昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第四十六話 嚆矢――火事

 大帝生誕月、満月の日。

 

 オヅマは()()()から一年が過ぎたことを思い出し、少しだけ感慨にふけった。しかし、コスタス()のことを思い出す前に、早々に回想を消し去った。

 あの時も今も、大事なのは母と妹が幸せで過ごしていることだ。それだけで、自分もまた幸せなのだから。

 

 その日は十五日の本祭の日で、マリーから祭りの踊りの特訓を受けたアドリアンが、いよいよ練習の成果を見せることになっていた。

 

 朝はまばらだった人も、昼過ぎになって流れ者の鳴物師達が賑やかに通りを巡り始めると、皆いよいよかと家から顔を出し、あわてて祭りに出て行く準備を始める。

 娘達は髪を梳って結い上げ、若者は目当ての娘に贈るための花冠を物色し、旦那達は仕事を早々に切り上げて麦酒を呷り、女房達も作り置きの料理を作った後には見慣れぬ露店を冷やかして回る。

 

 前祭りの時と同じように子供達四人とヴァルナル、ミーナと護衛のパシリコ以下騎士四人で祭りの広場に向かう途中で、領主館からあわてて出て来たのはカールだった。

 

「領主様!」

 

 呼び止めてから、目をかすかに伏せ内密の話だと告げる。ヴァルナルはカールに近寄って事情を訊くと、少しだけ眉を寄せた。

 

「火事だと…?」

「古い小屋でしたので火の回りが早く、今、消火しておりますが…」

 

 カールが伝えに来たのは、領主館の敷地内でちょっとした火事が発生したことだった。

 まだ原因等も不明ではあるが、失火にせよ不審火にせよ、一つ間違えれば大事になるため、すぐさまヴァルナルに報告に来たのだ。

 

 しばらく考えて、ヴァルナルは少し離れた場所でこちらを心配そうに窺う四人の子供達とミーナを見た。

 これで、念のため外出は中止しよう…などと言おうものなら、子供達の落胆は明らかだ。それに、消火がされていたとしても、領主館が安全である確認はまだ済んでいない。

 

 ヴァルナルは待っているミーナ達の元へと向かうと、少し残念そうに言った。

 

「すまぬが、領主館に仕事を残してきたようだ。すぐに向かうから、先に行ってくれ」

「何かあったんですか?」

 

 オヅマはカールの表情で、何か異変があったのを感じていた。しかしヴァルナルは安心させるように笑って、オヅマの肩を軽く叩く。

 

「なに、すぐに片付ける。お前達の踊りも見届けなければな。アドルがマリーに教えてもらったというし」

「でも…!」

「頼むぞ、オヅマ」

 

 ヴァルナルはそれ以上言わせず、カールと共に領主館に戻っていく。途中でパシリコを指で呼び寄せた。

 

「関係ないとは思うが、小公爵様から目を離すな」

 

 素早く指示すると、パシリコは「ハッ」と短く返事する。

 すぐさまオヅマ達のところに戻ってきたパシリコは、慣れない笑顔で促した。

 

「さ、参りましょう」

 

 子供達は釈然としないながらも、祭りの中心となっている広場へ向かって歩き出した。

 

「せっかくの祭りだから、楽しみましょう」

 

 ミーナが気分を変えるように弾んだ声で言ったが、オヅマは肩をすくめた。

 

「んなこと言ったって、気になるよ」

 

 チラ、と斜め前を歩くニルスを見る。

 ヴァルナルがいなくなった途端、まるで子供達を守るように騎士達が四方を固めて歩いていた。無論、オリヴェルがいるからだろうが…少々警備が厳しくないか? 

 いまだに『アドル』の正体を知らないオヅマからすれば、それは当然の疑問だった。

 

 ミーナは元気のなくなった子供達を見て、ハタと思いついた。

 

「そうだわ。せっかくだから、領主様がいない間に、領主様への贈り物を選ぶのはどうかしら?」

「父上への…贈り物?」

 

 オリヴェルが聞き返すと、アドリアンが珍しく明るい笑顔になった。

 

「それはいい! いつもヴァル……領主様には世話をかけているし、お礼がしたいと思っていたんだ」

「わたし、領主様にプレゼント選ぶ!」

 

 マリーが楽しそうに手を上げると、オリヴェルの顔にも笑顔が戻る。

 

「そうだね! 皆で選ぼう。あ、ミーナも手伝ってね。父上が喜びそうなもの、何がいいか教えて」

「……領主様は母さんが選んだものだったら、何でも喜ぶだろ……」

 

 オヅマは白けた顔でつぶやいたが、賑やかな祭りの音にかき消された。

 

 広場にはこの日だけ出店を許可された露天商が立ち並んでいた。

 色とりどりの布を店先に並べ、帝都で流行(はや)っていると通りかかる女達に声をかける布売り。小さなけし粒が沢山入った鉄鍋を火にかけながら、時折砂糖水をかけて、グルグル回している金平糖売り。大釜にたっぷりの茶を作り、素焼きの小さなコップで提供している茶屋。子供達が群がっている独楽(コマ)売りの前では、店主が見事な技を披露して、拍手喝采を浴びていた。

 

 その中の一つに、木彫りの仮面を売っている店があった。

 仮面といえば、たいがい子供達が面白がって買うものであったのだが、そこに並んでいる仮面は精巧過ぎて、おそらく売っている主のこだわりが強いのか値段もまぁまぁしたので、閑古鳥が鳴いていた。

 

「いいね……この仮面、もらえるかい?」

 

 丈の長い薄鼠色のマントに目深にフードを被った男が、並べられた仮面の中から、今年の瑞鳥である雀の面を差した。

 店主は仏頂面のまま、ジロリと男を睨んで愛想なく言った。

 

「二十(ガウラン)。びた一文負けないぞ」

「構わないよ」

 

 男は五十ガウラン銅貨をピンと指で弾き、銅貨が店主の掌に落ちる寸前に、雀の仮面を取った。

 店主が金を確認し、驚いて顔を上げた時には、既に男の姿はなかった。

 

 

 

 

「おい、ヴァルナル・クランツが館に戻ったぞ。どうやら()()()()()()()()()みたいだな」

 

 ダニエルが横柄な口調で話しかけてきて、まるで自分がうまくやったかのように胸を反らす。

 エラルドジェイはさっき買った雀の面を片手に持ちながら、軽くため息をついた。

 

「それは良かった。役立たずでなくて」

 

 その言葉の後に『誰かさんと違って』と言いたいのをこらえる。

 帝都から、この北の果ての辺境に来るまで二十日近く、この男と一緒に旅をしてきた自分を褒めてやりたい。

 





引き続き、更新します。
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