第三話。今回はあの戦闘の後の話で、展開としてはオリジナルになります。どんな感じの内容かは、是非読んでいただければ。鋭い方はタイトルで推察できるかとは思いますが。
では、どうぞ。
敵艦を一刃の許に両断した漆黒の人型起動兵器はそれ以上動こうとはしない。ヒビキたちを攻撃するでもなくジッと見下ろしている。
「こいつは一体…」
「なんなのよ!?」
メイアとジュラが臨戦態勢に入ろうとしたそのとき、
『お止め』
マグノから通信が入った。
「お頭」
『そいつも援軍だよ』
「援軍!?」
やっと己を取り戻したのか、ヒビキがハッとした表情になって驚いた声を上げた。
『ああ。ただし、あたしらも詳しくは知らないんでね。これから話を聞かせてもらうところさ。とりあえずご苦労だったね、戻ってきな』
そのマグノの帰投命令に一番最初に反応したのは件の起動兵器だった。バーニアを噴射させると融合艦へと一気に戻っていく。
「ま、待て!」
「ちょっと!」
逃がすものかとばかりにメイアとジュラが後を追い、最後に首を傾げながらヒビキが着いていった。その途上、
「お頭」
メイアがブリッジとジュラだけに宛てた秘匿回線を開く。
『聞きたいことはわかるよ。あの機体とそれを操ってるやつのことだろ?』
「はい」
『我々よりも、お前たちの方が少し関わりがあるぞ』
「それって…」
「! まさか、さっきの?」
ブザムの指摘に、二人の頭には同じ顔の人物が浮かんだ。
『ああ。ま、どっちにしろ、詳しくはこれからだ。BC、プラットホームに行っとくれ』
「了解しました」
そこで通信が切れる。直後に、漆黒の人型起動兵器が融合艦のプラットホームに入っていった。そのプラットホームにて。
「ふむ…」
黒い人型起動兵器を操っていた人物はプラットホームに着艦した後、起動後の機器や機体の各部の状態をチェックする。
「機体反応、制御回路、エネルギー伝導、システムシーケンス…その他もろもろ異常・問題なし、か」
その結果にそう呟くと、この機体の根幹をなすあのシステムについても確認する。結論から言えば当然のように健在だった。それも、恐らくは暴走を起こす前の本来の姿で。
「……」
そのことに思いが至らぬわけではないが、今はそれを調査している暇はない。何故ならばこの機体の周りをお客さんが取り囲んでいるからだ。このままここに引きこもっているわけにはいかないだろう。
ふぅ…と一つ溜め息をつくと、その人物はハッチを開いた。そして外に出る。外に出た瞬間、異様にざわついたことと取り囲んでいる人間が全て女だったことにその人物はやはり違和感を覚えた。が、無数の銃口が自分に向けられている以上はこのままジッとしているわけにもいかない。いつものように軽くジャンプすると、その人物は機体のすぐ側に降り立った。その身体能力に、女たちが驚きざわめく。
「静かに」
ブザムがそのざわめきを制した。そのため、自然とその人物の視線がブザムへと向かう。周囲の他の人間と装いが違うこと、そして発言権の高さから必然的にブザムとやり取りをすることとなった。
「早速だが、話が聞きたい。来てもらえるか?」
物腰こそ穏やかで丁寧だがその実幾つもの銃口が向けられている。これでは脅しと何ら変わらない。もっとも、
(私には銃火器は意味はないのだがな…)
内心ではそう思っていた。実際、ここでこのままやりあっても容易にこの場を制圧できると確信していた。が、何しろ未だに右も左もわからない状況である。であれば、情報収集や状況整理のために先ほどと同じく引き続き従っておいた方がいい。
(それに、いざとなればどうとでもできる…)
絶対の自信の下、その人物が頷いた。
「わかった」
「話が早くて助かる。おい」
「はい」
ブザムの言葉に頷いた隊員の一人が、銃を構えたままその人物に近づきそして手錠をかけた。
「では、こちらに」
拘束を見届けたブザムが先導を始めたのでその後を追う。そしてその周りを何人もの隊員たちが囲んで付き従い、程なくして一行はブリッジへと到着した。
