昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

110 / 196
第百三話 皇室と大公家

 ギョルムは領主館地下牢に入れられた。

 彼の部屋を調べると『目覚まし(ファトム)』と呼ばれる麻薬成分を含んだ葉巻が見つかった。

 帝国において麻薬の類を摂取することについて禁止する法律はなかったが、服用する人間には常識的な行動が求められたため、これを逸脱した段階で処罰された。特に官吏であれば、その職を失うのはもちろんのこと、帝国の威信を傷つけたとして庶民よりも強い罰則を与えられる。

 

 ミーナを襲ったあの朝は、前夜にかなり飲酒をしていたらしい。

 ハッキリと目覚めるために、ファトムを吸ったのだと言う。(ファトムには覚醒、興奮作用がある)

 しかもその理由は早朝に祠を訪れるミーナに会うためだったというのだから、呆れるしかない。

 

 ヴァルナルはすぐにもギョルムに対しての処罰を行いたかったが、それでも一応、彼が官吏として皇帝陛下の命を受けてここに来たことは間違いない。

 一存で処理することで軋轢が生じ、グレヴィリウス公爵に迷惑をかけたくもなかったので、仕方なくギョルムの直属上司であるところのラナハン卿を通じ、帝都皇室府(=皇府)への具申を願い出た。

 

 しかしラナハン卿の対応ははっきりしなかった。

 

「ま、ま、クランツ男爵どの。確かにギョルム卿には色々と問題はあったが、誰か傷つけたというものでもなし……」

 

 ラナハン卿は典型的な事なかれ主義の官吏であった。

 彼は今回の事業計画の責任者になったという栄誉だけは受け入れたが、実質的な役目自体はおおむね部下任せであった。まして、自分の責任の所在を問われるような事態は、隠せるものなら隠し通したかったのである。

 

 ヴァルナルはラナハン卿の能天気な態度に、一気に険しい顔つきになった。

 

「……傷つけて…ない?」

「あ、いやいや。男爵どののご子息には無体なことをした。謝罪が遅れましたな。申し訳ございません。(わたくし)の監督不行き届きにございますれば、伏して、伏して、お詫び申し上げる!」

 

 ラナハン卿はこれ見よがしに大声で謝って、何度も頭を下げる。

 ヴァルナルはギリと奥歯を軋ませた。

 ラナハン卿にとっては、ミーナは一介の召使いの女で、被害者にもあたらないらしい。

 

「ラナハン卿、男爵殿のご子息ばかりでなく、ギョルム卿が襲った女というのは男爵殿の婚約者も同然の女性であったのですよ。おわかりですか?」

 

 今にも殴らんばかりに拳を握りしめたヴァルナルを見て、穏やかに割って入ったのは、ベネディクト・アンブロシュ准男爵だった。

 彼は皇府からではなく、大公家から派遣された学者らのまとめ役として来ている。

 ゆるやかに波打った栗茶(マルーン)の髪に薄緑色の瞳、いつも頬に柔和な笑みを浮かべた優しい風情の男であった。年はヴァルナルよりも二、三年上といったところであろうか。

 

 そんなベネディクトから言われたことに、ラナハン卿は「えっ?」と思わず聞き返した。

 

「婚約者ですと? 女中と聞いておりますが…」

 

 普通、女中などは貴族にとって結婚相手になるものではない。彼らはあくまで使役される側の人間で、主と関係を持ったとしても、妾となるのがせいぜいであった。

 

 信じられない、という目でまじまじと見つめてくるラナハン卿を、ヴァルナルはギロリと眼光鋭く睨みつける。

 

「なにか? 生憎とご存知の通り、私は元は平民でございますから…貴き方の風習には馴染めぬところがございましてね」

「い、いや……その…意外でございましたので」

 

 ラナハン卿はヴァルナルの威圧的な視線に耐えきれず、あわてて弁解すると、それとなく目を逸らした。

 殺伐とした雰囲気を知ってか知らずか、ベネディクトはあくまでも穏やかな口調で話を続ける。

 

