では、どうぞ。
「どあっ! ぐぐっ…んだよ、これ…」
「……」
彗星軌道上にて、ヒビキとメイアがほぼ同時にその内部に突入する。お互いにお互いが出撃しているのを知らないことと、丁度真反対の位置にいたために、お互いがお互い同じ場所にいるとは思っていなかった。彗星の内部は氷の塊になっており、その内部でまず当たりを引いたのはメイアだった。いたのである、その場にはいないはずの存在が。巨大な目のような中心部から八本の細長い腕が伸びた、何とも形容のしがたい形のカリトリの姿があった。彗星に偽装してニル・ヴァーナを襲うつもりだったのか、それとも別の目的があったのかはわからないが、ターゲットを見つけたカリトリ機は八本の腕の内の二本を前方に伸ばして互いの腕の間にバリアのようなものを張る。そして、違う二本の腕を伸ばしてメイアに襲い掛かった。
「はっ!?」
突如前方から出現した二本の腕に驚きながらもさすがメイア、すんでのところでそれの直撃をかわす。だがバランスを崩したことで思わぬ方向に飛ぶことになってしまい、先程のバリアの網にかかってしまった。
「まさか、こんなところに敵が潜んでいたとは…」
哨戒が結果を出したことに歯噛みしながらメイアが眉をしかめた。
「奥さ~ん?」
トラぺザ。引き続きクリスマスディナーの用意のために多数のクルーが手を動かしているこの場所で、ピョロが目を細めながらエズラに話しかける。
「な、何かしら? ピョロちゃん?」
その視線に何か怪しいものを感じたのか、エズラが少し警戒しながらピョロに答えた。
「その中にちっちゃい人間入ってるんでしょう?」
ピョロが大分大きくなってきたエズラのお腹に視線を向けながらそう尋ねる。
「そ、そうよ」
「分離したら名前付けるんでしょう?」
「ええ、まあ」
ピョロの狙いが今一つわからないエズラが、当たり障りのない返答を返した。と、
「お腹の赤ん坊の名前考えましたよ~?」
大仰に腕を広げながらそう告げ、ピョロはそのままエズラの腹に抱き着いた。そして、
「おーい! お前の名前なんだけどね、ピョロニ、なんてどうです?」
と、エズラのお腹を擦り擦りしながら自分の考案した名前を推薦したのだった。が、
「どうかしらねぇ…」
その名前を聞いたエズラは引き気味に微笑みながらピョロから離れ、助けを求めるようにキョロキョロと周囲に視線を走らせる。そして、
「ああ、それ、私やります!」
と、そそくさとその場を退散したのだった。
「ああ~、待つピョロ~! いい名前だと思うピョロけどなぁ…ピョロニ」
反対に、色よい返事をもらえなかったピョロはがっくりと肩を落としたのだった。このあたりは人と機械の価値観の違いというものだろう。そんな感じで着々とクリスマスの準備が進む中、ブリッジのパルフェもなんとかスノーマシンを稼働させようと悪戦苦闘中だった。
「本当だ」
そのすぐ側には、何故だかドゥエロの姿が。
「先ほどの過去の記録では、確かに男女が一つ屋根の下で生活を共にしていた」
そしてそう告げる。先程は落ち着いた様子でバートに精神安定剤を勧めていたが、ドゥエロ自身もあの映像はバートほどではないにしろ処理しきれないのか、こうやってパルフェに相談? 説明? しに来たのだろう。が、パルフェは
「へー…」
としか返さない。
「ま、うちらだってこうして一緒に上手くやってるんだし、考えられないことじゃないよね?」
どうでも良さそうな調子で腕を出した。実際、スノーマシンの調整の方がパルフェにとっては今重要なのだろう。ドゥエロは差し出したパルフェの手にスパナを置く。
「そんなことより、今は皆へのプレゼントを完成させなきゃ」
そのまま作業を続けるパルフェ。と、
「ところで、ドクターは何くれんの?」
声のトーンが一オクターブ上昇し、ドゥエロにそう尋ねた。その言葉に、ドゥエロが彼には珍しくビクッと身体を震わせて顔を上げる。
「プレゼント。くれるんでしょ?」
無邪気にそう尋ねるパルフェにドゥエロが言葉を詰まらせてしまった。勿論そんなものは用意していないからだ。だがそれは、タラークにはクリスマスの風習がなかったのだから仕方ないことである。しかし期待してくれていると思われるパルフェの姿に何も言えず、ドゥエロは目を逸らすしかなかった。25日になるまで、残り二時間。
