その日、オヅマは久しぶりに
冷えた土壁に囲まれた屋内の真っ暗な広間。
自分の手すらも見えない。
その中で片膝をついて、じっとしている。
いや、ただじっと座っているのではない。
全神経がピリピリと逆立っている。
うなじの辺りから触角のようなものが伸びていく感覚。
それは徐々に全身に広がる。ありとあらゆる知覚が体表から伸びていって、やがて部屋の中を充満していく。
普通の人であれば聞き取れないはずの、かすかな吐息。
オヅマは一瞬にして跳躍していた。
「うぐっ!」
うめき声が背後で聞こえた。
既にその男は殺っている。
次は正面と斜め右上から。
少し遅れて後方斜め三十五度の角度。
一拍おいて真上。
第一陣の刺客達をすべて殺した後、第二陣、第三陣。
真っ暗闇での死闘において、夜目が利くといわれる山岳民族シューホーヤの腕利きの殺し屋ですらも、オヅマの前では無力だった。
うめき声すらも聞こえなくなって静寂が訪れると、パチンと指を弾く音が響き、四方の壁にある
鏡の入ったその特殊な照明器具は、それまで暗闇であったのが嘘のように、だだっ広い広間を明るく照らした。
死体があちこちに転がっていた。
折り重なった死体の下敷きにされていた男の手がピクリと動く。
オヅマは無造作に死体の上を歩いた。
手の動いた男の元まで来ると、首を鷲掴みにした。
ベキベキと首の骨が折れる感覚が手に直に伝わってくる。
男の首はヘニョリと有り得ない角度に折れ曲がった。
頬を伝った死者の涙がオヅマの手首を濡らし、珍しくオヅマは少しだけ眉間に皺を寄せた。
ポイと首を投げ、立ち上がる。
何も感じない。何も感じてはいけない。
ここに自分はいない。
これは自分ではない。
一度目を閉じて、再び開くとそこは絢爛たる宮殿の中だった。
緋色の絨毯が伸びた先には、頭上に帝冠を乗せた
儀仗兵が並び、青い顔の諸侯百家がその後ろで息をひそめている。
高らかなフォーンの音。
ゆっくりと進んでゆくごとに、崩れ落ちたいほどの虚しさが押し寄せる。
密やかな声が聞こえる。
おそらく常人の耳では聞き取ることのできないほどの、小さなささやき声。
「……あれが
「目を合わせてはならぬ……」
「取って喰われるぞ……」
「この前も……公爵の……」
オヅマは一度、止まった。
ここにいる人間のすべてを殺したら、あそこに立つ
シンと水を打ったような静寂。
もはや誰も口を開くことはない。
オヅマは再び歩き出す。
儀典長が甲高い声で名を呼んでいる。
何の意味もない名前。何の意味も持たない称号。
小姓達が三人で濃紺に白く縁取りされたクッションを恭しく運んできた。
その上には金銀の精巧な細工が施された艷やかな黒い杖。
「……………」
オヅマは無言で受け取り、その黒杖を頭上に捧げ持つ。
そのまま深く頭を垂れたまま、後ろに下がる。十三歩。
それから姿勢を正して、くるりと踵を返す。
右手に黒杖を握りしめながら、オヅマはまるで何も感じていなかった。
空虚な儀式だ。
オヅマにとっても、
湖にせり出したバルコニーからもらったばかりの黒杖を捨てる。
岩にカン、カンと当たりながら、呆気なく湖に落ちていく。
この程度のものだ。
この程度の、意味のない…価値もない…ただ綺羅びやかなだけの杖。
虚ろな目で沈んでいった黒杖を見ながら、オヅマはうっすら笑っていた。
自分で笑っていることすら気づいていない空虚な微笑。………
―――――違う!
オヅマは必死に目をつむった。
目を閉じて再び開けば、きっと眩しい朝日の中で自分は目覚める。
そこに広がる風景はいつもの、
引き続き、挿入話をUPします。