら問いかける。
「もう客人に渡したものだ。好きにしてくれ」
顔だけ振り返りながらそう告げると、シュバルツはそのままその場を去ったのだった。
「よーし、これでOK! テストしてみよ!」
「みよー!」
シュバルツとラバットがそんな会話をかわしてから少し後の機関室。パルフェがウキウキしながらそんなことを言っていた。コンソールには新しいパーツの表示が。先ほどラバットから入手したパーツを早速システムに組み込んでのテストのようである。復活を果たしたピョロもその側で、いつものようにフヨフヨと空中浮遊を繰り返している。
「ワォ! いい感じじゃない♪」
テストは順調のようで重低の駆動音が機関室に鳴り響き、それに連動するかのようにシステムが動作する。そこに、
「調子良さそうじゃないか」
横から声がかけられた。パルフェとピョロが振り返ると、そこには近寄ってくるラバットの姿があり、そしてそれを見た瞬間にピョロは一目散に逃げだした。というのも、ラバットの脇をすり抜けてウータンが突進してきたからだ。
「言った通りだろう? 俺の扱う商品は…」
背後でピョロとウータンが追いかけっこをしているのを余所に、パルフェのすぐ側まで足を運んだラバットが思わずシステムに目を向け、
(! 何だ、このペークシスは…!?)
そこにあるシステムの中枢…ペークシスが自分の知るペークシスではないことに驚きを隠せなかった。と、
「あ、いたいた~」
能天気な声が反対側から聞こえてくる。姿を現したのはディータだった。
「ねえ、お店やさーん」
ルージュを引いたディータはそのままラバットたちに駆け寄る。
「よう、早速めかし込んだな? 見違えたぜ」
「えへ、そうかしら」
ディータが嬉しそうに頬を染めながら俯いた。そんな姿を見てラバットがその心中でどう思ったかはまた別の話である。
「で? 今度はなんだい? 追加注文も受けてやるぜ?」
ラバットがそう尋ねると、
「ディータね、お話が聞きたいの。宇宙のこととか、男と女のこととか…」
ディータはそう返答した。と、その返答を聞いたラバットがニヤニヤと笑う。
「ははーん…あの坊やのことが気になるのか?」
「そ、そうじゃなくて!」
図星をつかれてワタワタと否定するディータに、
「いいだろう」
ラバットが了承した。が、直後に表情を改め、
「その代わり、俺も聞きたいことがある」
と、交換条件を出したのだった。