昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第三十四話 招かれざる客

「あーあ…この後、なんもできねぇじゃねぇか」

 

 オヅマはぶつくさ言いながら、アドリアンの手首に薬草から作った膏薬をべったり塗りつけて、手ぬぐいを割いて巻いていく。

 アドリアンはなれない膏薬の臭気に眉を寄せた。

 

「くさい…」

「我慢しろよ、それぐらい。っとに、いちいち軟弱な野郎だな」

「くさいって言っただけだろう」

「そういう文句を言うのが軟弱なんだよ」

「………」

 

 アドリアンは黙り込んだ。

 確かに、いつもであれば我慢できそうなものだ。どうしてこの少年を前にすると、文句をつけたくなるのだろう…?

 

「よし、終わった!」

 

 最後にキュッと結んでから、オヅマはバチンと思い切り患部を叩いた。

 

「………痛い」

「おまじないだろ。治るように、っていう」

「君のはそういうのじゃない」

 

 ジロリとアドリアンが睨むと、オヅマはへーへーと気のない返事をして立ち上がる。

 

「ほら、行くぞ」

「どこへ?」

「挨拶しに。領主様の息子に」

「は? どうして?」

「領主様に紹介してやってくれって頼まれたんだよ。いいか、オリー……オリヴェルは体が弱いからな。無理させないでくれよ。でも、体が弱いってのをやたらと言うのは禁止だ。あいつ、プライド高いから」

 

 アドリアンは眉をひそめた。

 自分はともかく、オヅマはあくまでレーゲンブルト騎士団の一騎士見習いじゃなかったろうか? にもかかわらず、領主の息子を名前で呼び捨てにするなんて…どうしてこんな無礼をヴァルナルは許しているのだろうか。

 

「君、領主様のご子息と知り合いなのか?」

「友達だ」

「………え?」

「何だよ、その顔」

「いや…」

 

 友達? 領主の息子と? 見習い騎士が?

 

 混乱するアドリアンを見て、オヅマはイライラと怒鳴りつけた。

 

「早く! いいから行くぞ。っとに…いつまでそんな萎びたリンゴみたいな顔してんだ」

「萎び…って……君は、どうしてそういうおかしな誹謗をしてくるんだ!」

「ひぼー? 難しい言葉使いやがって…平民にゃわかんないねー。言っとくがな、これはただの悪口。怒るんだったら、もうちょっと気の利いた返ししてこいっての」

「………」

 

 言っている間にもオヅマは小屋から出て、さっさと歩いて行く。

 アドリアンは甚だ不本意だったが、ついていくしかなかった。とりあえず、今はここでの暮らしに慣れるまで、オヅマのそばから離れたら何をすればいいのかわからない。

 

 領主館に入っていくと、オヅマは勝手知ったる様子で、時々すれ違う使用人達に気軽に声をかけながら進んでいく。

 いつも修練場へと向かう廊下を途中で折れて、東棟の奥の階段を上がると、よく磨かれたドアの前で、朝見たオヅマの妹が立っていた。かたわらには茶器やお菓子を載せたワゴンがある。

 

「おう、マリー」

 

 オヅマが声をかけると、マリーと呼ばれた妹がこちらを向く。パッと振り返った顔が明るくて、向日葵(ヒマワリ)を連想させた。

 

「お兄ちゃん! それに…えーと…アドル! だったよね?」

 

 アドリアンが頷くと、マリーは屈託なく笑った。

 

「ちょうど良かった。お兄ちゃん達が昼の休憩になったら来るって聞いてたから、今、お茶とお菓子用意したところ」

「ウォ! ピーカンパイだ。やった! 食おう食おう」

 

 オヅマはワゴンの上の、ナッツのごろごろ乗ったパイを見るなり、小躍りした。アドリアンのことなどすっかり忘れた様子で、ドアを開けて入っていく。

 

 オヅマよりも小さいマリーが、まるで母親のようなあきれた溜息をつくのが、アドリアンには少し滑稽だった。思わずクスリと笑ってしまって、マリーが見上げてくる。

 

「あ…ごめん」

「どうして謝るの? だって、おかしいでしょ、お兄ちゃん。いっつもあんなになるの。ピーカンパイ大好きで。あ、ごめんだけどドア開けてくれる?」

 

 本来であれば小公爵である自分を顎で使うなど考えられることでなかったが、今はその身分を隠すようにと言い含められている。だが、たとえそうでなくとも、不思議とアドリアンは抵抗を感じなかった。

 自然にドアを開けて、マリーを通してやる。それから中に入っていいのか、少し逡巡して立ち止まった。

 

「どうしたの? 早く中に入って、アドル。一緒にパイ食べましょ」

 

 マリーの笑顔に許された気分になって、アドリアンはおずおずと中に入った。

 だが、すぐに自分が招かれざる客であると知る。

 

 大きな天蓋ベッドからカーディガンを羽織って降りてきた少年は、アドリアンが入ってくるなり、睨みつけてきた。明らかな敵意がそこにはあった。

 

