空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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11:フラストレーション

 

 

 

 

 URAの不夜城と呼ばれる部署は、樫本理子が率いる総合企画室の代名詞である。

 

 エアグルーヴは何の因果か、臨時にその部署に配されることとなった。そしてそれはシンボリルドルフも同じだった。

 

 「鳥ニンゲンカーニバル企画班」と銘打たれて総合企画室配下となり、URA側の担当部署として各所と調整、実施に向けた事務局業務を仰せつかることになったのだ。

 

「…とりあえず、必要なものは一揃いあるはずです。あなたたちにこの手の仕事の説明は釈迦に説法でしょうから、適宜報告を入れてくれれば自由に進めていただいて構いません」

 

 上長である樫本理子はシンボリルドルフとエアグルーヴに事実上のフリーハンドを告げる。部屋の鍵をルドルフに託してしまうと、樫本理子は別件のため部屋を後にした。

 

 ふたりきりで残されてしまうと、シンボリルドルフとエアグルーヴは顔を見合わせる。

 

「…こうなると、まるっきりトレセン学園の生徒会の再現、だな」

 

 ルドルフはふっと笑みを浮かべる。

 

 しかし彼女の姿は制服ではなく、ジャケットにパンツスーツという、威風堂々たるビジネスウーマンの姿。

 

 生徒会長としてのシンボリルドルフのイメージが強烈な刷り込みとして脳内に存在しているエアグルーヴには、今現在のルドルフの姿とのギャップに、世界のバグのような錯覚を起こしそうになる。

 

「改めてよろしくお願いします、会長」

 

 そのバグを脳内で補正しきれなかったエアグルーヴは、思わずルドルフを生徒会時代の呼び名で呼んでしまう。

 

「エアグルーヴ、今は対等の立場なんだ。是非、下の名前で呼んで欲しいものだな」

 

 改めて握手の手を差し出しながら、シンボリルドルフは困ったような微笑みを浮かべている。

 

「…わかりました…る…ルドルフ、さん…」

 

 エアグルーヴは自らの顔が上気して朱くなるのを感じながら、ルドルフの手を取った。

 

 

 

 

 URA本部内におかれた総合企画室配下、「鳥ニンゲンカーニバル企画班」はかくして始動した。

 

 

 まずは現状の企画進捗、その全体像を把握することに半日を費やしたのち、エアグルーヴは溜息をついた。

 

「…結局のところ我々は未だ、護られている、というわけですね」

 

 エアグルーヴの嘆きともとれる発言を受けたシンボリルドルフは、苦笑いとともに同意の頷きを返した。

 

 彼女たちの最初の仕事は、これまでテレビ局単独の企画として推進されていたものの概略を掴み、ウマ娘サイドの参加取りまとめを行っていくこととである。ここに、彼女たちが公式にURAとして参画することで事態をコントロールしていく、という役割だ。

 

 とはいえ実態を把握しにかかってみれば、既にテレビ局との間では装蹄師の男の後輩が手回しをした広告代理店が非公式にだがURAサイドに立った差配を始めており、運営においての下準備はある程度整えられている。

 

 シンボリルドルフとエアグルーヴは、興行としての鳥ニンゲンカーニバルを利用して、ウマ娘たちの品格と印象を出来るだけ良く世間にアピールすることであるから、ある意味そのミッションに集中できるだけの体制が既に大枠としてつくられている。

 

 生徒会とは違う立場、違う視野で、経験したことのあるようなイベントごとに取り組んでいくのは新鮮な部分もあるが、改めて学生の頃も、そして今も大人から護られた存在であったことを思い知る。

 

 

「まぁ、酔い潰れて兄の棲み処にもぐりこんでしまうような姿を晒しては、まだまだ子供扱いされてしまうのも致し方なし、か」

 

 シンボリルドルフは先日の醜態を思い浮かべて些か柔らかな表情を見せる。

 

「…私も酔い潰れた身ゆえ、あまり出過ぎたことは申せませんが…その…先生の寝台に潜り込むというのは…」

 

 エアグルーヴが苦々しい表情でルドルフに告げる。

 

「兄さんにはああでもしないと、何も起こらないからな」

 

 ベッドにもぐりこんだ末の顛末は既に把握しているエアグルーヴは、自ら話を振っておきながら自身が赤面している。

 

「…まぁそれでも、何も起きなかったんだがな。…エアグルーヴ、ひとつ、問うても良いだろうか?」

 

