機動武闘伝Gガンダムヴァンドレッド   作: ノーリ

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おはようございます。今回から原作第十一話です。前話の前書きでも書きましたが、ここからファーストシーズンの山場になります。最終話まで、基本はいつも通り本筋は変わらず。兄さんをクロスさせたことで、本来の物語がどう変化するか…それは読んで確認していただければと思います。

では、どうぞ。


NO.23 嫉妬の代償

クリスマスと正月を無事に過ごすことができたニル・ヴァーナ一行は今日も故郷に向けて艦を走らせる。そんなある日、食糧庫に二つの人影があった。

 

「これと…これと…あ、これもいるな♪」

 

キョロキョロしながら食材をピックアップしていくのはディータ。であれば当然、

 

「おーい…」

 

不満タラタラと言った声色が後ろから聞こえてきた。そこにいたのはヒビキである。その手には、ディータがピックアップしたジャガイモの入ったケースを持っていた。荷物持ち扱いされているのが不満なのだろうが、癇癪を起こさなくなっただけヒビキも成長しているのかもしれない。

 

「ん? あっ、ゴメンゴメン、重たいよね?」

「べ、別にこれぐらい重たかねえけどよ…」

 

ディータからの気遣いの言葉に、どこのツンデレヒロインだよといった返答を返すヒビキ。それに対し、

 

「さすが宇宙人さん。頼もしい」

 

ニコニコ微笑みながら褒めたディータだったが、

 

「じゃあこれも」

 

と、更にケースを持たせようとする。行為自体は無意識かもしれないが、中々にしたたかなのかもしれない。と、不意にディータが自分に向けられている視線に気づいた。

 

「…二人っきりで何してるのよ」

 

ジト目で棚の向こうから覗き込んでいたのはパイウェイだった。

 

「べ、別にぃ。何でもないわよ」

 

そう返すディータ。だが、視線が泳いでいるためその言葉には説得力はない。

 

「ふ~ん…何か怪しい…」

 

それに気付いたのだろう、パイウェイのジト目はますます鋭くなる。その追及から逃れるため、

 

「パイウェイには関係ないの。邪魔しないでね」

 

そらっとぼけながらそう答えた。と、そう言われたパイウェイの瞳が何故か揺れ、

 

「今日、何の日か知ってる?」

 

と、口元をヒク付かせながらディータに尋ねたのだった。

 

「え? 今日? 何だっけ?」

 

それに対し、ディータはまたもそらっとぼける。それなりに年季を積んだ人間ならその態度でピンときそうなものだが、残念ながらパイウェイはまだ子供でるため、その辺りの機微はまだわからない。結果、

 

「ふーんだ」

 

面白くなさそうに眉をしかめながらパイウェイはその場を離れたのだった。

 

「何だよ、あの生き物は…」

「ふふふっ」

 

一連のパイウェイの行動にドッと疲れたような表情になってボヤくヒビキ。対照的にディータは楽しそうに小さく笑ったのだった。

 

 

 

 

 

「見えた見えた…」

 

ブリッジ。望遠鏡を覗き込んだパルフェがその先に確認できたものを見て感激に身を震わせる。望遠鏡の先に視認できたのはメジェール。マグノ一家の故郷だ。

 

「この日をどれだけ待ちわびたことか…」

「その望遠鏡で見えるってことは、あたしらはどのあたりまで帰ってきたんだい?」

 

現状把握、確認のためマグノがパルフェに尋ねる。

 

「ええっと…まあ端的に言えば、半分ってとこでしょうか」

「母星に当てたメッセージも、届いている頃だと思います」

 

ブザムが補足する。

 

「でもさぁ、実はもうとっくにカリトリ終えてて、皆死んじゃってたりして?」

 

そう言ってケラケラ笑うパルフェ。パルフェとしては冗談の一環かもしれないが、笑えない冗談であるためブリッジの視線は一気に冷たいものになる。

 

「あー…シャレに…ならなかった? えへへへへ…」

 

慌てて誤魔化すように笑うパルフェだが、笑うに笑えない。取り繕うように言い訳するものの、暫く冷え込んだ視線は戻らなかった。その発言に呆れたかのように、クマの着ぐるみの頭部が力なくズルッと少し滑ったのだった。

 

 

 

 

 

「……」

 

パイウェイの自室。面白くなさそうにムッとした表情でパイウェイはおもちゃの銃を壁に向けて撃っている。面白いのは、その弾がカエルを模し、頭頂部にバネ状の吸盤が着いていることだ。

 

「……」

 

再度発射する。それはそのまま壁に張り付いた。ターゲットになっている壁に張り付いているのは、今までチェックしたヒビキとディータの写真である。

 

「はぁ…」

 

だがそんなことをしても気分は晴れないのだろう。パイウェイはガックリした表情で大きく息を吐いた。

 

 

 

 

 

「この艦で生活を始めはや数か月。最近どうもこの艦における僕の立場、つまり扱いが気になるんだよ」

 

医療室。パイウェイのものとはベクトルが違うが、こちらも不満げな表情で愚痴っているのはバートである。そのバートを放置し、ドゥエロはいつものように仕事をしていた。

 

「ブリッジでは未だに皆が余所余所しいし、僕は軽視されてるように思われてならないんだ。君はどう思う?」

「……」

 

問いかけに何も答えないドゥエロ。

 

「聞いているのか?」

「いや、聞いてない」

 

その容赦ない返答にガックリと肩を落とすバート。仕事の手を休めないドゥエロは、やはりバートを黙殺していたようだった。

 

「って君ぃ! 僕は真剣に悩んでるんだぞ! 夜も眠れないぐらいに!」

 

