昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第十四話 騎士は堂々たるべし

 領主館の春は穏やかに過ぎ、初夏の様相となってきていた。

 

 ネストリはヴァルナルからよほどにお灸を据えられたのか、オヅマらに対する態度は極めて事務的ながら概ね平静だった。それでも陰口や、婉曲な嫌味は時折言われたが。

 

 これまでの下男としての仕事や騎士団での訓練に加えて勉強までする羽目になったオヅマは、以前のようにオリヴェルに会っても遊んだりすることはなくなっていた。

 

 来ればたいがい騎士団のことばかり話すオヅマに、マリーは「面白くなーい」とソッポを向いて絵を描いたりしていたが、オリヴェルは熱心に聞いていた。

 

 今日もオヅマが子供の黒角馬が最近どんどん大きくなってきて、気性が荒くなり、騎士達の髪をむしり取ったりするようになって、頭髪の薄くなってきていたゾダルがやられて半泣きになったことを話していると、オリヴェルは大笑いをした後、少しだけ寂しそうにつぶやいた。

 

「いいなぁ…楽しそうで…」

「お前さ、そんなに興味あるんなら、見に来たら?」

 

 オヅマの提案に、オリヴェルは悲しげに首を振った。

 新しい医師の助言もあって、随分と体を動かすようになってきたが、少しでも無理をすると、その夜には体調を崩した。

 

 この前も気分が良いからと庭を散策していたのだが、マリーがパウル爺を見つけて一緒に庭いじりを始めると、オリヴェルはその様子を眺めているうちに倒れてしまったのだ。

 それ以来、オリヴェルはすっかり自信を失くし、また外に出なくなってしまった。

 

「もう暑くなってきましたからね…」

 

 ミーナがそれとなく同意すると、オヅマは口を尖らせる。

 

「まだ緑清(りょくせい)の月だってのに、どこが暑いって言うんだよ」

「あなたには平気でも、若君には季節変わりの急な暑さは(こた)えるの」

「あーあ! 面倒くさい!!」

 

 オヅマが苛々して叫ぶと、ミーナはキュッと眉を寄せた。

 

 近頃のオヅマの言動は少々目に余る。

 騎士団で勉強を見てもらい、稽古をつけてもらうようになって、自信を持つのはけっこうだが、通り越して不遜な態度は問題だった。

 

「オヅマ! 物言いに気をつけなさい!! 若君やご領主様が許して下さっているからって、あなたは図に乗りすぎです!」

 

 久しぶりに叱られ、オヅマはビクリとなりつつも、ムッとミーナを睨みつけた。

 

「なんだよ! 友達なんだから、それくらいのこと言うだろ!」

「友達でいることを()()()()()()んです! (わきま)えなさい!!」

「そんなの知るか!」

 

 オヅマが怒鳴った途端、マリーが泣き喚いた。

 

「わあぁぁん!! お兄ちゃん、お母さんを怒らないでぇよぉ」

 

 マリーは遊び疲れてソファでうたた寝していたのだが、母と兄の言い争う声でうっすらと目を覚ましていたのだ。

 

 オヅマの怒鳴り声でパチリと目を開くと、剣呑たる兄の形相を見て、一気に恐怖に襲われ、身を震わせた。

 

「やだあぁ! お母さんを叩かないでぇ!」

 

 目覚めたばかりで混乱しているのか、マリーはしゃくりあげて泣きながら、ミーナのところへ行こうとして転んだ。

 オヅマが走り寄る前に、オリヴェルが素早くマリーを助け起こす。

 

「大丈夫だよ、マリー。オヅマは叩こうなんてしていないよ」

 

 そっと抱きしめながら、背をさすってなだめる。

 

 オヅマはその場で唇を噛み締めていた。

 マリーが自分と、あの()を重ねて怖がっていることが、ひどく理不尽に思えた。

 ずっとあの()から守ってきたのは、自分だというのに……。

 