先程ヒビキたちがあの映像を見つけたリビングダイニング。シュバルツは引き続きここで物色を続けていた。と言っても、もうほぼ終わりに差し掛かる状況である。そして、
(収穫はなし…か)
そこまで期待してはいなかったとは言え、それでも全くの空振りに終わったことに多少なりとも落胆は隠せず、シュバルツはふうっと溜め息をついたのだ。
(ここに何か、地球の手がかりがあればと思ったのだが…)
これがシュバルツの思惑だった。植民船時代の部屋ということは聞いていたので、何か地球に関する手がかりでもあればと思ってこうした真似をしていたのだが、それも淡い期待に終わることとなった。
(仕方あるまい。元々ダメ元ではあったのだから)
己を慰めるためにそんなことを考えながら片付ける。その途中で、シュバルツはあるものが目に入った。
(これは…)
手に取って少しの間それを眺めると、徐にそれを懐に忍ばせて引き続き片づけを行い、そして部屋を出たのだった。当初の目的とは全く関係ない戦利品を一つ手に入れて。
艦内がそうやって引き続きクリスマスの準備などで大わらわな中、彗星内部では真反対の緊迫した空気が流れていた。バリアに絡めとられたメイアがなんとか脱出しようと試みるものの、操縦系統はびくともしない。
「わあっ!」
そこに、大きな衝撃が加わる。伸ばした腕による物理的な攻撃が加えられたのだ。獲物を搦め取った蜘蛛のように本体も近づき、中心部の目が光って再び腕を振り上げた。そこに、
「オラオラ、どけってんだよ!」
いつもの威勢のいい声と共にヒビキが腕の一本を斬り捨てる。そのまま飛行を続けたヒビキがメイアのドレッドを見つけ、そしてメイアも、ヒビキのヴァンガードを目にすることになった。
『なんでここに…』
お互いがそう漏らしたのも無理からぬことである、こんな展開になるとは予測していなかったのは当然であろう。そのままヒビキは、自分のヴァンガードに迫った違う腕を斬り捨てた。その攻防は光源となり、外にも表出する。
「!? 今の光は!?」
それに最初に気付いたのは当然ながらブザムだった。と同時に、人によってそれは抱く感想が全く異なる。
「ねーねー、見た見た? ピカピカって光ったぁ!」
ツリーの飾りつけをしながらそんな呑気な感想を述べるのはディータである。
「ディータ!」
「わ、ほらまた! キレイキレイ!」
「いいから、さっさとやっちゃいなさい。全く、あんたって子は…」
再びの閃光に歓声を上げるディータを下からジュラが呆れ顔で窘めた。その光源の発生源では、ヒビキがブレードを突き立ててバリアをどうにかしようと懸命に頑張っているのだが。
「このっ! このっ! チッ!」
バリアが以外に頑丈だからか遅々として進まない破壊作業にヒビキが苛立ちを表した。
「何を気兼ねしている。構わず火器を使ったらどうだ」
思わずメイアがそう伝えるが、
「ウルセェ、余計な指図すんな!」
ヒビキは相変わらずだった。その返答に、メイアはどうしたものかといった表情になった。
「お頭! どうも様子が変です! 偵察させますか!?」
ニル・ヴァーナ艦内では彗星の閃光(実際は戦闘の痕跡なのだが)を唯一不審な現象として判断したブザムが振り返ってマグノに指示を仰ぐ。が、艦長室からスポットライトと共に現れたマグノは、
「どうだい? 完璧だろう?」
ご丁寧に腰回りにトナカイとそりのオブジェまで仕込んで登場したのであった。この頭領、ノリノリである。その姿に、さしものブザムも絶句しながら引き攣った笑みを返すことしかできなかった。その、呑気なマグノを後押しするかのように、
『間もなく、パレードの時間となります。参加するクルーは定位置に着いてください』
との館内放送が入る。時間はいつの間にか午後11:45になっていた。
「やっばあ! ねえちょっと!」
パルフェがスノーマシン内部から顔を出してドゥエロに声をかける。が、肝心のドゥエロの姿はそこにはなかった。
「あれ…? ねえ、ドクターは?」
すぐ側で同じように作業に当たっていたクルーに尋ねる。と、
