昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第百九十六話 虚実の戯場へ

 アールリンデンの公爵邸北端にある塔の地下。

 昼間でも一切光が射すことのないその場所は、黴臭く、淀んだ空気が堆積していた。

 そんな陰鬱な場所に連れて来られたセバスティアン・オルグレン男爵は、鼻をレースのハンカチで押さえながら、ブツブツ文句を言いながら歩いていた。

 

「まったく……帝都から戻ったばかりだというのに……冬の準備もせねばならんというのに、わざわざ呼びつけてこのような場所に連れてくるなど……何を考えておるのか……」

 

 季節は既に秋から冬へと向かっている。新年の上参訪詣(クリュ・トルムレスタン)を終えて各々の領地に戻った領主は、冬に向けての準備に追われる時期であった。もっともファルミナにおいて、実質的にそれらの差配をしていたのは、セバスティアンではなく、息子のセオドアであったが。

 

 廊下に点々と灯された松明(たいまつ)の明かり。そのわずかな光源すらも陰気に揺らめいている。空気さえも重いこの空間では、文句でも言わねば雰囲気に呑まれそうであったのかもしれない。

 一方で、父の後に続くセオドアは一言も発することなく、強張った顔で周囲を油断なく見回しながら歩を進める。天井から染み出した(しずく)がピトンと床に落ちる音にすら、いちいちビクついていた。

 

「まったくですね。(わたくし)までも呼ばれる理由が皆目(かいもく)わからぬのですが……」

 

 オルグレン男爵の文句に答えるフリをしつつ、先頭で松明を持って歩くルーカス・ベントソンに不満をぶつけたのは、ハヴェルの腹心でもあるアルビン・シャノルだった。

 口調だけは慇懃であったが、堅牢な鎧に包まれた背にじっとりとした視線を向ける。

 ルーカスは振り向くことなく彼らに言った。

 

「これから、罪人に会ってもらいます」

「罪人?」

「一体、誰です?」

「何のために……」

 

 三人の問いにルーカスは答えず、鉄格子の扉が目の前で開いた。

 

「ようこそ」

 

 扉を開けたらしい男の声だけがした。

 三人は互いに顔を見合わせてから、ルーカスに(うなが)されて扉をくぐる。細く暗い階段を降りると、冷たい石壁に囲まれた部屋に出た。地下の空気が(よど)むその部屋の隅には、拷問に使われるのであろう種々の道具が無造作に転がっている。

 壁の引掛鉤(フック)に架けられた二つの松明の間に、目隠しされ、両手足を鎖で繋がれた半裸の男の姿が見えた。

 

「はじめたまえ。トゥリトゥデス卿」

 

 ルーカスの声が冷酷に響く。

 暗がりから姿を現したのは、銀髪を短く刈った騎士らしき男だった。揺らぐ松明の明かりに照らされた顔は美しかったが、汚物の()えた臭いのするこの場において、うっとりとした微笑を浮かべる姿は、どこか人ならざるものを感じさせた。

 もちろんこの男がヤミであるのは言うまでもない。

 ルーカスから松明を受け取ると、ヤミは鎖で拘束されているサルシムにゆっくりと近づけた。

 

「ヒッ……ヒイィッ!! 熱いッ、熱いッ!」

 

 サルシムは顔をできうる限り火から遠ざけようとするが、冷たい石壁に阻まれて、逃げることができない。ジュワリと髪が焦げる音がして、なんとも言えぬ臭気が漂った。

 

「では始めようか、サルシム。お前はアベニウス母娘(おやこ)に支払われる生活費を横領していたな?」

「…………はい」

「そのことを知って、お前を脅してきたのは誰だ?」

 

 その質問は捕らわれてから、三人がやって来るこの日まで、何度も問われてきたことだった。当初は意味がわからず、ただただ自分の行った罪を素直に自白し、許しを乞うていたサルシムだったが、牢屋と拷問部屋を何度も往復するうちに、ようやく己の役割に思い至った。

 

「そ、そ……それは……セオドア・オル、グレン……公子」

 

 切れ切れにサルシムが言うと、即座に声をあげたのは当のセオドア本人だった。

 

「馬鹿な! そんなわけがあるものか!」

「一体、どういうことだ? セオドア!」

 

 オルグレン親子は二人して驚嘆し、騒ぎ立てたが、側にいたアルビンは静かに立ち尽くしていた。いつも薄笑いを浮かべた顔は、冷たくルーカスの横顔を見据えている。そのルーカスも腕を組んで、ヤミの拷問を受けるサルシムを無表情に見ていた。

