第百五十五話 馬泥棒と鍛冶屋
エラルドジェイと交互にカイルに乗りながら、日が暮れた頃合いで、シュテルムドルソンにたどり着いた。
農作業を終えて家路に急ぐ農夫にモンスについて尋ねると、
「あぁ、おやっさんか。知ってるが、今日はもうやめておいた方がいい。あの親父、日が暮れたらもう寝るからな。一旦、寝たら朝日が昇るまでそう簡単に起きないんだ。っつーか、起こしたらそりゃあ…大変なことになるぞ」
と、いかにも戦々恐々とした様子で言うので、エラルドジェイと宿屋に泊まることにした。
「はあぁ…俺もすっかり田舎の暮らしに馴染んできたよな。日が暮れて眠くなってくるなんてさ…」
エラルドジェイは簡素な宿の食事のあと、すぐにベッドに転がった。
「明日は夜が明けたら起きて、モンスのところに行くからな」
「へーい。お前は? どっか行くの?」
「剣の素振り」
「やれやれ。ごくろーさん」
ヒラヒラ手を振って、エラルドジェイは体を横に向けると、すぐに寝息をたて始めた。オヅマは内心残念に思ったが、気を取り直して部屋を出た。
本当はルミアの家にいた頃のように一緒に稽古したかったが、今日はさすがにほぼ一日歩き詰めだったのだから、疲れているだろう。オヅマも疲れていたが、毎日の素振りは既に安眠のための習慣になっていて、たとえ三十回程度でもやっておかないと気持ちが落ち着かず、眠れない。
外に出ると、昼間の熱した空気とは違い、涼しい夜風が吹いている。
宿の小さな庭の一角でオヅマは軽く体を動かしたあとに、素振りを始めた。
集中していると、時間が経つのはあっという間だ。
軽く汗をかいて、そろそろ終わろうかというときに、オーン、オーンと低く鳴く声が響いた。ただの馬とは違う、
カイルの馬房の前で何者かが右往左往している。どうやら、カイルを盗んで連れて行こうとしているようだ。
「おい」
オヅマが声をかけたときには、既にその馬泥棒の背に短刀があてられていた。
「大した度胸だな。騎士の馬を盗むのがどういう事か、わかっているんだろうな?」
「ヒッ! ヒイィィッ!! す、すんませんっ」
馬泥棒はすぐさま諸手を上げて降伏の意を示したものの、即座に後ろから鋭い気合と共にビュン! と、斧がオヅマの脳天めがけて振り下ろされる。
「死ねッ!」
だがオヅマはわかっていた。仲間がいる気配は察知していたので、あえて声をかけておびき出したのだ。
馬泥棒をドンと押し、斧の攻撃をギリギリでよける。ブン、と斧は空を切り、勢いと重みでガッチリと土に刺さった。そのまま抜けなくなって「む、む」と、男は斧を持ったまま唸る。オヅマは斧相手に苦戦する男の脇腹を、思いきり蹴りつけた。急所をしたたか殴られて、男が地面に泡を吹いて倒れる。
すぐさま剣を持った男が向かってきたが、オヅマもさっきまで素振りで使っていた剣を抜くと、男の直線的な攻撃をあっさりとかわし、腕を斬った。
ギャアア、と斬られた男が騒いでいる間に、三人目が
柄の上半分を切って鍬の部分を落とし、驚く男の手を斬りつけると、再び飛んできた石をよけた。どうやら隠れた場所から石を投げているようだ。オヅマが石がくる方角へと走り出した途端に「うげっ」と悲鳴が上がった。
「……ご苦労さん」
オヅマが石を投げていたらしき男の場所にたどり着くと、一足先に来ていたエラルドジェイが、既に
オヅマはハァと息をついて、剣を鞘にしまった。
「あんたさぁ、たまにズルイよな」
「は?」
「いいとこ取りしちゃってさ。こういうのって、最後まで俺がやっつけないと、格好悪いんだって」
