昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第百三十七話 デルゼの一族

 ルミアはすっかり青黒く染まったオヅマの服を見てゲラゲラ笑った。

 

「まぁ、まぁ! 見事にやられたもんだ!」

「よく言うよ…」

 

 オヅマはつぶやきながら、ひどく臭う自分の服に眉を寄せる。

 

「よりによってスジュの実なんぞ投げてきやがって、あの豆猿ども」

「ホ。アンタ、スジュの実を知ってんのかい?」

「知ってるよ。薬師の婆さんと一緒に取りに行ってたから…」

 

 春先に青黒の実をつけるスジュの実は、特に美味しくもない上に、実が熟してくるに従って臭ってくるようになる。その臭いは有り体に言えば、牛糞だ。しかし庶民にとっては有難いことに、煮詰めて濾すとクリーム状になり、それは簡単な傷薬として使えた。もっとも臭いが残るので、あまり人気はない。

 

「ほぉ、お前さん。薬の心得があるのかい?」

「心得ってほどじゃない。単純に頼まれて、薬草を取りに行ってただけだ」

「フン。ま、いい。とっとと着替えてきな。臭い服着て、食卓に座られちゃ迷惑だよ」

 

 言われるまでもなかった。オヅマが着替えを持って外に出ると、ハルカが魚の袋を持って待っていた。

 オヅマの顔を見ると同時にクルリと背を向けて、歩き出す。

 

 おとなしくついていくと、家から数歩の距離に、伏流水の湧き出る泉があった。

 周囲には石を並べて膠泥(モルタル)で固めた簡単な洗い場が作られている。

 

「ん」

 

 ハルカは洗い場の隅を指さした。

 どうやらそこで洗えということらしい。

 

「わかった」

 

 オヅマが汚れた服を脱いで着替えている間に、ハルカはさっき捕ってきた魚を洗っていた。手際よく小さな刀で腹をさばき、(はらわた)を掻き出して、それを持ってきた瓶に入れている。おそらく肥料か何かにするのだろう。

 

 オヅマも洗濯桶に汚れた服を入れて洗っていたが、完全に落ちそうにはなかった。色はともかく臭いは取り去っておきたいと思って、ひたすらガシガシ布をこすって洗っていると、不意に青々とした葉っぱが差し出された。

 

「ん? なんだ? ……あ、洗濯草か、これ」

 

 オヅマはハルカの持ってきてくれた草を見て、すぐにわかった。

 

「ありがとな、助かる」

 

 (のこぎり)状の葉っぱを数枚受け取って、水につけて揉んでいると、徐々に泡立ってくる。

 これは洗濯草と呼ばれる、どこにでも生えている雑草だった。水に浸けて揉み込むと泡が立つ。その名の通りに洗濯するときの、石鹸代わりとなるものだった。

 それでも完璧に汚れが取れるわけでもない。やっぱりまだらに青の染みが残っていたが、オヅマは気にしなかった。

 公爵邸にいるときと違い、うるさ方(=マティアス)もいないし、修行に来て着飾るつもりもない。そもそも汚れてもいい服を持ってきている。

 

 オヅマが洗っている間、ハルカは既に自分の仕事を終えて待っていた。

 何も言わず、じっとオヅマを見つめている。

 

 たまたま訪れた沈黙に、オヅマはやや逡巡しながらハルカに問いかけた。

 

「なぁ、ひとつ聞いていいか?」

 

 ハルカは軽く首をかしげる。

 

「もし、言いたくなかったら言わなくてもいい…」

 

 あえてそんなことを言ったのは、むしろ自分のためだった。

 まだためらいがある。それを聞いたところで、今のこの状況が何か変わるわけでもない。

 しかし、オヅマは結局尋ねた。

 

「お前の母さんの名前は?」

 

 ハルカはパチパチと目をしばたかせたあとに、ポツリと言った。

 

「リヴァ=デルゼ」

 

 聞いておいて、頭を殴られたかのような痛みが走る。

 しかし、オヅマは必死で動揺を隠した。

 ハルカには関係のないことだ。あの女が母親であったとしても…。

 

「……そうか…」

 

 オヅマは無心になって、服に泡をなすりつけるようにして洗った。

 

 まだオヅマを凝視するハルカの背後、木立に紛れて二人の様子を窺っていたルミアは、ゆっくりと家へ戻っていった。

 

 

***

 

 

