昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第百六十四話 ホボポ雑貨店(2)

「お買いアゲ、ありがーとネー!」

 

 サーサーラーアンは上機嫌で、すっかり軽くなった背負子(しょいこ)を持って、早々に帰っていった。質に入れた母親の形見が流れてしまう前に、取り戻したいのだという。

 

「また、近いうちに飲もうぜ!」

 

 エラルドジェイが陽気に見送って店に戻ると、ラオが大声で叫んでいた。

 

「ハァ? この布をここに置けだぁ?」

「あぁ」

 

 オヅマが当然かのように頷くと、ラオはまた顔を真っ赤にしていきりたった。

 

「冗談じゃねぇ。ウチでこんな布を買うつもりはねぇぞ!」

「買ってもらうつもりなんてないさ」

 

 オヅマは即座に否定すると、机に山と積まれた布地をピンと指で弾いた。

 

「今日、ここいらの人間は、有難くもこの季節には全く必要のない毛布をもらってる。だから宣伝してくれ。毛布一枚と引き換えに、この布を一反やるって」

「はぁ?」

「交換だよ、交換。早いもの勝ちだーって宣伝したら、この店にもわんさと人が押し寄せるだろうぜ」

 

 ラオはポカンとしながらも、頭の中では素早く算段したらしい。あちこちに目を動かしてから、ジロリと睨むようにオヅマを見た。

 

「フン。その交換作業だって、布の保管だって、ワシがやるんだろうが」

「もちろん、そこのところの手間賃は払うよ。まずは手付で三銀貨(カーク)。そのあとは毛布一枚につき、八銅貨(ガウラン)で。どうだい?」

「引き取った毛布はどうする?」

「毛布は……冬に格安で売るってのは?」

「ふん。そう上手くいくかな」

 

 ラオは腕を組み、渋る顔を見せる。エラルドジェイがわかりやすくおべっかを使った。

 

「ま、そこは稀代の大商人ラオ・アールン=カー・ダイの腕の見せ所ってね~」

「なーにを! まったく、こういう時ばっかり調子のいいことを! だいたい、さっきのもそうだが、この小僧はなんなんだ? 見た所、グレヴィリウスの人間みたいだが…見習い騎士か?」

 

 今更ながらに問われて、オヅマはまだ自己紹介もしていなかったことに気付いた。

 

「あ、俺は…」

 

 名乗ろうとすると、横からエラルドジェイがサラリと言う。

 

「オヅマ・クランツ。ヴァルナル・クランツ男爵の息子さ」

「なんだと?」

 

 即座にラオの顔が険しくなった。ズイと顔を近づけて、まじまじとオヅマを睨んでくる。

 

「お前がクランツ男爵の息子? ()()クランツ男爵の? お前が?」

「あ…その」

 

 説明しようとする前に、ラオは噴火した火山のように真っ赤になって怒鳴った。

 

「クランツ! クランツ!! あぁ~、ワシの商機を奪ったクランツぅ! よくも、よくもおォォ!! ワシの黒角馬(くろつのうま)を横取りしやがった~! アイツぅぅ!!」

 

 いきなり立ち上がると、芝居がかった身振り手振りでまくしたてる。

 オヅマは呆気にとられ、エラルドジェイはまた始まったとばかりに、ため息をついて鼻をほじる。

 

「そう! あれは…雪解けの月とはいえ、まだまだ寒い風の吹く季節。ワシは雪も残るヘルミ山に向かって…」

 

 誰も聞いていないのに、陶酔したラオが語り始めた。

 まだ寒さの厳しい冬の終わりにヘルミ山くんだりにまで行ったこと。

 山を守るレーゲンブルト騎士団に追い返され、自分の遠大な計画が頓挫(とんざ)したこと。 

 あまりのショックで帰り道でコケて捻挫して、一ヶ月近くは松葉杖の生活になったこと。

 そうしてヴァルナルへの恨み、恨み、恨み。

 

 オヅマは途中からすっかり芝居を見ている気分で、ラオの言うに任せた。

 それにしても仮にも息子だと言っているのに、その息子の目の前で父親の罵倒をするとは、ラオもある意味肝が据わった男である。ただ、その恨みの対象については訂正が必要だ。

 

「クランツ男爵に黒角馬(くろつのうま)のことを言ったのは、俺だ」

 

 オヅマが硬い声で言うと、帝都に店を出すという計画について話していたラオが、ピタリと止まった。 

 

