昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第百八十六話 ペトラ・アベニウス

 少しだけ時間は戻って、オヅマらがレーゲンブルトに向かう直前。

 

 オヅマがティアと一緒に早朝の人気(ひとけ)の少ない道を歩いていると、黒角馬(くろつのうま)に騎乗したヤミ・トゥリトゥデスとばったり行き合った。

 

「おや……これはこれは。お二人で、ご旅行ですか?」

 

 旅装姿のティアと、大きな布袋(ぬのぶくろ)を肩に(かつ)いだオヅマの姿は、さすがにそこらでの買い物だとは言いにくかった。しかもまだ(いち)も開かれていない時間帯だ。

 

「レーゲンブルトにティアを連れていく」

 

 堂々と隠すことなく言うと、ヤミはかすかに眉を動かした。

 

「ほぉ、それはまた。家令殿(かれいどの)からそのような指示があったのですか?」

「そんなわけねーだろ。まだ、向こうからはなしのつぶてだよ。俺がレーゲンブルトに行かないといけなくなったから、ティアも連れて行くことにしたんだ」

成程(なるほど)……」

 

 ヤミはチラリとティアを見てから、ニヤリと笑った。

 

「さぞかし、あの小役人はあわてることでしょうね」

「知るか。だいたいアイツ、なんか信用できないんだよ。ティアの様子も見に来ないし、ちゃんとルンビックの爺さんに報告したのかも怪しいし。―― で、ヤミ卿は? もしかして帝都に戻るのか?」

 

 オヅマはヤミの姿を見て尋ねた。

 それこそ前回に見たときのラフな格好と違い、きちんとグレヴィリウス家の騎士服に身を包み、黒角馬にも荷が下げられている。こちらもそうだが、ヤミもこれから旅に出ていくような身なりだ。

 

「えぇ、まぁ……一応」

 

 少し警戒をにじませながらヤミが返答すると、オヅマは「そりゃ都合がいい」とつぶやきながら、ゴソゴソとベルトに挟んでおいた手紙の入った筒を取り出した。

 

「じゃあ、これ、ルンビックの爺さんに届けてもらえないか? どうせそろそろあっちも帝都を出発()つ頃だろうから、途中で渡してもらってもいいし」

 

 ヤミはオヅマの差し出した手紙をすぐに受け取ろうとはしなかった。じっと見てから問いかける。

 

「……その役目を私が負う理由がありますか?」

「もちろん、あるだろ。ヤミ卿はグレヴィリウスの騎士で、ティアはグレヴィリウスの子だ。公女の居場所について家令に知らせることは、配下の騎士としては当然で、重要な任務だろ」

 

 ヤミは(しか)めっ面になったものの、最終的にはオヅマの手紙を受け取った。ふん、と面白くなさそうに鼻をならしてから、またいつもの薄笑いを浮かべる。

 

「私がこの手紙を家令殿に渡さなかったら、どうします?」

「単なる職務怠慢だろ。あんたが手紙を渡さなくたって、遅かれ早かれ、ティアのことはルンビックの爺さんに伝わるよ。帝都からアドル達が戻ってきたら、俺もアールリンデンに帰るからな。そのときに言うだけのことさ」

「さぞ叱責(しっせき)されることでしょうね」

「だから?」

 

 オヅマがあえてふてぶてしく答えると、ヤミはククッと声に出して笑ってから快諾(かいだく)した。

 

「いいでしょう。この手紙は確かに家令殿にお渡ししますよ。オヅマ公子(こうし)

 

 

***

 

 

 そのオヅマからの手紙を帝都で受け取ったルンビックは困惑した。

 十日以上前にアベニウス母娘(おやこ )の監視員であるサルシムから定期報告書が届き、そこにはペトラの死亡についてなど一言も触れられていなかったからだ。

 いつもとほぼ変わらず……多少の違いがあるとすれば、またペトラの酒量が増えてきて、医者に(かか)ることが頻繁であるということくらいで、その娘のサラ=クリスティアについては、前回と全く同じ文面だった。

 (いわ)く「特に問題なく、暮らしている模様」。

 