 夕食はオヅマとハルカの捕った魚と、麦の粥だった。自分で()()()()の用意はしないといけないが、主食となるものは、さすがに出してもらえるらしい。

 あるいは最初にルミアの言ったように、授業料の()()()()からであろうか。

 いずれにせよ、オヅマは久々の粗末な食事に、ラディケ村にいた頃のことを思い出し、少し懐かしくなった。

 あの頃からすれば、公爵邸での豪華な食事が信じられない。

 いまだにアールリンデンにある自室のふんわりしたベッドの上で目を覚ますと、夢みたいに思えてひどく混乱する。

 

 食べ終えて食器の片付けを手早く済ませると、ハルカは早々にベッドのある屋根裏部屋へと向かった。

 日が落ちたら眠るというのが、庶民の基本的な生活だ。食事中も眠そうにしていたから、もう寝るのだろう。

 

 オヅマは剣の素振りでもしに行こうかと立ち上がったが、ルミアに呼び止められた。

 

「少しばかり話をしようか、オヅマとやら」

 

 考えてみれば、夕方に訪れてから挨拶もそこそこに、すぐに豆猿の森(オヅマ命名)へと送り出されて、その後には洗濯やら、腹ペコを満たすための食事に忙しく、確かにルミアとロクに話していない。

 

 オヅマは頷くと、再び椅子に座った。

 ルミアはランプから火をとって、煙管(キセル)をふかし始めると、オヅマをジッと見た。

 

「随分、あの子と仲良くなったもんだね」

「そう…ですかね…?」

 

 オヅマにはよくわからなかった。

 特に嫌われているとも思わないが、今日会ったばかりで、随分と仲良くなった…と言われるほど、ハルカと打ち解けたとも思えない。

 

 首をかしげるオヅマをルミアはジロリと見ると、ハアァーと煙を吐く。たゆたう紫煙の中、少し沈んだ声でつぶやいた。

 

「正直、村の子からは()け者にされているし、どうしたもんかと気を揉んでいたんだ。ここに来て二年になるが、いまだに私にも完全に心を許しているとも思えないしね」

「二年?」

「あぁ。あの子が四歳のときに、母親が預けに来てね。まったく、いきなりやって来たかと思ったら、無口で無愛想な子どもを置いていった」

「……四歳」

 

 オヅマはつぶやいて、頭の中で計算した。つまり、今は六歳ということだ。マリーよりも二歳下。

 今更ながらに驚く。

 ハルカの表情には、どこにも幼さが見えない。さっき、思わず噴き出したときの笑顔に一瞬、子供らしさが見えたものの、すぐに元の何を考えているのかわからない顔に戻ってしまった。

 

 ルミアは考え込むオヅマを何気ないように眺めてから、プカリと煙で輪っかをつくって空中へと泳がせた。

 

「アンタ、あの子を気味悪くは思わないのかい?」

「気味悪い?」

「見た目からしてわかるだろうが、あの子の父親はいわゆる『(あい)の民』と呼ばれる賤民だ」

 

『穢の民』と呼ばれる人々は、古い時代から存在する。

 牛馬、豚などの屠殺(とさつ)業、動物の皮剥ぎ、刑場での首斬り道化、隔離された伝染病患者の世話やその死骸の処理など、彼らは社会における、人々から敬遠される職業を担う者たちだった。

 元は奴隷であったが、帝国において奴隷制度が廃止されたときに、彼らは奴隷から平民となったものの、差別は残った。

 全員がそうというわけではないが、表情の乏しい一重の瞳と、黄みがかった肌、くすんだ黄緑の髪色は、彼らの容姿をもっとも象徴するものとして認識されている。

 

「長く虐げられてきたせいか、奴らはほとんど感情を表すことがない。それが習性になっちまってるのさ。あの子も、その特性を継いでいるのかして、ほとんどしゃべらない。聾唖(ろうあ)かとも思ったくらいだが、耳も聞こえているし、まったく話せないわけでもないんだよ。でも、蹴られてもうめき声一つあげない」

「蹴られる? 蹴ったんですか?」

 

 オヅマは思わず大きな声になった。まさか()()()()虐待されているのか…? と、ルミアを睨みつける。

 しかしルミアはあきれたようにオヅマを見て、肩をすくめた。

 

「私がそんなことするもんかね。村の子供(ガキ)どもが、あの子をいじめていやがったのさ。あの子がずーっと黙っているから、無理にしゃべらせようとしたんだと」

 