が、バートも大人しく引っ込むようなタイプではない。何とか自分の悩みを解消する方法がないかとアピールを続ける。まあ“夜も眠れないぐらいに”はいつもの大口だとは思うが。と、

 

「こういう話がある」

 

不意に、ドゥエロが口を開いた。

 

「ん?」

「ある男が、長髪の者ばかりがいる職業に就いた。その時、その男の髪は短く、皆に敬遠されていた」

 

いきなりの脈絡のない話に戸惑いながらも口を挟むことなくバートが耳を傾ける。

 

「ところが、その男の髪が長く伸びた頃、いつしか男は皆に溶け込んでいたという」

「んなぁるほどぉ…」

 

ドゥエロの話を聞いて得心を得たとばかりに相好を崩しながらバートは頷いた。そして、

 

 

 

 

 

「えっ!?」

「げっ!?」

「いっ!?」

 

ブリッジ。そんな感想というか絶句がマグノを含めたブリッジクルーたちの口から次々と漏れた。その理由は、

 

「皆さん、ごきげんいかがですぅ?」

 

突如としてブリッジに姿を現したバートにあった。どういうことかと言うと、何故か女装してきたのである。それも金髪のヅラを被り、アイシャドーやルージュを引き、ドレスにまで身を包んだ、ある意味振り切った女装だった。ドゥエロの意見を拡大解釈してのこの結果だというのはご推察の通りだが、拡大解釈にもほどがあるというものである。だがこれこそが現状打破の最善の一手だと妄信しているバートはその場違いな空気を感じ取れない。その姿勢に対するブリッジクルーの返答は失笑だった。

 

「何故笑うのです。僕は皆さんに一歩でも寄り添おうとしているのに」

 

力説するバートだが恰好が恰好だけに説得力がない。しかもやたらガタイがいいことがそれに拍車をかける。が、バートはめげない。

 

「さあ、私を見てくださ~い」

 

と、軽やかにジャンプする。が、ここで格好がつかないのがバート。ブリッジの機器の一部に引っかかって躓き、

 

「あー、あー、あー!」

 

奇声を上げながら転がりもんどりうって、クマの着ぐるみに一直線。

 

「痛てっ!」

 

着ぐるみの座っていた椅子に頭をぶつけて何とか止まったもののそれで終わらず、

 

「いやー! やー、やー、やー!」

 

と、着ぐるみに散々踏まれたのだった。そして着ぐるみはそのまま走ってブリッジを出ていってしまう。余程慌てたのか、顔の部分が後ろを向いたままだったが直しもせずに壁にぶつかりながらも逃げたのだった。

 

「何…?」

 

何が何だかわからず呆然とした顔で見送るバート。ブリッジでそんな一騒動があった直後のとある廊下。

 

 

 

「宇宙人さん、早く早く」

 

食材のケースを抱えたディータが立ち止まると後ろを振り向きヒビキを催促する。

 

「わーってるよ!」

 

ヒビキはそう答えるものの余裕はない。というのも、食材の入ったケースを三つも縦積みして歩いているからだ。おかげでバランスとるのに一苦労だし、前も良く見えない。

 

「うるせえなぁ、ったく…」

 

単純計算でディータの三倍もの重量を運んでいるのだから不満顔でぼやくのも仕方ない。故にか、愚痴にも心なしか覇気がなかった。と、大半塞がれた視線の先にとある一室のドアがかすかに開いているのが目に入った。

 

「先に行くよ」

 

タイミング良くか悪くかはわからないが、ディータはそう言い残して廊下の角を曲がって行ってしまう。そのため、その後のヒビキの行動を知る者はいなかった。

 

「何だぁ?」

 

僅かに開いているドアを思わず覗き込むヒビキ。その目に入ってきたのは、さっきのクマの着ぐるみの中身の生着替えのシーンだった。

 

「いっ!?」

 

予想もしなかった光景に思わずたじろぐヒビキだったが、センサーが感知してドアが開いてしまう。そして、

 

「う、わ、あああああっ!?」

 

バランスを崩してそのまま部屋に突っ込んでしまい、

 

「え?」

 

クマの着ぐるみの中身…ブリッジクルーの一人である、セルティック・ミドリの下着だけのお知りに顔面を突っ込むことになったのだった。まるで、某華撃団の隊長の身体が勝手にを彷彿とさせる行動である。だが、その被害者になった身はたまったものではない。顔を上げたヒビキと目が合ったミドリはそこにいるのがヒビキ…男だとわかり、

 

「きゃー!」

 

ニル・ヴァーナを揺るがすようなほどの悲鳴を上げたのだった。

 

 

 

 

 

「急がなきゃ! ああー、パイウェイもう絶対気が付いてるよ…」

 

トラぺザのキッチンにて、エプロンしたディータがそんなことをぼやきながらせっせと玉ねぎの皮を剝いていた。そして、

 

「あ、宇宙人さん、そこのボウル取って」

 

と、ヒビキにお願いした。が、

 

「断る!」

 

背中を向けて食材のケースにどっかと腰を下ろしていたヒビキが機嫌悪そうにそう言ったのだった。

 

「えっ!?」

「俺は、オメェの手下じゃねえ!」

 

仏頂面はそのままに憤懣やるかたない様子でそう宣言するヒビキ。さっきの一件が尾を引いているのは間違いないところだろう。と言いながら、フリフリのエプロンを着けているため説得力は欠片もないが。それに対し、

 

「さっきから何怒ってるの?」

 

ディータは不思議顔だ。

 

「そのエプロン、とっても似合ってるよ」

「バカ野郎、関係ねえよ」

 

