昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第百四十一話 星月夜の笛の音

「で? どうすんだい、コイツら」

 

 ルミアが軽く顎をしゃくって、エラルドジェイに尋ねた。

 顎の示す先には、地べたに並んで座らされているボフミルたちがいる。それぞれ後ろ手に両手首を括られ、一本の長い縄で全員を繋いで、互いを拘束し合うようになっていた。

 

「どうするかなぁ…」

 

 のんびり言いながら、エラルドジェイはボフミルらの前を悠然と歩いて、一人一人を観察する。

 

「えぇと…首領はあんた?」

 

 エラルドジェイはボフミルの前にしゃがみこんで尋ねた。

 ひときわ大きな体つきと、頬の傷跡、さっきから落ち着かなく辺りを見回す男たちに比べると、エラルドジェイだけを見据えている様子といい、おそらくそうであろうと当たりをつけた。

 

「そうだ」

 

 ギロリと青い瞳でボフミルはエラルドジェイを睨みつける。

 

「一応、聞くけど…カトリの旦那とか?」

「馬鹿を言え! 金で雇われただけだ」

「金? あぁ~…」

 

 エラルドジェイは頭を押さえて天を仰ぎ見た。「そういう使い方するかー」

 

 オヅマは腕を組み、心底呆れ返ってエラルドジェイを見ていたが、ツンツンとハルカに腕をつつかれて振り返った。

 

「女、いる」

 

 ハルカの言葉に、オヅマは無言で頷いた。

 ハルカのあとに()いていくと、木々の間に朝に出会った女の姿が見えた。

 カトリ、とエラルドジェイが呼んでいたことを思い出す。

 

 カトリはエラルドジェイに意識が集中しているのか、踏みつける枝の音にも無頓着で、まったくオヅマたちに気付いていなかった。

 オヅマは真後ろに立つと、カトリの肩をツンとつついた。

 

「キャアァッ!!」

 

 カトリの悲鳴に、かえってオヅマの方がビクリとなった。

 ハルカもあまりにも無防備な叫びに驚いたようで、反射的にオヅマの服の裾を掴む。

 

「あ……」

 

 カトリはオヅマを見て顔を強張らせたものの、オヅマの背から窺い見るハルカに気付くと、途端に警戒を解いた。

 しゃがみこんで、ハルカと同じ目線になり、謝ってくる。

 

「ごめんなさい。驚かせちゃったわね」

「ハルカに謝る前に、あんたが傷つけた奴に謝るのが先なんじゃないの?」

 

 オヅマの言葉に、カトリはムッとした顔になった。

「誰が!」と吐き捨てるように言って、立ち上がる。

 オヅマが呆れ返った溜息をついていると、エラルドジェイがこちらに向かって呼びかけてきた。

 

「オヅマー? 連れてきてくれるかー?」

「だってさ。行って」

 

 促すとカトリはギロリとオヅマを睨みつけてきたが、じっとオヅマの後ろから見てくるハルカの瞳に気まずくなったのか、おとなしく前を歩いて行く。

 

 ボフミルたちが縄で縛られているのを見て、カトリは唇を噛みしめると、申し訳なさそうに頭を下げた。ボフミルは軽く嘆息して頭を振る。

 

「フン。ならず者どもを使うにしては、随分と()()()()お嬢さんだね」

 

 ボフミルの内心をすくいとるように、ルミアが皮肉げに言った。

 

「本当にな。運がいいよ、カトリ。お前」

 

 エラルドジェイは腕を組んで、にっこり笑う。「奇跡の組み合わせだ」

 

 カトリはエラルドジェイの言葉の意味がわからなかった。

 それにニヤニヤと笑うその顔も腹立たしい。

 

「なに言って…早く、ボフミルたちを放してやってよ! 悪いのは私なんだから!! 私が全部頼んだのよ。アンタを見つけて、痛めつけて……殺すのだけは、私が直接しようと思ってたのに、アンタを逃したから……」

 

 エラルドジェイはヘラヘラ笑って、頭を掻いた。

 

「すまないなぁ…俺、悪運がいいみたいでさ」

「うるさい! この人殺し!! こんな(カネ)…要らないわ!!」

 

