昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第三十七話 七色トカゲの子守唄

「今日は、ここで皆で寝るとよい」

 

 そう言ってヴァルナルに案内された部屋に入った子供達は、中に入るなり、中央にどでーんと置かれた巨大なベッドに目を丸くした。

 

「うわぁ! すっごいおっきいベッド!」

 

 マリーが一番に走っていって、ポンポンと羽毛を詰め込んだ白いキルトに触れる。

 

「ふわっふわ!」

「乗ったらいいぞ、マリー」

 

 ヴァルナルが遠慮している様子のマリーに言うと、マリーはキラキラとした目でヴァルナルを見てから、

 

「わあぁいっ!」

 

と、靴を脱ぎ飛ばしてベッドに倒れ込んだ。

 

「オリヴェルもお兄ちゃんも、アドルも来て! すっごいよ…見てみて、でんぐり返ししても落ちなーいっ!」

 

 ベッドの上で転げ回るマリーを見て、オリヴェルも思い切って靴を脱ぐと上に乗った。バタリと大の字になって寝転んで、「うわぁ…広いなぁ」とつぶやく。

 

 前回と同じようにオリヴェルの体調のこともあって、神殿内の宿泊施設に泊まることになったのだが、領主用にと用意された部屋の、自分が五人寝ても余るほどの大きなベッドを見て、ヴァルナルは閃いた。

 これほどまでに大きなベッドで自分一人が寝るより、子供達が一緒になって寝た方が楽しめるのではないか…と。

 

 思い浮かんだのは自分の小さな頃の思い出だった。

 昔、兄弟たちと一緒のベッドで寝て、いつまでもしゃべっていたこと。おしゃべりが過ぎて夜中まで起きていたら、母親にこっぴどく怒られたこと。

 あの時はこんなに大きなベッドでもなかったが、冬になるとまるで小さな動物が温めあうかのように重なり合って寝たものだ。

 

「…うん。いいかもしれん」

 

 思いつくと、ヴァルナルはすぐ行動に移した。

 

 騎士達に用意された宿泊所の一室で寝る準備をしていたオヅマとアドリアンを呼び寄せ、ミーナと一緒に寝ようとしていたマリー、既に寝間着に着替えていたオリヴェルを連れてくる。

 アドリアンは、はしゃぐ年下二人を微笑ましく見ていたが、ふと気になってヴァルナルに尋ねた。

 

「もしかしてここはご領主様の部屋ではないのですか?」

「あぁ。でも、お前達で一緒に寝るといい」

「それは…」

 

 アドリアンが戸惑っていると、眉間に皺を寄せたオヅマが尋ねる。

 

「じゃあ、領主様はどこで寝るんです?」

「私か? 私はお前達の部屋で寝るよ。一人には、やたら大きい部屋だと寒いばっかりだからな」

「そんな…じゃあ、俺はそっちで寝ます。ベッド二つあったし…」

 

 オヅマは遠慮ではなく希望で言ったのだが、アドリアンが余計な気遣いをする。

 

「いや。君はマリーのお兄さんなんだし、オリヴェルだって喜ぶだろう。僕があっちの宿舎で…」

 

 言い合う二人に、ヴァルナルはいかにも偉そうに腰に手を当てて命令する。

 

「駄目だ。お前達はここでマリーとオリヴェルと一緒に寝ること」

 

 ヴァルナルが言った途端、マリーが歓声を上げる。

 

「やったー! お兄ちゃんと寝るの久しぶりね。お歌うたって」

 

「歌?」

「歌?」

「歌?」

 

 その場にいたオヅマ以外の男全員が聞き返す。

 オヅマは真っ赤になって怒鳴った。

 

「歌わねぇよ! もうそんな年じゃないだろ!」

「何よぉ。一緒に小屋で寝てた時には歌ってくれたじゃない」

「嫌だ! 歌わない!!」

 