「お頭、連れてきました」
「ご苦労さん」
(お頭という呼称でそうは思っていたが、やはりこの老人が首魁ということか)
目の前で鎮座するマグノを見てその人物はそんな感想を浮かべた。
「さて…まずはご苦労さん」
「ああ」
「ってところで、色々聞かせてもらおうか。まずは…そうだね、あんたの名前は?」
「…シュバルツ。シュバルツ=ブルーダーだ」
その人物、シュバルツ=ブルーダーはこうして再び生命を得たのだった。
時間は少し巻き戻り、艦が融合して女たちが融合艦を調査し始めた頃。バートを連行しているメイアに入った一本の通信がすべての始まりだった。
『メイア』
「ジュラか。どうした?」
連行しているバートに注意を払いながらメイアがジュラからの通信に応える。
『ちょっとこっちに来てくれない?』
「何かあったのか?」
『それが…男を見つけたんだけどさ』
「まだいたのか…」
少しうんざりした口調になってメイアが呟く。
「それで?」
『ええ、ただちょっと大柄でね。運ぶにしろ連行するにしろ一人じゃ骨が折れそうだから、手伝ってほしいのよ』
「成る程な、わかった」
『悪いけど、お願い』
「ああ」
そこで通信を切ると近くにいた隊員にバートの身柄を引き渡し、メイアはジュラの許へと向かったのだった。
「ジュラ」
「ハァイ♪」
艦内某所。ジュラの許に向かったメイアを、ジュラが軽く手を挙げて出迎えた。そしてその足元には男が一人地に伏していた。確かにその身体は大柄でガッシリとしており、この状態では一人ではどうしようもできないだろう。
「起こさなかったのか?」
「やぁよ、男に触りたくなんかないもん」
「気持ちはわかるが、そんなわがままが言える状況でもないだろう」
「だって…」
そんな感じの押し問答が続きそうなときだった。
「う…」
男がうめき声を上げたのは。それに気づいた二人が少し距離を取り、油断なくリングを構える。程なく男が目を覚ますと側頭部を押さえながら上体を起こし、頭を覚醒させるように左右に軽く振った。そして気づいたのだ、自分を警戒している二人の女性がいることに。その男こそ、何の因果かこの世界にて再びの生命を得たシュバルツだった。
(何者だ…)
まだハッキリしない頭を押さえながら、シュバルツは己に敵意を向けている二人の女性を見ていた。
一人は、青いショートヘアーで白と黒を基調としたスーツに身を包んだ表情の硬い女性。
一人は、長い金髪に豊満なボディラインを中々際どい衣装で包んでいる女性。
二人に対して記憶も面識もないが、ハッキリと敵意を向けられているのだけは理解できた。だがそれよりも、
(私は、何故…)
生きている? それが何よりシュバルツを戸惑わせた。あのとき、間違いなく弟にとどめを差された。であれば、こうして再び意識を取り戻すことなどあるわけがない。あるいはここが俗に言うあの世とでもいうのだろうか。
(であれば、随分と物騒なことだ)
目の前にいる、敵意剥き出しの二人の女性にシュバルツは内心でそう苦笑せざるを得なかった。と、
「立て」
二人のうち、青い髪の女性…メイアがシュバルツに対してそう告げた。女性といっても、どう見てもシュバルツより年上には見えないので、少女と形容すべきかとそんな呑気なことをシュバルツが考えていた。
「ここは…」
シュバルツはその言葉に従わず、状況を把握しようと問いかける。が、その直後にメイアのリングから光線が走った。そしてそれはシュバルツの脇をかすめて後方を破壊する。
「……」
破壊された場所に目を向け、問答無用に近い扱いにシュバルツが驚いていると、
「立て」
もう一度、メイアが気持ちキツめにシュバルツにそう言った。
(…仕方ない)
何故最初からこうも敵意が高いのかはわからないが、とにかく自分を敵視しているのをシュバルツは理解したため大人しく従うことにした。立ち上がれば当然彼我の体格差は一目でわかるようになるため、自然とメイアとジュラはシュバルツに上から見下ろされる形になった。
(! こいつ…っ!)