「マリー、君…その子の名前知ってるの?」

 

 オリヴェルがひどく険のある顔で言ってくるので、マリーは戸惑いながら頷いた。

 

「うん。今朝、会ったから」

「今朝? いつ?」

「いつって…」

「起き抜けだよ。コイツ、寝起きが馬鹿みたいに悪いから、マリーが起こしてくれて助かったわ。明日も起こしに来てくれよ」

 

 オヅマが一人掛けソファにどっかと腰を降ろしながら言うと、オリヴェルはあからさまにフンと鼻で笑った。

 

「オヅマはちゃんと一人でも夜明け前から起きてるっていうのに、君は誰かに起こしてもらわないと起きられないの?」

「昨日はここに着いたばかりで、少し疲れていただけだ。明日からは、ちゃんと起きるさ」

 

 アドリアンがムッとなって言うと、オヅマが囃し立てた。

 

「おぉ、そりゃありがたいねぇ。お前と対番(ついばん)でさえなけりゃ放っておくけど、お前が遅刻したら俺まで連座だからな。あ、それと今日はお前があっちのベッドで寝ろよ。昨日は起きないから仕方ないと思って許したけど」

 

 オリヴェルはそこまで聞いていて、ハタと気付いた。

 

「ちょっと待って! オヅマ、君、この子と一緒に暮らしてるの?」

「あぁ、対番(ついばん)だからな」

「なんだよ、それ! どういうこと!?」

「はぁ…?」

 

 オヅマはオリヴェルの剣幕にぽかんとなった。

 なんでこんなに怒るんだろうか。

 

 反対にクスクス笑ったのはマリーだった。

 

「やだー、オリーったら。お兄ちゃん、とられたと思ってるー」

「ちっ…違…っ」

 

 オリヴェルは指摘された途端に真っ赤になった。

 白けた目で見るアドリアンと目が合って、アドリアンの方はさすがにまだ自分より年下とわかるオリヴェルの()()()()()にプッと吹いた。

 

「………失礼」

 

 薄笑いを浮かべて、大人びた雰囲気を漂わせるアドリアンを、オリヴェルは嫌悪もあらわに睨みつける。

 ピリピリした雰囲気に、オヅマはため息をついた。

 

「もー、いいからさ、そういうの。早く食べるぞ、俺もう待てないから」

 

 面倒くさそうに言って、言葉通りに、マリーがパイを切り分けている間に一切れとって食べ始める。

 

「もう、お兄ちゃん! 皆で食べるようにって言われてるんだからね、勝手に食べないで! 早く、オリーもアドルも座って。みんなで食べよ」

 

 マリーに促され、アドリアンはオヅマの隣に座った。

 その真向かいにオリヴェルが座って、じっとりと睨みつけてくる。

 随分と嫌われたものだ、とアドリアンは内心で嘆息しつつ、オリヴェルの姿を観察していた。

 

 赤胴色の髪はヴァルナル譲りだろう。だが巻毛はおそらく母親から。グレーの瞳も父親のに比べると青みがかっている。左目の下にあるほくろが、白い肌に目立って見えた。

 そういえば、第一印象が悪すぎて失念していたが、この少年は体が弱いのだとオヅマが言っていた。それに以前にヴァルナルからも病弱な息子がいると聞いたことがある。

 しかし、目の前の少年は病人とは思えないくらいに元気だし、ヴァルナルが言っていた『壊れそう』な脆弱さも感じない。むしろ、領主の息子らしい矜持も尊大さも持ち合わせた、普通の貴族の若君だ。

 

「あ、お前…ちゃんと自己紹介しろよ。オリヴェルも」

 

 オヅマは二切れ目のパイを食べながら、アドリアンの肩を小突いた。

 

「オリヴェル・クランツ。銀鶲(ギンオウ)の年生まれだ」

 

 まるで競っているかのように、先にオリヴェルが自己紹介を終える。

 アドリアンは今度は溜息を隠さなかった。

 

「アドリアン……。黒鳩(コクキュウ)の年だ」

「なんだ、一歳しか違わないじゃないか」

 

 オリヴェルが横柄な様子で言うのを、アドリアンは冷たく見た。

 

「そうだな。一歳しか違わないのに、随分と幼く見えたよ。下手をすればマリーよりも年下かと思えそうだ」

「なんだって?」

「もう! 二人とも! いい加減にして」

 

 マリーがとうとう怒り出す。

 

「せっかくお茶淹れたのに、冷めちゃうわ。ピーカンパイだって、お兄ちゃんに全部食べられても知らないから!」

 

 オリヴェルとアドリアンは睨み合ってから、テーブルのパイに手を伸ばす。

 すでに半分がなくなっていた。

 二人で呆然とオヅマの方を見つめると、言い争いなど知らぬとばかりに、オヅマはもう何切れ目かわからないピーカンパイを頬張っていた。

 




引き続き更新します。


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