「さぁ…どっかに行っちゃいましたけど…」
という返答が返ってきた。その返答に、
「まあったく、男っていざって時に役に立たないのよねぇ!」
ムッとした表情になってパルフェが愚痴を言ったのだった。で、その槍玉に上がったドゥエロはと言うと、自分の庭である医療室に戻って腕を組んで考えごとをしていた。
「さて、どうしたものか…」
頭を捻って考える。勿論、その頭痛の種はパルフェにせがまれたプレゼントについてである。用意どころか、風習さえ今日初めて知ったのに対応しろというのも難しい話だ。
「タラークにはプレゼント? っていう慣習はないからねぇ。どうすんだ、ドゥエロ?」
すぐ側のベッドに腰を下ろしていたバートが楽しそうに尋ねた。その様子に、
「随分と自信たっぷりだな」
と、疑問に思ったドゥエロが尋ねる。
「あはははは…僕はその点、おじいちゃま仕込みの作法をバッチリ身に着けてるからね♪」
にこやかに微笑みながら親指で自分をサムズアップするバートに、
「その根拠のない自信が、時折羨ましくなる」
ドゥエロは呆れつつも感想を述べ、そしてその感想通りに羨ましく思ったのだった。そのとき不意に、あるものが視界の端に入り目に留まる。それは、先程の室内探索で発見した数枚の絵を描くキャンバスだった。誰の発案で何のためかはわからないが、ここに持ってきていたのだ。
艦内ではそんなある意味呑気な空気が流れる中、彗星内部では誰知らずヒビキとメイアがカリトリ機に苦戦している状況が続いている。
「この、この、この!」
何とか火器を使わずにバリアを破壊しようとブレードを突き立てるヒビキだが状況は芳しくない。そして、そんな状況を見逃してくれるようなカリトリではない。全身を赤く光らせると、そのバリアに電磁波のようなものを走らせた。
「ぐっ!」
その痛みに顔を顰めるメイア。が、
「うっせえんだよ!」
同じく痛みは感じているのだろうがイライラの方が勝ったのか、ヒビキが小型のブレードをカリトリ機に投擲する。ブレードは見事機体の中央の目の部分に刺さり、カリトリ機は衝撃にのけぞった。
「ざまあみろ!」
吐き捨てるようにヒビキが言う。そして、内部でそんなことになってるとは思わない他のクルーたちは、
「ホント、綺麗…」
と、彗星にうっとりとしていた。ちなみに今の感想を言ったのはジュラである。その隣ではバーネットが同じように彗星を見物していた。そうこうしている間に時間は11:50を迎える。
「もー…宇宙人さん、何処行っちゃったの?」
ようやく下準備を終えたディータがヒビキの姿を探す。が、その姿は何処にもない。それもそのはず、艦外にて戦闘中だからだ。そしてようやく、その事実を知る者が艦内にも現れる。
『オラァ、もう少しの辛抱だ!』
『フン』
相変わらずコンソールを操作していたブザムが、通信を傍受する。そこから聞こえてきた声は、自分もよく知る声だった。
「! あの二人、まさか、あの彗星の中に…」
今の傍受した通信だけでわかるのは流石にブザムと言ったところであろうか。引き続き情報収集に従事しながら傍受した通信につなげようとするブザム、キャンバスに何やら色を付けるドゥエロ、そしてブリッジの入り口付近でプレゼントを持つバート。時間は11:55となっていた。
「宇宙人さーん! 何処行っちゃったのぉ!?」
相変わらず艦内にはいもしないヒビキの姿を求めてウロウロするディータ。
「隠れてないで、出てきてよぉ!」
とにかく探す。
「いないのぉ!?」
料理の入ったクローシュを開けてまで確認する。そんなところに人が入るわけないのはわかりそうなものなのだが、わかっていても逸る心は抑えられないのだろう。プレゼントを片手に、それでも諦めずに探す。
「オオラアッ!」
そのヒビキはようやくバリアを粉砕したところだった。メイアのドレッドの拘束も解ける。
「おおっと!」
その過程で、ヒビキは飛んできた氷塊の一つをキャッチした。
「どうするつもりだ?」
「へっ、プレゼントってやつさ!」
メイアの疑問にそう答えるヒビキ。が、すぐにメイアのドレッドの後ろにバリアを破壊されたカリトリ機が迫っているのに気付き、同時にそれに気付いたメイアがハッと息を呑んだ。
