昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第百五十三話 澄眼習得(2)

 立て続けに二つの稀能(キノウ)を発現したせいなのか、オヅマはルミアとの立合いのあと、三日間寝込んでしまった。ほんの数時間ではあったが視力が喪失し、耳鳴りと眩暈が続いていたので、歩くのも難しかったのだ。

 

「稀能って、けっこう不便なんだな」

 

 エラルドジェイは村で仲良くなったという、農家の娘からもらった紅柑子(べにこうじ)の皮を剥きながら言う。酸っぱい匂いがして、オヅマは湧き出た唾を飲み込んだ。

 

「……ちゃんと体を鍛えたら、大丈夫になるさ」

 

 ムッスリと言って、少し沈んだ顔になる。

 ヴァルナルにも以前から言われていたことだが、やはり稀能という常人には及ばぬ逸脱した能力を使うことは、相当な負担が生じるのだ。身体が十分に成長しないまま無理に使えば、おそらく副作用でどんどん体が弱ってしまうだろう。

 

「ま、せっかく早くに発現するに至ったんだ。あとはゆっくり体になじませることだね」

 

 ルミアが言うと、エラルドジェイが聞き返した。

 

「なじませる?」

「あぁ。稀能ってのは、技を覚えてハイ終わり、ってなモンじゃないんだよ。その技を自分の体に馴染ませていくことで、より精度を増すこともできるし、まったく別のモンに仕立てていくこともできる。『澄眼(ちょうがん)』を極めた者の中には、人を見て、具合の悪いところを判別できる人もいたそうだよ」

「ほぇー。医者じゃん、それ。(ばば)様もできるの?」

「残念ながら、いまだに修養が足りないようでね。わかりやすく、もうあと数ヶ月ほどで死ぬような病の人間はわかるが、まぁ、そんなのは普通の人間であっても、気付きそうなもんだしね」

 

 オヅマは二人の話を聞きながら、浮かび上がる人物の姿に眉を寄せた。

 ドク、ドク、と心臓が大きく鼓動を響かせる。また、頭痛がしてきて額を押さえると、エラルドジェイが口に紅柑子(べにこうじ)の実を一切れ、グイと押し込んできた。

 

「なーに、難しい顔してんだよ」

 

 オヅマはもぐもぐと実を食べてから、軽く一息ついて、ルミアに尋ねた。

 

「それって、例えばモノの一番弱い部分とかを見抜いたりするやつなんかもある?」

 

 ルミアは目をしばたかせ、問い返す。

 

「モノの一番弱い部分…? 急所ってことかい?」

「うん、そう。そんなやつだ。例えば橋とかでも、()()って場所を一撃するだけで、木っ端微塵になっちまうような…」

「えらく具体的だね。そうさね…それはつまり…」

 

 ルミアは立ち上がると、古びた箪笥の抽斗から棒を数本取り出した。棒にはそれぞれ赤や黄の色が塗られている。それはオヅマには馴染みある棒亜鈴(アレイ)だった。

 

 ルミアは黒の色が塗られた棒亜鈴をエラルドジェイに差し出すと「これ、曲げてみな」と、ニヤリと笑う。

 エラルドジェイはヒラヒラ手を振った。

 

「冗談でしょ、婆様」

 

 棒亜鈴は鉄でできたものだが、当然ながら重さに従って重く、分厚くなっていく。黒はもっとも重いので、よほどの怪力の大男が青筋たてて、ようやくほんの少し歪む程度だろう。それに長さも騎士団にあったものに比べると短く、中途半端な長さで、両手で曲げるように持つこと自体難しい。

 

 しかしルミアは無理にエラルドジェイに棒を持たせた。エラルドジェイは肩をすくめ、とりあえず棒の両端を持って曲げようとしたが、やはりうまく力を乗せることができずに、早々にあきらめた。

 

「無理、無理。ハイ、婆様の番」

 

 エラルドジェイがルミアに棒を差し出すと、ルミアはそのまま持っておくように言った。

 

