昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第二百十九話 見知らぬ友人

「もぅ~、結局仲直りしてないじゃないの~」

 

 あきれたように腕を組むマリーの前で、オヅマはガックリ項垂(うなだ)れていた。

 あの後、オヅマは呆然としたまま、それでも一応アドリアンが散らかしていった資料を片付けたりしていたのだが、そこにマリーがやってきたのだった。

 

「お兄ちゃん。デーツのタルトが焼けたけど、そろそろ休憩しない?」

 

 しかしそれこそ勉強などおっ放り出して、躍り上がってやって来ると思っていた兄は、耳に入っていないかのように、トントンと束になった書類を整えている。はぁ、と珍しくしょんぼり溜息なんてついて。

 マリーはすぐにピンときた。

 無理やり兄を引っ張って、すっかり子供らの溜まり場となっている応接室に連れて行き、

 

「なにがあったか白状しなさい!」

 

と、問答無用で()(ただ)してみれば……案の定、またアドリアンを怒らせたらしい。

 

「お前、いったい何を言ったんだ? あの小公爵様を怒らせるなんて」

 

 日頃から、数々のオヅマの無礼に寛容なアドリアンが怒るなんてことは余程である。マティアスとしては、ここらで一度、しっかり反省を促したかった。

 オヅマは切り分けられたタルトを一口食べてから、はぁ……と何度目かの溜息のあとに話し出した。

 

「俺だって何に怒ってたのかはわかんねぇよ。ただ、ちょっと気になって……」

「気になる?」

「あいつが友達がいるとか言うから、誰かって聞いたんだよ。そうしたら教えてくんねーし、なんかやたら隠そうとするから、腹立ってきて……」

 

 友達、と聞いてマティアスも首をひねった。すぐにそれらしい人物が思い浮かばない。

 

「誰だろう? 僕らのことじゃないよね?」

 

 テリィがタルトを頬張りながら言うと、隣に座っているオリヴェルも頷いた。

 

「まぁ、僕らなら隠す必要もないしね」

「アールリンデンで仲良くなった……青月団の子でしょうか? レオシュとか」

 

 ティアがかろうじて思いついて言ったものの、オヅマは即座に否定した。

 

「いや、あいつらじゃないだろ。なんか俺と癖が同じ奴らしくて……それに『素晴らしい人だ!』とか言ってたんだぜ。いや、あいつらもいい奴だけど、アドルがあいつらのことを『素晴らしい人』なんて言い方するか?」

「それは……あまり適当じゃありませんね」

 

 カーリンも同意して、首をかしげる。

 

 その場において、沈黙しているのはエーリクだけであった。

 だが日頃から彼が無口であるのは、ここにいる全員の知るところであったので、誰も奇異に思わない。その無表情に見える顔が、実は必死に唇を噛みしめ固めたものだと気付く者もいなかった。

 

 アドリアンの言う友達が、帝都で会った大公ランヴァルトであろうことは間違いない。『素晴らしい人』とアドリアンが心酔するほどの人物。しかも最後に会った日には「友として認めて頂いたんだ」と、嬉しそうに話していた。

 ランヴァルトのことは、公爵家と大公家の過去の因縁もあって隠すように言われている。知っているのはサビエルとエーリクだけで、皆が頭を悩ますのは無理なかった。

 

「それで、教えろ教えろってしつこく言って怒らしちゃったの?」

 

 マリーがあきれたように尋ねると、オヅマはうっと詰まって下を向く。

 気まずそうな兄を、マリーはジロリと睨みつけた。

 

「な・に・を、言ったのよ? お兄ちゃん」

「……だから、めずらしいじゃんか。アドルに友達がいる……とか」

「な・ん・て、言ったの? お兄ちゃん?」

 

 ゆっくりと兄を詰問するマリーには、小さいながらも凄味があった。全員の視線が集中する中で、ぼそぼそとオヅマが小さい声で白状する。

 

「……お前に、俺ら以外に友達なんかいるわけねーだろ……的、な?」

 

 マリーは唖然と口を開き、ティアとカーリンは「まぁ……」とかすかに声をあげ、テリィは処置なしとばかりに首を振り、オリヴェルはあきれ顔で、いつも言い過ぎてしまう兄に嘆息した。

 

「馬鹿か、お前は! 小公爵様にだって、貴族令息のお知り合いくらい、いるに決まっておるだろうが!」

 