(うわぁ、やっぱデカいわ…)
体格差だから仕方ないとはいえメイアは見下ろされることに対して気分を害し、ジュラは自分の思った通りであることを再認識して辟易していた。
「ジュラ」
「オッケー」
メイアの意を察したジュラがシュバルツに近寄ると
「手を出しなさい」
と命令した。大人しく従う義理はないのだが、状況を整理・確認するためにここは目の前の二人に従うことにした。と、ジュラは手慣れた様子でシュバルツに手錠をかける。
「よし、右手に向かって歩け」
「……」
メイアは相変わらずの命令口調だったが、さっき一言口を開いただけでリングから光線を発射した相手のため、従うことにする。歩き出したシュバルツの後ろを、メイアとジュラが監視するようにピタリと着いた。二人がシュバルツを連行するその途上、
(表情が読めないな…一体何を考えている)
(何て言うか…とっつきにくそうな感じねぇ…)
これが二人のシュバルツに対する第一印象であり、率直な感想だった。だが、当のシュバルツは二人がそんなことを思っているなどわかるわけもなく、こっちはこっちで、
(ここは一体…私は何故…)
と、周囲に目を走らせ、少しでも何か手掛かりはないかと思っていた。だが、あまりにも判断材料が少なすぎた。
(わかっているのは、後ろの少女二人が何故か私に対して敵意を抱いていることと、ここが恐らく宇宙であるということぐらいか…)
時折見える窓の外の光景を目にして判断したがそれ以上は何もわからなかったため、シュバルツは一時思考を中断した。問答無用で襲い掛かってくるのであればそれ相応の対応をしないといけないが、こうやって連行するということは何らかの意図や理由があるのだろう。であれば、それを見定めてからでも遅くはない。そう判断したのだ。が、ここで艦内を突然震動が襲った。
「!? 何だ!?」
「ねえ、ちょっと!」
確認のためスクリーンを呼び出したジュラがメイアを呼んだ。シュバルツから離れるわけにもいかず、目線だけスクリーンに向けるメイア。そこには、見たこともない無数の敵機が艦に攻撃を仕掛けている様子が映ってた。
「男か!?」
「わかんないけど、どうもそれっぽくなさそうよ」
「チッ!」
軽く舌打ちすると、メイアは近くにいた隊員を呼び出すとその隊員にシュバルツを預けた。
「私たちはドレッドで出る。その男をお頭のところへ!」
「は、はい!」
「頼んだぞ!」
「行こう!」
「ああ!」
メイアとジュラが連れ立って走り去った。状況は未だわからないが、今の会話の中で推測できることが一つ。
(男女で争っているのか?)
メイアの発した、『男か!?』という言葉にシュバルツはその可能性を思い至った。だが未来世紀でそのような価値観の場所はシュバルツの知る限りでは存在しない。
(であれば、ここは…)
その思索に思いを巡らせようとするシュバルツ。だが、それは許されなかった。
「ホラ、歩きなさい」
メイアに自分を託された隊員がリングを構えたからだ。拘束されているとはいえシュバルツは目の前の彼女に遅れを取るとは微塵も思ってもいなかったが、まだ判断に足る材料は得ていない。そのため、引き続き大人しく従うことにした。
何処に連行されるのかわからないが二人は艦内を目的地に向かってそのまま歩いていた。が、時間が経つごとに艦を襲う衝撃の度合いと頻度が高まってきているのをシュバルツは感じていた。
(状況は未だサッパリだが…いざとなれば加勢するか?)
