今回は幕間回です。タイトル見ていただくとわかる方にはわかるかと思いますが、前作と同じスタイルになってます。奇しくもあっちでもこっちでも食糧問題が発生する作品だったので。
では、今作品の本格的な幕間回一話目。どうぞ。
食堂。
食事時に近い時間帯ということもあり、大分賑やかな状態になっている。食は生きていく上で欠かすことのできない要素であり、ここが機能するということは少なくとも食事面では健全な状態であると言えた。数多くのテーブルから談笑や内輪話などが聞こえてくる。勿論、ここを占めているのはすべて女性なのだが。が、そんな中である“異変”が起き、それに気づいた女性隊員からざわめきが起こった。そして、その変化に気づいた他の女性隊員たちもその“異変”に気付くと同じような態度になる。その“異変”とは…
(やれやれ…)
結果的に注目を一身に集めてしまうことになったその“異変”の主…シュバルツは顔には何も出さず、仕方ないと思っていたもののこの反応に内心ではげんなりとしていたのであった。
事の始まりは少し前。全艦放送によって男の扱いが捕虜からクルーに変化したことにより、渋々ながらもクルーとして組み込まれた男性陣はパーソナルスペースを割り当てられることになった。
「ふぅ…」
割り当てられたパーソナルスペースにて一息つくシュバルツ。タラークの三人は大部屋のようなところに仕切られた感じのパーソナルスペースだったが、シュバルツはそれとは別に個室を宛がわれていた。
(要望が通っただけ、上出来と言えるか)
備え付けのベッドに腰を下ろしたシュバルツがそう考える。他の三人と自分とは男という共通点以外は全くの別物ということと、個人的に色々と考えたいこともあり、間取りや内装には文句をつけないという条件を出して個室を希望したのだ。
(さて…)
先ほどの牢屋内での続きでもないが色々と考えようとしたところでドアがノックされた。
(ん?)
誰だろうと思って立ち上がってドアを開けると、
「やあやあ、どうもどうも」
そこに立っていたのはバートだった。
「お前は…」
「バート=ガルサス。以後お見知りおきを」
「ああ、そうだったな」
シュバルツが頷いた。先ほど軽く自己紹介をしてもらい、三人の名前は知っている。ただ、自己紹介といってもいつもの調子で馴れ馴れしくバートがヒビキとドゥエロの名前をシュバルツに述べたので、二人は自分自身で名乗ったというわけではない。そんなこともあってまだハッキリと顔と名前が一致していなかった。そういう中では、軽薄とはいえこういったコミュニケーションスキルの高い人間はそれなりに重宝する。
(個人的にはこういった軽薄な感じにはあまりいい印象は持たないが…)
とは言え、そこはヒビキたち三人よりは人生の先輩であるシュバルツ。その感情を表に出すことはせずにバートに対応する。
「何か用かな?」
「いや~、お互い妙なことに巻き込まれちゃいましたけど、こうしてお逢いしたのも何かの運命。これから共に頑張ろうじゃないですか」
「そうだな」
シュバルツが頷いた。バートとしては先ほど融合艦に取り込まれたとき、氷塊に対処したシュバルツのあの超絶な実力と技量を目の当たりにしたので媚びを売っても損はない相手だと踏んだため早々に接触してきたのだろう。勿論、発言した通りの思いも抱いてはいるが、それはあくまでも副次的なものであった。それに対するシュバルツの返答は素っ気ないものだったが、バートは一向に意に介さない。ある意味この図太さは大したものである。
「それで、お近づきのしるしにこちらを進呈しようと」
そう言ってバートがシュバルツにあるものを渡した。
「? これは?」
シュバルツがその手渡されたものを自分の目の前に持ってきて尋ねる。
「ウチの社で製造しているペレットですよ! 栄養満点! 成分も豊富な自信作です!」
「ほう…」
バートの説明を受け、シュバルツが少しだけその自分の目の前に持ってきたもの…ペレットに興味を示した。
(今の説明からするに、これがここでの食糧というわけか?)
食料が錠剤とは、効率面で考えれば合理的かもしれないが、何とも侘しいものだなと思う。
(だが、郷に入っては郷に従えという言葉もある)
「では遠慮なく頂戴しようか」
「どーぞどーぞ!」
このままだったら揉み手でもするんじゃないかというぐらいの雰囲気のバートの目の前で、そのペレットを頂いてみる。
(! これは…っ!)