 言っている間にも、マリー以外の三人の目が興味津々と自分を見てくるので、オヅマは念を押した。

 

「絶対に歌わないからな!」

 

 マリーはオヅマの態度があまりに剣呑としているので、メソメソと泣き始めた。ひっくひっくとしゃくりあげる女の子とオヅマを見比べて、男達の非難めいた視線がオヅマに集中する。

 

「……な…んだよ」

「そんなにムキになって言うことでもないだろう」

 

 アドリアンが半ばあきれた口調で言うと、オリヴェルも珍しく同調した。

 

「ちゃんとマリーに謝って!」

 

 ヴァルナルはさすがに多勢に無勢で責められて困った様子のオヅマを見て、フッと笑った。

 

「オヅマ…別にお前が歌を歌うことを馬鹿にしたんじゃない。少々、驚いたが…マリーも久しぶりに聴きたかったんだろう。いつも一生懸命頑張っている妹のささやかな願いくらいきいてやれ」

 

 そう言って軽く肩を叩き、部屋を出て行く。

 

 残されたオヅマはじろっとアドリアンとオリヴェルを見てから、部屋に灯されたランプの火を消していった。ベッド脇のテーブルに置いてあった一つだけを残して、ゴロリとマリーの横に寝そべる。

 

「早く寝ろよ、お前ら。明日は朝早いんだからな」

 

 不機嫌に言って目をつむる。

 

 アドリアンは嘆息し、オリヴェルは少ししょんぼりして、ベッドに乗ると横になった。すぐさまベッドを覆うくらい大きな羽毛たっぷりのキルトが上から掛けられる。怒っていても兄らしい性分が出てしまうオヅマに、マリーはクフフと笑った。

 

「みんなで寝たら、あったかいね」

 

 マリーの隣で寝ていたオリヴェルはホッとした笑みを浮かべる。

 

「そうだね。こんなの初めてだもんね」

 

 マリーとオリヴェルは二人で笑いあった。初めてのことで興奮して、なかなか眠れそうにない。

 

「寝ろ」

 

 ぼんやりとした灯りの中でムッスリしたオヅマの声が響く。

 

「寝れなーい。やっぱりお兄ちゃん歌って」

 

 またマリーが甘えた声で言うと、苛立たしげな溜息が聞こえてきた。

 

「僕はもう寝たら何も聞こえないよ、オヅマ」

 

 オヅマと一番離れた端から言ったのはアドリアンだった。

 

「たぶん、もうすぐ寝る…オリヴェルも、そうだろう?」

 

 いきなり尋ねられ、隣からそっと手の平に合図されたオリヴェルは、どぎまぎしながら頷いた。

 

「うん。僕も、もう眠たくなってきたから…」

 

 うすらぼんやりした部屋の中は静かになり、規則正しい寝息が聞こえ始める。

 

 オヅマはマリーが寝たかとグルリと寝返りをうって見れば、マリーの目は爛々と開いてオヅマが歌うのを待っていた。

 軽く溜息をついた後に、昔――といっても、まだ一年ほど前だが――よく歌っていた、母の生まれた西方地域に伝わる子守唄を小さな声で歌う。

 

 

 金の砂が動いて

 七色トカゲが顔を出す

 銀の月見て

 真珠の涙ぽろぽろ

 瑠璃の涙ぽろぽろ

 

 朱色の風が吹いて

 七色トカゲが歌うたう

 紫の雨に打たれて

 真珠の涙ぽろぽろ

 瑠璃の涙ぽろぽろ

 

 真珠の涙ぽろぽろ

 瑠璃の涙ぽろぽろ………

 

 

 

 

 

 

 ―――――オヅマ……

 

 

 まただ。

 また、自分を呼ぶ声。

 

 だが、以前の少女の声ではない。若い男の…

 

 

 ―――――オヅマ……

 

 

 涼やかな鈴の音のように、心地よく響く声。

 沁み入るような懐かしさと同時に……

 