 シンボリルドルフは改まった表情で、真っ直ぐな視線をエアグルーヴにぶつける。 

 

「私は…その…そんなに、女性的な魅力に欠けているのだろうか?」 

 

 エアグルーヴはシンボリルドルフのその言葉を聞いて自身の胸に手を当て、嘆息の溜息を洩らした。

 

 

 

 

 

 

「うひょお!こりゃあすげーなおっちゃん!こんなもん作ってたとは…恐れ入ったぜ…」

 

 飛行訓練から戻ってきたゴールドシップは、招き入れられた掘っ立て小屋の中を見て驚く。

 

 昨日彼女とともに組み上げた単管パイプの櫓の上には、ロードバイクのフレームを流用した簡単なコクピットモジュールとペダルが取り付けられており、ギアボックスとシャフトを介してコクピットの背後には装蹄師の男が仮に製作したプロペラがある。

 

 前面にはVRウマレーターを使用して再現された視界がアウトプットされており、滑走路の風景がスクリーンに投射されていた。

 

「タキオンに手伝ってもらって、なんとかお前が帰ってくるのには間に合ったよ。これでお前さんの脚からの出力のデータ取ったりしながら足漕ぎ飛行機に慣れてもらおうと思ってね」

 

 装蹄師の男の横で腕を構えているアグネスタキオンが、「感謝したまえよ」とでも言いたげに腕を組んで得意げな表情を浮かべている。

 

 午後もタキオンに働いてもらうために、装蹄師の男は(主に精神的な意味で)それなりの代償を払うことになったが、ゴールドシップのワクワクが振り切れそうな表情にいくらか救われる。

 

「帰ってきたばかりで申し訳ないんだけどねぇ、ゴールドシップ君。早速試運転してみたいと思うんだが、乗れるかい?私が乗っても良かったんだが、どうしても最初は君だと言って先生が聞かなかったのだよ」

 

 アグネスタキオンはやや不満げな声音を隠そうともせずにゴールドシップに告げる。

 

「おう!そりゃもちろんだぜ!鍛えなおした脚力でばっちり飛んでみせらぁ!」

 

 ちょっと着替えてくる!と小屋を飛び出し工房に駆けていったゴールドシップを見送ると、アグネスタキオンと装蹄師の男は櫓の脇に備えられたVRウマレーターのコントロールコンソールと、シミュレーターからデータを得るための計測機器にとりついて準備を始める。

 

 実は先ほど装蹄師の男がこのシミュレーターを一度、動かしている。

 人間の力とウマ娘の力を対比させるためのサンプルとして、自身のデータを計測してみたのだ。ゴールドシップ用に設計した飛行機でもかろうじて離陸させることはできたが、装蹄師の男の脚力では高度を稼いで飛行を継続させることはできなかった。

 

「先生の脚力データは、おおよそ成人男性の平均値をやや上回る程度、というところだ。筋力自体は立派なものだが、やはり心肺機能によるところが大きい持久力が今一つ…煙草、やめたらどうだい?」

 

 銜え煙草で計測機器のセッティングをしている装蹄師の男を横目に、アグネスタキオンは先ほどのデータを整理しながら諫言ともとれるコメントをする。

 

「何を今さら。煙草取り上げられたら俺の人生御終いだぜ」

 

 装蹄師の男は酒もギャンブルもやらぬがゆえに、喫煙という悪癖に固執している。アグネスタキオンの禁煙の勧めもあっさりと断った。

 

「まぁ…煙の香りのするキミの隣は、私にとっても不思議と心地よいがねぇ。。。長生きしてくれないと困るんだよ」

 

 いつもどおりの冗談めかした言葉の調子とは裏腹に、アグネスタキオンの耳はややしおれ気味で、諫言かと思いきや彼女なりの精いっぱいの甘えの言葉のようだった。しかし計測機器のチェックに余念のない装蹄師の男は、その意図に気づくことはない。

 

「まぁ煙草で身体を悪くするようなら、それは俺の寿命ってことで、勘弁してくれ」

 

 装蹄師の男の言葉に何か返そうと思案する間に、着替えたゴールドシップが小屋に現れ、アグネスタキオンの勇気を振り絞った睦言はそこで打ち切らざるを得なかった。

 

 

 

 

 ゴールドシップは何故だが現役時代の勝負服に身を包み、往時と変わらぬスタイルを誇示するように仁王立ちでその姿をしっかりと見せつけるように二人の前に立つ。

 

