昏の皇子<KURA NO MIKO>   作:水奈川葵

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第六十話 聴取

 ヴァルナルはアドリアンも休ませたほうが良いだろうと思い、質疑は明日に行うつもりだったが、アドリアンの方から執務室に訪ねてきた。

 

「小公爵様、とりあえず今日のところはお休みになられた方がよろしいのでは?」

「休めるわけがない。今回のことは、全部僕の責任だ」

 

 眉を寄せて苦しげに言うアドリアンを、ヴァルナルはすぐに否定した。

 

「そんな訳がありません。今回のことは、すべて私の油断が招いたものです。この平和な田舎町であれば、謀略や悪意からは無縁であろうと…」

 

 言いながらまた、怒りがこみ上げてくる。

 ヴァルナルは拳を握りしめた。

 

 アドリアンはヴァルナルの震える拳をじっと見つめた。

 それからゆっくりと首を振る。

 

「ヴァルナル、今回のことは間違いなく僕のせいだ。僕をおびき寄せた人間がはっきりとそう言ったのだから。マリーもオリヴェルも……僕のせいで攫われて、あんな辛い目に遭わせることになった。………すまない」

 

 謝ったのは領主であるヴァルナルでなく、オリヴェルの父親であるヴァルナルにである。仄暗い地下の中で倒れていた息子に狼狽して、必死で呼びかけていた姿は父親のものだった。

 

 ふ…と、アドリアンは自分をオリヴェルに当てはめてみる。だが、より暗い顔になるだけだった。あの父が自分を心配するなんてことは有り得ない。

 

 ヴァルナルはアドリアンの沈んだ顔を痛ましく見つめた。

 本当はアドリアンに少しの間だけでも公爵家の(くびき)から自由になって、同じ年頃の子供達と遊び、時にケンカもして、子供らしい生活を満喫してもらいたくて連れてきたのに…。

 結局、グレヴィリウスの後継という現実は、こんな北の辺境までも追いかけてくるのか。

 

 ヴァルナルは軽くため息をついて、気持ちを切り替えた。

 

「謝罪は…今ので最後にしてください。いくつか伺いたいことがございます。よろしいですか?」

 

 アドリアンが頷くと、ヴァルナルはマッケネンに書記を頼んで、事情を尋ねる。

 

「まず、あの紙は?」

「スリに革袋(金入れ)を取られて、戻ってきたら中に入っていたんだ」

「インクが特殊なものであることも気付いた上で、あえて残されていったのですね」

「ヴァルナルなら気付くだろうと思って。すぐに教えることは出来なかったから…」

 

 申し訳なさそうに言うアドリアンに、ヴァルナルは頷く。

 

「わかっております。『誰にも知られてはならない』と書かれていれば、騎士団が動いたと向こうが感知した瞬間に、マリーもオリヴェルも…」

 

 言いかけてヴァルナルは口を噤んだ。たとえ未遂に終わったとしても、そもそも未遂であったことも含めて、口に出したくもない。

 

 アドリアンはその危険性を回避しつつ、どうにかして伝えたかったのだろう。だから、ある程度の時間が経過した―――自分が誘拐犯と接触した―――後に、第三者が気付くようにしておいたのだ。

 

 ヴァルナルは苦い笑みを浮かべた。

 小公爵のなんと冷静で周到なことか。

 

 確かに火事も含めた一連の出来事が誘拐犯の奸計によるものであるなら、領主館に共犯者がいる可能性は高い。もし、館内で騒ぎたてれば、たちどころに犯人の知るところとなるだろう。

 もっとも、言ってくれればやりようはいくらでもあった。到底、褒める気にはなれない。

 

「それで指定された場所に行くと、あの男…首を斬られた男が待っていたと?」

「いいや。待っていたのは、別の男だ」

「別の男?」

「スリだ。でも、同一人物かどうかはわからない。雀の面をしていたから」

「雀の面でしたら、倉庫内に真っ二つに割れて落ちていました」

 

 パシリコが口を挟むと、筆記者のマッケネンも言い足した。

 