 オヅマはホッとすると同時に、眉を寄せた。

 おそらく子供らは、周囲の大人達の反応から、ハルカを()()()()()()()()()として、標的にしたのだろう。どんなに蹴られても罵られても、一言も言い返すことのなかったハルカの姿が容易に想像できた。

 

 ルミアは苦々しい表情になるオヅマを、興味深げに見ていた。

 

(あい)の民』に対しての、多くの人間の対応は無視だろう。

 たまに過激な目立ちたがり屋が、自らを誇示するために、無体な暴力をふるったりする。

 あるいは本当に稀に、憐れんで手を貸してやろうとする者もいる。

 だがそうした篤志家もまた、己の自己満足のためにすることが多いので、十分な報酬 ――― 尊崇や敬慕、感謝といったものが自分が望んだ熱量で返ってこないと、手のひらを返したように彼らを責め立てたりする。

 

 しかし目の前のこの少年の孫に対する態度は、そのどれにもあたらない。

 ルミアはまた煙を吸って味わい、フワリと輪をつくって宙に浮かべる。

 

「あの子を引き取ってからも、あんたみたいに教えを乞いに来る人間は何人かいたがね、たいがい皆、気味悪がって遠ざけるよ。たまに仲良くなろうとして声をかけた奴らも、あんまりにも素っ気なくて、冷たく思えるんだろうね。最終的にはみんな、あの子を嫌うか、いないものとして扱うんだ。あの子も、そうやって扱われることに慣れているんだろう。文句も言わないで、淡々としたもんさ…まったく、ガキらしくないガキだよ」

 

 ルミアは吐き捨てるように言いながらも、実のところ祖母として、多少気にしてはいるのだろう。だがどう扱えばいいのかわからず、持て余しているようだ。

 

「ハルカは…普通にいい奴だと思います」

 

 オヅマは素直に言った。

 確かにハルカは無口で、無愛想だ。とっつきにくい相手だろう。だが、彼女にとってはそれが()()で、特に相手を嫌っているわけでもないし、警戒しているわけでもないのだ。

 なぜかオヅマは勝手にそう理解していた。初対面からずっと素っ気ないハルカに対して、不思議と不満は感じなかった。

 

「確かに何を考えてるかわからないところはあるかもしれないけど、ハルカは親切だと思います」

「ほぅ?」

「さっきも俺が洗濯してたら、洗濯草を持ってきてくれたし、魚をとるときも…口には出さないけど、やり方は教えてくれたし。無口なだけで、よく気のつく、いい奴です」

 

 ルミアはニヤリと笑った。

 薄く煙を吐きながら、それとなく疑問を示す。

 

「随分、わかった言いようだね。まるで昔にあの子に会ったことがあるみたいじゃないか」

「まさか…今日初めてです」

 

 言いながらも、オヅマの胸にピリピリと小さな痛みがはしる。ルミアは首をかしげて、問いかけた。

 

「じゃあ、なぜあの子の母親のことを聞いたんだい?」

 

 サッとオヅマの顔が強張る。

 ルミアはその表情に穿つように重ねて問うた。

 

「お前さん、私の娘のことを…リヴァ=デルゼを知ってるのかい?」

 

 

***

 

 

 ルーカス・ベントソンが久々に寄越してきた手紙には、新たに修行してほしいという少年のことが書かれていた。

 

 グレヴィリウス公爵家からは、過去に何度か騎士や、騎士見習いの少年がやって来て修行を受けたが、()()になったのはヴァルナル・クランツだけだった。

 そこそこ見所のある人間を選んではいるのだろうが、多くの者はまず女に師事することに対して拒否感を示した。その後には修行そのものよりも、普段の生活に不満を持ち、最終的には修行自体に音を上げて去る。

 

 元々平民で、幼い頃から忙しく働く母の下で育ったせいなのか、ヴァルナルにはそうした偏見もなく、そのうえでよほどに(あるじ)から厳しく言われてきたのか、決して音を上げなかった。

 正直、ルミアはヴァルナルに才能があるかないかと言われれば、ないと思っていたが、最終的には当人の執念が勝ったようだ。

 

 ヴァルナル以降、公爵家から来る者は少なくなった。

 戦争があったせいもあるが、ある程度、ヴァルナルによって適性を見極められたのもあるだろう。それは剣の腕といったことだけでなく、ここで一定期間、暮らすことに文句を言わないという性格や価値観も含めて。

 

