昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第二百二話 アドリアンとティア(1)

 その後、晩餐の時間になると、ティアがカーリンと共に七竈(ナナカマド)の館にやって来た。ヴァルナルとミーナはルンビック子爵が開いた会食に招かれていたため来ていない。

 

 ティアに対して、アドリアンの態度は終始一貫して他人行儀だった。

 どこか緊張感を(はら)んだ夕餉(ゆうげ)の食卓は、当然ながら会話が弾むこともなく、馴染みのないスープの味にティアがしばし()せてしまうというアクシデントがあった以外は、静かに時間が過ぎた。

 

 一応、(あるじ)がいる場における晩餐において、主が口を開く前に下の者が先に話すのは無作法とされている。

 オヅマは何度かアドリアンに目配せしていたが、アドリアンはそれを知っていながらも、何を言えばいいのかわからなくて、ひたすら視線を避けた。

 

 オヅマから、ティアが母親からの虐待を含む、厳しい環境下で暮らしてきたことを聞いても、アドリアンは素直に同情できなかった。どこかで「それでも母親がいただけいいじゃないか」と、()ねた気持ちがついて回る。

 実際にいたとしても、オヅマの養父のような親であれば、子供にとって害悪でしかないが、ティアの母親は赤ん坊の我が子に自ら乳を与えて、こうして成長するまで育てたのだ。まったく愛情がないのであれば、そんなことはしないだろう。

 

 その上、ティアの容姿が自分の母に似ていることも、アドリアンにはいちいち気に食わなかった。

 自分は母親に似たところが一つもない、と先頃の帝都での夜会で叔母からも言われた通り、父に酷似した顔に母親の面影を探すことはできない。それなのに、その母とほとんど血の繋がりなどないはずのティアのほうが似ていることが、アドリアンの劣等感を刺激した。

 

 きっと父上もあの子であれば、すぐにも実の娘として受け入れて可愛がるだろう……。

 

 アドリアンは近日中に会うであろう父とティアの対面を想像して、ギリっと唇を噛みしめた。

 あきらめようとしているのに、まだ追い求めてしまう自分の幼い心が嫌いだった。

 早く大人になって、消し去ってしまいたい……。

 

「あの……お渡ししたいものがございます」

 

 食事が終わり、自分の部屋に帰る段になって、ティアがおずおずと口を開いた。

 アドリアンはチラとティアを見てから、マティに目配せする。

(自称)筆頭近侍は心得たように頷くと、すぐさま立ち上がり、ティアの前に進み出て尋ねた。

 

「なんでございましょうか?」

「あの……」

 

 ティアはチラと一緒に来たカーリンをみやる。

 カーリンはここに来る際に小さな籠を持ってきていたのだが、それを持ってティアの(かたわ)らに立った。

 籠の中から布のようなものを取り出し、渡しながらティアに耳打ちする。

 ティアは頷くと、フゥと一息ついてから、真っ直ぐにマティアスを見上げた。

 

「あ、あの……マティアス、様。マティアス・ブルッキネン様、どうぞよろしくお願い致します」

 

 そう言ってティアが差し出したのはハンカチだった。表にはブルッキネン伯爵家の紋章が刺繍されている。

 

「これは……」

 

 マティアスは眉を寄せ、ひどく困惑した顔になる。

 いつまでも受け取ろうとしないマティアスに、オヅマが(はや)し立てた。

 

「おーい。筆頭近侍さーん。早くもらってくださいよ。後がつかえてるんでー」

 

 マティアスはギロッとオヅマを睨みつけてから、コホリと勿体ぶった咳払いをし、ティアからハンカチを受け取った。

 

「ありがとうございます」

 

 一応、礼を言う。

 だが、すぐに注意することも忘れなかった。

 

「……ですが、(わたくし)相手に公女様ともあろう方が敬語をお使いになる必要はございません。目下の者に向かって『様』などとは、申されませんように。グレヴィリウスの公女であれば、家格を(おとし)めるがごとき振る舞いはお控えください」

「あ……す、すみません」

 

 ティアがすぐに頭を下げて謝ろうとすると、マティアスはビシリと制止する。

 

「頭を下げる必要もなく、謝ることも不要です!」

 

 ティアがすっかり怯えた様子で固まると、マティアスは自分が言い過ぎたとわかったのか、途端にあわててオヅマを呼んだ。

 

「オヅマっ、おま……お前っ、どうにかしろ!」

「なに言ってんだか……ほんとに」

 

