昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第二百二十五話 お茶騒動(1)

 帰ってくるなり、子供たちはぐったりとソファに倒れ込んだ。

 祭りの高揚感の中で踊っている間は元気であったのだが、領主館に戻ってくるなり、全員の気力が果てた。

 

「お茶が欲しいな」

 

 アドリアンがつぶやくと、サビエルは疲れ切ってはいたものの、そこはプロの従僕としてすぐさま取りかかろうと歩き出す。だが疲労困憊のサビエルを、ミーナがやんわりと止めた。

 

「まぁ、サビエル。あなたにも休息が必要よ。お茶なら私が準備するから、待っていて頂戴」

「いえ、そんな。男爵夫人に、そのようなことをしていただくわけには……」

「大したことでもないわ。ちょうど旦那様にお茶を差し上げる時間ですから……ナンヌも少しそこの椅子に座っておいでなさい」

 

 ミーナは部屋を出ると、お茶の用意をする小部屋へと向かった。

 元々は食器部屋であったが、ちょっとした炊事場にもなっていて、お湯などを沸かせるように小さな焜炉(ストーヴ)や、水甕が置いてある。日頃、アドリアンや近侍らの勉強中の軽食などを用意するときに、サビエルはここを使っていた。

 

 ミーナが小部屋に入ると、従僕のロジオーノが一人、椅子に腰掛けてお茶を飲んでいるところだった。入ってきたミーナに驚いて、あわてて立ち上がったものの、飲んでいたお茶がむせて盛大に咳き込んだ。

 

「まぁまぁ」

 

 ミーナはロジオーノの背をさすって、落ち着かせた。

 

「す、すみません。奥様」

「いいのよ。急に入ってきて、びっくりさせてしまったわね。()()()()()()()()をしていたのでしょう?」

「あ、えと……はい」

 

 ロジオーノはおずおずと頷いた。

 従僕や女中がたまに、ほんのたまーに、こうして暇を見つけてお茶を飲んでいることはあったが、多くの場合、それが見つかったときの言い訳は「お茶を淹れる練習」であった。そこはミーナも商家勤めをしてきた経験もあり、この領主館で働いていた仲間であるので、仕事の間のちょっとした休息として大目に見ていた。

 

「じゃあ、腕前を見せていただこうかしら。ロジオーノ。小公爵様たちが帰っていらして、すっかり疲れていらっしゃるの。あなた、淹れてもらえる?」

「あ、はい。すぐにご用意いたします!」

 

 ロジオーノはすぐさま用意にとりかかった。お湯を沸かして、トレイにカップやらを置いていく。オーク材の古びた戸棚から素焼きの容器(キャニスター)の一つを取ろうとして、ミーナに止められた。

 

「あぁ、ロジオーノ。それではないわ。サビエルがいつも小公爵様に淹れているのは、これよ」

 

 ミーナは少し背伸びすると、一番上の棚に置いてあった白い陶器のキャニスターを取って、ロジオーノに渡した。

 クリーム色の紙に店の商標と茶葉の産地が印刷されたそのキャニスターは、いかにも帝都の有名店で売られているらしい瀟洒(しょうしゃ)な一品で、一緒に並べられた素焼きのそれとは明らかに質も値段も違うのがわかる。

 

「すみません。いつもサビエルがしているものだから……」

「そうね。普段はサビエルが一手に引き受けてくれているから、私もとても助かっているわ。でも、今日はもうクタクタみたい」

 

 ミーナが笑って話していると、ゾーラが呼びに来る。

 

「あ、奥様。領主様がお呼びです」

「あら。私も用意しないと。お湯はまだあるかしら?」

 

 こうして小部屋から出てきた二人は、それぞれ目的の場所へと向かった。

 ミーナはお盆に用意したティーセットを乗せて。

 ロジオーノはワゴンに大量のカップと、いつものよりも一回り大きめのポットを乗せて。

 

 

***

 

 

 ワゴンでお茶を運ぶロジオーノとすれ違ったネストリが尋ねた。

 

「それは? 随分と多いな」

「あ、小公爵様たちが帰っていらして、お茶をご所望なので」

「……サビエルはどうした?」

「サビエルも祭りで踊らされてクッタクタらしいですよ。奥様に申しつけられて、彼とナンヌの分も用意してます」

「…………フン、相変わらず甘いことだ」

 

