昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第二百十一話 アドリアンの誠実

 テリィとオリヴェルが仲良くなっていくことに、一番不満を持ったのはマリーだった。

 

「私は……あの人のピアノ好きじゃない」

 

 マリーはオリヴェルとテリィが二人、()()()()いるのが面白くなかった。

 特に二人がピアノの部屋に籠もって、テリィの例のやたらと忙しい、おどろおどろしい曲を、オリヴェルが喜んで聴いていることが信じられないし、理解できない。

 

「やたらとうるさくて……『俺は上手いんだぞ!』って、威張ってるみたいで嫌」

 

 マリーはティアらと一緒にピアノの練習をするので、その部屋に行くことは多かったのだが、部屋の中からテリィの腕自慢のような曲が流れてくると、すぐさま回れ右した。

 本当はテリィに文句を言ってやりたいが(実際に言ったりもしたが)、するとオリヴェルが悲しそうな顔になるので、マリーとしては黙って我慢するしかない。

 

「おぅ、おぅ。むくれてやんの」

 

 オヅマが囃し立てて、軽くマリーのおでこを小突く。

 ふくれっ面のマリーを見て、アドリアンは少し微笑んだ。

 

「マリーには少し恐ろしげに聴こえるのかもね。元々、ああした曲は戦場へ出向く騎士や兵士らに送られたものだったりするし、鼓舞する意味もあるから」

「あんな曲聴いていたら、オリーの体に悪いわ」

 

 マリーはイライラしたように言ったが、オヅマは肩をすくめた。

 

「仕方ないだろ。オリーはああいうのが好きなんだから。だいたいピアノを聴いた程度で体調崩すなら、騎士団の見学なんてしてたら毎回卒倒することになるぜ」

 

 剣撃や、格闘術の訓練においては、少々の怪我は毎度のことである。当然、出血などもある。オリヴェルは痛そうに見ていても、特に忌避することはない。

 テリィのピアノについても、最初は驚きもあって、すっかり興奮してしまったが、その後においては大人しく聴いて楽しんでいる。

 

「オリヴェルさんは、ああいう……何というか、壮大な曲がお好きなんですね」

 

 すっかりむくれているマリーをなだめるようにティアが言うと、「それそれ」とオヅマは指さした。

 

「オリーはさ、病弱だとかで皆、騙されるけど、わりとこう……わぁーっと迫力のあるような、わかりやすくて劇的なヤツが好きなんだよ」

「そうだな。僕も帝都にいたときに頼まれていた本は、決闘や戦記の類のものが多かった」

 

 アドリアンもまた同意する。

 

「まぁ、そのようなことを小公爵様に頼んでいたのですか?」

 

 驚いて思わず声を上げたのはミーナであった。

 定期的にティアの学習進度などについてルンビック宛てに書き送っていて、今はその手紙の下書きを書いているところだった。

 

「たまたま手紙の中でそういう話になったんです。別に僕は街に出るついでだから、大したことじゃないですよ」

「ごめんなさい、お母さん。私もアドルに……その、ちょびっと頼んだ」

 

 マリーが怒られるかもと小さな声で白状すると、ミーナはあきれたように口を開けて、やれやれと首を振った。

 

「まったく……小公爵様にお使いを頼むだなんて」

「気にしないで下さい、男爵夫人。たいがいの無礼なことは、既にオヅマで慣れてます」

 

 アドリアンが気さくに笑って言うと、オヅマが「おいっ」と叫ぶ。途端にその場は笑いに包まれた。

 

 今は午後の休息時間で、領主館の居間に集まっていたのは、アドリアンとオヅマ、ティア、カーリン、マリーと、隅で書き物をしていたミーナ、お茶の用意を整えて扉近くに控えていたサビエルの六人である。

 話題の二人については、オリヴェルの部屋に籠もって絵の勉強。エーリクは騎士団でアルベルトに弓の個人特訓を受けており、マティアスは午前の訓練ですっかりへばって午睡中だ。

 ちなみにハンネは、姉が臨月間近なので手伝いに行くと言って、先月のうちにアールリンデンへと帰って行った。

 

「双子の妖精のお話よね?」

 

と、ティアが言ったのは、マリーがアドリアンに買ってもらった本の話だった。カーリンも知っていたのか、めずらしく自分から話し出す。

 