 オヅマはあきれたように言って、ティアの近くまで来ると、手を出した。

 

「俺もあんの?」

「あ……はい、あります!」

 

 ティアはすぐに籠の中から、レーゲンブルト騎士団の紋章が刺繍されたハンカチを取り出す。

 

「おっ、さすが。これは覚えてたか」

「あ……はい。前に一度、刺繍したので」

「そうだな。ありがとな」

 

 オヅマは受け取ると、背後で興味津々と見ていたテリィに声をかける。

 

「ほら、テリィ坊ちゃんも。ティアの刺繍の腕は確かだぜ」

 

 テリィはチラリとアドリアンを見て軽く頭を下げてから、椅子と壁の間をえっちらおっちら小走りにやって来ると、ティアの前に立った。

 ティアはクスッと笑った。テリィの口の端についた食べカスに気付いたからだ。

 

「あの、口の上に……よろしければこれでお拭きになってください。チャリステリオ・テルン公子」

 

 言いながらテルン子爵家の紋章が刺繍されたハンカチを差し出す。

 

「えっ? ついてる?」

 

 テリィは指摘されて、あわあわと口周りをこすったが、うまくとれなかった。

 

「はい。ここに」

 

 ティアは少し背伸びすると、ハンカチでそっとテリィの口の上にあった食べカスを取った。それから少しよれてしまったのを気にしていたが、テリィは鷹揚に笑って受け取った。

 

「うわぁ、確かに見事な刺繍ですね。ありがとうございます、公女様」

 

 テリィは本心からか、年下の女の子に恥ずかしい姿を見せてしまったのをごまかすためか、やたらと大きい声で礼を言った。

 アドリアンはその様子を見て、不機嫌もあらわに眉を寄せる。

 

 エーリクは無言でティアの前に立つと、差し出されるまま受け取って、淡々と礼を述べた。チラ、とティアの隣に立つカーリンを見たが、そのカーリンの視線はアドリアンに向けられていた。

 

「さて、最後に小公爵様」

 

 オヅマがまるでフィナーレを宣言する幕間の道化のように促すと、ティアは主人席に座るアドルの前に進み出て、またぎこちなくお辞儀した。

 

「あ……えと、このたびは小公爵様の饗応に感謝致します。お礼に拙いものですが、よろしければお受け取りください」

 

 牝鹿(めじか)とスズラン、交差した鎌と剣。

 グレヴィリウスの一際大きな紋章の刺繍は、職人が縫ったものと遜色(そんしょく)ないほどであった。これもまた、遊蕩(ゆうとう)に金を費やす母親と、彼女らの生活費を横領していた管財人のせいで、困窮(こんきゅう)して働くために身につけた技であると、オヅマから聞いていた。まだ幼いのに、そんな特技を身につけざるを得ない境遇であったことを考えると、本来、同情すべきなのだろう。きっと。

 だが……

 

「…………」

 

 アドリアンができたのは、黙って受け取ることだけだった。それでもティアはホッとしたように微笑んだ。

 

「ありがとうございます」

 

 むしろ礼を言われて、アドリアンは自分の狭量(きょうりょう)に目を伏せた。

 ティアはそのまま帰っていこうとしたが、オヅマが呼び止めた。

 

「あぁ、ティア。明日、街に行かないか?」

「え? 街に?」

「あぁ。レーゲンブルトに行くのが急だったから、ロクに挨拶できてないだろ。エッダさんとか、レオシュとか。さっき、ルンビックの爺さ……ルンビック子爵に聞いたら、公爵様と会うとしても夕方以降になるとか言ってたし、昼の間に顔だけ見せに行かないか?」

「それは……行きたい、ですが」

「じゃ、そうしよう。明日、俺がそっちに迎えにいくよ」

 

 そこまで黙って聞いていたアドリアンは、途端に険しい表情になった。

 

「ちょっと待て、オヅマ。君、公女と二人で外出する気か?」

「うん」

「そんな勝手なことは許さない!」

「はぁ?」

「君には近侍の役目があるだろう! 騎士団での稽古や、これまでの勉強の遅れも取り戻さないといけないし……それに、アカデミーの受験も迫っているんだぞ」

 

 必死になって阻止するための言い訳を並べ立てるアドリアンに、オヅマは肩をすくめた。

 