変化する状況にシュバルツはそう思っていた。何故生きているのか、ここは何処なのか、聞きたいこと、知りたいこと、考えたいことは山のようにある。そのため、ここでムザムザ死にたくはなかった。一度失った生命であれば執着などはなかったが、それでも死んだはずのこの身が何故ここにこうしてあるのか、せめてそれだけでもと思っていた。そのためにも、現状を切り抜ける必要があった。
そして何よりわかるのだ、“アレ”が近くにあるのが。理屈ではなく直感ではあるが、それでも肌で感じていた。どこかに“アレ”があることを。そして、呼び出せばすぐにでもここに現れることを。それを理解しているからこそ、いざとなれば加勢するという選択肢がシュバルツの脳裏に浮かんだのだった。そんなことを考えていると、二人のすぐ近くで爆発が起こった。
「っ!」
「きゃっ!」
誘爆に巻き込まれる形で爆発の呷りを受けるシュバルツとその隊員。シュバルツはその技量の高さから無傷だったが、隊員はそうもいかなかった。誘爆に巻き込まれて気を失ってしまったのだ。
「うう…」
「大丈夫か?」
呻き声をあげる隊員の許に駆け寄って状態を確認するシュバルツ。シュバルツ自身も、“今の”シュバルツを形創っているあの存在も医者ではないが、状態の確認ぐらいなら何ら問題はない。
(所々に外傷は見られるが全て掠り傷程度だ、酷いものはない。爆発のショックで気を失っているだけのようだな…)
生命に別条がある事態ではないことを確認できたシュバルツがホッと一息ついてその身体を通路の脇に運ぶ。出来ることなら治療を受けさせてやれるようなところに連れていきたいのは山々だが、拘束されている上にここが何処で、何処に連れていけばいいのかわからないシュバルツとしてはこうするのが精一杯だった。
「すまんな」
気絶している隊員に謝罪するシュバルツ。だがその想いを嘲笑うかのように震動・衝撃が激しさを増す。
(どうにも…呑気にしていられる状況ではないようだ)
どうするかと周囲を見渡したシュバルツの目に、据え置き型の通信装置のようなものが目に入った。それに近づくとダメ元でそれを操作してみる。システムの内容が理解できるか一瞬不安に思ったシュバルツだったが、立ち上がったコンソールに表示された言語は自分にも理解できるものだった。
(やはりここは太陽系なのか?)
その結果にそう思わないでもないシュバルツだったが、その疑問は後回しにして回線をつなぐ。と言っても、誰につなげば話が通るのかわかるわけもない。
(戦闘時にお偉いさんがいる場所ということならば…ブリッジか?)
通信の接続先選択画面で全容を確認できたシュバルツはここが戦艦と思われる場所の艦内だということを理解した。そこでそう判断を下してブリッジに通信をつなげてみた。その判断は奏功する。
『何だ?』
答えたのはブザムだった。この通信が、ヒビキが敵艦に突っ込んでいるときにブザムに入ってきた通信の正体だった。
『男? まだいたのか…』
シュバルツの姿を目にしたブザムが眉根を狭めた。
『ほぉ…こりゃまた、さっきまでの三人と違ってなかなかいい面構えしてるね』
マグノが素直な感想を述べる。その反応から、少なくとも先ほどのメイア達よりは話が通じそうだと判断したシュバルツは交渉を持ちかけた。
「お前たち、立場のある者か?」
『そうだと言ったら?』
「頼みがある」
『頼み? 何だい?』
そこでシュバルツは拘束されている己の両腕を上げた。
「この拘束を解いてもらいたい」
『ほぉ…何故だ?』
シュバルツを推し量るようにブザムが尋ねた。
「外が騒がしい。事情はわからないが戦っているのだろう? 形勢はわからないが加勢しようと思ってな」
『加勢? そりゃまたありがたいが、どうして加勢してくれるんだい?』
「今言ったな、事情がわからないと。それを知るために。それでは答えにならんか?」
『ふむ…お頭』
少し考えこんだブザムがマグノに視線を向ける。彼女の立場として独断で返答はできないからだ。決定をマグノに委ねた。
『いいだろう』
即断即決。マグノがそう判断する。
『ただし、おかしな真似したら容赦なく背中から撃つからね』
「構わん、好きにしろ」
『おや、言うじゃないか。なら、行動で示してもらおうか。BC』
「はい」
頷いたブザムがシュバルツの手に掛けられた枷を解除した。自由になった両腕の拘束部分を擦りながらシュバルツはよし、と軽く頷いた。