「なんだと?」

「俺、元々は小作人の息子で、ラディケ村ってとこで暮らしてたんだ。ヘルミ山にもしょっちゅう行ってたから、黒角馬のことも知ってて。きっと男爵なら欲しがるだろうと思って、教えたんだ」

 

 ラオはワナワナと体を震わせた。

 

「お、お、お前ェ~、お前かぁ~! 俺の黒角馬を自分の出世の道具に使いやがってェェ」

「黒角馬は元からアンタのじゃないだろ。それに俺は、出世なんか望んでない」

「何を言いやがる? 息子になんぞなっておいて」

「それは母さんが領主様と結婚したからで、俺が望んでそうなったわけじゃ…」

「あぁぁ~! クソッ、クソクソクソッ…クッソッ!」

 

 ドタドタと駄々をこねる子供のように、地団駄踏んで悔しがるラオを見て、オヅマは黒角馬についてのみいえば、自分の判断が案外正しかったのかもしれないと思った。

 というのも()の中では、ラオを始めとする商人らによって黒角馬が乱獲され、純血種は絶滅の危機にあったのだ。特に(オス)の黒角馬はその気性の荒さと、(メス)を選ぶために非常に交配が難しく、下手すれば殺傷処分される場合もあったという。

 今回はレーゲンブルトに集結した研究班によって、増産化に向けた計画的な交配が行われたので、今でも純血種は残されている。今後も保存されていくだろう。

 

「ま、もう終わったことだ。だろ? ラオ」

 

 頃合いを見計らってエラルドジェイが声をかけると、ラオはそれまで怒り狂っていたのが嘘のように、あっさり頷いた。

 

「ま、そうだな」

 

 急な態度の変化にオヅマはコケそうになったが、ふと思い出す。

 ()のラオも、たびたびこうした癇癪(かんしゃく)を起こしたが、発散してしまえば後は淡々としていた。切り替えが早く、一つのことに執着せず、商売の種を見つけてはどんどん手を出す…というのがラオの(あきな)いの方針だった。もっともそのせいで、後年、借金がかさんで夜逃げしていたが。

 ラオが落ち着くと、エラルドジェイはオヅマに問うた。

 

「…で、毛布を持ってきた奴らに言っておくのか? これは小公爵様の近侍であるオヅマ公子からの『(ほどこ)し』だって」

「いや」

 

 オヅマは即座に否定した。「いらないよ。そういうのは。むしろ言わないでくれ」

 不思議そうにエラルドジェイが首を傾げる。

 オヅマはフゥと軽くため息をついた。

 

「さっきも言ったろ? 俺は元々、貧しい小作人の(せがれ)だったからな。わかってんだ。民ってのは、簡単に味方にもなるけど、簡単に敵にもなる。そうしてどんどん貪欲になる。一度もらったら、二度目が欲しくなる。二度目を手に入れたら、よりいいものを欲しがるようになって、それに(こた)えていかないと、途端に手の平返して、くれた奴に文句言い出すんだ」

 

 それはジーモンが言っていたことだった。

 レーゲンブルトで、オヅマとオリヴェルに歴史を教えてくれていた老教授。

 その言葉を聞いたのは、授業後のお茶の席でだ。オリヴェルは今ひとつよくわからなかったようだが、それこそ平民でもあったオヅマには、妙に腑に落ちた。

 

「ほぉ…」

 

 ラオが感心したように唸り、エラルドジェイはククッと背を丸くして笑った。

 

「なるほどな。本当に、油断ならねぇガキだ」

 

 オヅマは少し得意げにニヤリと笑った。

 今回のことは、別にアドリアンの評判を高めたいというのではなく、ただのオヅマの意地悪だ。ハヴェルの……いや、あのフーゴを始めとする公爵邸でアドリアンをいじめてきた人間に対して、ちょっとばかし泡を吹かせてやりたい…というだけ。うまくいけば胸がすくし、いかなければそれはそれで構わない。

 お金はラオとサーサーラーアンに対しての、オヅマなりの慰謝料…のようなものだ。

 勝手なことだとは、わかっている。だがエラルドジェイを助けてくれたサーサーラーアンには感謝したかったし、ラオには別の商機を与えてやりたかった。それが正解なのかどうかは、わからないが……。

 

 とりあえず予想外の案件が一つ済むと、オヅマはようやく本来の目的についてラオに持ちかけた。

 

「頼みがある。というか、注文だ」

「んん? なんだ?」

 

 オヅマがその品について話すと、ラオは一気に困惑した顔になった。

 

