昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第百六十話 老鍛冶の背中、母の眼差し

 当初の予定通りモンスを訪ねると、見事な剣が出来上がっていた。

 今まで持っていたものよりもやや軽い気がしたが、その分、振りやすくなっている。(つか)もオヅマの手にしっくり馴染んだ。

 

「軽いが強度は十分にある。そこの兄ちゃんからもらった爪鎌(ダ・ルソー)の刃を参考にしてな、色々と勉強させてもらったよ。あっちの(はがね)はやっぱりいいモンを使ってる。切れ味が凄まじい。お前さんが『澄眼(ちょうがん)』をちゃんと習得したなら、大して力を込めなくても、ずっぱり敵を斬っちまうことだろうよ。それこそ(よろい)ごとな」

「そんなに?」

 

 オヅマは剣を持って、その銀色に閃く剣身を見つめながら問うた。剣には一筋の溝のようなものが伸びていた。

 

「これ、なに?」

「剣の重さを少しだけ軽くしながら、十分な強度と切れ味を失わせないための、シラネの技だ。まぁ、お前さんがこれから大きくなって、これで物足りなくなってきたら、その時は作り直してやるから、持って来い」

「わかった。ありがとう」

 

 オヅマが素直に感謝すると、モンスは少しだけ寂しげに笑った。

 

「もっとも、その時にまだ…(ワシ)(つち)を握れとるかは、わからんがの。無理だったら、この男に頼むといい。腕はまだ儂にゃ敵わんが、まぁ…その頃には超えておるじゃろうて」

 

 モンスの隣にいた弟子のケビが、驚いたようにモンスを見た。

 

「あ、ケビ。めっちゃ喜んでる~」

 

 エラルドジェイがからかうと、ケビは顔を赤くしてうつむいた。

 多くの鍛冶屋(かじや)がそうであるように、モンスもケビも大男の類だったが、ケビは人見知りが激しく、とても恥ずかしがり屋だった。

 

「からかうんじゃない」

 

 エラルドジェイの頭を容赦なくバシリと叩いたのは、同じく弟子のアルニカだった。こちらは女だてらに鍛冶屋になろうというだけあって、背も高くがっしりとした体つきで、相当に気が強い。彼女はエラルドジェイの爪鎌(ダ・ルソー)の刃の()ぎを任されていた。

 剣ができるまでの間、オヅマとエラルドジェイは何度かこの工房を訪ねることもあり、今ではこの鍛冶屋の三人とも、すっかり打ち解けた仲だった。

 

「ホラ、お前の! 腕のところにコブウシの革を貼って、ベルトの皮も交換しておいたよ」

「おぉッ! スゲぇ! (あね)さん、ありがとう!」

 

 エラルドジェイは二本刃になった爪鎌(ダ・ルソー)を受け取って、早速腕に装着した。

 今まで刃の土台となっている木枠の部分は剥き出しで、エラルドジェイは擦れやズレ防止のために、腕に布を巻いたりして、その上から装着していたのだが、アルニカは土台部分にコブウシの革を貼り付けてくれたのだった。

 

「おぉ、ベルトもなんか簡単に取り付けられるようになってる。さすが…芸が細かいねぇ」

 

 エラルドジェイは感心しきりだった。

 アルニカは満更でもない様子でフンと鼻を鳴らした。

 

「そんな物騒なモンを何に使うんだかは聞かないけど、自分の身を守るんだったら、ちゃんと道具の世話はしてやるもんだ」

「へーい」

 

 エラルドジェイはご機嫌で返事して、そのまま出ていく。

 

「こら、後金がまだだよ!」

 

 すぐさまアルニカは追いかけていった。

 オヅマも剣を受け取ったものの、その代金についてはどうなっているのかと思ったら、モンスがすぐさま答えてくれた。

 

「お前のお代はいらねぇぞ。ルミアからの餞別だからな」

「そっか…」

 

