空を飛びたいウマ娘と山奥の装蹄師の話   作:小松市古城

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12:アカハライモリ

 

 

 

 

 

 

 

「ん…あぁ…」

 

 装蹄師の男が目を覚まして最初に目にしたのは、見知らぬ天井とぶら下げられた点滴のパックであった。

 

 目覚めの感想としては良く寝たあとのすっきりした起床、という感覚を覚えながら、なぜ自分がこの見知らぬ天井を見上げているのかを少し考え、思い出してドキリと心臓が跳ね、ずきりと頭が疼いた。

 

(そうだ、俺は…)

 

 ゴールドシップ、アグネスタキオンとともに足漕ぎ飛行機のシミュレータを動かしていた。

 

 興の乗ったゴールドシップの最大戦速に耐え切れず、おそらくシミュレータのペダルとギアを繋ぐチェーンが切れた、おそらくそのはずだ。意識を失う直前に聴いた破断音を装蹄師の男はそう推測した。

 

 そこまで考えて、自らの身体に意識を戻す。どうやら両手両足は問題ないらしく、順番に動かしてみても左腕に点滴の針が刺さっている以外は、特になにも異常はない。

 

 身体を少し動かしてみたが上半身、下半身ともになんともなく、問題は先ほど痛みを感じた頭のみのようだ。

 

 あっさりと昏倒してしまったという記憶と紐づけて考えるならば、頭になにか当たったのだろうな、と右手で包帯に包まれた頭を確認する。後頭部にガーゼが厚く当てられ、触ると麻酔の為か、鈍く痛みが感じられた。

 

 自分の身体のことはともかく、チェーンが切れたとなればゴールドシップやアグネスタキオンは大丈夫だったのだろうか。意識を失う直前にアグネスタキオンを庇ったことはうっすらと記憶にあったが、その目論見が成功したかどうかは記憶にない。ましてや櫓の上でペダルを漕いでいたゴールドシップの様子はわからなかった。

 

 

「あ、目が覚めたっスか」

 

 カーテンで仕切られていた隙間から、よく見る面が顔を覗かせる。

 

「おう。なんか心配かけちまったかな」

 

 装蹄師の男は軽く応じる。

 

「全く、安全対策くらいちゃんとやってくださいよ。先輩らしくもない…」

 

 ビジネスパートナーである後輩の男はカーテンを開けて中に入り、パイプ椅子に腰掛けた。

 

「ゴールドシップとアグネスタキオンは無事か?」

 

 装蹄師の男は後輩に問う。

 

「なにがあったかは聞かないところを見ると、記憶にも問題なさそうっスね」

 

 そう言いながら後輩の男はベッドサイドのナースコールを押した。ナースステーションに装蹄師の男が目を覚ましたことを告げたあと、質問に答える。

 

「彼女たちはかすり傷ひとつ負ってないっスよ。ゴールドシップさんはコクピットに下面に保護材がありましたし、タキオンさんは先輩に抱きしめられて下敷きになってちょっと言動がバグってたくらいっスかね」

 

 それを聞いて装蹄師の男は一安心といった面持ちで息を吐いた。

 

「煙草、あるか?」

 

 聞きたいことを聞いて安堵した装蹄師の男は後輩に嗜好品を求め、ここは病院っスよ、とあきれ顔で冷たくあしらわれた。

 

 

 

 

 

 

 装蹄師の男の工房で起こった事故に関しては、URAの鳥ニンゲンカーニバル企画班にも迅速に情報が流れた。

 

 現在の参加を表明している団体についての常日頃の情報収集は広告代理店を通じて怠りなく行われていたが、特に装蹄師の男の工房についてはゴールドシップという特異な存在によって、より注意が払われている。

 

 そのため事故が起き、装蹄師の男が病院に運ばれたこと、そして意識はないが多少の怪我程度で生死にかかわるようなものではないこともほぼリアルタイムで伝えられていた。

 

 その報告を受けたシンボリルドルフとエアグルーヴは、双方とも今すぐにでも病院に駆け付けたい衝動をどうにかURA職員としての矜持でもって抑えつけることに成功していた。

 

(しかし…だ)

 

 報告を聞いたシンボリルドルフは努めて平静を装っており、それは企画班に配された数人のスタッフたちに異変を感じさせず、一見はいつも通りの彼女の姿である。

 

 しかし付き合いの長い例外であるエアグルーヴの目は誤魔化せなかった。

 

(会長の内心は大変乱れておられる。このままにしておけば明日の業務に支障が出るほどに…)

 

 エアグルーヴの目には、いつもと変わらぬ皇帝 シンボリルドルフの仮面の下には般若もかくやというような表情が隠されていることを見抜いている。

 

 いついかなる時も冷静な皇帝の右腕として立ち位置を崩すことのないエアグルーヴは、装蹄師の男に懸想をしている個としてのエアグルーヴとは別の思考回路で対応策を求めて様々な選択肢を検討する。

 

 これは何らかのガス抜きが必要だろうという大方針は既に決せられ、フェーズは手段の検討に移っていたところに、シンボリルドルフのデスクの内線が鳴った。

 

 ルドルフが取り、二言三言交わしただけで受話器が置かれ、そのまま視線をエアグルーヴと合わせる。

 

「樫本室長が君と一緒に来て欲しいそうだ、エアグルーヴ」

 

 それを聞いたエアグルーヴは、そういえばそんな考慮要素もあったな、と冷静に頷きつつ、席から立ち上がった。

 

 

 

 