 カトリは首にさげていた布袋を取って、エラルドジェイに投げつけた。

 受け取られなかった袋が、エラルドジェイの胸に当たって、足元に落ちる。

 ガチャンと重たい音がして、袋から金貨が数枚転がった。

 手下の数名が思わず首を伸ばす。

 ボフミルはエラルドジェイを見上げ、じっと黙り込んだまま凝視していた。

 

「やれやれ」

 

 エラルドジェイは袋を拾い上げ、転がった金貨を中に戻した。  

 

「俺なんか捕まえるためにあげたわけじゃあないんだぜ。これだけあれば贅沢しなきゃ、それなりに楽しく暮らせるだろうし、どっかで何か教えてもらって、手に職つけることだってできるだろ? 結婚の持参金にしても十分だろうし」

「結構よ! そんな血塗られたお金! もらったって幸せになんかなれるもんですか!!」

「いや、これは()()のじゃない。えーと……誘拐?」

 

 言いながらエラルドジェイがチラとオヅマを見る。オヅマは白い目でエラルドジェイを見返した。

 

「テメー……あのときのかよ」

 

 つぶやくオヅマに、エラルドジェイは袋を掲げて笑った。

 ありがとう、と口が動く。

 オヅマは今、この瞬間、エラルドジェイの尻を思い切り蹴り上げてやりたかった。

 何だってマリーとオリヴェルとアドリアンを誘拐したときの報酬が、回り回ってこんな鈍臭い女に流れ着いているのか。 

 

「同じようなものよ! この恥知らず!!」

 

 子犬のように吠えるカトリに、いつの間にか煙管を持ってきて吸っていたルミアが、ホーッと白い煙を星空に向かって吐き出した。

 

「なんなんだい、まったく。痴話喧嘩は他所(ヨソ)でやっとくれよ」

「いや、婆様。痴話喧嘩じゃありませんて」

「そうとしか見えないがね。とにかくさっさと片付けておくれ。私ゃ、もう寝るよ」

 

 大欠伸して、ルミアはゆっくりと家へと歩いて行く。

 オヅマはまだしがみついていたハルカの背を軽く叩いた。

 

「お前も眠たいだろ。もう大丈夫だから、寝ておけ」

 

 ハルカはコクリと頷くと、ルミアの後について家に戻っていった。

 カトリは去っていく小さな背中をずっと目で追っていた。その悲しげな眼差しに、ふざけた笑みを浮かべていたエラルドジェイが真顔になる。

 

 しばしの沈黙のあと、声をあげたのはボフミルだった。

 

「俺らは保安衛士に引き渡してもいい。カトリは…逃してやってくれ」

 

 カトリはギョッとしたようにボフミルを見た。

 

「何を言うの? 私があなた達に頼んだんじゃない。だから…」

「そうだ。情けねぇ話だ。まんまと罠に嵌って、お縄になったんだ。俺らはその程度だったってことだ」

 

 ボフミルは淡々と言って、エラルドジェイを見上げた。

 

「カトリから話を聞く限り、お前はとんでもない極悪人だと思ったが、金を寄越すってことは、少しは悪いと思ってるんだろう。だったら、ちゃんと謝ってカトリが身を立てられるように手伝ってやれ。なんならお前が貰ってやったほうがいい気もするが…」

「冗談じゃないわ! ふざけたこと言わないで!!」

「だったらなんで殺さなかった!?」

 

 ボフミルが怒鳴りつけると、カトリは絶句して固まった。

 悔しそうに唇を噛み締めるカトリを、ボフミルは憐れむように見て言った。

 

「お前、この男を殺したくないんだよ、本当は」

「違うわ…違う…。コイツは…マルコの仇よ…」

「弟さんのことは気の毒だが…もう、長くなかったんだろう? 正直、俺らみたいな軒下卑賎(ゴートゲル)*1は、先の長くない仲間は一思いに殺してやるんだ。苦しんで世の中を恨みながら死ぬよりは、死を()()れて、さっさと生まれ変われば、今度は寒くない、ひもじくない家に生まれてこれるって…そう言われてるんだ」

 

 暗い顔で話すボフミルの隣で、手下たちはうなだれて聞いていた。

 中には思い出すことがあったのか、嗚咽をもらす者もいる。

 しかしカトリはブルブルと握りしめた拳を震わせた。

 