「派遣官の失態ということで、()()()()()()()()ラナハン卿に代り、私がギョルムに対しての尋問を行いました。どうやらあの男は既成事実を作って、無理にその女性との婚姻を目論んだようです」

 

「………なんだと?」

 

 ヴァルナルの声は怒りが昂じて平坦になった。

 ベネディクトは頷くと、この苛立たしくも恐ろしいギョルムの計画を詳細に語った。

 

「男爵殿が領地視察に行かれている間に、その女性と接触する機会を窺っていたようです。彼女が人気(ひとけ)のない祠に毎朝足を運んでいることを聞きつけ、男爵殿が視察から戻る前に行動を起こしたようですが、運悪く……失礼、これはギョルムからの見地ですが…男爵殿は前夜に予定を前倒ししてお帰りになられていた……という事を彼は知らなかったのでしょうな。その上で早朝であれば、騎士達も朝駆けでおらぬと踏んでいた。その日に、男爵殿のご子息が一緒に行かれたことで、いつもよりも遅くなったのは幸いでした。

 ギョルムとしては、彼女に婚姻を迫って了承させれば、男爵殿に一泡吹かせることができる、という幼稚な考えもあったようです。しかし彼女が案に相違してギョルムの要求をきっぱり撥ね返したので、カッとなって強引な手段に出た…と。一度、我がモノとしてしまえば、女性側の声などあってなきが如しですから。その後は無理矢理に婚儀を済ませれば、男爵殿がこの地の領主であったとしても、()という肩書がある以上、文句は言えぬだろうと踏んでいたようです」

 

 ヴァルナルの顔は赤を通り越して、蒼白になった。

 できうるものなら、今すぐに剣を持って地下牢に乗り込んで、ギョルムを叩き斬ってやりたい……!

 

 ラナハン卿はそのただならぬ様子にあわててとりなした。

 

「ま、ま、男爵どの。結局はどうということもなかったのですし……」

「どうということもないだと!?」

 

 ヴァルナルはとうとう怒りが極限に達して、拳を机に打ち付けた。

 ビリビリっと空気が振動し、テーブルに置いてあったカップはガチャリと音をたててひっくり返る。

 ラナハン卿はヒッ! と悲鳴をあげて仰け反った。

 一方、ベネディクトは冷静に話を続ける。

 

「ラナハン卿、こうまで不躾を重ねたのです。我々は(さき)の会合においても、男爵殿に釘をさされました。客ではない、と。我々はこちらに滞在()()()()()()いるのです。その上で、この不始末。官吏としてのあるまじき不行状。本来であれば、レーゲンブルト領主たるクランツ男爵の一存で、ギョルムを罰してもよいところです。男爵殿は我々の顔を立てて、皇府への具申を申し出て下さっているのですよ。まさか……」

 

 ベネディクトは一旦そこで言葉を切ると、隣に座っているラナハン卿の耳元で低く囁いた。

 

「己の保身のために、なかったことにされるおつもりですか?」

 

 まさか自分の味方だとばかり思っていたベネディクトまでが、非難してくると思っていなかったラナハン卿は、とうとうヴァルナルの要求を聞き入れざるを得なかった。

 

 

 帝都に書翰(しょかん)を送り、ギョルムの処罰を求めることになった。

 この時、ベネディクトの進言でミーナに対する不埒な所業については、詳細に書かれることはなく、あくまでも領主館において一使用人に対して、極めて許されざる暴力行為を行ったとだけ記された。

  

「女性を不必要に辱める必要はございません。ギョルムについては、麻薬使用による不行状だけでも、帝国吏士としての不名誉は免れぬのですから」

 

 ベネディクトは、ラナハン卿の書いた書翰を確認のために見せにきた時に、ヴァルナルにそう説明した。

 

 ヴァルナルとしてはギョルムの最も許されない行為はミーナへの暴力であったのだが、実際のところ、一地方領主の使用人を皇帝陛下の命を受けた役人が暴行したことよりも、麻薬使用によるギョルムの失態の方が、皇府(むこう)は問題視するのだろう。