誉められたことに顔を赤くするヒビキ。だが、依然としてヒビキの機嫌は直る様子はない。そこで、

 

「あーあ…手伝ってくれれば、美味しいハンバーグを食べさせてあげられたのに。残念ねー♪」

 

わざとらしくディータがエサを撒く。その撒いたエサにヒビキの全身がピクピクと震えた。恐らく心中では激しく葛藤しているのだろう。だが、

 

「…ホラよ」

 

不機嫌そうに、しかしディータの狙い通りボウルを渡したのだった。男の矜持もヘッタクレもあったものではないが、人間、三大欲求にはどう逆立ちしたって勝てないのだから仕方ない。ましてや、ガッチリ胃袋を掴まれてしまったヒビキでは尚更だろう。それを十分わかっているからだろうか、

 

「アリガト♪」

 

礼を言ったものの、ディータもこの結果はわかり切った様子だった。その後も、二人は黙々と調理を続けていく。

 

「ったく、何で俺が…」

 

ブツブツとボヤキながら玉ねぎの皮をむくヒビキ。そして、

 

「おい、これ…」

 

ぶっきらぼうにそう口にしたヒビキが固まってしまった。何故なら、ディータが涙を浮かべていたからだ。

 

「お、お前…」

「え? 何?」

 

涙を拭いながら振り返るディータ。玉ねぎ刻んでいるからそれが原因なのだが、料理という文化・概念のないタラーク出身のヒビキにそれがわかるわけもない。慌ててディータに近寄った。

 

「何でもないよ」

「何でもなくねえだろ。何で泣いてんだよ!? あぁ!?」

「いいから、ほっといて」

 

目を拭いながらそう答えるディータ。実際、自然現象なのだから何でもないし仕方ないことではある。だが、その状況を盗み見ている者が一人。

 

「パイチェック」

 

冷めた目でそう呟くのは、お察しの通りのパイウェイであった。そして、

 

 

 

 

 

「あたし、もうこれ以上我慢できません!」

 

ミーティングルーム。一人のクルーが下着姿でそう訴えていた。そのクルーは先ほどのヒビキのラッキースケベの被害者である、セルティック・ミドリである。

 

「ついにそれを脱いだのね」

「その方がいいわよ」

 

ジュラ、バーネットがセルティックの訴えに、各々個人的な感想を述べた。だがそんな個人的な感想はセルティックにはどうでもいい。それよりも重要なことがあるからだ。

 

「皆さんは今後も男を野放しにしておくつもりですか!? さっき、男があたしの部屋を覗いていたんですよ!?」

 

その衝撃の発言にミーティングルームがざわつく。

 

「これを身に着けていたのも、元々は男との接触を防ぐため。あたし、もう男と同じ空気を吸うの耐えられない!」

 

着ぐるみのクマの頭部を持ちながらそう訴えるセルティック。ヒビキのあの行動は全くもって擁護できないが、それでもラッキースケベなので情状酌量の余地はある。だがしかし、そうもいかないのはタラークとメジェールという生育環境のせいであろう。そこに、

 

「ねえ、皆見て!」

 

パイウェイが追加燃料を投下する。それは、さっきチェックした動画…泣いているディータと、それを目の前にしてオロオロしているヒビキの姿だった。

 

「これはさっき撮られたドキュメンタリー映像よ! ディータを泣かす野蛮な男を見て!」

 

その動画とパイウェイの煽りに再びミーティングルームがざわつく。

 

「最近あたしたちは、一番大事なことを忘れていたわ。それは、男は危険だってことよ!」

「あんた、見てたんなら助けなさいよ…」

 

メジェール出身者としては当然のことを今一度力説するパイウェイ。だが、ジュラが呆れたように指摘した。その指摘に、パイウェイがしまったとばかりに動きを止め、

 

「だ、だけど、ディータはあたしより男が大事だって…」

 

と、被害妄想全開な反論を口走った。勿論、ディータはそんなことを一言も言ってはいないのだが、残念ながらそれを訂正する人物などここにはなく、いわば言ったもの勝ちの状況になっている。当然、

 

「ひどーい! 男が来る前はあんなに仲良かったくせに!」

 

このように、空気は男を糾弾する流れへと傾く。更に、

 

「それに今日は…パイウェイの乗船記念日じゃない!」

 

このことがセルティックを更に怒らせた。そう、パイウェイの様子がいつも以上におかしかったのは今日がそう言う日だったからだ。そして勿論、ディータもそのことはわかっている。

わかっててすっとぼけたのだ。それはひとえに、サプライズでパイウェイを喜ばせるため。それは先ほどのディータの焦った発言が裏付けているのだが、そんなことは知らないパイウェイは不満を抱いてこうやって焚きつけたのだった。不幸なすれ違いではあるのだが、一度潮流が定まってしまうとその流れを変更するのは容易ではない。

 

許せないわ

ひどーい

いや、男たち全員よ

 

そこかしこからそんな声が囁かれ始める。予想外に大きくなり始めた不穏な空気に、パイウェイが表情をこわばらせた。だが、焚きつけ、そしてこういう空気にした以上はもう簡単に降りられない。

 

「ディータったら…気に入らないわね」

 

表情を顰めるジュラの横でバーネットが頷いた。が、

 

「お仕置き、よろしくね」

 

急にそうやって自分に視線を向けられ、

 

「えっ? ええっ!? あたし!?」

 

バーネットはどんよりした表情になって己を指差すのだった。ミーティングルームで醸造された空気は艦内に次々へ伝播していく。

 

 

 

「えぇ!? マジぃ!?」

「何でかしら…」

「ついに来たって感じよね…」

 