「なによ…みんなして…」

 

 怒りを押し殺した声はくぐもって低い。

 

「カトリ…」

 

 エラルドジェイが呼びかけると、カトリは顔を上げるなり、その頬を思いきり平手打ちした。

 

「アンタ達のことなんか知らないわ! 私は両親も、たった一人の弟もこの男に殺された!! だから私はコイツに復讐していいのよッ」

 

 金切り声で叫んで、カトリはまた森の中に走り去っていく。

 

「カトリ!」

 

 ボフミルが叫ぶのを見て、エラルドジェイはハァと溜息をついて、その腕の縄を切った。

 オヅマも手下たちの縄を切っていく。

 

「追ってくれ」

 

 エラルドジェイは金貨の入った布袋をボフミルに渡した。

 

「いいのか? もし、俺がこれを持って逃げたら…」

「そうなったら、カトリもそれまでの運だったってことだな。本物の狼に食われるか、人の皮を被った狼に食われるか」

 

 ボフミルは眉を寄せ、布袋を握りしめると、カトリの後を追って森に入っていった。

 手下たちはすぐにボフミルを追いかけていく者、戸惑って立ち尽くす者に分かれたが、その場に留まったままの男たちにオヅマは冷たく言った。

 

「行かねぇなら、保安衛士に引っ張ってってもらうぞ。もちろん、歯向かうなら即座にこの場で殺す」

 

 少年の酷薄な声に恐れをなして、残っていた手下も競うように逃げていった。

 

「本当に、お前…ときどきおっかないぞ~」

 

 エラルドジェイがふざけたように言うのを、オヅマは白けた目で見て尋ねた。

 

「いいの? あれで?」

「うーん…まぁ、な。だってアイツら、まぁまぁいい奴のほうだよ。皆殺しにするつもりで襲ってきたら、こっちも後腐れなく殺したけどさ。ちゃあんと、婆さんとハルカちゃんは助けようとしてたろ? わざわざ逃げ道つくってくれてさ。いや、本当に…あんなのでよくやってこれたなと思う」

 

 エラルドジェイは半ば感心し、半ばあきれたように言った。

 

 実際、ボフミルはその義理堅さゆえに騙され、縄張り争いの末に帝都から逃亡する羽目になっていたが、そんなことは知る由もない。

 

「そんな()()()()()ヤクザ者と、()()()な世間知らずの女がつるんで、何が出来るんだかな」

 

 オヅマは心底あきれていた。

 よくもまぁ、あんなのでエラルドジェイと渡り合おうとしたものだ。

 女には最初から覚悟がないし、ヤクザ者は依頼者に同情している。

 仕事となったら狡猾で、手段を選ぶことのないエラルドジェイの相手ではない。

 

 当のエラルドジェイは、オヅマの白けた視線にも、平然としたものだった。

 

「だから奇跡の組み合わせ、って言ってるだろ。あの首領の男、いっそこんな稼業から足洗って、手下どもと一緒に荷運び屋でもやりゃあいいのに。カトリも、あの男の女房(おかみ)さんになってさ…きっと大切にしてもらえると思うんだけどな」

「あんた、あの女にあのときの金、全部やったの?」

「ん? いや、一応幾分手元に残しておかないとねー…俺も多少は色々と必要で」

「抜かりないね、相変わらず」

 

 オヅマは欠伸すると、家へと歩いて行く。

 エラルドジェイは小走りにその後に()いて行き、また尋ねた。

 

「なぁ、お前、やっぱりどっかで会ったことあるのか?」

「……さぁね」

()らすなよぉ。気になって寝れねぇじゃんか」

「だったら寝るなよ。アイツらがまた襲ってくるかもしれねぇだろ。寝ずに番しとけよ」

「うわっ! 嫌味ッ!! やだねー。意地悪オヅマくんだよ」

「やかましい。とっとと寝て治せ」

「寝れない。あ、そうだ! あの笛、吹いてくれよ。あれ、よく眠れそうだから」

「………あれは」

 

 オヅマの顔が途端に曇る。

 断るつもりで振り返ると、エラルドジェイは期待に満ちた眼差しでニコニコ笑っている。

 

 

 ――――― オヅマ。あれ、吹いてくれよ。よく眠れるからさ…

 

 