 ネストリは執事の立場上、新たな男爵夫人となったミーナに礼儀正しく振る舞っていたものの、内心では所詮下女上がりという侮蔑が抜けていなかった。

 顎をしゃくってロジオーノに行くよう指示したあと、いつもと変わらぬツンと取り澄ました顔で廊下を歩いて行く。

 だがその足は徐々に速くなっていった。途中で胸を押さえつけたのは、激しく鼓動する心臓の音が周囲に漏れ聞こえそうであったからだ。

 

 

 前夜、ネストリは『死神』からもらった赤い包みを持って、フラフラと厨房へと向かっていた。

 ひとまずはそこで何かしら、小公爵を始めとする近侍らの食事に、この包みの中身を入れられる(すべ)が見つからないかと考えたのだ。だが、その手前にある食器部屋に来て、ふと止まった。

 

『食事じゃなくてもいいんじゃないのか?』

 

 そんな考えが浮かんだ途端、ネストリはかつてない自らの閃きに愉悦した。

 キョロキョロと見回して、すぐさま()()()()()()()に置かれた白いキャニスターが目に飛び込んでくる。

 ネストリはあきれたように鼻で嗤った。

 

 本来、茶葉の入ったキャニスターは作業台の対面にある、茶葉専用の戸棚に置くべきであるのに、まだレーゲンブルトに来て間もない従僕(サビエル)はわからずに、適当に置いたのであろう。

 こんなところに迂闊に置いておく方が悪いのだ……と、自らの行為の正当性を一つ見つけて、罪悪感を減らしていく。

 

 ネストリはその白いキャニスターの蓋を取った。

 途端に茶葉のよい香りがたつ。

 ゆっくりと深呼吸して香りを吸い込んでから、ネストリは震える手で赤い包みを開いて、さらさらとした砂のようなものをキャニスターの中に入れた。

 すぐに蓋をして、無自覚に小さくつぶやく。

 

「……これでいい」

 

 ネストリの中では完璧な方法だった。

 なにも自分が直接、小公爵や近侍らの食事にこの毒らしきモノ ―― 『死神』は毒ではないと言っていた ―― を混ぜる必要はない。

 ()()が、自分以外の()()が、与えればいいのだ。

 

 茶葉の中に混ぜるということを考えたとき、ネストリの脳裏に浮かんだのは小公爵付きの従僕サビエルのことだった。

 

 それまでサビエルに対するネストリの認識は、年下のちょっとばかり気取った従僕、というものだった。

 そこには軽い嫉妬も入っていたろう。

 たとえ公爵邸において冷遇されている小公爵付きとはいえ、アールリンデンで働けること自体、まだしも芽がある。それどころか、このまま小公爵が公爵となれば、彼は本邸における執事長となりうる可能性もあるのだ。

 そう考えるとネストリの嫉妬はムクムクと膨れ上がり、サビエルを陥れることに一抹の罪悪感も感じずに済んだ。

 

 小公爵を始めとする近侍らは、午前あるいは午後の勉強合間に喫茶する。そのとき必ず茶を淹れるのはサビエルだった。しかもこのときばかりは、近侍らも例の古くさい習慣に囚われずに、それぞれに飲む。全員が同時に口にする可能性は高い。

 

 ネストリはもううっとりと微笑んでいた。

 これで疑われるのはサビエルになる。

 自分は大袈裟に驚いていればいいだけだ。

 

 自らの思いつきに、ネストリは内心で自画自賛しながら、そっと小部屋を出た。

 キャニスターを作業台の上に置きっぱなしにして……

 

 

 そうして現在(いま)

 

 逃げるように執事室に戻ってくるなり、ネストリは扉に凭れこんでズルズルとくずおれた。

 背中から噴き出た冷や汗が寒く、一気に震えがくる。

 

 まさかサビエルでなくロジオーノが淹れるなど、思ってもみなかった。

 だが、仕方ない。

 彼のせいでなくとも、不運に巻き込まれることはあることだ。

 今の自分が『死神』に目をつけられたように。

 

「……知らん……俺は……知らん。俺は、俺の……せいじゃない。俺のせいじゃない……俺の……」

 

 何度もつぶやいて、ネストリは必死に正常を保とうとした。

 もはやそれは自分への暗示に近かった。

 いっそそのまま狂ってしまったのならば、ネストリはある意味自由になれたのかもしれない。だが彼が狂気に沈むのを引き留めるかのように、控えめなノックの音が響く。

 