エラルドジェイはプハッと吹いた。口をとがらせて言うオヅマが、いかにも少年らしくて可愛らしい。
「オゥオゥ、可愛いことをお云いだよ、坊やが。ま、それはそうとして、また性懲りもなく泥棒しようとしてやがるぜ」
エラルドジェイが顎をしゃくると、最初に声をかけた馬泥棒が今しも馬房の柵を取ろうとしている。オヅマは軽く眉を寄せると、タンと軽く地面を蹴って、男に迫った。
「すっ、すんませんッ!!」
いきなり目の前に現れ、切っ先を突きつけられた男は、即座にその場にひれ伏した。オヅマはそれでも剣を男に向かって構えたまま、じっとりと睨みつける。
「さっきも聞いたよな。騎士の馬を盗むってのが、どういうことかわかってんのか? 殺されても文句は言えねぇんだぜ」
「ゆ、許してくだせぇ。アイツらに言われて、仕方なかったんで。アイツらの賭場でスッちまって、そうしたら盗んででも金を持ってこいって…」
「相手が悪かったな」
オヅマはすげなく言って剣を振り上げる。男がヒィッと声を上げると同時に、鋭い男の声が響いた。
「待て! 領内で勝手な真似は許さん!」
ガチャガチャと音をたてて、甲冑を着た騎士たちがオヅマたちを取り囲む。どうやら宿屋の主人が騒ぎを聞きつけ、通報したらしい。
オヅマに向かって剣を構え、なんであれば捕らえようとしているかのような騎士たちに、オヅマは鼻白んだ顔になった。
「大人しくしろ」
まとめ役らしい壮年の騎士が前に出てくると、オヅマをジロジロと見て問うてきた。
「誰かの従者か? 主人は?」
プハッと笑ったのはエラルドジェイだった。それまで気配に気付いていなかったのか、騎士たちが驚いて振り返ると、エラルドジェイはニヤニヤ笑いながら言った。
「そいつは従者なんかじゃねぇよ。一応、騎士…だっけ?」
「騎士見習いだ」
オヅマが憮然として言うと、先程オヅマに問うてきた騎士が、腕を組んでフンと睥睨する。
「騎士見習い? ウチではないな。どこの騎士団だ?」
「レーゲンブルト騎士団だ」
「レーゲンブルト騎士団だと? 我が領内に何の用だ!?」
「別にアンタらに用はない」
オヅマが冷淡に言うと、その騎士はムッとした顔になった。
「いずれにせよ、レーゲンブルト騎士団の者であろうと、このシュテルムドルソンにて騒ぎを起こすのであれば、拘束させてもらうぞ」
凄んで言ってきたが、オヅマはますます白けた。オヅマが子供であるとみるや、事の次第を問うこともしない。典型的な人の話を聞かない大人、だ。
オヅマは一つため息をついてから、ふたたび剣を鞘に収めた。
「その前に、ここでは自分の馬を盗まれそうになった場合、そのままくれてやれ…っていうことになってるのか?」
揶揄もあらわに尋ねると、まとめ役の騎士は「なに?」と地面に座り込んだままの男を見やった。小さな集落であれば、たいがいの人間が顔見知りであるように、どうやら馬泥棒とこの騎士も顔見知りであるらしい。
「クート! お前、また何を…」
言いかけて、ようやくそこが馬房の前であることに気付いたようだ。しかも馬房の中には、通常の馬では考えられないほどにデカく、黒い角のある馬がこちらをジッと見ている。
あわてて辺りを見回し、大きくもない庭の中で、数名の男が倒れていることに気付いた。
「これは、一体…」
困惑してつぶやく騎士の男に、「クート」と呼ばれた馬泥棒の男が、のんびりと声をかける。
「いやぁ、すまんなぁ、ラッセ。どうもタチの悪い胴元に当たってさぁ。身ぐるみ剥がされた挙句、金がねぇなら盗んできやがれときたもんだ。しかも、ちょうどこの坊や…あ、いや、この騎士様の馬が目に入ったのかして、かの有名なレーゲンブルトの馬だってんで、あれを盗んでこいって言われてさァ……いや、だから、俺も嫌だと言えなくて…」