 それに、ミーナへの不要な詮索もされずに済む。

 

「アンブロシュ卿、色々と適切に動いていただいて、助かる。正直、私も今回のことでは冷静な判断ができずにいたところだ」

 

 ヴァルナルが素直に言うと、ベネディクトはニコリと笑った。

 

「愛する(ひと)の危難を前にして、平静でいられる人間はおりません。男爵殿は十分に、理性的に振る舞っておられたと思いますよ」

「いや…あの場に(けい)がおられなかったら、ラナハン卿を殴りつけていたところだ。のらりくらりとかわされて、本当に我慢ならなかった」

「ラナハン卿も、ギョルムの背後の人間に思いを致さずにはおれなかったのでしょう。陛下の侍従の中でもソフォル子爵というのは、少々、面倒な方でございますから」

 

 ソフォル子爵は身分こそ子爵位だが、その献身的で機転のきく対応により、皇帝のお気に入りだった。

 侍従長は別にいたが、陛下の信頼が厚いという事実は、何よりの権力であった。

 そのため、皇宮を訪れてまず挨拶をすべきはソフォルの執務室がある東藍宮(とうらんきゅう)だとまで言われるほどである。

 

「今の侍従長のバラーク伯爵はお年のこともあって、度々体調を崩され、ソフォル子爵が実質的に侍従長としての役割を担っているようです。今回のことで、子爵の機嫌を損ねることになれば、ラナハン卿の今後にも関わりますから……」

 

「それにしたって、情けない。あれで今回の総責任者なんだからな…」

 

 ヴァルナルはそれでも憤慨を隠せなかった。

 ミーナを軽んじるあの態度はもちろん許せなかったが、そもそも総責任者としての役目をまるで果たせていない。

 

 ギョルムの件はすでに、ミーナへの不必要な饗応を要望してきた時点で、かなり厳しく、その監督責任を含めて是正するように申し伝えてあった。にもかかわらず、この状況である。

 そもそも自分の部下であるのに、顔色を窺っている時点で、ラナハン卿に指導的役割を課すのは無理というものだ。

 

「ギョルムをこの事業に参画させたのも、ソフォル子爵が出来の悪い甥御のために、名誉挽回の機会を与えたのだと聞いております」

「なんなんだ、それは。大事な皇帝陛下より下達(かたつ)のあった事業だというのに、そんないい加減な人事を……」

「正直なところ…」

 

 ベネディクトは意味深な咳払いをして、少し言い淀んだ。

 ヴァルナルは先を促す。

 

「どうなされた? 忌憚なく申されよ」

 

「いえ……この事業計画は冬になる前に急遽策定されたと聞いておりますので、おそらくこれから冬になろうという時に、冬の寒さ厳しい北の辺境に好き好んで行く人間はなかなか……人選に難渋したと聞き及んでおります」

 

「ハハハ! そうだろうな」

 

 ヴァルナルは笑った。

 実際、皇府から送り込まれた人間は、あまり仕事ができるようには見えない。

 

 いや、帝都においては彼らも優秀な官吏であるかもしれないが、なにせここでは、ラナハン卿をはじめとして意欲がないのだ。

 左遷されたと思っている者もいるかもしれない。

 

「申し訳ございません。失礼なことを…」

 

 ベネディクトはヴァルナルが笑ったので、安心したようだ。苦笑しつつ謝った。

 ヴァルナルは軽く手を上げ謝意を制してから、ベネディクトをじっと見つめた。

 

「私としては今後の実質的な総責任者はあなたに任せたいと思うのだ、アンブロシュ卿。あなたは准男爵であるのだし、身分としてはラナハン卿よりも上だ。文句も出まい」

 

「そうはいっても、私は皇府から依頼を受けてここに来ているわけではありません。あくまでも大公家からの要員です」

 

「しかし、皇府への経過報告の書類なども、結局はあなた方が作成されたものを、ほぼ丸写しして送っているらしいではないか。そもそも皇府からの研究費用の三割近くを、あやつらへの特別赴任手当に拠出しているというのだから…とんでもない無駄使いだ。大公家はそうではないのだろう?」