ブリッジ。コンソールに座っているベルデウェールを挟むようにアマローネ、エズラがそのコンソールを覗き込んだ。そこに、

 

「何だ。さっきから騒がしいぞ」

 

ブザムが現れて三人を注意する。顔を見合わせ一瞬戸惑う三人だったが、

 

「ディータがヒビキに泣かされているんです」

 

代表して、アマローネが答えた。が、

 

「そんなことで?」

 

ブザムにとっては彼女たちにとっての一大事もそのぐらいの感覚でしかない。

 

「それと仕事は無関係だ。持ち場へ戻れ」

 

案の定、呆れた顔になってそう伝えるブザム。だが、現在の艦内の空気ではそう考えるのは少数派だ。

 

 

 

「そーよ! 男が悪いのよ!」

 

ミーティングルームでは今回の火付け役であるパイウェイが気勢を上げていた。

 

「あいつらが来るまであたしたちみーんなHappyだったじゃん!」

 

身振り手振りをくわえながらそう主張するパイウェイ、元々はハブられたことに対するつまらないやっかみが原因だったのだが、そんなことはもうどうでもいいのだろう。実情を知れば自分のことを棚に上げて何言ってるんだといった失笑ものだろうが、残念ながら実情を知る者などいない。結果、

 

「ホント。ディータって最近変わったよね」

「そうそう。宇宙人さん、宇宙人さんバッカリだしね。男のバイ菌に感染しちゃったんじゃないの?」

 

このように、パイウェイの主張が容れられていく形になる。そこに、

 

「確かに、今一度男の扱いを考えるべきだと思う。この件はお頭に訴えよう」

 

パイウェイを継ぐかのようにそうやって口を挟んできたのはバーネットだった。が、どんなことでも100%の支持を得られることはまずなく、それはここでも同様だった。

 

「下らん。無闇に感情的に動くと、碌な結果にならないぞ」

 

椅子に座って足を組みながら、メイアがそう否定した。

 

「そうだピョロ!」

 

いつの間に入り込んでいたのか、ピョロもプンスカ怒りながら同意する。

 

「リーダーは男の味方につくって言うの!?」

「下らないことで騒ぐなと言ってるんだ」

「下らないって、どういう意味よ!?」

 

バーネットとメイアがお互いを睨みつけ、その視線が鋭くなった。

 

「あの~、仲良くしましょ?」

 

おずおずと割って入ったピョロだが、ついさっきメイアの肩を持っていたピョロが言っても白々しいだけである。

 

「…とにかく、私は反対だ」

 

メイアが大きく息を吐くと、椅子から立ち上がる。

 

「やりたいのなら反対はせん。好きにするがいいさ。だが私は降りる」

「バーネット、ゴメンね。この件に関しては、ジュラもメイアと同じ」

「ジュラ!?」

 

出口に向かうメイアにジュラが同調した。その返答に、バーネットが驚きの声を上げる。だがそれは大なり小なり皆同じのようだった。

 

「何でよ!」

「だって…ねえ?」

「ああ」

 

ジュラとメイアが視線をかわすと、お互いに軽く頷き合った。そして、皆に向かって振り返る。

 

「タラークの男だけなら好きにすればいいさ」

「そ。でもいるじゃない? 一人、とんでもないのがさ」

『!!!』

 

二人の指摘に、ミーティングルームの全員の脳裏に一瞬である人物の顔が浮かび上がり、その顔が全員一致した。

 

「や、やる前から白旗上げようっての!?」

 

それでも引っ込みがつかなくなったからかバーネットが食い下がる。が、

 

「白旗? 違うな。冷静に現状を分析していの判断だよ」

「そうそう。それに皆忘れてるのかもしれないけど、何度となく助けられたじゃない? その恩を仇で返す様な真似するわけ? 筋が通らないわよ」

「っ! だからって…」

「まあ、さっきも言ったがやりたいなら好きにするがいいさ。但し、虎にちょっかい出して嚙み殺されても文句は言わないことだ」

「それと、こっちに火の粉は飛ばさないでね?」

『……』

 

そこまでしっかりと釘を刺されてしまい、ミーティングルームは先ほどまでの勢いや盛り上がりは何処へやら、一変してお通夜のようになってしまう。

 

(さて、後はどうなるか…)

(気持ちはわかるけど、それとこれとは別。頭を冷やしてくれるといいんだけど…)

 

そんな皆の姿にそう思いながら、メイアとジュラは連れ立ってミーティングルームを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

「そんな騒ぎになっているのかい」

 

艦長室。艦内の空気が不穏になっていることに対して先ほどは一笑に付したものの、予想外の伝播力と状況に相談・報告した方がいいと判断したのか、ブザムが今回の件のあらましをマグノに報告していた。

 

「放って置くわけにはいかないくらいですね」

 

招集されたのだろう。ガスコーニュがブザムの報告にそう付け加えた。

 

「大きな問題ではありません。母星はすぐそこです。今は帰ることのみ考えるべきです」

「しかし…メジェールの連中がカリトリを信じていない可能性もある。何せ、あたしらからの情報だからねぇ…」

 

ブザムの提案に頷きたくも最悪の可能性も捨てきれず、マグノの表情は渋い。

 

「ではお頭は、母星を見殺しになさるおつもりですか!」

「BC」

「申し訳ありません」

 

ブザムにしては珍しく声を荒げたことにガスコーニュが慎めとばかりに口を挟み、ブザムが謝罪した。ブザムを制した後、

 

「…ってなことになってる」

 

と、ガスコーニュが前方に向かって呟く。すると、それに呼応するかのようにウインドウが一つ開き、

 

『成る程』

 

その先にいる人物…シュバルツが頷いたのだった。

 

