昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第二百一話 人見知りする兄

「貴様は一体なにを考えているんだッ!」

 

 小公爵の住まいである七竈(ナナカマド)の館に戻ってきたオヅマを待っていたのは、マティアスの怒号だった。

 やや懐かしさを感じつつも、やっぱりうるさい。

 オヅマは耳をほじりながら「なーにが?」と一応相手してやる。

 

「よりによってサラ=クリスティア……公女を勝手に連れ出して、自分の家に連れて行くなんて! 貴様には小公爵様の近侍という自覚がないのかッ!?」

「なにが? ティアはアドル……小公爵様の妹なんだから、困ってたら手助けして当然だろ」

「この馬鹿!! 公女の母が小公爵様に何をしたのかわかっているのかッ」

「なんで母親のしたことで、ティアが責められないといけないんだよ。アドルがあの女に殺されかけたとしても、そのとき、ティアはまだ生まれてもいないんだぞ? どうやって母親を止められるってんだ」

 

 マティアスは被害者であるアドリアンの前で、その事件について話すオヅマの無神経さに唖然となったが、その上、なんらの反省もないとあっては怒り心頭、ギリギリと歯噛みして睨みつけた。

 

「貴様ァァ……よくもペラペラと小公爵様の前でその話を……」

「お前が誘い水を向けてくるからだろ」

 

 オヅマはピシャリと言ってから、すぐにアドリアンに向き直って問いかけた。

 

「お前は? アドル。ティアのこと、どう思ってる?」

「僕は……」

 

 アドリアンはすぐに言葉が出なかった。

 オヅマの言う通り、アドリアンはティアの母親に襲われたが、正直なところ、あまりにも小さい頃のことで記憶もおぼろげであり、自分を殺そうとした人、という以上の感想を持っていない。そもそも本気でアドリアンを殺したい人物は他にいる。彼女の凶行もまた、()()の差し金であるのは明白だ。

 それでもいい気持ちはしない。

 そのときアドリアンをかばって死んだ執事は、その後亡くなったアドリアンの乳母同様に、この公爵邸において幼いアドリアンに優しくしてくれた人だった。彼らがいなくなったあと、アドリアンにとって公爵邸は冷たい場所に変わっていった。

 

「とくに……なにも……」

 

 それが正しい答えだとは思えなかったが、アドリアンにそれ以外の言葉は浮かばなかった。

 話にだけ聞いていた妹。

 今日、初めて会って「お兄様」と呼ばれても、違和感しかない。

 

 オヅマはそんなアドリアンをじっと見てから、ピチン! と指でおでこを(はじ)いた。

 痛ッ! とアドリアンが(ひたい)を押さえ、マティアスがまたオヅマを怒鳴りつける。

 

「貴様ッ! 小公爵様に対して何という無礼をッ」

「大丈夫だよ、マティ」

 

 アドリアンは激昂するマティアスをなだめてから、オヅマを恨みがましく見つめて叫んだ。

 

「痛いだろ!」

「うるせぇ。妹相手に人見知りしてんじゃねぇよ」

 

 すぐに言い返された言葉に、アドリアンはぐっと詰まった。

 

「人見知りって……だって、いきなり妹とか言われても」

「それはティアだって一緒だよ。それでもマリーに言われて『アドリアン小公爵様』なんてかしこまった言い方から、一生懸命『お兄様』まで譲歩したんだからな。妹の方から勇気だして歩み寄ってくれてるってのに、兄のほうが逃げる気か?」

「…………」

 

 途端に、さっき自分に対して小さな声で謝ってきたティアのことを思い出し、アドリアンはうつむいた。

 オヅマは振り返り、マティアスにも問いかける。

 

「お前もティアを、ただ罪人の娘だからって、アドル……小公爵様から遠ざけるのか?」

「それは……!」

「マティ。お前が母親の話を聞いて、ある程度、ティアを色眼鏡で見るのは仕方ない。でも、お前自身の目で見て、どうだ? ティアが小公爵様を害するような、そんな悪いやつに見えるか?」

 

 真面目な顔で言われると、マティアスもまたうつむくしかない。

 緊張をはらんだ空気の中で、のんびり言ったのはテリィだった。

 

「そんなに警戒することもないんじゃないかな、マティ。あんなに小さくて可愛らしい子なんだしさ。もうちょっとやさしくしてあげようよ」

「おっ! めずらしくいいこと言うじゃないですか、チャリステリオ坊ちゃん」

 