『だがお前、機体はあるのか?』
『そう言えばそうだね』
肝心なところに思い至ったブザムがそう尋ねる。彼女たちが艦内を確認したところ、男側の機体はヒビキの乗っている一体しか確認できなかったからだ。無論、時間をかけてじっくり探せば他の機体が出てくる可能性もないわけではないだろうが、それでもその可能性は限りなく低いはずだった。が、
「心配は無用だ」
シュバルツは不敵に笑みを浮かべる。その返答と態度にブザムが訝しげな表情になった。
『どういう意味だ?』
「すぐにわかるさ」
『ほぉ…それではお頭の言われたように、行動で示してもらおうか』
「ああ」
そう返した直後、シュバルツの姿はその場から消えていた。通信先のマグノとブザムはその早業に目を丸くする。
「おやまあ」
「消えた!? どういう理屈だ…」
唖然とする二人を置き去りに、シュバルツはそのときにはもうプラットホームへと移動していた。無人のプラットホームにて一度深呼吸をすると視線を鋭くする。そして、
「ガンダームっ!」
叫ぶと指をスナップさせた。が、一見このプラットホームには何も変化なはい。しかし、シュバルツは感じていた。自分のすぐ側に己の半身が、愛機であるあの機体が来ていることに。それを肌で感じ取るとシュバルツはそのまま己の影の中に沈んでいった。そしてすぐに己の影から再浮上する。そこは見慣れた己の機体の中だった。すぐさまシステムを起動させるとスクリーンが展開し、ヒビキやメイアたちが先ほどまでの敵と思われる物体と遠くで戦っている光景が確認できた。
「よし」
矢継ぎ早に各部問題ないことを確認するとシュバルツはモビルトレースシステムを展開させる。
「ここがどこで、何故こんなところにいるのかはわからないが、ここにこうしている以上はその理由を知らねばな。そのためにもまた頼むぞ我が半身よ、私に力を貸してくれ」
シュバルツのその問いかけに応えるかのように愛機であるこの機体、ガンダムシュピーゲルの目に光が灯った。直後、バーニアの出力を上昇させて戦闘宙域に向かい最後のシメ、もう一つのいきなり出てきた戦艦をシュピーゲルブレードで一刀両断した…これが先ほどの一連の顛末だった。
「そうかい。それじゃあシュバルツとやら、お前さんには色々と聞かせてもらおうかね」
時間は戻りブリッジにて。シュバルツの名前を確認したマグノがそう切り出した。
「構わんが、どうせなら全艦放送にしてくれ。後で他の連中に何度も説明するのも面倒だ」
「おや、いいのかい? 聞かれたくないことや、知られたらまずいこともウチの子たちに聞かれることになっちまうよ」
マグノが楽しそうに笑いながらそう牽制した。が、
「構わん」
シュバルツは涼しい顔でそう伝えた。
「本当にそうなるかもわからんし、いざとなれば黙秘すればいいだけだ。それに、正直に手の内を明かすとは限らんしな」
「ほぉ、いい度胸してるじゃないか。ならそうさせてもらおうか、BC」
「はい」
ブザムが頷き、この様子を全艦放送にする。その様子は当然、帰還してきたヒビキやディータたちも見ることになった。
「おい、さっきの機体!」
プラットホーム。帰還したヒビキが自分の蛮型から降りると開口一番、状況を確認しようとする。が、そのヒビキを迎えたのは銃火器を構えた女性隊員たちだった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、さっきの機体…」
「静かにして」
「そのことについて、今全艦放送でお頭とのやりとりが始まったところよ」
「あんたたちの扱いは変わらないけど、放送は見れるから大人しくして」
「チッ…わーったよ」
周囲を銃火器で囲まれている以上はどうすることもできず、ヒビキは悪態をつくので精一杯だった。再び拘束されたヒビキは現在の定位置と言っていい牢屋へと連行されていく。そのヒビキを尻目に、プラットホームには先ほどのディータたちが集まっていた。
「これがもう一人の宇宙人さんですかぁ…」
さっきまで気を失っていたディータが興味津々とばかりにウインドウ越しのシュバルツを見ている。
「おっきいですね。それに凄いガッシリしてる」
「そうだな」
「さてさて、どんな情報が聞けるのかしら」
メイアとジュラも同じウインドウを覗き込んでいた。当然他の面々、バーネット、ガスコーニュ、パルフェ、パイウェイなどもシュバルツとマグノのやり取りを見ていることになる。そして再び生を得たシュバルツへの尋問が開始される。