 しっかりと雷を落としたのはマティアスだった。

 日頃口うるさいマティアスを、少しばかり苦手に思っていたマリーですらも、このときばかりは兄を(かば)う気持ちは起きなかった。

 全員からの白い目に、オヅマはますます身を縮めて小さく弁解する。

 

「だって……聞いたことないし、さ」

「上位貴族の方々であれば、そうおいそれと話せるわけでもない。繋がりがあることだけで、他から牽制されることもあるのだからな。そうだ! そもそも貴族令息などよりも、もっと(かみ)方々(かたがた)(*皇家(こうけ)など尊貴なる人々のこと)であられるやもしれぬ」

 

 マティアスは自らの閃きに同意を求めるかのように、エーリクに顔を向けた。エーリクはギクリとしたが、ちょうどお茶を飲んでいるところであったので、強張った顔に気付いた者はいない。

 

「エーリク! そういえば頻繁に皇宮(こうぐう)からお召しがあったな? 皇太子殿下に呼ばれていると」

 

 帝都でランヴァルトに会ってから、アドリアンは度々『七色(なないろ)蜥蜴(とかげ)の巣』を訪れたが、その頻繁な外出をごまかすために、テリィやマティアスには皇宮に行っているのだと嘘をついていた。皇宮の検閲は厳しく、従者を変えると、その度に詳細な検査が行われる。煩雑(はんざつ)さをなくすため、最初に一緒に行ったエーリクとサビエルのみを連れて行くと、アドリアンが説得したのだった。

 

 エーリクはゴクリとお茶を飲み下してから、「あぁ」と短く頷いた。

 マティアスがしたり顔で、うんうんと頷く。

 

「そうだ、そうだ。そうだった。確か、帝都を()つ前日には、わざわざお忍びでいらしたほどだ。お帰りの際には、我らにまでも気安く声をかけて、ねぎらってくださった。誠に()()()()()()でいらっしゃる!」

 

 テリィも追随するように言った。

 

「そういえば、皇宮のあの園遊会。ほら、大公殿下の ――」

 

(そのときエーリクはまたギクリと顔が強張ったが、タルトを無理矢理食べてごまかした。)

 

「息子のシモン公子がキャレをいじめていたじゃないか。あの時も仲裁に入ってくださって、そのあとにはしばらくお二人で、随分と長い間話されていたよね。それに幼い頃から皇太子殿下とはよく会われていたと、前に小公爵様も仰言(おっしゃ)っていたよ。よっぽど僕らなんかより、仲はおよろしいのかもしれない」

 

 テリィの話に、オヅマは眉を寄せた。

 妙にザラリとした嫌な感覚が肌をなめる。

 

「皇太子殿下だって? そんな話、アドルから聞いたことないぞ」

「馬鹿者、当たり前だ。皇家(こうけ)の方々のことを、そうおいそれと近侍であれ、外に漏らすようなことをなさるわけがなかろう。まして、お前なんかに話せば、それこそ街中の小僧にまで言い触らすだろうが」

「いちいち言い触らすかよ、そのくらいのこと」

()()()()()、とはなんだ? ()()()()()とは! そういう不敬な態度が問題だというんだ、この大馬鹿者っ!」

 

 馬鹿者に始まり馬鹿者で終わり……それでも誰からも援護されず、オヅマはふぅとまた溜息をつくと、肩を落として力なくタルトを(かじ)った。

 

 そこへ扉が開き、サビエルが入ってきた。「皆様にお手紙ですよ」と、トレイに乗せた手紙をそれぞれに配っていく。

 

 レーゲンブルトに来てから、月に一度は近侍ら宛てにそれぞれの実家から手紙が届いた。さっきまで怒っていたマティアスも頬を緩ませ、テリィはすぐさま小包みを開いて、中に入っていた顔料をオリヴェルに見せる。

 

 最後にサビエルから手紙をもらったエーリクは、サビエルに意味深な視線を送ってから、まだトレイに乗っていた手紙をチラと盗み見た。書かれてあった名前にホッとしたように息をついて、すぐに自分宛の手紙を開封し始める。

 サビエルは首をかしげたが、エーリクが何も言わないので、軽く辞儀をして再び扉へと向かった。

 だが出て行く直前に、オヅマに呼び止められる。

 

「ちょっと待った」

「え?」

 

 サビエルが振り返ったときには、既にオヅマはそばまで来ていて、サッとトレイの上の手紙をとった。

 