 オヅマはニッと笑うと、パンとテリィの背を叩く。テリィは顔をしかめつつも、満更でもなさそうに肩をすくめた。それまで黙っていたエーリクも続く。

 

「それに、公女様の侍女はカーリンです。彼女が側についているならば、小公爵様についても、きっとうまく取りなしてくれるはずです」

 

 カーリンの名前が出た途端に、テリィはパンと手を打った。

 

「あっ、そうそう! カーリン嬢だよ、カーリン嬢。びっくりだよねぇ。キャレそっくりじゃないか。どうせなら一緒に揃ったところを見たかったなぁ。まったく、キャレも難儀なことだよ。病気の母親かかえて、出奔(しゅっぽん)するなんてさ。その母親、疫病(えきびょう)か何かなのかな?」

 

 カーリンが帝都より去ったのち、テリィにはキャレが母親を連れてファルミナを飛び出したことだけ伝えている。無論、一緒に暮らしていたのが、キャレになりすましたカーリンであることなど、一切知らない。

 オヅマはその詳細について、一応ここに来るまでの間にヴァルナルから聞いていたので、まったく疑いもしないテリィに内心あきれたが、ひとまず話を再びティアのことに戻した。

 

「ま、いきなりが無理ってのはわかるさ。でも、ティアもここに来るのは、相当に勇気がいったんだぜ。母親がお前にしたことも含めて、合わす顔がないってことは十分に承知の上で、それでも逃げずに来たんだから。そこんとこは、お含み置きくださいよ、小公爵様」

 

 最後の一言が皮肉っぽくて、アドリアンはジトッとオヅマを睨んだ。

 

「なんだか……随分と嫌味に磨きがかかってる気がするけど、君、修行って弁論術か何かの修行だったのか?」

「ハァ? なんでだよ! ちゃんと『澄眼(ちょうがん)』を修得したさ。まぁ、これからも鍛錬(たんれん)は続けないといけないけど」

「ふぅん。楽しみなことだね。で、僕にもそれ、教えてくれるんだよね?」

「えっ?」

「手紙で書いてたじゃないか」

「えー? そんなこと書いたか、俺? うーん、そうだなぁ。まぁ、気が向いたら」

 

 アドリアンはその手紙を何度も読み返して、待ちわびていたというのに、書いた当人の適当な言葉に、とうとう怒り出した。

 

「なんだよ、それ! 嘘つき!!」

「だって面倒くせーんだもん。俺、人に教えるとか、わかんねーし」

 

 あっさりと開き直るオヅマに、アドリアンの怒りはますます増幅する。

 やっぱり思った通りだ。

 この数ヶ月の間、オヅマは修行と言いつつも、近侍という役目から解放されてのんびり過ごしていたのだろう。しかもこっちに帰ってきてからは、ルーカスからの指示があったとはいえ、レーゲンブルトに戻り、マリーやオリヴェルらにも久しぶりに会って、思う存分、遊んでいたに違いない。 

 

「まったく! 君らは親子揃って!! ヴァルナルだって教えてくれるって言ってたのに、結局、忙しいからって、最近じゃ剣の稽古だってカール卿に任せてるし!」

「いいじゃねぇか。カールさんだって、剣の腕は超一流だぜ。まぁ……ヴァルナル様の次くらいだとは思うけど。ルーカスのオッサンよかは上だろ」

「そういう問題じゃない!」

 

 帝都でのおとなしい小公爵様が帰ってくるなり怒り狂うさまを見て、部屋の隅に控えていた従僕のサビエルは、軽く額を押さえた。

 こんな姿、大公殿下がご覧になられたら、さぞびっくりなさるだろう……。

 

「小公爵様、そういえばオヅマ公子への土産(みやげ)がございましたね」

 

 取っ組み合いのケンカになる前に、サビエルが声をかけたのは、その『土産』を見れば、アドリアンが我に返るであろうと思ったからだった。案の定、サビエルの言葉で思い出したのか、アドリアンはハッとなると、少し決まり悪そうに小さな声で言った。

 

「そう……一応、土産を買ってきたんだ」

「へ? 誰に?」

「君以外、誰がいるんだよ!」

「俺? 俺なんかに土産?」

 

 オヅマがびっくりして聞き返すと、マティアスがコホリと咳払いする。

 

「そうだぞ。まったく、お前が厳しい修行をして頑張っているだろうと、小公爵様自ら店に出向かれて、わざわざお選びになられたんだぞ!」

 

 何も知らないマティアスの言葉に、アドリアンはますます気まずくなったが、とりあえずサビエルが持って来てくれた箱を手渡す。

 