『妙なことになってるな』

「全くだ。返す言葉もないね」

 

鋭い指摘にガスコーニュも苦笑するしかなかった。

 

『それで? それを私に知らせてどうしたいのだ?』

「いや、あんたは何もしなくていい」

『ほう?』

 

ガスコーニュの返答にその真意がわからず訝しがるシュバルツ。そんなシュバルツに、

 

「こっちがするのはお願いさ」

 

と、ガスコーニュが続けた。

 

『お願い?』

「ああ。あんたのことだ、もしこの空気のままに暴動が起きたとしてもウチの子たちに危害を加えるとは思っちゃいない」

『随分都合のいい物の見方だな…』

 

シュバルツが呆れ半分、皮肉半分で答えた。明らかに武力行使、敵対行動を見せる相手に何もしないようなお人好しはそれこそお花畑の住人ぐらいしかいないだろう。そして自分はそんなお花畑の住人ではない。無論、今まで重ねてきた関係や築いてきた信頼はあるが、それはそれ、これはこれである。

 

「いやまあ、わかってるよ。あんたがそんな甘い相手じゃないことぐらいはさ」

 

ガシガシと頭を掻きながらガスコーニュが苦笑した。

 

「たださ、こうやって話を通しておけば何があってどうなったからこの現状っていうのがわかるだろ? そうすればあんたのことだ、ウチの子たちに手心を加えてくれると思ってさ」

「そうでなくとも、ハッキリ言ってしまえばお前と我々のクルーの間には理解できないほどの壁がある。そのこととお前の性格を考えれば、あたら害することもないとは思うが、念には念を入れたい」

「そーゆーこと」

 

自分の意図を継いだブザムに、ガスコーニュが首肯して同意した。

 

『成る程な』

「すまないね。不協和音って言うのはちょっとしたことで発生するからねぇ」

 

マグノも疲れたように溜め息をついた。

 

『仕方あるまい。そういう空気が艦内を支配しているのであれば一悶着にはなりそうだ』

「そ。で、こっちとしてはその被害や影響をなるべく最小限に抑えたいと」

「そのためには、先程もガスコーニュが言った通り事前にお前には話を通しておいた方がいい。私とお頭もそう判断した」

「すまないとは思うが、よろしく頼むよ」

『承知。だが…』

「何だい?」

『多少は灸を据えても構うまいな?』

「あー…」

 

シュバルツのその発言に、意見を求めるようにガスコーニュがブザムとマグノに向き直った。

 

「仕方あるまい…」

 

ややあって、そう答えたのはブザムである。

 

「やりすぎない程度には頼むよ」

 

続いてマグノもその意見に同意した。

 

『善処はしよう』

「ホント、手加減してくれよ」

『フッ…』

 

最後に軽く微笑むと、シュバルツはそこで通信を切った。その様子に三人は一抹の不安が隠せなかったがだからと言ってどうすることもできず、顔を見合わせて不安げな表情で大きく溜め息をつくことしかできなかったのだった。

 

 

 

 

 

「出来た! 出来た! 出来た!」

 

トラぺザ。喜びの声を上げて完成したハンバーグをディータがヒビキの前に差し出す。ハンバーグは二品作っており、ヒビキの前に出したのは普通の形だが、もう一つのものはカエルの顔の形を模していた。

 

「これ見たらパイウェイ驚くよ!」

 

会心の自信作に顔を綻ばせるディータ。そして顔を綻ばせているのは何もディータだけではない。ヒビキも自分に供されたハンバーグに早速齧り付いていた。

 

「ハンバーグってすげえなぁ…」

 

表情をみっともなく崩しながら至福の表情でそう呟くヒビキ。散々手伝わされてやっとありつけたのだからこうなるのも仕方ない。だが、その平和な空気はすぐに何処かへ行くことになる。不意に、自動ドアの開く音がした。

 

「ん?」

 

誰か来たのかと思ってディータが振り返ると、そこにはパイウェイと数人のクルーがいた。但し、その恰好はいつものものではなく、最初にこのニル・ヴァーナの元々の母体であるイカヅチを襲ったときと同じく戦闘用のスーツを着た姿である。そして、その手には銃が握られて当然銃口が構えられていた。

 

「皆…?」

「ディータ、もう男と話すの禁止」

 

突然のことに訳がわからないディータに指をつきつけながら、パイウェイがそう言う。が、ミーティングルームでの一悶着など知っているわけないディータ、それにヒビキは意味がわからずきょとんとしていた。

 

「な、何を言ってるの…?」

 

パイウェイの言っている意味がわからず、目を丸くしながら尋ねるディータ。そのディータに対し、

 

「ディータは仲間より男が大事なんでしょう? この裏切り者!」

 

パイウェイが辛辣な言葉を突き付ける。ちょっとしたボタンの掛け違いがこうなるのだから、とかく人の心は恐ろしい。だが、お互いにそんなことになっているとは知る由もなく、そして、この流れに引きずられていく。

 

「男は金輪際、ディータに近づくことを禁ずる」

「何の話だ」

「とぼけるな! あんたディータを泣かしてたじゃない!」

「違うってば! あれは玉ねぎ切ってたら勝手に涙が出てきたの! 宇宙人さんのせいじゃない!」

「玉ねぎ切ると涙が出るのは当たり前「うるさいの!」何でー!?」

 

思い当たる節のあったディータが慌てて否定し、それをピョロも補足しようとするが、クルーの一人に怒鳴られて引っ込んでしまった。

 

「お前が来てから、皆おかしくなったんだ」

「そうよ! 男なんてみんな野蛮で不潔なのよ!」

「お前ら、何言ってやがんだ! ふざけんじゃねえ!」

 