クートはチラチラとオヅマの顔色を窺いながら、ラッセという騎士に話す
「どうやらこの男が失礼を致したようだ。本人も言っている通り、本意ではなかったことゆえ、この場は収めてもらいたい」
言葉は丁寧であったが、男がオヅマを子供とあなどって屈服させようとしているのは明らかだった。
オヅマはフンとせせら笑うと、腕を組んで問うた。
「それで? アンタらはここまで来て、コイツらを無罪放免にするってのか? とんだ
「保安衛士ではない! 私はブルッキネン伯爵配下の騎士、ラッセ・オードソンだ!」
一般的に衛士はその土地の役人が管轄する下級官吏であり、騎士は主君に忠誠を誓った直属配下なので、ラッセはオヅマの勘違いに猛烈に腹を立てた。
もっともこれは、オヅマもある程度予想した上でのことだ。
略式だが甲冑をつけ、主家の紋章を染めたマントを羽織ったラッセの格好からして、保安衛士でないことは既に承知していたから。(ちなみに保安衛士の制服は、灰と黒の縞模様の上着に灰色のズボン、堅いつばのついた黒の帽子だ)
「騎士であるなら、自分の言動に少しは気をつけるんだな。アンタはまず、この場での状況もロクに確認せず、俺をここで無駄に騒ぎを起こした無法者と決めつけた。その勘違いを謝りもしないで、次には馬泥棒を見逃してくれという。騎士にとって馬は剣と同じ。その
ラッセは自分よりも遥かに年下の少年の、
「見逃せとは言っていない! こやつらは引っ捕らえる」
「あぁ、そうかい。じゃ、さっさと連れていってくれよ」
人を食ったような少年の物言いに青筋を立てつつも、ラッセはすぐさま配下の騎士に指示して、倒れているゴロツキ共と、馬泥棒をしようとしていたクートを捕えさせた。
「えぇぇ? 俺もォ?」
クートは不満そうに言いながらも、素直に縄に巻かれ、騎士たちに連れられていく。
「これでよかろう」
ラッセは尊大に言ってきたが、オヅマは冷めた顔だった。
「せいぜい牢屋に放り込んで終わりになりそうだな。レーゲンブルトなら、たとえ顔見知りであっても…いや、なんなら顔見知りである分、こんなことをしようもんなら、鞭の数が二十は増えたろうがな」
「こっ…ここは、レーゲンブルトではない! 領内の差配は領主様にある!」
「もちろんだ。じゃ、もういいよな」
「待て。今日はもういいが、明日、この騒ぎの
「はぁ? 仔細も何も、見た通りだろうが」
「双方の意見を聞いた上で、領主様に報告する」
オヅマはハーッとため息をついた。
なんとまぁ、四角四面というか、融通がきかないというか、馬鹿というか。この顛末を見ておいて、なにが双方の意見だ。
一方のラッセは、目の前の少年のいちいち人を小馬鹿にするような態度に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「なんだ、そのため息は! 見習い騎士風情が、生意気な。たとえレーゲンブルト騎士団に所属してようとも、この領内で騒ぎを起こせば、領主様によって裁定がなされるのは当然のことだ!」
わめき立てるラッセを、オヅマは相手するのも面倒だった。あさっての方向を見ながら、ひとり言のようにつぶやく。
「そもそも自分の領内で騎士の馬を盗むような輩がいるってことを、恥にもしない領主なら、何を聞いてどう裁きをつけるってんだか」
「なっ、なんだとッ! おのれ、我が
ラッセが腰に
オヅマはそれまで浮かべていた皮肉げな笑みすらもスッと消した。