「私も読ませてもらいました。前に同じのを読んだことはあったんですけど、絵柄が新しくなっていて、とっても可愛い妖精になってて。特にミーナが……あ、すみません。あの、男爵夫人のことではありません。イファルエンケの娘のミーナの話なんです」

「あら? 私は妖精ではございませんか?」

 

 ミーナは笑顔を浮かべつつ、少しとぼけた様子で言って、カーリンの緊張を解いた。

 

「もう、お母さんったら。カーリンをからかったりなんかして」

「本当に男爵夫人は、あのミーナの化身かもしれませんね」

 

 女たちがクスクスと笑い合うのが、オヅマにはさっぱりわからない。

 

「さっきから、なんだよ。妖精とかなんとか」

「なによ、お兄ちゃん。知らないの? イファルエンケの双子の娘の話よ。ミーナは最初の妖精になって、レーナは最初の小人になったじゃないの」

「はぁ? イファルエンケ? なんだ、おとぎ話か」

「おとぎ話じゃないわ。神話よ、神話!」

 

 マリーがムキになって抗議する。

 

 イファルエンケは八柱の神の中でも、もっとも庶民になじみ深い神だ。

 平和、音楽、遊牧、漂泊、恋人達の神でもあり、顔のないその姿は捉えられぬものの神として、抽象的な一面も持っている。雀が使いであるため、雀の仮面を被った姿で描かれるのが一般的だ。西の象徴でもあり、帝都の外郭門の一つ、西大門はイファルニアーザと呼ばれ、その周辺の広場は吟遊詩人らのたまり場となっている。

 

 このイファルエンケが人間の女(一説には男)と恋に落ちて、双子の娘が出来るのだが、それがミーナとレーナの話。

 

 ミーナは愛らしく、無邪気、無垢なる美少女として描かれる。

 その歌声に冬枯れの木々も芽吹き、その足跡には花が咲くほどに、彼女はすべてのものから愛された娘で、後に妖精族の始祖となった。

 

 反面、姉のレーナは産まれたときに、イファルエンケの双子の妹であるセトゥルエンケの呪いによって、半身が炎に焼かれたかのような赤痣(あかあざ)を持って生まれたため、醜悪な容姿の娘として描かれる。

 ただし知能は高く、一歳で駒取り(チェス)を覚え、父・イファルエンケを負かしてしまった。彼女は後に(くわ)(すき)などの道具を発明し、牛などを家畜化する方法を人間に教え、最終的には小人族の始祖となったとされている。

 

「妖精も小人もいねぇし、どうせなかったことなんだから、おとぎ話じゃんか。なぁ、アドル?」

 

 呼びかけられて、アドリアンはしばらく返事しなかった。ややあって、呼ばれていたことに気付いてあわてて問い返す。

 

「え? なに? なにか言った?」

「いや、妖精とか、おとぎ話だろって話」

「あぁ……まぁ、うん。神話だから、何か象徴的なことを表してはいるんだろうね」

 

 アドリアンは答えつつも、どこか心ここにあらずだった。

 それというのも、また奇妙な相似を見出してしまったからだ。

 

 ミーナとレーナ。

 

 どこかでレーナという名前を聞いたなとぼんやり考えていたら、思い出したのは大公ランヴァルトの腕に絡みついていた蛇のことだった。

 黒曜石の瞳を持った白い蛇。

 その蛇をランヴァルトは「レーナ」と呼んでいたのだ。そのときにレーナと名付けたのは昔、大公家にいた娘であったということも聞いている。

 

 アドリアンはひどく胸がざわめいた。

 この落ち着かない気持ちは初めてではない。

 アールリンデンでの()()晩餐の前、オヅマにあげた服の意匠について話していたときにも、奇妙な偶然を感じて困惑した。

 服に刺繍されていた翠耀鵬(アーデューン)と、オヅマの名前の繋がり。

 それらを知った上で、その服を勧めてくれたランヴァルト。その意味を知って喜んでいたミーナ。

 

 また、だ。またミーナから大公が連想されてしまう……。

 

 それでもまだ、アドリアンは偶然だと思っていた。

 ミーナという名前は、神話にあやかって親が娘につけるものとしては、さほど珍しくない。それこそ多くが使ったがために、今では少々ありきたりだと敬遠されるほどだ。

 

 しかし偶然は、アドリアンに何かを要求するかのように、また奇妙な近似を示してきた。

 

 

***

 

 