生来の性格、またヒビキにとっては冤罪もいいところな理不尽な糾弾に当然のようにヒビキはカッとなって言い返す。

 

「何で…何で…ディータはただ、パイウェイを驚かせようと思っただけなのに…」

 

瞳を潤ませながら愕然と呟くディータ。そこで初めてパイウェイがヒビキのすぐ側にある物…カエルの顔を模したハンバーグに気付き、思わず後退る。だが、もう遅い。

 

「話してても埒が明かない。みんなで取り押さえるよ」

『ラジャー!』

 

クルーの一人がそう指示を出し、残りのパイウェイ以外のクルーがヒビキに近づく。

 

「さあ、大人しくしろ!」

「お前ら、勝手なことばかり言いやがって! 付き合ってらんねえぜ!」

 

ただでさえ低い沸点を易々と突破したヒビキが行儀悪くテーブルの上に仁王立ちすると、パイウェイ用のカエル型ハンバーグの乗った皿を派手に蹴り飛ばし、クルーがそれに怯んだ隙にトラぺザから逃走したのだった。

 

「宇宙人さん!」

「チッ、追うわよ!」

『はい!』

 

ヒビキを追跡するためにクルーたちが出ていく。

 

「みんな待って!」

 

止めようとするも突然のこの流れが消化しきれない、飲み込めないのか止めようとして思わず上げたディータの手が空中を彷徨う。そして、

 

「……」

 

そんなディータの姿に今回の騒動の元凶であるパイウェイが表情を沈ませながら、最後にトラぺザを後にしたのだった。

 

 

 

 

 

「ヤブ医者ー!!!」

「これは滑稽だ」

 

同時刻、医療室。怒気を孕みながらウイッグを外すバートと、含み笑いを浮かべながらその姿を見ているドゥエロの姿がそこにあった。

 

「君が勧めたんだろ!? 髪が長いとみんなに溶け込めるって!」

 

バートはそう糾弾する。先程のドゥエロの話をバートはそう受け取って実践したらしい。それに対し、

 

「私は他人と打ち解け合うには、時間がかかると言ったまでだ」

 

と、その真意を説明した。その言葉にバートが、え? と目を丸くする。そこに、クルーたちに追われて逃げているヒビキが走り込んできた。

 

「だああっ!?」

「あー! 笑いたくば笑え! 邪魔扱いされるよりマシだ!」

「何だぁ!? ぶっとばされてえのか!」

 

思わず脊髄反射でそう返すヒビキ。自分が今どういう状況に置かれているかはわかっているだろうにこうなるのだから、根っから猪である。その返答に、喧嘩を吹っ掛けたのは自分だが流石に呆れたのか、

 

「相変わらず野蛮だなぁ。そんなだから女に嫌われるんだぞ」

 

と、バートが呟いた。不可抗力とはいえ一番痛いところを突かれ、

 

「上等じゃねえか、テメェ…」

 

腕をまくってヒビキがバートに飛び掛かろうとする。だが、

 

「いたぞ!」

 

追ってきたクルーに見つかり、すぐに現実に引き戻されることになった。

 

「ヤベぇ!」

 

再度慌てて医療室から逃亡するヒビキ。その姿を目で追ったバートとドゥエロに、そのクルーたちが銃を突きつけた。

 

「え?」

「向こうだ! 追え!」

 

状況がわからずマヌケな声を出すバート。そして他のクルーがヒビキの追跡指令を出し、

 

「決議により、お前たちの身柄を拘束する!」

 

二人に銃を突き付けているクルーにそう宣言され、バートは再度えぇ…? と、訳がわからないといった様子になり、ドゥエロは見た感じいつもとは変わらないように見えるが、それでも少しだけ厳しい表情になったのだった。そして、

 

 

 

 

 

「ヴァンガードです、捕虜が逃げました!」

 

ブリッジ。アマローネの報告が響く。この報告通り、どうにか追手から逃げ切ったヒビキは自分の相棒に乗ってニル・ヴァーナを脱走したのだった。

 

『ヒビキ、何の真似だ』

 

即座にブザムが通信を入れる。それに対し、

 

「俺はもう、二度と穴倉に戻るのは御免なんだよ!」

 

そう返す。思わず口調が強くなってしまうブザムの気持ちはわからないでもないが、現状を考えればヒビキがこんな真似をしてしまうのもある意味仕方ない。

 

「アバよ!」

 

そのままヒビキは飛び去ってしまった。マグノも仕方ないねぇといった感じで成り行きを見守ることしかできない。一方で、拘束されたバートとドゥエロは一番最初のときと同じく牢屋へと連行されていた。

 

「みんな何をしている。こんなことをしている場合ではないだろう!」

 

格納庫でモニター越しに艦内のその光景を見ることになったメイアが歯噛みして壁をドンと叩きつけた。釘を刺したにもかかわらずこんな真似をするとは…と、頭が痛い。そこに、

 

「リーダー!」

 

ディータが現れ、メイアに声をかけた。

 

「宇宙人さんは?」

「……」

 

メイアが無言で首を左右に振る。その仕草だけで察したのか、

 

「そんな…宇宙人さん…」

 

と、呆然とディータが呟いた。そんなディータを尻目に、

 

(まさか、シュバルツにまで手は出していないだろうな…)

 

と、メイアは一抹の不安を抱えながら格納庫の一角に佇んでいるガンダムシュピーゲルに目を向けたのだった。だが…

 

 

 

 

 

「いたぞ!」

 

その頃、艦内のとある廊下にて。一人のクルーの声が響き渡った。そして彼女に率いられた、一部隊といってもいいほどの数のクルーの全員が一斉に銃口をある人物に向ける。

 