 だが一方、オヅマからの手紙にはペトラの死亡と、サラ=クリスティアを連れてレーゲンブルトに向かうことが書かれている。

 

 ルンビックは思案の後、公爵の懐刀(ふところがたな)であるところの騎士団団長代理、ルーカス・ベントソン卿に相談した。

 というのも数日前にルーカスがやってきて、アベニウス母娘(おやこ)について、何か変わったことはなかったかと、聞いてきたからだ。ルンビックがサルシムから送られてきた報告書を見せると、ルーカスはざっと読み、「特に変わりありませんな」とだけ言って、わざわざやって来た詳細については語らなかった。

 

 ルンビックの要請で再び現れたルーカスは、オヅマからの手紙を読んでまず一言。

 

「オヅマも隅に置けませんな」

 

 ルンビックは眉を寄せつつも、公爵の右腕であるルーカスのこうした性格については熟知していたので、今更声を荒げることはしなかった。

 

「オヅマがサラ=クリスティア嬢と出会ったことについてはさておき、今はペトラが死んだという事実についてだ。ベントソン卿の見解を伺ってもよいかな?」

 

 ルーカスはクスリと笑った。

 

「その前にはっきりさせておきましょう。家令殿はオヅマが嘘をついているとお考えか? それともサルシム行政官か?」

「そのようなこと……聞くまでもない。嘘をついておるのはサルシムであろう」

「偶然ですな。私もそう思います」

「白々しいことを申すな。オヅマが……あの筆無精がわざわざ(わし)あてに嘘の手紙など書いて寄越すものか。筆跡も見たが、オヅマの字に相違ない。それに貴殿がこの前に来たときに、アベニウス母娘(おやこ)のことを尋ねたろう? もうその時には知っておったのではないのか?」

 

 ルーカスは黙したまま、ニンマリと微笑する。

 ルンビックは軽く首を振った。

 おそらく彼独自のルートで、ペトラ死亡の情報を手に入れたのだろう。どのように手に入れたのかなどと、ルンビックは尋ねる気はなかった。そうしたことは互いに触れずにおくものだ。

 

 一方、ルーカスは微笑の裏でめまぐるしく思考していた。

 ルンビックが推測したように、ルーカスは『ペトラ・アベニウス死亡』についての情報を既に掴んでいた。四日前、ハヴェルの屋敷に潜ませている手下(てか)の者が報せてきたのだ。

 聞いたとき、ルーカスは脳裏に浮かんだ女の姿に、皮肉っぽく口元をゆがませた。

 リーディエと同じ鴇色(ときいろ)の髪を持ちながらも、その品性においてはまったく似ていなかった、哀れな女。いつもオドオドと挙動不審な、それでいて急にヒステリックに怒り出す愚かで無知な女 ―――

 

 

 

 ペトラ・アベニウス。

 

 田舎の役人の娘であったペトラは、縁戚であった元公爵夫人・リーディエと容貌が似ているというその一点でもって、グレヴィリウス公爵家にやって来た。

 表向きは公爵に(つか)える侍女という(てい)で。

 彼女を連れてきたのは、彼女の父が(つか)えていた領主・アールバリ伯爵であったが、裏で糸を引いていたのがヨセフィーナ・グルンデン侯爵夫人であるのは間違いなかった。社交界にデビューもしていなかった、ペトラの付添人まで買って出るほどであったから。

 それだけではない。ことこうした工作において、女狐(ヨセフィーナ)は用意周到だった。

 

 既に退職していた女中頭を半ば脅迫して連れてきて、立ち居振る舞いから食の好みに至るまで、徹底的にペトラをリーディエに似せたのだ。

 元より稀少な鴇色(ときいろ)の髪はそのままに、やや太り気味であったのを強引なまでの食事制限で痩せさせて、多少面長に見える顔は念入りに化粧して誤魔化し……ペトラは必死にリーディエになろうと努めた。そうなれば自分も愛されると思っていた。いや、思い込まされていた。

 