「それじゃあ、シュバルツ…だったかい? あんたもタラークの男か?」
「タラーク?」
聞きなれない単語にシュバルツが眉根を顰めた。と、
「おや、正直だねぇ。そんな顔したら『違います』って言ってるようなもんだよ」
「む…」
マグノがそう楽しそうに指摘し、シュバルツがしまったという表情になった。
(ま、これも芝居かもしれないがね。そこらへんはおいおい探っていくさ…)
楽しそうな表情をしながらもその実、マグノは油断はしてはいなかった。そこらへんは流石に幾多の修羅場を潜り抜けた、老練な一味の長というべきであろうか。
「ではお前、出身は?」
ブザムがマグノの質問を補完するように尋ねる。
「……」
その質問に、シュバルツは目を閉じて少し間を置く。そして、
「…ネオドイツ」
少ししてそう答えるとゆっくりと目を開けた。
(ネオジャパンとネオドイツ…どちらもそうだとも言えるし、どちらも違うとも言える。だが、『キョウジ=カッシュ』を名乗らずに『シュバルツ=ブルーダー』を名乗った以上はネオドイツと返答するのが筋というものだろうな)
両親の姿とギアナ高地で倒れていた“本物”のシュバルツ=ブルーダーの姿がシュバルツの脳裏に続けざまに浮かんだ。
「ネオドイツ…?」
全艦放送でこの様子を見ていたメイアが先ほどのシュバルツのように眉根を顰めた。
「ジュラ、聞いたことあるか?」
「ないわねぇ」
お手上げといった感じでジュラが肩を竦めた。その横で、
「やっぱり宇宙人だぁ…♪」
相変わらずのディータにメイアとジュラが額を押さえる。
「ま、このノー天気はほっとくとして…どう思う?」
そんなディータを黙殺し、ジュラが真面目な表情になってメイアに尋ねる。
「まだ何とも。が、個人的な意見を言えば」
「うん、何?」
「噓を言ってはいない気がする」
「どうして?」
「あの機体だ」
メイアが顎でクイッとある方向を指した。そこには、腕を組んで鎮座するシュバルツの愛機、ガンダムシュピーゲルの姿があった。その側には当然のごとくメカニッククルーが何人か張り付いていたりするのだが。
「あの機体、タラークの男どもの機体とは明らかに違う」
「そうだけど…でも、男の秘密兵器だっていう可能性は?」
「それはないと思う」
「何でよ?」
「あの艦を占拠したときに内部は調べただろう? 確かにあまり時間はなかったが、それでもあらかたは調べられたはずだ。だが、あんな機体を見つけたという報告は入っていない。それにあのとき、あの宙域に我々に寄ってくる男側の他の機影は確認できなかった」
「成る程ねぇ。でもだとすると、この男、何処から湧いて出たのかしら」
「そこはこれからわかるだろう」
そこで一旦会話を切ると、メイアとジュラは再びスクリーンに目を向けた。ディータは当然、相変わらず期待の眼差しを向けながら食いつくように続きを待っていた。
「ネオドイツ…?」
ブザムもメイアと同様、怪訝な表情になる。そしてマグノに視線を向けた。
「お頭はご存じですか?」
「いやあ、あたしもこの年まで生きてきたけど、聞いたことないねぇ」
「そうですか」
マグノの返答に軽く一礼すると、そこでブザムは一歩退いた。
「それはこちらとて同じこと」
だがその疑問はシュバルツにとっても同じことだった。
「タラークなどという単語は聞いたこともないな」
「そうかい」
「では、メジェールは?」
「知らんな」
「ふむ…」
ブザムが腕を組んで何かを考えだす。
「ま、とりあえずわかりそうもないんで出自については後回しにしようか。んじゃ次に、あんたのあの機体だ」
(やはり避けては通れん話題か…。まあ、順当と言えば順当だが)
「あの機体は一体何だい?」
マグノ、ブザムの眼光が鋭くなる。それは普通なら縮み上がりそうになるほどに鋭いものだった。まあ、シュバルツにはまるで効果はないのだが。
「何…と言われてもな」
さて、どう答えたものか…とシュバルツが逡巡する。当然、あの機体…ガンダムシュピーゲルがどのようなものかを馬鹿正直に答える気などはない。それに正直なところ、“今の”あの機体がどのようなものであるかはシュバルツにもまだハッキリと見当はついていないのだ。