「大人しくこっちを向きなさい!」

 

先程のクルーがそう命じると警告を受けた人物がゆっくりと振り返る。彼女たちの目の前にはもう大分見慣れた人物…シュバルツ=ブルーダーの姿があった。

 

(来たか…)

 

ブザムやガスコーニュたちから事前に情報を共有されていたため驚きはない。一方で、クルーたちは数こそ圧倒的優位であるが、対峙している相手が相手だけに緊張感を拭えなかった。

 

「…何の真似だ?」

 

ややあって、シュバルツがそう口を開く。別に糾弾したわけでもなく普通の口調だったのだが、それでも圧を感じたのかクルーの何人かが冷や汗を掻いた。と、

 

「決議により、男の身柄は拘束することになったの」

 

と、指揮を執っているクルー…バーネットがそう説明した。

 

「何故だ?」

 

雰囲気を変えぬまま、重ねてシュバルツが尋ねる。口調も雰囲気も変わらないのだが、それが逆に怖くもあるといえる。少なくとも、取り囲んでいるクルーの何人かはそう感じていた。だが、そう思っていないクルーがいるのもまた事実。

 

「答える必要なんてない!」

 

厳しい表情になって睨んだのはパイウェイである。そして、その姿を見止めたシュバルツの目が若干鋭くなった。

 

「いいから黙って従いなさい!」

「…いやだと言ったら?」

 

バーネットが無言で手を挙げると、クルーたち全員の指が引き金にかかった。

 

「ほぉ…」

 

それに対し、シュバルツは呆れとも愉快ともつかない口調で静かに呟く。

 

「あなたに拒否権はないわ」

「そーよ! いくら強くても、この状況で勝てるわけないでしょ!?」

 

バーネットとパイウェイがそう告げる。事実、間違いではないだろう。それが凡百の相手ならば。だが彼女たちの誤算は、自分たちの目の前にいるのがそんな常識的な物差しでは測りきれない存在だったということだ。

 

「フッ…」

 

一斉に銃口を向けているクルーたちを嘲るように微笑むと、直後にシュバルツはその場から消えた。

 

『!?』

 

何処に行ったのかと首を巡らせようとした直後、

 

「きゃあっ!」

 

クルーの一人…パイウェイの短い悲鳴が上がった。

 

「えっ!?」

「パイ!」

 

パイウェイ以外のクルーが悲鳴の聞こえた先に視線を向ける。そこには、シュバルツにその首を抑えられて床に叩きつけられているパイウェイの姿があった。

 

「パイ!」

「貴様!」

 

思わずクルーたちが引き金に掛けた指に力を入れそうになる。そこに、

 

「動くな」

 

シュバルツの静かな声が響いた。威圧感はないがその代わり温度も全く感じられない声色に、その場のクルーたちが全員ぞくりと背中を震わせる。

 

「な、何を…」

 

そんな中でも気丈にバーネットが口を開こうとする。が、シュバルツは委細構わず、

 

「いや…少し違うか。動きたいなら好きにするがいい。だが、その瞬間にコイツの首がへし折れることになるがな」

 

と、死刑宣告をした。その宣告内容、そして自分を見下ろす機械のような怜悧な目に、

 

「ヒッ!」

 

パイウェイは情けなく悲鳴を上げることしかできなかったのだった。そんな状況では動くことなどできるはずもなく、クルーたちは時が止まったかのように硬直するしかない。

 

「さて…」

 

シュバルツはそのまま変わらぬ怜悧な目でパイウェイを見下ろしながらその頭部に銃を突きつけた。パイウェイが所持していた銃を抑えつけたときに奪い取ったのだ。

 

「な、何するつもり?」

 

パイウェイが小刻みに身体を震わせながら尋ねると、

 

「わからぬことはなかろう」

 

ニヤリと微笑みながらその引き金に指をかける。

 

「や、やめて!」

「これは、おかしなことを」

 

最悪の展開が頭によぎったパイウェイの命乞いにシュバルツが表情を戻して口を開いた。

 

「銃を手に敵対するのであれば、当然こうなる覚悟はあってのことだろう?」

 

そして一度パイウェイの頭部から銃口を外すと、その目の前に発砲した。

 

「ヒッ!」

 

眼前に目の当たりにすることになった熱線にパイウェイが短く悲鳴を上げる。

 

「ちょっと!」

「何するの!」

 

その、取り囲んでいるクルーたちからすれば暴挙に口々に非難の声を上げた。が、シュバルツは直後にクルーたちの足元に発砲する。

 

『!』

 

警告、威嚇だということはわかっても発砲された事実にクルーたちの身が竦む。何より、

 

「黙れ」

 

相変わらずのシュバルツの温度を感じさせない口調と氷のような視線にクルーたちは完全に呑まれてしまった。

 

「さて…」

 

邪魔は排除したとばかりに再度シュバルツがパイウェイの頭部に銃口を当てる。

 

「詳細までは知らないが、あらましは聞いている。今回の騒動、お前の下らん嫉妬が原因だそうだな」

「く、下らないって何よ!?」

 

シュバルツの指摘にパイウェイが思わずカッとなった。確かに原因は自分の行為だが、何も知らない人間に下らないと言われる筋合いはない。が、

 

「下らんさ」

 

シュバルツはけんもほろろにそう返した。

 

「長い付き合いであればディータの態度が惚けているのか本当に忘れているのかわかるはずだ。だがお前はそんなこともわからなかった。そしてわがままを爆発させてこのザマだ。下らんと言わずして何と言う。友達だ何だと言っても、所詮その程度にしか思っていなかったということだろう?」

「うるさいの!」

 