「雀の面と、白い…おそらく頭の巻き布が落ちてました。小公爵様が仰言っていた西方民族衣装(ドリュ=アーズ)を着た男のものと考えられます。鋭利な刃物で切られた形跡がありました」

「それは…」

 

 ヴァルナルは考え込む。アドリアンに一応尋ねた。

 

「その男と交戦したのですか?」

「いや。男は依頼を受けて、僕をおびき出したみたいだ。あの首の男から金貨を受け取っていた。それと……僕に剣を残して去って行った」

 

 ヴァルナルは眉を寄せる。

 マッケネンも書いてから尋ねた。

 

「剣を小公爵様に渡して…ということですか?」

「正確には、僕の足元に剣を放り投げて出て行ったんだ。お金の支払いのことで、少し不満があったみたいだ。『依頼は完遂した』と言っていたし、おそらく金で雇われたんだと思う」

「闇ギルドの人間か…」

 

 ヴァルナルは苛立ちを含んだ声でつぶやいた。

 現宰相ダーゼ公爵によって、帝都の闇ギルドはほぼ駆逐されたが、やはり帝国内において、まだその勢力は健在らしい。

 

「では、雀の面の男と対峙したのは、オヅマでしょうか?」

 

 パシリコが言うと、ヴァルナルは頷いた。

 

「おそらくそうだろう。『千の目』を発動したのも、その雀の面の男に対してだったのやもしれぬ。他の死体はなかったのだな?」

「はい。首を斬られた男以外は」

「オヅマの発現がどれほどのものであったかは知らないが、あの()()()倉庫内で『千の目』で捕捉され『(まじろぎ)の爪』で攻撃されているのに、生き残っているのであれば、その男もまた相当の実力者というわけだ…」

 

 そう語るヴァルナルの脳裏には、冬に神殿でオヅマに木剣を突きつけられた時のことが思い浮かぶ。あの時の、まだまだ不完全な発現であっても、オヅマの鋭い突き攻撃にヴァルナルは目を(みは)ったものだった。

 本気を出していない状態であの(はや)さであったのだから、今回のように本気で向かったのであれば、そう簡単に切り抜けることはできなかったはずだ。

 

 もっともその反動として、オヅマの身体的負担は甚大なものになってしまった…。

 

 ヴァルナルはまた自分への苛立ちが再燃しそうになるのを押し留めて、一度目を閉じてから、質問を再開する。

 

「つまり依頼した人間というのが、あの首の男という訳ですね。何か話しましたか?」

 

 アドリアンはふっと、目線を伏せてから、暗い声で言った。

 

「僕のことを恨んでいるようだった。おそらく誰かからの指示かと思って訊いたけど、答えずに…自分の意志で僕を殺しに来たのだと言っていた。自分が不幸になったのは、僕のせいだと…」

 

 ヴァルナルはあきれたため息をついた。自分の失言によって公爵の怒りに触れた挙げ句に、このような暴挙に出るとは…つくづく馬鹿としか言いようのない男だ。

 だが――――

 

「口止めされていたのか…? どう考えても奴のような軽輩が、今回のような大胆な行動を起こすとは考えにくい。誰かに焚きつけられでもしない限り」

 

「でも…嘘を言っているようには見えなかった。僕は彼のことを知らなかったから、どうしてあんなに恨んでいたのかわからない。名前も言われたけど、何度思い返しても覚えがなくて…」

 

「奴の名前をご存知なのですか?」

 

 尋ねたのは筆記者のマッケネンだった。顔に見覚えのあるヴァルナルは、とうとう男の名前を思い出せなかったのだ。

 

「ダニエル・プリグルスと名乗っていた」

「あぁ!」

 

 ヴァルナルはパンと手を打った。

 

「そうだ。ダニエルだ。ダニエル・プリグルス。伯爵だったはずだ」

「彼は一体、何者だ? どうしてあんなに…」

 

 アドリアンはダニエルのことを知っているらしいヴァルナルに反対に尋ねた。

 

「知る必要もないですよ。ただの逆恨みです。自業自得だというのに、反省できないから、いいように利用されるのです」

 

 ヴァルナルは吐き捨てるように言ってから、釈然としないアドリアンの目に見つめられて、眉間の皺を揉んだ。

 