「もうちょっと下の方、もっと下だよ。うん、そこらあたりだ」

 

 ルミアはわりと細かくエラルドジェイに持つ位置を指示すると、大きく深呼吸する。それからスゥッと目を細くして、息をしているのかわからないほど静かに、長く、息を吐いていく。

 無表情な顔に微かな笑みが浮かぶと同時に、ルミアは棒の一点に親指を押し当て、残りの指で棒を掴んで、そのまま親指でグイと棒を曲げた。

 

「うげー…」

 

 エラルドジェイは感嘆しつつも、少し気味悪そうに声を上げた。

 オヅマはその折れ曲がった黒の棒を見て、眉を寄せた。チラとルミアを見ると、少し得意げに笑っている。その顔は、やはりあの女に似ていた。親子なのだから、当たり前だが。

 

「こういうことかい?」

「……あぁ」

 

 オヅマはどこか気落ちした様子で頷いた。

 エラルドジェイは妙に沈んでしまった空気を壊すように、オヅマの肩をやや強めに叩いた。

 

「なーんだよ。言い出しっぺが、しょぼくれた顔しやがって。せっかくなんだから、お前もやってみたら?」

 

 能天気に言うエラルドジェイに、ルミアは大声で怒鳴りつけた。

 

「馬ァ鹿! この子は今、稀能の副作用で休んでいるんだよ。こんな状態で無理したら、また寝込んじまうだろ」

「あぁ、そういやそうだった。じゃ、やり方でも訊いておけば?」

 

 軽い調子でエラルドジェイに言われ、オヅマはしばらく考えてから、再びルミアに質問する。

 

「それって、一体、どう見えてるんだ?」

「どう見えて…? ふ…む、難しいことを言う」

 

 ルミアはポリポリと、額を中指で掻きながら考える。

 

「どう見える…というより、そこしか目に入らなくなるからね」

「なんだそりゃ」

 

 エラルドジェイは首を傾げたが、オヅマにはなんとなくわかるような気がした。

『千の目』によって対象を捕捉するときもそうだ。

 まるで世界がギュッと(せば)まったかのように、相手と自分しかその場にはいない。間違えようもなく、ただそこに存在することだけを知覚する。――――  

 

 考え込むオヅマのかたわらで、エラルドジェイとルミアが話を続けていた。

 

「あー、やっぱ稀能ってヤベェのな。周りが見えてないなんて、怖い怖い」

「そんなことをお云いだが、お前さんも()()()()()()()()()ことがあるんじゃないのかい? お前さんほどの手練(てだれ)であれば、確実に自分が異能に近いものを発現しているのを感じたことはあるはずだよ」

「さぁ? どうだかね~」

「まったく、この食わせ者が。お前さんの身体能力がありゃ、稀能の技も一つどころか二つ三つとつかえそうなものだってのに」

「勘弁だよ~。キョーミないし~」

 

 面倒そうに言って、エラルドジェイは残っていた紅柑子の実をパクリと食べる。

 オヅマはジッとエラルドジェイを見つめて、問いかけた。

 

「稀能をつかっていたら、廃人になると思ってんのか?」

 

 エラルドジェイは驚いたようにオヅマを見てから、フッと笑った。親指で小鼻を軽く掻く。

 

「俺のことを、よぉくおわかりだねぇ? オヅマくん」

 

 皮肉げにエラルドジェイが言う。

 オヅマはハッとなり、目を伏せた。

 

 親指で小鼻を掻くのは、エラルドジェイの機嫌が良くないとき ――― 有り体に言うと、怒っているときだ。おそらくオヅマがまた、エラルドジェイ本人か、親しい人間しか知り得ないことを言ったからだろう。

 無理に尋ねてくることはないが、さすがに自分の内心までも読み取ったかのように指摘されると、不気味にも思えるだろうし、嫌悪もしてしまうのかもしれない。

 オヅマは言い淀んで、また沈黙した。

 

「じゃ、俺、カイルの散歩にでも行ってくるわ」

 