 ヴァルナルに呼ばれ執務室に入った途端に、アドリアンは覚えのある匂いに鼻をヒクヒクさせた。

 

「小公爵様、どうぞこちらへ」

 

 十日に一度ほどの間隔で、ヴァルナルはアドリアンを呼んで話をする。とくにこれといったことではない。領主館内での生活に不都合なところはないか、学業の進度、近侍らの様子などについて、雑談をする程度のことだ。

 ただ、注意深く聞いているのはわかっている。

 それはヴァルナルがアドリアンとの会話について、おそらく公爵へ報告しているからだ。

 それが公爵(ちち)からの要請であるのか、それとも腹心たるルーカスの進言なのかは知らないが、アドリアンとしては素直にあったことを述べるだけだ。

 

 だがその日、アドリアンはヴァルナルの執務机にあった飲みかけのカップの中に、帝都でよく見ていた同じ色の液体を見つけて、思わず尋ねてしまった。

 

「ヴァルナル、それは……珈琲だよね?」

「おや、ご存知でしたか?」

「あぁ……何度か飲んだことがある」

「小公爵様が珈琲を? 苦くはないのですか?」

「いや、だって、ヴァルナルもミルクを入れてるじゃないか」

「これはミーナが私のために、飲みやすいようにと考えてくれたものでして」

「……え?」

 

 アドリアンはまたドクンと心臓がはねるのがわかった。だが幼い頃からの(しつけ)によって、その動揺が顔に表れることはない。

 

「お恥ずかしいことながら、私にはあの飲み物を黒いまま飲むというのが、なかなかに難しく……」

 

 ヴァルナルはいい大人が苦い程度のことで敬遠するのが恥ずかしいと思うのか、ポリポリと頭を掻きながら、小さい声で言った。

 

「飲むのに難渋しておりましたら、ミーナがこのようにミルクを入れることを勧めてくれましてね」

「ミーナ……男爵夫人が……?」

「小公爵様もミルクを入れてお飲みに?」

「えっ?」

「いえ、普通は皆あのまま飲みますから……よくこれがミルクを入れた珈琲だとおわかりになられましたね」

 

 ヴァルナルは話しながらカップを持つと、中に残った液体を混ぜるように軽く揺らす。

 アドリアンはなぜか妙に焦って、言い訳するかのように早口で言った。

 

「あ、あぁ。その、僕も子供だからと言って、ミルクと蜂蜜を入れてもらったんだ。……皇宮(こうぐう)で」

「ほぉ! 確かに蜂蜜を入れれば甘くて、子供であっても飲めそうですな。いや、気の利いたもてなしだ。さすがは皇太子殿下の園遊会であれば、細かきことまでも徹底していることです」

 

 珈琲は昨年頃から帝都では庶民でも飲むようになってきてはいたが、まさか小公爵が屋台の珈琲を飲むはずはないと思っているのだろう。まして子供相手ということも考えれば、皇太子殿下主催のあの園遊会で出されたと思ったのかもしれない。

 

「あ……うん」

 

 アドリアンはだが、否定しなかった。

 本当は園遊会で出されたものではない。『七色蜥蜴(とかげ)の巣』で、ランヴァルトが苦くて吐きそうになったアドリアンのために、わざわざ給仕に命じて持ってこさせたのだ。

 

 再び生じた大公とミーナの接点に、アドリアンは目を背けた。

 何かひどく腹の中が重苦しい……。

 

 そこからのヴァルナルとの会話は、どこか上の空だった。

 アドリアンはともかく早くこの場から立ち去りたくて、ややいつもよりも素っ気ない態度になってしまった。

 

「……大丈夫ですか? あまり顔色が(すぐ)れぬご様子ですが」

「あぁ、そうだね。昨日、少し本を読みふけっていたせいかな。寝不足なのかもしれない。すまないけど、もう部屋に戻ってもいいかな?」

 

 普段、多少の熱でも隠すアドリアンが、珍しく自分の不調を訴えるので、ヴァルナルはあわてて切り上げた。

 

 騎士に部屋まで送って行かせるというヴァルナルの申し出を、アドリアンは笑って固辞すると、逃げるようにその場から立ち去った。部屋に戻るなり、寝椅子(カウチ)に倒れるように凭れかかると、そのままずるずると横になって突っ伏する。

 

「どうなさいました?」

 

 サビエルが驚いたように声をかけてきた。

 常日頃から居住まいについてきちんとしているアドリアンが、戻ってくるなり寝転がるなど相当なことだった。

 