 しかし公爵エリアスが、見た目だけ似せたペトラに心を開くことはなかった。

 当然だ。どれだけ似せても、ペトラがリーディエ本人になれるはずもない。

 リーディエの打てば響くような煥発(かんぱつ)さは、ペトラには皆無(かいむ)だった。

 みずみずしいまでの感性と、深い洞察。新たな芸術や学問への強い探求心。一方で身分の貴賤を問わず向ける眼差しは比類ないほどに優しく、情け深かった。

 あのような女性が、そうおいそれと出現するわけがない。いくら外を取り繕っても、中身が伴わないペトラは、ただのハリボテでしかなかった。

 

 あるいは女狐(ヨセフィーナ)はこの時点で、ペトラを見限ろうとしていたかもしれない。

 その危機感がペトラを常になく大胆にさせたのか……。

 彼女は一計を案じた。

 公爵付きの執事に直談判して、エリアスの寝所に手引きするよう頼み込んだのだ。

 

 むろん普段であれば、善良で真面目な執事が、そのようなことを了承するはずもない。だがリーディエを亡くして以降一年近く、不眠によるエリアスの心身の状態は深刻だった。まるでリーディエを失った空白を埋めるかのように、ちょうどそのときに南部戦役が再燃しようかという慌ただしさもあって、なおのことエリアスは仕事に没頭した。

 ルーカスも気付きながら、自身もまた戦の準備に忙しく、十分に公爵の健康状態について配慮することができなかった。

 

 善良で真面目な執事は悩んだ末、きっと忠義心からペトラに望みを託したのであろう。

 彼もまた、この公爵家がもっとも美しく軽やかな笑い声に包まれていた日々を知っていた一人であった。

 以前と同じとまではいかずとも、ペトラの献身によって公爵に癒やしが訪れることを、心から祈っていたのだろう。(思慮は足らずとも、ペトラが懸命にエリアスに尽くそうとしたのは本心であったろうから)

 

 ペトラは執事の手引きで、とうとうエリアスの寝所に忍び込んだ。

 不眠症であった公爵は、薬香を焚いて寝るようになっていたのだが、どうやらこれも催淫・幻覚作用のあるものに変えられたようだ。

 

 そうして一夜を共にしたあと、公爵は自分の行為を嫌悪しつつも、同時にやはりリーディエに似ているペトラを、どうしても遠ざけることができなかったのだろう。

 公爵夫人として認められることはなかったが、第二夫人として公爵邸に居住することを許された。

 ペトラはリーディエに比べれば愚鈍で、臆病な性格ではあったが、少なくともその時点においては、公爵の気に(さわ)る存在ではなかったのだ。

 だが公爵の子を妊娠してから、彼女の人生は転落の一途をたどった。

 おとなしく、ただ母親として、生まれてくる我が子を楽しみにしていればよかったものを、一体誰に何を吹き込まれたのか……。

 

 ある日、ペトラは小公爵の住居である七竈(ナナカマド)の館に入り込み、幼いアドリアンを殺害しようとした。

 しかし凶行は失敗に終わった。

 そのとき、アドリアンをかばって死亡したのは、例の善良なる執事だった。

 彼は最期まで己の愚かな選択を悔い、死をもって自らの責任を全うした。

 

 その後、ペトラについて、公爵の処理は淡々としたものだった。

 公爵邸からの追放、アールリンデンにある小さな館での蟄居(ちっきょ)謹慎(きんしん)

 以降、公爵の関心がペトラに戻ることはなかった。

 

 女狐のほうも、アドリアン殺害に失敗した時点で、素早く切り捨てた。

 巧妙な黒幕は、ペトラが何も言えないように、あくまでも彼女が自分自身の欲望によって、アドリアンを殺そうとしたのだと言わしめた。おそらく、罪の一切を認めれば、死を免れることができるなどと、うまく誘導したのだろう。

 

 最終的にペトラの一縷(いちる)の望みとなったのは腹の子だったが、それも女児であった時点で、はかなく消え去ったのだった。―――

 

 

 