「お前…どこでそんなもん……いや、それ…手に入れてどうするんだ? まさか…」

「心配しなくても、使うのは俺だよ」

「お前が? いや、お前が使うにしたって…」

「いいから! とにかく注文したから。前金で一金貨(ゼラ)払う」

「………」

 

 ラオは不承不承といった様子であったが、やはり商人らしく金で頷いた。

 一方、エラルドジェイは腕を組んだまま、厳しい顔で尋ねてきた。

 

「お前…それ、なんで必要なんだ?」

「まぁ色々ね。いずれは役に立つだろうかな、と思って」

「役に立つ…たって、お前、それは……」

 

 エラルドジェイは言いかけて、オヅマの顔に強固な意志を見て取ると、口を噤んだ。これ以上、何を言っても無駄だと悟ったのだろう。

 オヅマが注文したものは、およそ一般人の知り得るような代物(シロモノ)ではなかった。エラルドジェイのような裏稼業を生きてきた人間ですらも、話に聞いたことはあっても、実物を見たことはない。

 だが、()()()()()()()()()。知っているのであれば、エラルドジェイが危惧することも、十分にわかった上で頼んだのだろう。

 

「一応、探すにゃ探すが、そう簡単にゃ手に入らんぞ。一月(ひとつき)…いや、二月(ふたつき)ほどはかかるかもしれん」

「わかってるよ。エラルドジェイ、はい」

 

 オヅマが手を出すと、エラルドジェイがキョトンとその手を見つめる。

 

「ハイ? って…なんだ、この手?」

「一金貨(ゼラ)貸して」

「お前なー! さっきサーサーラーアンの布のお代だって、俺が立て替えてやったろうが!」

「わかってるよ。仕方ないだろ。手持ちがないんだから。ちゃんと返すって」

 

 近侍としてアールリンデンに来てから、ヴァルナルからは不自由しないようにと、定期的にお金を送ってくる。だが、やたらと衣装やらに浪費するテリィと違い、オヅマは滅多と使わないので、まぁまぁ貯まっていた。

 これといった使い道が思い浮かばないのだから、こうしたときに思いきり使ったほうがいいだろう。それでも足りなくなったら、アドルに借りねばならないだろうが…まぁ、必要経費と認めてもらえる…はず、だ。

 

「じゃ、頼んだ」

 

 用件が済むと、オヅマは店の外に出た。

 待っていたカイルの首を軽く叩いて、なにげなく振り返る。

 

『ホボポ雑貨店』

 

 その看板ですらも、ところどころ文字が読めず、切り貼りした板を繋げて作ったようなみすぼらしいものだ。

 オヅマはまた気分が沈んだ。

 これもまた、オヅマが母を助けたことで生じた、()との違いだ。

 何にとって、誰にとって、良かったのか悪かったのか……オヅマには判断できない。その資格もない。さっきは自らの心の平安のために、金で手をうつ、という一つの解決策を試みたものの、やはり(しこり)は残る。

 

「どうした?」

 

 見送りにきたエラルドジェイに問われると、オヅマは謝りたい衝動にかられた。だが、唇を噛み締め目を伏せる。

 ここで謝ったところで、エラルドジェイに許しを乞うたところで、何になるだろう。

 二年前、エラルドジェイを助けたのはサーサーラーアンだ。オヅマではない。

 助けられたかもしれなかった……などと言ったところで、何の意味がある? 言って、自分の気持ちが平穏になることもない。

 エラルドジェイは何かしら感じ取ったのだろう。ポリポリと耳の裏を掻きながら言った。

 

「お前さぁ…その、夢っての? あんまり考えすぎるなよ」

「………考えてるわけじゃない。フッと浮かんでくるんだ。夢で見たな…って、思い出しちゃうんだよ」

 

 その言葉を聞いて、エラルドジェイは少しためらいがちに言った。

 

「俺、お前のことで言うか言わないか、迷ってたことがあるんだけど……」

 

 珍しく逡巡(しゅんじゅん)するエラルドジェイに、オヅマは薄紫の瞳を(またた)かせる。

 

「なに?」

「お前、気付いてるか? 時々、お前の目、金色に光るんだ」

「は?」

「俺も初めて見たときには見間違えかと思ったけど……。この前もさ、あの、妙な集団 ―― 『祈りの手』だっけ? あそこの若い医者に怒鳴ったことがあったろ? あの時も、ちょっと光ってたんだよな」

 

 オヅマはエラルドジェイの話を聞きながら、訳がわからず混乱した。

 

「ジェイ。アンタ、まさかそれ……金龍眼(きんりょうがん)とか思ってる?」

 