「ネストリさん、あなた……大丈夫?」

 

 小さく聞こえてきたケレナの声に、ネストリはバッと扉を開けると、すぐさま彼女を中に引き入れた。

 

「キャッ」

 

 ケレナはいきなり引きずりこまれるように中に入るなり、自分を抱き寄せたネストリに驚いた。

 夜の逢瀬であればともかく、昼日中にこうした熱情も露わな行為をするような人でない。日頃、職務においては厳格で真面目な彼には珍しすぎる……というよりも、初めてのことだった。

 ケレナは戸惑いつつ、ネストリを見上げて更に驚いた。

 

「まぁ、あなた……どうしたというの? 真っ青じゃないの。やっぱり具合がよくないんじゃ……」

「見ていたのか?」

 

 ひどく切羽詰まった声でネストリが尋ねる。

 ケレナは首を傾げた。

 

「見ていたって……なにを?」

「…………どうしてここに?」

 

 ネストリがケレナの鈍感な反応にやや苛立ったように問いかけると、ケレナは当惑しながらも素直に答えた。

 

「それはあなたが廊下をひどく急いでいて、なんだか具合が悪そうに見えたから、気になったのよ。あなたは熱が出ていても、職務中には我慢して平然としているのに、ひどくつらそうで……」

「あぁ……ケレナ」

 

 ネストリは強くケレナを抱きしめると、そのまま唇を重ねた。貪るように口を吸い、ケレナの中に救いを求めた。

 

 一方のケレナはいきなりの接吻に何が起こっているのかわからなかった。

 だが舌を絡め合ううちに徐々に恍惚としてきて、何も考えたくなくなった。

 互いに強く抱きしめ合って、ケレナがネストリのボタンに手をかけようとしたとき、激しいノックが二人の陶酔を破った。

 

「執事様!! ネストリさん! 大変です!! エーリク公子が倒れられたんです!」

 

 

***

 

 

 ロジオーノが淹れてくれたお茶にまず最初に口をつけたのは、普段であればさほどに茶を飲むこともないエーリクだった。

 彼は祭りで輪舞の輪に加わることになり、慣れない踊りに悪戦苦闘して疲れて喉も渇いていたし、その下手な踊りを皆からからかわれて、多少気分を害してもいた。

 それでも普段から無口で、仏頂面の彼であるので、他方から見て彼の心情は気付かれることなく、まだ茶がそれぞれに配られている段階であるのに、早々に彼が飲み始めたことも知られることはなかった。

 一口含んだときに、エーリクは一瞬ひんやりとしたものを感じたという。

「ミントでも入っているのかと思った」と。

 だが大して気にも留めずにそのまま飲み下してから、しばらくすると、舌から喉にかけてピリピリとした刺激がきて……

 

 

 

 一方、オヅマはロジオーノが用意するなり、最初のお茶を取り上げて、飲もうとしたところに、マティアスがいつものごとく小言をふっかけてきた。

 

「オヅマ! 小公爵様にまず持っていくべきだろうが。お前が先に飲むな」

「うるせぇなぁ。俺はお前らと違って最後まで踊ってたんだぞ。喉だってお前らの倍渇いてんだ。先に飲む資格はあるだろ」

「お前、踊ったあとに女からアーモンドミルクをもらっていただろうが!」

「なーんだよ。お前も欲しかったなら、言えばいいだろ」

「馬鹿を言え! あのような場所で見知らぬ女から饗応など受けるわけにはいかん!」

「大袈裟な。饗応って何だよ。ただのアーモンドミルクで。見知らぬ女って、ただの花売り娘だろ。なにビビってんだよ」

 

 相変わらずのやり取りの間に、ロジオーノは近くまで来て待っていたエーリクにポットから注いだお茶を渡した。このとき、ロジオーノはエーリクが毒見として飲むのかと思ったらしい。甚だ形骸化したものではあるが、近侍らによる毒見当番はここレーゲンブルトにおいても続いていたから。

 そのロジオーノの考えを読んだかのように、オヅマがしゃあしゃあとした口調でマティアスに言い訳する。 

 

「あ、そうだ。毒見だ。毒見毒見」

 

 言いながらオヅマはクイッとあおってゴクリと飲み下した。

 

「なにが毒見だ! そういうときばっかり適当なことを言って、そもそも……」

 