「勉強は朝のうちに終わるだろ。騎士団の稽古も明日は入ってないし、一応、ルンビック子爵にもお許しもらってるよ。世話になった人達への挨拶ってことで」

「いつもいい加減なくせして、どうしてこういう時には抜かりがないんだ?!」

「おいおい、失礼だな。俺だってやるときにはやるの。だいたいなぁ……本来なら俺より、ティアの身内の人間がすべきことなんだぜ。それなのに公爵閣下はあの通りだし、お前ときたら妹に人見知りしてるし」

 

 いつになく怒りっぽいアドリアンに、オヅマはやや閉口しつつ、さっき言ったことを繰り返す。

 当然ながら、アドリアンの顔は真っ赤になった。

 

「だっ、誰がっ、人見知り……なんかしてない!」

「じゃ、一緒に来いよ。それで見てみたらいい。ティアが暮らしてきたところを」

 

 アドリアンはハッとなって口を噤むと、オヅマのしたり顔を睨みつけた。

 最初からそれを狙っていたのだ。だからわざわざ皆がいる前で、帰ろうとするティアを呼び止めて言ったのだ……。

 ギリッと、アドリアンは奥歯を噛みしめた。

 

「本当に君は…………腹立たしい」

「そこは素直に、大した奴だと褒めてもらって構いませんよ。小公爵様」

「なんのことだかさっぱりだね!」

「おわかりでないなら、尚のこと、一緒にご同行いただいたほうがよろしいのでは? 新たな見聞を広げるためにも」

 

 丁寧な言い方をしながらも、オヅマはニヤニヤ笑っている。

 本当にこういうときに限って、いちいち(もっと)もらしいことを言ってくるのが、アドリアンには苛立たしかった。それでも結局了承してしまったのは、皆の前であるという小公爵としての体裁(ていさい)と、兄としての面目、それとほんのわずかな好奇心であった。

 そういう自分の性格を十分に把握された上で、仕掛けられたのだとわかるだけに、心底ムカついたが。

 

「じゃ、昼にみんなで伺います、公女様。それまでごきげんよう~」

 

 ご機嫌なオヅマに送り出され、ティアははにかみつつ再びお辞儀すると、カーリンと一緒に七竈(ナナカマド)の館を出て行った。

 

 

 

***

 

 

 

 翌日。

 アドリアンとしては甚だ不本意ではあったが、ティアを伴ってアールリンデンの中心街に赴いた。

 正直、グレヴィリウスのお膝元とはいえ、アドリアンはその街を訪れたことがない。ただの街人のように身なりを変え、近侍らにそれとなく周辺を守られつつ歩きながら、アドリアンはフードの下からキョロキョロと辺りを見回した。

 これまでにこうした街中を歩いたのは、帝都とレーゲンブルトにおいてだったが、帝都ほどに人混みがひどくてうるさくもないし、レーゲンブルトほど鄙びてもいない。アールリンデンは程よく都会的でのどかだった。

 

「ちょうどいいな」

 

 アドリアンのつぶやきに、オヅマが「なにが?」と問い返す。

 

「帝都ほど騒々しかったり、汚くない。レーゲンブルトほど田舎でもない」

「ほぅほぅ。出たよ、出たよ。地元贔屓(びいき)が」

「正直な感想だ」

「そういうのを御国自慢って言うのさ」

「自慢してるんじゃないだろ! 町並みも整備が行き届いているし、清掃もされてるみたいだから、歩きやすくていいと言ってるだけだ」

「あ~、はいはい~。ア~ドル~は、オラが町ィが~い~ちばん~」

「…………下手くそ」

「なにぃッ? じゃあ、お前が歌え!」

「どうして僕が? だいたいそんなデタラメな歌、聞いたこともない」

 

 近侍ら一同はアドリアンとオヅマのこうした(いさか)いとも呼べない、ちょっとした掛け合いをあきれて見ていたが、ティアは目の前の光景にどういう反応をすればいいのかわからず、ついてきていたカーリンにこっそりと尋ねた。

 

「あの、カーリン。アドリアンお兄様とオヅマさんは、仲が悪いんじゃないわよね?」

 

 カーリンは苦笑した。自分も近侍になって間もない頃は、こうしたオヅマとアドリアンの口論をまともに受け取って、気を揉んでいたことを思い出す。

 

「心配ないです。マリーも言っていたでしょう? オヅマ公子と小公爵様は、いつもこうして喧嘩するのを楽しんでおいでですから」

 

 こっそり言ったのだが、自分の真後ろで囁かれてオヅマが気がつかないはずがなかった。

 

「おい、カーリン。そんな訳ないだろ!」

 