その味にシュバルツが思わず一瞬眉間に皺を寄せた。表情を出さないことが問題なく行えるシュバルツでも思わず表面にそれを出してしまうほどこの物体…ペレットは食糧としては致命的だった。が、
「どうです? ウチの自信作は!?」
バートはそれに気づくこともなくニコニコしていた。宣伝と取り入ることが同時に出来たと思ってその表情通りニッコニコなのだろう。
「…そうだな」
ペレットを何とか飲み干したシュバルツがそれだけ言うと、一つ大きく息を吐く。
「ありがとう」
「いえいえ! ではこちらはお近づきのしるしということで!」
「いや」
手に持ったペレットを手渡してこようとするバートをシュバルツが制した。
「それは、お前たち三人で使ってくれ」
「いやいや、遠慮しなくてもいいですって!」
「そうしたいのは山々だが、この後少し用事がある。ここでこうしている時間もなくてな」
ペレットを手渡そうとするバートに適当な理由をつけて断固として受け取りを拒否するシュバルツ。そして、そのまま部屋を出た。
「いずれ、また」
そう言い残すと、シュバルツはどこかに向かってそそくさと歩き始めた。バートから見えなくなったその顔は実は、シュバルツを知る者が見たら信じられないほどに歪んでいたりしていたのだが。
「ちぇー…」
そして上手くかわされた形になったバートが、持参したペレットをポリポリと食べながら不満そうに口を尖らせてシュバルツの後ろ姿を見送ったのだった。
「失礼」
ブリッジ。バートを振り切ったシュバルツはここに足を運んでいた。
「え…」
「ゲッ」
「あら」
三者三様の反応を見せるアマローネ、ベルデウェール、エズラのブリッジ要員を尻目に、シュバルツはマグノへと近づく。
「おや、あんたかい」
「何用だ?」
マグノとブザムがシュバルツを迎えた。
「聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
「何だ?」
「お前たちの食糧事情はどういうものだ?」
「はぁ?」
シュバルツの質問に素っ頓狂な声を上げたのはベルデウェールだった。発言の直後に慌てて両手で口を塞いだものの、時すでに遅し。が、それも仕方のない反応と言えた。現に、アマローネとエズラはお互いの顔を見合わせて首を傾げているし、
「…質問の意図が良くわからないのだが」
ブザムでさえ頭を捻っているのだから。
「失礼。少し話を端折りすぎたな。実は先ほど他の男連中から食糧と言われて錠剤を渡されてな」
「ああ…」
その一言だけでマグノとブザムはシュバルツが何を言いたいのかピンときたのだろう。わかるわかるといった表情になった。
「賞味してみたのだが、これが…その…」
「ハッキリ言っていいぞ、食えたものではなかったと」
「…まあ、そうだな。その通りだ。だから、お前たちの食糧事情を確認したい。ここでは男女の区別なくあれが正規の食糧なのか?」
そうだったらどうすべきかと気持ちが滅入るシュバルツだったが、
「そんなこたないよ」
マグノが言ってくれたその一言に救われたのだった。
「ありゃあ、男側の食糧さ。あたしらは普通に食材を料理して食事をしてる」
「もっとも、我々の普通とお前の想定している普通がイコールになるとは限らないが」
「いや、それがわかっただけでもありがたい。あれを食わずに済むのであればな」
「おやおや…」
「よっぽどお気に召さなかったみたいだね」
「知っているならわかるだろう」
「ま、そうだね」
「違いない」
そこでマグノ、ブザム、シュバルツが軽く笑みを浮かべた。三人の話を聞いても会話内容が今一掴めていない様子のアマローネ、ベルデウェール、エズラはお互い顔を見合わせて不思議そうな表情になって首を捻っているのだが。
「では、食糧に関しては私もそちらにお世話になりたいのだが」
「そりゃ構わないが…」
「問題は、ウチのクルーがお前に食事を提供してくれるかどうかだな」
ブザムが腕を組んで考える。クルーとして組み込むとマグノが宣言したとはいえ、いままで敵味方に分かれて戦い続けていた経緯のある相手である。上からの命令とは言え、一般クルーの心情的にもすんなりそうなるかは怪しいところだった。が、
「自分で作る分には問題ないのだろう?」
シュバルツから予想だにしない言葉を聞き、それには流石にマグノもブザムも驚きを隠せなかった。
「何? お前、料理ができるのか?」
「ああ」
「こりゃ驚いたね…」