 マティアスはここのところ、論文がうまく運ばず鬱屈が溜まっていたのか、それともエーリクに次いで踊りが下手だと、オヅマにからかわれた腹いせなのか、なかなか小言をやめようとしない。

 

 同じ年の二人のやり取りを見て、

 

「マティもお兄ちゃんも、いつもケンカしてるわりには、妙に仲がいいっていうか、息が合ってるのよね」

 

と、マリーは半ばあきれつつカップを受け取り、

 

「マティアス公子とオヅマ公子はケンカしてて通常なんですよ」

 

と、カーリンも溜息まじりにお茶のカップを持ち上げ、

 

「駄目だわ。私、お茶が飲めないわ。思わず噴いてしまいそう。前もお二人が……」

 

と、ティアは以前にもあった二人の滑稽なやり取りを思い出したのか、クスクスと笑い出す。

 

「まったく他人事なんだからね、お嬢様方は。僕はこの二人の調整役で、どれだけ苦心惨憺しているか……」

 

 アドリアンは大袈裟に嘆いてみせてから、カップに口をつけようとしたが ―――

 

「キャッ!」

 

 いきなり目の前でオヅマがマリーの持っていたカップを払った。

 テーブルに落ちたカップがガシャリと割れる。

 何の真似だ、とアドリアンが止める間もなく、オヅマは今度はアドリアンの持っていたカップを取り上げ、床に叩きつけた。

 

「全員、飲むな!」

 

 鋭く叫ぶオヅマの目線の先で、既に飲み下して違和感に気付いていたエーリクが、口を押さえて苦しげに顔を歪める。

 

「エーリクさん……飲んだのか?」

 

 オヅマが尋ねると、エーリクは頷いてから、ガクリと膝をついた。

 真っ青な顔のエーリクに、近くに座っていたカーリンがあわてて駆け寄る。

 

「エーリクさん、しっかりしてください!」

 

 倒れたエーリクに呼びかけるカーリンの背後で、テリィがあわあわと焦った様子でうろたえた。

 

「ど、どど、どうしよう! 僕、僕飲んじゃった! 死んじゃう! 死んじゃうよぉ!」

 

 泣きそうに……いや、もう既に涙目になって、テリィは喚き立てる。

 

「落ち着け、テリィ。君、さっき吹き出していたろうが」

 

 アドリアンはテリィの泣きじゃくる声にイライラして言った。

 

「そうだよ、テリィ。きっと大丈夫。落ち着いて」

 

 テリィの隣に座っていたオリヴェルがなだめ、ティアとマリーは二人で手を握り合って固まっている。

 すっかり混乱した場で、素早く指示を下したのはオヅマだった。

 

「サビエル、ビョルネ先生を呼んでこい! ナンヌは執事! マティアス、ロジオーノを拘束しろ! アドル、領主様に……」

 

 言いかけたときに、ロジオーノがよろけて尻もちをつくと、呆然とつぶやいた。

 

「あ、あ……奥様が……領主様にもお茶、を……」

 

 オヅマは息を呑んだ。

 

「アドル、エーリクさん頼む!」

「待て、オヅマ! 君また髪が……」

 

 アドリアンの制止も聞かずに、オヅマは部屋から飛び出すと、本棟にある領主の執務室へと全速力で向かう。

 走りながら、いつもならば忌避する()の記憶を必死で手繰り寄せた。

 

 

 ―――― クランツ男爵は、私の代わりに毒を()けて……死んだのです……

 

 

 ()()()はそう言っていた。

 昔の話として語っていた。

 昔?

 いつのことだ?

 彼がまだ子供の頃だったのか?

 わからない。

 はっきりしない。

 こういうときばかり、肝心なことが出てこない。

 

 いずれにしろ、今ではないはずだ。

 ()において、こんなことは()()()()()()()()なのだから。

 ()のクランツ男爵は、(ミーナ)と結婚することもなかった。

 (ミーナ)の茶を飲むこともなかった。

 だから今が、その時であるはずがない。

 

 だが、オヅマがここに来たことによって、もう既に()は大きく外れてしまった。

 ()がすべての物事を指し示すわけではない。

 すべての()での事が、必ず起きうるとも約束されず、同時に将来起きるはずのことが、今になることすらも否定できない。

 

 走りながらゾワリとした悪寒が背中を這ったのは、毒による作用ばかりではない。

 今更ながらに、自分の行為の代償があまりに大きな変化を及ぼすものであったと気付いたからだ。

 あの日、オヅマがした選択 ―― 母が絞首刑にならぬように、父を殺さないで済むようにと、ただそれだけを願ったその選択が、知らぬ間に多くの人々の運命を変えることになっていたのだとしたら……?