「医者を呼びに……」

 

 扉へと向かおうとするサビエルを、アドリアンは鋭く呼び止めた。

 

「いい! 体調が悪いんじゃない!」

 

 苛立ったその声音に、サビエルはますます目を丸くしたが、そこは年長者として、少年であるアドリアンにそっと寄り添って声をかける。

 

「いかがなさいましたか? よろしければお話し下さい。(わたくし)()でございますから」

 

 従僕が(あるじ)の相談に乗ることはない。彼らは基本的にその場にいないものとして、主の目にも、心にも()()のないように行動することが求められた。主の悩みを聞いても、それは()としてであり、()は口外しない。

 

 アドリアンは自分がサビエルに八つ当たりしていると気付くと、途端にバツが悪くなった。それでも、この従僕が文句を言ったり、あきれたように溜息つくことはない。以前までいた者たちのように。

 

 アドリアンはのろのろと起き上がると、ぼんやりと言った。

 

「……言ったほうがいいだろうか? 大公殿下と……」

「それは……」

 

 サビエルは眉を寄せた。

 

 大公殿下とアドリアンとの交流については、秘密裏に行うことが双方の間で合意している。

 その場にはサビエルとエーリクも控えていた。

 公爵家と大公家に残る過去の因縁によって、おそらく現公爵始め、家令やサビエルの父であるルーカスも、跡継ぎたるアドリアンが大公家当主と親しくつき合うことは望まないだろう……と。

 ゆえにこそ、いまだにアドリアンがランヴァルトに書き送る手紙も、宛先は『七色蜥蜴の巣』の主人・ゾルターンになっているのだ。

 

 だがサビエルは勘違いしていた。

 このとき、アドリアンが言わねばならない……と考えていたのは、公爵家の者に見つからぬように、ランヴァルトと会っていたことではない。

 言うべきは、ミーナと大公の不思議な繋がりだった。

 このところ立て続けにアドリアンに示された偶然について話せば、おそらくルーカスはすぐに調査するだろう。

 その過程でランヴァルトとの交流について咎められたとしても、それは今のアドリアンであれば反論できる。そもそも伯母(エレオノーレ)のことを知らされていなかったのだから、大公と知遇を得て親しくすることに文句を言われる()われなどない。

 

 だが本来であれば、公爵家の者に話す前に、アドリアンはこのことについて、ランヴァルトに伝えるべきではないか。

 

 

 ―――― 十年以上が過ぎるというのに、いまだ……忘れ得ぬ……

 

 

 あんなに哀しそうに言うほどランヴァルトにとって大事な存在であったのならば、せめてその可能性のある人物が近くにいることを教えてやるのは『友』として当然のことではないか。

 いや、まだ確信が持てないのであれば、せめて彼に問うべきではないのか。

 

『前に仰言(おっしゃ)っていた娘の名前は、ミーナと言うのではないですか?』

『その娘は西方の血の入った、薄紫の瞳をした少女ではありませんでしたか?』

 

 ランヴァルトだけではない。

 ミーナにも問わねばならない。

 

『あなたは昔、大公家にいませんでしたか?』

『そこで死にかけていた白い蛇を介抱してやり、その蛇に自分の姉を意味するレーナという名前を与えませんでしたか?』

 

 けれどその答えの先を想像したとき、アドリアンの中にひどく冷たいものが(こご)る。そんな感情を決して認めたくもないし、それを()にぶつけたくもないのに……。

 

「……言いたくない……」

 

 アドリアンは顔を両手で覆いながら、弱々しくつぶやく。

 

「小公爵様……」

 

 サビエルはひどく思い悩むアドリアンを、痛ましげに見つめた。

 

 アールリンデンでの()()晩餐において決定的となったが、アドリアンにとって公爵は既に父ではない。父としての愛情も信頼も、もはや望むことのない存在と成り果てた。

 その代償を、寛容なる大公殿下に求めたとしても無理もないことだ。

 一従僕のサビエルに対してですらも、軽んずるようなことはなく、偉ぶることもない。尊貴なる身分に(たが)わぬ気品も雅量(がりょう)も持ち合わせていながら、嫌味なく庶民の場にも溶けこんでしまう。そんな大度量の人物が側にいて、どうして頼らずにおれるだろう。老成していても、まだ少年の儚さを持つアドリアンであれば、尚のこと。

 