マグノがその言葉通り、心底驚いたといった表情でシュバルツを見た。
「だから言っただろう? あの三人と私は同じ男でも別物だと」
が、シュバルツは意にも介さずに返答する。
「食材と調理器具は融通してもらうぞ」
「わかったよ。食堂のクルーには伝えておく」
「もう一度聞くが、調理自体はお前が責任を持つということでいいのだな?」
「ああ」
「そうかい。それじゃ、お手並み拝見と行こうかね。BC、食堂のクルーに手配しておきな」
「はい」
「では、失礼」
トップの二人から言質を取ったシュバルツはそのままブリッジを出ていった。そして、最初の場面に戻るわけである。
「男!?」
「何しに来たのかしら…」
「せっかくの休憩時間なのに、もう!」
声を顰めているがそんな内容の会話がそこかしこからシュバルツの耳に届く。だがそれらを黙殺して食堂の中に入ると、シュバルツはキッチンスペースと思われる方へと向かった。と、
「ちょっと」
遠巻きなヒソヒソ声と違って明らかにかけてきた声にシュバルツの足が止まる。振り返ると、そこには先日顔見知りになった二人の女性の姿があった。
「お前たちは…」
「ハァイ」
「……」
「そう…確かジュラ…と、バーネット…だったか」
シュバルツが思い出して目の前の二人の名前を呼んだ。腰に軽く手を当てて興味津々といった表情でこちらを見ているジュラと、腕を組んで黙ってシュバルツを睨みつけているバーネットの姿があった。
(そう言えば、この前もこの二人は一緒にいたな。気が合うのか相棒なのかは知らんが、まあ仲が良いのはいいことだ)
人間関係で波風が立つよりはよっぽど歓迎すべきことではある。と、
「あら、あたしたちの名前覚えてたんだ」
ジュラが少し驚いた表情になった。と同時に、
「気安く名前呼ばないでよ」
バーネットは幾分か視線が鋭くなる。今まで男と戦ってきたのに、緊急事態とは言えその男をクルーとして組み込んだのだからこの反応は仕方ない。それでも対応に差が出るのは生来の気質、性格といったところも影響しているのだろう。
「まあ、初対面があんな形だったからな」
「アハハ…」
「…忘れてよね」
シュバルツの言葉にジュラが苦笑しながら頬をポリポリと掻き、バーネットは気まずそうな顔になってプイッと顔を背けた。先ほどシュバルツが口に出した“初対面”というのを思い出したのだろう。というのも、先の艦内異常の際にエレベーターに閉じ込められていた二人を助けたのがシュバルツだったからだ。
氷塊を破壊後、融合艦に戻ったシュバルツは先ほどまでと同じく牢獄へと足を向けた。現在、この融合艦はシステムが回復したとはいえまだ不安定なことと、それの対応で各所の人手が足りないこと、更に拘束具が外れていることから脱走しようと思えば簡単に脱走できる状況ではあるのだが、何分こんなところで脱走しても先行きの展望は望めないので暫くは成り行きに身を任せることにしたのだ。そして牢獄へと戻る途上、
(…ん?)
シュバルツの鋭敏な聴覚が妙な物音を聞きつけた。通常艦を運用するのに発生するような運用音、生活音とは明らかに違う音。現状では敵の襲撃もないためそれが原因のものとも考えられない。
(ふむ…)
気になったシュバルツはその音の発生源に足を向けたのだった。そして、その音源は何かと言うと、
「ちょっと! 誰かいないの!?」
「助けてってばー!」
パイウェイの罠(?)にはまってエレベーターに閉じ込められたジュラとバーネットだった。しきりに叫びながら周囲を手当たり次第にガンガン叩くものの、まるで反応・応答がない。もう結構な時間をそうやって費やしたため、次第に体力も気分も低下していく。
「もうヤダ! 疲れたーっ!」
「どうすりゃいいってのよ…。あたしらにここでミイラになれっての…?」
ぐずるジュラと絶望するバーネット。先の展望が見えない状況で、報われるかどうかもわからない行為をすることほど肉体的にも精神的にもクルこともなかなかないだろう。そして今、二人はそんな状況真っただ中だった。
「ああ…あたし、このままここで死ぬんだ…。まだやりたいこといっぱいあったのに…。短い人生だったわ…」
「ちょっとジュラ、縁起でもないこと言うのやめてよ!」
「じゃあ、この状況どうにかできるわけ!?」
「それは…」