 オヅマは高級そうな箱に目を白黒させながらも、きれいに結ばれたリボンも容赦なく小刀で切って、箱を開けた。中に入っている服を無造作に取り出して、首をひねる。

 

「うん?……なんだ、これ?」

 

 思っていたよりも鈍い反応に、アドリアンはやや不安になりつつも説明した。

 

「服だよ。上着。これからの季節だと、外套(がいとう)の下に着ることになるだろうけど」

「服ゥ? なんだってそんなもん……俺、この制服で十分だぜ」

「いや……ま、それは……最初の意図したところから、だいぶ外れてしまったというか」

 

 アドリアンはごにょごにょと曖昧に言い訳した。

 元々は、ズァーデンでのんびり過ごしていそうなオヅマへのちょっとした嫌がらせとして、当人が嫌いそうな派手な衣装を買うつもりだった……なんて言えるわけもない。

 

「なんかよくわかんねーけど」

 

 オヅマは上着をヒラリと着てから、その着心地の良さに、へぇと感心した。

 

「ピタッとしてんのに動きやすいな。これだったら剣を振るのもラクそうだ。柄もなんかデカくて格好いいし。いい仕事してんじゃねぇか」

 

 その場でクルリと回ってから、腰に手を当てて、どうだと言わんばかりにポーズを決める。貴族子弟としては無作法なその態度にマティアスは渋面だったが、テリィは意外そうに手を叩いて褒めた。

 

「いいじゃないか。似合ってるよ、オヅマ。僕が見たときには、ちょっとばかり柄が大きくて下品にも見えたんだけど、オヅマが着ると案外と似合うもんだね」

「……なんかビミョーに失礼な感じなこと言うね、テリィ坊ちゃん」

「えっ? そう? 褒めてるよ」

「まぁ……うん。アンタはそういう人だ」

 

 早々にテリィへの説明をあきらめるオヅマに、アドリアンはフッと笑った。

 

「良かった。気に入ってくれたみたいで」

 

 すぐにランヴァルトに次の手紙で知らせよう。とてもオヅマに似合っていて、当人も喜んでくれた、と。きっと嬉しく思ってくれるだろう……。

 

「お前が選んだのか?」

 

 何気なくオヅマが尋ねてくる。アドリアンは「違うよ」と言いかけて止まった。一瞬、自分でも理解できない冷たい感情がはしる。

 ごまかすように、アドリアンはオヅマに反対に尋ねた。

 

「なんで、そんなこと聞くのさ?」

 

 強張った顔のまま言ってしまったせいか、気分を害したように聞こえたようだ。オヅマが首をかしげるのを見て、アドリアンは無理矢理に笑った。

 

「そんなの……当然だろ。僕が買ったんだから、僕が選んだに決まってるさ」

「ふぅん。いや、なんかお前が選ばなさそうな感じがしてさ。こういう、なんか斬新な柄。どっちかつーと、お前が選ぶとしたら、わりとありきたりの、無難なもの選びそうだから」

「うるさいな。僕だって、君に合わせたものくらい選別できるさ」

 

 アドリアンがムッとなって言うと、オヅマはハハッと屈託なく笑った。

 

「ワリぃ、ワリぃ。いやいや、小公爵様は大層、ご趣味がよろしくていらっしゃいますよ~」

「まったく。(あるじ)をこんなに馬鹿にする近侍はいないよ」

 

 わざと怒ったようにアドリアンが言うと、それまで苦虫を噛み潰したようにオヅマらの会話を聞いていたマティアスが、待ってましたとばかりに頷いた。

 

「その通りです、小公爵様。まったく、素直に礼も言えないのか、お前は」

「そうだよ、オヅマ。小公爵様は君のために何軒も回ったんだからね」

 

 そう言うテリィは、自分と回った店のことしか念頭になかった。いつの間にアドリアンがそんな服を、どの店で見つけたのかはまったく知らなかったが、とくに気にもしなかった。その服は自分の好みではなかったから。

 オヅマはフンと笑ってから、おどけてみせる。

 

「勿論、有難く頂戴致しますですよ、小公爵様。折角ですから、今日の晩餐にはこれを着ていくことに致しましょ~う」

「…………」

 

 アドリアンは黙然としてオヅマを睨みつけながら、どこか落ち着かなかった。

 悪戯(いたずら)っぽく笑うオヅマの姿に、なんとなくランヴァルトの微笑が重なった。

 

 




次回は2024.06.30.更新予定です。
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