 四日前の時点でペトラ死亡の一報を受けていたルーカスではあったが、正規のルートではなかったため、情報としては不確定要素を多分に含んでいた。裏を取るためにルンビックのもとに出向いて、アベニウス母娘(おやこ)の現状について確認したのだが、サルシムからの報告書に死亡の事実はない。ルーカスは真偽を確かめるべく、アールリンデンに騎士を派遣したが、その報告を受ける前にやってきたのがオヅマの手紙だったのだ。

 間者(かんじゃ)からの情報が正しいのだという確信を得て、ルーカスはもう一度、サルシムからの報告書の日付を見た。

 落穂(おちほ)(つき)三日。封筒に押された印章の書簡受取日はその翌日だ。

 

「……オヅマの手紙では、ペトラが亡くなったのは前月の新生(しんせい)(つき)末日。加えて監視官でもあるサルシムにも伝えたとある。これはサルシムは言い逃れできませんね。さて、家令殿(かれいどの)はどうしてサルシムがこのような虚偽を働いたと思われますか?」

 

 ルンビックは苛立ちを眉間ににじませながら、苦々しく言った。

 

「人の欲というは、心弱き者には(あらが)えぬものよ。大方(おおかた)、サルシムはアベニウス母娘(おやこ)の生活費用を着服(ちゃくふく)でもしておったのだろう。証拠もなく、断言はできぬが……」

「まぁ、そのようなところでしょうな。所詮は公爵家から見放された女と、見下していたのでしょう。実際、私もすっかり忘れておりましたしね。銀行には連絡されましたか?」

 

 給付金は定例報告書をルンビックが受け取って確認した後、銀行からアールリンデン行政府に支払われる。それをサルシムが出納課(すいとうか)から受け取り、アベニウス母娘(おやこ)に渡すことになっていた。

 

「報告書が届いてすぐに、銀行には給付の裁可を通達しておる。おそらく給付金は既にサルシムの手に渡っておるだろう」

「管財人も奴であったのですか?」

「当初は別の人間がやっていたようだが、(さき)の管財人が高齢で辞めたあとは、サルシムが一手に引き受けておったようだ。今回の件で調べたら、帳簿がすべてサルシムの手によるものであった」

 

 自らの不注意にルンビックが後悔をにじませると、ルーカスは軽い調子で慰めた。

 

「仕方ないことです。この大グレヴィリウス家を取り仕切る家令殿が、顔も知らぬ一行政官の素行をいちいち調べ回っていては、寿命が百年あっても足りませんよ」

「サルシムについてもそうだが、第二夫人についても、今少し配慮すべきであった」

 

 ルンビックはペトラに憐憫の情をみせたが、ルーカスは同意しなかった。

 本来であれば、アドリアンの命を狙ったことで、斬首されても仕方ない女だ。情けをかけるべき相手ではない。

 だが、その娘については確かに、もう少し考えてやるべきであったかもしれない。

 認知されていないとはいえ、曲がりなりにも公爵閣下の血を引く娘だ。

 ハヴェルの屋敷に忍ばせた間諜(かんちょう)からの情報によると、()()()がペトラ死亡の情報を得て、真っ先に指示したのは、サラ=クリスティアの確保だった。『公爵の娘』という()を手に入れて、その母同様に利用しようとしていたのだろう。

 

 そこまで考えて、ルーカスは思わずフフッと肩を震わせて笑った。

 そんな小狡(こずる)い大人たちの目の前から、お姫様を掻っ攫っていった騎士となったわけだ……あの小生意気な坊主が。まったく、してやってくれる。

 

「なにを笑っておるのだ?」

 

 気難しい顔で問いかけてくるルンビックに、ルーカスは肩をすくめた。

 

「いえ。オヅマがなかなかうまく動いてくれたと思いましてね。もっとも、当人は何もわかっていないでしょうが」

「ふむ、そうだな。サルシムもまさかオヅマが直接私に知らせるとは思ってなかったのだろうて。オヅマは案外とあれで律儀者だ。私を心配させまいとしたのであろう」

「サルシムにすれば、所詮は子供と(あなど)っておったのでしょうな。まったく浅はかな男だ」

 

 ルーカスは笑みを浮かべつつ、吐き捨てるように言ってから、「そういえば」と話を変えた。

 