「オヅマ…」

 

 ミーナがそっと肩に手をのせてくるのを、オヅマは拒絶して乱暴に払う。

 

「オヅマ!」

 

 オリヴェルが咎めるように声を上げる。

 

 わかっている。自分が言い過ぎたのだ。自分勝手なことを言って、ミーナに叱られて、反省するどころか一人怒っている。

 

 オヅマは拳をつくって、握りしめた。

 クルリと踵を返して、無言でオリヴェルの部屋を後にした。

 

 

 

 

「謝ってこい」

 

 マッケネンの答えは単純明快だった。

 

「………」

 

 オヅマは押し黙ったまま、目も合わせない。

 マッケネンはフゥと溜息をついた。

 

 仏頂面で修練場に現れるなり、ひたすら木刀の素振りをし始めたオヅマを見て、その場にいた騎士は誰もが異変を感じた。

 周囲からの視線の集中砲火を浴びたマッケネンが仕方なくオヅマに理由を聞く羽目になったのだが、なかなかオヅマは口を割らなかった。

 その後、剣撃訓練の相手をしてやってから、ようやく口を開いた。

 

 そこで母親と喧嘩して、妹に泣かれ、若君に咎められ、いたたまれなくなって飛び出してきたことを聞き、出てきたのがさっきの答えだった。

 

「……………嫌だ」

 

 ボソリとオヅマがつぶやくと同時に、マッケネンはベシリと頭を叩く。

 

()ッ!」

「阿呆が。お前が悪いだろうが。そんなこともわからないほど阿呆なら、騎士になるなんぞ諦めるんだな。女子供をいたぶるような男は騎士になれんのだ」

「俺は叩いてない!」

「実際に手が出ているかどうかじゃない。度量の問題だ。お前は極めて了見が狭い」

「……俺馬鹿だから、何言ってるかわかんねー」

 

 再び、今度はゲンコツが頭に降ってきた。

 

「痛ッ! ………マッケネンさんの方が手が出てるじゃねぇか!」

「悪いか。俺の方が悪いと思うなら、ご領主様に言えばいい。言えるか? お前のその短気で傲慢な態度も含めて説明する必要があるぞ」

 

 オヅマは途端に黙り込んでうつむく。

 マッケネンはふぅと吐息をついた。どうやら悪いことをした自覚はあるらしい。

 

「いいか、オヅマ」

 

 マッケネンは優しく諭した。

 

「騎士というのはいつも堂々としていなければならない。堂々と胸を張っているためには、いつも心が明快でないと駄目なんだ。今のお前は堂々としているか? 騎士として、己に間違いがないと、胸を張っていられるか?」

 

 オヅマは黙ったまま、それでもプルプルと首を振った。

 

「だったら、今お前がすべきことは、忠告してくれた母親に謝ることだ。確かにご領主様は、若君の友達でいてくれとお前に頼んだが、やはり()(わきま)えなければならない。それは必要なことなんだ」

「…………わかってる」

 

 オヅマは震える声でつぶやいた。

 

「でも、俺…見せたかったんだ。オリヴェルに…」

 

 マッケネンはフフンと笑った。

 

「お前…自分のいいトコを見せたかったんだろ? 若君に自慢したかったんだな?」

「………」

 

 オヅマは一気に赤くなった。

 それまでハッキリと自覚していなかったが、マッケネンに言われてみると、なるほどそうだった。

 

 子供っぽい自分勝手な感情で、オリヴェルに見せて、単純に「すごい!」と言わせたかっただけだ。

 

 マッケネンが声を上げて笑う前に、こっそり聞いていたゴアンが大笑いしながら、柱から現れた。

 

「ハッハッハッハッ!! オヅマもまだまだ小僧だな~ッ」

 

 大きなダミ声が修練場一帯に響き渡る。

 