 クルリと振り返って急に怒鳴られ、カーリンはびっくりして固まってしまった。

 カーリンらの背後を歩いていたエーリクが、即座に注意する。

 

「オヅマ、公女様とカーリン嬢を驚かせるんじゃない。それに急に足を止めるな。こけたらどうするんだ?」

「へーい」

 

 オヅマは頷いてから、ティアに向かってペロリと舌を出しておどけてみせる。ティアは思わず笑ってしまった。

 その様子を見たアドリアンの眉間に、また皺が寄る。

 小公爵の苛立ちを感じたマティアスが、オヅマに注意をしようとしたときに、横へと伸びる道から大声が響いた。

 

「オヅマ!! 帰ってきたのか!」

 

 ガラガラと荷車を押しつつ走り寄ってきたのは、レオシュとズロッコの少年達だった。

 

「おう!」

 

 オヅマが手を上げて近付くと、パン! とレオシュが打って、その次に二人の少年が続く。

 

「オヅマ! 見てよ、これ!」

 

 挨拶もすっ飛ばして、そばかす顔の少年がオヅマにシャツの襟部分を見せてくる。そこには青い糸で三日月が刺繍されていた。

 

「青い月? なんだこれ?」

 

 問いながら他の二人のシャツの襟を見れば、そこにも青い月が刺繍されていた。

 

「いや、元々はボーの野郎が自分で刺繍してきてさ。奴としちゃお前のに似せたかったらしいんだけど、とてもじゃないけどあんな上手にできるわけないだろ? で、なんかかんかしてたら三日月の形になってたらしいんだよな」

「なんでレーゲンブルトの紋章が三日月になるんだよ」

 

 オヅマはプッと吹いたが、レオシュは満更でもなさそうに、自分の襟にある青い月をヒラヒラさせて続ける。

 

「いや、でもそれが結構良くてさ。皆がボーに頼んで刺繍してもらってたら、アイツ、三日月だけは上手になったんだ。そうしたら、いつの間にか全員のシャツの襟に青い月がついてて……」

「俺ら、ズロッコの青月団!」

 

 いきなり叫んだのは、もう一人の、帽子からくせ毛がはみ出した赤毛の少年だった。

 

「ズロッコの青月団?」

 

 オヅマが聞き返すと、レオシュは自慢げに頷いた。

 

「そう。いいだろ? あ、オヅマも名誉団員ってことで……」

 

 そこまで言いかけて、レオシュはオヅマの背後からものすごい剣幕で睨んでくる視線にようやく気付いた。フードを被っていて、顔はよくわからなかったが、あまりよろしくない雰囲気が漂っている。

 

「おい。お前の後ろ……から、すごい圧、感じるんだけど」

 

 ヒソヒソとオヅマに囁くと、オヅマはくるりと後ろを向いて呼んだ。

 

「アドル、紹介するから来いよ。ティアも。まともに礼言ってなかったろ」

「ティア?」

 

 レオシュは少し背伸びしてオヅマの背後を窺った。

 そのときティアは、にわかに現れた悪童連中からティアを守ろうとするカーリンによって隠されていたのだが、レオシュの声に反応してカーリンの背後から顔を出した。

「公女様!」と小さい声で制止するカーリンに「大丈夫」と笑って、レオシュの方へと小走りで駆けていく。

 

「おひさしぶりです、レオシュさん」

 

 ティアが懐かしそうに言うと、レオシュも嬉しそうに目を細めた。

 

「おぉ、ティアだ。元気そうだな。まぁ、オヅマと一緒に行ったって聞いてたから、心配はしてなかったんだけど……」

「はい、大丈夫です。あの……あの時はご迷惑をおかけして……」

 

 ティアはいつも通りに頭を下げかけたが、ふと止まって顔を上げると、ニッコリ笑った。

 

「色々、お世話になって……ありがとうございました」

 

 レオシュはいつも謝ってばかりだったティアからのお礼にくしゃりと笑った。

 

「あぁ。良かったな、ティア」

 

 そう言ってティアのピンクの頭を無造作に撫でる。その様子を見ていたテリィが「あぁーっ!」と声を上げると、レオシュはビクリとして手を上げた。

 

「え? なに?」

 

 驚いてオヅマを見ると、その隣にはいつの間にか先程から鋭い視線を投げつけてくる少年が立っている。

 

「あぁ、レオシュ。こいつ、アドルな。ティアの兄さんだ」

 

