昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第七章
第二百九話 謹慎と要請


 ヤーロォーイィーホォォー!

 ヤーロォーイィーホォォー!

 

 ティボの馬呼びの声が響く。

 領主館後背(こうはい)の少し丘になった雪原に散っていた馬たちが、呼びかけに応じるように集まってきた。

 

「おーおーおー、スゲェ。お前、こんな才能あったとはなぁ」

 

 オヅマが感嘆すると、ティボは満更でもないようにしし鼻を激しくこすった。

 

「ヘヘッ! 騎士様たちも、誉めてくれんだぁ」

「そりゃそうだよ。こんなのできる奴、見たことねぇからな」

 

 領主館の下男として雇われたティボであったが、偶然、逃げた馬を探し当てて穏便に連れて帰ったことから、騎士団での馬の世話などもするようになった。なぜか馬たちに気に入られるらしく、今や騎士団の厩番(うまやばん)として重宝されている。

 元々、働き者であるので、下男の仕事も細々(こまごま)とこなして、ネストリに目を付けられることもなく、うまく立ち回っているらしい。

 

 ふぅぅー、とオヅマは深呼吸した。

 吐いた息が白く薄曇りの空へと消えていく。

 住んでいるときには当たり前だった、この清新な冷たい空気が快い。

 見渡す限り、地平まで白く続く大地も、いつかやってくる春の土を眠らせて、今はただ静かに曇天の空に向き合っている。

 茫漠と広がる白と灰の景色は、一見寂しげだが、同時に清らかで美しい。……

 

 あの晩餐の翌日、オヅマはルーカスに呼ばれた。

 

 

***

 

 

「よぅ、ご機嫌麗しゅう。オヅマ公子。なかなかどうして、いつも楽しませてくれるね」

 

 あの時、無表情にオヅマを北の塔へ連れて行けと命じた当人と同一人物かと疑いたくなるくらい、ニヤニヤと笑っている姿は、いつもながらふてぶてしく、読めない。

 

「お呼びと伺って参りました。ベントソン卿」

 

 オヅマは軽く礼をしてから、こちらも昨晩の騒動など、とんと知らぬとばかりに澄まして言った。

 ルーカスはフンと鼻を鳴らした。

 

「まったく、食えない奴だよ。お前は。なんだってお前みたいなのを見つけてしまったんだろうな、ヴァルナルは。どうにも運がいいんだか、悪いんだかわからん」

「俺のことはともかく、母さんに会えたことに関しては、喜んでいると思いますよ」

 

 北の塔から出たあと、すぐさまミーナの元へ向かったヴァルナルは、それこそ必死になって、自分が公爵夫人に憧れていたのは事実であるものの、あくまでも憧れであって、それこそ男女の仲になることを望んだのではない! ということを熱弁した。

 泣き疲れて眠ったティアが隣の部屋にいるというのに、そんなことを息子の前で語り出す夫に、ミーナは最初戸惑い、あまりにもしつこく言い立てるので、静かな迫力を滲ませてヴァルナルを黙らせた。

 

「あとで、ちゃんと、お伺いしますから……! 部屋にお戻り下さいませ」

 

 にっこり笑いつつ額に青筋を浮かべるミーナに恐れをなしたのか、ヴァルナルはすごすごと用意されていた客室に戻っていった。

 オヅマは二人のやり取りを黙って見つつ、半ばあきれ、半ばホッとしていた。(ミーナ)も、最初は身分違いであることを気にしていたが、男爵夫人としてただ夫を立てるだけではなく、それなりに物言える関係らしい。

 

 朝には仲良さげに話していたから、どうやらヴァルナルの必死の弁明は受け入れられたようだ。わかりやす過ぎるくらいに嬉しそうなヴァルナルの笑顔に、オヅマは心底あきれた。そんなオヅマを見ても、ニコニコ笑っているのだから……もう、勝手にしてくれ。

 

 白けた表情のオヅマを興味深げに見つつ、ルーカスは頷いた。

 

「まぁ、確かに。あの男爵夫人を捕まえたことに関しては、誉めてやってもいい。不器用なヴァルナル・クランツにしては、頑張ったよ」

「……なんで上から目線?」

 

 ボソリとオヅマがつぶやくと、ルーカスは聞こえているくせして、空とぼけて首をかしげてみせる。

 どっちが食えないんだか。

 オヅマは眉を寄せると「用件は?」と、単刀直入に問うた。

 