 ヤミは尋問を再開したかったが、オルグレン家の二人がいつまでも騒いでいるのに、とうとうしびれを切らした。ズイ、とサルシムの髪を焼いた松明を二人に向けた。

 

「お静かに……まだ、尋問中です」

 

 自慢の巻き毛がもう少しで焼かれるところで、オルグレン男爵は怒鳴りかけた言葉を飲み込んだ。セオドアも二、三歩後退(あとずさ)る。

 ヤミは再びサルシムに松明を向けた。

 鼻先に熱を感じながら、サルシムは必死に()()した。

 

「セオドア公子は私が横領していることを知って、秘密の代償として私に金の一部を渡すようにと……強要してきました。オルグレン男爵も、公爵様から見捨てられた女に、金を与えるなどもったいないと……私の行為を認めてくださいました」

「知らん! 私はそんなことは知らん!!」

 

 オルグレン男爵はすっかりあわてていた。なんとしても自分だけは、目の前の男のような拷問からは逃れたかった。

 

「やったとすれば、セオドアが勝手にしたことだ!」

「ふざけたことを……私がそのようなことをする訳がないでしょう!」

 

 すぐさまセオドアも否定したが、父であるセバスティアンは、その息子をかばうどころか糾弾する。

 

「お前はニーバリ伯爵の娘と結婚するから物入りだと、執事に頻繁にこぼしておったではないか!」

「それは……! そういう父上とて賭博で負けて、土地を売ろうとなさっておられたでしょう!? いったい僕がどれだけ尻拭いしてきたと……」

 

 セオドアの言葉に男爵は真っ青になり、言い終わる前にバシリと息子の頬を打った。

 ファルミナの土地は、数代前のオルグレン男爵が公爵家から下賜された土地である。そのため、売買においては公爵家の了承を得ねばならなかった。もし了承を得ずに勝手に売り払った場合、当然ながら公爵家からの罰は相当のもの ―― 下手をすれば家門断絶の上で、領地も爵位も没収される可能性もあった。

 

 いきなり父から殴られたセオドアは呆然としていた。オルグレン男爵もすっかり混乱し、激しく肩を上下させ固まっていた。

 

「由々しき事態ですな」

 

 それまで黙っていたルーカスが口を開くと、フ……と笑ったのはアルビンだった。

 

「随分と凝った真似をなさっておられますが、このような罪人の言葉が証言になるとでも?」

「さぁ……私としては、こうしたことを聞いた以上、当人に伺うのが一番だろうと思ったまで」

 

 ルーカスが曖昧に言うと、アルビンはますます口を歪めた。

 

「拷問によって得た自白だけでは、オルグレン家を責めるには不十分であろうと思いますが」

「無論。だからこそ、こうして非公式に招いた上で、オルグレン男爵とセオドア公子の言い分を聞こうかと思いましてね。なにしろ、先程本人方々も仰言(おっしゃ)っていたように、セオドア公子は近くニーバリ伯爵家からご令嬢を迎え入れるにあたって、何かと物入りであるようですし、オルグレン男爵も賭博で大損したというのは、調べるまでもなく聞こえてくる話です。そうした事情があれば、横領の事実を知って脅迫し、金をせしめようとしてもおかしくはない」

「なるほど。だがオルグレン男爵もセオドア公子も、本件については冤罪であると申し述べている。これで事件の決着はつきましたね。この罪人が嘘をついているということです。まさか公爵の知恵袋と名高いベントソン卿が、我らに対して『()()()()()()()』をせよなどという、無体なことは仰言(おっしゃ)いませんよね?」

 

 アルビンの援護に、オルグレン親子も形勢逆転とばかりに言い立てる。

 

「そうだ! この男の方便だ! 自分だけが罰せられることが怖くて、嘘をついて我らにまで罪を被せようとしたのだ」

「このような嘘が通るものか!」

 

 アルビンはいつもの薄笑いに戻ると、丁重にルーカスに礼をしたあとに牢屋を出て行こうとして呼び止められた。

 

「お待ちください、シャノル卿。この男の罪は横領だけではございません」

 

 アルビンは眉を寄せて立ち止まった。ゆっくりと振り返った顔には、また白々しい笑顔を貼り付かせている。

 