痛いところを突かれたからかパイウェイが状況を弁えずに反論する。が、シュバルツは相手にする気も起きないのか一度パイウェイから目線を切って、バーネットたちクルーに視線を向けた。

 

「そして、その扇動に乗せられたのか尻馬に乗ったのかは知らんが、お前たちはこの暴挙の片棒を担いだというわけだ」

「何よ! 文句ある!?」

「いや?」

 

バーネットの反論にシュバルツが首を左右に振る。

 

「ただ、少し過大評価していたかと思っただけだ。もう少し話の通じる連中、理知的な行動を取れる連中だと思っていたからな」

「偉そうに…」

「これだから男は…」

 

悔し紛れに噛みつくクルーたち。が、

 

「真贋も見抜けぬ連中がほざいたところで、笑い種にしかならんぞ。無理を通せればまだ面目も立ったかもしれんが、現状のこのザマではまさしく無様だな」

「…それを詰りたいわけ?」

 

シュバルツは顔色一つ変えずにそう返した。そんなシュバルツの指摘に、バーネットが悔しそうに顔を歪ませる。

 

「そうだな。お遊びはこの辺りにしておくか」

 

そして、再びシュバルツが銃口をパイウェイの頭部に押し当てた。

 

「あ…あ…あ…」

 

先程の恐怖が一気に甦り、パイウェイがガタガタ震え始める。

 

「先ほども言ったが、銃を手に敵対する…即ち武力行使に訴えるのであれば、当然自分が逆の立場になったとしても文句はなかろうな」

「や…ヤダ! ヤダ!」

 

シュバルツのプレッシャー、そしていきなり突き付けられた殺害されるという恐怖にパイウェイは恐怖で取り乱してしまった。だが、その発言にシュバルツが表情をこわばらせる。

 

「ヤダだと?」

 

そして、雰囲気が僅かながら変化した。冷徹なものから、怒りを含んだものへ。それは本当にほんの僅かの変化だったが、シュバルツは曲がりなりにもトップクラスのガンダムファイターである。いくら海賊とは言えども集団戦術が基本で、武器の力を頼みにするニル・ヴァーナのクルーの手に負えるものではなかった。

 

(あ…あ…あ…)

 

その雰囲気の変化にバーネットが震えだす。何とか自分で自分の身体を抑えて抵抗しようとするが、それを許さないほどに恐怖が膨れ上がった。身体がこわばって動かない中、何とか目線だけを周囲に走らせると他のクルーたちも似たり寄ったりの状況だった。精神が幼い者、精神力の弱い者に至っては涙目になったり歯をガタガタ震わせたりして、今にも腰を抜かしそうになっている。事ここに来て初めて、先程ミーティングルームでのメイアとジュラの忠告に耳を貸しておくべきだったと、バーネット、パイウェイ以下、この場にいる全てのクルーが心底思ったのだった。

 

「集団で銃を突き付けておきながら、立場が悪くなればそのセリフか? 虫唾が走る…」

 

そのままシュバルツは引き金に力を込めていく。そして、

 

「……」

 

プレッシャーと死の恐怖に耐えられなくなったパイウェイは白目を剥いて気絶してしまった。

 

(ふっ…)

 

パイウェイをそこまで追い込んだシュバルツは他のクルーに悟られないように内心で意地の悪い笑みを浮かべると、頭部に押し当てた銃口を外した。そして、気絶したパイウェイを持ち上げると無造作にクルーに放り投げる。

 

「きゃっ!」

「わっ!」

 

突然のことにビックリしたクルーたちが悲鳴を上げるものの、何とか数人がかりでパイウェイをキャッチした。

 

「パイ! パイ!!」

 

バーネットが慌てて声をかける。他のクルーたちも心配そうに覗き込んだ。そこに、

 

「安心しろ」

 

シュバルツがそう口を開く。

 

「気絶しているだけだ。生命に別条はない。もっとも、大なり小なりトラウマにはなったかもしれんがな」

 

そう続け、クククと含み笑いをする。その姿に、バーネットが表情を険しいものにした。

 

「ちょっと! いくら何でもこれは…」

「『やりすぎ』とか抜かすわけではないだろうな?」

 

抗議しかけたバーネットが、再び雰囲気の変わったシュバルツを前にして気圧されてしまい、それ以上続けられなくなてしまった。

 

「自分たちは多人数で銃を構えておきながらそんな甘えたことをほざくつもりか?」

『……』

 

クルーたちは言い返せず、言葉に詰まった。

 

「納得できないならばここで一戦交えるか? 但し、容赦はせんぞ」

 

そう言ってシュバルツは闘気を少しだけ解放する。その気が、ゆらあっと足元から立ち上りシュバルツの全身を包むかのように見えた。そして、向けられた鋭い眼差しに全員の心が折れる。

 

『……』

 

クルーたちが次々に首を左右に振った。気圧され、喋るのですら困難なのだ。

 

「ならばいい」

 

纏った闘気を解放し、空気が先ほどまでのものに戻る。それを肌で感じ取ったクルーたちはヘナヘナと腰砕けになりながら床に沈んでいった。

 

「私が…というより、男が気に入らんと言うならそれはそれでいいさ。好きにするがいい。だが、敵対するのであればそれ相応の覚悟でかかってくるのだな」

 

そんなクルーの面々にシュバルツがそう伝える。そして、

 

「次はない。肝に銘じておけ」

 

最後にそう言い残し、シュバルツはいつものようにその場から消えた。そして、取り残された形となったクルーの一団は、その後も暫くその場から動けなくなり、その直後、ガンダムシュピーゲルはニル・ヴァーナの格納庫から姿を消したのだった。

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