『さあ、いよいよメインイベント! みなさ~ん、バイオパーク中央にお集まりくださ~い!』
「あー…間に合わんなぁ…」
「残念ですねぇ…」
その頃艦内ではリミットを意味する艦内放送が流れ、パルフェがガックリしながら振り返った。助手のメカニッククルーも肩を落とす。そこに、
「んっ、んんっ!」
という、どうにもわざとらしい咳払いが響き渡った。そのわざとらしい咳払いの方に振り返ると、ドゥエロがキャンバスを一枚脇に抱えて立っていたのだった。
「ドクター、悪いけど雪は間に合わないよ。あんたに見せてあげたかったけどね…」
立ち上がったパルフェが申し訳なさそうに詫びる。ついさっき文句を言っていたが、今は申し訳なさそうに謝罪するパルフェ。この裏表のなさがパルフェの人間性を表していた。それに対し、
「実は私もまだ、未完成ではあるが…」
ドゥエロがそう切り出す。
「何?」
パルフェが首を傾げた。一方で彗星内部。
「こっちだ!」
何とかカリトリ機の攻撃をやり過ごしたヒビキとメイアは離脱しながらスピードを上げて合体する。
「長居は無用だ! 早いとこぶっとばして帰ろうぜ!」
「同感だ」
二人の意見が一致し、二機は合体する。現れたヴァンドレッド・メイアが加速してそのままカリトリ機に突撃した。そのスピードに対処できず、あっけなくカリトリ機は爆散。その爆発が彗星を爆ぜさせ、まるで氷のツリーのように宇宙を彩る。彗星で何が起こってるかをただ一人知るブザムはその光景に表情を固くしたが、一方で、
「わぁー、綺麗! すごいすごい! 宇宙人さんも見てるかなぁ!?」
そんな事情を知らないディータは呑気にそんな感想を述べていた。もっとも、他のクルーたちも歓声を上げていたので似たり寄ったりの感覚だろうが。それを裏付けるかのように、
「どうしたの? カウントダウン、始まるよ」
「ディータも早く来てね。待ってるよ」
「後でねー」
と、サンタコスにドレスアップしたブリッジクルー…アマローネ、ベルデウェール、クマの着ぐるみがそんな声をかけながらその横を通っていったのだった。
「うん」
それに対して頷くディータ。だがすぐに表情を曇らせ、
「宇宙人さん、何処行っちゃったんだろ…?」
と、呟いたのだった。
「メイア、応答しろ」
ただ一人、現在の状況を正確に把握しているブザムが再度呼びかける。それに対して通信での返答はなかったものの、望遠カメラが無事飛行するヴァンドレッド・メイアの姿を映し出した。そのことに、安心したようにブザムが大きく息を吐く。そこへ、
「ふっくちょうさん」
と、横から声がかけられたのだった。直後、艦内の照明が落ちる。
「いよいよねぇ♪」
「ピョロニ~…」
「あはは…」
クリスマスの演出にウキウキするエズラだったが、勝手に子供の名前を決められてお腹を擦ってくるピョロに、乾いた笑いを上げるしかなかった。
『メリークリスマスまで、10秒前!』
そしていよいよ、カウントダウンが始まる。クルーたちの歓声も一層大きくなった。
『9、8、7、6、5秒前!』
パルフェの前で言葉に詰まるドゥエロ、自然と見つめ合うかたちになったバートとブザム、そして未だにヒビキの姿を探すディータ。個々人の様々な思惑が動く中、5秒を切る。そして、
『4、3、2、1、0! メリークリスマス!』
とうとうその時を迎えたのだった。と同時に艦内は再度ライトアップされ、そこここで歓声やクラッカーの鳴る音、鐘の音が響き渡り紙吹雪が舞ったのだった。
「イチかバチか!」
クリスマスピッタリに降雪とはいかなかったものの、諦めきれないパルフェが振りかぶってスノーマシンを殴りつける。だが、残念ながら動くことはない。
「ダメか…」
ガックリと肩を落とすパルフェとは対照的に、ブリッジのテラスではコスプレ衣装に身を包んだサンタよろしくマグノと、ガスコーニュがクルーたちに用意していた袋の中のプレゼントをバラ撒く。と、先程の戦闘の影響か、彗星がダイヤモンドダストを放つようになり、その幻想的な光景にクルーは目を奪われた。そこに、鳥の形のサンタクロース…ヴァンドレッド・メイアが姿を現す。