 オヅマはありがとうの言葉を飲み込んだ。

 今更、ズァーデンに戻ってルミアに礼を言うのは違うのだろう。おそらくルミア自身、そうした感謝の言葉を聞くのが嫌だから、モンスのところに行け、としか言わなかったのだから。

 

「アイツは妙なところで、()()()()ちゅうもんがあってな」

 

 モンスはそう言って、ハッハッと肩を揺らして笑った。いかにも昔ながらの知り合いらしい、懐かしげな様子だ。

 

「本当にありがとうございました」

 

 オヅマは再びモンスに礼を言った。騎士団の支給品ではない、初めて自分の剣を持てたことが誇らしかった。モンスは嬉しそうに微笑み、オヅマの肩を叩いた。

 

「頑張れよ」

 

 オヅマは力強く頷いて外に出た。すぐに気付いたアルニカが、エラルドジェイからふんだくった代金を握りしめて、声をかけてくる。

 

「行くんだね」

「はい。ありがとうございました。色々と無理言って…お世話になりました」

 

 礼を言ったのは、アルニカに頼んで、何度か剣が作られる工程を見学させてもらったからだった。モンスはやはり職人気質らしく、決してそうしたことは許してくれなかったので、アルニカがこっそりオヅマに見せてくれたのだ。

 

 アルニカはオヅマが手に持った剣をじっと見つめながら、ポツリとつぶやいた。

 

「……アンタの剣が、もしかすると親方の最後の()()になるかもしれない」

「え?」

「このところ、背中が痛いって言っててさ。もう鎚も持てなくなってたんだ。仕事は私とケビで、どうにかこなしてたけど、アンタの剣はルミア(ばば)からの……大事な人からの頼まれ事だから……自分がやるって、遅くまで無理してた」

 

 

 ―――― その時にまだ…儂が鎚を握れとるかは、わからんがの……

 

 

 さっきモンスが言っていたことは、決して遠い未来の話ではなかったのだ。

 アルニカはオヅマの肩をポンと叩いた。

 

「弟子の私が言うのもなんだけど、親方の腕は帝国でも指折りのもんさ。アンタ、しっかり精進して、その剣に恥じない男になりな」

 

 オヅマはアルニカの目を真っ直ぐに見つめて頷いた。

 

 モンスは自分の身体(からだ)の不調を、あえて言わなかったのだろう。

 鍛冶職人として、どの仕事も手を抜かずにやってきた。それこそ初めて鎚を握った最初の日から、最後に鎚を置くその時まで。

 たとえオヅマの剣が最後の仕事であるとしても、モンスはこれまでと変わりなく、懸命に、そして淡々と作り上げたのだろう。

 

 職人らしい無骨な、だが強烈な矜持(きょうじ)

 

 オヅマは剣を握り直した。手に持つ重みが、また一つ増す。

 

「必ず」

 

 短く言って、オヅマはモンスの工房を後にした。

 

 

***

 

 

 領主屋敷に戻ると、ブラジェナが血相を変えてやって来た。

 

「オヅマ! あぁ、良かった。大丈夫なのね?」

「はい?」

「さっき『祈りの手』の者が来たのよ。貴方(あなた)が突然倒れて、顔色も悪くしていたから、無事なのか心配になって来たのだと…」

 

 早口に問いかけながら、ブラジェナはオヅマの全身を見回す。

 オヅマはブラジェナから出てきた聞き慣れない言葉を、そのまま鸚鵡(おうむ)返しに尋ねた。

 

「『祈りの手』って?」

「旧神殿で、貧しい者たちに治療や教育をしている者たちのことよ」

「彼らを……知っているんですか?」

 

 オヅマが問うと、ブラジェナは顔を曇らせた。

 

「えぇ。あれは元々、リーディエ様が始めたことだったの……」

 

 意外なことから、またリーディエの話が始まった。

 

 今でもまだ行き届いているとはいえないが、十数年前『医療』はもっと閉鎖的であった。

 貴族などの富裕層が貧しい人々に対して、食糧や衣料といったものの施しをすることはあっても、彼らを治療するなどということは考えられなかった。

 というのも病に罹った人間というのは、不浄の者、()れざる者と呼ばれ、下賤であるほどに忌避、嫌悪されたからだ。

 