「あぁ……ちょっとばかり、お前に試験だ」

「は?」

「解答次第で、お前達の処分が決定される」

「はぁ? なんですか、いきなり。そんなことだったら、アドル……小公爵様も呼んだほうがいいでしょうが」

「いいや。この試験を受けられるのは、お前だけなんでな」

 

 オヅマはハァと面倒そうにため息をつくと、尋ねた。

 

「なんですか?」

「サラ=クリスティア公女をレーゲンブルトに連れて行った理由は?」

「は?」

「まさか公女様がお可愛らしくて、将来、嫁にするつもりで(さら)っていったとかいうわけでもないだろう?」

「オッサン、ボケたのか?」

 

 あきれ返って言うと、ルーカスは即座にオヅマの両頬をつまんで、ぐいーっと引っ張った。

 

「痛い痛い痛い痛い、痛いだろッ!」

「まだまだガキだな。よく伸びる頬っぺただ」

「っとに……」

 

 オヅマはヒリヒリと痛む頬をさすりながら、早口に言った。

 

「ティアが面倒くさい奴らに連れて行かれるかもしれないだろ」

「面倒くさい奴?」

「ハヴェルの母親……なんて言ったっけ? サコロッシュの女狐だったか? 例の不愉快な奴らだよ。ティアの母親も、そいつらに(そそのか)されて、いいように使われて、捨てられたんだろ」

「なるほど……そのへんの経緯についても知ってたわけか」

「マティの母さん……ブルッキネン伯爵夫人が、わざわざ緊急の手紙を送ってきてくれてね」

「あぁ……そうか、ブラジェナか。なるほど」

 

 ルーカスは頷いてから、不思議そうに問うてきた。

 

「ブラジェナであれば、ペトラのことも、サラ=クリスティア公女のこともこき下ろしていそうなものなのにな……お前、よほど公女を気に入ったんだな」

「先にティアに会ってたってだけだよ。そうでないにしろ、生憎、俺はマティの母さんやら、ベントソン卿みたいに、()()()()()()()()()を受けていないんでね」

 

 オヅマが嫌味たらしく言うと、ルーカスはやや眉を上げたものの、特に怒る様子もなく続けた。

 

「で、女狐の命を受けた(てん)が公女を(かどわ)かす前に、お前が奴らの目の前から掻っ攫っていったと……いやー、まさしく騎士だな。そこらの作家に話したら、いい感じの恋愛小説にしてくれるんじゃないのか?」

 

 オヅマはもう返事する気もなかった。

 どうして大人ってやつは、男と女が絡むとすぐに恋愛話に持って行くんだろうか? だから色ボケしているのかと聞きたくもなるのだ。

 

「で、もし仮に奴らが公女を連れて行ったとして、何が問題になると思ったんだ?」

 

 急に鋭く問われて、オヅマはキョトンとなった。

 

「は?」

「奴らが面倒なことを考える、面倒な奴らだということに異論はない。だが、面倒くさそうな連中から守るために公女を連れて行った……というだけでは、言い訳としては粗いな。奴らが公女を連れて行って、どうするつもりだったか? 奴らの計略から公女を守るため……というなら、その計略が何であったかを、具体的に示さないとな。ただ危険()()というだけの理由で公女を攫っていったのでは、お前が奴らから糾弾されても、こちらとしては弁護のしようもない」

「ティアを攫ってどうしようとしていたか……?」

「そうだ。それが明確に出せなければ、今後、奴らとの駆け引きはできんぞ」

「…………」

 

 考え込むオヅマにルーカスはなおも付け加えた。

 

「サラ=クリスティア様の価値がなんであるか……だ」

「ティアの価値……」

 

 オヅマはつぶやいて、しばし考える。

 ティアの価値……公爵家の公女……アドリアンの妹……公爵の娘……グレヴィリウスの娘……。

 

「…………相続」

 

 ボソリと言うと、ルーカスはピクリと眉を上げ無表情になる。

 オヅマはルーカスを鋭く見つめた。

 

「相続だな? 公爵が……公爵閣下が死んだあと、ティアの取り分について、奴ら、何だかんだと割り込んでくる気だろ?」

 

 ルーカスはうっすらとした笑みを浮かべて、なおも問いかける。

 