「宇宙人さん!」
ヒビキの所在を確認したディータが目を輝かせながら歓声を上げる。その内部では、
「私はここまでだ」
と、メイアがヒビキに宣言していた。
「あ?」
何のことだと振り返った直後、メイアが合体を解除する。自然、弾き出されたヒビキのヴァンガードはニル・ヴァーナへと落下することになった。
「うわああああああっ!」
「借りは返したぞ」
ヒビキの悲鳴をBGMに軽く微笑みながらそう言い、帰投するメイア。一方でヒビキはそのままテラス部分に落下し、その左手に握っていたあるものを掲げた。それは、先程の彗星の中で手に入れたあの氷の結晶である。
「宇宙人さん…」
『?』
感極まるディータとは対照的に、ジュラとバーネットは行動の意味がわからないとばかりに首を傾げる。
「あの二人、氷取りに行ってたんだ」
腕を組んで見上げていたパルフェは半分当たり、半分外れの感想を述べていた。
「もう必要ありませんね」
助手のクルーがそう呟いた直後、艦内に舞い始めたあるもの…雪にパルフェが気付いた。あっと慌ててスノーマシンに振り返ると、殴った衝撃かそれともクリスマスプレゼントか、スノーマシンが本来の機能を発揮して降雪を始めたのだ。
「やったー!」
嬉しさのあまり思わずそのままドゥエロに抱き着いてしまうパルフェ。その行為で、パルフェはドゥエロがキャンバスを持っているのに遅ればせながら気づいた。
「何コレ? ひょっとしてあたしに?」
「あ、ああ…」
パルフェにペースを崩されっぱなしだったものの、ようやく本題に入れそうなドゥエロがそのキャンバスを手渡す。
「血流を具現化してみたものだ。これを雪になぞらえるならば、絵の中の雪は永遠に降り続ける」
「ふふっ…」
「アハハ…ありがと」
助手のクルーがクスッと微笑み、パルフェが苦笑いを上げた。絵としては上手い部類だと思われるが、何せモチーフがモチーフである。微妙な反応になるのもしょうがないかもしれない。そこに、
「おおっと、スクープ! パイ、チェ~ック!」
いつものように神出鬼没のパイウェイがいつものようにその映像をカメラに収める。
「これ、我が社の最高品、七色ペレ「ありがとう、もらっておこう」」
ブリッジ上部では、ブザムとバートの間にこんな会話が。中身を開けて確認したブザムだったが、それが何かとわかりすぐに閉めた。そして、簡潔に礼を言う。そのあまりにもな塩対応に、自信満々だったバートも二の句が継げなくなっていた。だがめげないバートは言葉ではだめなら今度は雰囲気で勝負とでも言いたげにジッとブザムの顔を見つめる。が、
「他に、何か用か?」
と、にべもなく斬って捨てられてしまったのだった。バートの思惑に気付いていないとも考えられるが、そもそもそういった感性がない、あるいはバートが眼中にも入っていないのかもしれない。だが、ここだけ見ればブザムもなかなかの天然である。
「い、いや別に…あははは…それじゃ!」
「ああ」
あまりにも素っ気ない幕切れに、ブザムから距離を取った後でバートは肩を落としながら大きく息を吐く。そこに、
「おっと、ギリギリチェ~ック」
床を滑り込みながらパイウェイがシャッターを切った。傷口を抉られた形になったバートが青筋を立てながらパイウェイを睨む。
ブリッジの上部でそんなことがあったのとほぼ同じタイミングで、パルフェたちから離れたブリッジのテラス部分で、こちらはジュラとバーネットがお互いを見つめ合っていた。
「はい、メリークリスマス」
そう言いながらバーネットがジュラの左手を取ってその中指にリングをはめる。これがジュラに対するバーネットのクリスマスプレゼントなのだろう。
「大好きよ、バーネット♪」
感極まったジュラがバーネットに抱き着き、少々バーネットを堪能する。堪能後に距離を置くと、
「ジュラからのプレゼントは、コレね」
と、頬にキスをした。
「ええ!? これだけぇ!?」
だが、バーネットはその返礼に不服そうである。アクセサリーのお返しがキス一つでは不満になるのも仕方ないかもしれない。その側にはまた、当然のようにパイウェイの姿があった。