 いきなりの変身にあきれてものも言えぬ風の装蹄師の男とアグネスタキオンを前に、ゴールドシップは傲然と言い放つ。

 

「まぁやっぱりここぞって時は正装じゃねぇとな!」

 

 そういうとゴールドシップはコクピットに続く梯子を上り始めた。

 

「今は仮にロードバイクのフレームにしてあるが、本番機とは搭乗姿勢が違う。あくまで仮の構成だから、参考程度にしといてくれ。今はとりあえずお前さんの出力を測るのが今の目的だ」

 

 声を掛けつつ見上げると、梯子を上がっていくゴールドシップの衣装の中身が見えかけ、装蹄師の男は慌てて視線を逸らす。それに気づいたアグネスタキオンは珍しいものを見た、という表情でにやりとした。

 

「一発やってやるぜぇ!みてろよおっちゃん!」

 

 ゴールドシップはロードバイクのフレームにまたがると、ペダルに足をかけ、ゆっくりと踏み込む。その駆動力がチェーン、ギアボックス、シャフトと伝達していき、ゆらりと質量を持ったプロペラが回り始めた。

 

 徐々に高まる回転数とともに、小屋の中をプロペラが起こす風が吹き始める。その推力を検知してVRウマレーターはスクリーンの景色を動かし始めた。

 

 装蹄師の男の目の前にあるモニターはリアルタイムにゴールドシップが生み出すトルク、プロペラ回転数、推力を表示しており、リアルタイム数値と時間軸が組み合わされたグラフがみるみるうちに高まっていく。

 

「…先生のデータを見た後だと、このグラフの盛り上がりだけで人間とウマ娘の地力の違いを感じるねぇ…」

 

 アグネスタキオンが感慨深げにつぶやく間にも、グラフは右肩上がりに高まり続け、掘っ立て小屋の中に起こりつつある風は力を増し、いい加減なつくりのトタンの屋根壁がバサバサと揺れ始めている。

 

 もう一枚のモニタにはシミュレーター上の機体状況が表示されており、こちらの速度もみるみる上昇している。あっという間に、離陸速度に届きそうだ。

 

「ハンドル横にある昇降舵レバーをそっと引いてみてくれ。もうすぐ離陸速度だ」

 

「おっしゃー!」

 

 ゴールドシップが漕ぎながらレバーを少し引く。

 するとスクリーン上の画面が滑走路からやや上を向き、表示されている水平儀が水色の部分をやや増して、アナログの高度計の針が動き出す。

 

「おおおっ!おっちゃん!飛んだぞ!」

 

 ゴールドシップはさらに足の回転を上げていく。昇降計はゆっくりとだが確実に高度を上げつつある様を示しており、先ほど装蹄師の男が試した時とは大違いである。ゴールドシップの脚力がプロペラを回して巻き起こる風は、いよいよ轟然と小屋の中の細かなものを吹き飛ばし始めた。

 

 ゴールドシップは大層な勢いでこぎ続けているが、表情は額に汗を浮かべながらもにこやかに、新しい玩具を与えられた幼子のようにきらきらとしている。

 

 装蹄師の男はその姿を久しく忘れていたレース場での興奮と似た心持ちで眺めていた。

 

「…せんせいっ!…いいかげんにしないと、小屋が吹き飛んでしまうよ!」

 

 耳元でアグネスタキオンが大声で装蹄師の男に伝えた瞬間、ゴールドシップが咆哮した。

 

「うおおお!鳥ニンゲンカーニバル、優勝すっぞぉぉぉぉ!」

 

 ゴールドシップがさらに脚の回転数を上げ、発生する推力がさらに跳ね上がる。

 

「ちょt…っ!ストップ!ストップ!」

 

 装蹄師の男が櫓の上に向けて叫ぶが、より一層強まる風音と、今にも吹き飛びそうにバタバタとたなびくトタンの騒音に遮られ、届かない。 

 

「おりゃああああああああ!」

 

 既に推力計の計測上限を振り切り、装蹄師の男とアグネスタキオンは既に目を開けているのも厳しいほどの風が巻き起こっている。

 

 尻上りに出力を上げるゴールドシップを薄目に見ながら、そういえばこいつ、脚質は追い込みだったな…などと益体もないことを考えた次の瞬間、突如櫓の上からひびいた「ばちん!」という衝撃音が響く。

 

 何が起きたかを理解するより先に、本能的に横にいたアグネスタキオンを庇うように覆いかぶさったところで、装蹄師の男の意識は暗転した。

 

 

 

 

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