「えっ? あの……」

 

 サビエルが止める間もなく、オヅマは封筒の宛名と差出人を確認する。

 

「……サビエルさん宛てか。ゾルターン……って、知り合い?」

「えぇ、まぁ……帝都で仲良くなった人です」

「ふぅん……そう」

 

 オヅマがトレイに手紙を戻すと、マリーが厳しくたしなめた。

 

「ちょっと、お兄ちゃん! 人の手紙なのに、なにを勝手に見てるのよ!」

「中身は見てないだろ。アドル宛てかと思ったんだよ」

「アドル宛てであったとしても、お兄ちゃんがどうして見るのよ! そういうところよ、お兄ちゃんの困ったところ。まったくデリカシーってものがなさすぎなのよ。アドルは繊細なのに……。()()()()()をするくらいなんだったら、もうちょっと相手のことをわかってあげなさいよ!」

「…………は?」

 

 その場にいた全員が止まった。

 奇妙な沈黙がしばし続いたあとに、真っ先に声を上げたのは当然ながらオヅマだった。

 

「オイッ! なんだ、それ。なんだ、その恐ろしい想像!」

「想像じゃないでしょ。近侍の人は、皆そうなんでしょ? アドルと()()()()()をしないといけないんでしょ?」

 

 マリーが平然と言うと、その場にいた近侍らは全員しばし言葉を失った。

 

「マリー、それ前にトーマス先生が仰言(おっしゃ)ってた……」

 

 ティアが説明しようとするのを遮って、テリィが泣きそうな声で叫ぶ。

 

「ええぇッ!? なにそれ? 僕、知らないよ、そんなの。聞いてない! まさか……あの、昔は近侍が()()()()()()も勤めてたとかいう……そういうやつ? いや、昔の話でしょ? そういうことがあったっていう……そういう()()話でしょ? 僕、無理。無理、無理ッ。無理だからッ」

 

 真っ赤になって、あわてふためくテリィに、カーリンがややあきれた様子でなだめた。

 

「落ち着いて下さい、テリィ。あなたは多分、大丈夫です」

「なんだよ、それ! なんかビミョーに失礼ッ!」

()()()()()()って、なんだッ! どういう意味だよッ?」

「近侍が……恋人の、フリ……」

 

 一気に騒然となった雰囲気の中、響いたのはマティアスの一喝だった。

 

「やぁかましーいッ!!!!」

 

 ピタと、騒いでいた面々が動きを止める。

 それぞれが静かに聞く態勢になったのを確認してから、マティアスはマリーの前に立つと、鹿爪らしい顔で問いかけた。

 

「マリー嬢、オヅマと小公爵様の仲が良いのは認めますが『恋人』という認識は、誤っておられませんか?」  

「『恋人』じゃないわ。『恋人のフリ』よ。でも『嘘から出たホント』になっちゃうって言ってたから、やっぱりお兄ちゃんとアドルは『恋人』になっちゃうのかしら?」

「お前、やめろよ。本当に。想像しただけでも、鳥肌が立つ」

 

 心底ゾッとしたように抗議するオヅマを、マティアスは厳しく見据えて制し、コホリと咳払いして再び尋ねた。

 

「マリー嬢。私の認識においては、確かに()()(あるじ)なる人 ―― 私共で申せば小公爵様であらせられますが、()の人が年頃となったときに、おかしな……少々問題があるような女性に惑わせられることがないようにと、いわば()()()()()()、近侍が……まぁ、そうした役割を担うことも()()()という話ですが、昨今においてそうした話は聞かれませんし、小公爵様も望んでおられぬと思います」

「それは知ってるわ。アドルも違うって言ってたし」

 

 マリーがあっさりと認めると、オヅマがまたわめき出す。

 

「違う、って言ってんじゃねーか!」

「でも()()()()()してるじゃない」

「なんなんだよ、()()()()()って!?」

「お前達兄妹は……ちょっとは、人の話を聞けーいッ!!」

 

 なんだかんだと賑やかしい子供達を、サビエルはしばし呆気にとられて見ていたが、マティアスが上手に説明してくれるであろうと思われる頃合いで、そっと部屋から出た。

 

 こうしてちょっとした騒動に巻き込まれた後に、サビエルはようやくアドリアンにその人からの手紙を渡したのだった。

 




引き続き更新します。
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