 

「私共は閣下からの命令で来たというよりも、志願して来た者が多いので手当等は特に頂いておりません。業績に応じて、追って特別支給はあるやもしれませんので、むしろそれを楽しみに皆、研究やその準備を手伝っております」

 

 今回の黒角馬(くろつのうま)の増産並びに軍馬仕様研究についての事業には、皇府、大公家、グレヴィリウス公爵家が主だった出資と研究要員を出している。

 

 この中でグレヴィリウス公爵家が主に行っているのはレーゲンブルトにおける研究者らの衣食住の提供で、これは当然ながらグレヴィリウス公爵の命を受けて、ヴァルナルが担っている。

 

 その他、学者や助手をはじめとする人材と研究費用については、皇府と大公家が折半しつつ全体の八割以上を占めている。

 これは帝国に何か重大な脅威のあった場合、大公家が先鋒として戦地に赴くことが約束されているためだ。

 

 少々話が逸れるが、ここで大公家と現皇帝を主軸とする皇室との関係性について、軽く説明しておこう。

 

 現皇帝選出に至る過程において、当時、まだ十五歳という若さでありながらも、天才との聞こえ高い少年であった大公 ―――― この時はまだ第七皇子であったランヴァルトもまた、後継者争いに巻き込まれた。

 

 彼は叛意(はんい)のないことを証明するため、自らに大公としての地位を与えることを、皇太孫であったジークヴァルトに要求した。

 要求することで、ジークヴァルトが皇帝になることを認め、彼への服従を誓ったのだ。

 その上で今後、帝国の行う全ての戦において、先頭に立って戦うことを約束したのである。(無論、その一番最初の戦は、ジークヴァルトに敵対していた他の後継者らの掃討だった。)

 

 以来、大公家騎士団は帝国軍における先鋒としての役割を担っている。

 実際には、ジークヴァルト皇帝の代における粛清や、領土紛争などほとんどにおいて、大公家騎士団のみで決着がついてしまうので、彼らは帝国において事実上の主力騎士団と言っても過言ではなかった。

 

 そんな彼らにとって、軍馬の確保は重要案件だった。

 まして黒角馬(くろつのうま)などという能力の高い馬がいるとなれば、いっそ独占したいくらいであろう。

 そういう意味で、大公家には皇府よりも切実な事情があったのは間違いない。

 

 ヴァルナルは嘆息した。

 

 大公家には大公家の思惑があるのだろうが、少なくとも人員は確かな人々が来ている。

 皇府は学者はさすがにアカデミーからの生え抜きの優秀な者を揃えたようだが、それもやや常識外れの者が多い。

 そうした者達も含め、きっちり監督する者が必要だというのに、その責任者がもっとも優柔不断で役立たずときている。

 目の前にいる准男爵の恭謙で真面目な取り組み方とは大違いだ。

 

「アンブロシュ卿、表向き皇府からの委任を受けた者をたててしかるべきだということは、私にもわかっている。しかし正直、ラナハン卿が統制をとるのは今回の件をみても、難しいのは明らかだ。何より彼自身が積極的にそうしようと努めていない。

 その点、あなたには皇府からの要請でやってきた学者達も一目置いていると聞く。あなたの差配の元で、大公家の研究者らには、研究に没頭できる環境が整えられている…と、正直羨んでいる者もいるようだ。

 私からは金銭的な援助も、権限を与えることもできぬが、今後の研究の進行について、あなたへの支持を示すことぐらいはできる」

 

 言っているヴァルナル本人がまだるっこしさを感じたが、皇府がこの事業に参画している以上、ラナハン卿ら官吏達を全面的に否定するような真似はできない。

 だが、あくまでも現場において、ベネディクトが事業の中心的な役割を担うことに賛意を示すぐらいであれば、さほどに目くじらをたてられることもないだろう。

 そもそも、そこまで気にするのであれば、もうちょっとマシな実務家を寄越してもらいたいものだ。

 

