「…よし。こんなもんかな」
装蹄師の男は最後のボルトを締め終わり、仮設の足場を降りる。
「おーいおっちゃん、こんなもんつくって何すんだ?」
手伝わされたゴールドシップは不思議そうだ。
「まぁちょっと実験、だな」
装蹄師の男は首に巻いたタオルで汗を拭いながら答えた。
◆
シンボリルドルフ、エアグルーヴ、東条ハナの泥酔トリオが来襲してから数日。
後輩の手配による工房の周りの山々の開発作業は着々と、というか驚異的な早さで進んでいる。
毎朝顔を合わせる現場監督によれば、あと2日ほどで整地を終え、その後2週間もすれば、まずは立派な屋敷が建つらしい。
その驚異的な工事スピードはやはり後輩の手回しによるところが大きいようで、現場監督が言うには彼の会社において遊休地活用の一環として住宅展示場が運営されている土地があり、そこに出店している大手ハウスメーカーのモデルハウスをそのまま移築する算段を取ったということだ。
いわゆるプレハブ系の軽量鉄骨造のものの移築であれば、基礎さえできてしまえばあとはこちらで組み立てるだけなので、工期は短くて済むらしい。
なるほどなぁ、と素直に感心した装蹄師の男は、金属音を響かせながら準備が進められている足場用の単管パイプを見て、何事かを閃いた。
◆
何事かを閃いた装蹄師の男は、思い立ったが吉日とばかりに後輩に連絡を取り、資材を準備してもらう。
ゴールドシップを手伝わせて工房の外にトタンで屋根壁を付けた掘っ立て小屋を建て、その中に単管パイプで仮設の、高さ3メートルほどの櫓を組んだ。
そしてそれが先ほど組み上がったという訳だった。
「なぁおっちゃん、こんなイビツなジャングルジム組んで、一体何すんだよー」
装蹄師の男は面倒くさがり、ゴールドシップへの説明を後回しにし続けている。明日はゴールドシップが訓練飛行に出かける予定になっていたから、その間にこの櫓に仕上げを施すつもりでいた。
「まぁまぁ、明日帰ってくるまでには仕上げておくから楽しみにしておけって」
装蹄師の男は完成品を見たゴールドシップはどんな顔をするのだろうと想像しつつ、翌日に備えてゴールドシップを早めに自室に帰してしまうと、装蹄師の男は工房内であれやこれやと作業を続けた。
◆
翌日、ゴールドシップが朝から出かけたのち、入れ違いに姿を現したのは栗毛の狂気の研究者、アグネスタキオンだった。
「折角の休みだというのに君に呼び出されて来てみれば、こんな山奥であちこち凄い人数で工事とは…一体何の騒ぎだい?」
アグネスタキオンは久しぶりに訪れた工房で、周囲の変わりように驚きつつも呆れていた。
「まぁ細かいことは俺のビジネスパートナーにでも聞いてくれ…この山も別に俺の持ち物じゃねえからなぁ…」
装蹄師の男は苦笑いでアグネスタキオンのあきれ顔をいなす。
「それよりも、ご足労願ったのはこっちの方だ」
男はそのままアグネスタキオンを掘っ立て小屋に誘う。
「…なんだいこれは…」
およそ2階分ほどの高さがある掘っ立て小屋の中に櫓が組まれ、その櫓の頂点には自転車の機構を流用した座席とペダルが取り付けられている。
そしてそれが何の意味があるのかを明確に理解させてくれるのが、シャフトを介して取り付けられているプロペラだ。
「人力飛行機…ウマ力飛行機か?…の動力部モックアップかい…?」
アグネスタキオンはすぐに構造物の意図を読み取る。装蹄師の男は頷いた。
「ただのモックじゃねえぞ。ちゃんと動かせる。最初、ゴールドシップの脚力というか出力がどんなもんかってのをある程度知りたくて、推力計測にシャシーダイナモみたいなの作ろうとしたんだけどな。それじゃつまんないと思って、ホラ」
装蹄師の男は手元のスイッチを入れると、単管パイプに吊るされたプロジェクターに光が灯り、前方のスクリーンに映像が映る。
それはCGで作られたどこかの飛行場の滑走路のようだった。
「いつぞや話題になったVRウマレーター、あっただろ。アレの初期の開発機がガラクタとして工房に転がってたんだ。だから既存のフライトシミュレータと組み合わせて、飛んでる状況が再現できるようにしてみたんだ。動力系と操縦系はなんとかセンサーからの変換かまして接続できたんだが…」
おお、とアグネスタキオンの目が輝く。
「…面白そうじゃないか。是非私にもやらせてくれたまえよ!」
装蹄師の男は目を輝かせて食い気味にリアクションしてきたアグネスタキオンに少々驚きつつ、苦笑を返す。