「オヅマの手紙はずいぶんと早く届きましたね。速信でもないのに」

「それなら、この手紙を届けてくれたのはトゥリトゥデス卿だ。黒角馬(くろつのうま)にて帰参したようでな。ついでにとオヅマから手紙を言付(ことづ)かったらしい」

「ほぉ」

 

 ルーカスはますます(たの)しげに笑った。「それは重畳(ちょうじょう)

 

 

***

 

 

 自分の執務室に戻ってきたルーカスは、すぐさまヤミ・トゥリトゥデス卿を呼んだ。

 相変わらず艶麗(えんれい)なる顔に、十日近く馬に乗って移動した疲れはあまり見られない。こういう顔に似合わぬ頑健さも、ルーカスは評価していた。当人には絶対言ってやらないが。

 

「アールリンデンからの帰参、ご苦労だったな。ヤミ卿」

「は。仕事も終わりましたゆえ」

「といっても、数日もすれば我らも帝都を出発する予定だがな。ヤミ卿には気忙しくさせて、申し訳ないことだ」

「とんでもございません。この程度のこと」

「そうか? そう言ってもらえると助かるな。実は、ヤミ卿には先にアールリンデンに戻ってもらいたいんだ」

 

 ルーカスがぬけぬけと言うと、ヤミはさすがに眉を寄せた。

 

「…………はい?」

「ま、聞け。(けい)はオヅマの手紙を持って来てくれたな。大変助かった。それで新たに仕事があってな」

「……サルシムの逮捕ですか?」

 

 ヤミがすぐに指摘すると、ルーカスは目を細めた。

 

「なんだ。卿も事情は察していたのか?」

「そうですね。サルシム当人にも直接会いました。小役人風情のわりに、金回りはいいようですよ。これは別の仕事ついでに、たまたま聞いた話ですがね」

「成程な。ではすまないが、そのサルシムの捕縛と、アベニウス母娘(おやこ)への生活費を横領したことについて、調査してもらえるか? あぁ、サルシムの家の捜査については、他の騎士たちにさせる。君に()()お願いしたいのは、()()()()()()への調査だ」

「…………」

 

 ヤミはルーカスの意味を持たせた言い方にすぐ気が付いた。ピクリと眉が動き、無表情にルーカスをじっと見つめる。

 

「サルシム本人への調査、というと?」

 

 あえて問うたのは、確実な言質(げんち)を得るためだ。

 ルーカスはすぐに意を汲んだが、それでも言葉は厳選された。

 

「こうしたことは、今後の見せしめとすべきだろう。公爵家の金を横領するなど、許されぬことだ。ましてそれが()()()()()()()()()()()()()()のならば……()()()()()()()()()()、しっかりと理解(わか)らせてやらないとな」

 

 ヤミはルーカスの言葉に目を細めて頷き、さらに問うた。

 

「それで……哀れなサルシムを利用した()()は誰とお考えで?」

「……そうだな。太った(てん)にするか、それとも紅毛(あかげ)(いたち)にするか。いずれ帝都から戻ったときには、愉しい戯場(ぎじょう)にご招待するとしようか」

 

 ルーカスの話を最後まで聞き終えると、ヤミはにっこり微笑んだ。

 

「以前言ったことを覚えておられたようで、ありがたいことです。早速、向かうことにいたしましょう」

 

 そう言って踵を返したヤミの顔が、喜悦に歪む。

 

 ルーカスは大股に歩き去って行くヤミの後ろ姿を冷たく見送った。

 ふ……と、自らの心の(きし)みを感じて、ルーカスの頬に皮肉な笑みが浮かぶ。これからヤミが行うであろう行為を想像して、今更心が痛むようならば、そもそも許可を与えるべきではないのだ。

 

「悪党だな……」

 

 自嘲気味につぶやく。

 そうだ。正義などではない。利用できるものは、できうるかぎり効果的に利用するまでのこと。今までもそうしてきたし、これからもする。その先でいずれ、自分もみじめな最期を迎えるのだろう……。

 

 




次回は2024.04.14.更新予定です。
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