「う…っ、うっせえ! なに勝手に聞いてんだよ!」

「いつもは若君に会いに行ったら上機嫌で帰ってくるお前が、いかにも何かありました~ってな顔して戻って来るから、何があったか気になるじゃねぇか」

「そんな顔してない!」

「まるきりわかりやすく出てたけどな。オラ! さっさと謝って来い!」

 

 バシッとゴアンが背を容赦なく叩いてくる。オヅマは痛みに顔を顰めながら、ゴアンを睨みつけた。

 

「……わかったよ」

 

 むくれた顔で、渋々了承する。手早く稽古道具を片付けてから、何度も溜息をつきながら帰って行った。

 

 ゴアンはヒラヒラと手を振ってオヅマを送り出してから、マッケネンの肩を小突いた。

 

「オイ」

「なんだ?」

「お前、さっきの騎士の心得…領主様の受け売りだろ?」

「………知ってたのか」

 

 マッケネンは軽く頬を赤らめた。

 実のところ、騎士は堂々たるべし…という訓戒は、ヴァルナルが言っていたことだった。

 

 しかしいつもなら混ぜっ返すゴアンは少し自嘲めいた顔になって、昔話を始めた。

 

「昔、傭兵だったクセが抜けなくってなァ。南部の戦で落とした城でちょいとばか盗んじまったのさ。その時にヴァルナル様が全員を招集して、さっきのことを言ったんだ。俺は…なんかモヤモヤしちまって、どうにも居心地が悪くなって、その場で名乗り出たんだ。略奪なんぞ、許されるわけもないからな。正直、処刑されるのも覚悟してたんだが…当面の減俸と、騎士権の三ヶ月停止で済んだ。あの場で素直に白状したことで、情状酌量されたんだ」

 

「……素直に言わなかったら大変なことになっていたな」

「あぁ。一月(ひとつき)後に見つかった奴らは、即座に斬首されたよ」

 

 マッケネンは無言で何度も頷いた。

 

 ヴァルナルの温情は苛烈さと表裏一体だ。

 今のところ、オヅマも子供であることも含めて、大目に見てもらえているが、あの態度をいつまでも貫いていたら、いつか厳しく叱責されるだろう。

 

「ミーナ殿が賢くていらしてよかった」

「まったくだ。そういや、知ってるか? なんと今日また領主様から手紙が来たんだってさ。ミーナに」

「また? この前、公爵領に着いたって来たばかりじゃなかったか?」

「そうだよ。もう三通目だとよ。去年とは大違いだ」

「なるほど…女中達が騒ぐわけだ」

「いい加減、あの人もやる気になってきたんだな。いや、良かったよかった」

 

 ゴアンが無邪気に喜んでいるのを、マッケネンはややあきれたように見ていた。

 

 実際に、一召使いが領主と一緒になることなどあるのだろうか?

 身分違いの恋。それこそ、婦女子の好きそうな夢物語ではないか。

 それに、もし万が一、ミーナとヴァルナルが結婚するようなことになれば、オヅマは領主様の息子という立場になる。

 

「…………」

 

 そこまで考えて、マッケネンはいや、と真面目な顔になる。

 ヴァルナルがオヅマの才能を相当にかっているのは確かなことだ。何せ、副官であるカールと、アルベルトという、レーゲンブルト騎士団における実力トップである二人に稽古をつけさせているのだから。

 

 あるいは…ヴァルナルはミーナへの恋慕とは別の意味でも、結婚をすすめるかもしれない。

 それに元々貴族の出でもないヴァルナルにとっては、身分の隔たりはさほど気にならない。むしろ先妻もそうであったが、貴族令嬢などの方が合わなそうだ。

 

「うん…有り得るかもしれんな……」

 

 いつもはその手の話は馬鹿にしたように皮肉を言うマッケネンが、真剣な顔でつぶやくのを、ゴアンは不思議そうに見ていた。

 

 

 






次回は2022年5月29日20:00の更新予定です。

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