昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第二百三十六話 グレヴィリウス寮の面々(3)

 夕食前に談話室に寮生が集められ、互いに自己紹介の場がもたれた。

 現在、寮にいるのはアドリアンとオヅマら近侍、ヘルフリッドを除くと十三名。

 当然ながらグレヴィリウス家門の子弟がほとんどであるので、評判の芳しくない小公爵相手に警戒する者が多かったが、思ったより剣呑とした雰囲気になることもなく、その場は終了した。これはヘルフリッドの軽妙な進行によるところも大きかったが、それ以上に彼らは彼らで切迫した事情を抱えていたせいもある。

 

 緑清(りょくせい)の月に入って間もないこの時期 ―――

 

 アドリアンらも貴族子弟入学前考査(通称:貴族試験)を前に勉強に忙しかったが、在学生はそれ以上に必死だった。というのも、来月の浄闇(じょうあん)の月末にはアカデミーにおいて年に一度の年末学力考査(通称・大考査(ダスタルガス))が迫っていたからだ。

 

 アカデミーでの成績は日頃の学習態度 ―― 提出物や自由研究 ―― などに加え、この年末に行われる学科試験において最終評価がなされた。この試験結果と同時に、アカデミーにおける成績習熟度を示す【(ヨウ)】の授与も行われる。

 卒業要件である【五葉】以上の取得がまだ達成できていない、しかも年明けには成人(十七歳)を迎える者にとっては『卒業』か『自主退学』かの分かれ目となるので、正直なところ、アドリアンらに関わっている暇はなかったのだろう。

 まだ在学期間に余裕のある人間も同様で、試験前の大事な時期に無用の騒動に関わることを恐れてか、気忙しく夕食を食べ終えると、皆早々に食堂を出て行った。

 

「まったく……こんな時期に来られるから、まともに挨拶もできぬのですよ」

 

 閑散となったテーブルを見回して非難してきたのは、オットー・ニーバリだった。彼は試験よりもアドリアンに嫌味を言うことのほうが重要であるらしい。

 隣に座っているラドミール・オルグレンはもっともそうに頷き、その横のリヒャルト・フリーデルは気まずそうにアスパラガスをもしゃもしゃ食べる。

 食堂の大テーブルに残っているのは、この三人のほかにはアドリアンとオヅマら近侍達、それに卒業など遠い先の未来(さき)へと追いやってしまったヘルフリッドだけだった。

 

「普通は卒業者が出てから入ってくるものだというのに……緑清の月も終わらぬうちに入ってくるなど……」

 

 フン、フンといちいち鼻息を荒くして、オットーは文句を言ったが、アドリアンは取り合わなかった。

 確かに本来であれば新入生が寮に入るのは、二ヶ月後になる虔礼(けんれい)の月半ば、卒業式前後であった。

 もっともこれはアドリアン側にも事情があった。

 貴族試験が行われる今月(緑清の月)二十日あたりは、新年の上参訪詣(クリュ・トルムレスタン)の為、帝都公爵邸は人でごった返す。貴族試験については合格が決まっているとはいえ、その十日後には一般入学者学力考査(通称:一般入試)が控えている。例年、年末の帝都公爵邸の喧噪を知っているアドリアンとしては、とてもではないが落ち着いて勉強などできそうもない。そのため、あらかじめ早くから寮に移って、十分に勉強に打ち込みたかったのだ。

 

「しかしまぁ……一般入試までお受けになるとは、まったくもって小公爵様も物好き……あ、いやいや、勉強熱心でいらっしゃることです」

 

 ヘルフリッドはちゃっかり近侍の輪の中に入ってきて、気安く声をかけてくる。案の定、既成事実を作りにかかっているヘルフリッドの思惑を感じつつも、アドリアンは丁寧に答えた。

 

「僕に限らず、現公爵様も一般入試は受けておられます。ハヴェル公子もそうでいらっしゃったと思いますが」

「あぁ、まぁ……ハヴェル公子は、そうですねぇ」

 

 ヘルフリッドは意味深に笑い、チラと食堂の隅にある小さなテーブルで食事をしている男に声をかけた。

 

「ヨナーシェク、お前はよく存じ上げているんじゃないか? ハヴェル公子は、勉強熱心でいらっしゃったかな?」

 