 その上、アカデミーを出た医術の技を持ついわゆる『医者』は、貴族や富裕の者のために尽くすのが当然とされていたので、彼らが貧しい人々に医術を(ほどこ)すなど、ほぼ有り得なかった。

 これは貴族らが自らの特権意識によって、庶民を(しいた)げていたというよりも、当然すぎて誰もおかしいと思わなかったというのが正しい。

 

 それは貧しい者たちも一緒で、彼らもまた自分たちが医者の医療行為を受ける立場にあるという認識に乏しかった。

 彼らはちょっとした怪我や病気などは、民間療法や薬草を摘んで自ら治したし、あえてその道の専門家に尋ねることがあるとすれば、せいぜいが薬師の爺婆に頼む程度だった。(いまだにこうした考えの人間は多く、オヅマなども少々の腹痛などは、公爵家に生えている薬草を勝手に摘んできて、煎じて飲んだりしている)

 それでも快方に向かう兆しがなければ、諦めて死を待つ。それが庶民の選択肢だった。

 

 リーディエはこの状況に憤慨(ふんがい)し、アカデミーを訪れ、当時医会(サナテル)において最も権威のあった、医学教授のダリミル・バラケシュに掛け合った。ダリミルはリーディエの熱意と、極めて理路整然とした説得に感服し、数名の医師の派遣を了承した。

 その後、その中から特にこの活動を熱心に行う者が出て、貴族の中からも賛同者が現れ、段々と組織として大きく、その範囲も広がっていった。

 リーディエは当初、この成果を喜んだが……

 

「大きくなっていくと、やはり純粋に貧しい者を助けようという人間だけではなくなっていくようね。やがて、この活動を利用して私腹を肥やす者たちが現れてきて、リーディエ様はひどく落胆されてね。その頃に実は、最初のお子様がお腹におられたのよ。でも、ショックで流れてしまって……。それから積極的に彼らを手助けすることは、控えるようになられたの。だから、私も彼らがこのシュテルムドルソンに来て活動していることは知っていたけど、寄付はしていないわ。あくまで旧神殿を使う許可を与えただけ」

「そっか…」

 

 オヅマは頷いて、ブラジェナから聞いた故・公爵夫人リーディエについて考えた。

 肖像画を見る限りは、おとなしやかな美しいだけの女性に思えていたが、存外、活動的で気が強そうだ。もし生きていたら、自分の息子を(ないがし)ろにする夫を、こっぴどく叱りつけていたことだろう。

 

 いずれにしろ、もうここでの用事は終わった。

 これ以上、亡くなった人について聞こうとも思わないし、そろそろブラジェナの作法教師のごときお小言にも辟易(へきえき)していた。

 オヅマはブラジェナに早々に出発する旨を告げた。

 

「まぁ、今日? そんな急に…」

「今の時間に出れば、ターゴラ(*近くの宿場町)にはたどり着くことができるから」

「……そうね。この時期は帝都へ行く人間を狙って、野盗なんかがウロウロしているし、野宿はなるべくしないほうがいいでしょうね」

 

 ブラジェナは不承不承であったが、オヅマの希望を受け入れた。それでも最後まで、彼女は饒舌(じょうぜつ)だった。

 門前でカイルに乗ろうとしたオヅマに、ブラジェナはかしこまった口調で話し始めた。

 

「オヅマ、貴方は信用できる人間だと思います。息子(マティアス)は少し気が弱いから、貴方には頼りなく思えるところもあるでしょうけど、どうか仲良くしてやってね」

「気が弱い? あいつが?」

 

 オヅマは思わず聞き返した。

 初対面のときから、マティアスが気が弱かったなどという印象を持ったことがない。

 

「……こんなこと言うのなんですけど、マティには最初からものすごく威張られてる感じなんですけど」

「えぇ? 威張る? あの子が?」

 