 エラルドジェイは立ち上がると、カラリと言って出て行く。

 

 オヅマがアールリンデンから乗ってきた黒角馬(くろつのうま)のカイルは、こちらでの修行の間、最低一日一回はオヅマが運動がてら乗って、周辺を散策していた。

 オヅマが寝込んでいる間は、エラルドジェイが代わりに遠乗りなどに行ってくれていたらしい。どうやって乗りこなしたのかと訊けば、エラルドジェイはそれこそ()で見たように、オヅマに黒角馬の耳と(つの)の間の()()について話したあとに、ふと思い出したのか、笑って言った。

 

「…っつーか、なんでお前に教えてるんだよ、俺は。お前、あの馬の本場にいたんだから、知ってんだろ」

 

 オヅマは返事に詰まった。

 本来であれば、黒角馬(あれ)はエラルドジェイが発見したのだ。

 エラルドジェイが商人に教えてやり、そこから皇家に直接納められ、軍馬としての研究が進められた。だが、その当時珍しかった純血種の黒角馬は気性が荒く、多くの者は乗りこなすのに難渋した。オヅマもその一人で、たまたま黒角馬の話題が出たときに、エラルドジェイが発見者の強みで内緒にしていたことを、教えてくれたのだ。

 

 ベッドの上で、オヅマは意気消沈した。

 あれは()でしかないのだと言い聞かせても、どうしてもエラルドジェイに対する申し訳なさがつのる。

 ルミアは珍しく悄然としたオヅマを見つめ、軽くため息をついた。

 

稀能(キノウ)を使いすぎて廃人…か。いまだにそんなことを考えるヤツもいたんだね」

「廃人までいかなくても、あんまり無理したら、体を壊すって聞いたことあるけど…?」

 

 オヅマが言うと、ルミアは大きく頷いて、オヅマの額をコツリと指で突いた。

 

「あぁ、そうさ。今のお前さんみたいにね。しかし廃人にまで()()()ようなのは、さすがにもう、この時代にゃいないだろうよ」

 

 オヅマはルミアの奇妙な言い回しに眉を寄せた。

 

「廃人に『なれる』?」

「ああ」

 

 ルミアは頷くと、箱から煙草を取り出した。カチカチと火打金を鳴らし、火がつくとすぐさま煙管に詰めてふかしはじめる。

 

「お前さんもわかってるだろう? 稀能を発現するには、常人を超えた集中が必要だ。この集中によって、いったい何が起きているのやらわからないことは多いが、私が感じるのは一種の特殊な空間と繋がっているような感覚だ」

「特殊な…空間?」

「そう。そこでは、この世の(ことわり)が一切通じなくなるというか…空間がねじ曲がるというか…時間も何もない…なにせ、この世とは別の、何かしらの()()の中に入っていくような感覚がある。お前さんはないかい?」

「………わからない。集中したときには、もう何も考えないから」

 

 ルミアはフッと笑うと、オヅマの肩を叩いた。

 

「確かにお前さんは気をつけたほうがいいかもしれないね。集中が過ぎて、もし後戻りできそうもない領域にまで()()()()()()ら、それこそ廃人になっちまうのかもしれないよ」

 

 オヅマは自分が稀能を発現するときの感覚を思い出そうとしたが、急に怖くなってやめた。ブルブルッと頭を振って、話を変える。

 

「さっき、この時代にはいないって言ってたけど…昔はいたのか?」

「そうさね。それこそ神聖帝国の時代まで遡れば、いたかもしれない。あの時代のことはほとんど文献にもないから、想像の域でしかないがね。案外とお伽噺(とぎばなし)で語られているようなことが、実際にあったのかもねぇ…」

 

 ルミアは言いながら、遠くを見てフーッと煙を吐く。自分でも半信半疑といった感じだ。

 