 軽い調子でオヅマが紹介する。

 レオシュはしばし混乱した。

 

「え? ティアの兄さん? 兄さん……って……アドル……?」

 

 オヅマの言葉を反芻する。ややあってから、ぱっくり口を開いて、二三歩後退(あとずさ)った。

 

「え、え、え……まさか」

 

 ヒクヒクと頬が震えて顔が引き()り、半ば笑ったような顔になる。

 アドリアンは待ちかねたようにフードを取ると、傲然と言い放った。

 

「初めまして、レオシュ。僕はアドリアン・オルヴォ・エンデン・グレヴィリウスだ」

 

 レオシュはもはや顎が外れたかのように、開いた口が開きっぱなしになった。まじまじと見つめている間に、アドリアンは再びフードを被る。

 このアールリンデンにおいては、グレヴィリウス中興の祖とも呼ばれるベルンハルド以来、黒檀(こくたん)の髪は当主の証とも言うべきもので、見る者が見ればすぐにそれが小公爵だとわかる。アドリアンがアールリンデンの街を出歩かなかった理由の一つでもあった。

 レオシュはしばらく魂が抜けたように呆然としていたが、ハッと我に返ると、あわててその場に(ひざまず)こうとした。

 だが、アドリアンが即座に止める。

 

「やめてくれ。今日は忍びで来ているから、普通に接してほしい」

「ふ、普通ったって……」

「オヅマや公女には随分、親しげでぞんざいだったじゃないか」

「えっ……と、それは……」

 

 レオシュはそこでようやく思い出した。オヅマも歴とした貴族で、しかも小公爵の近侍であったということを。

 チラとそのオヅマを見れば、ニヤニヤ笑っている。

 レオシュは半ば怒りつつ、半ば泣きそうな気分になった。

 

 ―――― 俺、今日で首刎ねられたりすんのかな……?

 

 ちょっと現実逃避気味になって、昇天しかけるレオシュを見て、ティアがあわててアドリアンに弁解した。

 

「アドリアンお兄様、お許しください。レオシュさんは悪気はないんです。オヅマさんは、下町の皆にも気さくに接してくださって、だから皆、オヅマさんとは気兼ねなく話すようになってて」

「そうなんです。すみません」

 

 ティアの言葉に同調するように、さっき「ズロッコの青月団!」と叫んでいた赤毛の少年が帽子を取って頭を下げる。同じようにそばかす顔の少年も「すみません!」と勢いよく謝ってくる。

 アドリアンは気まずくて押し黙った。

 なんだかこれじゃあ、自分が彼らをいじめたみたいじゃないか……。

 

「別に、怒ってない」

 

 つぶやいてからジロリとオヅマを見ると、この奇妙な状況を作り出した元凶は腕を組んでニヤニヤしていた。

 

「なにを楽しそうに見てるんだ、君は。いいかげん、説明したらどうだ?」

「はいはい」

 

 オヅマは腕をほどくと、レオシュの隣に立って、ポンとその肩を叩いて言った。

 

「こいつはレオシュ。さっきも言ってたように、ズロッコの青月団のリーダーさ。ここらのガキ共をまとめてる。ティアのことも、色々気にかけてくれてたんだぜ」

 

 オヅマのざっくりした紹介に、ティアがすぐさま付け加える。

 

「お母様が亡くなってから、食料を届けてもらったり、エッダさんのところから遅く帰るときに送ってもらったりしていたんです」

「エッダ?」

「その人もティアが世話になった人だよ」

 

 オヅマは明るく言ってから、レオシュに仕事かと尋ねる。

 レオシュはまたハッとして荷車の方を見ると、途端にあわてて別れを告げた。

 

「あっ、そうだ。空き瓶を持って行かないと……じゃあな、オヅマ。また……えーと、お会いしましょう? してください? ともかく、またな!」

 

と、しどろもどろになりつつ、荷車を引いていく。

 

「あ……っ」

 

 アドリアンは手を上げたが、もはやレオシュ達は砂塵を上げて、ものすごい速さで荷車と共に去っていた。

 

「言いそびれたな」

 

 オヅマが肩をすくめて言うと、マティアスが眉を寄せて尋ねた。

 

「なにを?」

「さぁ? それはアドル……小公爵様に聞いたほうがいいんじゃね?」

 

 マティアスが首をかしげたが、アドリアンは無視して歩き出した。

 

「行くぞ。次はそのエッダとかいう人のところだろう?」

 

 




引き続き更新します。
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