「あの時点ではサラ=クリスティア様は、認知もされておらぬ状況だぞ」

「そんなの関係あるかよ。名目がどうあれ、ティアが公爵閣下の娘だってのは、グレヴィリウス内では周知の事実なんだから、どうとでもするさ。それこそ公爵が死亡したあとにだって、認知していたと言い立てることだって、やりそうなもんだ。だいたい、庶子にだって相続権はあるんだからな」

 

 非嫡出子の場合、取り分としては少なくなるものの、相続権はある。嫡出子がすべて死亡した場合の()()として、庶子にも需要があるからだ。相続という権利において縛り、いざというときには義務を課すのだ。

 

「ほう? そんなことまで勉強しているのか?」

「なんか教えられたんだよ。俺の立場がどうだとかなんとか言って。そんなことどうでもいいだろ。ティアを向こうに取られたら、ティアの分の相続権を利用して、アドルがグレヴィリウス公爵家を継ぐことにも、横やりを入れてくる可能性がある。違うか?」

「それを阻止するためにレーゲンブルトに連れて行ったと?」

「そうだよ!」

 

 オヅマは堂々と言った。

 本当のところ、ティアを連れていく時点では、まったくそんなことまで考えていなかった。しかし結局、そういう問題が関わってくる可能性があったのなら、自分の選択は間違っていなかったということだ。

 

「フン……ま、及第点だな」

 

 ルーカスはニヤリと笑って言った。

 

「何でだよ! 満点だろ!!」

「あそこまでヒントをもらっておいて、何を言ってるんだ。甘えるな。それに満点だったら、そのまま帝都のアカデミーで開かれるマシュ=トゥシュ・ムラーゼク老師の特別公開講義を受けてもらうつもりだったが、その方がいいか?」

「…………いらないです」

「だろう? ま、今回は及第点だから、仕方ない。多少、()()()()罰ということで、レーゲンブルトでの集中補講と騎士団の特別訓練の参加で手を打ってやる」

「……え?」

 

 オヅマがすぐに反応できない間に、ルーカスはさらに詰めてくる。

 

「但し、小公爵様含め近侍全員参加が必須だ。説得できるか?」

「もちろん!」

 

 オヅマは即答した。

 すぐに出て行こうとして、扉の前でピタリと止まる。振り返ると、ルーカスにペコリと頭を下げた。

 

「ありがとうございます! 団長代理」

「言っておくが、これは公爵閣下のお決めになったことだ。ありがたく思うなら、公爵閣下に礼を尽くせ」

 

 抜け目なく言ってくるルーカスに、オヅマは軽くため息をついた。

 

「……っとに、ベントソン卿は公爵閣下に甘いですね。ともかくありがたく謹慎させていただきます!」

 

 ルーカスはヒラヒラ手を振った。バタンと扉が閉まると、やれやれと肩をすくめる。

 あの調子だと説得というより、既成事実で進めていきそうだ……。

 

 ルーカスの予想通り、オヅマからレーゲンブルトでの()()を聞いたアドリアンは躍り上がって喜び、困惑するマティアスや、少し遅れて事態を把握するエーリク、荒くれ者の多いレーゲンブルト騎士団での訓練と聞いて震え上がるテリィのことなどそっちのけで、その日のうちからレーゲンブルト行きの準備が進められたのだった。

 

 

***

 

 

 オヅマたちのレーゲンブルト行きに関しては急遽決まったことであったが、ティアの処遇については既に晩餐前に決まっていたらしい。

 オヅマがルーカスの()()を受けている頃、ミーナはルンビックに呼ばれて思いもよらぬお願いをされていた。

 

「私が……公女様のお世話を?」

 

 思わず聞き返して、辺りを見回す。

 もしかすると他に人がいるのかと考えたのだが、家令の執務室に招かれたのはミーナ一人であった。

 ヴァルナルは既に事情を聞いていたので、レーゲンブルトのネストリに宛てて、準備を進めるよう手紙を(したた)めているところであった。

 ルンビックは(おごそ)かに頷いた。

 

「左様。既に公爵閣下におかれては、公女がレーゲンブルトにて逗留されし折から、そうした心積もりであられたようであるが、一応、私にも確認するよう申しつけられましてな。それで過日の晩餐において、姉にも同席してもらったわけで」

 