「お伽噺? それって、体が鉄でできた巨人とか、空を飛ぶ魔女とか?」

「そう。私の知り合いに『(くろがね)の腕』っていう稀能を持っている奴がいてね。これも集中によって、一時的に腕とか足を鉄みたいに硬くさせるものさ。あるいはそれが全身ともなれば、鎧なんぞ着なくとも済む。まぁ、そんな奴ぁ見たことがないが」

「『鐡の腕』…そんなのもあるんだ」

 

 オヅマが興味深そうにつぶやくと、ルミアはグイとオヅマの頬をつねった。

 

「次から次に手を出すもんじゃないよ、まったく。いいかい。お前さんは確かに稀能と相性がいいんだろう。あの()()はそうおいそれと、誰もが真似できるもんじゃないよ。だが、嵌まることのないようにしな。廃人とまでいかなくとも、集中が深いせいで、体に影響が出やすい。成長期のせいか、制御もしにくいんだろう。前にも血を吐いたらしいじゃないか。そこまでなるなんて、よっぽどだよ」

「そうなのか?」

 

 オヅマは意外な気がした。

 それこそ()での修練を思い出すと、血を吐くなど珍しいことでもなかった。終わって一人ベッドに横たわっても、吐き気と眩暈と頭痛で、一睡もできない日もあった。いっそ血を吐いて気絶した方がマシだと思えたくらいだ。

 

 ルミアは腕を組むと、戒めるように言った。

 

「おそらくお前さんが『千の目』を発現できちまうのも、あの集中力のせいだろうよ。今回は無理させちまったが、もうしばらくは使わないようにしな。今のお前さんじゃ、まだまだ早い」

「要は、しっかり体を作れ…ってことだな」

 

 オヅマは軽く嘆息した。

 結局、最初にヴァルナルに稀能を教えてほしいと頼んだときから、状況はそう変わってないというわけだ。

 

「だったら、もっと年とってから来れば良かった」

 

 オヅマがつぶやくと、ルミアも頷いた。

 

「まったくだよ。ベントソンの長男坊もなんだって、こんな早くに来させたんだか」

「え? 今が一番いい時期なんじゃないの? 成長期に修練した方が、伸びるから…って」

 

 前にルーカスが言っていたことと矛盾するルミアの言葉に、オヅマは困惑した。

 最後の一吸いをして、灰を捨てながら、ルミアは当然のように話す。

 

「まぁ…確かに伸びるのは伸びるが、反面、制御がしにくいってのは、さっきも言ったろ? 諸刃の剣なんだよ。早くに習得して反復して練習に励めば、若くして熟練した遣い手になるっていう良さもあるが…私ゃ、あんまり勧めないね。いっても二年や三年のことだ。男は十から十二歳あたりで最初の成長期があって、それが一旦止まったあとに、十五、六くらいから、またズゥンと大きくなる。その時でもいいんだよ。実際、ヴァルナルはそうだったろう?」

「えぇ? じゃあ…」

 

 オヅマは考え込んだ。

 この時期にルーカスがオヅマを遠ざける目的で、ここに来させたのであれば、つまりオヅマを帝都に行かせたくなかったということになる。オヅマも元々行きたくもなかったので、願ったり叶ったりではあるが、なにかしら隠された意図があるのだろうか…?

 

 しかしオヅマが考えるのを遮るように、ルミアがパンパンと手を打った。

 

「あぁ、また考え込んじまって! さぁさ、寝た寝た。治ったら、シュテルムドルソンに行ってもらうつもりなんだから」

「シュテルムドルソン?」

 

 鸚鵡返しに問いかける。

 そこはズァーデンの高地を下って、東南にある小さな町だ。ズァーデンはグレヴィリウス公爵家の直轄領だが、シュテルムドルソンは確か配下の貴族家の領地であった。

 どこの家だったか…と、それこそ所領配置の地図を思い浮かべていると、フワフワと心地よい睡魔が訪れる。ちょうどよい眠りへの呼び水となったようだ。

 なぜか小言をいうマティアスの顔が浮かんだが、オヅマは完全に無視して目を閉じた。

 





次回は2023.10.01.更新予定です。
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