機体に搭乗してから降りるまでの短い時間でわかったのはソフトウェア、ハードウェア的な異常がないことと、そして“あの機能”が備わっているということ。もう一つは備わっている“あの機能”が暴走を起こす前のもの…本来の形であるということだけだった。だからこそ、マグノやブザムの呼びかけに応じてここに帰投したのだ。そうでなかったら今頃ここは隅々まで浸食されてあの“忌まわしき機体”が復活しているだろう。そうでないことが判断できたからシュバルツはこうしてここにいるのである。
だがしかし、現時点でわかっているのはここまでだった。これ以上は更に調査、確認する必要がある。故に返答に困っていた。
「…親の形見、とでも言っておこうか」
迷った末、シュバルツが返したのはその一言だった。が、
「そんなことが聞きたいんじゃないんだがねぇ」
マグノが更に眼光を鋭くする。その視線にブリッジクルーは縮み上がっていたが、それでもやはりシュバルツには通用せずじまいだった。
「能力や機能みたいな情報が聞きたいんだよ」
「そこは調査せねば何ともな」
「ふぅん?」
涼しい表情のシュバルツをマグノがねめつける。だがやはり、シュバルツにはまるで効果がない。先ほどのマグノではないが、こちらもこれまで幾多の視線を潜り抜けてきたことと、何よりその気になれば簡単に彼女たちを制圧できることを理解していたため平然としているのだ。
(…余裕綽々ってわけかい。気に入らないねえ…)
そのことはマグノも肌で感じていた。だがそれでも、実力行使に移ろうとしなかったのはひとえに長年の勘が警鐘を鳴らしていたからだ。目の前の男は安易に事を構えていい存在ではないと。
(肌がヒリヒリする。やな感覚だよ…)
シュバルツは目の前で平然と立っている。別に威圧感も何も感じないのだが、それでもその全身から醸し出す得体のしれない怖さを本能的にマグノは感じていた。
(今日はラッキーデイのはずだったんだが…天中殺の間違いだったかねえ?)
自分たちにとってどういう存在になるかわからず、マグノは心中で悪態をついていた。扱いによってどちらにも転ぶが、どちらに転ばすかによって自分たちの命運が決まる。大袈裟かもしれないがマグノはシュバルツに対してそうとまで思っていたのだ。
「…そうかい」
そのため、マグノはここで一旦退くことにした。自分たちの現状がわからない以上、余計な問題を増やすのは得策でないと考えたからだ。
「それじゃあ、そのうち結果を聞かせてもらおうかね」
「収穫があればな」
「期待してるよ」
短いものだが、機体を巡るここでの両者のやり取りはこれで終わった。そして、それに興味を示す主要クルーは二人。
「親の形見…ねえ」
ガスコーニュが高楊枝越しにモニターのシュバルツを見る。言葉の内容から皮肉っているものかと思われたが、その表情は意外なほど穏やかなものだった。
「…身内が関わりゃ、そりゃあ思い入れもあるよな」
本当かどうかはわからないけどね、とガスコーニュが口の中で続けた。その表情は変わらず穏やかな、そして少し好感を含んだものになっていた。
「へ~、凄いわね」
もう一人はパルフェ。眼鏡をクイッと動かしながら感心している。
「あの機体がどれほどの技術の塊なのか興味あるわね。後で調査班から調査報告共有してもらわないと」
艦内対応に追われているパルフェはガンダムシュピーゲルの調査に出向けていなかった。だがやはりメカニックとしての血がうずくのか、ワクワクを抑えきれずにそう呟き、今は自分の任務を果たすことに注力したのだった。
「それじゃ次の質問だ。あんた、何でここにいる? どっから湧いて出たんだい?」
マグノが質問を変えてシュバルツに尋ねた。
「湧いて出た…とは、随分なご挨拶だな」
その物言いにシュバルツが苦笑する。
「だが、あたしらはさっきまでタラークの連中と事を構えてたんだ。それなのに、あんたはタラークの男じゃないって言うんなら、どっかから湧いて出たことになるだろう?」
「至極もっとも」
「それを聞いてんのさ。で、どうなんだい?」
「さて…」
意識を取り戻す前に覚えているのはあの場面。だが、それを馬鹿正直に話したところで目の前の連中が信じるとは到底思えなかった。とは言え、じゃあ上手い言い訳が頭に浮かぶかと言うとそんなこともなく。シュバルツにしてみればここの連中のバックボーンなど何も知らないのだ。これまでにわかったことと言えば、男と女で争っていること。男側がタラークと言い、女側がメジェールということ。ここが宇宙であるということ。そして、よくわからない正体不明の敵と交戦していたことぐらいのものである。