「ほぉ。まだ何か嘘を吐き散らかしているのでしょうか?」

「さて、どうでしょう。彼のもう一つの罪は誘拐です」

「……誘拐?」

「えぇ。先頃亡くなられたペトラ・アベニウスの娘、サラ=クリスティア嬢を(さら)おうとしていたのです」

「…………ほぉ」

 

 アルビンはやや間を置いて相槌を打ったが、途端に心臓が跳ね上がっていた。ヒクヒクと頬の肉が強張る。

 ルーカスに目配せされ、ヤミは部屋の奥にある松明(たいまつ)へと火を灯した。周辺を照らす明かりの中に、鎖に繋がれ目と口を布で塞がれた初老の男が座り込んでいる。

 アルビンはその男を見て怪訝に首をかしげた。

 

「誰です?」

「バラーシュ()行政長官です」

 

 ルーカスが言った名前に、アルビンは愕然としてつぶやき返す。

 

「バラーシュ……行政長官……」

「ご存じですか? あぁ、いや、ご存じであるはずですね。この男はグルンデン家からの推薦があって、アールリンデンの行政職に就くことになったのですから」

 

 ルーカスの嫌味に、アルビンはギリッと奥歯を噛みしめた。動揺を隠すために、一度深呼吸してから、どうにかいつもの表情に戻る。

 

「さぁ……それも随分と昔のことで。私も最近では彼に会ったこともありませんでしたので。今も気付きませんでしたし」

「左様ですか。実はこのバラーシュがサラ=クリスティア嬢の誘拐をするようにと、サルシムを脅迫しておったのです」

「誘拐……脅迫……?」

「えぇ。バラーシュはサルシムの横領に気付いていたようなのです。本来であれば、それを知った時点で彼の罪を追及して(ただ)すべき立場にありながら、放置したばかりか、強請(ゆすり)のネタ ―― いや、失礼。少々口が悪くなりましたな。要はサルシムを脅迫して、彼にサラ=クリスティア嬢を(かどわ)かし、所定の場所まで連れてくるようにと指示したのです。幸い、そのときにはクリスティア嬢は館から移動しておりましたので、危機を逃れることができましたが。そういうわけですので、当然、彼にもなぜサラ=クリスティア嬢を誘拐しようとしたのか、その真意を訊きました」

 

 再びルーカスの目配せを受けて、ヤミはバラーシュの口に巻いていた布を取った。

 ルーカスはゆっくりと近寄ると、バラーシュに問いかけた。

 

「教えていただこうか、バラーシュ()行政長官。どうしてサラ=クリスティア嬢を(かどわ)かそうなどと考えたのか?」

 

 この数日間の尋問ですっかり気力の衰えていたバラーシュは、すらすらと答えた。

 

「シャノル卿から指示されたのです。ペトラが死亡したなら、娘を早急に確保して、シャノル卿がアールリンデンに戻ってくるまでの間、面倒を見ておくように……と」

「だがサラ=クリスティア嬢に関しての記憶が曖昧であったために、確実に娘のことを知っているであろうサルシムに頼んだと?」

「…………そうです」

「理由はそれだけか?」

「シャノル卿からの連絡を受けたのが、ちょうど新年の休暇中で……」

「愛人との逢瀬(おうせ)を邪魔されたくなかった、ということですね?」

 

 ヤミが皮肉をこめて尋ねると、バラーシュは力なくうなだれて肯定する。

 やり取りを見ていたアルビンは、握りしめた拳をワナワナと震わせた。

 

 バラーシュがサルシムを脅した理由……それはなんともお粗末なものだった。

 少し遅い新年休暇をもらったバラーシュは、愛人との小旅行に行く直前にアルビンからの手紙を受け取った。ただ開封したのは近郷の湯治場(とうじば)へと向かう途中で、『早急に』と命令されても、今更引き返すのも惜しい。

 そこでバラーシュは一計を案じた。サルシムに脅迫状を送りつけ、逗留先(とうりゅうさき)に連れて来させようと考えたのだ。

 無論、自分は直接交渉しない。

 愛人にサラ=クリスティアを()()()()()()、面倒を見させるつもりであった。(その費用もサルシムから巻き上げるつもりだった。)

 

 バラーシュとしてはせっかくの休暇中に面倒事をかかえたくなかったのと、最近、鼻持ちならない態度をとるようになったサルシムを、少々懲らしめてやろうという、軽い悪戯(いたずら)心で企図したものだった。