 

 ―――――いつか……君に……会える……

 

 

 頬を撫でられた気配がして、オヅマはゾワリと(おのの)いて目を覚ます。

 

「……ッ…!!」

 

 しばらく固まったまま、暗闇を凝視する。

 荒い息遣いが自分のものだと気付くまで、少しかかった。

 胸を掴むと、心臓がものすごい勢いで拍動している。ゆっくりと息を整え、目を一度閉じる。冷汗が脇や背中を湿らせていた。

 

 背を向けた真後ろで寝息がきこえる。だが、それはそこにいるはずのマリーのものではなかった。というのも、この寝息をオヅマは何度か聞いていたからだ。

 クルリと寝返りをうつと、案の定そこにいたのはアドリアンだった。

 

「てめぇ…」

 

 風邪でもひいたのか、声がカサついていた。

 グイーっとアドリアンの腹を足で押して、向こうに押しやると、オヅマは起き上がった。

 

 最初にそこにいたマリーはいつの間にか布団(キルト)の奥に穴熊か何かのように潜り込んで、そのマリーを包むようにオリヴェルが身を寄せ合っている。

 

「犬の子か、お前らは」

 

 オヅマはズキズキする頭を押さえながらつぶやくと、ベッドから出た。

 

 ふぅと息をついてソファに座る。

 ヴァルナルの好意は嬉しかったが、正直、オヅマは皆で一緒に寝るのは嫌だった。マリーだけならばともかく、オリヴェルやアドリアンと一緒なのはどうにも気持ちが悪い。

 

 アドリアンは何度かオヅマのベッドに潜り込んで叱られる度に、オヅマのこの『気持ち悪い』という意味がわからないようだった。オヅマにだってよくわからない。ただ……嫌なものは嫌なのだ。

 

「…………」

 

 痛い、頭が。

 目覚める前に聞こえた声は記憶からもう消えていた。残っているのは、奇妙な懐かしさと、相反するこの気分の悪さだけ。

 

 何度目かの溜息でどうにも気持ちが晴れないので、オヅマは着替えると靴を履いて部屋を出た。

 

 ポツポツと蝋燭の灯された廊下を抜けて、外廊下への扉を開くと、冷たい空気が一気に押し寄せた。一瞬、ブルリと体を震わせた後、オヅマは長く息を吐く。白い息が吐いてからすぐに消えていくのを見てつぶやいた。

 

「そんなに寒くもないか」

 

 空は相変わらず晴れていたが、風もなく、北国生まれのオヅマにはさほど寒さは感じない。

 いつもアドリアンに貸している狸の毛皮のチョッキを着ていれば、十分だ。

 

 特に目的もなかったが、なんとなく舞を舞った境内の方へと向かう。

 あの広い場所で体を動かせば、この気味悪い汗も流れていくだろう。

 とにかく今はあの声の残滓(ざんし)を消し去りたい。

 

 宿泊所の外廊下を伝って本殿へと向かう。

 月は既に中天を通り越して、西の空へと傾いていた。鉄紺の空には、星々がまぶしたように大小の光を放っている。

 

「ゴルドー…ダム…サザヴェナ……マヨリ……」

 

 夜空を見上げながら、オヅマは朱や金、(あお)の星の名前をつぶやいた。

 いくつかを口にしてから、ふと考える。

 誰に、星の名前なんて教えてもらったろうか? 母さん…? いや、そうじゃなかった。

 あの、北の空で動かない白い星の名を教えてくれたのは……

 

 ぼんやり考えながら足を進めていると、中庭の方からボソボソと人の話し声が聞こえてくる。

 オヅマは眉を寄せた。声に聞き覚えがある。

 咄嗟に息を潜めて足音を消す。

 そろそろと歩いて、柱の陰からそっと覗くと、そこにいたのは母とヴァルナルだった。




引き続き更新します。

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