 ヨナーシェクと呼ばれた灰茶の髪の男は、呼びかけられた途端にビクッと震えて、持っていたスプーンを落とした。カチャンと響く耳障りな音に、オットーが怒鳴りつける。

 

「みっともない真似をするな! まったく、これだから平民などと一緒に食事を取るのは嫌なのだ」

「あの人、平民だから俺らと別のテーブルなのか?」

 

 不思議そうに問うたオヅマに、フンとオットーが卑しむように嗤った。

 

「そう言えば、オヅマ公子は元は小作人の()()()でいらっしゃったかな? 義父のヴァルナル・クランツ男爵も、卑しい商家の出であったことだし、()()()()()()()()同士、あの者とも話が合うのでは?」

 

 あからさまな侮蔑に対してマティアスが咎めようとするのを、オヅマは腕を掴んで止めた。

 

「まぁ、否定はしないよ。オッチョーさん」

 

 オヅマはわざと名前の末尾を崩してからかったのだが、オットーは単純に言い間違えたのだと思ったらしい。

 

「馴れ馴れしく呼ぶな! それにオットーだ。オットー・ニーバリであるぞ。言い間違えをするなど ―― 」

()()()()()()()()に相応しい無作法だろう? オッチョーさん」

 

 自分の言った嫌味を突き返された上に、またもふざけた名前で呼ばれて、オットーはムッと言い詰まった。

 

「あぁ、もう。やっぱりこうなるよ……」

 

 テリィが小声で嘆息する。その横でエーリクは黙って(きじ)肉のローストを食べ、マティアスも渋い顔ながら止めることなく、アドリアンはもはや平然としていた。

 この手のことでオヅマの口舌に叶う者など、そうはいない。

 

「生憎と俺の先祖は、服着て歩くような()()()()()()()()じゃなかったみたいでね。少々の無礼も、口の悪さも、お貴族サマならではの鷹揚さでご勘弁下さい」

 

 痛烈な皮肉と、ふてぶてしい開き直りに、オットーはワナワナと拳を震わせた。

 

「クッ……」

 

 それでも容易に手出し出来なかったのは、自分よりも年下であるはずの少年の威圧感に逆らえなかったからだ。

 

「……まったく、小公爵様は誠に()()近侍を持たれたものですね!」

 

 忌々しげにオットーは矛先をアドリアンに変えたが、アドリアンはアドリアンで、その手の嫌味の対処は慣れたものだった。

 

「オットー公子のお褒めに与り恐縮です。オヅマ公子も嬉しく思うことでしょう。ねぇ、オヅマ?」

「そりゃあ、もちろん。嬉しくて嬉しくて、この先どのように()()をしたものか……」

 

 言いながらオヅマはじっとりとオットーを睨みつける。口元に微笑みを浮かべているのに、薄紫色の目は笑っていない。

 

「う……」

 

 獰猛な狼を目の前にした気分で、ゾクッとオットーの背筋が冷えた。

 またピリピリとした雰囲気になったところで、ハッハッハッとヘルフリッドの大笑いが響いた。

 

「やれやれ。まったく。公子方々の腹の探り合いに恐れをなして、ヨナーシェクは逃げてしまいましたよ」

 

 言われて隅のテーブルを見れば、元々の発端であった男の姿は消えていた。いきなり声をかけられただけでも吃驚(びっくり)したのに、まして貴族同士の言い争いになってしまい、巻き込まれてはたまらないとばかりに逃げ出したのだろう。

 

「そもそもオットー公子とラドミール公子は、小公爵様の近侍になる予定ではなかったのかな? 前にそんなことを言っていたじゃないか。うまく騙くらかしてやったとか何とか、自慢げに(うそぶ)いていたな」

 

 ヘルフリッドからのいきなりの暴露に、オットーの顔は真っ赤になった。

 

「なっ、そんな……騙くらかすなど……あのときは、本当に持病の発作が」

「持病? そんなものあったのか? ここに来てからお前さん、風邪だってひいたことないだろう?」

「こっちに来てからは…………治った」

 

 オットーの苦しい言い訳に、ヘルフリッドは肩をすくめ、オヅマはあきれた。

 

「都合のいい病気もあったもんだな」

 

 しかしアドリアンは、そのことについてはサラリと流した。

 

「気にしないさ。そもそもオットー公子が僕の近侍になるはずだったなんて、()()()()忘れていたし、今の近侍で()()()満足しているからね」

 