 エラルドジェイの言う『金に光る目』というのは、一般的には金龍眼(きんりょうがん)と呼ばれ、それを持ち得るのは皇家(こうけ)の血を引く者だけだ。

 初代皇帝・エドヴァルドの息子であったヴェルトリスに現れた後には、五代目までは皇帝に引き継がれたが、戦争や政変があったりする中で、金龍眼を持つ皇帝は消えていった。金龍眼が皇帝の証とされて、それを持っていた皇帝を弑逆(しいぎゃく)し、その目玉をくり抜くなどの蛮行(ばんこう)が行われたためだ。

 その後、時々忽然(こつぜん)皇家(こうけ)の中に金龍眼持ちが現れたが、過去の忌まわしい歴史をふまえ、その瞳は必ずしも皇帝となることを約すものではなくなった。

 

 それでもやはり、金龍眼を持つということは特別なことであった。

 その瞳には何かしらの不可思議な力が宿っているとも言われ、サラ=ティナ女神を始めとする神々の恩恵を受けるのだと、まことしやかに語られた。

(もっともその瞳のせいで殺された歴史を(かんが)みるに、この伝承が皇家(こうけ)の権威付けのための作り話であろうことは、多くの学者の認識するところである)

 こうした恣意的(しいてき)な話もあるように、金龍眼に関する伝承は多く不確かであったが、唯一事実とされていることがあった。それは、この金龍眼を持つ者が、同時代に一人しか現れない、ということだ。

 

「……うーん…」

 

 即答できないエラルドジェイの真面目な顔を見て、オヅマは徐々に唇を歪め、しまいにプハッと噴いた。

 

「ハハッ! ハハハハッ!! おっかしい…可笑(おか)しいだろ、そんなの! ハハッ」

 

 オヅマは笑った。腹を抱えて。何度も「可笑しい、可笑しい」と繰り返しながら。まるで念じるかのように、何度も。

 オヅマがあまりにも笑うので、異変を感じたカイルが軽く(いなな)いた。オヅマは隣で身を震わせる馬に、ようやく笑いをおさめた。軽く首を撫でてカイルを落ち着かせたが、自分はまだ落ち着かない。異様な早口で、エラルドジェイ相手にまくしたてる。

 

「俺に皇家(こうけ)の血でも入ってるって言う気か? ついこの間まで、豆猿(まめざる)相手に喚き散らしてたのに? スジュの実、当てられまくって、洗濯草でブツブツ文句言いながら洗濯してたんだぞ? ハルカと二人で朝から(まき)運んで、山越えて、クタクタになって……アンタにだって散々に打ち込まれて、膏薬(こうやく)塗りすぎて気分が悪くなって……」

「わかったわかったわかった。……俺の見間違いだ」

 

 エラルドジェイは取り憑かれたように言い立てるオヅマに、ちょっと狂気じみたものを感じて、とりあえず撤回した。

 だが、オヅマはまだ否定を重ねる。

 

「だいたい、今、金龍眼(きんりょうがん)を持ってるのは皇太子だろ? だから皇帝も息子を猫可愛がりしまくってる、っていうじゃないか……」

「ん? いや、それは…」

 

 エラルドジェイはオヅマが勘違いしていると思い、訂正しかけたが、やめておいた。今のオヅマに正確な情報を伝えても、より混乱しかねない。

 

「あぁ、うん。そうだな。お前の言う通りだ。俺の錯覚だよ。悪い悪い」

「……っとに、メグスリノキでも煎じて飲んでおけよ」

 

 エラルドジェイに素直に謝られると、オヅマはようやく矛先を降ろした。

 自分でもどうしてこんなに興奮したのか、あるいは動揺したのかわからない。

 軽く息を吐いて気を取り直すと、カイルにまたがった。

 

「じゃ、とりあえず俺、公爵邸に戻るから。……色々、世話になったな」

「しんみりしたこと言ってやがるけど、金、返せよ」

 

 ムッスリとエラルドジェイが言うと、オヅマは朗らかに笑った。

 

「わかってるって。明日にでも、ちゃんと持ってくるさ」

「おぅ。利子一割な」

「どんな高利貸しだよ!」

 

 ふざけたやり取りがオヅマには心地よかった。

 これこそが自分の望んでいたこと、自らの選択によってもたらされた喜びだ。

 手を振ってエラルドジェイと別れ、公爵邸へとカイルを走らせるオヅマの心から、後悔ばかりの()が、少しだけ(ほど)けて溶けていった……。

 

 

 




次回は2023.12.03.更新予定です。
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