 しかしベネディクトは安易な返答は避けているようだった。自分が大公家の人間であるために、下手をすれば大公閣下に迷惑がかかると考えてのことだろう。

 

 ヴァルナルは続けて具体的な課題を指摘した。

 

「現状においては大公家からと皇府からそれぞれ選出された研究者らが、それぞれ別途に研究を行っていると聞く。そのために我が騎士団への質問内容なども重複され、騎士団としても疲弊しているのだ。この二つの研究班を一つにまとめて、両者活発な論議を尽くしてもらいたい。これが大公家にとっても皇府にとっても、我らグレヴィリウスにとっても理想的な形だと思う。その場合、彼らを上手にまとめ上げることができるのは、あなた以外にないと思うのだ。どうだろう?」

 

「ふ…む」

 

 重ねてお願いされ、ベネディクトはしばし考え込んだ。

 最終的に頷いたのは、ヴァルナルの指摘した問題点について、自分でも気になっていたからだ。

 

「よろしいでしょう。あくまでも()()という範囲において、ですが」

「無論だ」

 

 ヴァルナルはニッと笑ってから、すぐ申し訳なさそうに声を落とした。

 

「しかし最終的にはラナハン卿の手柄となってしまうだろうな、表向きは。(けい)には申し訳ないが」

「そのような事は些事(さじ)です。私の(あるじ)は大公閣下です。閣下さえご存知あれば十分……」

 

 言いかけてベネディクトはふと言葉を途切らせる。

 

「なにか?」

 

 ヴァルナルが問いかけると、ハッと顔を上げ、しばし見つめ合ってから、少し挑戦的な笑みを浮かべた。

 

「ひとつ願いがございます」

「なんだろう?」

「一応、こう見えて、私も騎士の端くれでございます。叶うならば、男爵殿と一度、手合わせ願いたい」

「そんなことなら、いつでも」

 

 ヴァルナルは快諾した。

 むしろ帝国の最大にして最強と呼ばれる大公家騎士団の一員であったというのなら、こちらも楽しみなくらいだ。

 

「本当ですか? ありがたい!」 

 

 ベネディクトは心底嬉しそうであった。

 ヴァルナルはいつも穏やかで、感情の起伏をあまり表すことのないベネディクトの興奮した様子に少し驚きながらも、微笑んだ。

 

「そのように喜ばれるなど。いつでも仰言(おっしゃ)っていただければよろしかったというのに」

「いや…そういう訳には」

 

 ベネディクトは少し自分が高揚したのが恥ずかしくなったのか、コホリと咳払いして気持ちを落ち着かせる。

 

「アンブロシュ卿」

 

 ヴァルナルは気さくな口調で呼びかけた。

 

「…私は身分こそ男爵の位にありますが、卿からすれば若輩の身でありましょう。まして、私は元は平民の出。そう堅苦しく考えずともよろしいのですよ」

 

 しかしベネディクトは重々しく首を振った。

 

「なにをおっしゃる。たとえ平民の出であろうが、騎士にとって黒杖の騎士なる方を尊崇せずにおれましょうか」

「私などは黒杖といっても、まだまだ……。アンブロシュ卿は大公閣下の側近くにおられたのですから、私がまだまだヒヨッ子同然であることなど、見破られておられるでしょう?」

 

『大公』という名称に、ベネディクトは胸を張りニコと微笑む。

 

「大公閣下はまったく別次元の方でございますれば…」

 

 そこには己の(あるじ)に対する尊敬と賛美と、そこはかとない()()()()があった。

 

 ヴァルナルはかすかに心の中で、何かチリチリと()けるようなものを感じた。しかし、すぐに打ち消す。

 

「では、近いうちに機会を設けましょう」

「このような機会を与えていただき、感謝至極。楽しみにしております」

 

 いつもの貴族礼でなく騎士礼をして、ベネディクトは部屋を出ていった。

 

「大公……ランヴァルト閣下……」

 

 ヴァルナルはつぶやく。

 その人の顔を思い浮かべ、しばらく黙念と虚空を見つめていた。

 





次回は2022.11.27.更新予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。