 公爵が風邪で寝込んでいる間に、ミーナとヴァルナルはルンビックに招かれて共に食事したことがあったのだが、確かにその席にはルンビックの姉なる老婦人も同席していた。いかにも厳粛なルンビックと違い、物腰柔らかでやさしげな印象の、おっとりとした品のある女性であった。

 まさかそこで品定めされていたとは……。

 

「勝手に人柄を観るなど、礼に外れた行為であったことは認めて謝罪致す。だが公女様に、このグレヴィリウスを名乗るに値する、然るべき立ち居振る舞いを教えるともなれば、素養、人品ともに優れたる者を選ばねばなりませぬ。実のところ、公女様がこちらに戻られる前にも、複数の婦人方に声をかけて、それとなく審議しておったのです。姉と共に」

 

 ミーナは驚きつつも、少し安堵していた。

 あのヴァルナルですらも、当初、ティアに対して少しばかり警戒……あるいはかすかな拒否感を滲ませていた。それはティアの母親に対する悪印象のせいで、娘のティアにまで似た感情を持ってしまったのだろうが、普段の公明正大なヴァルナルの性格からすると、やや()()()()()考えだった。ヴァルナルですらもそうであるならば、今までティアを娘と認めず会うこともしなかった公爵が、果たして公女としてしっかり面倒を見る気があるのか……と、ミーナは少し気を揉んでいたのだ。

 

 しかしこうして家令に指示して、きちんと公女の教育について考えていてくれたということは、いずれ世間的にも、正式に娘として紹介するつもりであるのだろう。色々と諸問題はあるだろうが、親子が親子として自他共に認めるのであれば、少しずつであれ、わだかまりも解消していく道は残されている……はずだ。

 

「家令様のご見識に異論を申すつもりはございませぬが、(わたくし)などはただ、自らの行いに()じることなきよう務めるのみにございます。他者に……まして、グレヴィリウスの公女様に(はん)を垂れるような礼儀を身につけているとも思えませぬ」

 

 ルンビックはこうした受け答えですらも滲み出る気品に目を細めた。

 

「なにを仰言(おっしゃ)るか。かように話していても、爺もまだ行いに愧じることがあると気付かされるほどであるというのに」

「まぁ……そのような」

 

 ミーナはルンビックの少しだけ茶目っ気を交えた冗談にクスッと笑った。

 ルンビックも微笑み返してから、コホンとわざとらしく咳払いして話を戻す。

 

「ま、私の識見は措くとしても、姉には多少なりと分別がございましてな。あれは昔、皇宮の一級女官であったのです」

「まぁ……」

 

 ミーナは心底驚くと同時に、懐かしい憧れが湧き起こった。

 

「そんなに素晴らしい方がいらっしゃっていたというのに……私、粗相をしておりませんでしたでしょうか? お恥ずかしい限りですわ」

「いやいや。全く……姉にしては珍しく、小言らしいことも言わず……」

 

 審査終了後の評議において、ルンビックが見つけてきた婦人らに対しては、それこそ(とど)まることを知らぬほどに、挙措・会話の一つ一つに文句をつけまくっていた姉が、ミーナについては一言。

 

「まぁ、よろしいんじゃございませんか」

 

 礼法については自分よりも数倍厳しく、そもそも専門家といってもいい姉が、何も言わぬということは、相当な高評価といってよい。その分、同席していたヴァルナルについては、いくつか気になったことはあったようだが。

 

「さすがは皇宮(こうぐう)の慎ましき菊花(*皇宮の一級女官の別称)と呼ばれる方ですね。礼がありながら、相手を威圧することのない、なごやかなる立ち居振る舞いでいらっしゃいました。私など及びもつきませぬ」

「いやいや……」

 

 ルンビックはやや興奮したように姉を褒めそやすミーナに少しばかり戸惑った。

 こうまで姉に心酔するのであれば、あるいは姉の言っていたことは当たっているのかもしれない。

 クランツ夫妻との会食のあと、ミーナについて協議していたときに、姉が言ったのだ。

 

「クランツ夫人は、何処(いずこ)かで一級女官になるための教育をされていたのだと思いますよ。よほどによい教師がついたか、あるいは皇家(こうけ)に連なる人から直接教えを受けていたのやもしれませぬ」

 

 姉曰く、皇宮の一級女官は貴族古語を扱うが、言語知識だけでなく独特の発音も行う。皇宮関係者のみに伝わるもので、聞く者が聞けばすぐにわかるのだという。単純に古語を研究する学者とは違うのだ。