音もなくラッセの間近に迫り、柄にあてたラッセの手を押さえつける。
ラッセはいつの間にか目前にいた少年の敏捷さにも驚いたが、自分の手を押さえつけるその力の強さにも息を呑んだ。
「ひとつ、さっきの泥棒に言っておけ」
静かでありながら、妙に圧迫してくる声が、ラッセたちの気勢を削いだ。
「
ラッセは言葉を失った。
子供とは思えぬその気迫、もはや殺気と言ってもいい。
そのままスタスタと宿に戻っていく少年を、止めることもできなかった。
困惑するラッセの肩をポンポンと軽く叩いたのは、白いターバンを巻いた西方の商人のような風体の男 ―― エラルドジェイだった。
「ま、今日のところはこのあたりで。俺らも一日中歩きづめで疲れて気が立ってるんだ。大目に見てよ。それと、この馬さぁ、よっぽど慣れた人間じゃないと、扱える代物じゃないよ。さっきの男、下手に連れて行こうとしてたら、蹴り殺されてたよ、この馬に」
「まさか…」
「知らないのか? レーゲンブルトの
ラッセは馬房の中から、自分を見下ろす黒角馬を仰ぎ見た。仄かに赤く目が光っている。
「あぁ~、興奮しちまったんだな。目が赤く光ってるときは、危険なんだ。さ、とっとと帰った帰った」
軽い調子で言われムッとしつつも、ラッセは踵を返した。それでもさっきまでの狼狽ぶりが己でも恥ずかしかったのだろう。ゴホンと咳払いして振り返ると、鹿爪らしい顔で言いつける。
「ともかく、明日にはお前たち両名で領主館に来るように。よいな?」
「ハイハーイ」
エラルドジェイは軽く請け負った。それは了承したからではなく、ここでオヅマのように反発したところで、事が長くなるとわかっていたからだ。こうした手合に理屈をつけて勝ったところで、大した意味もない。
ラッセもまた、少年に続き無礼極まりない男に渋面になったが、これ以上の詮議を続けても煙に巻かれるだけと感じて、喉奥に文句を押し込んだ。
この領内にいる間は、彼らの様子などいくらでも知りようはあるのだ。
宿に戻ったエラルドジェイは、既に寝息をたてて眠っているオヅマを見て、軽くため息をついた。
「…っとに。なんだって、あんなおっかない気配出すんだかな……」
ふざけたように言いながらも、エラルドジェイの顔にはかすかな不安がよぎった。
***
翌朝、起きて食堂へ向かうと、早々に宿屋の女将が謝ってきた。
「本当に申し訳ない。ウチの亭主がクートのヤツを入れちまったみたいで…」
貫禄のある女将のあとから、大柄な体をすぼませて宿屋の主人がやって来て、ひたすら謝りまくる。
どうやら昨夜、オヅマの馬を盗もうとしていたクートというのは、亭主の幼馴染で、昔からこの辺りでは悪童として知られ、いい年した今においても少々困り者であるらしい。
昨夜はめずらしく酒など持ってやって来たので、二人で酒盛りを始めたのだが、酒の弱い亭主は早々に眠り込んでしまい、あの騒ぎで目を覚まし、あわてて領主館に知らせたのだと言う。
一方、女将は眠ったら朝日を見るまでぐっすり寝てしまうタチらしく、昨夜の騒ぎもまったく知らず、朝になって亭主から聞かされたのだという。
二人からさんざに謝られた上、朝食にソーセージのおまけもあったので、オヅマはそのことについて二人に詰め寄ることはしなかった。
昨夜の騎士も、同じように自分の非を早々に認めて謝りさえすれば、ああまで嫌味たらしいことを言わずに済んだというのに、自分の役回りに権威がつくにつれ、無駄に威張るようになる部類の人間らしい。
「で、どうする? 一応、なんか領主館に来いって言ってたけど?」
エラルドジェイに尋ねられて、オヅマは平然と言った。