「いやぁ…なんでタキオンに来てもらったかってーとだな…実はこれ、フライトシミュレータ上の機体モデルが上手くできないんだ…そこんところをご助力を願いたいわけよ…」
アグネスタキオンは照れた表情でそう述べる男を珍種の動物でも観察するかのような目つきでひとしきり楽しんだあと、やれやれという風に腕を組んでため息をついた。
◆
彼女の見たところ、装蹄師の男が製作しようとしている鳥ニンゲンカーニバル・ゴルシちゃん専用機はCAD上ではほぼ完成しており、そのデータをシミュレーターソフト用のファイルに変換し、取り込ませるところまでは問題がなかった。
しかしソフト内での質量や材質の設定がまるででたらめであったため、思ったような挙動にならなかったようだ。
小一時間のデータチェックでそれを見抜いたアグネスタキオンは、とりあえずだがそれらしい仮定の数値を放り込んで設定を整える。
「まったく、先生はアナログなところは天才的なクセに、デジタルとなるとイマイチなのはなんでなんだろうねぇ…世話が焼けるねぇ…」
そう言いつつカタカタとPC作業を続けるアグネスタキオンは口元が緩むのを止めることができない。
アグネスタキオン自身は頼られることに悪い気はしなかったし、彼が作ったシミュレーターは彼女自身の役にも立ちそうだったからだ。
もちろん、彼からの依頼をこなす代わりに、装蹄師の男へいくつかの反対給付を認めさせることにも成功している。
男はアグネスタキオンからの一つ目の要求である彼女手製の薬を飲み、レポートを書くことを早速受け入れ、彼女のPC画面を横から眺めながら小さな薬ビンに入った肌色の液体を三本ほど飲み干していた。
「なんかコレ、ヤ●ルトみてぇだな…」
男がそう呟くのも無理はない。
彼女の持ち込んだ液体は装蹄師の男が類似性を指摘する乳酸菌飲料そのものである。ただ、含まれる菌とその量に関しては彼女独自の仮説にに基づいたものになっている。
「フフ…飲んでくれたようだね。光ることはないはずだが、それなりの副作用は覚悟してくれたまえよ。もちろん、その分効能もそれなりにあるはずだが」
あやしげな笑みを浮かべるアグネスタキオンの表情に装蹄師の男は背筋がぞくりとした。
◆
アグネスタキオンによるソフト側の調整と、装蹄師の男が仕掛けた推力の計測機器類のハードウェア側の調整およびVRウマレーターとの接続調整を終えた頃には既に昼も過ぎていた。
ここ最近の工房ではゴールドシップが昼食を作ってくれるのだが今日はフライト教習に出かけている為、仕方なく冷蔵庫にあったもので肉野菜炒めと白飯、味噌汁という極めて適当な食事を装蹄師の男がでっちあげ、生活力皆無のアグネスタキオンに食べさせている。
これも彼女の求めた反対給付、そのひとつである。
「いやあ助かるねぇ、普段はロクなものを食べていないからこうした食事は助かるよ。」
工房の隅の小上がりに展開した食事を前にそう話したアグネスタキオンは自ら箸を取ろうとせず、食べさせてくれ、と言わんばかりに口を開ける。
「こんなもんで申し訳ないとは思ってるけど、お前ねぇ…ご飯くらい自分で食べなさいよ」
今度は装蹄師の男が呆れる番だ。
だがタキオンもそれくらいで怯む器ではなかった。
「えぇっ!そんなこと言っていいのかい?先ほど準備を終えた各種データはまだ本番環境に流し込んでいないし、ここで私の機嫌を損ねたら困るのは君の方だと思うんだがねぇ」
あくまでも笑みを浮かべたまま、アグネスタキオンは自らが拵えたデータを人質に、気持ちよいほど明け透けな脅迫を試みてくる。
「…しゃあねぇなぁ…ホント、君たちときたら最近ちょっと自由すぎやしないか…」
ゴールドシップが転がり込んできたことやシンボリルドルフ、エアグルーヴ、東条ハナがトリオを組んでの泥酔訪問を思い浮かべ、諦めにも似た嘆息とともに、装蹄師の男はアグネスタキオンの要求に応じることにした。
アグネスタキオンは男の手によって口に運ばれた肉野菜炒めをもぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ後に彼女の瞳は新たな色を浮かべた。
「…君たち、というのはどういう意味かな?仔細に説明してもらわないと午後の作業には取り掛かれない気分だねぇ」
装蹄師の男は今日二度目の背筋の悪寒を感じることになった。