その程度の情報しか持ってない状態で下手なことを言っても納得させることはできないのは自明の理。であれば、素直に話すしかない。その結果が例えどうなるものであろうとも。
「ここがあの世…ということなのだろうな」
「はぁ?」
マグノが怪訝な表情になる。いや、マグノだけでなく、見ていた者全てが怪訝な表情になった。
「…どういうことだ?」
シュバルツの発言から一早く復活したブザムが今の発言に対する補足を求めた。
「とあることがあってな、私は間違いなく死んだはずだった。だが何の因果か私はここにいる。となれば、ここは私にとってあの世ということになる」
「…あたしらは死んだ覚えはないよ」
真意を測りかねるような顔になってマグノが答えた。
「だろうな。ここがあの世だとしたら無駄にリアルだ。であれば、考えられるのは…」
「何だ?」
「突拍子もないことだし異常者扱いされるかもしれないが、死後転生というやつになるのかと思っている」
「…おやまあ」
続けてのシュバルツのその発言内容に今度は皆一様に唖然とした表情になった。まあこんな発言をすれば当然の反応と言える。頭のおかしい狂人扱いされないだけマシとも言えた。
「何コイツ? 真面目に言ってるのかしら…。男って、ホントわかんないわ…」
「病院! 病院! でも私は男なんか診たくないから、さっきの男に任せるケロ!」
ドン引きのバーネットと揶揄するようなパイウェイ。その場にいた他の面々も、程度の差はあれ似たり寄ったりの感想を抱いていた。不信感爆上がりといったところだろうか。だがモニター先のシュバルツの様子は変わらずに平然としていた。
「…どうにも」
ここまでの尋問を終えたマグノが、疲れたように口を開く。
「煙に巻かれてるような気がするねぇ。収穫らしい収穫は何もありゃしない」
「それはすまんな」
「フン、良く言うよ。涼しい顔してるくせに」
「これは生まれつきだ」
「全く…」
掴みどころのないシュバルツに苦虫を噛み潰したような表情になり、マグノが頬杖を着きながらシュバルツを見据えた。と、
「お頭」
ブザムが横から口を挟む。
「何だい、BC」
「ひとまずはこの辺にしてはいかがでしょう。この艦の把握や艦の修理、現在位置の特定など早急に対応しなくてはいけない問題は山積しています。まずはそちらを片付けるべきかと」
「…そうするかね」
ブザムの進言に頷き、マグノがふぅ…と溜め息をついた。
「BC,そいつをさっきの連中のところに連れていきな」
「はい、了解しました」
一礼するとここに連れてきたのと同じように、ブザムはシュバルツを引き連れてブリッジを去ったのだった。
「やれやれ…」
シュバルツがブリッジを去った後、マグノは深く椅子に座り直す。自覚がなかったが大分消耗していたようで、全身の疲労感、倦怠感はかなりのものがあった。襲撃からここまで予想外の事態に巻き込まれ続けて一息つく暇もなかったから当然かもしれない。だが何よりその原因となっていたのは、今まで相対していたあの男…シュバルツ=ブルーダーだった。
(何だろね、あの目…)
思い出す。シュバルツの目からは感情を読み取れず、全てを見透かすような感想を持った。もちろん、全てを見透かすということができるわけはないのだろうが、それでもそれができるかもしれないと思わせるような目だった。加えて心に揺らぎは見えず、静かな湖面のような静謐さをも感じさせる雰囲気を全身に纏っていた。
(あんな目をした奴、生まれてこの方初めてかもしれないねぇ。大分長生きしてきたが、世の中は広いもんだ…)
尋問から得た収穫は、先ほど言った通り何も得られてないと言っていい。身も蓋もなく言えば時間のムダになったとも言える。それを理由に排除しようと思えばできたかもしれない。だがマグノはその選択肢は取らなかった。
それは、先ほど感じた長年の勘によるものと、そして、
(今日はラッキーデイ…)
己の立てた卦を思い出したからだった。そしてマグノは凝り固まった己の身体を解すために一度大きく伸びをする。とにもかくにもシュバルツはこうしてここで再びの生の一歩を踏み出すことになった。
この結果、この異物がこれから先この艦でどのような化学変化を起こし、そしてその結果、この艦の旅路・行く末がどう変わるのか…。
それはまだ、誰も知らない。