 だが結局サルシムは現れず、肩透かしをくらって、久しぶりに行政府に出勤してみれば、そのサルシムは特別審問官に捕らえられている。

 目の前で繰り広げられる非道な拷問に、バラーシュは戦々恐々となったのだろう。サルシムの家から脅迫状を見つけた騎士たちに問い(ただ)されると、すぐにすべてを吐いた。

 あの行政府での見せしめは功を奏したのだ。

 

「では最後に……」

 

 ルーカスはバラーシュに質問しながら、その目はじっとアルビンの様子を窺っていた。

 

「あなたは前々からシャノル卿にアベニウス母娘(おやこ)について、定期的に連絡していたようだが、母娘の生活費をサルシムが横領していたという事実についても、報告していたのか?」

 

 すぐにバラーシュが頷く。

 アルビンの顔はもはや蒼ざめていた。

 

 ルーカスは目を細めた。

 普段はハヴェルやグルンデン夫人の(そば)で、虎の威を借る狐ならぬ、女狐の威を笠にきた(てん)よろしく威張りくさっているくせして、いざ自分が責められる立場になると弱いのだ、この男は。

 

 ルーカスはバラーシュの尋問を終えると、ゆっくりと戻ってきてアルビンの前に立った。

 

「さて。こうなるとサルシムが横領していたという事実を、シャノル卿もご存じであったということになります」

「し…知りません。私は、あんな男のことなど知らぬ!」

迂闊(うかつ)にそのようなことは言わぬがよろしいかと」

 

 鋭く言って、ルーカスは一通の手紙を見せた。四隅に飾り模様が箔押しされた緑の封筒に、アルビンは見覚えがあったのだろう。すぐに口を噤んだ。

 

「バラーシュの家も当然調査しております。不思議なことに、あなたは知らぬはずのこの男と、随分と長い間文通されていたようですな。残念なことです。燃やせと書かれてあったのに、この男、なんとも吝嗇(ケチ)で、あなたからの手紙を古紙として売ろうと、ご丁寧にきれいに取っておいたようですよ。なまじ、高価な便せんなど使うものじゃありませんな」

「う、あ……それ、は」 

 

 アルビンは必死で有用な答えを見出そうと、キョロキョロと目を泳がせる。だが混乱した頭では冷静に考えられないようだ。

 ルーカスはニッコリ笑いながら問い詰めた。

 

「サルシムの横領を知っていたのに、公爵家に告発もされなかったということは、その状況があなたにとっても望ましいものであったからかな? シャノル卿」

「なに……?」

「サルシムは横領した金をオルグレン家に渡していた。オルグレン家がどうやってサルシムの横領を知ったか? 誰から聞いたのか? 教えた者には、オルグレン家から相応の報酬があったことでしょうな」

 

 アルビンとオルグレン親子はここへきて、どうして自分たち三人が呼ばれたのかを理解した。

 筋立ては最初から決められていたのだ。

 事実と嘘を織り交ぜて作られた巧妙な罠に、自分たちはまんまと引っかかってしまった。

 もはや言葉も出てこない三人を、無表情に見つめるルーカスに声をかけたのは、穏やかなハヴェルの声だった。

 

「そうも決めつけて言うものではありませんよ、ベントソン卿」

 

 ルーカスは怪訝に声のした方を見上げてから、ハッとなってその場に(ひざまず)いた。

 ハヴェルと一緒に現れたのはグレヴィリウス公爵エリアスだった。

 

「公爵閣下……!」

 

 アルビンとオルグレン親子もあわててその場に跪く。

 思ってもみない援護が現れた途端、アルビンは助かったと一息つくや、ニヤリと狡猾な笑みを浮かべた。まるで勝ち誇ったかのようにルーカスを一瞥したが、ルーカスは表情も固く頭を下げるだけだった。

 

貴方(あなた)の疑問に対しては、(わたくし)がお答えしましょう。ベントソン卿。どうぞ立って、何なりとお訊きください」

 

 暗い牢屋の中でさえも、ハヴェルはニコニコとした笑みをたたえていた。

 ルーカスはチラリと公爵を窺い見る。目が合って、公爵が軽く首肯(しゅこう)するのを確認してから、立ち上がった。

 

「では、まずバラーシュ長官にアベニウス母娘(おやこ)についての報告をさせていたことは?」

 

 ルーカスの問いにハヴェルはまったく動揺しなかった。

 

「それは当然のことです。ペトラ・アベニウスのことは、我が母も随分と気にかけておりましたから。彼女らが健康に生活を送っているのかを確認するために、バラーシュ長官には仕事に支障を(きた)さぬ範囲内で、見守りをお願いしておりました」