さめざめと泣いていたジュラから反撃を食らったバーネットが口ごもる。どうにか出来るならとっくにどうにかしている。それが出来ないからこそ今現在もここでこうなっているわけで。反論などできるわけはなかった。と、そのことを察知したジュラが更に畳みかける。
「出来ないでしょ!? じゃあもうほっといてよ!」
「情けないこと言わないでよ! なりだけは立派なのに駄々っ子と変わらないじゃない!」
「それが何!?」
険悪な雰囲気が二人の間に流れ始める。ジュラとバーネットは普段は仲が良いのだが、こういった極限状況下ということもあってこうなってしまうのも仕方ないかもしれない。とかく、余裕のない人間は恐ろしいものである。そんな絶望的な状況のときだった。思わぬ救いの手が現れたのは。コンコンと、誰かがエレベーター上部…自分たちの上の場所を叩いたのだ。
『!!!』
その音に顔を見合わせたジュラとバーネットがそれに反応するかのように半ば乱暴に叩き返す。と、
『誰かいるのか?』
遮られているために声量は小さかったが、間違いなく誰かの声が聞こえてきた。
「男の声?」
その声色にバーネットは警戒心をあらわにしたが、
「この際誰でもいいわよ!」
ジュラは地獄に仏とばかりに顔の見えないその相手に一生懸命呼びかける。
「ねえ、助けてくれない!?」
『どうした?』
「閉じ込められたの! 何とかして!」
ジュラがそう訴えると、二人から少し離れた場所で打音がした。
『お前の身体はこの下にあるか?』
「え? ない…けど…」
質問の意図がわからずに戸惑いながら返答するジュラ。バーネットも訝しげな表情になっている。と、
『そうか。では…』
声の主がそう呟いた直後、轟音と共にその部分に大穴が開いた。
「ヒッ!」
「な、何何何!?」
轟音と、上から降ってくる形になったガレキと残骸にジュラとバーネットが身を竦ませる。直後、その大穴から声の主…シュバルツの首が中を覗き込んできたのだった。
「あ、あなた…」
「まさか…」
「これはまた…」
自分たちを助けてくれたのがシュバルツだとわかったジュラとバーネット。それに対して押し潰されそうな形で閉じ込められていた二人を確認したシュバルツは互いにどうしたらいいものかといった表情でお互いを見ていた。
「ひどい格好だな」
「うるさいわね」
「ほっといてよ」
閉じ込められた形になっていたその有り様を見て正直な感想を述べたシュバルツに、ジュラとバーネットがムッとした表情になる。が、その返答にシュバルツは安心した。
「ふむ、それだけ減らず口が叩けるなら心配はないようだな。ここまで移動できるか?」
「身体を這わせながら行かないといけないからしんどいけど…」
「何とかやってみるわ」
「結構」
シュバルツが返答すると覗き込んでいた首を引っ込める。体勢的にバーネットが先に移動を始めた。が、
「あ、あん♪ …ちょっと、変なところまさぐらないで!」
「しょうがないでしょ、狭いんだから! すぐ済むからちょっとぐらい我慢してよ!」
「そんなこと言ったって…あっ、いやん♪」
密着状態で圧迫されている空間のため、動くとどうしてもお互いの身体の色々なところに色々なところが当たってしまう、触れてしまう状態だった。そのためどうしても色っぽい声が出てしまうジュラ。バーネットも申し訳ないとは思ってはいるが、移動するとなるとどうしてもこうなるのは避けて通れなかった。結果、ジュラの身体をそこそこまさぐってバーネットは何とかシュバルツの明けた穴の直下まで移動することができた。と、穴の上からバーネットの顔を覗き込む形になっていたシュバルツが手を差し伸べる。
「掴まれ」
「えっ…」
その言葉に思わず怯んだバーネット。今までの環境もあり、男に助けてもらう、男と触れ合うことにはどうしても抵抗があるのだろう。が、
「あまりスペースに余裕のないその状態から起き上がって出てくるには時間がかかるだろう。お前だけならまだしも、まだ連れが中にいるのだろう?」
「で、でも…」
バーネットが逡巡する。シュバルツの言ってることはもっともだし、普通に考えればここで助力を得るのは当然のことだ。が、やはり相手が男…シュバルツということがバーネットに二の足を踏ませた。そして、
「……」
シュバルツもそれはわかっているからこそ急かすような真似はしない。握り返してくれればよし。ダメならそれはそれで仕方ないと割り切っていた。果たしてどうなるかと手を差し伸べたままバーネットの様子を見ていたが、
「じゃ、じゃあ…」