 オヅマを送ってきた男 ――― マッケネンも、前にここに来た一人だった。

 穏やかで篤実な性格で、剣にしろ、体術にしろ、平均以上に優れた資質を持っていたが、如何せん頭が良すぎた。頭で考える癖が強くて、ルミアにしては珍しく、教えることを拒否した。

 

「お前さんは、こうした技を身につけるよりは、軍略の才を伸ばす方がよかろう」

 

 ルミアの言葉にマッケネンは、やはり自分でも思うところがあったのか、素直に応じて戻っていった。

 その後に公爵家での扱いがどうなるかと思ったが、ヴァルナルの元で自らの道を着実に歩んでいるようだ。

 

 だが、この目の前の少年。

 新たにヴァルナルの息子となったというオヅマ。

 

『稀能の発現有り。千の目・(まじろぎ)の爪と思われる…』

 

 その一文に、ルミアはひどく不穏なものを感じた。

 

 古今において数多くの稀能が創出された。続く(つか)い手のないまま(すた)れたものもある。

 その中においても『千の目』は特殊であった。

 騎士などが神経を澄ませて索敵を行うこと自体は、昔からある技…というよりも、人間の持つ一種の危険回避能力の伸長であるに過ぎない。

 しかし『千の目』は、別名を全方位索敵術と呼ばれるだけあって、その技において捉えられるのは、自分を中心とした周囲数里にも及ぶ広範なものだ。しかもそのために、この技は自らの視力を一時的に喪失させるという。

 一つの感覚野を削るなどということ自体が尋常でないうえに、彼らが技を発現させる間、その気配は空気のように消える。あるいは視覚野の喪失とそれは連動しているのかもしれない。

 いずれにせよ、ルミアの教える『澄眼』に比べると極めて繊細であり、至難の技だった。独学での修得など絶対にありえない。実際に『千の目』を操ることのできる術者でなければ、教えることは不可能なのだ。

 

 その上で『(まじろぎ)の爪』。

 これは元は『絶影捷(ぜつえいしょう)』と呼ばれる稀能の技から発展させたもので、違いは相手に気配を悟らせずに、相手を殺傷するものだ。

 

『千の目』にしろ、『絶影捷』にしろ、技それ自体は、相手を害することを目的とするものではない。

 しかし『瞬の爪』は、創出されたときから、殺傷することが目的であった。いや、より確実に殺傷するために創られた… と言ったほうが正しいだろう。

 

 この二つはそれぞれ独立した技であったのだが、これを結びつけたのが、ランヴァルト大公その人であった。

 彼は幼い頃から天才と名高いほどに優秀な頭脳を持っていたが、マッケネンのように理屈でもって物事を考える、というタイプでもなかったようだ。

 

 かつて彼は現皇帝のために、後継者候補であった自らの異母兄弟と、その家族も含めて始末していった。

 その中には広大な離宮の森に隠れて隣国への逃亡を図った者もいたが、彼はこの技をもって、彼らを捕捉してたちどころに惨殺したという。

 逃げた異母兄の皇子はもちろん、その妻子…乳飲み子を抱く乳母も含めて。

 

 長くかかるかと思われた後継者争いが、彼のお陰ですみやかに終息し、人々は彼を称賛し、彼の稀能もまた高く評価されたが、ルミアはどこか気味悪かった。

 

『千の目』はともかくとしても、そこに『瞬の爪』を組み合わせるとなれば、その修練は尋常のものではない。

『千の目』は命の鼓動、命の脈、命の律動を感じる技だ。

 対して『瞬の爪』は、それらを瞬時に抹殺する。

 おそらく、修行を積む上で何がしかの命の犠牲が払われなければ、会得することは難しいだろう。

 

 こうしたルミアの不安を増大させたのが、娘がその大公に魅入られて、その下で働くようになったことだ。

 ルミアが持っている大公への疑懼(ぎく)を語ったところで、熱に浮かされるように彼を崇拝する娘に通じるはずもない。むしろルミアを遠ざけた。

 

 もっとも ――― 母娘(ははこ)としての関係は最初から破綻していたが…。

 

 ルミアは自分と娘の関係について苦い気持ちを飲み下した。

 発端は、その名に含まれる一族の特殊な事情による。

 

 デルゼの一族は、なにかしらの技能を持ち、全うすることを生涯の目的とする。

 技能の種類は様々だ。

 ルミアの母は、刺繍に長けた人で、注文も絶えなかった。

 他にも優れた料理人であったり、宝石職人であったり、軽業師(かるわざし)であったり…いずれにせよ一つの技芸を身につけ、それで身銭を稼ぐことが、一族の習わしであった。