 ブラジェナは信じられないようだった。オヅマは腰に手を当て、マティアスの()姿()を再現してみせた。

 

「『僕はマティアス・ブルッキネン! アハト・タルモ・ブルッキネン伯爵の息子にして、グレヴィリウスの青い(ほこ)、ブルッキネン伯爵家の正統なる後継者だ!』……っていうのが、アイツの初対面の挨拶なんですけど」

「まぁ!」

 

 ブラジェナは目を丸くして驚いてから、心底楽しげに笑った。

 

「まぁ、あの子ったら…私が教えたのをそのまんま…」

「教えた?」

「えぇ。あの子、近侍に決まったときに、ものすごく不安がっていてね。他の近侍と仲良くできなくて、意地悪されたりしたらどうしよう…って、ものすごく悩んで心配するものだから、私、言ってやったの。『先手必勝よ!』って」

「先手必勝……?」

「そう! 何事も最初が肝心ですからね! 会ったときに毅然(きぜん)とした態度でいれば、相手だって、そうそう馬鹿にした態度なんてとらないものよ、って。そのときに、さっきの言葉を、まぁ…いわば()()の例として出したのだけど…そう。そのまま使ったわけね。やるじゃないの、あの子。虚勢も続けていれば、いつかは身につくものよ」

 

 息子の成長を喜ぶブラジェナを、オヅマはややあきれた眼差しで見ていた。

 

 マティアスのあの偉そうな態度が虚勢?

 しかも息子をけしかけていた?

 

 オヅマは初対面で吐かれた、マティアスのあの挑戦的な()()を思い返す。あれが懸命に虚勢を張っていたのだと知ると、どこか滑稽にも思えてくる。

 

 そういえば、あの()()、律儀にも近侍全員に言っていたような……。

 

 オヅマはブラジェナに気付かれないように、ため息をついた。

 少々、マティアスが不憫になってくる。

 

 ブラジェナに会った当初は、マティアスの口やかましさは母親譲りで、似た者親子とばかり思っていたが、ブラジェナの豪胆で一本気、やや向こう見ずな気性は、息子には受け継がれなかったようだ。

 内心、オヅマはホッとしていた。ブラジェナの言う()()()()が、マティアスを慎重な性格にさせたのだろう。正直、マティアスがそのまんまブラジェナの男版だったら、きっとオヅマとは今以上に険悪な仲になっていたに違いない。

 伯爵夫人で、同じ近侍の母親で、年上の女性であるから、オヅマも多少礼儀をもって接しているが、これが同世代の同じ近侍であれば、もっと遠慮なく言い合っていたはずだ。

 

「マティは、十分に頼りがいがありますよ」

 

 オヅマが言うと、ブラジェナはまた驚いて、薄茶色の目を丸くした。まじまじとオヅマを見つめてから、一見冷たく見える硬質な眼鏡の奥の瞳が、柔らかく微笑んだ。

 

「ありがとう、オヅマ。気をつけてお帰りなさい」

「はい。じゃあ、お世話になりました」

 

 オヅマはカイルに乗ると、軽く首を叩いて合図して歩き出した。

 既にエラルドジェイはシュテルムドルソンから出て、街道を進んでいる。

 この二十日ほどの滞在中、エラルドジェイはあれこれと指図してくるブラジェナに閉口し、早々に領主屋敷から出て、町中で知り合った人間(おそらく女)の家を点々としていたので、別れの挨拶は無用と考えたのだろう。

 

 トコトコ進んでいると、背後からブラジェナが大声で叫ぶのが聞こえてきた。 

 

「今度は小公爵様と、マティアスと一緒に来てちょうだいね!」

 

 オヅマは振り返り、軽く手を振った。

 実際にその状況を想像すると、おもわず笑みがこぼれる。

 あの母親とアドリアンの間で、あたふたしているマティアスが容易に思い浮かんだ。

 




次回は2023.11.12.更新予定です。
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