 少し考えてから、サビエルは一つ、思い出した。

 

「そういえば……皇太子殿下も言わぬがよいと仰言(おっしゃ)っておられませんでしたか?」

 

 

 帝都を出発する前日、いきなり非公式に尋ねてきた皇太子アレクサンテリは、挨拶もそこそこにアドリアンに言った。

 

「君、大公と頻繁に会ってるようだけど、あんまり彼に心酔するのは感心しないことだよ」

 

 どうしてランヴァルトと会っていることを、アレクサンテリが知っているのかと思ったが、聞いたところで教えてくれはしないだろう。

 グレヴィリウス公爵家においてもそうであるように、まして皇家(こうけ)であれば尚のこと、その跡継ぎと周辺が警戒して、自分以外の皇位継承者に対して警戒するのは当然のことである。アレクサンテリ自身が望むと望まざるに関わらず。

 そんな境遇におかれていることに、本来同情すべきなのであろうが、自分も似たような状況ではあるし、なによりアレクサンテリの表情を見る限り、そうした悲壮感はない。いつもながら本心が見えず、人を食ったような、どこか空々しい笑みを浮かべるだけだ。

 

「何を仰言(おっしゃ)っておいでか、わかりかねますが、皇太子殿下のご迷惑にはならぬことと存じます」

 

 澄まし顔でアドリアンが牽制すると、アレクサンテリは大きく伸びをしながら「ふぅぅーん」と、大きな溜息をつく。

 

「まぁ、僕はさておき。少なくともこの公爵家の連中 ―― 公爵を始めとして、ベントソン(タヌキ)卿やら家令、それとクランツ男爵なんかにも、秘密にしておくんだね。もし、知られたが最後、彼らは君が大公に会うのを禁止するだろう」

 

 それはアドリアンにも予想できたことだったので、とくに驚かなかった。

 沈着なアドリアンに、アレクサンテリは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。

 

「なんだい、まったく。一応忠告してあげてるってのにさ。君、彼らが大公を遠ざける理由、わかってるの?」

「元大公妃……エレオノーレ伯母上のことですか?」

 

 アドリアンがムッとして尋ねると、アレクサンテリは紺青(プルシアンブルー)の目を見開いた。

「あーあーあーあー」と、うるさい相槌を打ってニコリと笑う。

 

「そう……そう! そうなんだよ。知ってた?」

 

 アドリアンは眉を寄せ、アレクサンテリを睨みつけた。

 なにか意味ありげな態度が気になったが、表情を見せない大きな紺青の瞳は、ただ機嫌の悪いアドリアンを映すだけだ。

 

「じゃあ、このことも知ってるのかな? その伯母上の一件で、公爵家が島を一つ取られたっていうのは」

「島?」

「南東にあるエン=グラウザ島さ。ダイヤモンドが出る上に、今は南へ向かう海洋交通路の要衝になってる。なかなか大公家も抜け目がないだろう?」

「それは……存じ上げませんでした」

 

 アドリアンが素直に言うと、アレクサンテリは得たりとばかりにニンマリ笑った。要は驚かせたかったのだろう。

 

「じゃあ、ま、あんまり我が大叔父の気精(オーラ)に、巻き込まれないようにすることだね」

 

 去り際までもアレクサンテリは、ランヴァルトについて釘を刺してくる。

 アドリアンは憮然として言い返した。

 

「ご自分の大叔父上に対して、そういう言い方はあまりよくないと思います」

「失礼、小公爵。でも、覚えておくことだよ。僕の忠告を。彼の望みと、君の望みを取り違えることのないように」

 

 

 結局アドリアンは、ミーナと大公に関する疑問を封じた。

 

 この疑問を解消することが、関わるすべての人間にとって幸せであるとも思えない。下手をすれば今のランヴァルトの平穏を壊し、ヴァルナルたち家族の幸せを奪ってしまうかもしれない。

 

 誠実に考えた末に出した結論だった。

 そう、アドリアンは誠実であろうとした。

 自分のこの選択に、(やま)しいものなどあろうはずがない。

 

 だが、一方で。

 

 そんなふうに()()()していることを、誰よりも自分自身がわかっている。

 狡猾な目をした()()が、清廉であろうとするアドリアンを嘲笑っているのだ。

 

 

 ―――― オマエハ、()()ニ、()ラレタクナイダケダ……

 

 

 




次回は2024.09.01.更新予定です。
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