我慢することにしたのか、厚意を受け取ることにしたのか、それともジュラのことを考えてかわからないがバーネットがおずおずと手を伸ばしてきた。シュバルツはその伸ばした手を掴む。
「ヒッ!」
その瞬間、思わず短い悲鳴が出てしまったのはご愛敬というものだろう。が、シュバルツは気にした様子もなくそのままバーネットをエレベーターから引っ張り上げた。
「っと」
エレベーターの外に引っ張り上げるとシュバルツはすぐに手を離す。と同時にバーネットも慌てて手を引っ込めてシュバルツから距離を取るが、
「あ、ありがと…」
ぶっきらぼうにボソッと礼を言ったのだった。その際に、心なしか顔も僅かに赤かったりしたのもご愛敬だろう。
「ああ」
返事を返すと、再びシュバルツはエレベーターの中を覗き込んだ。
「大丈夫か?」
「ええ」
ジュラが頷くと先ほどのバーネットと同じく、身を捩らせながらズリズリと身体を移動させて穴の直下に来る。バーネットがいなくなった分スペースに余裕ができたため、先ほどのバーネットより早く移動することができた。
「掴まれ」
「ありがと」
ジュラがシュバルツの差し伸べた手を掴む。バーネットよりシュバルツの手を握ることに抵抗がなかったが、それは現状をちゃんと認識しているからだろうか。それでも、最初にシュバルツを見つけたときに『男に触りたくない』と言っていた彼女からすれば随分思い切った行動と言えなくもないが。
「よし」
とにもかくにも差し伸べた手を握り返されたシュバルツが、先ほどのバーネットと同じようにジュラをエレベーターから引っ張り出す。
「ふぅ…」
狭小の空間からようやく脱出できたジュラが解放するかのように己の髪をたくし上げると大きく息を吐く。そして、パンパンと己の身体についた埃を払った。
「はぁ…やっと自由になれたわ」
「ったく…ヒドい目に遭ったわ。パイのヤツ…」
狭い場所に閉じ込められていたことから解放された解放感からスッキリした様子で己の身体を掃ったり身体を解したりしているジュラとバーネット。
(どうやら問題はなさそうだな)
その様子を見ていてそう判断したシュバルツがその場を去ろうとする。と、
「あ、ちょっと!」
「待ちなさいよ!」
思いがけずジュラとバーネットにその足を止められることになった。
「何だ?」
まさか呼び止められると思っていなかったシュバルツが足を止めると二人に振り返る。が、
「あ…と…」
「えっと…その…」
呼び止めたのにどうにもジュラとバーネットは歯切れが悪い。どころか、困った顔をしていた。
(?)
その様子にシュバルツが内心で首を捻る。呼び止めておいて戸惑うとはどういうことだと思ったが何となくわかったような気がした。
(男に助けられた上にその男が自分たちを放ってさっさとこの場を後にしようとしたから、条件反射的に思わず声をかけて呼び止めてしまった。だが、呼び止めたはいいもののその後のことを考えていなかったから持て余している…。こんなところだろうか)
それを裏付けるようにジュラとバーネットはどうしよう…と言った表情をしている。さてどうしたものかとシュバルツが考え始めたときだった。
「な、何であんたがここにいるのよ」
口に出したのはバーネットだった。シュバルツを含めて男は皆捕虜なのだから当然の質問と言えるが、そこにすぐに気が回らなかったのはやはり戸惑いがあったからだろう。が、その突破口を見つけた二人がここぞとばかりに食って掛かる。
「そう言えばそうね」
「脱獄? いい度胸してるじゃないの」
「落ち着け」
剣呑な雰囲気になりそうな二人をシュバルツが冷静に制する。
「少し頼まれごとがあって一時的に解放されただけだ」
「頼まれごと?」
「何よ?」
「破砕作業…とでも言っておくか」
「は?」
シュバルツの説明にジュラが怪訝な表情になった。
「何よ、それ」
バーネットも同様に眉間に皺を寄せている。
「詳しくは後で記録映像でも見るのだな。記録ぐらい取っているだろうし、正直に説明しても恐らく信用しないだろう」
「?」
「今一、要領を得ないわねぇ」
はぐらかすようなシュバルツの返答にジュラとバーネットが首を傾げた。
「後で自分で確かめるのだな。それでことを終え、今は戻るところだ」
「ふ~ん」
「それじゃ、そういうことにしておいてあげましょ」
「そうね」
「ホラ、さっさと戻りなさいよ」
「ああ」
何故か追い立てられるようになってしまってシュバルツは苦笑したが、別段揉める気もなかったので二人のお望み通りその場を立ち去って牢獄に戻ったのだった。