 まったく歯牙にもかけない様子のアドリアンに、オットーは悔しげに唇を噛みしめ、ヘルフリッドは苦く笑った。

 

「急に気分が悪くなったので、失礼する!!」

 

 オットーは苛立たしげに席を立つと、さっさと食堂から出て行った。よっぽど居心地が悪かったらしい。

 アドリアンは軽く溜息をついて、話を変えた。不毛な議論よりも、気になることがある。

 

「さっきの彼は、給費生(きゅうひせい)か?」

 

 アドリアンが尋ねたのは、いつの間にか消えていたヨナーシェクのことだった。

 平民出であるのに、この寮に入っているのは、グレヴィリウス家から学費や生活費の援助を受けて、アカデミーに通う給費生だ。

 数年に一度、グレヴィリウス家が援助する私塾や、既にアカデミーに在籍する成績優秀者の中から一~二名が選出され、卒業までの学費、生活費の援助が受けられる。基本的に返還義務はないが、卒業後はグレヴィリウス公爵家で一定期間、働かねばならない。無論、この条件が受け入れられなければ、給費を断るのは自由であったが、グレヴィリウス公爵家という名門で働くこと自体、よほどのコネがないと難しいために、断る者はほぼいなかった。

 グレヴィリウス家でも、将来的に優秀な実務家を手に入れられるため、彼らのことは寮内においても、貴族子弟同様に扱うこととされている。ただ、先程のヨナーシェクの態度からして、その原則が空文化しているのは明らかであった。

 

「ハァ……まぁ、ハイ。急遽(きゅうきょ)、そういうことになりました」

 

 ヘルフリッドはアドリアンからの問いかけに、どこか思わせぶりな態度を示す。すぐにオヅマが反応した。

 

「なんだよ、意味ありげだな。急遽、ってなに?」

「いや、ハハ。ヨナーシェクはこの寮とは縁の深い人間でして。元々はアルビンの勉強手伝いという名目でこの寮に入ってきたらしく」

「は? アルビン?」

 

 すぐに思いつかないオヅマに代わって、マティアスが険しい顔で尋ねた。

 

「アルビン・シャノルのことですか? ハヴェル公子の乳兄弟だとかいう」

 

 ヘルフリッドは、うーん? と首をかしげた。

 

「あれを乳兄弟と呼ぶのかな? 彼は正しくはハヴェル公子の()()()()()で、純然たる乳兄弟とは言い難いような。ま、それについては措くとして。アルビン・シャノルが、ハヴェル公子の最も近しい取り巻きであるのは間違いないですね」

「アルビンの勉強手伝い、ってどういうことです?」

 

 アドリアンが不思議そうに問うと、ヘルフリッドはフフッと鼻をならした。

 

「いやね。小公爵様と同様に、ハヴェル公子も近侍の方々 ―― あ、いや近侍みたいなもの? かな?  ―― ま、取り巻き連中と一緒に寮に入ってきたワケです。その中にアルビンもいたわけですが、コイツがまぁ……さほどに頭が良くなかったようで、どうにも成績が振るわなかったんでしょうね。で、このままだと落第。(あるじ)であるハヴェル公子の面目丸つぶれということで ―― ホラ、小公爵様もそうでいらっしゃるでしょうが、近侍らがあまりに成績が悪いと、主の監督責任云々かんぬんと、うるさく言う輩もいるでしょう?  ま、そんなわけで、勉強相手としてヨナーシェクを連れてきたわけですよ」

「じゃあ、ヨナーシェクはハヴェル公子らと面識があったのか?」

 

 アドリアンが一番気になることを訊くと、その場にピリッと緊張がはしる。それを知ってか知らずか、ヘルフリッドはナラタケをしがむように食べながら、のんびり答えた。

 

「そうですね。元々ヨナーシェクはアルビンと幼馴染みだったようです。なんでも亡くなられたグレヴィリウス公爵夫人が設立した私塾で一緒だったとかで。ヨナーシェクが優秀であるのを知っていて、アルビンが呼び寄せたんでしょうな」

「で、勉強相手って……何をするんだい? アルビンにつきっきりで勉強を教えてたってこと?」

「ハ……ま、表向きはそうです」

「実質は?」

 

 鋭く問うオヅマに、ヘルフリッドはケロリと答える。

 

「アルビンの代わりに宿題をしたり、論文を書いたり。最終的にはアルビンに化けて試験を受けていたこともあったとか、なかったとか……」

「なんだそれは!」

 