「それでペトラの死亡を知って、すぐにサラ=クリスティア嬢を誘拐しようとしたことについては?」

「誘拐とは穏やかでない言いようです。あくまでも、我らは彼女を保護しようとしただけです」

 

 クスッとルーカスの背後にいたヤミが(わら)った。

 ハヴェルは一瞬だけ気分を害したかのようにジロリと一瞥してから、再び口の端に笑みを浮かべる。

 

「まさかベントソン卿とて、母を亡くしたわずか十歳の女の子を、放っておくことはされないでしょう。私たちも、ペトラが死んだことを知って、何もせずにはおれなかったのです。まずは彼女の身の安全を確保してから、公爵閣下に直接お話しするつもりでした。それでバラーシュにサラ=クリスティア嬢の保護を要請しましたが、まさか彼が自らの遊興を優先するとは……しかも悪事を為す者を恐喝し自らの果たすべき使命を放擲(ほうてき)するとは……思いもよらぬことです。この事については、人選を誤ったと、情けなく感じております」

 

 いちいち芝居がかったハヴェルの説明に、ルーカスは失笑した。ジロリとアルビンが睨みつけてきたが、ハヴェルに冷ややかな目を向けられると、しょんぼり項垂れた。

 ルーカスは質問を続けた。

 

「なるほど……では、サルシムの横領を知っていて黙っていたことについては?」

「それについても、バラーシュから聞き及んで、内々に調査をしておりました。何せ相手は公爵閣下から正式に任命を受けた行政官でありますので、(いたずら)()()()()()()()()()()()わけにもいきません。十分な証拠を取り揃えてから、公爵閣下の御裁可を仰ごうと考えておりました」

「そのことをオルグレン家に伝えたことについては?」

「さぁ? それについては、我らの関知するところではございません。シャノル卿からサルシムの横領について話すことはあったやもしれませんが、彼らがその後にどういう行動をとるのかなど、知りようもないことです」

 

 冷然と話すハヴェルに、セオドアが叫んだ。

 

「ハヴェル様! 私は誓って横領に加担したことなどございません! ベントソン卿が、あの罪人を(そそのか)して捏造(ねつぞう)したのです!」

「口を慎みたまえ、セオドア公子」

 

 ハヴェルは鋭く制止し、冷たくセオドアを見下ろした。

 

「ベントソン卿は『(まこと)の騎士』である。グレヴィリウスにとって『唯一にして絶対なる忠誠者』であり『公爵に直言することを許されし真実の騎士』なのだ。その称号が示すように、彼は皇帝の権力にすら(くみ)することのない、グレヴィリウスだけの存在。彼を誹謗(ひぼう)するのは、公爵閣下をも(ないがし)ろにする行為だぞ」

 

 冷厳と言い下すハヴェルに、セオドアはワナワナと震えながら、反論を押し込めた。

 ハヴェルはルーカスに向き直ると、ニコリとまた笑った。

 

「このあたりでよろしいでしょうか、()()

「…………」

 

 ルーカスは眉を寄せた。

 それまで一言も発することのなかったエリアスがつぶやくように言った。

 

「そういえば、昔、ハヴェル公子はルーカスに剣術を習っていたな」

「えぇ。今はアドリアンにかかりきりのようですが、以前は私もベントソン卿の弟子でした。お忘れでなければよいのですが」

「もちろん、忘れておりませんよ」

 

 ルーカスは口元に笑みを浮かべたが、その碧眼(へきがん)はハヴェルを厳しく見つめていた。

 

「優れた弟子が二人もいて、幸せなことです。でき得れば、どちらかが自らの役目を十分に知悉(ちしつ)して、行動してくれると助かります」

 

 ルーカスの牽制に、ハヴェルはハハッと笑って言った。

 

「では、今日の僕は及第点ですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アルビンは引き取らせていただきます」

 

 ハヴェルが目配せして、アルビンを立たせると、公爵が終了を告げた。

 

「話が終わったのなら、私は戻るぞ」

「わざわざお越しいただき恐縮にございます」

 

 頭を下げるルーカスに背を向け、公爵は階段をのぼってゆく。そのあとにハヴェルとアルビンが続いた。

 

「ベントソン卿」

 

 姿が見えなくなる手前で、ハヴェルが呼びかけてくる。

 ルーカスが顔を上げると、ハヴェルはいつもの取り澄ました笑顔ではなく、真摯(しんし)な目でルーカスを見ていた。

 

「あなたの忠誠を信じています。グレヴィリウスの騎士としての、忠義をお守りあるように」

 