「予定通りだよ。まずはルミアに言われた鍛冶屋のオヤジのとこに行く」
「それから行くのか?」
「別に行く時間まで指定されてないだろ? 一応、顔は出すさ。気が向けば」
予定が決まると、二人はさっさと朝食を食べて、ルミアに言われた鍛冶屋のモンスを訪ねた。
応対した赤毛で吊り目の若い女は、つっけんどんな態度ながらも、ルミアからの紹介だと言うと、オヅマ達をモンスのいる鍛冶場に案内した。
まだ、仕事前なのか炉に火はなく、炭が入ったいくつかの木桶やら、大小のハンマー、ゴツそうな皮の手袋などが無造作に置かれた小さな作業場の中央で、
「お爺さん、お客さん。ルミア
女が素っ気ない口調で声をかけると、ゆっくりと老爺がこちらに顔を向ける。頭髪は寄る年波なのか、それとも元から短くしているのか、半ばまでツルリと禿げていたが、白い眉と髭がもっさりと老爺の顔を覆っていた。
使い込まれた
「ほぉ……ルミアの弟子が来るとはな…」
白い顎髭をしごきながら、モンスは興味津々といった様子でオヅマを眺めた。
ルミアと同じか、少し年上くらいの老爺であったが、大きな緑の瞳はまるで子供さながら好奇心をみなぎらせて、オヅマをまじまじと見つめてくる。
あまりに凝視されて、オヅマはやや仰け反った。
「…なに?」
眉を寄せて問いかけると、モンスはホッホ、と髭の間からくぐもった笑い声をたてた。
「いや、ハ、すまんすまん。ルミアの弟子がワシを訪ねてくるなんぞ…ヴァルナル・クランツ…いや、そのあとに一人、娘が来たか。久しぶりじゃて……それにしても……小僧、お前幾つになる?」
「新年には十三だ」
あえて現在の年ではなく、再来月に控えた新年になってからの年齢を言ってしまうのは、昨夜子供扱いされたことへの、ちょっとした抵抗があったのかもしれない。
モンスはそうしたオヅマの心持ちに覚えがあったのか、ホッホ! と朗らかに笑った。
「自らの年を
モンスはさっきまでのひん剥いた目とは逆に、見えているのか、見えていないのか、わからぬくらい細い目で、優しくオヅマを見て、両手を差し出した。
「手を見せてもらえるかの?」
「手?」
「そうじゃ。お前さんの剣を作らねばならぬでな」
「え? なんで?」
尋ねながらも、オヅマはつられるようにしてモンスに自分の手を乗せる。モンスは細い目を糸のようにして、穏やかに笑った。
「ホッホ。相変わらず説明をせん婆じゃな、あやつ。ルミアの元に修行に来よる奴は多くいるが、ルミアが弟子と認めて、技を伝授したと認める者はそうおらん。認められた者だけがワシの元に来て、剣を授けることになっとる。…これがルミアなりの弟子への餞別での」
オヅマはようやくルミアの意図を知り、言葉もなかった。
モンスの言葉ではないが、説明がなさすぎだ。こんなことなら、もっとちゃんと礼を言うべきだった。
オヅマが呆気にとられている間にも、モンスはオヅマの手を握ったり、指の一本一本の長さを自分の手で確認したりして、フムフムと頷きながら、構想を練っているようだ。得心すると、そっとオヅマの手を離した。
「フム…まだまだ成長するじゃろうし、最終的な
「本当に?」
「あぁ。お前さん、運が良いぞ。ちょうど、セトルデンからいい鋼が手に入ってな…」
セトルデンはサフェナ=レーゲンブルトと境界を接した、同じグレヴィリウス配下のシェットランゼ伯爵の領地だ。北にヴェッデンボリ山脈に連なる豊富な森林資源をもち、海に面した東には良質な鉄鉱石と石炭の取れる山があるので、昔から鉄鋼・鋳造の町として有名だった。昨日までオヅマのいたズァーデン村の東を流れる川の上流に位置しているので、下流にあるこのシュテルムドルソンに良質の鋼が入ってくるのだろう。
