昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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ある日の近侍たちの日常

 アドリアンが学習室に入ると、珍しくオヅマがマティアスに何やら教えていた。

 

「だからー、こうやって剣を振ってるのが騎士だよ」

 

と、オヅマが腕を振ると、エーリクが横から口を出す。

 

「俺はこうして指で切る感じだったがな」

 

と、人差し指と中指をピンと揃えて顔の前で(くう)を切る。

 オヅマは頷いた。

 

「あぁ、それでもいい。要は剣を振ってりゃいいんだ。で、次が盗人な。これは両手で拳を作って、前に出すんだ。こうやって」

 

 オヅマが手本を示すと、マティアスは眉を寄せた。

 

「なんだ、それは。猫みたいだな。なんでそれで盗人になるんだ? 猫が盗人ということか?」

「知るかよ、そんなの。いちいち詳しいことを聞くな!」

「わからないから聞いているんだろうが! そもそもお前が……」

 

 マティアスがいつもの如く説教を始めようとすると、エーリクが脇から話し出す。

 

「俺の地域だと、これは盗人が捕まって縄で縛られる姿だと兄が言っていたような……」

「エーリクさん、そこの説明いらないから。で、最後に神官な。両手の指を伸ばして、こうやって交差」

「あぁ、それはわかる。神官の挨拶だな」

 

 マティアスは頷きながら、オヅマと同じようにピンと指を伸ばした両手を胸の前で交差させて深く頭を下げる。

 するとオヅマが苛立たしげに首を振った。

 

「あぁ~あ! 頭は下げなくていい! そんなのやってたら、リズムが狂うだろ」

「神官の挨拶なんだったら、頭は下げるものだろうが!」

「だから。神官っぽくやるってだけで、神官の挨拶じゃねぇんだよ!」

「あぁ、まったく面倒な。もういい。私はいらん!」

「そうやって投げ出すなよな! あ、アドルも入るか?」

 

 ようやくアドリアンがいることに気付いて、オヅマが問うてくる。

 アドリアンはこの状況が理解できずに尋ねた。

 

「いったい、なんの騒ぎ?」

「ルーカスのオッサンがパイを買ってきてくれたんだよ。なんか最近、流行(はや)ってるんだってさ。小さいパイ。中身は食べてのお楽しみ~ってやつ。でも二個しか手に入らなかったらしくてさ。分けて食べるように言われたんだけど……こんな小さいパイ、一口で食べれちまうだろ。だから、じゃんけんで勝った奴が食う、ってことにしたんだよ」

「ああ……じゃんけんを教えていたのか」

 

 ようやくアドリアンは合点がいくと、フフッと笑った。

 

「懐かしいな。僕もオヅマに教えてもらったよ」

 

 アドリアンはレーゲンブルトにいた頃の『ベッド争奪戦』を思い出した。

 (わら)のベッドか、まともな布団の敷いているベッドかで、毎晩『じゃんけん』で勝負したものだ……。

 

「僕も覚えるのに時間がかかったよ。だって騎士が盗人に勝つのはわかるけど、盗人が神官に勝つのと、神官が騎士に勝つ、っていう理由がよくわからなくて」

「まったくです。私にも意味がわかりません」

「そういう小難しいことを考えるんじゃねぇよ。話が進まないだろ。そういうゲームだと思ってやれよ。ホラ、早く!」

「え……僕、パイは別に……」

 

 アドリアンは辞退しようとしたが、強引にオヅマが拍子を取って、じゃんけんが始まる。

 

「騎士、盗人、神官。騎士、盗人、神官。エイ、エイ、ホイっ…………って、オイッ! ちゃんとホイッ、で出せよ! 後出しすんな!!」

「いつ出せばいいのか教えておけ!」

 

 また言い合いになるオヅマとマティアスの隣で、エーリクがつぶやく。

 

「俺の地域だと、トイ、トイ、ヨー……だったんだが」

「へぇ。地域によって違いがあるんだね。僕はオヅマから教わったのしか知らないから」

 

 一向にじゃんけんができずにギャアギャア言っていると、ガチャリとドアが開いて、パイ生地の焦げたいい匂いが部屋に広がった。

 

「いや~、(キジ)肉のパイなんて……満足満足」

 

とご満悦の表情で、つぶやきながら入ってきたのは、近侍随一の美食家テリィ。

 右手に食べかけのパイを、左手にはおそらく持ち帰りしてきたパイの入った紙袋を持っている。

 

「久ししぶりに街に出たら、あんな面白い店が出来てるなんてねぇ。サビエルに頼んで毎日買いに行ってもらおうかなぁ~、って…………え? なに?」    

 

 さっきまで騒がしかった面々は、目の前でパイのクズをこぼしながら話すテリィをまじまじ見つめた。

 テリィは自分に集中する視線に後退(あとずさ)ったが、素早くオヅマがテリィの持っていた紙袋を取り上げると、中を検分する。

 