このような経緯があり、シュバルツとジュラ、バーネットは他のクルーたちより少しだけお互いに面識・関係があったのだった。
「何か用か?」
呼び止めてきたジュラとバーネットにシュバルツが尋ねる。
「ええ」
「何しにここに来たのよ」
ジュラが頷き、補足するようにバーネットが口を開く。それに対し、
「食堂に用件など、一つしかないだろう。食事をしに」
シュバルツが当然のように答えた。だがその返答に、ジュラとバーネットだけでなく、その返答を聞いた他のクルーたちもざわっとざわつく。そして、
『え…』
方々から聞こえてくるイヤそうな声色の返答と、表情を歪めたクルーの姿が目に入ったのだった。
「ちょっと、止めてよ…」
それを代表するかの如くジュラがうんざりとした表情で溜め息をつく。
「男相手に料理なんて、するわけないじゃない」
バーネットもそのジュラの意見に追随した。バーネットだけでなく、他のクルーもうんうんと頷いている。この世界における男女の対立は余程根深いのだろう。が、
「構わん」
このシュバルツの一言は完全に予想外だったのか、聞いた全員の頭上に?が浮かんだ。
「構わん…って」
「どういう意味よ?」
「言葉通りだ。別に作らなくても構わんよ。自分で料理する分には問題ないだろう?」
『は!?』
シュバルツからのその一言は彼女たちにとって完全に予想外だったのだろう、ジュラとバーネットだけでなく他のクルーからも同じ驚きの声が上がったのだった。声を上げなかったクルーも須らくビックリして目を丸くしている。
「先に言っておくが上の人間から言質は取っている。だから大人しくしてもらおうか」
「いや、それよりも!」
「あんた、料理できるの!?」
「無論」
こともなげに返すシュバルツのその返答に、それを聞いたその場のクルーたちは固まってしまっていた。
「信じられない…」
「男が料理できるなんて…」
ジュラとバーネットもシュバルツの返答に呆然としている。
「お前たちの知っている限りの男であればありえないことなのだろうが、私をあの三人と一緒にはするな。男ということは同じだが、あの三人…ひいてはタラークの男たちと私は全くの別物だと思うことだな」
それだけ言い残すと、呆然としているその場のクルーを置き去りにしてシュバルツはキッチンへと入った。シュバルツの姿にキッチンクルーは警戒だったり嫌悪だったり拒絶だったりとおよそ好意的な視線を向けなかったが、シュバルツは気にも留めずに冷蔵庫を確認する。マグノ、あるいはブザムからお達しがあったのだろう。冷蔵庫を開けて食材をチェックしているシュバルツを歓迎していない視線で見ているものの、キッチンクルーが口を出してくることはなかった。極少数は、何を見せてくれるんだろうといった興味津々の視線をシュバルツに向けていた。
「ふむ…」
使用可能な食材を見て少し考えたシュバルツ。そしてそこからメニューを決めると必要食材を調達してコンロへと向かった。フライパンを火にかけ、油をひくと卵を割って溶き始める。その挙動は当然、キッチンクルーだけでなく食事中のクルーの目も引くことになった。が、シュバルツはさして気に留めることもなく調理工程を続ける。
溶き卵をフライパンに流し込むとその状態を確認しながら他の食材…生野菜の下ごしらえを始める。そうしながらフライパンの溶き卵がいい感じに半熟になったら半分にして奥に寄せ、形を整えてひっくり返し、両面軽く焼き上げて皿にポンと乗せる。そう、プレーンオムレツの出来上がりである。その見事な手際に、若干ながらおー…という歓声が上がったのも付け加えておこう。
「さて…」
再度フライパンを火にかけながら、ボウルに牛乳、砂糖、卵を適量入れて再び溶く。そこに食パンを投入して染み込ませるとバターを適量切ってフライパンに投入し、その食パンを両面に軽く焦げ目がつくまで焼き上げる。お手軽フレンチトーストの出来上がりである。
(本来はもう少し仕込むのだが、男料理だからな。これで十分)
焼き上がったフレンチトーストを皿に載せると、今度はケトルに水を入れて沸かし始めた。そうしながら下ごしらえをした生野菜を適切な形に刻んで生野菜サラダを作り、最後に沸騰したお湯でコーヒーを作って完成と相成った。
「よし」
完成した料理一式とドレッシングやミルクなどの必要調味料をトレーに載せると、使用した調理器具一式を固めて一箇所に置き、