会場では、クリスマスの余韻に浸るクルーたちがツリーを見上げ、雰囲気に酔いながら思い思いに楽しそうに過ごしている。
「おや、みんなプレゼントが残ってるよ?」
まだ残っているプレゼントを前にマグノがそう伝えるが、
「お頭、もうおもちゃじゃ娘は釣れないみたいですよ」
と、ガスコーニュが肩を竦めたのだった。
「なんだい、つまらないねぇ…」
その言葉通り、つまらなそうな表情になるマグノ。と、その目の前に、紐に吊るされたパイウェイが突如として落ちてきた。
「おや、おチビちゃん、どうしたんだい?」
「何でもありましぇ~ん…」
縁日のヨーヨー釣りのヨーヨーのように何度か上下動を繰り返したパイウェイが力なく気絶した。流石に度重なるチェックの被害に遭った諸氏の怒りを買ったのだろう。自業自得である。そして、
「宇宙人さん、宇宙人さん、宇宙人さ~ん♪」
格納庫に戻ってきたヒビキをディータが走って迎えた。だがヴァンガードから弾き飛ばされるように出てきたヒビキは疲労困憊でそれに応える元気もない。今回の出撃が余程疲れたのか、目の下に隈までできている。
「ハイこれ!」
ヒビキのすぐ側までやってきたディータは屈むと手に持っていたプレゼントを渡す。
「ホントは12時ピッタリに開けてほしかったんだけど」
「ホラよ」
ヒビキはそれに応えず、いつも通り不愛想にそう言って己の右手を差し出した。
「大分溶けちまったがな」
そう続け、その手にあるものをディータに渡す。それは、小石ほどの大きさまでになってしまっていた氷の結晶だった。その中に花のつぼみが一つ。そのつぼみはディータの掌の上で溶け、直後に花を開かせた。
「うわぁ…」
感極まった表情になり、ディータが感嘆の溜め息を漏らす。
「嬉しい…宇宙人さ」
礼を言おうとしたのか抱きつこうとしたのか、それともそれ以外の何かかわからないが何かアクションを起こそうとしたディータだったが、そうはしなかった。というのも、ヒビキが高いびきをかいて眠りだしたからだ。なので、
「ありがと」
と、一言礼を言うだけにとどめたのだった。そうしてそれぞれがそれぞれの思い思いの時間を過ごす中、不意に、艦内にとある音色が鳴り響く。
「ん?」
「え?」
「何これ?」
「誰よ?」
「綺麗な音色…」
突然のその音色を耳にしたクルーたちがざわめきながらキョロキョロしていると、その疑問に答えるかのように、艦内各所にウインドウが出現した。そこには、艦内のとある一角で目を閉じながらオカリナを吹くシュバルツの姿が映し出されたのだった。
時間は少し遡り、クルーがクリスマスを楽しみだした頃。シュバルツは艦内のとある一室にいた。そして、その手に持つものに目をやる。それは、先程何か地球の情報を得られないかと家探ししたときに見つけたもの…オカリナだった。勿論、このオカリナにそんな大層な秘密などない。何の変哲もないただのオカリナである、映像に映ったあの家族のうちの誰かが使っていたものだろう。そしてこれを見つけた直後、シュバルツは自然とこのオカリナを手に取っていたのだ。
「懐かしいものだな…」
そんなことを呟きながらぐるっと一回転させて確認する。元々は両親の助手であったシュバルツ…キョウジではあるが、勿論研究畑一筋の無趣味な人間ではない。それなりに興味を惹かれることや、楽しいと思ったこともあった。その一つが音楽なのである。
(ふっ…)
昔の、そんなひと時を思い出して柔らかな笑みを浮かべるシュバルツ。確認したところ、何処も欠けたりひびが入っていたりはしていないようだ。と言って、長い間放置されていたものにそのまま口をつける気にもならず、表面を拭いたり内部を掃除したりして軽くメンテをする。そして、口をつけても良さそうだと判断したところで軽く吹いてみた。メンテはしたものの経年劣化にはやはり抗えず、少し音程が外れていたり、音が割れたりしている。だがそれも、気になるほどひどいものではない。
「……」
それを確認したシュバルツがゆっくり目を閉じると、郷愁に耽るようにとあるメロディを奏でだした。それだけならそれで済む話だったのだが、間の悪いことにそれを目撃した者がいたのだ。ピョロである。
『む~…』