「ほらおっちゃん、キズにもケガにも効くらしい超高級アカハライモリの蒸し焼きだぞ!こっちも食ってくれよ~」

 

 ゴールドシップは工房の小上がりの食卓で。腕によりをかけた食事をぐいぐいと装蹄師の男に勧める。しかしその手に持たれているのは姿かたちも生々しい、哀れにも串刺しとなったイモリである。

 

「うるせぇ。傷に響く。落ち着け」

 

 装蹄師の男は雑にゴールドシップをいなしながらも、頭をわしわしと撫でてやる。

 

 

 

 

 念のための検査を受け、装蹄師の男が工房に戻ってくるのは夜になってしまった。しかし結局のところ装蹄師の男の怪我は後頭部を10針ほど縫った裂傷程度のもので、そのときの衝撃で意識を失っただけのことであった。

 

 原因はゴールドシップの脚力に耐え切れなかったチェーンが切れ、千切れたチェーンのコマによってギアボックスが爆砕したときの破片によるものだ、と帰ってくるなり真っ先に確認している。

 

 装蹄師の男はウマ娘のパワーを甘く見ていたが故の事故だと認識しており、己の至らなさを恥じた。

 

 しかし工房に戻って来れば青い顔をしたゴールドシップと、どこか惚けた表情をしているアグネスタキオンが待ち構えており、彼が軽傷で済んだことがわかるとゴールドシップは

 

「…今日の晩飯はキズが早く治るようなヤツ、たっぷり作るからな!」

 

 と努めて明るい表情を浮かべた。

 

 

 

 

 装蹄師の男はとても食欲はそそられない見た目のヤモリの蒸し焼きを押し付けられながら、彼女なりに責任を感じての贖罪であることはよくわかった。

 

「お前のせいじゃねえんだから…むしろ怖い思いさせちまって悪かったな」

 

 手荒く頭を撫でられるままになっているゴールドシップはいつもの笑顔でえへへ、と撫でられているが、目元と鼻が少し赤い。

 

「だからヤモリはお前が食え…な…」

 

 装蹄師の男はそっとゴールドシップの口にヤモリの串を押し込んだ。

 

 

 

 

 夕食の間の装蹄師の男とゴールドシップの茶番を静かに、しかし惚けたようにそばで見ていたアグネスタキオンは食後の茶を飲んでしばらくして、ゴールドシップが食事の片付けに席を外してから正気を取り戻した。

 

「…先生、このデータを見てくれたまえ。なかなかのモノが記録されているよ」

 

 妙に上気したアグネスタキオンはタブレットを差し出してくる。一瞥するにそれはシミュレーターが爆砕するまでに記録されたデータを整理したもののようだった。

 

「はえー…スッゴい数字だな…ウマ娘のパワーは人間の10倍とか聞いたことはあるが、それ以上じゃねぇか…」

 

 人間側のサンプルが装蹄師の男であるため正確な対比とは言えないが、ゴールドシップがチェーンをブチ切る直前に叩き出していた出力は、装蹄師の男のピークパワーのおよそ20倍近くに達していた。

 

「同じ機械では二度と計測できないから推測でしかないが…まぁさすが彼女は伊達にG1を6勝しているわけではない、ということだよ。彼女はおそらく足漕ぎ飛行機のエンジンとしては大当たりだろうねぇ…」

 

 それを聞いて装蹄師の男も思案顔になる。

 

「記録を狙ってあんまりデリケートにチューンもできねえな。あいつを乗せて飛ぶんだ。安全には変えられねぇ。お前んとこに送ったギアボックスも作り直しだ」

 

 アグネスタキオンに依頼されて製作したギアボックスも、強度的には似たようなものであるから、あのまま使用させることはできない。

 

「先にトラブルがわかったのは運がよかったな。しかし鳥ニンゲンカーニバル、人間の基準でアレコレ考えてると怪我とか事故とか起きそうだなぁ…」

 

 食後の煙草を燻らせながらタキオンから渡されたタブレットでデータを仔細に検討する。

 

「この出力だとプロペラも設計しなおし、機体も翼面積からなにから検討やり直しだな。あいつのバリキで飛ばれたら機体の方が持たんかもしれん」

 

 アグネスタキオンは男の言葉に同意する。

 

「こっちもやり直しだねぇ…ウチの実家は誰を乗せるのか決めかねているようだけど、すくなくともG1クラスの実績がある娘にはなるだろうから…今日のデータは参考にさせてもらって構わないかい?」

 

 装蹄師の男は頷いた。

 

「あぁ、構わない。より安全なモノが出来るように役立ててくれ」

 

 タキオンはフフフっと笑うと嬉しそうにニヤニヤとした表情を浮かべ、タブレットのデータを真剣に検討している男の横顔を眺めていた。

 

「…そのデータ、こちらにも共有してもらえないでしょうか」

 

 有無を言わさぬ冷徹な声音でその会話に加わわらんと名乗りを上げたのは、いつのまにやら現れた樫本理子であった。

 

「あぁ別に構わな…い…ぞ?」

 

 装蹄師の男をどもらせたのは無表情な樫本理子ではない。

 

 その横に控えていたシンボリルドルフ、エアグルーヴの両名だった。

 

 耳は、後ろに引き絞られていた。

 

 

 





前回は皆さまとの紅の豚共同幻想コメント、誠にありがとうございました。
まさに皆様ご指摘のシーンを想起して書いておりましたので伝わって良かったです。

なんでエンジンベンチでぶん回すってシチュエーション、あんなに萌える(燃える?)んでしょうねぇ…
 
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