 

 ルミアは叔母からの薫陶を受けて、剣士としての技を磨いた。

 元々『澄眼』と呼ばれる稀能は、ルミアの何代か前の先祖が創出した技だった。長らく子々孫々に細々と受け繋がれてきたが、誰にでも頑張れば身につけられる…といった類のものではなかったので、叔母は自分の娘よりも、適性のあるルミアに技を伝えたのであろう。

 

 デルゼの一族は、集合個体としての側面を持ち、一族の子供は一族全体で育てるという気風がある。(もっとも昨今では各地に散って、忠実に守る者も少なくなってはきているが。)

 

 いずれにせよルミアは叔母の元で修行を積み、その後には戦士として各地の紛争において功績をたてた。

 女だと馬鹿にする者ももちろんいたが、そういう人間から叩きのめしていったので、次第に彼女を侮る人間はいなくなった。

 やがて戦場で知り合った男といい仲になって、娘を産み、母に預けた。

 ルミアとしては、娘には母の技を継いでほしかったのだ。

 

 しかしルミアの知らぬ間に母が亡くなり、娘は従姉妹夫婦、その知り合いの行商人などをたらい回しにされ、行方知れずとなった。

 ルミアは娘は死んだと諦め、自分の罪悪感と一緒に娘への情愛を封じた。

 それから十数年を経て、最終的に伝手を頼ってルミアの元にたどり着いた娘に再会したものの、もはや母娘としての関係には戻れなかった。

 彼女がルミアのところに来たのは、母親を探していたからではなく、より強くなるためだった。

 母という存在に何らの思慕も、期待もないようだった。

 

 ルミアに娘を諭すことなどできるはずもなかった。

 彼女の生きてきた道程が生半可なものでなかったのは明らかだ。

 戦士であれ、闇ギルドの組織構成員であれ、おそらく娘は生き延びるための手段として、強くあることを選んだ。その手札の一つとして、ルミアの持つ稀能の技を手に入れたかった。

 そう…母子相伝など彼女には何らの意味もない。

 ただひたすらに仕事において、必要であるから。

 残念なことに、娘はルミアの血を色濃く継いだのか、戦士としての素質は十二分にあった。

 

 ルミアは不本意ながら娘に技を伝えた。彼女はさほど労せず修得すると、まともに母娘としての会話のないまま、唐突に去った。

 そのまま一切の交流もなく断絶していたのだが、二年前にひょっこりとハルカを連れて現れた。

 

「否やはないだろう?」

 

 当然のように言われて、ルミアに断ることなどできなかった。

 自分がかつて母にしたように、娘もまた母であるルミアに、自分の娘を預けたのだ。

 

「その娘にも『澄眼』を教えておけ」

 

と言って去ったので、いずれ役に立つ年齢となったときには、引き取りに来るのかもしれない。

 

 いずれにしろ今、娘は大公家にいる。

 おそらく『澄眼』だけでなく『千の目・瞬の爪』を修得するために。

 あるいは既に修得して、大公の護衛にでもなっているのかもしれない。だとすれば、大公に代わって『千の目』を教える立場にあるとしても、不思議はないだろう。

 

 そこへきて、今回のオヅマの話だ。

 

『稀能の発現有り。千の目・瞬の爪と思われる…』

 

 あの稀能が、むやみに発現などするはずがない。

 適正な教練もなしに、偶然に発出できるような代物ではないのだ。

 

 ルミアの疑念をますます深めたのは、オヅマの態度だった。

 ルミアを見るなり、ひどく動揺して倒れそうになった…。

 それに ――――

 

 

 ――――― お前の母さんの名前は?

 

 

 まるで確認するかのように、ハルカに尋ねていた。

 なぜそんなことを聞くのかと思った。しかも「リヴァ=デルゼ」と答えたハルカに、オヅマの反応はどこか奇妙だった。

 

 

 ――――― ……そうか…

 

 

 まるで既知のことであったかのように、少し暗い声でオヅマは頷いた。

 

 あり得ない稀能の発現と、娘の名前を知っていること。

 それらを結びつけるのは、オヅマが娘から『千の目・瞬の爪』の修練を受けていたかもしれないという可能性だ。

 

「お前さん、私の娘のことを…リヴァ=デルゼを知ってるのかい?」

 

 





次回は2023.07.09.更新予定です。
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