 ルーカスはしばらく無言で、その目と対峙した。

 やがてハヴェルの表情がふっと(やわ)らぐ。そのまま何言うこともなく背を向けて去って行った。

 ルーカスはしばらく誰もいなくなった階段を見ていたが、深呼吸をしてから振り返った。

 そこには取り残されたオルグレン親子が情けなく跪いたまま、呆然と固まっている。

 

「さて……では本題に入りましょうか」

 

 ルーカスは再び気を引き締めてから、セバスティアンに話しかけた。

 

「実は男爵、あなたの息子の一人が逐電(ちくでん)いたしましてね」

「はっ? なんと?」

「あなたの息子である、キャレ・オルグレンが失踪したのです。セオドア公子からお聞き及びではございませんか?」

 

 問われてセオドアは反射的に視線を逸らした。セバスティアンは息子のどっちつかずな態度に、またイライラしたようだ。

 

「一体、どういうことだ!? キャレがなにかしでかしたのか?」

「父上……お黙りください」

 

 セオドアはともかくこの場を切り抜けるために沈黙を貫きたいようだったが、無論、セバスティアンには通じない。

 

「なんだと?! 貴様、さっきから父に向かって無礼な……」

 

 また親子喧嘩が始まる前に、ルーカスはセバスティアンの肩に手を置く。

 

「オルグレン男爵。ひとまず、こちらに」

 

 促して部屋の隅へとセバスティアンを誘い、後についてこようとするセオドアを制止する。

 

「すまないが、公子。男爵との密談だ」

「な……どういうつもりだッ」

 

 セオドアがムッとなって問い質そうとすると、ヤミが前に立ち塞がった。手に持った松明(たいまつ)をセオドアに向ける。

 

「しばしお待ちください、公子」

「くっ……」

 

 セオドアは歯噛みしたが、松明の炎が揺れる先で、父とルーカスが何やら話すのを見ているしかなかった。が、父が驚いたり、ルーカスにむかって愛想笑いを浮かべていたり、そうかと思えば青い顔になったりして……一々、気になって仕方ない。

 やがてルーカスに肩を叩かれて、セバスティアンはトボトボと戻ってきた。自慢の巻き毛が力なく揺れ、うつむいた顔は固く強張っている。

 

「……父上」

 

 セオドアが声をかけると、セバスティアンはギロリと睨みつけた。今にも怒鳴りそうな憤然とした顔だったが、珍しく何も言わず、そのまま階段を上っていった。呆然とするセオドアに、ルーカスが声をかけた。

 

「公子はまだここに用がございますか?」

「貴様……父上に何を言った?」

「さぁ? 父上に直接聞かれては?」

「何を画策しているか知らないが……お前らの大事な小公爵の立場がどうなっても知らないぞ!」

「ほぉ? それは公子が何事か画策しておられるということでしょうか?」

「くっ……キャレが戻れば、いずれ思い知るだろう!」

 

 捨て台詞を吐いて、セオドアは逃げるように階段を上って行く。

 ようやく終わって一息つくルーカスに、ヤミが簡素な巻き煙草を差し出した。

 

「……気が利くな、トゥリトゥデス卿」

「恐縮です」

 

 二人してのんびりと煙草を吸ってから、ヤミが尋ねた。

 

「それで……事はうまく運んだのですか?」

「まぁ、上々だろう」

「この二人についてはどうします?」

 

 ヤミが後ろで鎖に繋がれたサルシムとバラーシュをくいと指さすと、ルーカスは見もせずに平坦な声音で命じた。

 

「刑吏に渡せ。横領罪と、知ってて見逃した不作為の幇助(ほうじょ)

「サラ=クリスティア嬢の誘拐については?」

「さっきハヴェル公子が言っていただろう。()()しようとしたのを、バラーシュが曲解した上、自らの職務に忠実でなかったために起きた……いや、実際には起きなかったな。オヅマは本当にうまいことやってくれた」

 

 ルーカスは小生意気な少年を思い出して、ようやくホッとしたような笑みを浮かべる。深く煙を吸い込んで味わってから、煙草を松明の炎に投げ入れた。

 去って行こうとするルーカスにヤミが尋ねた。

 

「先程はどうしてセオドア公子をのけ者にしたのです?」

「わからないか?」

 

 ヤミが首を傾げると、ルーカスはニヤリと笑って言った。

 

「嫌がらせさ」

 

 




次回は2024.06.09.更新予定です。
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