「二個か。ちょうどいい」

「ちょっと! それ僕の!!」

「テリィさん。今、食べてるだろ」

「これは夕食までのおやつだよ! それは夕食後の夜食用!」

「どんだけ食べるんだよ! 前に太りすぎだって、ヨエルさんにも言われてただろ!! また、走らされるぞ!」

「走るから余計に腹が減るんじゃないか!」

 

 食べ物のこととなると、途端に口減らずになるテリィに、オヅマは呆れ返りながらも、しばし考え込んだ。黙考すること六秒。

 

「なぁ、テリィさん」

 

 口の端に笑みをたたえたオヅマの顔は、日頃の口の悪さを知らなければ、端麗な容姿と相俟(あいま)って見とれてしまうところであった。実際、テリィはドキリとしたが、それはその微笑に魅かれたというのと同時に、どこか不気味な予感もしたからだ。

 

「な、な……なに?」

「前にさぁ……俺、テリィさんに金、貸してたよな? なんか帝都に行く前だよ。旅の支度が物入りで、近侍の手当とか実家からの仕送りじゃ足りないとか何とか言ってさ」

「なんだって?」

 

 途端にアドリアンが眉を寄せ、同時にマティアスの怒号が飛ぶ。

 

「チャリステリオ! お前、何を考えているんだ!?」

 

 途端にテリィは形勢が悪くなって、丸い背をますます丸くすぼめた。

 

「だ、だ、だって……あの時は、その……帝都に行くんだから、ちゃんとした準備をしないといけないと思ってぇ……」

「お前は実家からの仕送りだけでも十分すぎるくらいもらっているだろうが! そのうえ近侍の手当もあるのに、オヅマからまで借りるなんて……いったいどんな準備が必要だと言うんだ!? どうせ必要もないものばかり買っているんだろう!」

 

 すっかりおかんむりのマティアスを、オヅマはまぁまぁ、となだめた。

 

「と・も・か・く! テリィさんは、俺に借りがあるんだよ。ってことで、今この場でこのパイ二つ分、返してもらうってことで……いいよね?」

 

 ニッコリと笑っていうオヅマに、テリィがそれ以上不服を言えるはずがない。渋々頷きながら、右手に残っていたパイの欠片をみみちく(かじ)る。

 

 オヅマはテリィの持って来た紙袋の中からパイを一個取り出すと、軽く囓ってから異常がないのを確認して、アドリアンに一つ渡した。残った一つの半分をパクリと食べる。

 アドリアンは少しだけ気が咎めたが、それでもただよってくるパイの香りに抗えなかった。

 

「それじゃ、テリィ。いただくことにするよ。いい?」

「うぅぅ……はいー……どうぞ……」

「いつまでしょぼくれているんだ! まったく、こういうときは年長近侍として寛容を見せてこそ……」

「もー、マティ。うまいもの食べるときゃ、ガミガミ言うのナシにしようぜ。ホラ、お前も……エーリクさんも。食え食え!」

 

 ズイ、とオヅマがルーカスからもらった分のパイをマティアスに差し出す。

 マティアスはパイを渋い顔で受け取った。

 

「なー、どんなパイ?」

 

 オヅマが自分のパイをジャクジャク食べながら尋ねると、マティアスもモグモグ食べながら、神妙な顔で答えた。

 

「私はおそらく……カボチャだな。色合いからして」

「俺は……よくわからん。が、うまい」

 

 エーリクはいつもながらの鉄面皮ではあったが、素直においしさを堪能する。

 アドリアンも一口食べて、パイの中身を当て推量した。

 

「僕のはドライフルーツとナッツかな? うん、おいしい」

「俺は(マス)だな。鱒とほうれん草のパイだ。ありがと、テリィさん。やっぱテリィさんは、うまいものを見つけてくるね! 天才!!」

「ふ、ふん! そんなわかりやすいおべっかなんか……」

 

 テリィはやや顔を赤らめて拗ねたように言いながらも、褒められるとやはりそこは美食家として一家言(いっかげん)申さずにはいられないようだ。

 

「その鱒とほうれん草のパイについては、冷めてくると中のクリームが固まって食感も悪いから、少し温め直して食べるといいと思ったんだ。ドライフルーツとナッツのも同じ。塩気のものと、甘いもの。この二種類を用意しておけば、寝る前の少し小腹が減ったときにも、()()で満足できるから……」

 

 ここぞとばかりに始まったテリィの『理想的な夜食について』の講義は、早々に無視された。

 アドリアンとオヅマらはパイをあらかた食べ終え、サビエルの()れてくれたお茶を飲みながら、騎士団で内々に行われるという剣術試合について話し合っていた。

 

 

 こうしていつものごとく ―――― 近侍らの日常は過ぎていくのだった。

 

 

【END】

 

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