「食後にまとめて洗うので、これはこのままにしておいてくれ」
と、キッチンクルーに一声かけた。キッチンクルーたちは茫然としていたが、それでも数人がコクコクと頷く。シュバルツの見事な手並みに驚いているのだ。
(父さんと母さんの代わりに普段の家事を一手に引き受けていたのが、まさかこのような形で役に立とうとはな…)
多忙だった両親の代わりに弟の面倒を見ていたことの副産物がこんな形で役に立つことになるとは、
(先のことは本当にわからないものだ…)
妙な感慨にふけりながらシュバルツは空いていた席に座ると、手を合わせて食事を開始した。
(うむ…)
いつも通りの味である。それを確認できてホッとする。
(腕は落ちていないか。まあ、料理の腕が急激に落ちるということなどあることもないが。しかし…)
目の前の料理に集中しながら、シュバルツは周りに悟られないように周囲の様子を確認した。と言うのも、見られているからである。それも今食堂にいる全員に。
(男が同じ空間にいるのが気に入らないのか、自分たちの食材を使われることに納得がいかないのか、男が料理をすることに驚いているのか、それとも別の思惑があるのかはわからないが、見られているとどうにも居心地が悪いな…。しかし、だからと言って栄養を摂らないわけにもいかんしな…)
栄養を摂るだけなら先ほどの『ペレット』でもいいのだろうが、出来ることならあれのお世話にはなりたくないとシュバルツは心底思っていた。
(まあ、いずれは慣れるだろう。それまでは辛抱するしかないな)
立場的にはこちらの方が弱いのである。そこは我慢するしかない。実力行使となれば負けるとは思ってもいないシュバルツだが、その手段をとる気は毛頭なかった。少なくとも彼女たちが仕掛けてこなければ。そんな衆人環視の中の奇妙な雰囲気での食事が半分ほど進んだところで、
「ふーん」
再びシュバルツに声をかける者が現れた。と言っても、声色が先ほど聞いたものと一緒である。顔を上げると、そこにいたのは予想通りジュラとバーネットだった。
「何か用か?」
食事の合間にシュバルツが二人に尋ねた。
「驚いたわ」
「まさか本当に料理ができるとはね」
言葉通り、驚きとも興味ともつかない表情でジュラとバーネットが返すと、二人がシュバルツのすぐ側に腰を下ろす。
「?」
男とは対立関係だろうに、何でわざわざ近くに寄ってくるのかと思ったシュバルツだったが二人の好きにさせた。と、
「ねえ」
話しかけてきたのはジュラだった。頬杖をついて軽く小首を傾げながら楽しそうに微笑んでいる。
「何だ?」
シュバルツが答えると、ジュラはちょんちょんとシュバルツの作った料理を指差した。そして、
「どれでもいいから、少しお裾分けしてくれない?」
と、頼んできたのだった。
「何?」
その提案に、シュバルツが怪訝な表情になる。
「何のつもりか?」
「そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
シュバルツの警戒するような口振りにジュラが少しだけムッとした表情になったが続ける。
「ただ、男が作った料理に興味があるだけよ」
「ちょ、ちょっと、ジュラ!」
慌ててバーネットが口を挟むが、
「何よ、バーネットだって興味あるって言ってたじゃない」
「ちょっと! 何もバラさなくてもいいでしょ!」
バーネットが恨みがましい視線をジュラに向けた。が、ジュラはそんな視線を受けてもさして気にする様子もない。
「ね? いいでしょ?」
そして再びお伺いを立ててきた。
(どういうつもりか…)
ジュラの意図はさっぱりわからないが、まあそれぐらいならと考え、シュバルツはオムレツを食べたときに使ったナイフとフォークでフレンチトーストを少し切り取ると、それをフォークに挿してジュラへと差し出した。
「ありがと♪」
微笑みながらジュラがそのフレンチトーストにパクつく。当然その様子はバーネットだけでなく他のクルーたちも見ており、ざわっとざわついていた。それは男の料理を食べたことによるものか、今の一連の行為に驚いてのものなのかはわからないが、相変わらず衆目を集めている状態に少しだけシュバルツが辟易していた。と、
「んっ?」
その、シュバルツの料理を味わったジュラの表情が変わる。
「ジュラ? どうかした?」
「……」
