<挿入話 それぞれの書簡>
『前略。
ミーナに文筥を渡しておきました。改めてお礼の手紙が届くと思います。
ただ、今後、贈り物をする時には、もうすこし、わかりやすいものの方がいいと思います。
ミーナとオヅマはとても…気づきにくい人達なんです。 オリヴェル』
改めてオリヴェルから文筥を受け取ったミーナがヴァルナルに送った謝礼といつもの報告
『
厳しき暑さの中に神の影宿りし
若君様より文筥が私への贈り物であったことを聞いて、大変驚いております。
このような物をいただいてよろしいのでしょうか。誠にご無礼を致しまして、申し訳ございません。また、ありがたく頂戴して、大事に使わせて頂きます。
本当に、有難う御座います。
今月は虔礼の月ですので、神殿へ参詣する予定です。
執事のネストリ様から直々にお声がかかり、若輩の身でございますが、領主様始め公爵閣下、騎士様方、それに何よりレーゲンブルトの領民が健やかに過ごせたことへの感謝を捧げ、年神様に真摯に礼拝させていただきます。
今回は、オヅマが子供ということもあり、剣舞を舞うことになりました。
そのことでご報告がございます。
若君がどうしてもオヅマの剣舞する姿を見たいと
申し訳ございません。
本来であれば、領主様からの承諾の可否を訊くべきところですが、おそらくこの手紙が帝都に届く頃には、神事は既に終わっていると思います。若君の体調については、万全の注意を払う所存です。どうかお許しくださいませ。
若君は大変勉強熱心であられます。私がお教えできることも、もう僅かとなってまいりました。今は、私の他に時折、いらしていただいた時に主治医のビョルネ先生が教えてくださることもございます。その時にも若君は非常に興味深げに、熱心に話を聞いておいでです。
できれば早急に、よき家庭教師に教えを乞うことが必要と考えます。
僭越なことを申し上げているかもしれませんが、何卒ご一考頂きますよう、宜しくお願いいたします。
この一年の豊穣と平和に感謝して、
ミーナの手紙と一緒にオリヴェルからの短信を受け取ったカール・ベントソン卿からオリヴェルへの手紙
『
新たなる年の燦々たる
わざわざのお手紙痛み入ります。
早速、若君の世話係であるミーナへの贈り物の件ですが。
今月ようやく新年で帝都にも様々な市がたち、他国からの珍しいものも多いので、その中から髪飾りを選ばれました。前回の贈り物でよほど反省されたのか、先月来、色々と悩まれておられました。近日中に送られるようです。
もし、ミーナが恐縮して受取を渋るようであれば、若君からもそれとなく後押しいただけると幸いです。
若君が父君の幸せを願って下さっていることに、安堵致しております。
また、最近では騎士団の修練を見学されているとの事。騎士団を代表しまして、御礼申し上げます。
若君の関心あることを知って、騎士達の士気も上がることでしょう。
ただ、この暑さの中であります故、くれぐれもお体にはお気をつけください。
年末の神殿の儀式にもお目見えされたと聞き及んでおります。日に日に健やかになられる若君のご様子に、ヴァルナル様も大変喜んでおられます。
今年は、おそらくですが、レーゲンブルトに戻るのも早くなる気がしております。再び
◆
ミーナは困惑していた。
目の前にはヴァルナルの手紙と一緒に届けられたプレゼントがある。髪留めだった。
けっして高いものではないようだが、白陽石と呼ばれる純白の石に細かな透かし細工がされており、所々に色硝子の玉が嵌め込まれた美しい意匠のもので、しかもはっきりと手紙の中でミーナに宛てたものである旨が記されていた。
『……帰る時にはこの髪留めをして迎えてくれることを願っている――――…』
マリーはその髪留めを見るなり目を輝かせた。
「とっても綺麗! お母さん、してちょうだい」
「え? あ、あぁ…じゃあ留めてあげるわね」
「何言ってるのよ、お母さん! お母さんにして欲しいって領主様が言ってるのに、どうして私がするのよ!」
マリーはどういう訳かいつごろからか、母と領主様がいつか結婚するのだと信じ込んでいる。しかもそれはオリヴェルに言われたのだという。
ミーナは呆れて二人に誤解だと説明したが、子供達の思い込みというのは時に大人よりも頑固だ。どうにか他人がいるところではそうしたことは絶対に言わないようにと言い聞かせたものの、今はオリヴェルの部屋に三人だけという気安さから、まったく頓着しない。
ミーナはその髪留めを手に取ってから、溜息をついて、そっと箱の中に戻した。
「どうしたの? しないの?」
「えぇ…壊してはいけないから」
言いながらミーナは箱に蓋をして、元のようにリボンも結び直す。
「ねぇ、ミーナ。それ、まさか父上に返すとかしないでね」
オリヴェルが心配になって言うと、ミーナは苦笑いを浮かべた。
「若君は…明敏でいらっしゃいますね」
「駄目だよ。ちゃんと受け取ってあげてよ。父上だって、どれだけ選ぶの大変だったと思うの?」
オリヴェルはあわててカールに言われた通りに
カールの手紙には、ヴァルナルがこの髪飾りを選ぶまでにはひと月近くかかっている…とあった。前回の失敗もあって、相当慎重に吟味したに違いない。
「でも、分不相応なものでございます」
ミーナはひどく困ったように言った。
「そんなことないよ。別にそれだって宝石でもない、ただの硝子でしょ?」
宝石の髪留めなど贈った日には、きっとミーナが遠慮して受け取らないことをカールが察して、あえてさほどに高価でない贈り物を選びに選び抜いたのだろう。
あの厳格な父が、市などに出かけて必死で選んでいる姿を想像すると、オリヴェルは妙に親近感が湧いた。
親子の間で親近感というのもおかしな話ではあるが。
「お母さん、きっと似合うよ」
マリーは素直に勧める。
単純にさっきの綺麗な髪留めをつける母の姿が見たかった。
しかし、ミーナはじっと膝に置いた箱を見つめて、自分に言い聞かせるように言った。
「
それとなくミーナはオリヴェルにもこの事を誰にも言わないように釘を刺す。
頑ななミーナの態度に、オリヴェルもマリーもシュンとなったが、それから十数日後にもシュンと肩を落とした人物がいた。
言うまでもなく、贈り主のヴァルナルだ。
次回は2022年6月12日20:00頃の更新予定です。