 いや、そもそもただの()であるのならば、それは何も起きていないに等しいはずだ……。

 

 だんだんと思考が無窮(むきゅう)の領域に入っていきそうで、オヅマは()を払った。

 

 ヴァルナルが無事であればいい。

 彼さえ無事なら、母もマリーも幸せなのだ。

 皆が幸せでいてくれるはずなのだ。

 だから彼が享けるかもしれぬ毒をも飲み干すつもりで、オヅマはあの禍々しい清毒(せいどく)を再び体に入れたのだから。

 

 ようやく執務室の扉が見えると、オヅマは走る速度を上げ、ほとんど蹴破るようにして中に入った。

 

 ソファに座ってミーナと談笑していたヴァルナルは、オヅマが乱暴に扉を開けて入ってきたときには、既に尋常でない気配を感じ取って、ミーナを庇うように立っていた。

 しかし入ってきたのがオヅマとわかると、キョトンとして尋ねる。

 

「……オヅマ、どうした?」

 

 オヅマは激しく肩を上下させ、よろけつつヴァルナルの前まで来て、かすれた声で尋ね返した。

 

「……無事ですか?」

「なに?」

「お茶……飲んで……おかしな、味……」

「お茶?」

 

 ヴァルナルはテーブルの上で既に空になったカップを見る。それからミーナが持っていたカップをすぐさま取り上げて、テーブル上のソーサに置いた。

 

「私たちは大丈夫だ。いつもと変わりない。それよりもお前……その髪……」

 

 ヴァルナルは色を変えたオヅマの髪に困惑しつつも、それよりもオヅマの切羽詰まった様子にただならぬものを感じて、鋭く尋ねた。

 

「いったい、なにがあった?」

「ロジオーノが淹れた茶が……毒が入ってたのか、エーリクさんが飲んで……具合が悪くなって……アドルは、無事です。マリーとオリヴェルも……他も……たぶん、大丈夫」

 

 言っている途中でオヅマもクラリと眩暈に襲われる。倒れそうになったが、かろうじて四つん這いになって踏みとどまった。

 

「オヅマ!」

 

 ミーナがあわてて駆け寄った。「ひどい汗。いったい……」

 

「すぐにビョルネ医師に……」

 

 ヴァルナルが扉に向かおうとするのを、オヅマは止めた。

 

「俺は大丈夫です。少し休めば……大して飲んでないから。それよりエーリクさんを……早く……」

 

 ヴァルナルは頷くと、ミーナに目配せしてから出て行った。

 ミーナは手ぬぐいでオヅマの汗を拭いてやったが、その布が変色した髪と同じように、青紫がかった黒に染まるのを見て、息を呑んだ。それでも動揺を息子に見せてはならぬと思ったのだろう。唇をギュッと引き結ぶと、オヅマの肩をつかんだ。

 

「オヅマ、立てる?」

 

 オヅマは目の前が暗くてボンヤリしていたが、母の腕に寄りかかりながら立ち上がった。どうにか部屋を出て廊下の壁に凭れかかると、母を階段の方へと押しやる。

 

「俺は大丈夫だから、マリーとオリーを……二人とも驚いてるだろうから……早く、行ってやって」

「なに言ってるの、オヅマ。あなただって……」

「俺はいいから! 早く行けってば!!」

 

 オヅマはイライラと怒鳴りつけてから、ほとんど項垂れるようにして頭を下げた。

 

「頼むから……行ってやってくれって。オリーは……飲んでなくても、びっくりして、また胸が苦しくなってたら……」

 

 ミーナはそれでも迷っていたが、オヅマにまた強く押されて、

 

「とりあえず様子を見てくるわ。すぐに戻ってくるから」

 

と、階下へと降りていった。

 

 ようやく母が行って、オヅマは震える息を吐いた。

 熱い。胸の中が熱い。

 目がかすむ。

 

「クソ……早く、なれろ……」

 

 小さくつぶやいて、オヅマは自分の部屋へと歩き出した。

 

 




引き続き更新します。
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