それに気づいたバーネットがジュラに尋ねたが咀嚼中のために返答することはできず、ちょっと待ってとばかりに手の平をバーネットに向けた。そして、
「ヤダ…」
飲み込んだ後、少し呆然としながらジュラが呟いた。そして、シュバルツの顔とシュバルツの作った料理を交互に見る。
「普通に美味しいじゃない…」
「え!?」
予想外の返答だったのか、バーネットが驚いた声を上げた。が、それは他のクルーたちも同意見だったようで、また食堂がざわつく。
「何よ、あたしの言ったこと疑うの? だったらバーネットも味見させてもらえばいいじゃない」
「え!? いや、それは…」
「何今更遠慮してんのよ、ほら!」
「痛ッ! ちょっと、止めてよ!」
背中をパーンとひっぱたかれたバーネットがジュラに文句を言う。が、ジュラはどこ吹く風とばかりに気にする様子もない。
(賑やかな連中だ…)
その二人の様子を肴にしていたシュバルツが、先ほどと同じようにまたフレンチトーストを切り取ってフォークに挿し、今度はそれをバーネットに差し出した。
「え!?」
「あら、よかったじゃない♪」
「勝手なこと言わないでよ、もう!」
バーネットは顔を真っ赤にして怒っているが、それは怒りのせいだけではないようだ。それが証拠に、ジュラに文句を言いながらもチラチラとシュバルツの差し出したフレンチトーストに目を向けている。
(やれやれ、面倒な性分だな…)
シュバルツとしてもいつまでも差し出しているのは億劫になってくる。気になっているのなら先ほどのジュラと同様にさっさとパクついてくれればいいのだが、恥ずかしいのかそんな真似をしたくないのか一向にそうしようとしない。その割にはチラチラと視線をやっているのはわかりすぎるほどわかった。だが、いつまでもこうしていたくもないのは正直なところ。何せ、大分少なくなったとはいえまだ食事の途中なのだ。衆人環視の状況も居心地はあまり良くないしさっさと片付けてしまいたかった。そのため、一旦フォークを引こうとする。が、
「あっ…」
それに気づいたバーネットが思わず声を漏らし、そしてジュラはそれを聞き逃さなかった。
「ホラ、早くしてやりなさいって」
「わ、わかったわよ! 全くもう…」
発言内容こそ怒っているものだったが乱暴にシュバルツからフォークを奪い取ると、バーネットはそこに挿さっていたフレンチトーストにパクついた。ジュラと違って差し出されたものにパクつかなかったことと、顔が先ほどより更に赤くなったのは性格の違いによるものだろう。だが、
「ホントだ…美味しい…」
そこの感想は一致したようで、バーネットが口元を隠しながら正直な感想を述べた。そして、おずおずとフォークをシュバルツに返す。
「あ、ありがと…」
「ああ」
差し出されたフォークを受け取ると、シュバルツは食事を再開した。
「しかし、驚いたわ…」
ジュラがそう言いながらその場から立ち上がる。
「ん?」
「あなた、本当に料理できたのね」
「そうね…」
バーネットもそのジュラの意見に追随して立ち上がった。
「同じ男であったとしても、私があの三人とは違うということ、これでわかってもらえたかな?」
「うーん…でもねぇ…」
「死後転生って…本気で言ってるの?」
同じ男でもヒビキたち三人と自分はまるで別物であることの良い証明になったかと思ったが、ジュラたちはまだ半信半疑といった感じである。まあ、それもそうかとシュバルツも思っていたので反論はしなかった。
「ま、今はいい。そう考えるのも当然だからな。だが、そのうちわかる」
丁度そこで食事を終え、シュバルツは立ち上がった。
「では」
「あー、うん」
「ええ」
妙な雰囲気のままシュバルツを見送るジュラとバーネット。そして、片づけが終わったシュバルツが食堂から出ていった直後、二人はあっという間に他のクルーに囲まれたのだった。
「ちょ、ちょっと!」
「な、何!? 何!? 何!?」
「ねえねえ、さっきの感想ホント!?」
「ホントに美味しかったの!?」
「男が作った料理だよ?」
「てゆーか、良く食べられるよね…」
「ホント…」
「ああもう、うるさい!」
「ほっといてよ!」
クルーに質問攻めにされて癇癪を起こすジュラとバーネット。シュバルツが知る由はなかったが、彼が去った後の食堂はこんなことになったのだった。
とにもかくにも、メジェールの女が知るタラークの男とはまた全く別物の男…シュバルツはこうして彼女たちに一つ、己の存在を刻みつけることになったのだった。