 また、()の中のエラルドジェイの声が響く。

 オヅマは軽く首を振ってから、憮然とした口調で尋ねた。

 

「なんで俺が笛吹いてたの知ってんだよ」

「ハルカちゃんに教えてもらった」

「いつの間に? ……あぁ、そうか」

 

 あの無口で無愛想極まりないハルカと、いつの間におしゃべりする仲になっていたのかと思ったが、考えてみればエラルドジェイは子供にやたらと好かれるのだった。それこそ()でのオヅマも最初は疑心暗鬼であったが、仲良くなるまでに時間はかからなかった。

 やることは物騒極まりないのに、エラルドジェイはどこか親しみやすい雰囲気を持っていた。

 マリーも…懐いていた。

 

 家に戻ると、結局、オヅマは屋根上にのぼって笛を吹き始めた。

 

 そっと夜の静寂(しじま)を壊さぬように。

 目をつむり、満天の星を感じながら。

 

 ()の中で吹く笛は、オヅマの祈りであり、喪われた人々との会話だった。最初は母だけだったのが、やがて一人、また一人と増えていった。

 その中にエラルドジェイもいた。ハルカもいた。

 

 今、奏でるこの音色がいつか鎮魂歌にならぬように。

 オヅマは祈りよりも強く、自らに誓う。

 

 しかし胸の奥底深くに刻んだ熱い決意と相反して、その表情は落ち着いていた。

 

 嫋々(じょうじょう)と響く笛の音は、星月夜の空の下で休む者たちに、ひとときのやすらぎを与えるようだった。

 

 

***

 

 

 森の中を歩くカトリの耳にも、笛の音が聞こえてくる。

 柔らかく穏やかな曲調の中に、どこか哀切な音色を感じて、こらえていた涙がぽろりとこぼれた。

 

「カトリ…」

 

 ボフミルが呼びかけてくる。

 さっきから後ろに黙って()いてきていたのを知っていた。あえてカトリに声をかけないでいてくれたことも。

 カトリは立ち止まると、涙を拭って振り返った。

 

「……ごめんなさい」

 

 深く頭を下げてから、スンと洟をすすって顔を上げると、苦く笑った。

 

「私のせいね。私が…強くないから。あんな男なのに、殺すのをためらうなんて…まだ私の考えが甘いんだわ、きっと。もっと冷酷非道でなければ、いけないのよね。あの男以上に。あの男を殺しても平然としていられるくらいに…」

 

 言葉を重ねるほど、陳腐に聞こえてくる。

 ボフミルはゆるゆると首を振った。

 

「強いとか強くないとかじゃない。俺らは…生きていくだけなんだ。どこであろうと、生きていくしかないんだ。あの野郎もそうだし…お前の弟だって、病気になっても生きようとしてただろう?」

 

 弟のことを言われ、カトリはまた泣きそうになった顔を伏せた。

 久しぶりに会ったエラルドジェイの変わらぬ姿に、マルコを思い出さずにはいられない。

 

「そうよ、生きようとしていたわ。もう長く生きられないとわかっていても、懸命に生きようとしていたの。薬がどんなに苦くても、がんばって飲んだの。我慢して飲んで、いつか治るって信じていたのよ」

 

 話すほどに思い出は次々に溢れ出す。

 エラルドジェイがマルコを殺したことよりも、二人が仲睦まじく笑いあっていた姿が、まだカトリの中で鮮明だった。

 

「マルコは…ジェイのことが大好きだった。コマ回ししたり、鬼遊びをしたり、雨の日は家の中で積み木取りしたり。でも、マルコが本当に喜んでいたのは、ジェイと話しをすることだったのよ」

 

 その光景を思い浮かべると、マルコの笑い声までも聞こえてきそうだった。

 カトリはまた泣きそうになって、ごまかそうと饒舌になった。

 

「子供って、なんの話をしているのか、わからないときがあるでしょう? 伝えたいことが上手に伝えられなくて、聞いてて意味がわからなくて…私なんてよく遮っては、どういうことなのか尋ねてたら、もうマルコはしょげて話す気がなくなっちゃって。……もっと、ゆっくり聞いてあげたらよかった」

 

 思い出して、またカトリは目を伏せ、沈んだ声になる。しばらく黙って、こみ上げてくる涙を喉奥で抑え込んでから、顔を上げた。

 

「ジェイは黙って、ずーっと聞いてたの。マルコの話すままに、ずっと聞いてやってたの。私みたいに遮ったりしない、聞き流したりもしない……だから、マルコはジェイと話をするのが大好きだった。本当に…ジェイのことが…大好きだったのよ……」

 

 自分で言った言葉に、カトリの目からまた涙がこぼれた。

 

 どうして?