日付の変わった直後、ピョロはエズラにお腹の子供のことでつれなくされ、少し不貞腐れながらブリッジを離れていた。
『絶対いい名前だと思ってるのに、奥さんは何が不満なんだピョロ?』
いつものように空中をフヨフヨとホバリングしながら腕を組み、納得いかない様子で考えている。と、その視界の端に、人影を捉えた。
『ん?』
顔を上げる。今のタイミングだとほぼすべてのクルーがブリッジにいるはずである。なのに何故、こんなところに人影があるのか。
『シュバルツ…?』
そして捉えた人影がシュバルツだと気付いたピョロはこんなところで何をしているのかと尋ねるために声をかけようとする。が、シュバルツはピョロに気付いた様子もなくさっさと廊下を曲がっていった。
取り立てて何も不審な様子はない普通の光景だったが、何となくいつものシュバルツとは違う違和感をピョロは感じた。
『ふふ~ん、怪しいですねぇ…』
何故艦内がお祭り騒ぎのこのタイミングで一人で単独行動しているのか。パイウェイほどではないが野次馬根性旺盛なピョロがその後を追ったのはある意味必然だった。そして、先程の場面に立ち合うことになったのだ。
『いい音色だピョロ…』
シュバルツのオカリナの音にそんな感想を呟くピョロ。本当に人間臭い機械である。そしてリラックスしたことでシステムがいつも以上に安定したからなのか、何故だか皆様にお裾分け! という思考回路に達してシュバルツの独演会を艦内に流したのだった。
短い小節だが澄んだ音色が繰り返し艦内に響き渡り、思わずそれに見惚れる、聞き惚れるクルーたち。
「へえ、アイツこんな芸もできるのかい。全く多芸だね」
ステージの上で腰を下ろしたガスコーニュが、いつも咥えている楊枝を上下に揺らしながらリズムを取り、素直な感想を口に出している。
「いい音色だね。時折物悲しさも感じるが、そこがまたいい」
マグノもニッコリと微笑んでいる。ただまあ、いつもの格好ならともかく、今はトナカイとそりを腰回りに付けたサンタコスのため説得力もへったくれもないが。
(落ち着くな…)
ブザムは相変わらずコンソールをいじっているが、それでも耳に入るだけなので作業の邪魔になるわけではない。ピョロと同じくその音色でリラックスしたせいか、いつも以上に作業がはかどっていた。
「うわぁ…」
「綺麗なメロディですね」
パルフェと助手のメカニッククルーも聞き惚れる。
「聞いたことがない音楽だな…」
その隣で、ドゥエロも同じように耳を澄ませながら腕を組み、そんなことを呟いた。
「え? タラークの音楽じゃないの?」
「違う」
パルフェの疑問に、ドゥエロが首を左右に振る。
「そうなんだ」
「それじゃやっぱり、あの人は最初にお頭が尋問したときに言ってたように、私たちの知らないところの人なんですかね」
「恐らくそうだろう」
ドゥエロが頷き、そして大分前に牢獄でヒビキ、バートとシュバルツの正体について話し合ったことを思い出していた。
(タラーク以外の男か…であればやはり疑問に浮かぶのが、どうやってあのタイミングでこの艦に現れることができたのだ? ということだが…)
悲しいかな、ドゥエロには調べる術がない。当時のことを調査しようにももう大分前のことで、出来ることと言えば以前見た尋問の記録を再度確認するぐらいのことだ。だが、それがどれだけ有効な手段かと言えば疑問符がつく。
手段として一番手っ取り早いのは本人に聞くことだが、聞いたところで回答が返ってくる保証はないし、万一返ってきたとしてもそれが本当かどうかなど確かめる術もない。つまりは八方塞がりなのである。
(どうにも…どうしようも出来ないな…。まあ、これまでの行動を見る限りは信頼してもいいとは思うし、信頼できる人物だとは思うが…)
医者のドゥエロにとっては自分の理解できないことほど気持ち悪いものはない。とはいえ、現状できることもまたないため、矛盾を抱えながらも静観するしかないのだった。
「ワォ、いいじゃない」
「クリスマスっぽいメロディね」
ジュラとバーネットも二人でその音色に耳を傾ける。そして自然と二人の視線もその音色を奏でる人物、シュバルツに向くことになった。
(…っ!)