モンスはいくつかの鋼をオヅマに見せて、どれがいいか問うてきた。オヅマはよくわからないながらも、なんとなく気になったものをいくつか手に取って見比べる。その間、ずっと手持ち無沙汰にしていたエラルドジェイが、モンスに尋ねた。
「爺さん。アンタ、剣を作るなら
「
モンスはエラルドジェイの格好を見て、西方から来た商人と思っていたらしく、意外そうに尋ね返す。
エラルドジェイはゴソゴソと左腕に仕込んでいた
「これをちょいとばか、砥いでおいてもらいたくてね」
「おぉぉ…!」
モンスは唸り声をあげ、また目をカッと開いた。緑の瞳が爛々と輝きを帯びる。
「こりゃあ…お前さん、シラネの逸品じゃないか! この刃、この絶妙な反り、こんな鋭利な刃はシラネでしか作れん! ハ、なんとまぁ、美しく凄まじい…。さすが…さすがというしかない。これほどまでのものであるのに銘すら残さんとは…なんと勿体ない!! ハ、いやぁ…ハ、見事じゃ~」
ひどく興奮するモンスに、オヅマとエラルドジェイは目を見合わせる。
「シラネって…西の端っこにある国だったっけ?」
オヅマが尋ねると、エラルドジェイは自分でもうろ覚えなのか、首をかしげつつ思い出した言葉を連ねた。
「いや。どっかの集落? みたいのだろ。鍛冶屋ばっかが集まってる…みたいな。伝説の。本当にあるのかどうか知らないけど」
「そこで作ってもらったのか?」
「いや~…まー、もらった…つーか、戦利品っつーか…」
いきなり歯切れの悪くなったエラルドジェイに、オヅマは察した。
おそらく殺した相手からぶんどったのだろう。よりよい武器を求めるのは騎士だけでなく、殺し屋も同じだ。何であれば騎士よりも、より日常的に、より実践的に、殺傷能力の高い武器を求めるものなのだろう。
「よくもまぁ、あんな重いもんをぶん回せるね」
「そうなんだよなぁ。お陰で右の腕ばっか太くなってきちゃってさ。なーんか体が傾くんだよなー」
「だったら、四本もつけるなよ。二本で十分だろ」
「まぁ…そうなんだよなぁ。その方が軽いしな~。そうすっかな、この際」
話していると、ようやくモンスが興奮を鎮め、エラルドジェイに言った。
「ワシは砥は苦手じゃが、弟子の一人は得意にしとってな。若いが腕はえぇぞ。ホレ、さっきここに案内してきよった、無愛想な娘がおったじゃろう? アルニカと言うんだが…あいつに頼むとえぇ。えぇ仕事しよる」
「そっか。じゃ、彼女に頼むとしよう。それで代金だけどさ、この四本の爪鎌の二本をやるからさ、それでどうだい?」
「ホッホ~! えぇのか?! いや、ワシも嬉しいが…もう一人の弟子はシラネの剣に、そりゃあ憧れておっての。アンタがくれるというなら、有難い。研究熱心な奴じゃて、きっと十分に勉強しよるだろう。こうしちゃおれん。おい、アルニカ! おい、ケビ! 凄いモンがあるぞ~」
モンスはやっぱり浮足立つのを止められないようで、スキップしそうな勢いで作業場を飛び出すと、弟子たちを呼びに行った。しかしすぐに戻ってくる。再び現れたその顔は、うって変わって不機嫌極まりなかった。
「お前さんらに用があるらしいぞ」
ぶっすり言ったモンスの背後から、わらわらと現れたのは、昨夜の騎士御一行様だった。
「領主館に出頭せよと申したであろう!」
ラッセが居丈高に怒鳴るのを、オヅマとエラルドジェイは白けた目で見つめたあと、顔を合わせて同時に長い溜息をついた。
引き続き更新します。
前週はお休みいただき、申し訳ございませんでした。