 アドリアンが声を荒げた。「ただの身代わりじゃないか!」

 

「まったく、あきれた話だ」

「そんなことしたって、自分に学力がつかなければ意味がないじゃないか」

 

 マティアスはため息をつき、テリィですらももっともなことを言う。

 しかしヘルフリッドは肩をすくめて言った。

 

「ヨナーシェクにも全く実利がなかったとは言えませんよ。(やっこ)さんは奴さんで、アカデミーに入学するのは夢であったわけですから。生徒としてでなくとも、勉強手伝い名目で、アカデミー内に入ることは可能でしたからね。まぁ、それも()()()たーんまり袖の下を利かせたんでしょう……おそらく。その分の対価として、少々お(ツム)に問題が多い公子方々の面倒もみる羽目になって、いろいろ苦労したようです。その頃から酒を飲むようになったみたいでね。今じゃ、ダモスダ(*帝都の盛り場の一つ)では、そこそこ名の知れた飲んべえ三勇士の一人です。ちなみにあとの二人は ―― 」

「それでハヴェル公子に認められ、彼が卒業した後に給費生になったと?」

 

 ヘルフリッドのお喋りに流されるまま話が逸れそうになって、アドリアンは遮って尋ねた。

 しかし、オヅマがすぐさま否定する。

 

「違うだろ。さっきも言ってたじゃんか。『急遽、そういうことになった』って。つまり、最近になって給費生ってやつになったんじゃないのか?」

 

 オヅマの疑問に、ヘルフリッドは大きく感心したように頷いた。

 

「そういうことになります。ま、ハヴェル公子らが卒業した後にも、彼は下男として寮に残ったんですよ。色々面倒はあっても、グレヴィリウス寮はアカデミーの敷地内に……まぁ、校舎からは多少……いや、かなり? 離れているとはいえ、一応敷地内にあるわけで、そこは奴にとっても憧れの地ですから、できるならば近くにいたいと……それにこの寮にある大量の本をタダで読めるというのも、まま魅力的な環境だったんでしょう。いってもグレヴィリウス寮の図書室というのは、なかなかに有名ですからね。それこそかの老公・ベルンンハルド様が権力と財力に物言わせて蒐集した稀書や標本なども様々にございますから。そうそう標本といえば……」

 

 また話が逸れそうになるのを、アドリアンは冷静に元に戻した。

 

「じゃあ、ヨナーシェクは最近まで下男であったということですか? でもそれだと……」

 

 給費生は基本的にはアカデミーにてある程度の成績を修めた後、自己申請して、グレヴィリウスの係官の面接を経て選抜される。そのため、一年目から給費生になるということは稀だ。それこそ先程話に出てきたグレヴィリウスに由縁のある私塾などで、塾長などからの推薦状などを得て、必ずアカデミーの試験に合格できるという確証が得られない限り、初年度から給費生として認められることはない。

 

 ヘルフリッドはうんうんと頷いて、いかにも残念そうに話を続けた。

 

「いや、まったく。ハヴェル公子も罪な御人ですよ。ヨナーシェクには『いずれ給費生にしてやる』なんて安請け合いしていたようなんですよ。しかし、待てど暮らせどなんの連絡もなく……」

 

 ヘルフリッドはヨナーシェクの心情を表すかのように、いかにもしょぼくれたようにうつむいてみせる。しかしやにわに顔を上げて傲然と言い放った。

 

「で! 最終的には私が追い出したんですよ。いつまでもハヴェル公子の口約束なんて待ってないで、自分で試験を受けてアカデミーに入んなさい、ってね。学費やら試験費用については、民間でそういうのを援助する団体 ―― なんて言いましたかね?『あなたの手』? 『みんなの手』? いや、何かお願いするみたいな……『願いの手』だったかな?」

 

 またぞろ話が逸れそうになってきて、アドリアンがうんざりしていると、オヅマが静かに合いの手を入れる。

 

「『祈りの手』」

「おぉ! そうそう!『祈りの手』でした。それね、それ。なんとも奇特な団体もあったもんですよ。ま、そんなところもあるぞと紹介してやったんです。当人もハヴェル公子らに忘れ去られたと半ば諦めておりましたから、もう自棄(ヤケ)っぱちで、ここを出て、試験を受けて、めでたく合格! 正真正銘のアカデミー生ですよ。いやー、奴さんの晴れ晴れした顔、あのとき初めて見ましたよ。その日は祝いということで、ビールの大樽買って居酒屋の客にも大判振る舞いしちゃって、後で実家からこってり叱られまして ―― 」