少しの間とはいえ、いつの間にかシュバルツの姿に見惚れていたことに気付いたジュラがプルプルと小刻みに顔を左右に振った。
(ありえないわ、ジュラが見惚れるなんて。…そ、そりゃあ、この前の件だってあるし、少しは感謝してるけど、ジュラは憧憬の対象になる存在であって、ジュラが他人に憧れるなんてないんだから!)
そう思い直す。だが、その決意を決壊させるかのようにシュバルツの奏でる音色がスッと心に沁み込むのだ。
(いい音色なのは認めるけど、それだけよ! それだけなんだから…)
必死に己と戦うジュラ。その横で、
(なんでかな…?)
バーネットはまた、シュバルツの姿に違う感想を抱いていた。
(なんでかわからないけど、少し悲しそうに見える…)
シュバルツのオカリナを奏でるその姿にバーネットが抱いた感想はそれだった。見た目は何一ついつもと変わらない。メロディも確かに物悲しさを感じるときはあるものの、静かないい音色である。だが、どうにもオカリナを噴くその姿に、バーネットは何故か悲しさを感じてしまった。その理由はわからない。
(…言葉にするのは難しいけど、自然とメロディにそんな想いが乗り移っている…そんな感じがするわ)
その姿に心の奥底で今まで感じたことのない違和感を感じるものの、それが何かわかる時が来るかどうかはまだわからない。
同じメロディを聞きながらも、二人はそれぞれ対照的な思いを抱くことになったのだった。
「……」
偵察、そしてその後の戦闘から返ってきたメイアは自室にてその光景を見ていた。準備で浮かれているクルーたちを否定はしなかったものの、やはり自分はそんな気になれなかったメイアは帰投後も合流することなく自室に戻ってきたのだ。そして、軽く汗を流した後でこの場面を見ることになった。
「……」
シュバルツの奏でる音色をBGMに、そのままベッドに横になるメイア。今日は楽しい一日ではあるのだが、メイアの性分としてそれを素直に楽しむのはどうしてもできず、更にヒビキほどではないが戦闘の疲労と、緊張感から解放されたことで瞼が重くなっていく。
(キョウジ…)
意識を落とす前、最後に見たシュバルツの姿から不意にその名を思い出し、メイアはそのまま眠りの世界へと沈んでいったのだった。
そんな、予想外の出来事も起こりつつ時間は流れていく。そのため、ヒビキはせっかくのクリスマスのご馳走を食べそびれ、それを嘆くことになるのだが、それはまた別の話。
「今年もまた生き延びたね」
祭りが終わり、ブリッジ。ようやく一仕事終えたのか、それとも休憩か、一人で彗星を眺めているブザムにマグノが話しかけてきた。ブザムが振り返ると、いつもの衣装に戻ったマグノが杖を突きながら近づいてくる。
「色々あったが結果オーライさ。メジェールにいたんじゃ、お目にかかれなかったからねぇ」
「え?」
「ホラ、ごらんよ」
そう言ってマグノが視線を向けた先には、先ほどまでブザムが眺めていた彗星があった。
「綺麗なもんだ。まるで、宇宙のクリスマスツリーじゃないか」
マグノの、そんな賞賛と共にニル・ヴァーナは彗星軌道から離れていったのだった。
最後の笛の下りはオリジナルと自己満足。もう一つ付け加えると祝砲です。
令和の今生の時代に復活おめでとう! 悪○くん!