「会同で…閣下を怒らせたのです。それで閣下には刃向かうことができぬから、小公爵様に恨みを持ったのでしょう」

「父上を怒らせた? なぜ?」

「………小公爵様の配慮がなければ、シモン公子もまた公爵閣下の逆鱗に触れていた、ということです」

 

 ややあってヴァルナルが答えると、アドリアンはすぐに納得した。

 恐れ知らずにも母のことを父の前で誹謗したのだろう…あの愚かな男は。

 

 それまでは自分の預かり知らぬところで傷つけることでもあったのかと、アドリアンはかすかに罪悪感を持っていたのだが、理由を知れば、もはやダニエルに気兼ねする必要もない。ヴァルナルの言う通り、ただの逆恨みに過ぎない。

 

 むしろ、そんな男に振り回されてマリーやオリヴェル、オヅマまでもが、心身に傷を負ったことの方が腹立たしい。

 

「念のため伺いますが、そのダニエル・プリグルスの首を斬ったのはオヅマですね?」

 

 マッケネンが尋ねてくるのを、アドリアンはキョトンとして見つめる。目の前で一部始終を見ていたアドリアンからすれば当たり前のことなのだが、考えてみれば、あの場で剣を持っていたのはオヅマだけではない。直前までアドリアンがダニエルと対峙していたのだから、アドリアンがダニエルの首を斬ったと考えることもできる。

 

 アドリアンは頷いてから、すぐにハッとなって大声で訴えた。

 

「でも! あの男は…ダニエルはマリー達を襲おうとしていたんだ! オヅマはマリーを助けるために仕方がなかった。あの時には、選んでいられる余裕なんて…」

 

 まさかオヅマが殺人犯として糾弾されるのかと思って、アドリアンは一気に青ざめた。

 慌てるアドリアンをヴァルナルがなだめる。

 

「落ち着いて下さい。ただの事実確認です。オヅマを責めるつもりはありません」

「ヴァルナル! オヅマは…殺したくなんかなかったはずなんだ。あの男の首を刎ねた後に、ひどく震えて、怯えているみたいだった! だから、今回のことを父上に報告するなら、すべて僕の責任だと言ってくれ!」

 

 アドリアンもまた、あまりに立て続けに起こった非日常の出来事に、神経が昂ぶっていた。自分のせいで、これ以上ヴァルナルやオヅマを振り回したくなかった。

 

 いつもの冷静な小公爵からは考えられぬほど取り乱した様子に、ヴァルナルは立ち上がると、アドリアンの前にしゃがみこんで、両肩に優しく手を置いた。

 

「大丈夫です、アドリアン様。事実のままに伝えるだけです。それで、公爵閣下は十分に事情を汲まれることでしょう」

 

「いいや! 必ず父上に言ってくれ。すべての原因は僕にあると。僕を守ろうとしないでくれ、ヴァルナル。父上は、僕に期待なんかしていない。今更、僕の評判が悪くなっても、不出来な息子だってことに変わりないんだ。僕は平気だ。鞭打ちでも、幽閉でも…!」

 

 ヴァルナルは愕然とした。

 アドリアンの肩に乗せた手が震える。

 

 どうしてここまで自分を追い込むのだろうか、この若君は。否、彼にこんなことを言わせているのは、大人の側に問題がある。

 

「……少し、休みなさい。アドル」

 

 ヴァルナルはあえて命令した。

 オヅマやマリー、オリヴェルだけでない。

 アドリアンもまた、精神(こころ)に傷を負った。

 

 人殺しを目の当たりにし、初めての友達が瀕死となる姿を見て、()()()()()が落ち着いていられるわけがない。

 

 マッケネンが扉の横で警護にあたっていたアルベルトに声をかけていた。

 

「アドル、アルベルトが部屋に案内する。聴取はこれで終わりだ」

 

 マッケネンが優しく促すと、アドリアンはまだ何か言いたそうにしていたが、ヴァルナルはあえて背を向けた。

 

「………失礼します、領主様」

 

 アドリアンは辞儀すると、静かに執務室を出て行った。

 




引き続き更新します。


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