 

「失礼だが、男爵夫人はどこでそのような修身を学ばれたのであろうか?」

 

 ルンビックは単純な興味から問いかけたのだが、それまで少女のように嬉しがっていたミーナが、急に顔を強張らせるのを見て、すぐさま撤回した。

 

「あ、いや。今更、詮無きことを聞いた。お忘れいただきたい」

 

 ミーナのその辺りの事情についての詮索は不要、とルーカスに言われていたことを思い出す。この場合の『詮索不要』はつまり『詮索するな』と同義であった。

 

「ともかくも姉からの推薦もあって、公爵閣下は公女の世話をあなたに任せたいと仰言(おっしゃ)っておられる」

「そのような……私などよりも、家令様の姉君のほうが相応(ふさわ)しゅうございます」

「いや。姉は足も悪く、十分に行き届いた指導ができぬは恥になると言うて、そうした礼儀作法の依頼はすべて断っておりましてな。翻意させることは難しい。まこと……老人というは頑固でな」

 

 そう言ってルンビックは嘆息する。

 自分はその頑固な老人からは外れているとでも言いたげに。

 

 いずれにせよミーナは固辞した。

 自分にはレーゲンブルトに残してきた子供たちがいる。マリーのことも、ましてオリヴェルは元気になってきたとはいえ、まだ時折体調を悪くして、薬の服用も続いている。ミーナがアールリンデンで、実質的なティアの世話人となってしまうと、子供達二人に寂しい思いをさせることになる。それだけは避けたかった。

 しかし家令はそのことについては、問題ないと笑った。

 

「もちろん公爵閣下は男爵家の事情についても、十分に了知しておられる。サラ=クリスティア様にはレーゲンブルトに行っていただく。そこで夫人より、貴族令嬢としての心得全般、礼儀作法の指導を受けてもらう」

 

 ミーナはまた驚いた。まさか公爵がそんな気の利いた取り計らいをして下さるとは、思いもよらなかった。

 ルンビックはミーナ側だけの事情でないことも素直に話してくれた。

 

「正直、サラ=クリスティア様のお立場は微妙なものがある。この公爵邸にいては、要らざる風聞を持ち込んで波風立てる者もおろう。まだ母も亡くして間もないことでもある。今は落ち着いて過ごせる環境が必要で、その上でいずれ公女としての披露目のときまでに、十分な礼儀を身につけてもらいたい。その役割を果たすにおいて、男爵夫人のご助力を願いたいのだ」

「それは……」

 

 ここまで周到に考えてくれていることに、どうして異議を唱えることができるだろう。

 結局、ミーナはサラ=クリスティアの世話人の役目を引き受けた。ここまで自分を認めてもらったのであれば、これ以上の固辞は失礼であろう。

 

「かしこまりました。不肖の身ではございますが、公女様の美しき成長の(たす)けとなれるように、誠心誠意、尽くして参ります」

 

 

 こうして五日後には小公爵様御一行と、ティア、もちろんカーリンも一緒に、レーゲンブルトに向かうことになった。

 

 

 

***

 

 

 

 で、現在。

 

 オヅマはレーゲンブルトにいる。

 目の前にはティボの呼びかけに集まった馬の群れ。

 黒角馬(くろつのうま)との交配が進んで、ほとんどはこちらに来て生まれた交雑種の二世だ。

 

「オヅマあぁーッ!!」

 

 遠くから自分の名前を呼ぶ声に、オヅマは眉を寄せた。

 

「オヅマあぁーッ! 筆写の宿題は昨日までにやっておくように言ったろうがーッ」

 

 マティアスの怒鳴り声が、今日も今日とて、薄曇りの空に響く。

 

「親分。また呼びに来てるよ」

「……行きたくない」

「大変だぁねぇ……」

「そう。大変なんだよ、俺。せっかくこっち戻ってきたってのに……朝駆けの後は、座ってずーっと勉強なんだぜ。体動かしてたらまだしもさ、そんなもん、暖かい部屋で軽食まで用意されたら、もう寝るしかないじゃんか」

 

 ティボは一緒になって渋い顔をしてから、フフッと笑って言った。

 

「頑張って! 親分!!」

「…………へーい」

 

 オヅマは仕方なく返事すると、怒鳴るマティアスへ向かって歩き出した。

 

 




次回は2024.08.18.更新予定です。
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