 

 ハハハと豪快に笑っているヘルフリッドの話を遮って、アドリアンは生真面目な顔で尋ねた。

 

「つまりヨナーシェクは一度、寮を出たわけですね? それでアカデミーに合格して、舞い戻ってきたということですか?」

「いや、いや。正直、ヨナーシェクにとってはこの寮はあまりいい思い出はないですよ。本がしこたま読めたという以外は。それにアカデミーに入ったとなりゃ、またぞろアルビンみたいなのが、(やっこ)さんを頼ってくるかもしれないじゃないですか」

「ヘルさん筆頭に?」

「いや。私は別にいい成績を取るつもりがございませんので……。というか、オヅマ公子。今の “ヘルさん” というのは、もしかして私のことですか?」

「そうだよ。ヘルさんか、オッサンか、どっちがいい?」

 

 思わぬ二択に、ヘルフリッドはすっかり弱り切った様子でアドリアンに助けを求めた。

 

「小公爵様ぁ~。オヅマ公子はちょーっと意地悪じゃないですか~」

「ヘルフリッド公子。オヅマが渾名(あだな)で呼ぶのは、ある意味、親愛の証だと思ってもらうとよろしいですよ。ちなみにブルッキネン公子は『怒りん坊マティ』で、テルン公子のことは『泣き虫テリィさん』と呼んでます」

 

 澄まし顔で説明するアドリアンにヘルフリッドは呆気にとられ、マティアスは苦虫を噛み潰し、テリィは恥ずかしそうに身をすぼめつつ、また泣きそうな顔になる。

 オヅマは最後まで残していたニンジンのグラッセを口に放り込むと、もぐもぐと咀嚼しながら勝手に決めた。

 

「ま、ヘルのオッサンでいいか」

「オッサンとはひどい……」

「エーリクさんも最初は老け顔だと思ってたけど、アンタにゃかなわないよ。年相応になるまでに二十年はかかりそうだ」

「やれやれまったく。口減らずな小鬼(シャンクリ)が来たもんだ」

 

 ヘルフリッドはペシペシと自分の毬栗(いがぐり)頭を叩いて溜息をつく。

 アドリアンは笑みをこらえながら、再びヨナーシェクについて尋ねた。

 

「それで一度はこの寮を出たヨナーシェクが急遽、戻ってきたというのは?」

「はぁ、さて。どういうことだか、今頃になってハヴェル公子が昔の口約束を思い出したようですよ。ヨナーシェクの成績が優秀であることを認めて、給費生に推薦したから、寮に戻るようにと。例の慈善団体から借りていた学費も、すぐにグレヴィリウスの方から返済されたようでしてね。ヨナーシェク当人も急なことに目を回している間に、あれよあれよと事が運んで、気付いたら寮に戻ってくる羽目になった……と」

「つまりヨナーシェクは、ハヴェル公子の送り込んだ我らの監視役ということか」

 

 マティアスが重い口調で言うと、ヘルフリッドはまたうーんと首をかしげたが、否定はしなかった。

 

「ま、そこのところは一度ヨナーシェク当人と話してみるとよろしかろうと思いますよ。但し、彼が小公爵様らに対して素直に応じるとは限りませんが」

「そりゃ、ハヴェル公子側なんだったら、僕らに対して素直であるわけがないさ」

 

 プンと口をとがらせるテリィに、ヘルフリッドは曖昧に笑った。

 

「……さて。どうかな……?」

 

 小さなつぶやきを聞いたのはオヅマだけだった。なんとなく気になりつつも、その時は聞き流した。おそらく意味を問うたところで、ヘルフリッドはとぼけて答えないだろう。

 それからしばらく、ヨナーシェクについては様子見となったのだが ――― 。

 

 思わぬ形で、オヅマはヘルフリッドの言葉の真意を知ることになる。

 

 





月の進行は以下の通り。
緑清(りょくせい)の月→浄闇(じょうあん)の月→虔礼(けんれい)の月→新年を迎えます。
年齢は新年、皆一斉に一つ年を重ねます。『誕生日』という概念は基本的にはありません。
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