 あんなに仲が良かったのに。あんなに優しくしてくれていたのに。

 どうして、マルコを殺したのか?

 まるで当然かのように。

 なんのためらいもなく。

 

 そのことがカトリには理解できず、いつまでも苦しいままだ。

 せめてエラルドジェイに少しだけでも後悔が見えれば、カトリの胸に凝り固まった怒りと哀しみの塊は、徐々に溶けていくのだろうに。

 

 カトリは涙を拭い、またボフミルに頭を下げた。

 

「ありがとう。力になってくれて」

「俺らは金で雇われただけだ」

 

 ボフミルは眉間に深い皺を寄せると、あえて冷たく言った。

 それからエラルドジェイに渡された布袋を差し出す。

 

「この先のことを考えるなら、割り切って受け取れ。金は金だ。なけりゃ困るし、あっても腐らない」

 

 カトリは睨みつけるように布袋を見ていたが、ホーッと長い溜息をついて受け取った。

 

「このお金が汚いとか言ってたら…いつまでたっても、あの男に馬鹿にされるだけなのね」

 

 ボフミルはその言葉に、また首を振ったが、何も言わなかった。

 カトリはまだ、諦めていない。もはや彼女の中では、ジェイを憎むことが生きるために必要不可欠なのだ。

 

「はい」

 

 カトリは袋から三枚、金貨を取り出した。「もうここで、別れましょう」

 

 ボフミルは受け取ったものの、憮然として言った。

 

「森を抜けるまでは、仕事のうちだ。その先は…俺らで決める」

「でも…」

 

 カトリが言う前に、ボフミルは先に立って歩き出す。

 逡巡するカトリに、手下の一人が真面目くさった顔で言った。

 

「夜の森は危険です。一人で来るなんて、無茶しちゃいけません」

 

 カトリはフッと笑ってしまった。

 ボフミルの手下たちは、皆、なんだかんだで気のいい男たちだ。

 

 そもそも彼らと知り合ったのも、宿場町でゴロツキたちに襲われそうになっていたカトリを助けてくれたことがきっかけだった。

 女の一人旅であれば、何度か危うい目に遭うこともあったが、彼らと共に行動するようになってからは、平穏だった。彼らが襲ってくる可能性だって考えられないことはなかったが、ボフミル以下、手下たちは依頼人であるカトリを丁重に扱った。

 

 

 ――――― 運がいいよ、カトリ。お前…

 

 

 ふと、さっきのエラルドジェイの言葉が思い浮かぶ。

 カトリは途端にムッと眉根を寄せて、猛然と歩き始めた。

 悔しいが、今の自分はまだエラルドジェイの掌の上だ。彼にいいように転がされている。

 

「あ…笛の音がやんだ……」

 

 最後尾にいた手下がつぶやく。

 カトリはふと立ち止まり、振り返った。

 

 エラルドジェイは笛なんて吹いたことはなかった。音痴なのだ。あんまりにも下手で、マルコと二人、腹を抱えて大笑いしていた光景がまた脳裡に浮かぶ。

 カトリは自分のしみったれた感傷を追い払うように、ブンブンと頭を振った。

 再び歩きだして、エラルドジェイと親しげに話していた少年のことを思い起こす。

 

 あの少年が吹いているのだろうか…?

 

 薄紫の瞳の、やもすればエラルドジェイよりも冷たい面差しの少年。

 なんのためらいもなく、カトリの首筋にナイフをあてがって、脅迫してきた。

 はったりなんかではない、本気の殺意。

 

 カトリは胸をおさえた。

 エラルドジェイがあの底知れない、不気味な少年と一緒にいることが、ひどく不安に思えた。

 

*1
*家を持てず軒下でしか生活できないような下賤、浮浪児などを指す言葉





次回は2023.08.06.更新予定です。
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